「日本語の歴史的典籍の国際共同研究 ネットワーク構築計画」の More is ” “ 「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク 構築計 画 」 の More is different い と う き み た か 伊藤 公孝 核融合科学研究所 教授 (本計画 アドバイザー) ” 世界のみならず日本にとって時代を変える潮目にな ク構築計画」が実現したことは、ひとり国文学研究の るところです。そこで、これまでいくつかの理工系の や 意 義 )を 説 得 す る に は ど う す れ ば い い か 智 慧 を 絞 多 く の 国 家 的 な 事 業 と 比 較 す れ ば postponable なの か も し れ ま せ ん が、尊 い も の で す。計 画 の 尊 さ (価値 学問は、育った後に姿を現すものであって、始める ときに提示出来るものではありません。学術研究は、 るものと期待します。 “ ” 私 が 専 門 に 取 り 組 ん で い る 物 理 学 の 考 え 方 に は 、 More is different ドバイザーとして支援をお引き受けしています。 な い か と い う こ と で、縁 あ っ て 本 プ ロ ジ ェ ク ト の ア 大型プロジェクト研究に携わってきた経験が活かせ 採択され本格稼働する事になりました。 二十六年度には大規模学術フロンテイア促進事業に 究が進められるようになっています。本計画は、平成 推 進 に 関 す る 基 本 構 想 ロ ー ド マ ッ プ の 策 定 」が 行 われ、文理全体の学問を俯瞰して、日本の大型学術研 「学術研究の大型プロジェクトの 文部科学省にて 「時代は変わる」と言われるものです いつの代でも が、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワー 「時代は変わる」 から 「時代を変える」 へ “ ………………⓫ 古典籍共同研究事業センター 副センター長 中山 正樹 ………………❿ コラム 夢応の料理 日本語歴史的典籍ネットワーク委員会 評価小委員会委員長 (日本電子出版協会顧問) 藤原 康徳 …………❽〜❾ 今後の事業推進に期待すること 総合研究大学院大学 極域科学専攻 片岡 龍峰 国立極地研究所 准教授 〜新しい市民参加型研究の可能性〜 …………❻〜❼ 入口 敦志 古典オーロラハンター 国文学研究資料館 准教授 …………❹〜❺ 北本 朝展 表記の位相 ─『延寿撮要』を例に─ 国立情報学研究所 准教授 (研究開発系共同研究担当者) 伊藤 公孝 …………❶〜❸ 歴史的典籍の検索機能の高度化、 そしてスクリプトーム解析に向けて 核融合科学研究所 教授 (本計画 アドバイザー) different 6月発行 山本 和明 トピックス ………………⓬ 1 6 「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」の “More is different” 核融合科学研究所 教授 (本計画 アドバイザー) 伊藤 公孝 と考え、 more is different (量による転 換)と言いきかせます。その結果、「なぜ 物理学者はそこで物事の遷移が起きた 知 っ て い る 物 事 や そ の 性 質 が 現 れ る。 ん増えて、ある量に達した時、私たちが せ ん。集 ま っ て 来 る 原 子 の 数 が だ ん だ も、自 然 は な ぜ か く あ る の か 分 か り ま する」事です。一つの電子を眺めていて 方の旗印は、「万物が流転する様を理解 題 に 理 解 が 深 ま っ て き ま し た。も う 一 物 質 に 重 さ が あ る か 」等 の 根 本 的 な 問 へ と 肉 薄 し て い ま す。