谷埋め盛土の地震時滑動崩落 の安定計算手法 太田ジオリサーチ 正会員 ○太田英将 国土防災技術 正会員 榎田充哉 谷埋め盛土の地震時滑動崩落 の安定計算手法が必要となった背景 • 1995年兵庫県南部地震、2004年新潟県中越地 震で宅地盛土が被災した • 釜井ほか(1996)などで阪神地域における宅地 谷埋め盛土の被災調査が公表された • 釜井・守随(2002)などで危険度評価法が提案さ れた • 2006年3月に宅造法改正が行われ、同年9月に 施行された。 • 対策工法の「設計」が必要となった 国土交通省(2006):総合的な宅地防災対策に関する検討会報告,http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/04/040125_2/01.pdf 新たな計算手法が必要となった理由 • 従来手法(2次元断面法)では安定計算として最低限必要な要件を満たせな かった ←実際に発生した現象(変動・非変動)が再現できない≒信頼性がない 2次元断面法では変動・非変動を 安全率の大小で区別することが できない (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析 手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 1995年兵庫県南部地震の際のデータセット 全ての始まりは、この調査データにある 変動事例89事例,非変動事例130事例,計219事例 (釜井俊孝先生の調査データ;未公開資料) 分布図 (変動していない盛土データも含まれている) 変動事例 89事例 非変動事例 130事例 溜池は除外 計219事例 同じエリアに変動・非変動混在。 すなわち、地質・震動の違いが最大要因ではないということ。 (釜井データを地形図上にプロットしたもの) NPO法人都市災害に備える技術者の会(2005);大地震時における宅地盛土に関する調査業務報告書,国土交通省委託業務 傾斜角と盛土深さ ・旧地形傾斜角と変動・非変動にはあまり関係がない ・浅い盛土は変動しやすく、深い盛土は変動しにくい傾向 (釜井俊孝先生の調査データ;未公開資料) 数量化解析では • 横断形状(W/D比)が 変動・非変動を分ける 最大要因である。 • 底面の抵抗力が著しく 弱く、盛土側部の摩擦 が効いている場合にこ の現象は起こり得る そういう実例は・・・ある 釜井俊孝・守随治雄(2002):『斜面防災都市-都市域における斜面災害の予測と対策-』,理工図書,200p 実例は地すべり順算解析 普段は「逆算法」で処理するので気がつきにくいが「順算法」で解こうとすれば Fs≒1.0の地すべりで検証 強度設定 主たるすべり面強度は著しく小さいが、 周縁部は相対的に大きな強度 全体をピーク強度 2 次 全体を完全軟化強度 元 全体を残留強度 Fs 3.33 1.89 0.65 個別に設定 0.84 全体をピーク強度 3.53 3 次 全体を完全軟化強度 元 全体を残留強度 個別に設定 1.81 0.60 1.01 実測値のみを用いた斜面安定解析の可能性』(2006) 日本地すべり学会関西支部シンポジウム『 美馬健二・城井浩介・太田英将(2006);せん断特性による周縁部強度の選定,第45回日本地すべり学会研究発表会講演集,p.281-284 太田英将(2006):土質試験結果の安定解析への適用,日本地すべり学会関西支部シンポジウム"実測値のみを用いた斜面安定解析の可能性",pp.43-56 安定計算手法の基本原則(結論) • ありのままの形状(3次元)で、地質・応力状態に 応じてその場所で発揮される強度を入れて計算 する。 • 特に底面と周縁部強度が相対的に大きく異なる 場合には、過度に単純化されたモデルでは順算 法での安全率算定は不可能。 谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計 算においても基本原則は全く同じ。 Σ抵抗力 Fs=ーーーーーーーー Σ滑動力 • Σ抵抗力: 原則は 「ありのままに計 算」 ①底面抵抗力:過剰間隙水圧が作用している ②側面抵抗力:過剰間隙水圧の影響は小さい • Σ滑動力: ①重力による接線力:Wsinθ ②地震による水平震度:Kh=0.25 釜井俊孝(2006):地震による大規模宅地盛土地すべりの変動メカニズム,平成15年度~17年度科学研究費補 助金(基盤研究(B))研究成果報告書,120p 土質力学的な課題 (現象の詳細がよくわかっていない) • いつ過剰間隙水圧が作用するのか? →揺れの最中?少し経ってから? • どの程度過剰間隙水圧が作用するのか? →液状化のレベル?それ以下? • 滑動するときの安全率はFs<1ということ 以外にはわからない →Fs=0.2でも0.9でもいいということ。 →単一のサンプルでは検証不能 →変動グループFs<1、非変動グループFs>1 のデータ群として検証が必要 現実的(\)な課題 • たくさん調査できるか? →多くの調査費が掛けられるか?