二院制の採否と国民性

二院制の採否と国民性
7月27日(土)
同志社大学大学院
総合政策科学研究科
[email protected]
木下 健
1
はじめに



「なぜ二院制が採用されているのか」という問いに
対して、これまでの政治学における研究では、連
邦制であるため、あるいは人口・経済規模が大き
いからという理由付けがなされてきた。
参議院の強大さが指摘される昨今において、二院
制を堅持するか、一院制に移行するかという問題
は検討されてしかるべきである。
OECD諸国において、二院制から一院制へ移行し
た国として、ニュージーランド(1950年)、デンマー
ク(1953年)、スウェーデン(1970年)、アイスランド
(1991年)、スコットランド(1999年)がある。
2
二院制採用国の近年の推移
年
二院制採用国数
割合
1985年
142ヶ国中42ヶ国
29.6%
1990年
148ヶ国中45ヶ国
30.4%
1995年
178ヶ国中52ヶ国
29.2%
2000年
177ヶ国中52ヶ国
36.2%
2001年
178ヶ国中64ヶ国
36.0%
2002年
179ヶ国中65ヶ国
36.3%
2003年
183ヶ国中68ヶ国
37.2%
2004年
182ヶ国中68ヶ国
37.4%
2007年
195ヶ国中77ヶ国
39.5%
藤本(2011)によると、
1967年の二院制議会と一
院制議会の割合は41.1%
と58.9%であるとし、一院
制を採用している国家は
若干増大しているとしてい
る。
他方で、田中(2005)は直
近の20年をみると二院制
を採用する国家は増加傾
向にあるとしている。
(出所)田中嘉彦「二院制」『シリーズ憲法の論点⑥』国立国会図書館調査及び立法
考査局,2005年,5頁。2007年については藤本一美『上院廃止-二院制議会から一
院制議会への転換』志学社,2012年,24頁。
3
第二院設置の目的
野中ら(2006)による民主的第二次院の役割
①立法権能の分割により、立法府が全能となることを抑制
しうること
②第一院の衝動的な行動をチェックしうること
③国民の数を代表する第一院に対して、その構成に工夫
を加えることにより、第二院に国民の「理」ないし「良識」
を代表させうること
④国民の多様な意見や利益をきめ細かに代表させうるこ
と
この中でも最も本質的な役割は④であるとされている

4
二院制に関する理論研究-7人議会に
おける勝利連合七人のそれぞれの理想点はa
1~a 7であり、それぞれをa 0
通る無差別曲線となっている。
斜線は単なる過半数の領域
を表しており、少なくとも7分
の4を支配している。また、黒
く描かれた領域は超過半数で
ある7分の5が支配している。
超過半数の意義は、政策の
数が制限されており、代替案
を模索することが難しいため、
政策決定が遅延することにあ
る。
(出所) Riker, William, ”The Justification of Bicameralism”
International Political Science Review Vol.13, No.1 ,1992, p.111.
5
仮説の提示-国民性仮説


第二院には、第一院の衝動的な行動を抑制しうる機能
があり、とりうる政策が制限され、保守的になることが理
論的に説明されている。
ここから、第二院を設置する国家においては、権力の集
中を嫌う保守的な国民性があるものと考えられる。
それは制度から考えると、自治・自立を重視する連邦性
を採用する傾向にあると考えられる。ただし、単一国家
においても、権力の集中を嫌い、政治に対する不信を抱
く国民性は少なからず存在していると予想される。
6
対抗仮説




