エコロジー経済学における貨幣論: ソディとデイリーを中心に 畠瀬 和志 神戸大学 経済学研究科 研究員 桂木 健次 福岡工業大学 社会環境学部・大学院社会環境学研究科 研究の動機と方針 研究の動機 貨幣的な現象は環境問題とどう関わっているか? 研究の方針 1. 2. 3. 4. 2007/10/14 フレデリック・ソディの貨幣論、ハーマン・E・デイリーの貨幣 論を概説 ソディ、デイリーの貨幣論が財の異時点間配分を伴う環境問 題とどのように関係しているかを考察 「割引現在価値」について概説(財の異時点間配分に関わる 問題) 割引率の設定と財の異時点間配分について考察 エントロピー学会 第25回シンポジウム 2 重要な結論 H.デイリーのエコロジー経済学 社会には、効率性・公正性・持続可能性という三つの独立な 政策目標がある。これらは、三つの独立な政策手段を必要と する。 第一には、持続可能性と公正性を政策目標とすべき。効率性 は、それらの制約の範囲内で考慮されるべきである。 主流派の環境経済学 外部不経済の内部化とパレート原理により、「効率性」「公正 性」「持続可能性」の3つの政策目標を一元的に最大化させる ⇒「効率性」「公正性」「持続可能性」は、往々にして相反する。こ れらは一元的には最適化出来ない、とデイリーは批判(アマ ルティア・センなども似た指摘)。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 3 フレデリック・ソディの貨幣論 共同体の保有する全貨幣の価値は、実物資産の価値を超えて いる ⇒ 「仮想的な富virtual wealth 」(実物資産の価値を超えた部分) の存在 仮想的な富は、貨幣が不換紙幣であり、民間銀行による実物 資産の裏付けを欠いた信用創造が可能であるために生じる 個人は貯蔵できない余剰を、将来、増加した収入の分け前にあ ずかる権利と引き換えに、他者に消費させたり投資させたりす る。こうして生じた負債は、複利の法則に従って増加する。 負債は複利で増加するが、富は熱力学の法則による限度のた め、負債ほど速く継続的には増加出来ない 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 4 ハーマン・E・デイリーの貨幣論 C-M- C′(商品-貨幣-他の商品) ⇒貨幣Mは交換を促進する媒介物、交換の目的はより大きい使 用価値の獲得(C′>C)。しかし、C′の使用価値は特定の用途、 目的によって限定される。 M-C-M′(貨幣-商品-より多くの貨幣) ⇒抽象的な交換価値の増加が目的(money fetishism)。M′の増 加には制約がない。商品Cは中間ステップと化す。交換価値は それ自身が利子を生み、ひとりでに増加する。 M-M′(貨幣-より多くの貨幣) ⇒ペーパー経済。商品は不要であるが、往々にして商品の生産 よりも収益性が高い。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 5 ソディ、デイリーの貨幣論と環境論の関わり ソディの貨幣論と環境論 現行の金融制度における貨幣の減価と利子のあり方への批 判を通じ、割引率の議論(後述)と関わる 人間の自然支配力は熱力学第二法則によって束縛されており、 利用可能なエネルギーこそが富の泉源となる ⇒低エントロピー資源を価値の泉源と定義 デイリーの貨幣論と環境論 使用価値から遊離した交換価値の拡大を目的とする「貨幣崇 拝」が経済を支配することを指摘 ⇒経済成長に対する批判と結びつき、Steady-state Economy (成長なき発展の経済)の理念を支える 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 6 割引現在価値について(1) 「 y 万円を T 年後に受け取る権利」を持っているとして、これを 支払い時期を変更して現時点で受け取る場合、何万円を受け取 るのが適切か? ⇒現時点で y 万円を受け取れば、これを銀行に預けて T 年まで 複利運用し、 y (1+r)T 万円にすることが可能(r : 利子率) 一方、現時点で y T 万円 1 r を受け取り複利運用すると、 T 年後には y 万円となる 利子を考慮すると、T 年後の y 万円は、現時点における y T 万円 と同価値 ⇒「割引現在価値」 1 r 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 7 割引現在価値について(2) スライド前ページにおいて 割引率=利子率 r である。 完全な資本市場を仮定すると、 割引率=市場利子率=資本の収益率= F L, K K となる(F:生産関数,L:労働,K:資本)。 