HELLP 症候群,急性妊娠脂肪肝

HELLP 症候群,急性妊娠脂肪肝
1.HELLP 症候群の診断
妊婦・褥婦にのみ発症する産科固有の合併症である.妊娠高血圧症候群と共通の病態を有しており,タ
ーミネーションのみが治癒に導く.
血液検査により
Hemolysis(H:溶血,LDH 高値),
Elevated Liver enzymes(EL:AST やALT などの肝臓由来酵素の上昇),
Low Platelet(LP:血小板減少症)を示した場合に診断される.
しかし,国際的にコンセンサスが得られた診断基準が存在するわけではない.
SibaiはHELLP 症候群における用語(例えば血小板減少症)の使い方の混乱を収拾するため,
溶血の診断は血液塗沫標本での異常赤血球形態,
ビリルビン≧1.2mg/dL かつLDH>600U/L を満足し,
肝機能異常は,AST≧70U/L,
血小板減少症は血小板数<10万/μ
L
を提唱した.しかし,その論文中でAST や血小板数の変化率(上昇程度と下降程度)もカットオフ値(絶
対値)と同等に診断のために重要であると述べている.HELLP 症候群を診断するためには血小板数,AST,
LDHの経時的変化の動向を知ることが重要である.また,血液検査値のみから診断する場合,病因が異なる,
HUS(hemolytic uremic syndrome),TTP(Thrombotic thrombocytopenic purpura)が含まれることに注
意する.これらは妊婦以外にも起こり,治療法も異なる.また,常位胎盤早期 離,子癇患者ではしばし
ばHELLP 症候群を合併し,妊娠高血圧腎症重症妊婦では20%がHELLP 症候群を合併する.
2.急性妊娠脂肪肝(Acute fatty liver of pregnancy)の診断
妊婦・褥婦にのみ発症する産科固有の合併症である.妊娠高血圧症候群と共通の病態を有しており,タ
ーミネーションのみが治癒に導く.肝細胞内に脂肪滴沈着を証明することにより診断される.その臨床経
過にHELLP 症候群と大きな違いはない.
急性妊娠脂肪肝の疾患単位としての由来は以下のようである.1940年,Sheehanは400例の妊婦・褥婦剖
検例を検討中,臨床経過と肝組織像が特異である6例を見出した.妊娠末期,嘔吐・上腹部痛を訴えその後
黄疸が出現し,7∼12日後死亡胎児を分娩し分娩後,昏睡となり産褥3日以内に死亡にいたった6例である.
血液検査・輸液・輸血・急速分娩も行われない時代であり,DIC の疾患概念もない時代であった(後年,
急性妊娠脂肪肝が救命困難であるのはDIC のためであることが明らかとなった).これら6例の肝細胞には
壊死がなく(当時知られていた激症肝炎も同様な臨床経過をたどるが肝組織の主所見は肝細胞壊死である)
主所見は脂肪肝であった.そのため,新しい産科固有の疾患であるとしてobstetric acute yellow atrophy
of the liver と命名し報告した(その後,現病名acute fatty liver of pregnancy と呼称されるように
なった).6例中2例には妊娠高血圧症候群があったが4例にはそれがなかった.典型的急性妊娠脂肪肝は以
下のような臨床経過をたどる.妊娠末期(主に30週以降)に食欲不振,上腹部違和感(上腹部痛のことも
あり)を訴える.最終定期健診時に比し極端に減少した体重が認められる.血液検査により
アンチトロンビンⅢ(以後,AT-Ⅲ)活性低値(通常50%以下),
尿酸異常高値,BUN,クレアチニン高値,
肝機能異常(AST,ALT 高値),LDH 高値,
妊娠初期に比し減少した血小板数が認められる.
高血圧・蛋白尿は約50%の症例で先行している.