ツェベリスとマネー(1992)によると、上院は連邦制国家においては、代表性
の点から正統性を持つと評価されてきた一方で、単一国家については、弱く
余分なものであると評価されてきた。
二院制と連邦制の関係は、レイプハルト(1999)及びヴァッター(2009)により
論じられてきた。
レイプハルトによる連邦制・分権と二院制の相関係数は0.64(1%有意)、また
ヴァッターによる連邦制と二院制の相関係数は0.75(1%有意)となっており、
連邦制国家において二院制を採用している国が多いことがうかがえる 。
増山(2006)によると、国家規模の大きい国では概ね二院制が採用されてお
り、欧米先進諸国では、人口が1200万人以上、GDPが3000億ドル以上であ
れば二院制でない国はないとしている。
マスコット(2001)は一院制を採用する理由として、連邦制及び人口について
次のように指摘している。一院制議会の説明として、連邦制がないことであり、
20の連邦国家の中で3カ国(セントキッチネヴィス・ミクロネシア、ベネズエラ)
以外が二院制を設けているとしている。次に考えられる独立変数が人口規模
であり、500万人以下の人口では77カ国中55カ国が一院制であると指摘して
いる。
7
国家形態と二院制の分布
ツェベリスやマネー、レイプハ
ルト、ヴァッターが指摘するよう
に、連邦制国家であれば、二院
制を採用しているのかというと、
必ずしもそうではないことが分か
る。
1 4 ヶ 国,
8 .6 %
3 7 ヶ 国,
2 2 .7 %
2 9 ヶ 国,
1 7 .8 %
8 3 ヶ 国,
5 0 .9 %
一院制国家で連邦制
一院制国家で単一国家
二院制国家で連邦制
二院制国家で単一国家
(注)QoG Standard dateset2011より作成。
二院制国家でありながら、単一
国家である国が37ヵ国(22.7%)
存在しているのは一体なぜなの
か。
権力集中を嫌う国民性仮説が
成り立つのか検証する。
8
データセット

データセットとして、世界75ヶ国(64ヶ国)及びOECD32ヶ国(30ヶ国)のデータを用
いることとする。対象国は、(アルバニア)、アルゼンチン、オーストラリア、オースト
リア、バングラディッシュ、アルメニア、ベルギー、ボリビア、ブラジル、ブルガリア、
カナダ、スリランカ、チリ、コロンビア、(コスタリカ)、クロアチア、キプロス、チェコ、
(ベナン)、デンマーク、ドミニカ、エクアドル、エルサルバドル、エストニア、フィンラ
ンド、フランス、ドイツ、ギリシャ、グァテマラ、ハイチ、ホンデュラス、ハンガリー、イ
ンド、インドネシア、アイルランド、イスラエル、イタリア、(ジャマイカ)、日本、韓国、
キルギス、ラトビア、リトアニア、(マダガスカル)、マラウイ、マリ、メキシコ、ネパー
ル、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ナイジェリア、(ノルウェー)、パナマ、
ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、ロシア、(シエラレオネ)、スロヴァキア、スロ
ヴェニア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、(スイス)、タイ、(トリニダード・トバ
ゴ)、トルコ、ウクライナ、(マケドニア)、イギリス、アメリカ、ウルグアイ、(ベネズエ
ラ)、ザンビアとした[1]。75ヶ国を対象とした場合、先進国と途上国といった差が
考えられるため、コントロール変数としてGDP及び健康に関する社会保障支出を
用いる。こうしたコントロール変数を用いたとしても、先進国と途上国の間では
様々な違いが考えられ、変数無視のバイアスが生じる危険性があるため、対象
国をOECD諸国に限定する。

