常位胎盤早期 離

常位胎盤早期 離
(1)定義
正常位置に付着していた胎盤が,妊娠中または分娩中の胎児娩出前に,子宮壁より 離する現象,または
離した状態をいう.
(2)頻度
全分娩の0.5∼1.3%に認められ,重症例は全分娩の0.1%である.分娩件数に対する発生率は妊娠24
週で最も高く、その後は週数の進行に伴って減少する。発生件数は31 32週以降漸増し、38
26
39週にピー
クとなる(図).
(3)病因
病因として妊娠高血圧症候群や慢性高血圧症等の高血圧疾患が約半数に関与している.その他にPROM・絨
毛膜羊膜炎,外回転術や打撲等の外力による損傷,過短臍帯の牽引,破水による子宮内圧の急激な低下等
がある.さらに,胎盤早期 離のリスク因子として,早期 離既往,高年齢妊婦,多産婦,喫煙妊婦,多
胎妊娠,羊水過多,血栓症合併,子宮筋腫合併等が挙げられる(表1).腹部鈍的外傷いよる早剥は、外傷
の直後に発症するものもあるが、数時間かけて顕在化する場合もある。重度の鈍的外傷では40%、軽い外
傷でも3%に早剥が起こると報告されている。胎盤早期 離は基底脱落膜の出血に始まり,形成された胎盤
後血腫がこれに接する胎盤をさらに圧迫・ 離し,最終的には胎盤機能を障害する.また,脱落膜血腫部
での凝固因子の消費と,活性化組織トロンボプラスチン様物質の母体血管内流入により,DIC を発症する.
(4)重症度分類
離部位により外出血をみる場合と, 離した胎盤と子宮壁間に血液が溜り外出血をみない場合(潜伏出
血 concealed hemorrhage) (図2)がある.また,子宮筋層や広靱帯内に広く血液が浸潤すると,
uteroplacental apoplexy またはCouvelaire uterus(図3) と呼ばれる状態を呈する.常位胎盤早期
離の重症度は胎盤 離面積と臨床症状から診断され,Page分類が一般に使用されている(表2).重症例は
妊娠高血圧症候群の関与する症例に多い.
図2.外出血型と内出血型
図3.子宮胎盤溢血(Couvelaire uterus)
表.Page 分類
(5)症状
症状は 離の程度と場所,進行の急性度により異なる.内出血を主とすることから,約70%に下腹部痛,
背部痛,子宮に限局性圧痛が、約80%に性器出血がみられるとされるが、これらの症状を伴わない早剥や
腹痛・出血より胎動減少・消失が先行する例も存在する。性器出血は比較的少量出あることが多く、その
量と重症度はあまり相関しない.時に血性羊水がみられる.初期症状は切迫早産徴候と類似するが,頻回
の子宮収縮や持続的子宮収縮が特徴である.早産の最大10%程度に早剥が関与するとの報告もあり、コン
トロール不良な子宮収縮を呈する切迫早産では,本症を念頭に置き経過を観察することが大切である.早
剥が関連した早産においては新生児脳室内出血の頻度が非早剥群より高くなり、嚢胞性脳室周囲白質軟化
症(cystic PVL)の頻度は10倍程度となることが報告されており、早産児の予後改善のためにも早剥の除
外診断は重要である。 離が進行すると胎児死亡をきたし,異常な疼痛を伴う子宮収縮により子宮底は上
昇し,腹部は板状硬を呈する.早ければ症状発現の数時間後にはDICを発症する.
(6)診断
出血や腹痛,子宮収縮の増強を訴える妊婦を診察する場合には,早剥を念頭に置いて診断や検査を行なう.
切迫早産症状に軽度でも異常心拍パターンが合併するような場合には早剥を強く疑う.切迫早産管理中に
子宮収縮が増強した際にも早剥を念頭に置いて診察する.
①胎児心拍数モニター
胎児心拍陣痛図(CTG)・NST で胎児低酸素症の所見が早期から認められることが約60%と多い.胎盤 離
面積の拡大進行に伴い,基線細変動の減少・消失,遅発一過性徐脈,遷延性徐脈(図4)が認められ,胎
児心拍動消失に到る.胎児失血により胎児貧血が重症化した場合はsinusoidal pat tern を呈することが
ある.子宮収縮曲線ではさざ波様の子宮収縮,持続的子宮収縮,過強陣痛等が認められることがあり,定
型的陣痛曲線は少ない.なお,腹部鈍的外傷後は最低2時間,可能なら4
6時間は胎児心拍数モニタリング
を行ない,胎児心拍に異常がないこと,10分間に1回以上の収縮が無いことを確認することが望ましい.
