法律論文作成のためのヒント

法律論文作成のためのヒント
民事手続法編
――
Ⅰ
論文の構成
工藤敏隆
アメリカのロー・スクールには、必修科目の一つとして
はじめに
の 本 誌 既 刊 に は、 民 法 に 関 し 水 津 准 教 授︵ 七 四 六 号 一 六
法学部甲類における卒業論文作成の手引きとして、近年
﹁ 法 律 文 書 作 成︵ Legal writing
︶﹂ の ク ラ ス が あ り、 そ こ で
は〝IRAC〟が法律文書の構成の基本であると教えられ
の卒論作成の手引きからも有益な示唆が得られるでしょ
めします。また、本号等に掲載されている、他の学問分野
の基本的作法が分かりやすく説明されており、一読をお勧
あります。それらは法分野が異なりますが、法律論文作成
に関し佐藤准教授︵七五六号一六頁︶が執筆された論稿が
提起、
Rは問題点に関する条文や既存の判例・学説の整理、
︵ 法 の 適 用・ あ て は め ︶ と さ れ る こ と も あ り ま
Application
す︶、実は卒業論文にも応用することが可能です。I は問題
る 文 書 を 対 象 に 想 定 し て い ま す が︵ そ れ ゆ え に、 A は
析 ︶、 Conclusion
︵結論︶の頭文字を取ったものです。この
略語は、例えば準備書面や調査報告のような実務家が作成す
ます。IRACは
頁︶、行政法に関し青木准教授︵七五〇号一〇頁︶、刑事法
が、民事訴訟法を中心とする民事手続法分野での卒論作成
う。 本 稿 は そ れ ら と 重 複 す る 部 分 も あ ろ う か と 思 い ま す
Aを自説による問題解決の論証と考えればよいのです。
︵論点︶、 Rule
︵法規︶、 Analysis
︵分
Issue
のためのヒントの提供を試みたいと思います。
三色旗 2011.7(No.760)
六号二一頁︶
。
く、といった方法があるでしょう︵七五〇号一三頁、七五
で作成しておき、適宜の段階で更新しながら細かくしてゆ
要です。具体的には、論文の目次を最初は大まかな章立て
飛躍のない論旨で貫かれているかを常に意識することが肝
す。テーマ選びから最終稿の完成まで、IRACが破綻や
の細部を詰めていると、全体像を時に見失うことがありま
本論、Cが結論に対応すると考えればよいでしょう。論文
成と教えられます。IRACのうち、Iが序論、RとAが
わが国では、論文の基本は序論、本論及び結論の三部構
する傾向を掴むことができます︵資料の収集や分析の方法
トを作成してみるだけでも、学説・判例の分量や時期に関
ような議論をしてきたかを知る必要があります。文献リス
いたトピックについて先行研究や判例に接し、先達がどの
さわしい﹁問題意識﹂に高めるためには、興味や関心を抱
るには未熟です。そのような興味や関心を、学術論文にふ
く分からない﹂曖昧模糊としたもので、論文のテーマとす
な プ リ ミ テ ィ ブ な 疑 問 の 多 く は、
﹁何が分からないかもよ
ずテーマ選びの出発点になるでしょう。しかし、そのよう
携わっている仕事を通じて抱いた興味や関心が、とりあえ
す。適切な﹁問い﹂の設定が可能となるには、ある程度研究
を、文献等を調査して自分自身で解決するという貴重な経
しかし、学生の皆さんにとっては、専攻分野に関する疑問
ったことが判明し、徒労感を味わうこともあるでしょう。
と、この段階で、興味や関心が単なる﹁無知﹂にすぎなか
が進み結論︵C︶と論証︵A︶の見通しが立っていることを
験をしたのですから、恥ずべきことではありません。その
に つ い て は、 次 章 以 下 で 詳 し く 述 べ ま す ︶
。もしかする
要します︵七四六号一七頁︶
。そのため、実際の原稿執筆は、
ような過程を経て、先行研究が解明しきれていない問題点
は、テーマを選択し﹁問い﹂
︵I︶を設定することの重要性で
必ずしもIRACの順序である必要はなく、場合によっては
諸先生による卒業論文作成の手引きが例外なく強調するの
執筆開始後に﹁問い﹂の修正を行うこともあります。テーマ
が徐々に浮き彫りになってくるでしょう。
﹁問い﹂に対し、論文作成者のオリジナルによる新規な主
る こ と の 引 用 や 要 約 だ け で は 足 り ま せ ん。 自 ら が 立 て た
卒業論文はレポートとは異なり、他者が既に主張してい
2
議論を展開できる「問い」を立てられるか
選びに関しては、次章で詳しく述べたいと思います。
Ⅱ
テーマの選び方
1