速やかに妊娠を終焉させないとAT-Ⅲ活性と血小板数はさらに減少しDIC となり救命が困難となる.早期タ
ーミネーションが行われ,輸血を必要とするようなDIC が回避された症例の肝細胞内脂肪滴沈着は軽微で
ある.
3.HELLP 症候群と急性妊娠脂肪肝の異同
HELLP 症候群と急性妊娠脂肪肝は極めて似通った臨床経過をたどる.表1に示したように,両者は妊娠高
血圧症候群患者や多胎妊婦に合併しやすく,主に妊娠中期以降発症し,初発症状は上腹部(痛)違和感で
あることが多い.両者ともターミネーションのみが回復傾向に導く唯一の治療法である.疾患単位として
認知された診断法(HELLP症候群は血液検査,急性妊娠脂肪肝は肝組織検査)と時代背景が大きく異なって
おり,このことが,両者の異同を論ずる時,問題となる.急性妊娠脂肪肝の診断には肝生検が必要である
が,DIC 危険が高い妊婦への肝生検は躊躇されることも多く,また診断が確定しても,治療法が急速遂娩
以外にないことから,肝生検実施の正当性に疑問が持たれている.また,HELLP 症候群やHELLP 症候群の
診断基準を満たさない肝機能異常妊婦にも肝細胞内に脂肪滴沈着が認められることより,肝生検は両者を
区別するgolden standard にはならない.後年,急性妊娠脂肪肝の血液検査データ特徴はHELLP 症候群時
と同様な異常値以外にAT-Ⅲ活性の極端な低値5),異常尿酸高値であることが明らかとなった.しかしなが
ら,妊娠高血圧腎症,HELLP 症候群でもAT-Ⅲ活性低値や尿酸高値はしばしば認められ,急性妊娠脂肪肝で
もしばしば血小板減少症が認められることから現在のところ,両者を区別するgolden standard は存在し
ない.臨床的にはAT-Ⅲ活性低値,AST,LDH高値,かつ尿酸高値を伴った症例を急性妊娠脂肪肝と診断する
のが妥当である.
表1.HELLP 症候群と急性妊娠脂肪肝の異同
4.HELLP 症候群,急性妊娠脂肪肝,ならびに妊娠高血圧腎症に共通する病態
HELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝の発症頻度は単胎妊婦においては1%以下である.また,妊娠高血圧腎症
の頻度も3%以下である.しかし,これら3者にはベースに共通の病態(図1)が存在するため,互いに合
併しやすい(HELLP 症候群では90%が,急性妊娠脂肪肝では50%が妊娠高血圧症候群を合併している).
血管透過性亢進のため,血漿成分は血管外に漏出しやすくなり漏出した血漿成分は浮腫(肺水腫)とな
る.血液は濃縮されヘモグロビン(Hb)値やヘマトクリット(Ht)値は上昇する.循環血漿量減少のため
(妊娠高血圧腎症は血漿量増大の失敗ともいわれる)乏尿となり,BUN・クレアチニン・尿酸値が上昇する.
循環血漿量減少による末梢組織循環不全は肝機能異常をもたらす.血液中の低分子蛋白であるアルブミン
(グロブリンは分子量が大きい)も血管透過性亢進により血管外に漏出し蛋白尿(あるいは腹水中のアル
ブミン)となり,低アルブミン血症となる.血管内皮はプロスタサイクリン(血管拡張作用と血小板凝集
抑制作用を有する)を産生している.血管内皮細胞機能不全によりプロスタサイクリン産生は減少してお
り,結果として血圧は上昇に傾き,血小板は凝集しやすくなる(消費されやすくなる).血管内皮の正常
性保持に血小板は必須であり,血管内皮に異常がある場合,その修復のために血小板は活性化され(プロ
スタサイクリン減少も関与している可能性あり)動員される.そのため血小板は過消費されるとともに,
その過程でトロンボキサンA2(血管収縮作用ならびに血小板数凝集促進作用を有する)が血小板より放出
される.結果として,血管はれん縮傾向に傾き,血圧はさらに上昇し,血小板活性化(消費)は促進され
る.障害された血管内皮近傍ではトロンビン生成が起こっており,その中和のためにAT-Ⅲの過消費が起こ
る.肝臓でのAT-Ⅲ産生量が消費量を代償できない場合,AT-Ⅲ活性は減少し始める.溶血は障害された血
管内皮で起こっていると考えられる.すなわち,HELLP症候群,急性妊娠脂肪肝,ならびに妊娠高血圧腎症
において直接的に患者状態を悪化させているのは血管透過性亢進による循環血漿量減少と内皮細胞機能不
全による血小板とAT-Ⅲの過消費と考えられる.