(悲観的) • サンプリングできるか? →盛土と地山の境界部付近のサンプリングは容易か? (膿んだ土のサンプリング)・・・(悲観的) • 阪神間のデータを精密化できるか? →「釜井阪神間データセット」は、W・D・L・Θ(・WL) →検証するにはW・D・L・Θ (・WL)で表現 →事業で得られるデータもこれと大差ないと仮定 細かな話はデータが揃わない限り何も言えない 簡易計算のモデル化(単純化) • 現実的には「ありのままの計算」は困難 調査費用・技術の問題・検証データの問題 単純化 側面抵抗=土被り荷重×tanφ’side 似た性質の力で代用 (便宜上!) (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 太田英将(2005):宅地地盤の地震時盛土スベリのメカニズムと対策方法,第44回日本地すべり学会研究発表会講演集,pp.513-516 太田英将(2006):盛土の耐震設計-設計・工事-,平成18年度全国建設研修センター講習会資料 簡易計算モデル Wt = γt・Vt 重量(kN) P 2・1/2・K・γt・D2・L 側方土圧(kN) Ub = γw・u・At 底面水圧(kN) As = 2・D・L 側面積(m2) Ab = At/cosθ 底面積(m2) At = = Vt/D 換算平面積(m2) γt : 土塊の単位体積重量(kN/m3) γw : 水の単位体積重量(kN/m3) Vt :移動体の体積(kN) {(Vt =A・D・(2/3)またはVt =W・L・D ) } L:盛土全体の水平長さ(m) W:盛土の幅(m) A:調査結果による平面図図上の盛土の面積(m2) c'1,c'2 : 側面および底面の粘着力(kN/m2) φ'1,φ'2 : 側面および底面の内部摩擦角(度) u :水位高さ(m) Us :過剰間隙水圧(kN){ =γw・At・us } us :過剰間隙水圧の水位高さ(m) K :側方土圧係数 (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解 析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 kh :水平震度(最大0.25とする) 検証用データセットを解析した結果 (常時) • 常時の計算では、変動した盛土も非変動だった盛土も、安全率 Fsによる違いはない。 (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 検証用データセットを解析した結果 (地震時) 非変動グループFs>1 変動グループFs<1 底面水圧のみ考慮 γt=18kN/m3,底面のc'=0 kPa,φ'=25゜,側面のc'=39kPa,φ'=35゜水平震度kh=0.25, 土圧係数K=0.5,過剰間隙水圧の水圧高さus=3.0m • 変動した盛土がFs<1、非変動の盛土がFs>1のグループにうまく 分かれている(正答率88.6%) (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 検証用データセットを解析した結果 (地震時-2) 非変動グループFs>1 変動グループFs<1 側面水圧も考慮 • γt=18kN/m3,底面のc'=0 kPa,φ'=25゜,側面のc'=39kPa,φ'=35゜水平震度kh=0.25, 土圧係数K=0.5,過剰間隙水圧の水圧高さus=3.0m 変動した盛土がFs<1、非変動の盛土がFs>1のグループに分かれるが、底面水圧のみ考慮 の場合より幅/深さ比が小さい非変動グループの安全率が相対的に低下する。 (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 の 解析を側部水圧を考慮するよう改変して作成 他の地震での検証 従来型2次元解析 側方抵抗モデル (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 Leshcinskyの解析事例(理想理論モデルでのチェック) <立体図> <断面図> Leshcinskyの理想モデル Fs=1.23 側方抵抗モデル法 Fs=1.299 差0.07 ※側方抵抗モデルのk=0.5 <平面図> 2D簡易ビショップ法 Fs=1.036 差0.19 2Dフェレニウス法 Fs=0.998 差0.23 申潤植(1989):『地すべり工学-理論と実践-』,山海堂 谷埋め盛土の地震時滑動崩落の安定計算手法のまとめ • 理想的には「ありのままの形状でかつ ありのままの土質強度・せん断抵抗 力・過剰間隙水圧を用いれば演繹的に 安全率を求める」手法で良い。 • 現実の制約条件により上記の達成は困 難なので、側方抵抗力を簡易的にモデ ル化した計算手法を提案し、阪神の事 例等で検証した結果、良好な適合性が あった。 