興味や関心を問題意識に高める
皆さんが、テキストやスクーリングでの日々の学習や、
三色旗 2011.7(No.760)
創性・新規性がある解決策の提示が可能な﹁問い﹂が立て
要があります。したがって、逆説的ですが、そのような独
張で、かつ検証可能な根拠に裏付けられた解決策を示す必
のトピックについては、①既存の解釈論の適用場面を詳細
くつかの手がかりを記したいと思います。例えば、解釈上
号二二頁︶
。ここではあくまで私の個人的見解として、い
れていなかった関連論点に光を当てる、③既存の解釈論の
整理や位置付けを、新たな観点からやり直し、より説得力
に場合分けして精緻化する、②既存の議論ではカヴァーさ
のある理由付けを加える、などの手法によって一石を投じ
られるテーマを選ばなければなりません。実定法学の分野
言わないまでも極めて困難です。そこで、何らかの先行研
ら れ る か も し れ ま せ ん。 一 つ の 例 と し て、 民 事 訴 訟 法 の
では、全く未知のトピックを発見することは、不可能とは
著 名 論 点︵ 例 え ば 、
﹁ 弁 論 主 義 の 第 一 テ ー ゼ︵ 主 張 責 任 の
究が存在するテーマから選ぶことになりますが、古典的な
る﹃自己利用文書﹄該当性の判断基準﹂は、現行民事訴訟
十分条件ではありません。例えば、
﹁文書提出命令におけ
ただし、良いテーマ選びは、良い論文の必要条件ですが
テーマ﹂
︵七五六号一八頁︶を選ぶことが推奨されます。
ず、狭すぎず﹂
、かつ、議論が現在も動いている﹁ホットな
新 た な 議 論 を 加 え る こ と は 至 難 の 業 で し ょ う。﹁ 広 す ぎ
は、議論がおおむね出尽くしていることが多く、これから
〇頁︵二〇〇一年︶︶は、①や②の手法を用いたものとい
いて│手続運営論の視点から﹂
﹃民事訴訟雑誌﹄四七号三
のあり方を中心に論じた論文︵三木浩一﹁一部請求論につ
上で、後訴での残部請求の可否ではなく前訴での手続運営
を﹁試験訴訟型﹂
﹁総額不明型﹂などの類型に細分化した
ょう。そのような伝統的な議論とは異なり、一部請求訴訟
請求することの可否に関する議論が、まず思い浮かぶでし
を請求した前訴判決が確定した後に、後訴で債権の残部を
原 則 ︶ の 適 用 範 囲 ﹂、
﹁ 訴 訟 上 の 和 解 の 既 判 力 の 有 無 ﹂︶ ﹁一部請求論﹂と言えば、数量的に可分な債権の一部のみ
法の施行によって新たに生まれた論点で、近年も最高裁決
えます。
論文や判例等の資料を収集する方法として、データベー
Ⅲ
資料の収集
定が相次いで出され、実務上も重要視されているテーマで
すが、豊富な先行研究を消化しきれずに、判例や学説の紹
介に終始してしまう例も散見されます。
は、普遍的な定式化になじむものではなく、論文を作成す
スを検索する方法と、文献の脚注から芋づる式にたどる方
も と よ り、 独 創 性・ 新 規 性 の あ る 議 論 を 展 開 す る 方 法
る皆さんが﹁徹底的に考え抜く﹂しかありません︵七四六
三色旗 2011.7(No.760)
によってヒットする文献の量や質に差が生じるため、多少
法があります。データベース検索は、検索語の選択の仕方
正確を期することは基本的な約束事であり、これを誰もが
引き﹂といいます。先行研究を引用する場合、引用内容に
て引用を行う以上、それによるバイアスやノイズから読み
守っていると仮定すれば、孫引きでも問題がないようにも
手が完全に逃れることは困難です。被引用文献の論旨の正
思われます。しかしながら、引用者は何らかの意図をもっ
式が中心となるものと思われます。芋づるの大元となるの
確な意図や全体像を把握するには、自ら原典を読むことが
ンターへ気軽に足を運べる環境にあるとは限らず、芋づる
に適した文献は、発行年が新しく、かつ文献の引用が網羅
鉄則であり、孫引きは原典が入手不可能などの特別な事情
のコツを要します。通信教育課程の皆さんは、メディアセ
的なものです。一般的に、大学の紀要や論文集に掲載され
がない限り、避けなければいけません。
また、原典に接すると、先行研究が行っている学説の分
た論文はこれに適っているでしょう。他方、教科書、演習
類・整理が必ずしも適切ではないことに気付くことも時々
書や実務解説書は、引用されている文献の量が限定的な場
合があります︵それらの文献の記述自体に価値がないとい
あります。前述したように、先行研究を自分の視点で再整
理することができれば、独創性・新規性を有する議論につ
