佐藤 和 (商学系)

経営学における実証研究
現状分析、理論、仮説、実証
――
佐藤
和
た視点から考えると経済学の領域になる。すなわち様々な
企業の活動を、これを経営する経営者、トップマネジメン
うか。商学部全体の学問領域の中で見ると、同じ企業活動
れでは一体経営学の学問領域とはどういったものなのだろ
は経営学には定番の教科書というものがないのである。そ
学﹂について分かりますか、という質問をよく受ける。実
卒 業 論 文 の 指 導 を し て い る と、 何 の 本 を 読 め ば﹁ 経 営
渉猟しているかどうか。(2)論理体系性
から行っている。(1)網羅性
概には言えないが、私は論文の評価を主に次の三つの視点
った点から評価されるのかを知っておく必要があろう。一
次に卒業論文を書くにあたり、論文というものがどうい
を経営学の論文のテーマとすることができるのである。
1.論文のテーマと評価ポイント
を対象としていても、経営者の立場から見ると経営学に、
言葉で論理的体系的に整理しているか。(3)オリジナリ
トの視点から捉えなおすことができれば、多くの場合それ
消費者の立場から遡って考えると商業学に、お金の面から
ティ
新奇性があるか、すなわち学会に対する何らかの貢
議論を自分の
関連する議論をもれなく
見ると会計学に、国や地方自治体あるいは産業全体といっ
三色旗 2010.9(No.750)
立て、これをデータ、資料等を用いて検証して行こうとい
う も の で あ る。 私 の 研 究 ス タ イ ル は 後 者 で あ る の で、 以
献があるかどうかである。
網羅性について見ると、その論文で用いている経営学的
まず論文の始めでは序章:問題意識として、なぜ今この
下、この実証研究を前提に、論文の章立て構成のモデルに
そうした沢山の議論をきちっと自分の言葉で整理し、論文
論文を書こうと思うのか、この論文で解決すべき問題点は
な概念について、代表的とされるような議論を一通り踏ま
の問題提起から結論まで、論理的に整然と議論を展開でき
何か、またどんなケースや論説を見て面白いと思って論文
ついて考えてみたい。
ているかどうかが問題となる。そしてオリジナリティの重
にしようと思ったのか、といった当該論文の問題意識を明
えているかどうかが問題である。論理体系性については、
要度は、私は学士論文では相対的に低いと考えているが、
確にすることが必要である。
空の限定を行う。現代経営学の理論は、いつの時代でも、
次に第一章:現状分析として、当該論文が対象とする時
少なくとも既存の研究にはない、何らかの新しい点がなけ
れば、それは論文として意味のあるものとは呼べないであ
ろう。
どんな条件でも成立するということはまれであり、適応さ
れる時間や空間、すなわち時空が限定され初めてその有効
( 史 ) 研 究 と( 2) 実 証 研 究 の 二 つ の 種 類 が あ る。 学 説
経 営 学 に お け る 論 文 に は、 大 き く 分 け て( 1) 学 説
という経営に対してy という成果が得られていた。しかし
タ等を用いて詳細に述べる必要がある。例えば、従来はx
そしてなぜ今この論文を書くのかを、必要に応じてデー
2.実証研究における論文構成モデル
︵史︶研究とは、経営学のある領域における研究を、五十
近年、x が に変わりつつある。そうした場合、どのよう
性や限界が分かるからである。
本、百本といったレベルで網羅的に渉猟し、自分なりの尺
一方実証研究とは、既存の先行研究をもとに新たな仮説を
の新しい論理や自らの問題を見出そうとするものである。
度、観点からその再構成、体系化を行い、そこから何らか
であれば、既に多くの経営者が適切な対応をし、これを説
状分析になる。もしその変化が十年以上前に起こったこと
な成果が得られるのか、といった問題を設定することが現
x’
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明する論文も出ているに違いない。そこで最適な回答がま