図1.HELLP 症候群,急性妊娠脂肪肝,ならびに妊娠高血圧腎症に共通する病態
(血管内皮細胞機能不全による血管透過性亢進ならびに血小板の活性化,トロンビンの生成亢進)
5.HELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝の早期発見法
児がまだ健在でDIC に至っていない時点で発見され,タイムリーにターミネーションされた常位胎盤早
期 離ではその後の管理に難渋することは少ないように,HELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝においても早期
に発見し,早期にターミネーションされた場合にはDIC になることも少なく回復速度も速い.HELLP 症候
群では発見時,血小板減少症があり,急性妊娠脂肪肝では発見時,低AT-Ⅲ活性がある.これら血小板減少
症や低AT-Ⅲ活性は突然に出現するのではない.図2に示すようにHELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝の存在に
気づかれる数週間∼数日前から減少が開始されており(妊娠性血小板減少症と妊娠性アンチトロンビン欠
乏症),これらがあるレベル以下となるとAST,LDH 上昇が急激に起こる.したがって,早期発見のために
は血管透過性亢進による軽微な症状(浮腫や蛋白尿)を示した妊婦においても血小板数,AT-Ⅲ活性測定を
心懸け,常にそれら数値の推移に注意すればHELLP 症候群・急性妊娠脂肪肝のハイリスク群を絞り込むこ
とができる.血小板数が正常であった妊婦が血小板数<12万/μ
L,あるいはAT-Ⅲ活性が正常であった
妊婦がAT-Ⅲ活性<65%を示すようになった場合,AST,LDH上昇開始が近いと判断する.AST,LDH 上昇の
直接的契機は極度の循環血漿量減少による場合が多いので,偶発的合併症(感冒,下痢等)により脱水が
助長されるような場合には特に血小板数,AT-Ⅲ活性,AST,LDH 値に注意する.多胎妊娠では胎児数が増
加するにつれ妊娠性血小板減少症, 妊娠性アンチトロンビン欠乏症を示す頻度が高くなるため,胎児数が
増加するにつれHELLP 症候群_急性妊娠脂肪肝を合併しやすくなる(表2).多胎妊婦を管理する場合,定
期的に血小板数,AT-Ⅲ活性を測定し,その動向に注意する.
図2.HELLP 症候群,急性妊娠脂肪肝における血小板減少,
アンチトロンビン活性値推移とAST, LDH値推移の関係.
表2.単胎・多胎別頻度
6.治療
HELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝時,血小板数>10万/μ
LかつAT-Ⅲ活性>60%の時点でターミネーシ
ョンを行えばASTやLDH 高値を合併してもDIC 等を合併することは極端に少なく,分娩後の管理に難渋する
ことも稀である.AT-Ⅲ活性<60%時にはアンチトロンビン製剤で1,500単位補充し,経過中>60%を保つ
よう適宜補充する.重症度は分娩時点の血小板数とAT-Ⅲ活性の絶対値により規定され,低値であるほど分
娩後に止血・凝固障害や乏尿を合併しやすい.分娩後,極端な乏尿を示す場合があるが腎機能悪化という
よりもむしろ循環血漿量減少による腎血流量減少のための乏尿である.亢進した血管透過性は産褥1∼3日
には正常化するが分娩当日は血小板数と同様(当日もしくは産褥1日に最低血小板数を示す)に最大血管透
過性亢進時期にあたる.もともと循環血漿量減少があるところに術中・術後の輸液のかなりの部分が血管
外漏出するため循環血漿量が正常化するためには約24時間程度かかる.尿量を維持(分娩後12時間総尿量
300mL 以上を目標とする)するために積極的輸液を行うが,この間には極めて肺水腫出現の危険が高まる.
