コンクリート構造物における硫酸塩の遅延生成

特 集 論 文
特集:材料技術
コンクリート構造物における硫酸塩の遅延生成
鶴田 孝司* 鈴木 浩明* 上原 元樹*
上田 洋** 笠 裕一郎***
Delayed Sulfate Formation On Concrete Structure
Koji TSURUTA Hiroaki SUZUKI Motoki UEHARA
Hiroshi UEDA Yuichiro RYU Considering the degradation causes of cast-in-place concrete structure in which cracks are generated, possibility of Delayed Sulfate Formation (including Delayed Ettringite Formation: DEF) and Alkali-Silica Reaction
(ASR) were examined. Delayed Sulfate Formation is possible to be formed in this structure because crabmeatlike products are found in cement paste and their constitution is similar to ettringite. Implementing transient
thermal conduction simulation analysis for concrete structures, this concrete structure will reach the temperature necessary to generation of DEF by its own heat generation under some curing conditions. ASR can be also
formed by this structure, but ASR is not the main cause of the cracks.
キーワード:場所打ちコンクリート,DEF,硫酸塩,遅延生成,エトリンガイト,ASR
1.はじめに
報告されていない。
本研究では,場所打ちコンクリート構造物における劣
近年になって,コンクリート構造物における硫酸塩の
化事例について各種調査を実施し,硫酸塩による劣化の
遅延生成に関する研究が進められている。硫酸塩の遅延
可能性について検討を行うとともに,他の劣化原因とし
生成として一般的に知られているものとして,エトリン
て懸念されたアルカリシリカ反応(以下 ASR)につい
ガイトの遅延生成(Delayed Ettringite Formation:以下
ても検討を行った。また,硫酸塩を添加したコンクリー
DEF)がある。DEF による劣化では,硬化後数年を経
ト供試体を作製し,上記調査結果との比較を行った。
たコンクリートの内部に大量のエトリンガイトが生じる
ことが特徴である1)。
2.コンクリート構造物の調査6)
この DEF に関連したコンクリート劣化の最初の事例
は,1970 年代後半にドイツで報告されており,高温養
2. 1 構造物の諸元
生したプレストレスのまくらぎにおいて製造後数年で発
本研究にて調査した構造物は,屋外暴露環境下に置か
生しているのが確認された2)。また,まくらぎ以外の事
れているコンクリート構造物であり,対象となる部位の
例として,高温養生されたプレキャストの橋りょうや舗
寸法は縦 4000mm ×横 1200mm ×高さ 9500mm 程度の
装,
パネルなどが報告されている3)。場所打ちコンクリー
鉄筋コンクリートである。コンクリートの配合は単位セ
トに発生した事例としては,イギリスにおいて単位セメ
メント量 421kg/m3,水セメント比 39% であり早強セメ
ント量が 450kg/m3 以上と多いマスコンクリートの例4)
ントが使用されている。コンクリートは 3 回に分けて打
がある。このコンクリートでは,内部温度がセメントの
込まれており,
下端から高さ 2500mm までを第 1 リフト,
水和発熱によって養生中に 85℃以上へ上昇したことが
高さ 2500mm ~ 5500mm を第 2 リフト,高さ 5500mm
