game2012

目次
第I部 非協力ゲーム理論のアウトライン
第III部 政策課題とゲーム
第1節 ミクロ経済学とゲーム理論の基本的ア
第10節 外部性 囚人のジレンマと共有地の
イデア
悲劇
第2節 タイミング概念と基本用語
(大学の生き残り ①)
第3節 囚人のジレンマと多重均衡
(大学の生き残り ②)
第4節 混合戦略、不完全情報とシグナル
第5節 展開型ゲームととサブゲーム完全均衡
(まとめ①)
第II部 多様な市場競争
第6節 ベルトラン競争とクールノー競争
第7節 空間的競争と水平的品質差別化
第8節 価格差別化と並行輸入
第9節 垂直的価格差別化とサービスの付加
(まとめ②)
(大学の生き残り ③)
第1節 ミクロ経済学とゲーム理論の
基本的アイデア
ミクロ経済学の基本コンセプトおさらい(1)
経済主体 意思決定を行う人や組織。
目的関数 利潤、効用(数字化された満足度)など、
人や組織の望みや好みを数値化したもの。
最大化行動 目的関数を最大化する行動(選択、
戦略)。
経済合理的行動 経済主体が自分の目的関数を
最大化(または最小化)する行動。
ミクロ経済学の基本コンセプトおさらい(2)
限界概念 「最後の1単位 やる/やらない」に注目
する考え方のパターン。選択範囲が0~100のよう
に連続的なとき良く使う。
限界費用 最後の1単位を生産するのに余計にか
かる費用。最後の1単位からの収入は販売価格に
等しいから、販売価格<限界費用なら作らないほう
がよいし逆なら作ったほうがよい。
機会費用 もっといい選択があるのに別の選択を
すると、最善の選択との差額を損する。経済合理
的意思決定では、機会費用はゼロになる。
考えてみよう
次の考え方は、限界概念や機会費用に代表される、経済合理的な
意志決定に沿ったものか。そうでないとしたらそれはなぜか。また、
あなたの感覚や日本人の平均的な感覚で支持されると思うか。
ライバル企業より安く価格を設定し、原価設計や細かい仕様決定
はその価格帯を前提とする。
よいものを作ることが基本なので、自社で算出した原価に適正マー
ジン率をかけた価格設定を基本とする。
可能な限り、労働力はアウトソーシングし、固定的な出費を避ける。
経済合理的意思決定の例
• 東京-大阪間の移動に、次のような選択肢がある。
経済合理的な意思決定はどのようなものか。
– (1)のぞみで2時間
13000円
– (2)こだまで5時間
10000円
– (3)夜行バスで10時間
8000円
(解答例)時間価値
• (1)と(2)
– 3時間の節約に3000円。1000円/時間
• (2)と(3)
– 5時間の節約に2000円、400円/時間
• 従って1時間の自由時間を金銭換算して
– 1000円~
– 400円~1000円
– ~400円
(1)を選ぶ
(2)を選ぶ
(3)を選ぶ
合理的意思決定は何であって何でないか
• 「時間価値を重視すべきだ」という結論は経済学か
らは出てこない(実際には目的関数に何を選ぶかが
問題になることが多い)
• 「8000円(13000円)なんてとても払えない」「貧乏人は
大阪へ行くなというのか」といった、選択を含まない
問いかけにはまったく答えられない→差に注目
• 「過去の先例」はまったく参照されない 現状で最善
の判断が求められる(情報に対応できて当然)
合理的意思決定とゲーム論的状況
• 様々な分野における合理的意思決定の様々な呼ば
れ方
– 費用便益分析(CBA、広範)
– ABC分析(経営)
– 費用効果分析(CEA、医療)
• 他人の合理的意思決定によって、自分の合理的意
思決定は変わるか?
– 変わるとき「ゲーム論的状況」でありゲーム理論の出番
– 「他人の損は自分の得」「共同利益のため頑張ろう」
第2節 タイミング概念と基本用語
プレイヤー
経済学で言う経済主体と同じ意味。
利得
目的関数。最大化、あるいは
最小化する数字。
行動
戦略。選択肢。選択肢は
連続的なことも離散的なことも。
均衡
互いに自分からは行動を変えたく
ない、各プレイヤーの行動の
組み合わせ。次回に詳述。
考えてみよう
企業の目的関数(利得)は何?
売上?純利益?付加価値(粗利益)?
企業の中にいる主体は誰と誰?
意志決定に携わるのは誰と誰?
戦略は数えきれる?中間が無数にないか?