分娩後12∼24時間は酸素投与を持続し,血液酸素飽和度をモニターする.無尿を持続させることは腎血流
低下を持続させることになり,腎実質の不可逆性変化(慢性腎不全)を来すおそれがある.また,分娩後
12時間以内の無尿に対する利尿剤の投与は循環血液量をさらに減少させ危険である.無尿に対しては輸液
量増量でもって対処し,利尿剤は使用しない.酸素投与下でも血液酸素飽和度が低下するようであれば気
管内挿管を行う.
7.他疾患(特に血小板減少性紫斑病)との鑑別
一般的にHELLP 症候群では分娩後,AST,LDH,血小板数,AT-Ⅲ活性は急速に回復に向かうが(産褥2日
目には改善傾向が認められる),分娩時の血小板数やAT-Ⅲ活性が極端に低値(5万/μ
L以下やAT-Ⅲ活
性が30%未満の場合)の場合, それらの低値が数日間,遷延する場合がある.このような場合,血小板減
少性紫斑病(TTP,thrombotic thrombocytopenic purpura)との鑑別が必要となる.TTP であった場合,
救命のために血漿交換が必要である.
産婦人科診療ガイドライン2014産科編
CQ313 HELLP症候群・臨床的急性妊娠脂肪肝の早期発見法は?
Answer
1 .上腹部症状(食欲不振,悪心. 嘔吐,痛み,上腹部違和感,極度の倦怠感)出現時にはHELLP 症
候群・臨床的急性妊娠脂肪肝を疑う(C)
2 以下の場合,血小板数,アンチトロンビン(以後,AT) 活性,ならびにAST/LDHを測定する.
1) 妊娠高血圧腎症妊婦(B)
2) 妊娠33週以降双胎妊婦(C)
3) 妊娠30週以降に上腹部症状(食欲不振,痛み,違和感)を訴えた妊婦(C)
4) 蛋白尿(≧2+)示した妊婦(C)
5) 異常体重増加,あるいは減少を示した妊婦(C)
3. 妊娠性血小板減少症(<13 万/μL,解説参照)や妊娠性AT欠乏症(活性く65%,解説参照)では
HELLP症候群や急性妊娠脂肪肝発症に注意する. (C)
4. 上記3. のいずれかが確認された妊婦においては以下の項目を含む血液検査を適宜実施する.