原因であると考えられている。
~ 9500mm を第 3 リフトと記す。コンクリート打込み
一方,日本国内においては,蒸気養生を行ったコンク
時の外気温は記録されていないが,近傍の気象庁のデー
リート製品における事例として,縁石ブロックや道路の
タから第 1 リフトで 3℃程度,第 2 および第 3 リフトで
側溝などで DEF による劣化が 2000 年以降に報告されて
10℃程度と推定される。また,コンクリートの打込みお
1)5)
いる
。これに対して,日本国内における場所打ちコ
ンクリートでは,現在のところ DEF による劣化事例は
* 材料技術研究部 コンクリート材料研究室
** 研究開発推進部 JR 課
*** 構造物技術研究部 コンクリート構造研究室
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016
よび養生時に保温の措置が取られていたかについてはわ
かっていない。なお,当該構造物は外部から硫酸イオン
が供給される環境下には置かれていなかった。また,当
該構造物は定期的に点検が実施されており,構造物およ
び第三者に対する安全性は確保されている。
11
特集:材料技術
図1 構造物の劣化状況(側面)
図2 構造物の劣化状況(正面)
白色生成物
ひび割れ
図3 構造物から採取したコアの外観
図4 構造物から採取したコアの割裂面
2. 2 構造物の劣化状況
を用いたセメント分の組成分析および促進膨張試験であ
本調査は,当該構造物が建設されてから 10 年程度経
る。また場所打ちコンクリートの内部温度がセメントの
過した時点で実施した。当該構造物の劣化状況を図 1,
水和発熱によって養生中に上昇した可能性が考えられる
2 に示す。図 1 に示すように,構造物の第 1 リフトにお
ため,コンクリート打込み時の温度解析により内部温度
いて,側面(9500mm × 1200mm の面)に網目状のひ
の推定を行った。
び割れが確認され,図 2 に示すように,正面(4000mm
電子顕微鏡観察には走査型電子顕微鏡を用い,骨材
× 9500mm の面)には亀甲状のひび割れが確認された。
周辺やセメントペースト相の生成物の状況を確認した。
これらのひび割れには水分が出入りしているように見受
EDS による組成分析は,標準試料を用いない半定量に
けられた。なお第 2 リフトおよび第 3 リフトには顕著な
よる手法を用いた。粉末 X 線回折による生成物の同定
ひび割れは確認されなかった。
には,採取した試料をすりつぶした粉末試料を用いた。
当該構造物のひび割れは,コンクリート内部からの膨
使用骨材の評価については,骨材の試験成績書による化
張により生じたと推測されることから,現地の状況や環
学法の結果の調査および偏光顕微鏡観察を行った。偏光
境条件なども踏まえて硫酸塩の遅延生成と ASR について
顕微鏡観察はコンクリートコアから薄片を作製し,ASR
検討することとし,コンクリートコアを採取して各種分
を引き起こす可能性のある反応性鉱物の有無について確
析を実施した。
認した。蛍光 X 線装置を用いたセメント分の組成分析は,
立松ら7)による蛍光 X 線法にてセメント分の各元素の
3.コンクリートの各種分析・解析
含有量を酸化物量として推定した。促進膨張試験は,温
度 20 ℃相対湿度 95% 以上の環境下で 28 日養生後,温
3. 1 分析・解析内容
度 40℃相対湿度 95% 以上の環境下で 161 日間養生する
当該構造物からコンクリートコアを採取し,その外観
ものと,温度 20 ℃の水中にて 617 日間養生する 2 種類
観察を行った後に各種分析を実施した。分析内容は電
の試験を各 4 本のコアを用いて実施した。温度解析につ
子顕微鏡による生成物の観察およびエネルギー分散型
いては,三次元有限要素法による解析ソフト(ASTEA-
X 線分析(以下 EDS)による組成分析と粉末 X 線回折
MACS Ver.8)により,2.1 節に記載した諸条件を用いて
による生成物の同定,使用骨材の評価,蛍光 X 線装置
構造物のモデルを作成し,調査によりひび割れが確認さ
12
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016
特集:材料技術
れた当該構造物の第 1 リフトにおけるコンクリート打込