戦略が無数だと理論的に困ったことは起きるか?
意思決定のタイミング
サンクコスト 払ってしまって(払う約束をして)取り消せない費用
ある時点でサンクコストはサンクする。固定費用・可変費用という区分
で言えば、サンクコストは必ず固定費用だが、固定費用には生産をやめ
れば取り戻せる部分(Salvage Value)があるかもしれない。
例
食べ放題の店に入る→食べないと損(入ったら食事代はサンクする)
通勤定期を買う→切れるまで乗り放題
サンクしたコストがあると、まだ払っていない場合と
経済合理的な選択が異なることがある
→いつの意思決定なのか意識することが重要!!
投機原理と延期原理
• マーケティングで使われる用語。生産などの意思決
定には、早くしたほうがよい理由も逆の理由もある。
早くして改善しようとする考え方を投機原理、逆を延
期原理という。
• セブンイレブンが売れ行きを見て納品をぎりぎりまで
遅らせ在庫を圧縮するのは典型的な延期原理。トヨ
タのかんばん方式も同様(というか元祖)。
• 「まとめて大量生産でコストダウン、作ったら値下げ
してでも売れ」が投機原理の例。どちらが有利かは
技術など外部要因で変化する。
考えてみよう
囲碁や将棋では、先手が有利だと言われているが、将棋プロの
統計でわずかに後手の勝率が上回った時期もある。明確に後手
が有利なゲームはあるだろうか。
生産のために、他社より先に大きな固定投資をする利点と欠点
について考えてみよう。
仕入れの約束をした瞬間、仕入れ値はサンクすることになる。と
すればその瞬間以後、店頭の品物を売ることの限界費用はゼロ
だと言うことになる。「価格=限界費用」というミクロ経済学の意
志決定ルールだとタダで投げ売りしなければならないことになる
が、それはおかしい。どこで間違ったのだろうか。
第3節 囚人のジレンマと多重均衡
状況1
あなたの経営するスーパーの近くにもう一軒のスーパー
がある。積極的に特売競争を仕掛けるよう指示するかどう
かで、あなたの店の利益は次のようになる(マイナスは赤
字)。相手も特売を打ってくれば状況は一変する。
相手
あなた
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
-50
50
打たない
-100
10
あなたは、特売を打つ(A)か、打たない(B)か。
状況2
状況1と同じ状況だが、相手は「特売を打つ」と先に
発表してしまった。あなたはどうすべきか。また、相手
が「打たない」と発表したときはどうか。発表しておい
て守らない可能性はないものとする。
相手
あなた
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
-50
50
打たない
-100
10
あなたは、特売を打つ(A)か、打たない(B)か。
状況1と2の解説
相手がどう行動しようと、「特売を打つ」こと
が「打たない」ことより得になる。このとき
「特売を打つ」ことはそれぞれのプレイヤーの
支配戦略である、という。
スーパー2
スーパー1
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
(-50,-50)
(50,-100)
打たない
(-100,50)
(10,10)
状況3
まず自分の2枚のカードを裏にして並べ、相手に
1枚選んでもらうこと。選んだら表にして見せ合う。
状況1でaだった人から交互に、自分の行動(Aか
B)を変更したほうが自分にとって得なら、変更す
る。どちらも変更したくなければ、そこでやめる。
相手
あなた
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
-50
50
打たない
-100
10
あなたは、特売を打つ(A)か、打たない(B)か。
状況3の解説
相手が行動を変えない限り、自分が行動を
変えても利得が増えない行動の組み合わせ
を、(ナッシュ)均衡という。
スーパー2
スーパー1
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
(-50,-50)
(50,-100)
打たない
(-100,50)
(10,10)
状況4
あなた(の経営する会社)が投資を増やすと、相手(取引先)
もあなたの製品を買ってくれる。自分だけ出費を削ると、結局
相手も自分の製品をあまり買ってくれない。
相手
あなた
積極投資
消極投資
積極投資
100
-100
消極投資
-20
10
あなたは、積極投資をする(A)か、しない(B)か。