(C)
血小板数, AT活性, AST/ALT/LDH,尿酸
5. AST高値(>45IU/L),LDH 高値(>400IU /L)の両者を満たし,さらに以下の基準を満たす場合,
HELLP症候群あるいは臨床的急性妊娠脂肪肝を疑う(C)
1) 血小板数<12万/μL: HELLP症候群
2) AT 活性<60%,かつ血小板数≧12 万 μL:
臨床的急性妊娠脂肪肝
参考
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura;TTP)
(難病情報センターホームページより引用)
細小動脈に血小板の凝集塊(血小板血栓)が詰まり、以下のような5つの症状がみられる全身性重篤疾患である。
1. 血小板減少症 (皮膚に紫斑ができる)
2. 溶血性貧血 (赤血球の崩壊による)
3. 腎機能障害
4. 発熱
5. 動揺性精神神経症状 (症状に幅があり、しかも大きく変動する)
この5つの症状は一般に TTP の古典的5徴候とも言われます。また、TTP のことを発見者の名を冠して Moschcowitz 病
と記載している成書も有ります。一方、血小板減少症、溶血性貧血、そして腎機能障害を3徴候とする疾患で溶血性尿
毒症症候群(hemolytic uremic syndrome; HUS)というのがあります。TTP と HUS はこのように類似した症状のため、従
来 TTP/HUS あるいは共に血栓性微小血管障害症 (thrombotic microangiopathy, TMA)という共通の病態診断名で記載さ
れたりしています。実際臨床においては神経症状が主体であるものは TTP、また腎機能障害が顕著であるものは HUS と
診断されてきた経緯がありますが、下記の検査診断法の進歩により両者は異なる病態である事がはっきりと示される状
況となってきています。さらに TTP も HUS も各々5ないし3徴候が全て揃っている例はむしろ少なく、少なくとも血小
板減少症と溶血性貧血の2つの症状があれば、これらの病態を念頭に入れて検査・診断を行う事が必要です。
頻度
人口 100 万人当たり 4 人(0.0004%)と推計されてきましたが、診断技術の進歩により、最近はこれより遥かに多いと
考えられています。
疫学
先天性素因のものと後天性要因のものとがあります。前者は極めて稀ですが、生後間もなく重症黄疸と血小板減少で発
症する Upshaw-Schulman 症候群という病名が知られています。後者は2:3の比率で女性に多いとされていますが、罹
患年令は子供から老人までと幅広く、原因不明に起こるものを特発性、また何らかの基礎疾患があって起こるものを二
次性あるいは続発性と言います。
原因
肺を除く末梢の細小動脈(特に脳、腎臓、そして冠状動脈)が血小板血栓で閉塞する事によって起こります。この原因
として現在二通りの説があります。一つは、細小動脈の内壁が何らかの原因で障害され、血管内皮細胞の持つ抗血小板
機能が失われ、同所で血小板の凝集、消費が進む場合です。もう一つは、互いの血小板をくっつける「分子糊」として
知られている血漿フォンビルブランド因子(von Willebrandfactor; VWF)というのがありますが、これを切断する肝臓由
来酵素の活性(VWF-cleaving protease; VWF-CP)、別名 ADAMTS13(a disintegrin-like and metalloproteinase with
thrombospondin type 1 motifs 13)、が無いために、非常に分子量の大きな VWF マルチマー(unusually-large VWF
multimer; UL-VWFM)が血中に蓄積し、血管内で血小板血栓がどんどんできる状態となるものです。因に、細小動脈の血
管内径は小さく、また血流も非常に速いのですが、このような条件下では物体を歪まそうとする物理的な力、"ずり応力
"、が強く生じ、前二者の血小板血栓形成に拍車がかかる状態となります。またこの"ずり応力"を高めるもう一つの要因
として、血液の粘度上昇があります。即ち、高体温や運動負荷後などで脱水症状が見られる時などです。
(1) 細小血管の内皮細胞障害の原因
1)自己免疫疾患による血管炎、2)病原大腸菌 O157:H7 株が産生する毒素ベロトキシンが血管内皮細胞上の受容体
(Gb3)に結合、3)抗癌剤などの薬剤、4)放射線照射など。→HUS 型