図4.胎児心拍陣痛図(CTG)
遅発一過性徐脈、基線最変動減少、頻回子宮収縮
遷延性徐脈
②超音波検査
まず児心拍動状態の確認を行う.胎盤の超音波所見は一定ではなく,多彩な像を呈することを念頭に置い
て検査を進める.胎盤後血腫形成では胎盤後面の低エコー域,胎盤辺縁の不整や膨隆,子宮壁からの 離
像,胎盤内血腫形成では胎盤肥厚(55mm 以上)や隆起像,胎盤内の不均一な低∼高エコー域等正常とは異
なる胎盤像が観察される(図5).しかし軽症では血腫形成は不明瞭であることが多いため,所見が陰性
でも注意深く臨床経過を観察し,本症を念頭に置き時間を追って検査を反復することが重要である.また,
早期の所見として,非胎盤側の子宮動脈resistance index(RI)が異常高値を示すことがある.超音波検
査による早剥の診断感度は24%、特異度は96%,陽性的中率88%,陰性的中率53%と報告され,超音波検
査のみでは早剥を除外できず,半分強は見逃されることを理解した上で検査を行なうべきである.
図5.不均一な胎盤肥厚(7.5cm),娩出された胎盤と血種
③母体血液検査
貧血の程度と凝固線溶系亢進状態を検査し,DIC 発症の過程を早期より把握することが重要である.DIC 所
見として,血小板数の減少,出血・凝固時間の延長,PT・APTTの延長,フィブリノーゲンの低下,AT-Ⅲの
低下,FDP の上昇,D ダイマーの上昇等が認められる.DIC の診断は,血液検査に臨床症状,臓器症状等
を加えた総合的な産科DICスコアが用いられ,8点以上をDICと診断する(表3).
表3。産科DICスコア
(7)治療・管理
治療・管理指針は妊娠週数,母児の状態,早剥の重症度により変わりうる.胎児死亡にいたるような重
症例では,妊娠週数にかかわらず妊娠を終了(急速遂娩)させることとなる.また.胎児生存例でも児の予後
が期待できる週数では妊娠を終了(急速遂娩)させることが原則である. しかし,児の予後が危惧される妊
娠週数での軽症早剥症例で母児とも安定している場合に限つては保存的に経過観察する場合もある.保存
的に経過観察する場合は必要に応じて子宮収縮抑制を行うとともに厳重な母児管理を行い,母または児の
状況の悪化があれば急速遂娩を行う.
なお,古くは早剥への子宮収縮抑制剤の投与は禁忌とされてきたが,近年では, 軽症早剥症例で母児と
も安定している場合に,厳重な監視下に子宮収縮抑制剤を投与しても母児の予後は悪化しないと考えられ
ており,妊娠期間を延長できる可能性がある.この間に,妊娠34週末満であればステロイド投与による胎
児肺成熟促進を実施することも可能となる.
①急速遂娩
母体の全身状態を維持し速やかに分娩を終了させることが原則である.胎児の救命が可能な場合で短時
間に経腟分娩が可能なら吸引・鉗子遂娩術を含む経腟分娩管理を行い,時間を要すると考えられる場合な
いし帝王切開の適応があれば帝王切開術を行う.特に胎児心拍数異常(NRFS) を伴う早剥においては,診
断から児娩出までの時間を短縮することは児の予後改善と相関する.
子宮内胎児死亡で出血がコントロールされている場合は,抗ショック療法,抗DIC 療法により母体の全
身状態を改善維持しながら頚管拡張や陣痛促進による分娩誘導,必要であれば帝王切開を行い妊娠終了を
図る.死亡胎児ならびに剥離した胎盤の子宮内残留が母体DIC改善を妨げるとの工ビデンスはなく,胎児死
亡時は早剥発症から分娩までの時間より,適切な補液や輸血を行っていたかどうかが母体予後にとって重
要とされる.
