レジュメ

社会保障論講義
4章2節 「介護保険改革の現状と
論点」
学習院大学経済学部教授
鈴木 亘
1.将来の介護保険料はどこまで
上昇するのか
図表 4-2 介護保険料の将来予測
2008年 2015年 2025年 2035年 2050年 2075年 2100年
1号保険料額(月額、円)
4,090
5,710
9,024 12,210 18,519 39,096 66,079
国民年金満額に対する比率 6.2%
8.2%
11.7%
14.5%
18.6%
29.9%
38.4%
1.4%
1.9%
2.3%
2.6%
3.1%
3.1%
2号保険料率(健保組合)
注)筆者による試算
1.1%
2.介護人材不足問題の背景
• 第一の背景は、景気回復及び雇用情勢の改善 。
• この分野では、2000年に介護保険が開始されて以
降の数年間が不況期であったため、ほとんど労働力
不足を感じることなく、多くの労働力を吸収し続けるこ
とが可能であった。
• 2004年ごろから景気回復とともに失業率が低下し始
め、2005年、2006年は4%台前半、2007年に入って
3%台の失業率にまで景気が回復。このため、介護
サービス以外の産業では、労働力逼迫によって賃金
が上昇し、それにひきつけられる形で、介護労働者
達が移動した。
• 第二の原因は、労働力不足が既に深刻化しつつあっ
た2006年の介護報酬改定で、財政の維持可能性確
保等の目的で、介護報酬が大幅に引き下げられてし
まったことである。このため、労働力不足はさらに拍
車がかかることになった。
• 第三に、介護労働力が豊富にあった時代に立てられ
た介護労働者の研修強化・資格高度化に関する事業
が、介護労働力不足時代にあっても軌道修正できな
かったこと(2006年から「介護職員基礎研修」、将来
的に介護職員を介護福祉士の資格取得者に原則限
る方針、ヘルパー3級資格の廃止、2012年からは、
介護福祉士の国家資格取得のハードルをさらに高く)
図 1 介護労働市場の需給分析
S2
S1
介
護
労
働
者
の
賃
金
供給曲線
(S0)
E1
W1
A
W0
W2
②
①
E0
C
B
需要曲線
(D0)
LB
LA
L0
介護労働者不足
LC
介護労働者数
• 介護労働力不足の原因として、社会保障国民会議
や厚生労働省の審議会、検討会の場で議論に上っ
たのは、むしろ、①介護現場の労働環境が悪い、②
介護サービス業者の雇用管理能力が低い、③介護
労働者が高齢化社会を支えるという生きがい・働き
がいを感じられなくなった、④介護労働者のキャリア
アップの仕組みが出来ていないために定着が促進
されない、⑤介護福祉士や社会福祉士等の有資格
者が介護現場に居なくなったといった各要因。
• 経済学的観点からみると、これらは介護労働力不
足の「原因」というよりは、むしろ「結果」である。
• ところが、厚生労働省は、この①から⑤の診立てを
受けて、「新人材確保指針」策定。
• この指針では、(ア)労働環境の整備の推進、(イ)
キャリアアップの仕組みの構築、(ウ)福祉・介護
サービスの周知・理解、(エ)潜在的有資格者等(介
護福祉士などの資格所有者で介護現場にいない
人)の参入の促進、(オ)「多様な人材の参入・参画
の促進」という5つの方針。
• 例えば、2008年には、(ウ)として、福祉・介護の仕
事の魅力を伝えるシンポジウム等を行う「福祉人材
フォーラム」(7月27日)が開催され、国民の「介護」
に対する理解を深める「介護の日」(11月11日)も創
設。
• また、(エ)(オ)として、都道府県福祉人材センター
において無料職業紹介や潜在的有資格者の再就業
研修がスタート。
• さらに、(ア)、(エ)として、(財)介護労働安定セン
ターにおいて、潜在的有資格者を新規雇用すること
に対する助成金事業(介護基盤人材確保助成金)や、
職場の雇用環境改善に対する助成金事業(介護雇
用管理助成金)が開始。
• しかし、これらは「焼け石に水」といった程度の事業
規模。効果はほとんど無いか、あっても非常に小さ
いもの。
