温室効果ガス排出権取引の エージェントベースシミュレーション 指導教官:鈴木篤之教授 長谷川秀一助教授 システム量子工学専攻修士2年 岡野貴史 背景(1) 1997年12月 第3回締約国会議(COP3) 京都議定書 ANNEX I国は温室効果ガスを1990年を基準として 5.2%削減 柔軟性措置として、3つの京都メカニズム[1] 排出権取引(Emissions Trading) 共同実施(Joint Implement) クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism) [1] Jung M. Grutter “World Market for GHG Emission Reductions”, March 2001 排出権取引 P*:理論的な均衡価格 背景(2) どのような市場、制度設計にすれば、取引費用を最小化しつつ、 経済余剰を最大化できるか 排出権取引実験 被験者が各国を演じ、排出権取引を実際に行う模擬実験 ヒューマンベースの実験の問題点: • 実験回数には限界があり、結果の一般性を示すのが難しい • 被験者の個性により結果が大きく変わる エージェントベースシミュレーション • 数多くのシミュレーションを行うことができる • 個性を統一することができる 既往のシミュレーション研究 Swiss AIJ Pilot Program (SWAPP) “CERT - Carbon Emission Reduction Trade Model” • 初期条件の違いによる価格の変化を推定 • 価格は需要曲線と供給曲線の交点で決まる Y Yamagata、H Mizuta “Agent-based simulation of the International CO2 Emission trading”,2002 • 意思決定は国内削減量のみ • 価格は需要曲線と供給曲線の交点で決まる 木村香代子、織田瑞夫 “マルチエージェント・シミュレーショ ンを利用した売買取引事例研究”,2001 • 国内削減の意思決定がなく、投資の概念がない • 各エージェントの限界削減費用が一定 複雑な限界費用を定義し、エージェントが削減および注文の意思 決定を行う排出権取引シミュレーションはまだ行われていない 目的 遺伝的アルゴリズムを用いて、エージェントが削減 および注文の意思決定の学習を行う排出権取引シ ミュレーションを行う 作成したコードを用いて、以下の3つの評価を行う 1. ペナルティーの制度設計の評価 2. Commitment Period Reserve (CPR) の導入の評価 3. アメリカが不参加の場合の評価 排出権取引のモデルとして、大阪大学の西條ら[1]の提案 するモデルを用いる [1] Y. Hizen, T. Kusakawa, H. Niizawa, T.Saijo “Two Patterns of Price Dynamics were Observed in Greenhouse Gases Emissions Trading Experiments:An Application of Point Equilibrium”, May 2001 エージェントの意思決定 各エージェントは排出権取引の第一削減目標期間(2008年 から2012年)において、国内削減と取引による削減によって、 自国の目標の達成を目指す 国内削減 ・・・ 2008 2008年 2009年 ・ ・ ・ 2012年 2009 取引 2012 2013 2008年の国内削減量の決定 入札(売買注文を出す) → オークション取引 2009年の国内削減量の決定 ・ ・ ・ 国内削減量の決定 入札 → オークション取引 各エージェントの削減費用の算出 削減技術 排出削減量(Q)は、資本設備投入量(K )と可変要素投入量 (V )により決まると仮定する コブ=ダグラス型削減費用関数を仮定する Q AV K ・・・ (1) α、β、A : 各国の技術パラメータ Cost wV rK・・・ (2) w:1単位当たりの可変要素価格 r:1単位当たりのレンタルコスト (1)、(2)より、短期削減費用関数(SMC)と長期削減費用 関数(LMC)を決定する 長期削減費用関数(LMC) LMC A 1 r w 1 Q 1 α=0.4、β=0.1、r=w=1とし、AをInternational Energy Outlook 2000における 排出量の予想データ、およびEuropean Union Energy Outlook to 2020にお