②全身状態の改善・維持
輸液,輸血,抗ショック療法を行う.酸素運搬能の回復のため赤血球液(RBC) 輸血,凝固因子の補充
のため新鮮凍結血漿(FFP) 輸血,血小板数が減少し出血傾向がある場合は血小板輸血を行う.出血性シ
ョックを呈している場合は,通常のバイタルサインに加えて中心静脈圧をモニターしながら輸液管理を行
う.急性循環不全では副腎皮質ステロイド(ソルコーテフ )500 1.000mg 静注,塩酸ドパミン(イノバ
ン )1∼5μg / kg /分持続点滴静注,ウリナスタチン(ミラクリッド )10∼30万1回静注,等を投与し,
腎障害の発生にも注意する.
③DIC の予防・治療
発症後6時間以内の治療開始が望ましい.FFP による凝固因子補充に加え,アンチトロンビン(AT) 製
剤3.000単位1回静注,トロンボモデュリン製剤(リコモデュリン)1日1回380単位/ kgの点滴静注,メシル酸
ガベキサー卜(FOY)20 39mg / kg / 日,またはメシル酸ナファモスタット(フサン )0.06∼0.2mg/Kg
/時などの点滴静注を行う.重度の低フィブリノゲン血症に対しては,保険適用はないがFFP 6 7単位に
相当するフィブリノゲンを補充できる.フィブリノゲン製剤3gの点滴静注も有効な場合がある.ヘパリン投
与は産科DIC では原則禁忌とされているが,必要であればヘパリン5 10単位/ kg /時またはダナパロイド
ナトリウム(オルガラン )1日2500単位静注を行う.
d. 弛緩出
④弛緩出血への対応
子宮溢血領域が1/3を超える場合は,子宮収縮が極めて不良な例が多く,弛緩出血を呈する.その際の
処置は,DIC 状態となってからの手術侵襲はリスクが高いことから,子宮収縮薬投与,双手圧迫,子宮内
ガーゼ充填,内腸骨動脈結紮術,子宮動脈塞栓術等の選択肢を優先し,子宮摘出術は避けることが望まし
い.
(8)予後と施設間連携
重症例の母体死亡率は約1∼2%で,周産期死亡率は30∼50%と高い.したがって,NICU設備のない施設
で本症と診断した場合は,速やかに高次施設へ母体搬送し,早期の分娩終了と母児の集中治療管理を行う
ことが必要である.しかし,急激に進行する症例で母体搬送に時間を要する場合は,帝王切開術で児を救
命した後に,新生児搬送を行う選択肢も考慮すべきである.
産婦人科診療ガイドライン2014
CQ308
常値胎盤早期剥離の診断・管理は?
Answer
1. 妊娠高血圧症候群,早剥既往,子宮内感染(繊毛膜羊膜炎),外傷(交通事故など)は
早剥危険因子なので注意する. (B)
2. 初期症状(出血/腹痛/胎動減少)に関する情報を30週頃までに妊婦へ提供する.(C)
3. 妊娠後半期に切迫早産様症状(性器出血,子宮収縮,下腹部痛)と同時に異常胎児心拍パター
ンを認めた時は早剥を疑い以下の検査を行う
・超音波検査(C)
・血液検査(血小板,アンチ卜口ンビン活性[以前のアンチ卜口ンビンIII活性], FDPあるいは
D-dimer ,プ口卜口ンビン時間,フィブリノゲン, AST/LDH ,など) (B)
4. 腹部外傷では軽症であっても早剥を起こすことがあるので注意する.特に,子宮収縮を伴う場
合,早剥発症率は上昇するので,胎児心拍数陣痛図による継続的な監視を行う. (C)
5. 早剥と診断した場合,母児の状況を考慮し,原則,早期に児を娩出する. (A)
6. 早剥を疑う血腫が観察されても胎児心拍数異常,子宮収縮,血腫増大傾向,凝固系異常出現・
増悪のいずれもない場合,妊娠継続も考慮する. (C)
7.母体にDICを認める場合は可及的速やかにDIC治療を開始する. (A)
8. 早剥による胎児死亡と診断した場合,DIC 評価・治療を行いながら,施設のDIC対応能力や患
者の状態等を考慮し,以下のいずれかの方法を採用する. (B)
・オキシトシン等を用いた積極的経睦分娩促進
・緊急帝王切開