(1)互いに伏せたままカードを出し、同時に開いてみよう。
(2)相手のカードを見て、自分が行動を変えた方が得か考えよう。
(3)相手と相談して、一番得になる組み合わせを考えよう。
状況4の解説
ナッシュ均衡は、ひとつだけとはかぎらない。複数、
さらに無数のときもある。
別の組み合わせの方が得なのに、ひとりひとりが
バラバラに意志決定している限り、それが実現しない
ことがある。
企業2
積極投資
企業1
積極投資
消極投資
(100,100)
(-100,-20)
消極投資 (-20,-100)
(10,10)
このゲームの均衡はふたつある。
多重均衡
そのゲームの均衡がひとつではないこと。
協力と協力メカニズム
複数のプレイヤーが協力することが得であっても
裏切り者が出るかもしれない。協力を確保する(協力
した方が得になる)仕組みが必要。
均衡の安定性
均衡からどちらかの行動がずれたとき、均衡の組み
合わせが自然に回復するなら均衡は安定的だが、
そうとは限らない。
多重均衡と不況対策
• ひょっとしたら世の中には、好況な均衡と不況な均
衡があるのかもしれない。そして、政府が何とか世
界を「刺激」すると、多くの人に都合のいい均衡に移
れるのかもしれない。
• こうしたアイデアの論文は1980年代以降数多く書か
れているが、モデルの中の特殊な世界でしかそれを
説明できないため、政策的に応用することを多くの
人が納得したものは現れていない。
第4節 混合戦略、不完全情報とシグナル
状況5
A、Bのカードを使ってコイン投げゲームをする。
ふたりが同じカードを出すことを「当たり」と呼ぶ
ことにする。ゲーム開始前に、「当たり」だったら
どちらの勝ちか決めておくこと。
(1)一方がカードを伏せて出し、もう一方がA、Bいずれ
かのカードを出す。そのあと伏せたカードをめくる。
(2)(1)のあと、各プレイヤーは交互に(表のまま)自分の
カードを入れ替えてもよいし、パスしてもよいとする。
(3)再びカードを伏せ、互いに相手のカードから一枚を
選ぶ。そのあと相手に選んでもらったカードを自分だけ
見て、変えたければ変えてもよい。それを終わったら、
カードを同時に表にする。
状況5の説明
コイン投げゲームは、純戦略均衡がない。
当たると負けの人
当てれば勝ちの人
A
B
A
(1,0)
(0,1)
B
(0,1)
(1,0)
互いにA、Bを50%ずつ、という「行動」が一種の「均衡」
である。合計100%になる行動の束を混合戦略、混合戦
略を許す中での均衡を混合戦略均衡という。
考えてみよう
何が何パーセント、と確率化できないようなリスクの方が世の中には
多いのではないか? 自分の行動のパーセンテージまで計算して
行動している人など、この世にいるのか?
不確実性とリスク
Frank Knightの定義(1930)
不確実性……確率が計算できる
リスク……確率が計算できない
ごくまれに起こるリスクの無視、印象深い例や代表例の誤った
一般化など、典型的なリスクへの態度が知られている
→行動経済学
付録:期待効用仮説
効用…満足を数値化した尺度
効用関数u(x)
危険回避的な効用関数
C
u(x)
A
a
b c 収入x
収入がそれぞれ50%の確率
でaかc、平均bだとする。点A
とCを結んだ中点は曲線u(x)
より下にある。この場合、この
効用関数u(x)を持つ人の好み
では、「確実にb」のほうが
「半々でaかc」より効用が高い
(=望ましい)ことになる。
カーネマンのProspect Theoryに従う効用関数
効用関数u(x)
u(x)
収入x
「今の状態」よりプラスか
マイナスかで効用関数の
形が違う
プラスには危険回避、
マイナスには危険愛好
(リスクを負っても現在の
水準を守りたいと思う)
マイナスの方が大きな
傾き(良くなった満足より
悪くなる不満が響く)
マイナス方向の傾きも
マイナスが大きいと緩く
なる(低確率で起きる
大損失には備えない)
状況6
ある職務の応募者が「優秀」「普通」のふたつのタイプの
どちらかだとする。潜在的な応募者の中にふたつのタイプ
は50%ずついるとする。雇い主は「優秀」なタイプを職務に
就けたほうが利得が高いが、タイプを直接観察できない。
資格Aを取るための応募者の苦痛は、「優秀」なタイプのほ
うが少ないとする。法曹資格のように職につくのに必須の
視覚もあるが、資格Aの有無そのものは職務に影響しない
とする。
(1)自分のタイプを尋ねられたとき、応募者はどう答えるか。
(2)資格A取得を応募条件としたとき、誰も応募してこない
