日本における職務制度の 最近の動向 岩井 勇行 ソニー株式会社 知的財産センター・知的財産企画管理部 第5回職務発明セミナー 主催 大韓民国特許庁・職務発明研究会 2005年12月8日 韓国知識財産センター 国際会議室 ソウル 2005/12/8 KIPO Seoul 1 内 容 • • • • • • 日本における職務発明制度の歴史と趣旨 日本における裁判例の変遷 日立製作所事件 特許法35条改正の経緯 改正特許法35条と企業における対応 実務上の課題 2005/12/8 KIPO Seoul 2 日本の職務発明制度の歴史 • 明治42年法:職務発明は使用者に原始的に帰属。 自由発明については、あらかじめ特許権等の譲渡 を定めておくことは無効。 • 大正10年法:職務発明は従業者に原始的に帰属。 譲渡する旨をあらかじめ定めた契約又は勤務規程 により使用者に承継させた場合、従業者は相当の 補償を受ける権利がある。 • 昭和34年特許法全面改正以降も、同様の趣旨で現 行特許法35条に引き継がれている。 2005/12/8 KIPO Seoul 3 日本の職務発明制度の趣旨 職務発明について、特許を受ける権利及び特 許権の帰属及びその利用に関して、使用者と 従業者のそれぞれの利益を保護するとともに、 両者間の利害を調整することを図る。 2005/12/8 KIPO Seoul 4 2004年改正前特許法35条 • 職務発明の定義:使用者等の業務範囲に属し、従業者等の 現在又は過去の職務に属する発明。 • 通常実施権:職務発明について、当該従業者又はその承継 人が特許を受けたとき使用者は無償の通常実施権を有する。 • 予約承継:あらかじめ特許権等を使用者に承継(又は専用実 施権を設定)する旨を定めることは、職務発明でない限り無効 (職務発明については、事前に使用者への承継等を定めるこ とが認められる。)。 • 相当の対価請求権:定めにより職務発明に係る特許権等を 使用者が承継(又は専用実施権を設定)した場合、従業者に は「相当の対価」を受ける権利がある。(3項) • 相当の対価の額:使用者が受けるべき利益及び発明が生み 出されるに当たり使用者が貢献した程度を考慮して定めなけ ればならない。(4項) 2005/12/8 KIPO Seoul 5 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以前(1) • 約90件の事件が知られているが、発明者の「相当 の対価」請求が認められた事件は20件程度。 • 昭和54年(1979)まで:真の発明者、又は職務発明 か否か、その結果通常実施権を有するか否か等を 争った事件が多い。 • 連続混練機事件(昭和54/5/18 大阪地裁) 被告発明者の発明は原告会社の職務発明と認め たが、権利の移転が対価の支払い義務と同時履行 であることは否定した。 2005/12/8 KIPO Seoul 6 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以前(2) • 東急式PCパイル事件(昭和58/9/28 東京地裁) 具体的対価の額が示された。 実施許諾による技術協力費2億4054万5千円×実績補償金 5%×共同発明寄与率70%=841万9075円 • クラッド板事件(昭和58/12/23 東京地裁) 対価請求権の消滅時効は承継の時から進行。 出願されなかったノウハウも対象となる。 「使用者等が受けるべき利益」は承継時の客観的価値。(実 施料を基準にすることは合理的。)第三者へ実施許諾仮定 売上げ×実施料2%(改良発明0.2%)×原告貢献度10%/7%× 共同発明者持分=220万円+164万円認定 2005/12/8 KIPO Seoul 7 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以前(3) • ミノルタ事件Ⅰ(昭和59/4/26 大阪地裁) 特許法35条3項は強行規定と解すべきであり、違反する契約 は無効。 自社実施の場合も実施料の支払いを免れるので、独占権に 基づく利益がある。 原告は35条を米国特許へ類推適用し登録補償を主張→ 出願国を問わず特許法35条及び発明取扱規程が適用され る(米国特許が登録されていても「日本国において登録番号 の付与されたもの」との規程があり、日本が未登録であれば 登録補償できない。)。 • ミノルタ事件Ⅱ(昭和61/9/25 大阪地裁): 原告は35条を米国特許へ適用せず予約承継無効を主張→ 発明取扱規程で外国権利を含めて規定することは違法では ない。 2005/12/8 KIPO Seoul 8 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以前(4) • 三角プレート事件(平成4/9/30 東京地裁) 職務発明規定無し。 勤務外の私的時間が当てられ会社貢献は多くない。 通常実施権を有するので、「受けるべき利益」とは専有によ る利益。有償か否かにかかわらず第三者に実施許諾したと の仮定で、推定売上高(被告の1/2)×仮定の実施料率2%× 被告会社貢献度65%=1292万円 • ゴーセン事件(平成5/3/4大阪地裁・平成6/5/27大阪高裁) 職務発明規定無し。 