[1] 下線はOECD諸国を指す。OECD諸国の内、ルクセンブルクとアイスランドについてはデータの制約
によりサンプルに含めることができなかった。括弧書きに付いては、一部データが欠損している国を指す。
9
独立変数及びデータの出所
独立変数
データの出所
メディアへの信頼
Cynthia English, Quality and Integrity of World’s Media Questioned, Gallup
Poll, 2007.
http://www.gallup.com/poll/103300/quality-integrity-worlds-mediaquestioned.aspx
メディアの自由報道
Cynthia English and Lee Becker, Two-Thirds Worldwide Say Media Are Free in
Their Countries, Gallup Poll, 2012.
http://www.gallup.com/poll/153455/two-thirds-worldwide-say-media-freecountries.aspx
腐敗認識指数(CPI)
トランスペアレンシー・インターナショナル
http://cpi.transparency.org/cpi2012/results/
市民参加指数(CEI)
Cynthia English, Civic Engagement Highest in Developed Countries, Gallup
Poll, 2011.
http://www.gallup.com/poll/145589/civic-engagement-highest-developedcountries.aspx
政府の有効性(GE)
世界銀行
政府の有効性(Government Effectiveness)
http://info.worldbank.org/governance/wgi/index.asp
連邦制を採用しているかどうか【対抗仮説】
Teorell, Jan, Nicholas Charron, Stefan Dahlberg, Sören Holmberg, Bo Rothstein,
Petrus Sundin and Richard Svensson, “The Quality of Government
Dataset”, Version 8, 2012.
http://www.qog.pol.gu.se/data/datadownloads/qogstandarddata/
人口【対抗仮説】
The Quality of Government Dataset”, Version 8, 2012.
GDP【対抗仮説】
The Quality of Government Dataset”, Version 8, 2012.
健康に関する社会保障費(政府支出)【制御変数】
The Quality of Government Dataset”, Version 8, 2012.
有効議会政党数【制御変数】
The Quality of Government Dataset”, Version 8, 2012.
議院内閣制、大統領制、あるいは半大統領制を採
用している【制御変数】
The Quality of Government Dataset”, Version 8, 2012.
10
権力集中を嫌う国民性因子の抽出
権力の集中を嫌う国民性を測定することは困難である
ため、本報告ではメディアを信頼しているかどうか、メ
ディアが自由な報道を行なっているか、市民が活動的
か(市民参加指数)という変数を代用する。また政治・政
府に対する不信を測るために、腐敗認識指数及び政府
の有効性を用いることとする。
 これらの変数を合成し、因子として抽出を試みた。
⇒有能な政府因子とメディア信頼因子(不信因子)を析出し
た。

(注)メディアへの信頼と不信は表裏の関係と考えられるが、権力集中を嫌う
場合はメディアを好み、政治不信を抱く場合はメディアに対しても懐疑的にな
ると考えられるため、双方の変数を別のものとして取り扱っている。
11
因子の合成-主成分分析・回転後75ヶ国
OECD32ヶ国
有能な政府因子
メディア不信因
子
有能な政府因子
メディア信頼因
子
メディアへの信
頼
0.067
-0.972
0.340
0.925
メディアへの不
信
0.097
0.967
-0.119
-0.986
メディアの自由
報道
0.869
-0.214
0.876
0.211
腐敗認識指数
(CPI)
0.934
0.186
0.904
0.241
市民参加指数
(CEI)
0.701
-0.096
0.845
0.101
政府の有効性
(GE)
0.903
0.242
0.903
0.271
(注)バリマックス回転をかけ、いずれも3回の回転で収束した。75ヶ国に関して第一因子の固有値は2.980であり、寄与率
は49.7%である。第二因子の固有値は1.999であり、寄与率は33.3%である。32ヶ国に関して第一因子の固有値は3.946
であり、寄与率は65.8%である。第二因子の固有値は1.312であり、寄与率は21.9%である。
12
ロジスティック回帰分析の結果-75ヶ国(64ヶ国)モデル1
モデル2
変数
偏回帰係数
Wald
オッズ比
偏回帰係数
Wald
オッズ比
有能な政府因子
-0.698
0.706
0.497
―
―
―
メディア不信因子
-1.209
5.578
0.299**
―
―
―
メディアへの信頼
―
―
―
0.062
4.657
1.064**
有効議会政党数
-0.285
1.141
0.752
-0.415
3.137
0.661*
連邦制を採用して
いるかどうか
2.310
7.516
10.070***
1.882
7.786
6.569***
人口
0.000
5.800
1.000**
0.000
7.593
1.000***
GDP
0.000
1.944
1.000
0.000
3.164
1.000*
健康に関する社会
保障費(政府支
出)
0.019
3.393
1.019**
0.017
3.745
1.017*
半大統領制である
か否か
1.425
1.747
4.156
1.223
1.894
3.397
議院内閣制である
か否か
1.328
1.709
3.774
1.294
2.279
3.647
定数
-4.134
5.698
0.016**
-5.456
7.035
0.004***
Nagelkerke R二乗
0.497
0.444
N
64
75
(注)*は10%有意、**は5%有意、***は1%有意を示す。モデル1における二院制を採用している国家は33ヶ国(51.6%)、モ
デル2における二院制を採用している国家は37ヶ国(49.3%)である。
13
分析の結果