のは、どのようなときか。
(3)資格A取得を応募条件とするほうが、応募条件をつけな
い場合より雇い主に得なのは、どのようなときか。
状況6の説明
(1)当然、受験者は全員が自分は優秀だと答える。
(2)その職に就かなかったとき得られる、報酬の世間相場を
留保賃金と呼ぶ。留保賃金とその職務の賃金(それ以外の
労働条件の差も影響する)の差が、資格取得の苦痛を貨幣
換算したものより小さければ、誰も応募しない。
(3)「優秀」な応募者だけが資格を取得するように、つまり
優秀な応募者 留保賃金との差>優秀な人の苦痛
普通の応募者 留保賃金との差<普通の人の苦痛
となるように3つの数字の関係が出来ていれば、雇い主は
応募条件を書いて知らせるだけで、ほとんど費用をかけずに
優秀な応募者だけをふるい分けられる。
不完全情報(imperfect information)
プレイヤーの一部だけが知っている情報(選択の結果)があるゲームを
不完全情報ゲームという。
ミクロ経済学の市場は、いま取引している品物の性質を売り手も買い
手も知っている完全情報ゲームである。たいていの場合、売り手のほうが
品物のことをよく知っている。情報の多さにはっきり優劣がある不完全
情報ゲームを特に「非対称情報ゲーム」と呼ぶこともある。
知っていることは(たいていの場合)知らないよりもゲームを有利にする。
不完備情報(incomplete information)
選択の結果以外の情報が一部のプレイヤーにしか知られていないゲーム、
多くの場合利得関数が自分にしか分からないゲームのことを不完備情報
ゲームと呼ぶ。自分のタイプを誤認させることに成功すれば、得をする
ことがあるかもしれない。
シグナル
示すことが出来ない情報を誰かに信じさせるために、意図的に発する
情報をシグナルという。資格や学歴は代表的なシグナルである。資格
そのものが業務の役に立たなくても、業務能力を推定する手がかりに
なればシグナルとして機能する。
シグナルの発信者にコストがかかることが、ウソをついていないことの
判断材料のひとつになる。
都合の悪い情報は普通発信されないので、他の手段でゆがみを補う
必要がある。
情報生産
中立的な第三者にコストをかけた調査をしてもらうと、一方的な
アピールよりも信用が置ける。調査者も結果が誤っていると責任を
問われたり仕事を失ったりする。こうした情報の生産活動は社会に
広く見られる。
考えてみよう
(1)リーマンショックでピークを迎えた一連の株・債権の大暴落
では、スタンダード・プアーズなどの格付機関が高いランクを
与えた不動産証券が債務不履行となったり、債務不履行前に
大きな格付変更があって持ち主に損失を与えたりしたことが
批判を浴びた。どこに問題があったのか。
(2)中小企業がお金を借りられないことが近年問題となって
いるが、情報生産が問題なのだろうか。つまり、中小企業の
融資審査を何らかの意味で「改善」すると中小企業がお金を
借りやすくなるのだろうか。
第5節 展開型ゲームととサブゲーム
完全均衡
ゲームツリー
先手・後手のあるゲームや、意志決定のタイミングが明確にずれて
いるゲームは、樹状の図を描くと理解しやすいことがある。この図を
ゲームツリーという。
先手
後手
(100,0)
(99,1)
…
(0,100)
標準型ゲームと展開型ゲーム
yes
no
yes
no
ツリーの分岐点(節)は
誰かの意志決定の機会
である。
ふたりのプレイヤーの戦略と利得を並べた利得表で表したゲーム
のことを標準型ゲーム、ゲームツリーで表したゲームのことを展開型
ゲームという。標準型(展開型)で表すほうがわかりやすいゲームは
あるが、一方で表せるゲームは(わかりにくくなるとしても)もう一方で
も表せる。
状況7
競争的価格設定
(-50,-50)
A
出店する
B
協調的価格設定
(10,10)
出店しない
(50,0)
小売店Aのすぐ隣に小売店Bが出店しようと考えている。
Bの出店後、Aが特売競争に出れば双方が赤字になるが、
協調的な価格付けをすればBも赤字は免れる。
状況7の解説
サブゲーム
競争的価格設定
(-50,-50)
A
出店する
B
協調的価格設定
(10,10)
出店しない
(50,0)
ゲームツリーの任意の節から後ろのゲーム(サブゲーム)を考える。この部分
だけ考えれば、Aは協調を選ぶ方が利得が高い。AがいくらBの出店を牽制す
るようなことを言っても、「その場になってみれば」Aは協調的価格設定をするで
あろう。となれば、Bはそれを見越して出店する。