説 も 芋 づ る 式 に は 有 用 で す が、 改 訂 が さ ほ ど 頻 繁 で は な
なげることもできます。
う意味ではありません。︶
。また、コンメンタールや逐条解
く、最新版でも発行が十年以上前というものがあることに
論の転換点と位置付けられている論文や判例の数は限られ
ある問題点に関し数多の論文や判例があったとしても、議
に、すべて発表年順に並べよという意味ではありません。
です。これは、卒業論文上で先行研究や判例を紹介する際
に議論が発展していったかの時系列を意識することが必要
は、対立する見解を平板に並べるだけではなく、どのよう
先行研究や判例を読み込み、議論の状況を整理する際に
2
議論の基点を把握する
は注意を要します。その他、法令、判例や雑誌記事等の検
索 方 法 に つ い て は、 い し か わ ま り こ ほ か﹃ リ ー ガ ル・ リ
説しており、参考になるでしょう。
サーチ﹄︵第三版、日本評論社、二〇〇八年︶が詳しく解
Ⅳ
資料の分析
1
原典を必ず参照する
ある文献が他の文献を引用している場合に、その引用さ
れた記述のみを読み、原典にあたらないことを、俗に﹁孫
三色旗 2011.7(No.760)
ます。そのような﹁基点﹂がどこにあるかを見極めること
状の基本的枠組みは維持し、その中で微調整を図る傾向が
見直しや法改正を真正面から迫るようなもの︶よりも、現
大胆な現状変更を伴うような主張︵例えば、最高裁判例の
あることには留意すべきでしょう。ただし、研究者が書い
が、先行研究や判例の的確な理解・整理につながるという
た実務解説、あるいは実務家が書いた学術論文も存在しま
趣 旨 で す。 そ の 見 極 め は 初 学 者 に と っ て は 時 に 難 儀 で す
が、引用回数の多寡、あるいは定評ある教科書や、判例百
4
判例の扱い
なければなりません。
すから、著者の属性だけでその論旨を速断することは慎ま
選や争点での紹介の有無などが手がかりになるでしょう。
3
学説の扱い
民事手続法は、手続の運営に携わる裁判官や、主たる利
用者である弁護士などの実務家の関心が高いため、テーマ
度抽象化・一般化された事案を想定して論じる学説と、全
事件の解決のために行った判断であるという点で、ある程
く同等に扱うことはできません。言い換えれば、判例を検
判例は、裁判所が、当事者から判断を求められた現実の
が、
﹁研究者が主に研究者向けに書いた論稿﹂と、
﹁実務家
と に 気 付 く で し ょ う。 あ く ま で 一 般 的 傾 向 に す ぎ ま せ ん
が主に実務家向けに書いた論稿﹂の論調の違いには、留意
討する際は、判旨として抜粋されている法解釈論の部分だ
によっては、実務家による論稿も数多く発表されているこ
すべきと思われます。前者は大学の紀要や論文集に掲載さ
分にも目を通すことが必要です。事案の分析を精緻に行わ
けを読むのではなく、判決の全文を入手し、前提事実の部
ないと、判例が示した法的判断が、結論に至るに不可欠な
分や、判決理由のうち具体的事案へのあてはめを論じた部
実務家による論稿は、事件処理の実情を踏まえた問題意
ものか、あるいは傍論にすぎないかの区別や、判例の射程
れることが多いのに対し、後者は判例雑誌などの商業誌や
識 が 反 映 さ れ て お り︵ 例 え ば 、
﹃判例タイムズ﹄誌やその
実務解説書に掲載されることが多いでしょう。
別冊には、訴訟手続や倒産手続等の運営に関して、裁判官
もゆがみが生じやすくなってしまいます。例えば、ある判
︵判例法理が将来の類似紛争に適用される範囲︶の検討に
例が一般論ではある法理を肯定しつつ、当該事件の結論と
す︶、特に、実務に直結したテーマでは有益な情報源とな
ります。しかしながら、実務家は日々の業務に役立つ即効
しては同法理を適用しなかったという場合、当該判決理由
による論稿や座談会の発言録が頻繁に掲載されていま
性のある情報を求めていますから、実務家向けの論稿は、
三色旗 2011.7(No.760)
中 の 一 般 論 部 分 だ け を 抜 粋 し て﹁ 判 例 は 何 々 法 理 を 認 め
上での立法論であることが必要になります。また、運用論
ずは解釈論による解決を検討し、その限界を明らかにした
が、テーマによっては論文によって議論を展開する価値の
は、新たな法解釈や法改正を提案するものではありません
ある提案となり得ます。例えば、鑑定は、民事訴訟法や民