アをコンクリートカッターにて切断した切断面である。
み後の内部温度の履歴を推定した。詳細な試験条件につ
電子顕微鏡による観察結果を図 5,6 に示す。割裂面
いては,前報を参照されたい6)。
の白色生成物を観察した結果,図 6 に示すような針状結
また,硫酸塩を添加したコンクリート供試体を作製し,
晶であった。また EDS による組成分析結果では硫黄
(S)
,
上記の電子顕微鏡観察および EDS による分析を行った。
アルミニウム(Al)
,カルシウム(Ca)が確認され,そ
の組成比はエトリンガイトと類似していた。この白色生
成物を含むコンクリートをかき取り,粉末 X 線回折に
3. 2 分析結果
3. 2. 1 コンクリートコアの採取および外観観察
て化合物を同定した結果,図 7 に示すようにエトリンガ
コンクリートコアの採取は,当該構造物のひび割れを
イトが確認された。なお図 7 の石英と長石類,水酸化カ
含む箇所およびひび割れの生じていない箇所から採取し
ルシウムはコンクリートに含まれていた鉱物および成分
た。ひび割れから採取したコアの外観を図 3,4 に示す。
と考えられる。このことから,この白色生成物は主にエ
図 3 に示すようにひび割れは表面から約 100mm の深さ
トリンガイトであると考えられる。また電子顕微鏡によ
まで生じており,図 4 に示すようにひび割れに沿ってコ
る観察の結果,割裂面には図 8 に示すようにゼリー状の
アを割裂した面(以下割裂面)に白色生成物が多量に確
ゲルが確認されたが,骨材とセメントペーストとの界面
認された。また,当該構造物の別の箇所においても同様
に点在している程度であった。このゲルの EDS による
のひび割れが生じており,ひび割れ箇所から採取された
組成分析結果では,
珪素(Si)を主体とし,
ナトリウム(Na)
コアの割裂面からは同様の白色生成物が確認された。
およびカリウム(K)を相当量含むことから,アルカリ
3. 2. 2 電子顕微鏡による観察
3.2.1 項で採取したひび割れを含む箇所のコンクリー
シリカゲルであると推定される。
トコアを用いて,生成物を確認するために電子顕微鏡観
結果,図 9,10 に示すようにセメントペースト中に針状
察による観察および生成物の EDS による組成分析を実
結晶があり,その周囲に蟹肉状の生成物が確認された。
施した。観察した箇所は割裂面および,コンクリートコ
蟹肉状の生成物を EDS により分析した結果,エトリン
電子顕微鏡にてコンクリートコアの切断面を観察した
写真内の化学組成
CaO 52.5% (6)
SO3 30.8% (2.5)
Al2O3 13.5% (1.7)
3.3%
SiO2
()内は原子比率
500μm
15.0kV 12.2mm x100
15.0kV 12.1mm x500
500μm
写真内の化学組成
CaO
23.5%
6.7%
K2O
8.4%
Na2O
60.2%
SiO2
Q:石英
F:長石類
P:水酸化カルシウム
Et:エトリンガイト
Ch:緑泥石類
強度
F
Ch
0
P
Et
Ch Et
F
10
Q
F
20
F
F
P
Q
Q Q
P Q
30
40
50
2θ(CuKα deg.)
Q
60
図7 白色生成物の粉末 X 線回折結果
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016
100μm
図6 図 5 中の赤線部の拡大写真
図5 割裂面の観察結果(その 1)
Q
100μm
Q
70
15.0kV 12.4mm x1.00k
50μm
50.0μm
図8 割裂面の観察結果(その 2)
13
特集:材料技術
白線部の化学組成
CaO 57.2% (6)
SO3 28.0% (2.1)
Al2O3 12.0% (1.4)
2.8%
SiO2
()内は原子比率
骨材
蟹肉状の生成物
骨材
20μm20.0μm
15.0kV 13.3mm x2.00k
200μm200μm
15.0kV 13.3mm x200
図9 切断面の観察結果
図 10 図 9 赤線部の拡大写真
ガイトに含まれる S, Al, Ca が確認された。各元素の化
3. 2. 3 使用骨材の評価
3. 2. 5 促進膨張試験
図 11 にコンクリートコア 4 本を用いた温度 40℃,相