(サブゲーム)完全均衡
後ろの時点から順々に考えていって、それぞれのサブゲームで選ばれ
ない(損になる)行動を含む行動の組み合わせは、均衡とは呼ばないこと
にすると、均衡の数が減る。状況9の場合だと、
A:競争的価格設定 B:出店する
という行動の組み合わせは、上記の意味では均衡とは呼べない。
こうして残った均衡をサブゲーム完全均衡、あるいは単に完全均衡と
呼ぶ。
チェーンストア・パラドックス
状況7の場合、Aの反発が弱いことを見越し、Bは出店するのが完全
均衡である。しかしAがチェーンストアだとしたら、BはAのすべての店舗
の隣に無抵抗で出店できてしまうことになる。論理的には正しいが、
実際にはありそうにない。これをチェーンストア・パラドックスという。
考えてみよう
後日の信用や評判を維持するために、短期的
には面倒や費用が余計にかかっても、部下や納
入先のミスに厳しく対処する例が身近にないか考
えてみよう。それは合理的な(面倒や費用増に値
する)行動だろうか。
以前の講義に登場した「シグナル」のことも思い
出そう。
煮沸契約(boiling contract)
実情を知るためにコストがかかり、分かる程度も
不完全である場合、「万一不正やウソが見つかっ
たときは厳罰に処する」ことを条件に契約すること
がよく行われる。これを煮沸契約と呼んでいる論
文や教科書がある。
煮沸契約は、ひとつひとつの露見例を取り上げ
ると酷に過ぎるように見えやすいが、システムを安
定的に運営し、システムの信用を維持するための
安上がりな方法なのも確かである。「一罰百戒」
第6節 ベルトラン競争とクールノー競争
(価格競争と数量競争)
状況8
100円のマージンをメーカーと小売店で分けるゲームを考える。1個ず
つの在庫を持つメーカーが自分の取り分(0円から100円までの数字)を
提案し、小売店は仕入れるかどうかを決める。仕入れてもらえなけれ
ば、メーカーも小売店も利得はゼロとする。
(1)メーカーと小売店が一対一に対応していて、他と取引できないとすれ
ばどうなるか考えてみよう。
(2)ひとりを選んで小売店役とする。小売店は1個しか販売能力がない。
それ以外のプレイヤー(メーカー)は自分の取り分に関するオファーを
紙に書き、一斉に小売店に見せる。小売店は取引先を選ぶ。
(3)ひとりを選んでメーカー役とする。メーカーはひとつしかない在庫を
いくらで売るか(自分のマージンを)決め、残りの小売店に見せる。小
売店の中で、その申し出を受ける人は手を挙げる(複数なら取引小
売店は抽選で決まるものとする)。
状況8の解説
これは一種のベルトラン競争(限界費用一定の価格競争)で
ある。競争によって売り手の利潤はぎりぎりまで(近似的にゼ
ロまで)切りつめられる。売り手がふたりいて、それぞれ無限
の生産能力(限界費用一定)を持っていれば、価格=限界費用
になるまで競争が続く。
逆に、売り手がひとりで、買い手を選ぶ主導権を持っていれ
ば、売り手はすべての利潤を自分のものにできる。
他の取引先と交代させるコストが高くなると、その取引相手
は(売り手であれ買い手であれ)その状況につけいって、自分
の取り分を大きくするチャンスがある。しかし当然、相手もそ
れに気づくに違いない。
状況9
企業1と企業2が同じ財を作っている。話を簡単にする
ために生産費用はゼロとする。
それぞれの生産量をx1、x2とすると、価格pは
P=10- (x1+x2)
で決まるとする。つまり消費者はブランドを区別してく
れず、互いに増産して財がだぶつくと値崩れする。
ふたつの企業が相手の生産量を知らずに自分の生産
量を決めると、どういう組み合わせが均衡になるか。
状況9の解説
企業1の利潤は
Π1=x1(10- x1-x2) これをx1で偏微分して
x1=(10-x2)/2
を得る。同様に企業2についても考え、出てきた式を連
立させて解くと
x1=x2=3/10
を得る。互いに相手が3/10を選べば、自分も3/10を選
ぶと利潤が最大になるので、(3/10,3/10)がナッシュ均
衡ということになる。これを(ナッシュ・)クールノー均衡
という。
クールノー均衡の性質(1)
クールノー均衡は安定的でない。どちらかが生産量を
増やせば、もう片方は値崩れを嫌って生産量を減らし
、ついには独占になってしまう。これは実際の経済で
はまず起こらないことで、政策判断に応用するには限
界がある。実世界で価格維持を狙う生産量カルテル
は多くの場合、こっそり増産する参加者か、カルテル
にかまわず増産するアウトサイダーによって崩壊する