そ の 結 果、「 な ぜ れ…という具合に次々に普遍的な要因 か ら 構 成 さ れ、さ ら に 素 粒 子 が 観 測 さ 原 子 が 観 測 さ れ、原 子 は 原 子 核 と 電 子 種の物質を要素に分けて行くと分子と 成要素を解明する」という探求です。多 古代ギリシア以来の 「物質の究極の構 な 旗 印 に は ふ た つ あ り そ の ひ と つ は、 「量は質を変える」 と more is different (1) い う 原 則 が あ り ま す。物 理 学 の 伝 統 的 三〇万点について 「何時どこで誰が何 と い う お 話 を 興 味 深 く 伺 い ま し た。 本をどのように作ったか」を見渡そう、 部見てしまおう、「何時どこで誰が何の しました。そこで、古典籍の奥付けを全 語 の 歴 史 的 典 籍 国 際 研 究 集 会 」を 拝 聴 既にそのような試みが始まっている と 理 解 し て い ま す。昨 年、第 一 回 「日本 よ量が質を変えることでしょう。 文 献 デ ー タ ベ ー ス 化 さ れ れ ば、い よ い の歴史的典籍の (ほとんど)総てが画像 ス タ ー ト し た の だ と 思 い ま す。日 本 語 タ ベ ー ス か ら 研 究 者・視 聴 者 と と も に あ り ま し た。そ の よ う な 画 像 文 献 デ ー る よ う に 示 さ れ、悠 揚 迫 ら ざ る も の が 像は、先ず蒔絵の箱から始まり、手に取 を ウ ェ ブ で 拝 見 し た 事 が あ り ま す。画 公開されていた画像文献データベース 今西館長が九州大学の文学部長をな さ っ て い た 頃、九 大 で お 作 り に な っ て と思います。 そ の 姿 が、総 合 書 物 学 の 一 特 性 を 表 す き る だ ろ う と い う の が 私 の 期 待 で す。 初の意図やビジョンを超えて発展して 産 業 も 大 き な イ ン パ ク ト を 受 け て、当 人 で も 使 え る よ う に な り、基 礎 研 究 や た。今やデータが完備し、どんな専門の 生命系の話ですがヒトゲノム計画が 始まったときも雲を掴むような話でし て欲しいと思います。 い学問をつくる上の先駆的な例になっ デ ー タ ベ ー ス が、人 文 学 の 分 野 で 新 し この国文学研究資料館の古典籍画像 デ ー タ ベ ー ス 化 は、他 の 人 文 学 の 分 野 で も 急 速 に 進 ん で い る と 思 い ま す。 み出す事を期待しています。 ようになるでしょう。 more is different の 原 則 が 次 々 に 発 揮 さ れ、新 機 軸 を 生 の別の潮流を生み出す様が見て取れる んな素人にも目に見えるように分かる ど の よ う に 展 開 発 展 受 容 さ れ た か、ど 記 し て 行 く と、日 本 人 に と っ て そ れ が ” 自 然 は か く あ る の か 」と い う 根 本 的 な の本をどのように作ったか」分かれば、 います。 “ 問題に迫ってきました。 それを日本地図の上に年代とともに表 “ ” この事業の未来に何が開けるので しょうか。 文化の力 と 思 い ま す。そ し て 一 つ の 流 れ が 類 似 「日本語の歴 量による転換の原則が 史 的 典 籍 デ ー タ ベ ー ス 」に お い て も 起 2 “ ” 見 て )い る 事 は、こ の 事 業 に よ っ て、日 うことばのもとで、私が強く望んで (夢 さ れ 応 援 さ れ て い ま す。文 理 融 合 と い い う 旗 頭 の も と、こ の 事 業 は 広 く 支 持 元 の 力 だ と 思 う の で す。「 文 理 融 合 」と 本当にオリジナルなものを考え出す大 (自分がどの 日本人が考えて来た事 ように考えるのか)を知る事とは、実は い。 」 と喝破しています。 