不実施発明は出願・登録補償が相当 売上高×独占起因部分1/3×実施料2%×共同発明者寄与 度×会社貢献度60%=総額156万6209円 2005/12/8 KIPO Seoul 9 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以前(5) • マホービン事件(平成6/4/28 大阪地裁) 売上高×独占的利益1/3 ×仮定実施料2% ×共同発明者寄 与度×会社貢献度80%=640万円 • 対価請求権の消滅時効の進行は権利承継時から • 「受けるべき利益」は独占による利益 • 自社実施の場合の算定方法は、第三者に実施許諾したと仮 定したときの実施料収入 • 会社貢献度:60%~93% • 対価認定金額:156万円~1292万円 2005/12/8 KIPO Seoul 10 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件 平成11年4月16日 東京地裁 平成13年5月22日 東京高裁 平成15年4月22日 最高裁第三小法廷 • 受けるべき利益5000万円×会社貢献度95%=250万円 • 勤務規則その他の定めによる対価の額が特許法35条3項 及び4項の規定に従って定められる相当の対価の額に満た ないときに不足額を請求することができる。 →企業利益の予見性・経営への影響 • 相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は、使用者等 があらかじめ定める勤務規則その他の定めに対価の支払時 期に関する条項がある場合には、その支払時期から進行す る。 →消滅時効の進行は職務発明規程に依存し、長期間 のリスク 2005/12/8 KIPO Seoul 11 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以後(1) • 三徳事件(平成14/5/23 大阪地裁) 職務発明規程 共同出資元・有り。出資先関連会社・無し 関連会社従業員の職務発明について出資元への35条の類推 適用を認めた。 処理加工費×第三者1/2×実施料率3%×通常実施権・未登 録不確定性1/20×会社貢献度50%=200万円(将来分含む) • ニッカ電測事件(平成14/9/10 東京地裁) 被告の販売総額×実施料率2%×会社貢献度40%=53万 5752万円 • 日立製作所事件(平成14/11/29東京地裁・平成16/1/29東京 高裁) 2005/12/8 KIPO Seoul 12 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以後(2) • 日立金属事件(平成15/8/29東京地裁→平成16/4/27東京高 裁) 自己実施は利益がなく計上せず、ライセンス収入のみ×会社 貢献90%=1128万8千円(高裁1378万7千円) • 日亜化学事件青色発光ダイオード(平成14/9/19中間判決→ 平成16/1/30終局 東京地裁→平成17/1/11 東京高裁和解) 地裁:発明者貢献度50%を認め、特許1件で将来分含め604億 3006万円認定(請求200億円)→和解:被告売上の1/2を独占 権及びノウハウ×実施料10% → 7%×使用者貢献度95%=す べての特許195件等で6億857万円 • 味の素事件(平成16/2/24 東京地裁→平成16/11/17東京高 裁和解)人口甘味料アスパルテーム 利益×会社貢献度95%×共同発明者持分=1億9935万円→1 億5千万円 2005/12/8 KIPO Seoul 13 日本の裁判例の変遷 オリンパス光学工業事件以後(3) • 日中医学研究所事件(平成16/7/23東京地裁) 独占利益×会社貢献度40% ×共同発明者持分=192万円 • 育良精機製作所事件(平成16/9/29 東京高裁) • 藤井合金製作所事件(平成17/7/21 東京地裁) 販売額×超過実施分30%×実施料率×会社貢献度95%= 200万7601円 • 三省製薬事件(平成17/9/26 東京地裁) ライセンス収入の今後の見通しを現時点の60%→50%→8% などと逓減。 (ライセンス収入+実施料相当額)×会社貢献度98%=480 万6923円(共同発明者)認定。 2005/12/8 KIPO Seoul 14 日立製作所事件-判決要旨 • 日本法人と、日本国に在住してその従業員として勤 務していた日本人とがなした、その職務発明に係る 日本国特許及び外国特許を受ける権利の譲渡契約 の成立及び効力の準拠法は、日本法である。 • 相当の対価請求権を定めた特許法35条3項の規定 は、職務発明により生じる外国特許を受ける権利等 の譲渡についても適用される。 • 包括的ライセンス契約及び包括的クロスライセンス 契約について、職務発明により使用者等が受けるべ き利益の額が算定された事例。 