からである。
クールノー均衡の性質(2)
おそらく実際の世界では、生産量カルテルをわずか2
社が結ぶことなどめったになく、個々の企業のシェア
が低いために、自分の増産分だけなら市場価格低下
をほとんど引き起こさない。だから裏切者が出るのだ
が、裏切り者が多数出るのでやはり値崩れが起きるの
である。
アウトサイダー規制
カルテルを主催する業界団体への加盟は任意であることが多い。非
加盟企業が価格競争に出ないよう、非加盟者への規制がないと、再販
制度やカルテルは有名無実化する。政府規制を望む生産者・はんじ医
者の要求を、消費者利益の観点から政府が退けることが過去に何度も
起きている。
例:OPEC
埋蔵量の少ない国…高値で売り抜けたい
埋蔵量の多い国…代替エネルギー開発を遅らせたい
OPEC…世界産油量の40%(1973年には53%)
油質が違うので主に価格でなく産油量カルテルを結ぶ
総会にオブザーバ参加する非加盟国…
ロシア、メキシコ、カザフスタンなど
非加盟国に減産の約束をとりつけたあと、加盟国が減産量を
決める
その他の非加盟産油国…イギリス、中国、アメリカなど
第7節 空間的競争と水平的品質差別
化
状況10
100
0
線分上に、均等に人口が分布している町がある。小売店AとBが
出店する場所を決めようとしている。消費者は少しでも近い小売店
を利用し、等距離なら等確率でどちらかに行く。便宜上、線分の
左端を0、右端を100とする。
隣の人とペアを組んで、交互に自分の出店したい場所を数字で
言いなさい。相手が言った後、自分は出店場所を変えることがで
きる。どちらも場所を変えようとしなければ、そこでゲームを終わる。
状況10の説明
このゲームはホテリングの立地ゲームと呼ばれる。唯一の均衡は、中央
にAとBが並ぶものである。
この結果は鮮やかだが、一般化できない。例えば小売店が3軒になると、
純戦略均衡はない。
ドミナント戦略
1/6の商圏があれば
やってゆける場合も
先に4軒並べてしまえば
どこにも1/6の隙間はない
水平的品質差別化
シリアル製品のチョコ味がイチゴ味より高級、などと感じる人
は少ないだろう。ある製品に好みや用途のバリエーションを
用意し、「好みにぴったり合う」少数の消費者をつかむ方向性
を水平的品質差別化という。
先にひととおりの製品を出して顧客をつかんでしまうと、競争
者を排除できるという理論的な研究がある。
ニッチを埋める
「自分の位置を決めると最寄りのエサや客をつかめる」という基本構造
には経済活動にも生物の生存競争にもさまざまなバリエーションがあ
る。それぞれの住処をニッチ(壁のくぼみ)と表現することがある。
コンビニ銀座
コンビニエンスストアどうしは品揃えの差をアピールすることが難しく、便
利な位置に固まると互いに客を奪い合って赤字経営になりやすい。物流
効率などから各チェーンは近いところに多くの店を出そうとするので、赤
字店同士のガマン比べが加盟店オーナーの不満を呼ぶことがある。
適応放散
もともとひとつの種であったものが、生態系の空きを埋めるために多
様に進化することを言う生物学用語。オーストラリアの有袋類などはそ
の典型。地方都市に百貨店の新しい店舗が出来ないなら、スーパー
マーケットは地域で最高級の品物を扱っても売れるので、その地域で
はヒャッカテンモドキに進化するかもしれない。。
収束進化
適応放散の逆。夜行性の動物に目が大きいものが多いなど。ひとつの
問題に対するソリューションは生物界でもひとつとは限らない。しかし多く
の生き物が似た戦略を取ることはよく見られる。ビジネスで言えば、ヒット
商品やビジネスモデルがすぐ真似されてしまうのはそれに似ている。
過剰適応
特殊な条件に自分の身を合わせてしまうと、わずかな環境変化にも
生き残れなくなる。 例:衛星携帯電話
多様なニーズに…
「ユーザの多様なニースに応える」ことは成功することもあり、失敗
することもある
成功…フォードシステムに対するGMの多品種政策
失敗…1980年代の加工食品「分衆化」多品種政策
1970年代には失敗、改良の末1980年代に成功…
トヨタのオーダー・エントリ・システム
市場(業界)って何だろう
例:菓子店
室町時代まで 菓子=果物
今で言う菓子(唐菓子)は高級品
砂糖は奈良時代に伝来したが極めて高価
江戸時代 上菓子組合(白砂糖の使用を独占)→上菓子
駄菓子→販売は番小屋の副業(番太郎菓子)
通りの入り口にある
戦前 人口あたりの菓子店は極めて多かった
駄菓子屋、よろづや
家計に占める菓子への支出は現在より遙かに高い
娯楽支出を代替?