るにはこの道を通ることが欠かせな 考 え た 日 本 人、そ の 双 方 を 知 り 理 解 す た事の根幹であり、日本人が考えた事・ 史的典籍とは日本人が考えて書き記し 運営委員が寄稿しており、「日本語の歴 こ の 事 業 の 未 来 に つ い て、国 文 学 研 究資料館の国文研ニューズに伊藤早苗 が行われる事の意義は深いと思います。 でも大規模学術フロンテイア促進事業 と 思 い ま す。そ う し た 研 究 理 念 の も と 事 と 思 い、そ の 志 は 揺 る が な い も の だ する事」と仰っていました。もっともな あ る 碩 学 が、国 文 学 研 究 資 料 館 の 仕 事を 「千年かけても国文学の資料を読解 「人とは違った目でものを見る」力を 生 み 出 す も の、そ れ が 文 化 の 力 で は な います。 それが学術のフロンテイアなのだと思 らない、と思われる事を考えています。 で は、何 を 考 え る の か ( 自 分 で も )分 か 思 い ま す。自 然 科 学 で も 本 当 の 最 先 端 と 説 明 し て い ま し た。当 を 得 た 説 明 と 通なら思うところから考え始める事」 「 『 こ れ 以 上 考 え て も 仕 方 が 無 い 』と 普 に 向 か っ て、そ の 研 究 室 で 学 ぶ 事 は ある有名な大学の哲学講座の説明で は、そ こ の 学 生 た ち が 未 来 の 後 輩 た ち 生まれてくるのか。 これらが焦点です。 違った目でものを見る力はどうすれば 発 見 す る 能 力 が 生 ま れ る か。人 と は んでいます。しかし、どうすれば問題を せ る 訓 練 は、高 等 教 育 や 自 己 研 鑽 で 学 決を普遍的な文明的な課題へと昇華さ 本 質 だ と 思 い ま す。発 見 し た 問 題 と 解 理科にかかわらぬ学術フロンテイアの 法 を 考 え る 事、問 題 の 発 見 こ そ が 文 科 る事は大切です。しかし、世界最初の解 う に な る 事 で す。他 人 よ り 上 手 く 考 え 4047 (1972) 393 (2)伊藤早苗:国文研ニューズ (2015) 1 (1) P. W. Anderson: Science Vol.177, Issue を照らしてくれる事を期待します。 るのか、日本の未来・世界の研究の将来 て来た事を知り自分がどのように考え 築計画」が実用に供され、日本人が考え 的典籍の国際共同研究ネットワーク構 らしい事だと思います。「日本語の歴史 ンティア事業に選ばれてある事はすば 多種多様な魅力ある学問が百家争鳴 の 今 日、本 プ ロ ジ ェ ク ト が 学 術 の フ ロ かと期待するのです。 を発見する力の源泉になるのではない る 事 が、世 界 の 大 競 争 時 代 の 中 で 問 題 り、自 分 が ど の よ う に 考 え る の か を 知 い日本人が考えた事を知る道筋をたど 日本語の歴史的典籍データベースを用 あることが書かれ、心を打たれました。 時、人 を 支 え て く れ る の は 文 化 の 力 で して後は祈るのみという境地になる 家の肖像」には、独創を目指し力を尽く (2) 本 の 文 化 の 力 が 文 学・思 想 の 専 門 家 だ いかと思います。ジョイスの 「若き芸術 3 けでなく多くの日本人に共有されるよ 41 〈研究活動・進捗状況等報告〉 歴史的典籍の検索機能の高度化、 そしてスクリプトーム解析に向けて 日本語歴史的典籍の大規模デジタル化が進めば、どんな世界が 見えてくるだろうか。それをいち早く想像しつつ、いくつかのアイ デアを実現していくのが、私のような情報学者が果たすべき使命 であると考えている。現実の延長では物足りないが、現実離れした 夢では意味がない。数年内に実現でき、かつインパクトの大きい研 究とはどんなものか、 それを日々考えている。 「検索機能の高度化」である。歴史的典 我々の共同研究テーマは 籍はどんな本であり、その中に何が書かれているかを調べるには、 非文字情報を対象とした検索の高度化と、文字情報を対象とした 検索の高度化という、二つのアプローチに取り組む必要がある。