としての結論を導くのである。
第五章:結論として総合的な評価、反省を行い、論文全体
定するのかを明確にする。ここは特に論文の網羅性の評価
論 理 的、 体 系 的 に 整 理 し て 一 般 に 成 立 す る Y =
︵f ︶
Xと い
った理論を紹介し、当該論文でどのような因果関係等を仮
述べるのが第二章:理論研究である。ここでは先行研究を
すべき問題について考えるための、理論的枠組みについて
る企業︵群︶とライバルとなる企業︵群︶を明確にし、強
ループについて現状分析を行い、その中で論文の主語とな
このタイプの研究では、まず特定の業界あるいは企業のグ
てみてみたい。私が指導する学士の卒業論文の中で最も多
次に、こうした論文構成モデルのバリエーションについ
3.どこでオリジナリティを出すか
だ出ていないような新しい変化や直近の問題を選択して
テーマとすることで、論文のオリジナリティを高めること
ができる。
ポイントである。次の第三章:仮説設定では、第一章のx
み弱みを分析して、主語にとって現在の機会脅威が何であ
そして第一章の結論として導出された、この論文で解決
から への変化を第二章の一般的な関係性に当てはめた時
り、どういった問題を解決する必要があるのかを明確にす
いのが、
(1)ケーススタディあるいは業界研究である。
が生まれる可能性があるかについて検討
こうして構築された仮説が正しいかどうかを検証するの
な ケ ー ス ス タ デ ィ を 作 成 し、 仮 説 を 証 明 し て い く の で あ
て、文献や雑誌記事等から三社から五社程度の比較的詳細
る。次いで理論的な考察、仮説の設定を行うが、理論につ
が第四章:実証であり、ここでは先進的な企業のケースや
る。この場合、理論やケース単独ではオリジナリティがあ
し、これを仮説として提示することになる。これがその論
独自のアンケート調査結果等において、仮説で設定したよ
ま り 高 く な い た め、 現 状 分 析 と し て な ぜ 今 と い う と こ ろ
いては三十本程度の引用文献があることが望ましい。そし
うな関係性が成り立っているかどうかを検討する。そして
を、最新の問題点とすることが重要となろう。
文の最も重要なオリジナリティとなり、また論理体系性を
一本の論文としての実証の限界についても述べる。最後に
て仮説と同じような行動をしている先端的な企業につい
y’
示すポイントでもある。
に、どのような
x’
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分なりの新しい理論を構築し、これをもとに仮説の設定、
論研究を複数の領域で行い、それらを掛け算することで自
本の大企業というような比較的広いものに設定するが、理
式のものであり、現状分析としての時空は、例えば現代日
ついで多いのが、(2)理論×理論と私が呼んでいる形
の四つの層が存在しているように思われる。
てくる。経営学の学問領域を概観すると、大きく分けて次
は、経営学のどの階層の理論を用いるのかによって異なっ
に 対 し て、 ど の よ う な 結 果、 成 果 で あ るy を 設 定 す る か
の学問領域の階層性である。現状、変化、手段としてのx
そして(3)大数観察というタイプは、実証の仕方にオ
資源についての学問領域である。もしこの層における問題
見ており、例えば人的資源管理論は、このヒトという経営
一番初めの層が、(1)資源の層である。これはヒト、
リジナリティを出すタイプであり、実際に企業にアンケー
に注目するなら、例えば﹁やる気﹂や﹁帰属意識﹂などを
検証を行うものである。この場合仮説構築までのオリジナ
ト を 送 っ た り、 文 献 や 記 事 か ら だ け で な く、 足 で 稼 い で
その成果y として設定することができよう。しかし、例え
モノ、カネ、情報といった企業の経営活動に必要な経営資
ケースを作成したりするようなタイプである。この場合、
ば一人ひとりにやる気があっても組織全体として見た時に