割引現在価値は、リスク回避行動から説明されることもある eg. 10年後に x 万円が得られるという契約は、現在 x 万円が得 られることと比較すると、不確実性がある ⇒人々は将来に生じる価値を割引いて評価 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 8 割引と環境問題 『環境経済学入門』(Turner et al.,大沼訳,東洋経済新報社)には 以下のような例が上げられている: a) あるプロジェクトによる環境破壊が遠い将来において起こる とき、その破壊費用の現在価値は、割引によって実際の費 用よりもかなり低くなる b) あるプロジェクトによる便益が50年や100年先の人々に生ず るとき、割引はその便益の価値を低め、そのプロジェクトや 政策の正当化を困難にする c) 資源の採取決定が割引率によって影響を受ける場合、割引 率が高いほど枯渇性資源の利用度は大きくなり、将来世代 に遺されるものはより少なくなる 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 9 割引率の設定:『スターン・レビュー』を巡る論争 『スターン・レビュー:気候変動の経済学』(2006年)は、地球温暖 化の経済シミュレーションに非常に小さな割引率を用いたため、論 争が起こった。 CO2排出と温暖化被害にはタイムラグがあるため、割引率を 高く設定すると、温暖化被害の割引現在額が小さくなる ⇒温暖化対策の先送りを正当化 『スターン・レビュー』では、世代間公正を配慮し、早期の温 暖化対策を正当化するため、非常に小さな割引率を使用 主流派の環境経済学者の多くはこの設定に批判的。割引率 の設定は、現実に観測された市場利子率や貯蓄率のデータ と整合的でなければならないと主張(Nordhaus, 2006; Dasgupta, 2007; Weitzman, 2007 など)。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 10 『スターン・レビュー』における割引率の設定(1) フランク・ラムゼイの古典的な論文(Ramsey, 1928)に基づく、 地球温暖化の経済分析では一般的な方法である 1. 効用 U が消費 c の水準で決まると考えると、厚生(welfare)の 合計 W は、以下の式で表現出来る W 0 U c t 1 t dt ρ:純粋時間選好率(現在を将来より どれだけ好むかを示す割引率) 2. あるプロジェクトによって消費 c が増加し、厚生が増加すると仮 定すると、厚生の増分⊿W は以下のように表される W cdt , 加) 2007/10/14 0 U c t 1 t λ:消費の限界効用(消費が1 単位増加する際の効用の増 エントロピー学会 第25回シンポジウム 11 『スターン・レビュー』における割引率の設定(2) 3. 完全な資本市場を仮定すると、時点 t における消費の増加Δc の 限界効用と、時点 t +Δt における消費の増加Δc(1+rΔt)の限界効 用は同じであるため、以下の式が成立する c t 1 r t c t t λ:消費の限界効用 4. 上式は、 極限Δt → 0 においては以下のようになる d c t r c t dt 5. 上式を変形すると、割引率は以下のように、「消費 c の増加に伴 う、消費の限界効用λの減少率」となる U c t r , t 1 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 12 『スターン・レビュー』における割引率の設定(3) 6. 異時点間の代替の弾力性が一定(isoelastic)の効用関数を仮定 U c t c t 1 1 7. 上の効用関数を仮定すると、割引率は以下のように決定される c r log 1 c 8. 始めの式で、(1+ρ)-t の代わりに e-ρt と置くと、上式は c r c となる。この関係は、「ケインズ=ラムゼイ・ルール」(簡単には、 ラムゼイ・ルール)と呼ばれる。 c c は消費の増加率であるが、 経済成長を表すと考えて良い。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 13 ケインズ=ラムゼイ・ルールを巡る議論 割引率r=[純粋時間選好率ρ]+θ×[経済成長率g] であり、3つ の決定要素(ρ,θ, g)がある。 『スターン・レビュー』はρ=0.1%/年、 θ=1、 g=1.3%/年と設定し ており、r =1.4%となる。他の研究では r =6%程度が一般的。 Nordhaus (2006)、Weitzman (2007):スターン・レビューの割引 率設定は消費を先送りし、現実に観測されたデータよりも遥かに 貯蓄率が高くなる(生産Y(t)=消費C(t)+貯蓄S(t)を思い出すこと)。 そのような現実に合わない割引率の設定はおかしい、と主張。 