以上 側部抵抗の簡単な実験 2次元断面形状はみんないっしょ • ダンプトラック荷台から砂をすべり落とす実験 安息角は35゜くらい(強い側部抵抗が無い場合) この2次元断面 を標準とする 資料 太田英将・美馬健二・柏熊誠治(2006):地すべり滑動における側部摩擦効果検証実験,第45回日本地すべり学会研究発表会講演 集,p.285-288 側部抵抗の簡単な実験 2次元断面形状はみんないっしょ • 砂の中にせん断面ができるとなかなか落ちない (側部抵抗が底面抵抗に比べて強い場合) 44゜ 資料 太田英将・美馬健二・柏熊誠治(2006):地すべり滑動における側部摩擦効果検証実験,第45回日本地すべり学会研究発表会講演 集,p.285-288 盛土変動の「形」 2004年新潟県中越地震で現れた盛土の地表クラック形状 (撮影:太田英将) 資料 土木学会斜面工学研究小委員会「新潟県中越地震モニタリングページ」など http://www.jsce.or.jp/committee/jiban/slope/tyuuetu_monitoring/monitoring_index.html 参考文献 釜井俊孝・鈴木清文・磯部一洋(1996):平成7年兵庫県南部地震による都市域の斜面変動,地質調査所月報,第47巻,第2/3号,pp.175-200 釜井俊孝・守随治雄・太田英将・原口強(2000):都市域における地震時斜面災害のハザードマップ-宅地盛土斜面の変動予測-,平成12年度日本応用地質学会 シンポジウム"斜面ハザードマップの現状と課題"予稿集,pp.25-37 釜井俊孝・守随治雄(2002):『斜面防災都市-都市域における斜面災害の予測と対策-』,理工図書,200p 釜井俊孝(2003):三陸南地震,宮城県北部地震,十勝沖地震における谷埋め盛土調査,未公開資料 釜井俊孝・守随治雄・笠原亮一・小林慶之(2004):大地震時における大規模宅地盛土斜面の不安定化予測,日本地すべり学会誌,Vol.40,No.5,pp.29-39 釜井俊孝(2006):地震による大規模宅地盛土地すべりの変動メカニズム,平成15年度~17年度科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書,120p 小林慶之(1999):都市域における宅地盛土斜面における地震災害予測図の作成,平成11年度日本大学修士論文,74p 国土交通省(2006):総合的な宅地防災対策に関する検討会報告,http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/04/040125_2/01.pdf Leshchinsky, D.(1982):Theoretical analysis of the stability of three-dimensional slopes, Thesis submitted in partial fulfillment of the requirements for the Degree of Philosophy in Materials Engineering, University of Illinois at Chicago Circle, Chicago, Illinois. 眞弓孝之(2006):安定解析における土質試験結果の適用性,日本地すべり学会関西支部シンポジウム"実測値のみを用いた斜面安定解析の可能性",pp.69-91 美馬健二・城井浩介・太田英将(2006);せん断特性による周縁部強度の選定,第45回日本地すべり学会研究発表会講演集,p.281-284 NPO法人都市災害に備える技術者の会(2005);大地震時における宅地盛土に関する調査業務報告書,国土交通省委託業務 (社)日本地すべり学会(2006):平成17年度谷埋め盛土造成地の危険度評価・安定解析手法に関する検討業務報告書,国土交通省委託業務 中川渉・守随治雄・古木宏和・太田英将・林義隆(2005):周縁部強度を未知数とした3次元安定解析手法の研究,日本地すべり学会誌,Vo.41,No.6,pp.56-65 中川渉(2006):神戸層群の三次元斜面安定解析,日本地すべり学会関西支部シンポジウム"実測値のみを用いた斜面安定解析の可能性",pp.57-67 太田英将・林義隆(2001):周縁部摩擦効果を考慮した地すべりの3次元安定解析,地すべり,Vol.38,No.3,pp.320-324 太田英将(2005):宅地地盤の地震時盛土スベリのメカニズムと対策方法,第44回日本地すべり学会研究発表会講演集,pp.513-516 太田英将(2006):土質試験結果の安定解析への適用,日本地すべり学会関西支部シンポジウム"実測値のみを用いた斜面安定解析の可能性",pp.43-56 太田英将(2006):盛土の耐震設計-設計・工事-,平成18年度全国建設研修センター講習会資料 太田英将・美馬健二・柏熊誠治(2006):地すべり滑動における側部摩擦効果検証実験,第45回日本地すべり学会研究発表会講演集,p.285-288 申潤植(1989):『地すべり工学-理論と実践-』,山海堂pp.653-654 渡正亮・酒井淳行(1975):地すべり地の概査と精査の考え方,土木研究所資料1003号pp.35-36 その他:土木学会斜面工学研究小委員会「新潟県中越地震モニタリングページ」など http://www.jsce.or.jp/committee/jiban/slope/tyuuetu_monitoring/monitoring_index.html
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