地球温暖化問題における世代間公正の政策原理 ―ハーマン・E・デイリーのエコロジー経済学に基づいて― 畠瀬 和志 神戸大学大学院経済学研究科 桂木 健次 福岡工業大学社会環境学部 問題意識と研究の方針 問題意識 地球温暖化問題を解決する際には、何世代にもわたる人びと の間の利害の調整を図らなければならない 世代間公正の考慮は、地球環境政策において本質的な問題 であるにも関わらず、研究が進んでいない 研究の方針 1. 2. 3. 1980年代に生まれた「エコロジー経済学」の理論を用い、地 球環境政策における世代間公正の問題を再考する エコロジー経済学において中心的な理論家である、ハーマ ン・E・デイリーの理論を地球環境政策に適用する 従来の経済学を用いた環境政策とどう異なるかを調べる 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 2 先行研究 Spash, C. L. (1994) “Double CO2 and beyond: benefits, costs and compensation”, Ecological Economics, 10, 2736. 鈴村興太郎(編)(2006) 世代間 衡平性の論理と倫理, 東洋経済 新報社. 文部科学省特定領域研究プロジェクト 「地球温暖化問題を巡る世代間衡平性 と負担原則」の研究成果を一般書として 公表したもの。 従来のミクロ経済学に規範経済学の考え 方を加えて世代間公正を論じている。 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 3 環境と経済の関係の関係をどう捉えるか 従来の経済学では、経済を生産者(企業)と消費者(家計)の間 における閉じた循環とみなす エコロジー経済学では、経済をエコシステム(環境)の中にある 開かれた下位システムとみなす ⇒ 経済には上限規模が存在 (出所:Daly and Farley, 2004, p.18) 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 4 エコロジー経済学における政策形成の原理 従来のミクロ経済学 「パレート効率的な財の配分」が唯一の政策目標。パレート効 率性を価値中立的で客観的な基準とみなす。 環境問題においても効率性が政策目標(税による外部不経 済の内部化により、パレート効率的な配分がなされるとする) H.E.デイリーのエコロジー経済学 「持続可能な規模」「公正な分配」「効率的な配分」という3つの 政策目標 3つの政策目標の優先順位は、第一が「持続可能性」、第二 が「公正性」、第三が「効率性」である 3つの政策目標には、それぞれ独立な政策手段が必要と考え る(ひとつの手段では複数の目標は達成出来ない) 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 5 エコロジー経済学の政策原理の地球温暖化問題への適用 「持続可能な規模」(第一の政策目標)に対する政策手段は、 「CO2排出の総量規制」 「公正な分配」(第二の政策目標)に対する政策手段は、 「CO2排出の総量規制に伴う諸権利を、様々な人に分配する こと」 ⇒ 分配の基準はパレート基準とは限らない 「効率的な配分」(第三の政策目標)に対する政策手段は、初 期分配された権利を、市場によって効率的に再配分すること ⇒ “CO2排出の総量規制に伴う諸権利“とは、基本的にはCO2 排出権と温暖化被害を受けない権利。 どれだけのCO2排出権と温暖化被害を受けない権利が将来 世代に残されるべきかは、倫理的な問題であり、諸権利の世 代間分配は公正でなければならない。 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 6 地球温暖化問題と世代間公正に関する問題点 地球温暖化問題における権利の時間的非対称性 汚染者は現在世代、被害者は将来世代であるが、被害者(将 来世代)は汚染者(現在世代)と交渉することが出来ない(将 来世代は環境破壊を甘受するのみ) 被害者と汚染者が低コストで取引出来れば、交渉によるパ レート効率的な問題解決が可能となるが(コースの定理)、上 記の通り交渉が不可能であるため(被害者と汚染者が時間的 に離れすぎている)、パレート基準は適用出来ない 権利の非対象性にどう対処するか 温暖化の被害者である将来世代の権利を法的に保護するか、 汚染者である現在世代が補償を行うしかない。経済政策のみ で世代間公正を達成することは不可能。 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 7 地球温暖化問題における世代間公正の政策原理 エコロジー経済学における将来世代の権利擁護ルール 賠償責任ルール(liability rule):将来世代が支払う温暖化対 策費用と温暖化被害を賠償する限りにおいて、現在世代は自 由にCO2 を排出できる 譲渡不可能ルール(inalienability rule):各世代が等しく持つ CO2 排出権および温暖化被害を受けない権利に対し、現在 世代はそれらを擁護することを義務付けられる 従来の経済学が抱える問題点 全世代の効用の総和を最大化するのが政策目標であるため、 世代間公正への配慮がなされない(ある世代は得を、別の世 代は損をする可能性が大) 現在世代が将来の効用を割引いて小さく評価する場合、現在 世代が将来世代に経済的損害を押し付けることになる 2008年3月8日 福岡工業大学環境科学研究所 環境研究発表 8
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