(2)血漿 ADAMTS13 活性著減の原因
1)ADAMTS13 活性の先天性欠損、2)後天性に ADAMTS13 に対する自己抗体(IgG 型中和抗体、IgM 型非中和抗体)の
産生;原因不明、薬物、妊娠、HIV 感染、悪性腫瘍など、3)重篤肝機能障 害など。→TTP 型
遺伝
上記の Upshaw-Schulman 症候群は第9染色体上にある ADAMTS13 遺伝子の異常に基づく先天性 TTP で、遺伝形式は見かけ
上常染色体劣性を示します。即ち、患者の両親は保因者ではあるが無症状です。一方、患者さんでこの遺伝子のホモ接
合体を示す例は稀で、多くは両親から異なった ADAMTS13 遺伝子異常を引き継ぐ、いわゆる複合型ヘテロ接合体です。一
方、後天性 TTP の遺伝性は認められていません。
症状
先天性 TTP である Upshaw-Schulman 症候群は生後間も無く上記症状で発症する最重症型ですが、学童期に発症するも の
や、稀に成人期以降に発症するタイプもあります。この発症年令の差が何故なのかは未だ不明ですが、最近になって小
児期に特発性血小板減少性紫斑病(ITP)と誤って診断されている症例で、妊娠を契機に TTP を発症し、本症である事が発
見された例が多く報告されています。
後天性 TTP では、体のだるさ、吐き気、筋肉痛などが先行し、発熱、貧血、出血、精神神経症状、腎障害が起こります。
発熱は 38℃前後で、ときに 40℃を超える高熱を認めることもあります。中等度ないし高度の貧血を認め、軽度の黄疸(皮
膚等が黄色くなる)をともなうこともあります。血小板が減少するために起こる点状や斑状の出血がほぼすべての場合
に認められます。精神神経症状として、頭痛、意識障害、錯乱、麻痺、失語、知覚障害、視力障害、痙攣などが認めら
れます。血尿、蛋白尿を認め、腎不全になる場合もあります。
治療
先天性 TTP である Upshaw-Schulman 症候群に対しては、2 週間毎に新鮮凍結血漿 10ml/kg 体重を輸注し、ADAMTS13 酵素
を補充する事により発症を予防します。
後天性 TTP に対しては、基本となるのは下記の血漿交換療法です。血小板減少に対して、初回に血小板輸血を行うと症
状が急速に増悪しますので、これは「禁忌」です。血小板輸血が必要な場合には、必ず血漿交換の後に行います。また、
この病気の治療においては全身管理が特に大切で、原因疾患がある場合には、その治療が必要です。また、急激な腎機
能障害の進行のために人工透析が必要とされることもあります。
(1)血漿交換療法・血漿輸注
血漿交換療法が第一選択です。症状が軽い場合には新鮮凍結血漿の輸注で経過をみる場合もあります。これらの治療
に加えて、以下の抗血小板薬やステロイドが同時に使用される場合が多いです。
(2)抗血小板療法
血栓が出来るのを防ぐために、抗血小板薬が使われます。
(3)ステロイド療法
通常量の使用と、短期間に大量投与するパルス療法があります。血漿交換療法にパルス療法を併用する場合が多いで
す。
(4)その他
難治性 TTP の場合には、ビンクリスチンやガンマ・グロブリン製剤の使用、また時には脾臓摘出が有効な場合もあり
ます。最近、難治例にリツキサンという抗 CD20 キメラモノクロナール製剤の投与が有効であったという報告が多く
見られるようになってきました(平成19年9月現在、保険未適用)。
予後
後天性 TTP に対しては、血漿交換療法が導入されてから治療成績は素晴しく向上しましたが、稀にこれらの効果が十分
に認められない症例や、また何度も TTP 症状を繰り返す症例(難治・再発性 TTP)に遭遇する事があります。
ADAMTS13 活性の測定
TMA は基本的に血小板輸血を避けるべき病態ですが、とりわけ ADAMTS13 活性著減の定型的 TTP
では、血漿交換療法前に血小板輸血を行う事は「火に油をそそぐ(fuel on the fire)」と云う事
になりますので、血小板輸血は絶対禁忌です。ADAMTS13 活性測定はこのように重要な検査で、
最近簡便測定法も開発され、そのキットも市販されています。また、複数の会社で受託検査とし
て行っていますが、検査費用は未だ保険適用になっておりません。測定を希望される方、もしく
は興味ある方は奈良県立医科大学輸血部のホームページ
(http://www.naramed-u.ac.jp/ trans/)