Ramsey (1928)、Cline (1992):ρ=0%であるべきと主張 Georgesucu-Roegen (1977):割引率ゼロを主張(但し、それが ρ=0%を意味するのか、 r =0%を意味するかは不明)。また、異 時点間の効用最大化ではなく、「後悔」の最小化を社会の原理と することが賢明であると主張。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 14 デイリーの経済理論から見た『スターン・レビュー』の割引率設定 『スターン・レビュー』では、世代間公正を達成する手段として割 引率を用いている デイリーの経済理論において、割引率は効率性を達成するため の政策手段であり、世代間公正を達成するための政策手段では ない(Daly, 1996) デイリーの経済理論から見ると、主流派の環境経済学も、『ス ターン・レビュー』も、効率性と公正性という2つの政策目標を、 割引率というひとつの手段で達成させようという間違いを犯して いる 将来世代は現代世代とは別の人々であるから、公正性が問題に なるが、「異時点間の効用を足し合わせる」というのは効率性を 基準にする方法で、公正性を基準にするものではない(参考: Daly , 1996 ; Norgaard & Howarth, 1991) 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 15 デイリーの経済理論における財の分配の原則 社会には、効率性、公正性、持続可能性という三つの独立な政 策目標があり、これらは三つの独立な政策手段を必要とする。 割引率は、効率性のための政策手段。一方、公正性は市場メ カニズムによってではなく、新しく作り出された資産の公正な分 配を反映するような社会的意思決定によって達成される。 持続可能性について、デイリーは「マクロ経済の最適規模」とい う概念を提唱。これは、「人間中心主義的な最適」として考える か、「生物中心主義的な最適」として考えるかによって異なるが、 いずれにせよ、生態系の再生力と吸収力のうち、いずれか小さ い方の能力によって規定される「マクロ経済の規模の上限」の 範囲内となる。 異時点間の財の配分を決定する要因は、第一には、生態系の 持続可能性と世代間公正性である。政策手段としての割引率 は、持続可能性と公正性の制約の範囲内で用いられるべき。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 16 ノート:デイリーの経済理論において 「環境経済学は効率性と公正性という2つの政策目標を、割引 率というひとつの手段で達成させようという間違いを犯してい る」という指摘に対し、「割引率だけではなく、環境税も用いてい る」という反応が予想される。しかし、例えばピグー税を考えて みると、異時点間の財の配分を決めるパラメータは、やはり割 引率のみである(ここで問題にするのは、異時点間の配分なの で)。 新古典派経済学は、効用概念とパレート原理を用いて「効率 性」と「公正性」を一元的に最大化させる点が特徴。環境経済学 では、外部不経済の内部化を通して、「効率性」「公正性」「持続 可能性」の3つを一元的に最大化させる。一方、デイリーは、そ うした一元的な最適化を批判する。 持続可能性と公正性を考慮すると、経済成長率と割引率に制 限が生じる。これは、ソディの貨幣論と結びつき「現行の金融制 度における貨幣の減価と利子への批判」に繋がるはずである が、デイリーはこれについて多くを語っていない。 2007/10/14 17 エントロピー学会 第25回シンポジウム 研究のまとめ:割引率の問題を中心に ソディの貨幣論は、貨幣の減価と利子のあり方への批判を通じ て割引率の議論と繋がる(但し、エコロジー経済学において、割 引と貨幣の減価、利子の関連に関する考察は十分ではない)。 デイリーは、社会には「効率性」「公正性」「持続可能性」という 三つの独立な政策目標があり、これらは三つの独立な政策手 段を必要とする、と主張する。 デイリーの経済理論において、異時点間の財の配分を決定す る要因は、第一には、生態系の持続可能性と世代間公正性で ある。割引率(効率性を達成する手段)は、持続可能性と公正 性の制約の範囲内で用いられるべき、とされる。 主流派の環境経済学では、外部不経済の内部化とパレート原 理により、「効率性」「公正性」「持続可能性」の3つを一元的に 最大化させる。デイリーはこの考えに対して批判的である。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 18 付録:ケインズ=ラムゼイ・ルール の厳密な導出方法 畠瀬 和志 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出方法(1) 1. 