前 者については最後に触れるとして、まずは後者について考えてみ よう。 何が書かれているかを知るには、歴史的典籍をテキスト化する のが最良の方法である。そのよい例が米国の HathiTrust デジタル 図書館で、欧米の書籍を中心に一四〇〇万冊、五〇億ページの書籍 データの一部が全文検索できる。また HathiTrust への有力なデー タ提供元である 社は、最近数百年間の書籍に出現する単語 Google の 頻 度 分 布 が 調 査 で き る Google Ngram Viewer というサービス を立ち上げている。同様の機能が日本でも実現できれば、日本文化 の網羅的な解析に大きく貢献するであろう。 ( OCR )で あ る。 し か し、そ こ に 立 ち は だ か る の が 文 字 認 識 で全文検索が実現できているのは、人間が翻刻したか HathiTrust ら で は な く、 が 大 量 の 文 字 を 自 動 認 識 で き た か ら で あ る。し OCR かし日本のくずし字は欧米の活字体と比べて OCR がはるかに難 しいため、その精度には限界がある (参考:寺沢憲吾、「文書画像の き た も と あ さ の ぶ 北本 朝展 国立情報学研究所 准教授 (研究開発系共同研究担当者) 認識と理解」 、ふみ第四号) 。かといって、人間がすべての歴史的典 籍を全文翻刻するのは非現実的であり、タグ付け程度でさえ全冊 の完了は困難な見通しとなっている。 ここで発想を転換してみよう。全部を読むのは大変だとしても、 読めるところだけ読むことはできないだろうか。例えば古代文字 の解読をするなら、まず読めるところから読み、断片的に得られた 情報をつなげて隙間を埋めながら、解読できる範囲を広げていく だろう。同様に、人間の遺伝子を全解読するヒトゲノムプロジェク トでも、遺伝子の断片を読み、それを後でつなげる技術が、遺伝子 の全体像 (ゲノム) の解読に大きく貢献した。 ヒトゲノム全解読というアイデアは、世界中の研究者が協力し ても一〇〇年はかかる非現実的なプロジェクトとみなされていた が、一九八七年に日本の科学者が人手ではなく機械を用いて遺伝 子を自動解読するというアイデアの提案が契機となって、様々な 自 動 化 技 術 の 驚 異 的 な 進 歩 が 始 ま っ た。そ し て 提 案 か ら わ ず か 十五年ほどの二〇〇三年頃にヒトゲノムの解読は完了し、病気の メカニズムや治療方法などに関するデータ駆動型の研究が大きく 花開いたのである。 これと同様に、コンピュータが歴史的典籍を全解読することは 可能だろうか。今のところは非現実的なアイデアに聞こえる。しか し、近年の機械学習の進歩、特にニューラルネットワークに基づく 深層学習の急激な進歩を活用すれば、将来的には加速度的に解読 性能が向上する可能性も否定できない。もしそんな技術が開発で き、歴史的典籍のかなりの部分が解読できれば、それは 「書かれた」 日 本 文 化 の 網 羅 的 な 解 析 の た め の 基 礎 デ ー タ と な っ て、新 し い 4 〈研究活動・進捗状況等報告〉 データ駆動型の研究が花開くことになるだろう。 このようなゲノム解読をお手本としたアプローチを具体化する ため、同様に古典籍に 「書かれたもの (スクリプト)」の全体像を表 現するコンセプトを 「スクリプトーム ( scriptome ) 」と 呼 ぶ こ と を 提唱したい。スクリプトーム解析は、ヒトゲノム解析にも匹敵する グランドチャレンジであり、この共同研究ではそんな壮大なテー マにも取り組んでいきたいと考えている。 さて、共同研究はまだ始まったばかりであるが、最初のテーマは コンピュータビジョンを用いた異版の研究である。具体的には、二 冊の画像を 位置合わせ して比較す る こ と で、 二冊の違い を浮き上が らせる方法 を研究し た。