根本的な原因は、財政問題と規制
• 結局は、診療報酬と同様、介護報酬が固定価
格になっており、需給調整が政治的なプロセ
スによってうまくなされていないことが原因。
• 介護報酬単価が引下げられた理由は、介護
保険財政を何とか維持し、介護保険料を上げ
ないようにしたいという政策的意図が大きい。
この介護労働力不足という問題も、やはり、財
政問題が根本的な背景。
介護不足問題への正しい対応方法
• この介護不足問題への処方箋は、明らか。「介護
サービスの価格を自由化する」ということに尽きる。
• もちろん、今すぐできる現実的な対策は、介護報酬
単価の大幅な引上げということになる。ただ、介護
報酬改定という仕組みには欠点が多く、合理性も存
在しないため、近い将来に、価格自由化を行なうべ
き。
• なぜならば、第一に、介護報酬単価は3年に一度と
いう非常に遅いタイミングでしか行なわれない。市
場の需給をスムーズに調整することは不可能。
• また第二に、中央社会保険医療協議会(中医
協)ほどではないにせよ、財政問題への危機
意識や政治的力学の中で、需給状況を反映
した正しい価格改定が十分に行なわれるとは
考えられない。実際、2006年の改定は需給調
整という意味では完全に失敗。
• 第三に、介護サービス分野は、医療とは決定
的に異なり、規制の根拠となる「情報の非対
称性」が重要ではない
• 現在、3%の介護報酬引上げの効果を見てい
る段階であるが、①賃金に回る程度少ない、
②行政リスクが大きい(長続きするのか)、③
短時間ヘルパー達は、103万、130万の壁が
あり、逆効果、といった要因から、それほど顕
著な効果があるとは考えられない。
• 民主党マニュフェストでは、介護報酬を7%引
き上げ、介護ヘルパーの給与を月額4万円引
上げるとしており、その実現に期待する関係
者も多い。
• しかし、来年度は、事項要求に止まり、それ以
降も財源が手当てされる見込みは薄い。
財政問題への対応は、財政方式転換
と「混合介護」の導入で
• 結局、財源問題への根本的対処が必要である。
• まず第一に、財政方式を転換することで対応可能で
す(5章で詳述)
• 第二の方法として、「混合介護」という仕組みを導入
することが考えられる。
• 「混合介護」とは、介護給付費としては「介護報酬単
価」に対する9割を給付するが、実際の「介護サービ
スの価格」自体は、自由に事業者が決めても良いと
するもの。
• サービスの質水準や市場実勢に応じて変化
する「介護サービスの価格」と、財政上の都合
も勘案して決まる「介護報酬単価」が同一では
無く、乖離するという制度 。
• 具体例)身体介護:1時間当たりの介護報酬
単価は約4000円。事業者は、そのサービスの
質やヘルパーの能力に応じて、自由に価格を
付けられるので、介護報酬単価よりも500円多
い、4500円という価格をつける。介護保険か
ら給付される費用は、介護報酬単価の9割で
ある3600円(4000円×0.9)。残り、900円
(4500円-3600円)が、要介護者の自己負担。
• 自己負担と保険を組み合わせるので、医療に
おける「混合診療」(全額自己負担となる保険
外診療と、一部自己負担で済む保険診療を
組み合わせる診療のこと)と同様、このような
やり方を「混合介護」と呼ぶ。
• 価格自由化によって「介護サービスの価格」
が例えいくら高くなろうと、財政的な負担はあ
る範囲内に収めることができ、市場メカニズム
の良さを損なわずに済む。
• 市場メカニズムの良さというのは、具体的に、
自由価格の範囲があるために、①需給調整の
機能を一定範囲で果たすことができ、ヘル
パー不足問題等に対処できる、②サービスの
質を高める努力をする業者は高い価格が付け
られるという意味で、質向上への競争メカニズ
ムが働く、③利用規制・参入規制のような暴力
的手段を使わずに済むという3点 。
• こうした自由価格部分は需給状況や利用ニー
ズの変化の先行的シグナルと見なし、3年に
一度の介護報酬改定にも、需給状況や、ある
程度の利用ニーズの変化を反映させることが
可能。