リティが重要であり、それぞれの理論分野ごとに三十本以
同じ分野における先行研究を十分に渉猟し、ヒアリング等
成果が出るとは限らない。そこで次の(2)組織の層が考
源についての領域である。この階層が経営を最もミクロに
で実際の声を聞いていれば、理論や仮説そのものには大き
えられる。ここでは経営資源をマクロに捉えた時に初めて
上の引用文献があることが望ましい。
なオリジナリティは必要とされない。しかし一般にデータ
出てくる問題を扱う。例えば、組織としての﹁創造性﹂や
ての競争相手や競合関係等が設定され、それらを通じて初
のが(3)戦略の層である。そこでは企業の経営環境とし
争に打ち勝てるとは限らない。こうした関係について見る
さらに組織として成果が良いからといっても、企業が競
﹁柔軟性﹂等が成果y となりうる。
の収集や新しいケースの作成を一人で行うことは、非常に
大変な作業となろう。
4.経営学の四つの層
いずれの場合においても重要となるのが、経営学の中で
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会的な成果y を併せて考えていくことになるのである。
に、売り上げや収益といった直接的な業績以外の様々な社
ひろく企業の利害関係者やコンプライアンスを捉えた時
とができる。そして最後の層が(4)社会であり、もっと
めて売り上げや収益といった業績を成果y として考えるこ
で直接引用すると引用の引用である孫引きになってしまう
教科書の様なもので、たくさん読んでもよいが、論文の中
典﹄等も有効であろう。ただしこれらは理論研究における
よっては﹃業種別審査事典﹄や﹃日本マーケットシェア事
うような(1)業界本を見るのが近道である。また業界に
を掛け算して新しい理論を導出したいならば、あまり離れ
適切に設定していくことが必要である。そして複数の理論
にし、論文として問題を解決することで高めたい成果y を
がどの層に属する理論をもとに議論をしているのかを明確
理論研究でこのレベルに当たるのが専門書であり、きちん
済﹄、
﹃週刊ダイヤモンド﹄等に目を通したりするとよい。
タ ベ ー ス を 検 索 し た り﹃ 日 経 ビ ジ ネ ス ﹄、
﹃週刊東洋経
為には(2)新聞雑誌記事であり、例えば日経新聞のデー
論文の中で実際に引用できるレベルのものは、ケースの
ことも多い。
た層の理論を組み合わせると直接的な関係性が少ないため
と形式が整い引用文献等のついた専門書を、一つの分野に
経営学の理論にはこうした階層があるため、自らの論文
難しい。また逆に同じ層の中の理論を組み合わせてしまう
ついて少なくとも十冊程度は読む必要があろう。
券報告書や企業のプレスリリースである。今は投資者向け
そして最も基本的な一次資料に当たるのが(3)有価証
と、掛け算でなく足し算になってしまい既に議論がされて
いる場合も多く、オリジナリティを出しにくいため注意が
必要である。
︵I R ︶ 情 報 と し て イ ン タ ー ネ ッ ト に 広 く 公 開 さ れ て い る
ので、対象企業が決まったらこうした資料を十分に活用す
現状分析やケーススタディに使う資料の集め方を、理論
等における引用や参考文献等から遡って、二十本以上は渉
なる。最新の研究成果は本にはなっていないため、専門書
5.資料や文献の集め方
研究の文献の集め方と対比させながら見てみたい。企業や
猟するとよい。
る必要があろう。理論研究では論文がこのレベルのものに
業界についての知識を広めるためには、まず就職活動で使
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究所の GeNii
等を利用するとよいだろう。
そして自分で論文を書いている最中に出所に戻れるよう
トアップする必要がある。論文等の検索には国立情報学研
スの資料や教科書等とともに﹁参考資料﹂として別にリス
ない本は﹁参考文献﹂とはなりえず、そうした本は、ケー
用や参考文献を遡ることになる。よって注や文献リストが