図 1 に 示すように 二冊の画像 を位置合わ せ し、図 2 に示すよう に赤・白・青 のカラース ケールで色 付けするの が処理の流 れ で あ る。 二冊で文字 図1 2枚の画像から抽出した特徴点の対応付け 5 が重なる部分はキャンセルされて白色になるため、人間は赤と青 の部分だけに注目すればよく、「間違い探し」が主観に影響されに くくなる。この方法は、版や刷などの書誌学的観点から 「この本は どんなものか」を分析するものであり、文字を翻刻しなくても画像 の直接比較を用いて分析できる点に長所がある。そして我々は、デ ジタル技術を用いてテキスト・クリティークを高度化する研究の 枠組みを 「デジタル・クリティーク」と名付け、様々な側面から研究 を進めている。 スクリプトーム解析では、画像を比較する物理的レベルから内 容を理解する意味的レベルまで、様々な階層に関する研究を重ね ていくことになる。ただし、スクリプトーム解析の先には人工知能 による歴史的典籍の自動的理解が待っているかといえば、それは 今のところ夢想でしかないのでご安心 (?)いただきたい。たとえ ヒトゲノム全解読ができても、病気の解明までの道は遠いのと同 じく、スクリプトーム全解読ができても、内容の理解までの道は人 間が頑張らなくてはならないのである。 図2 2枚の画像を重ね合わせ、画素値の差分に応じて赤 /白/青のカラースケールで着色した結果 〈研究活動・進捗状況等報告〉 国文学研究資料館 准教授 あ つ し 敦志 い り ぐ ち 入口 いう医書がある。著者は曲直瀬玄朔 (一五四九〜一六三二) 、後陽成 文章で書かれた 『延寿撮要』(慶長四年 (一五九九)刊、古活字版)と れるのが一般であった。そのような状況の中で、ひらがな混じりの 〈 学 問 〉と は す べ て 漢 文 で 行 わ れ る も の で あ っ 江戸時代以前の た。従って〈学問〉の対象であった医学に関する書物も漢文で書か なく行書や草書で表記することが一般であったからである。 漢字を同時に使う場合には、『延寿養生』のように、漢字も楷書では が、当時の表記としてはかなり特異なことでもあった。ひらがなと なとを組み合わせて使うことは我々にとってはなじみ深いのだ 表記の位相 ─『延寿撮要』を例に─ 天皇にも重用された当時最高峰の医師である。その跋文(図1の左 『延寿撮要』における、「辛辣」「恚怒」などの漢語が、ひら そもそも がなしか読めない民百姓たちに読めて、意味がとれたかどうかに 直結していた。慶長版の 『延寿撮要』のように、楷書の漢字とひらが 頁)に執筆事情が書かれている。「常陸国 (現在の茨城県)の民百姓 ついては大いに疑問がある。いや、その時代の民がひらがなをどれ ま えんじゅさつよう たちが医学の知識もなく病に苦しんでいる。それを助けるために ほど読めたかでさえ怪しい。玄朔の意図は良いのだが、『延寿撮要』 ひたちのくに せ げんさく 「倭字」をもって執筆した」というのがその大意。「倭字」とはひらが がどれほど役に立ったかはわからない。だからこそ、『延寿養生』の な なのこと。図1の右頁が本文の最後の部分であるが、跋文に書かれ ように更に和らげたものが出版されたのだろう。これならば、江戸 ばつぶん(1) ているとおり、 漢字とひらがなで書かれている。 最後の項目は、 時代中期以降であれば、 かなりの人々が読めたと考えられる。 (3) ○懐妊の間は辛辣の物を食せず、恚怒の心を生せず、常に善言 (2) を聞、善事を見、善事を行ふべし、かくのごとくなれば、子生て 『延寿養生』の方 しかし、現代の我々から見ると、やさしいはずの が読みにくく、難しいはずの 『延寿撮要』の方が読みやすいのは皮 とある。胎教を教えるもので、 今でも通用しそうな内容である。 きしてきた前近代の民衆とは随分乖離してしまった。そのことが、 肉である。明治以降近代教育によって、日本国民が高い教育水準に かならず福寿忠孝也。 