戦後 菓子・パン店はほぼ一貫して減少
コンビニ→「その他の小売業」
ファーストフード
第8節 価格差別化と並行輸入
価格差別化:
消費者を区別して払ってくれるぎりぎりを払わせる
MC
青い三角形は普通消費者の
ものだが価格差別化が可能
なら企業(売り手)のものに
D
価格差別化の例
熱心なファンだけが買う「限定版」
書籍のハードカバー
販売チャネルごとに少しだけ中身に差をつけて値段を変える
ありがたがって高く買ってくれる国にだけ高く売る
他のプレイヤーが価格差別化を崩す例
並行輸入
転売は禁止できるか
多くの場合、事業者間の取引で転売を禁止することは違法(独占禁
止法、拘束条件付取引)
多くの場合、個人などへの取引で転売を禁止することは難しい。チケ
ットなどを自分で使うとは思えないほど大量に・反復して仕入れると
迷惑行為として処罰される(都道府県の迷惑条例)
他の取引を円滑に進めるなどの取引材料がないと、海外メーカーや
国内代理店が並行輸入を抑制することは困難
理由がないのに相手によって値段が違う(差別対価)
国内で事業者同士なら独占禁止法違反、国が違うと法律が及ばない
転売は悪なのか
主催者が安めにつけた価格のものを(行列などに時間と、場合によ
っては金銭を使って)手に入れ、高くても買う人に売るのが転売。
生産されるものの量が同じなら経済学的には同じ効率。ただ行列な
どにムダな資源が使われるのは社会的には損。
不況で時給の相場が下がると、今までは割に合わなかった転売も割
に合うものが出る(費用便益分析を思い出そう)。
グローバリゼーション
世界で一番安いものだけが売れていく。
標準原価計算から原価設計へ
いままでと同じものを安く作るのは限界がある。「安く作れるように、
設計する」発想が必要。かつ「安く作る」ため海外生産要素を活用。
価値工学・価値分析
特定の機能や仕様を満たすために、安上がりな工法・材料・形など
を工夫すること。往々にして厚みをぎりぎりまで削るなど安全検査の
困難さが増す面もある。
いわゆるSPA(衣料品製造小売)、100円ショップなど
安売り流通業は製品企画・設計に進出しないと安さを維持しにくい。
第9節 垂直的価格差別化と
サービスの付加
垂直的品質差別化
例えばn年物のウイスキーはメーカーなど他の条件が
同じなら、nが大きくなるほど「高品質」であることは誰も
が認める。nが大きいものに大金を払っても飲みたい人
と、安いなら若い酒でもよい人が世界には並存している
。
上下関係が定義できるタイプの品質面で競合商品から
差をつけることを垂直的品質差別化という。
3種類の消費者と、数字の大小で品質(性能、高級感な
ど)が測れる財のカテゴリが存在するとする。
留保価格
「ひとつ買うか、買わないか」というタイプの需要(unit
demand)を考えるとき、需要曲線は杭のようになる。。そ
の価格以上なら買うのをやめるという価格水準を留保
価格(reservation price)という。
同様に、日給・月給がいくら以下なら働くのをやめるか
という留保賃金を考えることも出来る。
留保価格は、モデルの外側での取引(販売、就業……)
機会における状況を間接的に表している。
例 3種類の消費者、3種類の効用関数
留保価格
高級品志向の人の効用
(安物はタダでもいらない)
大衆的な好みの人の効用
高品質←→低品質
Q
留保価格
価格P、品質水準Qを選ぶと、もっとも高級品
志向の消費者だけを自社製品に囲い込める
(どの品質水準で利潤が最大かは企業の費
用関数にいてのデータが必要)
P
高品質←→低品質
いくらかかるのか、購買層はいるのか
最高級品を扱うことは利潤を保証しない。安価な製品に大きく顧客を
奪われるかもしれない。
どの尺度を消費者は重んじるのか
J-POPすべてのアーチストがレコード大賞に参加しているわけでは
ない。
その品質は測れるのか
「うまい」のために料理を作っても、違う料理のうまさを比較するこ
とは実際には難しい。
サービスの付加と非価格競争
サービスをタダでつければつけないより売れるだろう。しかし費用面