し、複数の教科書を読むことから始め、そこに出ている引
ず、論文のテーマに従って図書館のデータベース等を検索
ときには、従来の経営学の学説の流れの中にそれを位置付
うになる。特に新しく出てきた経営学の理論について見る
した中で周辺の議論を併せて渉猟することで、初めてそれ
から適切な理論を作成、あるいは選択するのである。そう
み込むことが重要である。その上で、問題意識と現状分析
トプットも期待できないので、まずはたくさんの文献を読
ットが少ないからである。インプットが多くなければアウ
まず、一つの本を読んで説得されてしまうのは、インプ
か述べておきたい。
に、ノートをとりながら専門書や論文を読むことが重要で
け、これまで行われていた他の経営手法との比較検討を行
次にこうした専門書や論文の探し方についてである。ま
ある。様々な文献を読み進めるうちに、よく引用されてい
ってみる必要がある。
り返していくと時代がどんどん古くなってしまうので、あ
プロセスを繰り返していくことになるが、これを無限に繰
その代表的な論者の著者名等で再び検索をする。こうした
てみたい理論があるが、それらの組み合わせとしての論文
わせを考えることである。分析したい現状、あるいは使っ
分析とそれを説明する理論、解決策としての実証の組み合
見てきたように、論文のテーマを決めるとは結局、現状
ぞれの経営学者の言うことを客観的に見ることができるよ
るのが代表的な論者であると推測することができるので、
る程度のところで打ち切ってキーワードを変えて探索をや
全体のテーマが決まらないときには、解決策となるであろ
どうしても現状分析と理論、実証が合わないときは、なぜ
状分析や理論を逆算的に考えてゆくこともできる。そして
共通する問題や理論を考えていくことで、不足している現
う自分として面白いと思うケースを複数見つけ、それらに
り直す必要がある。
6.論文を書き進める上で
最後に、具体的な研究の進め方のポイントについて幾つ
三色旗 2010.9(No.750)
この論文を書こうと思ったのかという問題意識に戻って、
﹃日本マーケットシェア事典﹄矢野経済研究所
﹃業種別審査事典﹄きんざい
CD ブック
―
七年︺
門
﹃
―日本型企業文化論
水平
―
東アジアの﹁和魂洋才﹂型
―
﹄︵共著︶慶應義塾大学通信教育部、一九九
―
発 展 ﹄︵ 共 著 ︶ 慶 應 義 塾 大 学 出 版 会、 一 九 九 七 年。﹃ 経 営 学 入
﹃ ハ イ ブ リ ッ ド・ キ ャ ピ タ リ ズ ム
的集団主義の理論と実証﹄慶應義塾大学出版会、二〇〇九年。
学研究科博士課程修了。主要業績
織文化論、比較経営論専攻。一九九六年慶應義塾大学大学院商
︹さとう
やまと
慶 應 義 塾 大 学 商 学 部 教 授、 計 量 経 営 学、 組
抜本的にやり直す覚悟も必要であろう。
論文の量については指導教授によって考え方が異なると
思うが、我々が書いている﹃三田商学研究﹄の論文と同じ
二万字程度でもよいと私は思っている。ただし二万字の良
い論文を書くためには最初から二万字で書くのではなく、
四から六万字以上書いてから論理的に必要な内容を要約す
る形で書き直すことが重要である。なお論文の体裁や引用
文 献 の 表 記 の 仕 方 等 の 詳 細 に つ い て は、
﹃三田商学研究﹄
の執筆要項が慶應義塾大学商学会のウェブページに挙がっ
ているので、これを参考にされたい。
参考文献
清水龍瑩﹁ 経 営 学 研 究 の 方 法 論 ﹂
﹃ 企 業 成 長 論 ﹄ 中 央 経 済 社、 一
九八四年
参考資料
http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp
http://www.fbc.keio.ac.jp/society/index.htm
国立情報学研究所 GeNii
慶應義塾大学商学会
佐藤和﹁ワープロソフトをフルに活用した論文作成法﹂
﹃三色旗﹄
五八六号、一九九七年一月
三色旗 2010.9(No.750)