この書物は好評であったらしく、江戸時代をとおして何度も刊 えんじゅようじょう 行されるが、そのひとつに 『延寿養生』(寛政十二年 (一八〇〇)刊) このような画像を見ることによってよく分かるのである。 達したことはこのことでもよく分かる。一方で、ひらがなを読み書 という版本がある(図2) 。題名は変わっているが、内容は 『延寿撮 (1) 跋文:本文とは別に書物の終わりに記す文章 ばつぶん というわかりにくい文字を、「養生」というわかりやすいことばに (2) 辛辣の物:味の辛い食べ物 要』と同じもの。おそらく 「撮要」(要点の抜き書きという意味)など 置き換えたものと思われる。本文も漢字を少なくし、漢字に読み仮 (3) 恚怒:激しい怒り い ど しんらつ 名を振るなど、 更に読みやすくするための工夫が凝らされている。 このように、江戸時代以前は、文字種とそれを使う身分的位相は 6 〈研究活動・進捗状況等報告〉 図1 『延寿撮要』 (古活字版、 野中家烏犀圓蔵) 図2 『延寿養生』 (整版本、 野中家烏犀圓蔵) 7 〈研究活動・進捗状況等報告〉 古典オーロラハンター 国立極地研究所 准教授 総合研究大学院大学 極域科学専攻 ふ じ わ ら か た お か や す の り りゅうほう 片岡 龍峰 藤原 康徳 数十年に一度あるかないか、という程度に珍しいものです。また、 た、地球規模で緯度の低い地域にまで広がるオーロラというのは と 書 い て あ り、立 派 な オ ー ロ ラ の 絵 が 描 か れ て い ま す。こ う い っ ラが観られるのは、北極や南極に限りません。実際に、古 オーロ ひも せっ き 典籍を紐解くと、日本の夜空にオーロラのような 「赤気」が見えた 「赤気」だけではなく 「彗星」など天体現象を幅広く見つけ出しても 来」も感じました。今後の研究の可能性を広げるため、参加者には 私 た ち に は 一 見 無 謀 な 挑 戦 の 中 に、新 し い 市 民 参 加 型 研 究 の「 未 漢字の海に浮かぶ 「赤気」というリンゴを探し出すという、理系の 記述の内容や記載ページをカードに書き出す作業を進めました。 〜新しい市民参加型研究の可能性〜 最大級のものとなると、数百年に一度しか起こらないため、手がか らいました。その結果、数十枚のカードが集まりましたので、その す。およそ一時間、私たちスタッフも含め約五〇名が一丸となり、 りが極めて限られています。 幾つかを紹介したいと思います。 ◇ 『吾妻鏡』 文治五年二月二八日条 星たるかと云々。二品すなわち御寝所より庭上に出御、これを覧 私たちは、「オーロラに思いをはせるのは研究者だけじゃない」 をキャッチコピーに掲げ活動しています (オーロラ4Dプロジェ ク ト https://aurora4d.jp/ ) 。古 典 籍 に 残 る 歴 史 的 オ ー ロ ラ の 記 述や、SNSに投稿された現在のオーロラ写真などを分析し、極限 る。 丑に及びて住吉小大夫昌泰参し申して云はく、今夜異星見る。彗 環境でのオーロラとはどういったものなのか、地球規模でどこま でオーロラは広がり得るのか、どのような光り方があり得るのか を研究しています。しかも、本研究では、広く市民の方の参加と協 ユリウス暦一一八九年三月十六日に彗星が出現しているという 報告を受けて、源頼朝 (二品)自身が夜中に寝所から庭に出て、彗星 を眺めたという記述です。 力を呼びかけています。 この新しい研究の舞台が、国文学研究資料館です。この三月に国 文研の寺島恒世副館長をはじめとする研究者の協力により、国文 ◇ 『お湯殿上の日記』 天正八年九月二九日条 (1) 研が所蔵する古典籍などをオーロラや流星を研究する私たち極地 この月一日のはうきほしのせんもんひさなかよりまいりて 天正八年九月二九日は、ユリウス暦一五八〇年一〇月九日にあ たります。『日記』には、この日に見えた 「はうきほし」=彗星に関す ゆどののうえ 研の研究者とオーロラファン・古典ファンが一緒になって読み込 み、オーロラの記述を探してみる、というイベントを共同開催する に至りました。