厚生の合計 W を、完全な資本市場を仮定した制約条件式の下 で最大化する非線形計画問題を考える max W e tU c t dt 0 s.t. k F k c F(k) は生産関数、k は単位労働力あたりの資本。ここで、y=F(k)、 ∂k/∂t = i(i:投資)なので、制約条件式はマクロ経済の恒等式 y= c + i である。 2. 上の最大化問題をラグランジュ関数を用いて書き直す 0 0 max L e tU c t dt F k c k dt 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 20 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出方法(2) 3. 上のラグランジュ関数を、そのままラグランジュの未定乗数法で 解くことは困難なため、以下のハミルトン関数を利用する H e U c t t G c, k , t , G c, k , t k F k c t 4. 前ページ2.のラグランジュ関数 L H t t k dt の最大化条 件(ポントリャーギンの最大値原理) 0 1 4 H 0 c lim t kt 0 2 H k 3 H k t 5. いま、「現在価値ハミルトン関数」を以下のように定義 t H C e H U c t t G c, k , t , t e t t 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 21 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出方法(3) H t H C e 6. 現在価値ハミルトン関数の定義より、 であり、ま c c た、4.の最大化条件(1)より H C H 0 であるため、 0 となる。 よって、 c c 1 U c t t 0 である。 H である。 7. 4.の最大化条件(2)より k 両辺をそれぞれ現在価値ハミルトン関数に直すと e t H C e t t e t t k t e t t となるので、 2 t F k t t である。 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 22 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出方法(4) 8. 上の最大化条件(2‘)に(1‘)を代入し、整理すると d U c t F k dt U c t 9. 完全な資本市場の下では、資本の収益率F’(k)は割引率 r と同 じになる。U[c(t)]に異時点間の代替の弾力性が一定の効用関 数 U c t c t 1 1 仮定すると、ケインズ=ラムゼイ・ルールが得られる。 c r c 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 23 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出:2時点モデル(1) 1. 割引率 r は以下のように定義される(c(t): 時点 t における消費) r c t 1 c t 1 : c t と c t 1 の間の限界代替率マイ ナス 1 c(t+1) ⊿c(t+1)=1+r ⊿c(t)=-1 W U c t U c t 1 1 の無差別曲線 c(t) 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 24 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出:2時点モデル(2) 2. 社会的厚生 W を2時点の消費の水準で表す W U c t U c t 1 1 3. W の微小増加 dW が以下のように表現されることを利用 dW U c t c t 1 U c t 1 dc t dc t 1 1 c t 1 4. W が最大値を取る条件: dW=0 2007/10/14 dc t 1 dc t U c t c t 1 U c t 1 1 c t 1 r 1 エントロピー学会 第25回シンポジウム 25 ケインズ=ラムゼイ・ルールの導出:2時点モデル(3) 5. 4.の式を整理 r 1 U c t 1 U c t 1 c t 1 c t 1 U c t 1 1 c t 1 6. 上式は、 極限Δt → 0 においては以下のようになる d U c t dt 1 r U c t 1 U c t 7. 上式は r , である(以下、p.12に同じ) t 1 2007/10/14 エントロピー学会 第25回シンポジウム 26
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