で費用増加を上回る売り上げ増加が見込めるか。これも垂直的品
質差別化の一種と捉えることができる。
潜在的なライバル
そのサービスを専業にする業者がいるなら、サービスをつけると
それに異業種参入したようなものである。自分でやる宅配事業が
宅急便に料金や便利さで負けるようでは広がらない。
第10節 外部性
囚人のジレンマと共有地の悲劇
状況3の復習
囚人のジレンマは、独立に合理的に二人が意思決定する
と唯一の合理的な結論が共倒れであることで知られる。
ふたりが別々に取調べを受け、ひとりだけ悪者になると刑
が重いので両方が自白して
スーパー2
スーパー1
特売を打つ
打たない
特売を
打つ
(-50,-50)
(50,-100)
打たない
(-100,50)
(10,10)
共有地の悲劇
共有地の牧草を放っておけば他の村人が自分の家畜に食わせてし
まう。保護する約束を守らせることが出来ないなら、自分も食わせな
ければ損である。こうして共有地からは草がなくなる。多人数版囚人
のジレンマと同じ構造。
外部性
誰かの行為が、主な関心の対象でない第三者に利益や損害を
与えること。公害、日照権や混雑現象は負の外部性。産業集積
や商業集積は正の外部性を内部で及ぼしあっているともいえる。
コースの定理
外部性が存在する状況でも、取引費用がゼロなら政府が介入しなく
ても効率的な資源配分が実現する。つまり公害を受ける地域住民が
公害企業に、フル操業下の利益を支払うからフル操業は勘弁してく
れ、と交渉を持ちかけるはずである。
ただし、政府が環境税や補助金で公害発生を抑制する場合に比べ
ると、公害企業と地域住民の所得分配は明らかに異なっている。こ
のように取引費用がゼロなら、外部性は所得分配に影響するが資
源配分に影響しない。
取引費用
通信や移動のコスト(裁判の管轄地が遠方、50円の定額小為替を振
り出す手数料は100円……)
かかった時間の機会損失(平日に窓口に行く、待たされる、申請書類
に多くの事項を書き込む……)
証拠を集めるコスト (放置ゴミが誰の仕業か確定するのは高くつく、
児童の虐待跡が健康診断で服を脱がせたら見つかった……)
取引を強制するコスト(離婚の慰謝料や養育費のうち後日払う分はし
ばしば約束どおりに払われず、訴訟費用の高さから泣き寝入りにな
る)
外部性への対処
法・条例改正を提起できない現場レベルの行政担当者では、正直者
が馬鹿を見ること自体は防げない。
厳罰化に監視体制の強化が伴っていなければ、煮沸契約に陥る。
それでよいという判断もありうるが。
正直者が馬鹿を見すぎないような制度設計
非金銭的な補償、慰労、顕彰、やりがいの可能性
第11節 大学の生き残り①
• 大学に何かを求める人(組織)は誰と誰だろう。
• それらの人(組織)は大学に何を与える(あるいは、
従わない大学にマイナスの利得を与える)のだろう。
• 大学に求めるものが矛盾するとしたら、それは誰と
誰の望みが、どんな点で矛盾するのだろう。
– 例:単位が取りやすい大学、単位が取りにくい大学を望
み要求するのは、それぞれ誰だろう。
第12節 大学の生き残り②
• 大学の生き残る方法は、「誰かから必要とされ、資
金などを提供してもらえ、社会的に評価もされる大
学になる方法」と言い換えてもいい。
• その方法にはどんなものがあるだろう。言い換えれ
ば、どんな大学だったら(上に書いた意味で)生き残
れると考えるか。
第13節 大学の生き残り③
• 皆さんにとって(高尚な理想からみて、あるいはもっ
と赤裸々な願望として)望ましい大学とはどんな大学
だろう。そうならないのはどうしてだろう。それを実現
するためには、何をどうすればいいのだろう。
最後の一言:ゲーム理論からの視角
• その場にいないプレイヤーの存在を意識
– 参入、越境、新設……模倣者・追随者の出現
– 不利益を受けるプレイヤーからの対抗
• 目的外にルールを使われる・行動がゆがむ
– ルールの穴をつく行動の警戒
• 望みそのものへの介入は困難
– 一定期間で退場するプレイヤー
– 特定例の印象付け、思い込み……行動経済学的な問題