対湿度 95% 以上での 161 日間養生における促進膨張試
験結果を,図 12 にコンクリートコア 4 本を用いた温度
20 ℃での水中での 617 日間養生による促進膨張試験結
骨材の試験成績書によると,表 1 に示すように当該構
果を示す。いずれの養生方法においても,試験期間中に
造物の使用骨材は細骨材が川砂・山砂・砕砂の混合で
おける試料の膨張は確認されなかった。
あり,粗骨材は砕石であった。またいずれの骨材も化学
3. 2. 6 コンクリート内部の温度解析
図 13 にコンクリート内部の最大温度の分布図を示す。
学組成比(原子比率)を比較すると,その組成比はエト
リンガイトに比べて S や Al に対して Ca がやや多く含
まれているものの,エトリンガイトと類似していた。
法による判定結果は無害であった。偏光顕微鏡にて観察
ASR を引き起こす可能性のある反応性鉱物は細骨材中の
微小石英であるが,その量はわずかであった。また粗骨
材は玄武岩が一部変質した岩石が主体であり,ASR を引
膨張量(%)
を行った結果,細骨材は石英を主体としたものであり,
き起こす可能性のある反応性鉱物は確認されなかった。
表1 使用骨材の化学法評価結果(配合表より)
細骨材
粗骨材
骨材種
川砂
山砂
砕砂
砕石
混合率
50%
20%
30%
-
Sc(mmol/l)
64
38
11
11
Rc(mmol/l)
95
104
65
65
判定結果
無害
無害
無害
無害
※ Sc…溶解シリカ量 Rc…アルカリ濃度減少量
表2 セメント分の組成分析結果
50
100
養生日数
150
200
図 11 温度 40℃,相対湿度 95% 以上における
促進膨張試験結果 膨張量(%)
多くは含まれていないことがわかった。
①
②
③
④
促進養生
0
3. 2. 4 蛍光 X 線を用いたセメント分の組成分析
表 2 に当該構造物から採取したコアの,セメント分の
組成分析結果を示す。アルカリ総量は 0.32% であり,三
酸化硫黄(SO3)の量は 2.49% であった。このことから,
当該構造物のセメントには,アルカリや硫酸塩が極端に
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0.00
-0.01
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0.00
-0.01
⑤
⑥
⑦
⑧
0
200
400
養生日数
600
図 12 温度 20℃,水中における促進膨張試験結果
第3リフト
Max.77.9℃
[℃]
第2リフト
90.00
80.00
Max.79.8℃
70.00
60.00
分析結果
JIS R 5210
Na2O
0.13%
-
K2O
0.29%
-
アルカリ総量(R2O)
0.32%
0.60% 以下
三酸化硫黄(SO3)
2.49%
3.5% 以下
14
第1リフト
50.00
Max.69.9℃
40.00
30.00
1400.00(mm)
図 13 温度解析により得られた最大温度の分布図
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016
特集:材料技術
温度解析の結果,構造部の中心に近いほど最高温度が高
観察・分析結果を図 14 ~図 17 に示す。硫酸塩添加
く,第 1 リフトにおけるコンクリート内部の最大温度は
量が 2% の供試体では,図 14,15 に示すようにセメン
69.9℃になった。
トペースト中に針状結晶を呈するエトリンガイトの他,
図 10 と同様の蟹肉状の生成物も確認された。また蟹肉
状の生成物の化学組成は,Ca,S,Al を主成分とし,エ
3. 3 コンクリート供試体による試験
図 9,10 で確認された蟹肉状の生成物が,硫酸塩の
トリンガイトに比べて S や Al に対して Ca がやや多く
遅延生成で生じるか否かを確認するために,硫酸塩を添
含まれているものの,エトリンガイトと類似していた。
加したコンクリート供試体を作製し,電子顕微鏡および
一方,硫酸塩添加量が 0.5% の供試体では,図 16,17
EDS にて生成物の観察および分析を行った。
に示すように蟹肉状の生成物のみが確認された。この生
作製したコンクリート供試体の配合は,単位水量
成物の化学組成も図 15 と同様の傾向を示した。なお,