た﹂と無条件の評価はできず、一定の留保を付すべきであ
なお、判例はあらゆる論点につき網羅的に存在する訳で
事訴訟規則が手続を規定していますが、個別の事件におい
ることはお分かりいただけると思います。
当事者照会︶や、当事者から異議が出
のような効果を付与すべきかを回顧的に考察する評価規範
て判決で示される判断は、既に行われた訴訟上の行為にど
件の有無︶などがあります。加えて、手続上の問題につい
ない限り裁判所が判断を示さない事項︵例
において、鑑定が有効適切に行われるための実務運用のあ
ます。そこで、医事紛争や建築紛争など特定の類型の訴訟
かについては、多くの部分が裁判所の裁量に委ねられてい
述、鑑定人に対する質問の方法などをどのように実施する
て、鑑定人の選任、鑑定事項の作成方法、鑑定人の意見陳
入しない事項︵例
はありません。例えば、当事者自治に委ねられ裁判所が介
を適用したものが中心で、これから手続をどう進めるかと
り方は、論文で論ずるに値するものでしょう。
補助参加の要
いう行為規範は判例に現れにくいことに留意する必要があ
ての法学、殊に法治主義のインフラである裁判制度を規律
歩先をリードすることが期待されます。ただし、実学とし
に引っ張られるのではなく、むしろそれらの一歩ないし数
ります︵新堂幸司﹁民事訴訟法における判例研究の意義﹂ 卒業論文は学術論文ですから、現状の判例・通説や実務
﹃別冊ジュリスト・続民事訴訟法判例百選﹄七頁︵一九七
二年︶︶
。
する民事手続法分野であればなおさら、自らが主張する解
①解釈論、②立法論、③運用論の三種類があります。実定
実定法上の問題点を解決する方法として、一般的には、
べきではないでしょう。
方﹄二五頁︵有斐閣、一九八三年︶︶への目配りを忘れる
条 件 ﹂ 広 中 俊 雄 = 五 十 嵐 清 編﹃ 法 律 論 文 の 考 え 方・ 書 き
性をふくんでいるか﹂︵広中俊雄﹁法律論文を書くための
Ⅴ
「問い」に対する解決の提示
法に関する論文の多くは解釈論に関するものであり、卒業
決策が、
﹁どのような意図範囲外の付随的結果の発生可能
論文でも、解釈論を中心とするものがオーソドックスでし
ょう。立法論を行う場合は、法律学の論文である以上、ま
三色旗 2011.7(No.760)
おわりに
センスの部分を重視しつつ、卒論作成にあたって留意すべ
以上、問いの設定とそれに対する解決の提示というエッ
き事項を思いつくままに記しました。なお、テクニカルな
問題として、論文における脚注の使い方について、よく質
問を受けることがあります。脚注を使う場面は、大きく分
けて、本文中の記述の出典の表示のために用いる場合と、
本文の論旨の明快さを損なわないように、枝葉末節の議論
を脚注に入れる場合の二つがあります。前者の場合、文献
や判例の表記については、法律編集者懇話会編﹁法律文献
等の出典の表示方法﹂︵神戸大学大学院法学研究科ウェブ
サ イ ト ︶ が、 一 応 の ガ イ ド ラ イ ン と な っ て い ま す︵ た だ
し、本稿中の文献表記は、読み易さを重視しこれに従って
えているか、第三者的な視点・感覚から十分な推敲を行う
べきでしょう。そのためには、自ずと締切りからの日程的
余裕が必要になります。これは自戒を込めつつ⋮⋮。
︹くどう
としたか
慶應義塾大学法学部専任講師、民事訴訟
法・ 民 事 執 行 法・ 倒 産 法 専 攻。 二 〇 〇 九 年 ワ シ ン ト ン 大 学
いないものもあるのでご注意下さい︶
。
法は言葉がすべてであり、法律論文作成の条件として、
ロー・スクール Ph.D.
主要業績 ﹁
―倒産解除条項の倒産手続に
おける効力﹂
﹃ 法 学 政 治 学 論 究 ﹄ 八 一 号 一 頁、 二 〇 〇 九 年。
九年︺
オス
in the United States石川明ほか編﹃ボーダレス社会と法 ―
カー・ハルトヴィーク先生追悼 ―
﹄信山社、四〇三頁、二〇〇
History and Possible Future Reform on Patent Invalidation Procedure
言語や文章に対する鋭敏な感覚は第一に挙げられるもので
しょう︵広中・前掲書一一頁︶
。しかし、論文のように密
度の濃い長文を書き上げる作業には、ある程度勢いが必要
なことも事実です。論文の第一稿が書き上がった後は、論
文を何日か寝かせつつ執筆者も頭を冷やし、自分の原稿が
読み手を納得させる正確な表現と明確な論理の流れをそな
„
三色旗 2011.7(No.760)