ける限界削減費用のデータにより決定 国内削減の決定方法 1 SMC A K 1wQ 1 1 K=1~91 レンタルコスト 削減コスト 投資のタイムラグ 1年 GAによるエージェントの学習 0100・・・101 :エージェントの意思決定 エージェントi 1 0100・・・101 2 ・ ・ ・ N 1101・・・100 ・ ・ ・ 0010・・・011 1100・・・011 1 0001・・・111 2 ・ ・ ・ N ・ ・ ・ 1001・・・010 1000・・・001 0101・・・000 ・ ・ ・ 0110・・・110 1 2 ・ ・ ・ N 目的関数:各エージェントの削減費用 各エージェントは、他のエージェント の一世代前の最も優れた意思決定 に対して、より優れた意思決定を探 索 各パラメータ 世代数 10000 個体数 100 遺伝子列の長さ 475 交叉率 60% 突然変異率 5% 1、制度設計評価(ペナルティー) 目的 背景 排出権取引市場の設計において、約束排出量を超えて排出 してしまった場合(不遵守となった場合)のペナルティーの設 計が重要となる 目的 以下の2ケースの場合のシミュレーションを行い、ペナルティー の制度設計の評価を行う 1、ペナルティーが一定ケース 2、ペナルティーを排出権の取引価格に依存させたケース 結果(取引価格/超過削減量) ペナルティーが一定のケース ペナル ティー ($/t-C) 取引価格 ($/t-C) 超過削減量 (Mt) 250 77.6 322 200 76.1 299 150 75.8 221 130 75.1 153 120 74.0 83 110 72.2 -29 100 68.6 -188 50 44.9 -1550 ペナルティーが低くなるほど価格、 超過削減量は下がる 制度設計の目的: 議定書を守りつつ、理想的な取引を行う ペナルティーは110~120($/t-C)付近が妥当 結果(取引価格/超過削減量) ペナルティーを取引価格に依存させたケース ペナル ティー 倍率 取引価格 ($/t-C) 超過削減量 (Mt) 5 78.7 368 3 77.3 306 2 75.6 195 1.9 74.7 170 1.7 6.9 -2528 1.6 6.9 -2611 1.5 5.1 -2681 1.8 ペナルティーが取引価格の1.5~ 1.8倍のとき、価格が急激に下がる ケースが見られた 考察 ペナルティーが価格に依存する場合 (1.8倍) ペナルティーを価格に依存させると、市場が失敗する 可能性がある 考察(各国の超過削減量) ペナルティーを価格に依存させる 場合の需要国の行動 排出権価格の高いところで、 注文価格、注文量を下げる ↓ 平均取引価格が下がる ↓ ペナルティーが下がる ↓ 削減量を減らす 戦略的に不遵守状態となる まとめ ペナルティーを排出権の取引価格に依存させた場合、 自ら不遵守となる戦略を取ることが起こりうる[1] 2つのケースを比較すると、ペナルティーは一定とする方が良い ペナルティーを決定する際、議定書の目標を守り、価格が均 衡価格付近となるよう、ペナルティーの値を検討をする必要が ある(110~120($/t-C)付近) [1] T. Ohkawara, K Tokoro, M Makino, and C Matsuya “Trading Simulation of CO2 Emission Permits and Electricity: Experiment Economics Approach and Multi-Agent Model Approach”, Sep 2002, Society for Environment Economics and Policy Studies 2、制度設計評価(CPR) 目的 背景 京都メカニズムは国内削減に「補完的」でなければならない 1999年 EUが排出権の買い手に制約をおくことを提案 → 日米が反対 2001年 アメリカが京都議定書に批准しないことを宣言 EUが売り手に制約をおくこと(CPR)を提案 (COP7におけるボン合意) 目的 CPRを導入する場合としない場合のシミュレーションを行い、 CPRの制度を評価する CPR(Commitment Period Reserve) 排出上限を持つ国は、以下のうちのどちらか低い方を留保する • 約束排出量の90%を下回らない量 • 直近にレビューを受けたの目録値 価格 価格 供給 P’’ P’ P’ 需要 量 制約 量 供給国側に有利な制度 結果 ペナル ティー ($/t-C) 取引価格 ($/t-C) 取引量 (Mt) 超過削減量 (Mt) 250 80.1 77.6 1965 2029 327 322 200 77.1 76.1 1948 2009 298 299 150 76.7 75.8 1935 2027 211 221 100 68.8 68.6 1955 1920 -179 -188 50 44.2 44.9 1209 1198 -1559 -1550 CPR Non-CPR CPR導入により、価格 は上がり、取引量は減 少する ← 理論通り 超 過削 減量は ほ と ん ど変化しなかった 結果 (各国の削減費用/超過削減量) 100 50 -50 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 -100 ペナルティー250($/t-C) Non-CPR CPR -150 -200 -250 国 1.露 2.東欧 3.米 4.英 5.仏 6.独 7. その他EU 8.加 9.豪・NZ 10.日本 CPRを導入しても大きな 変化はない 1000 800 超過削減量(Mt) コスト(B$) 0 600 400 Non-CPR CPR 200 0 -200 1 2 3 4 5 6 7 8 9 -400 -600 国 1.露 2.東欧 3.米 4.英 5.仏 6.独 7.その他EU 8.加 9.豪・NZ 10.日本 10 まとめ CPRを導入した結果、議定書の目標達成に対して、大きな 効果は見られなかった。 また、各国の削減費用に対しても、大きな効果は見られな かった。 よって、モニタリングコストを考慮すると、導入する必要性 はないと考えられる[1] 新たな補完性提案の検討が必要であることがわかった [1] T Kusakawa and T Saijo, “Evaluating Commitment Period Reserve: An Experimental Approach” October 25, 2002 COP8 3、アメリカが不参加の場合の評価 目的 背景 京都議定書の発効要件 • 55カ国以上の国が締結 • 締結した附属書Ⅰ国の合計の二酸化炭素排出量の1990 年の排出量が、全附属書Ⅰ国の合計の排出量の55%以上 2003年1月28日現在 • 104ヶ国・地域が批准 • 附属書Ⅰ国の排出量の内の43.9%の国々が批准済み ロシア(17.4%)が批准すると、アメリカ抜きで 京都議定書の発効が可能 目的 アメリカが不参加の場合のシミュレーションを行う 結果(取引価格/取引量) ペナルティー ($/t-C) 取引価格 ($/t-C) 取引量 (Mt) 250 57.9 1195 200 59.8 1195 150 58.8 1188 100 56.2 1158 50 45.0 912 アメリカが不参加になると均衡価格は0($/t-C)になる にも関わらず、取引価格は高い 需要国の必要量1522(Mt)に対して、取引量は少ない 考察 供給国は売り惜しみにより価格をあげるほうが利益が ある 需要国は高いペナルティーを払うより価格が上がって も購入するほうが削減費用を抑えられる 結果と考察(各国の削減費用) ペナルティー250($/t-C)の場合 供給国は利益が大きく下がり、 需要国は削減費用が若干減る 批准のために、ロシアが日本、 EUに対して排出権を高く購入す る条件を要求する理由 まとめ アメリカが不参加の場合でも、供給国が売り惜しみをする ことにより価格は大きく下がらない アメリカが不参加になることによる不利益を供給国のみ が被る アメリカが不参加となる場合、その不利益が需要国、供給国 に均等に振り分けられるよう、制度設計を提案する必要があ る 結論 遺伝的アルゴリズムによる学習を用いた、排出権取 引のエージェントベースシミュレーションのコードを作 成し、制度設計の評価を行うことを可能にした。また、 2つの制度設計評価、及びアメリカが不参加の場合 の評価を行い、以下のことがわかった。 ペナルティーを取引価格に依存させると、需要国は戦略的に不遵守 状態となり、議定書の目標を達成できない可能性がある ペナルティーを一定とする場合、制度設計の目的に対して適切なペ ナルティー価格が存在する CPRを制度設計に導入しても大きな効果が得られないため、あえて 導入する必要はない アメリカが不参加の場合、理論的な均衡価格が0($/t-C)になるにも 関わらず、供給国が売り惜しみをすることにより価格は大きく下がら ない
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