170kg/m3,水セメント比は 50 %,セメントは早強セメ
硫酸塩添加量が 0% では,蟹肉状の生成物は確認されな
ント,細骨材は珪砂,粗骨材は ASR に対して無害な硬
かった。また,水中養生 4 ヶ月における各供試体の膨張
質砂岩とし,硫酸塩の添加には硫酸カリウムを用いた。
量は,硫酸塩添加量 2% の供試体が約 0.33%,硫酸塩添
硫酸塩の添加量は,SO3 量換算でセメント量の 0%,0.5%
加量 0.5% の供試体が約 0.04% であった。以上のことか
および 2% とした。打設した供試体は 4 時間の湿空養生
ら,コンクリート供試体では,硫酸塩の遅延生成による
の後,85 ℃の蒸気環境下にて 12 時間初期養生をした。
膨張が生じ,この供試体のセメントペースト中では蟹肉
その後脱型を行い,20℃の水槽に浸漬して供試体を養生
状の生成物が確認されることがわかった。また,硫酸塩
した。この供試体を,水中養生 4 ヶ月後に取り出して,
添加量が多い供試体では,針状結晶のエトリンガイトも
コンクリートカッターにて切断し,その切断面を電子顕
生成し膨張量が大きくなり,一方硫酸塩添加量が少ない
微鏡および EDS で観察・分析した。
場合には,エトリンガイトの生成が見られなくても,蟹
肉状の物質により徐々に膨張することがわかった。
エトリンガイト
蟹肉状の生成物
15.0kV 10.2mm x300
100μm100μm
図 14 コンクリート供試体の観察結果
(硫酸塩添加量 2%,水中養生 4 ヶ月)
白線部の化学組成
CaO 53.5% (6)
32.2% (2.5)
SO3
Al2O3 12.7% (1.6)
SiO2 1.1%
()内は原子比率
白線部の化学組成
CaO 54.0% (6)
29.1% (2.3)
SO3
Al2O3 12.6% (1.5)
SiO2
3.9%
()内は原子比率
100μm
100μm
図 16 コンクリート供試体の観察結果
(硫酸塩添加量 0.5%,水中養生 4 ヶ月)
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016
50.0μm
図 15 図 14 赤線部の拡大写真
蟹肉状の生成物
15.0kV 13.1mm x300
50μm
15.0kV 10.1mm x1.00k
50μm
50.0μm
図 17 図 16 赤線部の拡大写真
15
特集:材料技術
3. 4 考察
日間で膨張傾向を示さなかった。また当該構造物で確認
前節の分析結果から当該構造物の劣化原因として
された蟹肉状の生成物が確認された供試体では,水中養
ASR の可能性について検討を行うとともに,電子顕微
生により膨張を示した。これらの結果は矛盾しているが,
鏡観察においてエトリンガイトが多量に確認されたこと
これを解決するためには,今後 DEF を含む硫酸塩の遅延
や,打込み時の内部温度の上昇が懸念されることから,
生成と水分の供給との関係について研究する必要がある。
硫酸塩による劣化について検討を行った。
3. 4. 1 ASR に関する検討結果
ASR の可能性については,JCI-DD2 法に準拠した促
4.まとめ
進膨張試験の結果ほとんど膨張傾向を示さなかったこ
本研究にて調査した場所打ちコンクリート構造物にお
とや,セメント中のアルカリ総量が極端に多くは含まれ
ける各種分析および解析結果,および劣化原因としての
ていないことから,ASR による膨張が既に収束したか,
ASR および硫酸塩の可能性について検討した結果をま
ASR による膨張の程度が低い可能性が考えられる。電
とめると以下の通りである。
子顕微鏡観察の結果よりゼリー状のアルカリシリカゲル
(1)当該構造物が硫酸塩の遅延生成を生じている可能性
が確認されたことから,当該構造物では ASR が生じて
について検討した結果,当該構造物における硫酸塩量
いたと考えられる。しかし,アルカリシリカゲルは点在
が多くないことから,いわゆる典型的な DEF もしく
している程度であることや,偏光顕微鏡観察の結果か
は,別途硫酸塩添加量の少ないコンクリート試験で生
らアルカリシリカ反応性鉱物の量はわずかであることか
じたような,蟹肉状の生成物による硫酸塩の遅延生成
ら,当該構造物に生じた ASR による膨張の程度は低い