2005/12/8 KIPO Seoul 15 日立製作所事件-被告規程 本件出願時 出願時 特許出願1件 平成2年/3年 国内出願1件 優 2,000円 6,000円 その他 3,000円 外国出願1件 優 12,000円 その他 9,000円 登録時 特許1件 国内 請求項3 5,000円 10,000円 請求項4~9 20,000円 請求項10~ 50,000円 実績 発明者及び考案者1件 発明者及び考案者1件 特等 200,000円以上 200,000円以上 1等 120,000円以上 120,000円以上 2等 60,000円以上 60,000円以上 3等 36,000円 36,000円 4等 18,000円 18,000円 5等 12,000円 12,000円 2005/12/8 KIPO Seoul 16 日立製作所事件-被告規程(評価基準) • 社内実施 売上高×部分比+評価要素=評価点→補償ランク 評価要素:権利の排他性、代替技術の可能性、第三者から受 けたライセンスの有無、発明の質的評価等 • 実施料収入 実施料収入+契約締結経緯=評価点→補償ランク • クロスライセンス みなし実施料(相手方の特許権に対して支払うはずだった実 施料)+実際の実施料収入=実施料収入 包括的クロスライセンス契約の場合 ・クロスライセンスに該当する製品の被告の実施規模 ・クロスライセンスによって得た被告の技術上の成果及びその 重要度→みなし実施料:10億円/1億円/1000万円/100万円 2005/12/8 KIPO Seoul 17 日立製作所事件-被告規程(評価基準) • クロスライセンスの個別特許の区分 クラス1: 契約締結に極めて貢献したもの 通常の実施料収入実績補償と同様に、実施料収入を算出 し、それに契約締結に至るまでの経緯を勘案して算出した評 価点に対応する補償ランクに従い、実績補償金を支払う。 クラス2: 契約締結に所定の有効性を呈したもの 定額実績補償金(5万円)を支払う。 クラス3:上記のいずれでもなく契約に包含されたもの 登録補償による補償をもって代える。 • 共同発明 出願補償、登録補償及び実績補償をそれぞれの発明者の 寄与度に基づいて配分する。 2005/12/8 KIPO Seoul 18 日立製作所事件-支払い済対価(発明1) 昭和52年 出願: 3000円 平成3年 昭和52年~社内実施:47万円 平成4年 社内実施: 3万円 実施料: 10万円 平成5年 社内実施: 3万円 平成6年 社内実施: 3万円 平成7年 社内実施: 3万円 実施料: 15万円 平成8年 社内実施: 5万円 実施料: 15万円 2005/12/8 平成9年 社内実施: 5万円 実施料:37万5000円 平成10年 社内実施: 3万円 実施料: 30万円 平成11年 実施料: 30万円 平成12年 実施料: 20万円 231万8000円 KIPO Seoul 19 日立製作所事件-支払い済対価(発明2/3) 発明2 昭和48年 出願: 400円 昭和55年 登録: 1000円 平成4年 実施料: 1万2500円 平成11年米国実施料:3万7500円 5万1400円 発明3 昭和50年 出願: 700円 平成4年 実施料: 1万円 1万0700円 2005/12/8 KIPO Seoul 20 日立製作所事件-原告の請求額と認定 第一審 原告請求 甲事件: 9億円 乙事件: 7060万円 控訴審 原告請求 甲事件: 2億5000万円 乙事件: 2005/12/8 15万7416円 裁判所認定 3494万円 (不足額 3474万円) 16万8666円 (不足額 15万7416円) 裁判所認定 1億6516万4300円 不足額 1億6284万6300円 15万7416円 KIPO Seoul 21 日立製作所事件-第一審の原告・被告の主張 外国特許について 原告 • 特許35条が適用ないし類推適用されるべきである。 • 「相当の対価」は、外国特許出願に関する権利等の 経済的価値も考慮に入れて定めなければならない。 被告 • 特許法35条は日本国特許権についての職務発明 の取扱いを規定したものであり、属地主義の原則に より、同条を適用ないし類推適用することができない。 2005/12/8 KIPO Seoul 22 日立製作所事件-第一審の判断(1) 外国特許について ・属地主義の原則 に照らし、我が国の職務発明につい て外国における特許を受ける権利の帰属、譲渡、対 価の支払義務等については、それぞれの国の特許 法を準拠法として定められるべきものであり、 ・特許法35条は、我が国の特許を受ける権利にのみ 適用され、外国における特許を受ける権利に適用又 は類推適用されることはない→ ・外国における特許を受ける権利についての特許法35 条3項に基づく対価の請求は理由がない。 2005/12/8 KIPO Seoul 23 日立製作所事件-第一審の判断(2) • 本件譲渡契約は、日本において、原告と被告日本法 人との間で締結されたのであるから、法例7条1項又 は2項により、外国における特許を受ける権利の譲 渡契約の成立及び効力の準拠法は日本法である。 • 外国における特許を受ける権利への特許法35条の 適用は、譲渡契約の成立及び効力の準拠法によっ て定められるものではない。 • 譲渡契約で相当額で譲渡するとの合意がされな かったとしても、直ちに、その契約が公序良俗に反し て無効となることはなく、他に、本件譲渡契約が公序 良俗に反して無効であるというべき事情は認められ ない。 よって、外国特許権に関する請求は理由がない。 2005/12/8 KIPO Seoul 24 日立製作所事件-控訴審の判断(1) 特許法35条と勤務規則等との関係について • 従業者は、勤務規則等に対価に関する条項がある 場合においても、対価の額が同条4項の規定に従っ て定められる対価の額に満たないときは、その不足 する額に相当する対価の支払を求めることができる。 (最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集第 57巻4号477頁) 2005/12/8 KIPO Seoul 25 日立製作所事件-控訴審の判断(2) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡 の準拠法について • 日本法人と、その従業員が、日本国において締結した譲渡契 約 • 当事者の(明示の意思は存在しない)黙示の意思→日本法 (法例7条1項) • 当事者の意思不明確→日本法(法例7条2項) • 条理:雇用関係に密接な関係を有する国→日本法 • 属地主義は、特許権の成立、移転、効力についてのみ。 「対 価」はカードリーダー事件最判の射程外 • 外国特許を受ける権利の承継→属地主義の適用なし 2005/12/8 KIPO Seoul 26 日立製作所事件-控訴審の判断(3) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡と 特許法35条について(1) • 特許法35条は、日本の従業者と使用者との間の雇用契約上 の利害関係の調整を図る強行法規→労働法規 • 職務発明に係る特許を受ける権利の帰属、その対価は、外 国特許を受ける権利等に関するものも含めて、国の産業政 策に基づく法律により一元的に決定されるべき事柄。各国の 法律により多元的に決すべき合理的な理由はない。 • 特許法35条は他の規定とは異質→ 「特許を受ける権利」を 同法33条及び34条と同じ意味に解すべき合理的理由がない →外国特許を受ける権利も含む。 2005/12/8 KIPO Seoul 27 日立製作所事件-控訴審の判断(4) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡と 特許法35条について(2) • 特許法35条3項及び4項が日本特許を受ける権利にのみ適 用とすると→主要国の制度と調和しない。従業者がいずれの 国においても保護を受けられない。各国の法制度に従った判 断が必要となるなど、煩瑣(はんさ=こまごまとしてわずらわ しい)である。 2005/12/8 KIPO Seoul 28 日立製作所事件-控訴審の判断(5) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡と 特許法35条について(3) • 特許を受ける権利の譲渡契約締結の際に、出願前の譲渡契 約を認めない国については、これを譲渡契約の予約とするこ とを合意したり、同趣旨のものと解釈するなどの方法により、 発明者が出願後に、使用者が特許を受ける権利を承継する ことも可能である。特許法35条は、譲渡の対価の額を「相当 の対価」とすることを強行法規として規定したものであり、各 国での譲渡の時期、特許出願の時期について規定したもの ではないから、米国特許法と相矛盾する内容のものと解する 必要はない。 2005/12/8 KIPO Seoul 29 日立製作所事件-控訴審の判断(6) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡と 特許法35条について(4) • 我が国の従業者等が、使用者に対し、職務発明について特 許を受ける権利等を譲渡したときは、相当の対価の支払を受 ける権利を有することを定める特許法35条3項の規定中の 「特許を受ける権利若しくは特許権」には、当該職務発明によ り生じる我が国における特許を受ける権利等のみならず、当 該職務発明により生じる外国の特許を受ける権利等を含むと 解すべきである。 2005/12/8 KIPO Seoul 30 日立製作所事件-控訴審の判断(7) ライセンス契約締結における発明1の価値について • 多数の企業のCD関連製品に実施されており、業界において CD関連商品について回避不可能な特許の一つとして広く認 識されていた。 • ライセンス契約を締結する上で、重要な特許の一つであった。 • 戦略特許金賞を受賞している。 • 寄与率は、各ライセンス契約締結後における、被告の特許管 理担当者の、当時の本件発明1の各契約締結への寄与度に ついての評価、認識を表すものである。 2005/12/8 KIPO Seoul 31 日立製作所事件-控訴審の判断(8) 包括的ライセンス契約について • ライセンス契約に基づく実施料は、使用者が発明の実施を排 他的に独占することによって得た利益に属する。 • この実施料に基づいて、「使用者等が得た利益の額」を算定 し、「相当の対価」の額を算定するための基礎とすることは、 合理的な算定方法の一つである。 • 複数の特許発明がライセンスの対象となっている場合に、 「使用者が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては、ラ イセンス契約締結に当たって寄与した度合を考慮すべき。 2005/12/8 KIPO Seoul 32 日立製作所事件-控訴審の判断(9) 包括的クロスライセンス契約について(1) • 相手方が当該発明の実施に対し支払うべきであった実施料 の額を算定 • 使用者等が相手特許の実施に対し本来支払うべき実施料の 額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における 当該発明の寄与率を乗じて算定 • いずれも、「使用者が受けるべき利益の額」を算定する方法 として採用することが可能。 • 「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の主張立 証の困難性を考えると、実際に行うことが可能な主張立証方 法を選択することが認められるべきである。 2005/12/8 KIPO Seoul 33 日立製作所事件-控訴審の判断(10) 包括的クロスライセンス契約について(2) • その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、厳密に は、後者の方法により算定した金額であるから、前者の方法 により算定する場合には、上記の不確実性を考慮して、前者 の方法により算定される金額を事案に応じて減額調整して、 「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定す べきである(民訴法248条参照)。 • 前者の算出方法を認めないとすれば、原告は、被告が相手 方から実施を許諾された多数の特許発明等について支払う べきであった実施料の全額と、被告が相手方に実施許諾し た多数の特許における本件各発明の寄与率を主張立証しな ければない→原告に事実上不可能な立証を強いる。この結 果が強行法規である特許法35条の規定の趣旨に反すること は明らかである。 2005/12/8 KIPO Seoul 34 日立製作所事件-控訴審の判断(11) 発明1:使用者等が貢献した程度について(1) • 原告は、光学の専門家として発明研究を期待され、研究員と して光ディスク分野の技術を研究していた。 • 他の研究員らの協力を求め、施設を利用できる立場にあった。 • 光学方式の光ディスクの研究が以前から行われており、本件 発明1も、その流れの中に位置づけられる。 • CSP型半導体レーザが開発されたことによって、本件発明1 の課題が与えられ、実験もこれを用いて行われた。 • 被告の大型コンピュータを使用し、実験をBに研究所の実験 機器を用いて行わせ、本件発明を完成させた。 • 日本特許出願手続は、すべて被告において行い、中間処理、 特許異議に対して補正、意見書等、多くの労力を使い、特許 請求の範囲を「半値幅」と限定して、ようやく登録された。 2005/12/8 KIPO Seoul 35 日立製作所事件-控訴審の判断(12) 発明1:使用者等が貢献した程度について(2) • 被告が、CD活用プロジェクトを発足させ、他社の製品を調査 し交渉するなどした結果、多数の会社との間でライセンス契 約を締結するに至った。 • 原告の着想によるところが大きい。 • 実験についてもBを指導して行わせた。 • 原告は、事業化の過程においても、CD活用プロジェクトに参 加し、侵害立証のための装置を作り、フィリップスとのライセ ンス交渉に参加する等している。 • 被告の貢献が相当に大きいものということができ、被告の貢 献度は全体の80%と認めるのが相当である。 • ライセンス契約における実施料を基礎として相当の対価の額 を算定しているのであるから、被告の事業化についての貢献 は、相当の対価の額の算定に当たって考慮することができる。 2005/12/8 KIPO Seoul 36 日立製作所事件-控訴審の判断(13) 発明1:共同発明者間の貢献度 • 「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」には共同発明者 間の貢献度として1審原告70%,C30%の記述がある。 • 原告を同表彰の候補者として推薦することについては、Cも 承諾している。 • 共同発明者であるCの貢献度を30%、1審原告の貢献度を 70%と認定した原判決の判断は、是認することができる。 