メディア不信因子については、一院制を採用する確立が高まること
が明らかとなった。これはメディアを嫌う国民性が見受けられる場合、
一院制を志向することを意味している。
他方、モデル2を確認すると、メディアへの信頼は二院制を採用する
確率は1.064倍にやや高めることが分かる。これはモデル1とは逆の
解釈で、国民がメディアを通じた監視社会を求めるものであり、その
場合二院制を志向すると考えられる。
また健康に関する社会保障費も有意となっており、注目する必要が
ある。モデル1及びモデル2のいずれにおいても、社会保障費の割合
が二院制を採用する確率を少し高めるといえる。これは社会保障を
重視する国では、政治の安定を求め、二院制を志向する傾向にある
ことを意味している。この結果も、保守的な国民性を示す仮説と整合
的である。
14
ロジスティック回帰分析の結果-34ヶ国(32ヶ国)モデル3
モデル4
変数
偏回帰係数
Wald
オッズ比
偏回帰係数
Wald
オッズ比
有能な政府因子
-0.363
0.055
0.695
―
―
―
メディア信頼因子
2.440
3.521
11.469*
―
―
―
メディアへの信頼
―
―
―
0.278
0.4531
1.321**
連邦制を採用して
いるかどうか
3.878
2.875
48.322*
3.860
3.271
47.464*
人口
0.000
3.342
1.000*
0.000
3.786
1.000*
GDP
0.000
1.813
1.000
0.000
1.105
1.000
健康に関する社会
保障費(政府支
出)
0.054
4.096
1.055**
0.066
4.040
1.068*
議院内閣制である
か否か
―
―
―
1.246
0.367
3.476
定数
-14.122
3.521
0.000*
-24.431
5.350
0.000**
Nagelkerke R二乗
0.792
0.817
N
32
34
(注)*は10%有意、**は5%有意、***は1%有意を示す。モデル3の二院制を採用している国家は18ヶ国(60%)、モデル4の
二院制を採用している国家は19ヶ国(59.4%)である。
15
経路依存性

統治形態の選択については歴史的経緯が大きく
関係しており、全ての国家があらゆる制度を選
択できるわけではない。このことについてダール
(1963)は、政治システムはなんらかの意味で独
自の歴史を持っており、過去が異なっているが
故に同一の選択肢をもっていないことを指摘して
いる。
16
おわりに



第三の権力と称されるメディアを信頼する国民性が二
院制を求めていることが確認された。人口・経済規模が
一定以上となると、政府に対する信頼は弱まると考えら
れる。規模の拡大は政府を何らかの方法により監視す
る必要が高まること意味しているといえる。
通常、政府に対する監視は、国会においては野党が担
い、選挙を通じて有権者が担うこととなる。しかし有権者
の担う行政府監視には資源やコストといった面において
限界がある。
そこで有権者は行政府監視の一端をメディアに依存して
いるのではないだろうか。そして行政府監視が必要であ
るとする国民性はメディアを信頼し、政治に対する安定
志向、すなわち二院制を求めているのではないだろうか。
17
参考文献
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Cynthia English, Quality and Integrity of World’s Media Questioned, Gallup Poll, 2007.
http://www.gallup.com/poll/103300/quality-integrity-worlds-media-questioned.aspx (2013年6月5日確認)
Cynthia English, Civic Engagement Highest in Developed Countries, Gallup Poll, 2011.
http://www.gallup.com/poll/145589/civic-engagement-highest-developed-countries.aspx (2013年6月5日確認)
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18