が生じている可能性が考えられる。この理由として蟹
と考えられる。
肉状の生成物が,エトリンガイトと類似した組成を持
3. 4. 2 硫酸塩に関する検討結果
ち,別途硫酸塩の遅延生成を模擬して作製した供試体
硫酸塩の遅延生成の可能性については,電子顕微鏡に
にも確認されたこと,および温度解析の結果,養生条
よる切断面の観察の結果から,図 9,10 に示すようにセ
件によっては当該構造物のコンクリート内部の最高温
メントペースト中にエトリンガイトと類似した組成を持つ
度が 70℃近くに上昇する可能性があることによる。
蟹肉状の生成物が確認された。また硫酸塩の遅延生成に
(2)当該構造物が ASR を生じている可能性について検討
よる膨張が生じたコンクリート供試体においても,図 14
した結果,当該構造物では ASR は生じていたものの,
~図 17 に示すように,セメントペースト中に蟹肉状の生
劣化の主原因ではないと考えられることがわかった。
成物が確認された。さらに当該構造物のコアから採取した
セメント分には,アルカリ総量および SO3 が極端に多く
文 献
は含まれていなかった。これらのことから,当該構造物で
は,硫酸塩添加量の少ないコンクリート供試体で生じたよ
1) 羽原俊祐,小山田哲也,谷村 充:エトリンガイトの遅延
うな,蟹肉状の生成物が関与する硫酸塩の遅延生成が生
生成によるコンクリートの膨張劣化(日本における事例)
,
じている可能性も考えられる。
硫酸と工業,平成 24 年 6 月 , pp.61-69, 2012.6
また温度解析による結果から,
第1リフトのコンクリー
2) Mielenz, R.C., Marusin, S.L., Hime, W.G., and Jugovic, Z.T.:
ト内部の最高温度が 70℃近くと,海外における DEF の
Investigation of Prestressed Concrete Railway Tie Distress,
発生を抑制するためのコンクリートの最高温度として適
Concrete International, Vol.17, No.12, pp.62-68, 1995.
用している例1) がある温度に近いことがわかった。こ
3) Hime, W.G., Delayed Ettringite Formation - a concern for
の解析結果は,気温や保温養生などの仮定が入ることか
precast concrete ?, PCI Journal, Vol.41, pp.26-30, 1996.
ら,実際の構造物の内部温度を必ずしも示してはいない
4) Hobbs, D.W.: Expansion an Cracking in Concrete Associated
が,早強セメントを使用し,単位セメント量が高い配合
with Delayed Ettringite Formation, Etringite - The Some-
で打ち込まれた,ある程度の体積を有する場所打ちコン
times Host of Destruction , ACI SP-177, pp,159-181, 1997.
クリートでは,内部温度が高くなることから,硫酸塩の
5) 川端雄一郎,松下博通:高温蒸気養生を行ったコンクリー
遅延生成が生じる環境に置かれた可能性が考えられる。
トにおける DEF 膨張に関する検討,
土木学会論文集 E2(材
以上のことから当該構造物では,打設時のコンクリー
料・コンクリート構造)
,Vol.67, No.4, pp.549-563, 2011
ト内部の温度は DEF を含む硫酸塩の遅延生成を生じる
6) 鶴田孝司,上田洋,上原元樹,笠裕一郎:場所打ちコンクリー
環境に置かれた可能性があり,その後の反応はいわゆる
ト構造物におけるエトリンガイトの遅延生成に関する検討,コ
典型的な DEF もしくは,蟹肉状の生成物による硫酸塩
ンクリート工学年次論文集,Vol.37,No.1,pp.679-684,2015
の遅延生成が生じている可能性が考えられる。
なお,水中養生による促進膨張試験の結果,養生 617
16
7) 立松英信,高田潤:蛍光 X 線法によるアルカリ量・塩素量の
推定,土木学会第 45 回年次学術講演会,pp.450-451,1990
RTRI REPORT Vol. 30, No. 6, Jun. 2016