2005/12/8 KIPO Seoul 37 日立製作所事件-控訴審の判断(14) 発明1:相当の対価 • 包括ライセンス: ライセンス収入5億7974万5000円×発明者貢献度20%× 共同発明者間貢献度70%=8116万4300円 • 包括クロスライセンス: 発明より受けた利益(ソニー実施分) 60億円×発明寄与率 10%×発明者貢献度20%×共同発明者間貢献度70%= 8400万円 2005/12/8 KIPO Seoul 38 日立製作所事件-控訴審の判断(15) 発明2・3:相当の対価 日立マクセルよりの実施料収入230万円は、日立マクセルと太 陽誘電にライセンスしたことによる利益 発明2に係る相当の対価=被告が受けるべき利益115万円× 発明2の寄与度(2/3)×被告の貢献度:70%(30%)× 共同発明者の寄与度:40%(60%)=13万8000円 発明3に係る相当の対価=被告が受けるべき利益:115万円× 発明3の寄与度(1/3)×被告の貢献度:80%(20%)× 共同発明者の寄与度:60%(40%)=3万666円 2005/12/8 KIPO Seoul 39 日立製作所事件-控訴審の判断(16) 消滅時効について • 勤務規則等に、対価の支払時期に関する条項がある場合に は、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅 時効の起算点となると解するのが相当である。(最高裁平成1 5年4月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁) • 本件発明1:平成12年度支払分まで • 本件発明2:平成11年度支払分まで • 本件発明3:平成4年度支払分まで、実績補償金等を支払。 • 本訴が提起されたのは、本件発明1については、平成10年で あり、本件発明2、3については、平成12年であるから、上記 相当対価請求権については、いずれも実績補償の最終支払 時期である消滅時効の起算点から10年を経過しておらず、消 滅時効は完成していない。 2005/12/8 KIPO Seoul 40 日立製作所事件-意義 • 実績に対する対価の算定に当たって、外国特許と 「相当の対価」の関係が実質的に争われた最初の事 例と考えられる。 • 包括ライセンス契約や包括クロスライセンス契約の 際の使用者等が受けるべき利益の額の算定につい ての判断を示した最初の事例と考えられる。 (オリンパス光学事件:クロスライセンスの対象特許であったが、利益の額 の算定に際し、対象特許の実施状況に関する諸要素を総合的に評価して、 「受けるべき利益額」を5,000万円が相当と判断した。) 2005/12/8 KIPO Seoul 41 日立製作所事件-検討(1) 特許法35条と勤務規則等との関係(1) • 被告規定は、出願、登録、実績補償よりなり、自社実施、ライ センス、クロスライセンスについても規定されている。 • 特許法35条4項に従った「相当の対価」を満たすかは、規程そ のものの問題よりも、評価基準の問題のように思われる。 • 被告主張:「使用者等が受けるべき利益の額」も、「使用者等 が貢献した程度」も、多種多様な要素を考慮した上で決せら れるべき事柄であり、著しい困難が伴い、上記計算方法に基 づき正確な「相当の対価」を算出することは、ほぼ不可能→被 告規定は、これらを考慮して補償金を算定することを目的とし ており、使用者等と従業者等との間の利益の調和を最大限実 現しようとするものであって、特許法35条の趣旨に照らしても 合理的である。 2005/12/8 KIPO Seoul 42 日立製作所事件-検討(2) 特許法35条と勤務規則等との関係(2) • 勤務規則等は、労働基準法(89条)所定の要件を満たす就業 規則であるか、これに準ずる規則であって、その規定内容が 合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容を成 すから、法的規範として従業者を拘束する(最高大法廷昭和 43年12月25日判決民集22巻13号3459頁昭和40年(オ)145 号)。 • 補償規定が、著しく合理性を欠き、相当の対価を従業者等に 支払うという規定の趣旨を逸脱する場合を除いて、原則として 補償規定により定められた額を支払えば足りるという解釈を 採っても、35条3項4項の規定の趣旨に沿うものであって、決 してこれに反することはない。→裁判所は、まず合理性につい て審査すべきである。(竹田稔弁護士) 2005/12/8 KIPO Seoul 43 日立製作所事件-検討(3) 特許法35条と勤務規則等との関係(3) • 「職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属及 びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利 益を保護するとともに、両者間の利害を調整する」 →実績方式が望ましい。 • 「発明を奨励し、産業の発達に寄与する」 →実績方式は寄与するか?実績方式はインセンティブを与え るか? • 雇用流動化→発明者も早期の補償を求める。 • 予測方式により従業者と使用者がお互いにリスクをとる補償 方式が検討されてもよいのではないか。 2005/12/8 KIPO Seoul 44 日立製作所事件-検討(4) 準拠法の決定について(1) • 味の素判決 • 「承継の効力発生要件や対抗要件」の問題と、「承継について の契約の成立や効力」の問題とに分け、 • 「特許を受ける権利」→「特許を受ける権利の準拠法」による。 • 「契約」→「使用者と従業者の雇用契約の準拠法」による。 • 「職務発明に係る特許を受ける権利の承継の対価」は、雇用契 約の準拠法:法例7条によっても条理によっても日本法である。 • 特許法35条:絶対的強行法規の性格を有する労働法規→適用 • 出願前の特許を受ける権利についても規定し、外国特許を受け る権利も含む。 2005/12/8 KIPO Seoul 45 日立製作所事件-検討(5) 準拠法の決定について(2) 契約準拠法が日本法として、特許法35条を外国特許を受ける 権利にも適用することができるか? • 外国特許法を適用すると、各国特許法を調査し、各国特許法 がそのような義務を課していれば、義務を負うことになる。 • 外国における職務発明の取扱いを規定した外国特許法又は従 業者発明法は見当たらず、自国における雇用関係にある当事 者にのみ適用されるという規定がある→外国特許法を適用す るという考え方には無理がある。 2005/12/8 KIPO Seoul 46 日立製作所事件-検討(6) 準拠法の決定について(3) 契約準拠法が日本法として、特許法35条を外国特許を受ける権 利にも適用することができるか? • 特許法35条は外国特許を想定していない。 • 特許法35条が、外国特許を受ける権利についても適用又は類 推適用されると、外国特許権にも使用者に法定通常実施権が 発生する結果となるが、外国特許権にこうした法的効果を付与 することは、明らかに属地主義に反する。(第一審での被告主 張) • 外国特許法は、「発明」と「特許を受ける権利」を分けて規定し ている。 • 外国法が外国特許を受ける権利を扱っていることは、直ちに特 許法35条でも外国特許を扱うことにはならない。 2005/12/8 KIPO Seoul 47 日立製作所事件-検討(7) 包括的クロスライセンスについて(1) クロスライセンスの意義 個々の発明の権利についての別個のライセンス契約が締結され るのではない;その都度の使用者の利益は、ライセンス取得にあ るのではなく、他人の発明及び付随する情報(ノウハウ)が経済的 に利用できることにある。つまり、―ライセンス料の形態における ―クロス相手の他人の売上高における配当は与えられない。その 利益は、むしろ、―権利の交換の場合にように―他人の発明の利 用によって直接得た又は得ることができる自己の売上高にある。 (ドイツコメンタールより) 2005/12/8 KIPO Seoul 48 日立製作所事件-検討(8) 使用者の貢献度について(1) • 特許法35条4項:「その発明により使用者等が受けるべき利 益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した 程度」を考慮するように定めている。 • 使用者等の貢献度は、本来、発明の実施による影響を受ける べきではない→発明が完成した時点までの使用者の貢献の程 度に限って考慮すべきではないか。 • 使用者の事業化についての貢献によって実施料収入が増加 →「使用者等が受けるべき利益の額」の算定に当たって、実施 料収入に占める発明の寄与率を低減する方が、利益に直接比 例した計算が容易になり、理にかなっているのではないか。 • ドイツの補償金指針11にあるような逓減方式は参考になる。 2005/12/8 KIPO Seoul 49 参考:ドイツの指針 2005/12/8 実施料減額率 売上高 20% (80%) 100 25% (75%) 80 30% (70%) 60 35% (65%) 50 40% (60%) 40 50% (50%) 30 60% (40%) 20 70% (30%) 10 80% (20%) 5 90% (10%) 3 100% ( 0%) 0 million DM KIPO Seoul 50 日立製作所事件-検討(9) 使用者の貢献度について(2) 事業化の過程における原告の貢献は、発明者の貢献か? • 被告の主張:従業員としての貢献→使用者の貢献。 • 本判決:「発明者であるからこそなし得る特別な貢献というべき」 • 発明者としての貢献は、遅くとも自己の発明が最終的な権利と して特許明細書に開示された時点で終了しているのではないか。 • 特許明細書は当業者が実施できる程度に記載されている。 • 当該技術分野の技術者であれば可能な貢献。 • 発明者に行わせるか、他の技術者に行わせるかは、使用者の 判断→発明者が従業員として行うべき業務又は職務。 • ライセンス交渉等への関与は、実施料収入の増加によって補償 金に反映される→ことさら貢献度として更に算入する必要がある か。 2005/12/8 KIPO Seoul 51 日立製作所事件-検討(10) 使用者の貢献度について(3) 発明以後の貢献 ライセンス契約における実施料を基礎として相当の対価の額を算 定しているのであるから,被告の事業化についての貢献は,相当 の対価の額の算定に当たって考慮することができる。 • 他社の製品を調査し交渉し、ライセンス契約締結 • 侵害立証のための装置作成(従業者) • ライセンス交渉参加(従業者) • 販売契約等締結 • 発明者への処遇 • その他諸般の事情(人事上の昇進、昇級等の利益) • 使用者等が発明の実施により損失を被っている事情 • 給与は除く 2005/12/8 KIPO Seoul 52 特許法35条改正の経緯(1) • 平成11(1999)年4月16日 オリンパス光学工業東京地裁判決 • 平成13(2001)年5月22日 オリンパス光学工業東京高裁判決 • 平成13年10月~14(2002)年6月 経済産業省産業政策局長・ 特許庁長官私的懇談会「産業競争力と知的財産を考える会」 • 2001年12月7日 日本知的財産協会提言「・・・契約、勤務規則、 その他の規定に委ねることができる制度とすること」 • 2002年1月10日 知的財産国家戦略フォーラム 「・・・個別契約 のなかで決める方が良い。・・・特許法の職務発明規定を廃止す る。」 • 2002年1月22日 経団連「・・・法律で保証する方式から、・・・研 究者などとの間で合意を得ることを前提に、両者の取り決めを 尊重する方式に、考え方を改めていくべきである。」 • 平成14年2月25日~「知的財産戦略会議」 • 平成14年7月3日「知的財産戦略大綱」 実態調査→改正の是非 2005/12/8 KIPO Seoul 53 特許法35条改正の経緯(2) 平成14年度(財)知的財産研究所 『職務発明制度のあり方に関する調査研究』 企業における実態調査 • 研究開発の現場の意見 • 日本の労働・雇用環境の特質 • 職務発明における経済理論的整理 • 外国における従業者発明制度の調査 • 産業界の意見 • 法解釈的検討(特許法・労働法・民法) 平成14年度(社)発明協会による発明者アンケート調査 2005/12/8 KIPO Seoul 54 特許法35条改正の経緯(3) 平成14年9月18日(第1回)~平成15年12月18日(第15回)産業 構造審議会・知的財産政策部会・特許制度小委員会で検討 平成15年10月24日~11月25日 報告書案のパブリック・コメント 募集 平成15年12月 報告書公表 平成16年6月4日 『特許審査の迅速化等のための特許法等の 一部を改正する法律』(法律第79号)で特許法35条改正 平成14年6月22日(第16回)~平成16年8月5日(第18回)特許制 度小委員会で手続事例集検討 平成16年8月 手続事例集案パブリック・コメント募集 平成16年9月 手続事例集公表 2005/12/8 KIPO Seoul 55 改正特許法35条 特許35条4項改定・5項新設 • 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について 定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際し て使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定 された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行 われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、そ の定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められ るものであつてはならない。 • 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたとこ ろにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認め られる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使 用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者 等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考 慮して定めなければならない。 2005/12/8 KIPO Seoul 56 企業における改正法への対応 • • • • 協議:個別契約交渉、集合協議、IT活用 開示:個別配布、IT活用 意見聴取:事前・事後 不合理性の判断は? 2005/12/8 KIPO Seoul 57 企業における実務上の課題 • • • • • • • • • なお20年間は旧法と新法の適用が混在 規程改定の際の協議の必要性? 入社社員との協議は? 従業者:役員、正社員、有期契約社員、嘱託、派遣社員、ア ルバイト、インターン生、請負社員 退職者への対応:一括か、継続か? グループ会社への職務発明規程の適用? 開発請負型企業の場合の対価? 外国特許への適用の要否 発明の実施をどこまで含むか?クロスライセンスの算定、ノ ウハウ、他社利用 2005/12/8 KIPO Seoul 58 おわりに 2005/12/8 KIPO Seoul 59
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