具体的には、国文研の方々に用意して頂いた様々な 古典籍の活字本から 「赤気」などの言葉を拾い出す、という作業で 8 〈研究活動・進捗状況等報告〉 ひさ なが す。この彗星については、中国、ヨーロッパでも多くの人に観られ なかった 「知」の発見が可能となることを実証できたのではないで 今回の試みを通して、私たちは、市民参加型研究がウェブ上だけ ではないことを再認識し、市民参加によってこれまで知られてい る「せんもん」=占文が、陰陽家の土御門久脩より届いたとありま たという記述が残っています。 同研究によって可能になっていくことが期待されます。 参加者は、高校生からご高齢の方まで幅広く、古典・歴史・天文好 きの皆さんが一堂に会したイベントになりました。今回のような しょうか。今後も、これまでにない研究が、国文研と極地研との共 今回のワークショップでは、新たなオーロラ発見の可能性があ る記述を見つけだすことができました。イベントの最後に、この史 料が歴史的オーロラ候補と判断できる根拠について、科学的な考 察を行いました。 これがその記述です。 く違った人の輪の広がりがありました。高校生からは 「もっと漢字 グループ作業は、相補的な人材の活躍の場であり、ウェブ上とは全 ◇『吾妻鏡』 文治五年三月三十日条 が読めたら、できるんだけど」という声も聞こえ、学校教育におけ はれ る 古文・漢文の重要性や、文理融合の新たな教育の方向性も見え 白気天に経り、 北斗魁星を貫く。 長五丈餘 壬申 霽る。 は、白く見えたオーロラのことを 「白気」と記述する事例がいくつ 九年四月一七日に白い雲のようなものが空 ユリウス暦で一一八 (2) にかかり長さは五〇度ほどあった、という記述です。古典籍の中に して考察していきたい 方 に つ い て、実 践 を 通 た新たな挑戦の芽を育て、新しい市民参加型研究、文理融合の在り てきたように思います。今回のワークショップを通して見えてき か見られます。『吾妻鏡』には、新月の頃の夜に長さ五〇度という長 と考えています。 ます 大な「白気」が、北斗七星の枡の部分を貫いていたという記述があ す。しかし、彗星であれば前後に同様の記述があると考えられます と き の「 白 気 」は、オ ー ロ ラ で は な く、彗 星 と し て 理 解 さ れ て い ま り書き継がれた当番制の 御所に仕える女官達によ ( 1)『 お 湯 殿 上 の 日 記 』は、 り、オーロラの可能性があると判断しました。先行研究では、この が、そのような記述もないので、これがオーロラか彗星か、あるい 日記 を 九 〇 度。一 丈 は 一 〇 度 に も の。地 平 線 か ら 天 頂 ま で 間の距離を角度で表した ( 2)「 長 さ 五 〇 度 」は、二 点 は他の現象かを特定するのは、 今後の課題といえます。 今回集まった調査カードを精査してみると、彗星として分類さ れている現象の中には、肉眼で見えている現象にもかかわらず一 日だけしか見えていないもの、また、その形態がオーロラとよく似 相 当。ち な み に、織 女 星 と 牽牛星間が約三〇度 9 たものもあり、これらについては、オーロラであった可能性のさら なる検討が必要なのかもしれません。 ワークショップの様子 らず、国全体のデジタルアーカイブ関連の ために、本事業予算での個別の工夫に留ま 業の目的を再認識し、この目標を達成する 同研究ネットワークを構築する」という事 唯一のデータベースを作成し、更に国際共 る と、「 歴 史 的 典 籍 に 関 す る 我 が 国 で 最 大 当初計画通りの予算措置をされる見通 しがかなり厳しい状況であることを考え 捗させていることを高く評価できます。 ら れ て い る 状 況 で、様 々 な 工 夫 を 行 い、進 本事業の評価については、十か年計画の 三年目においても予算規模が大きく抑え 様、コンテンツ交換仕様、検索・閲覧機能を 分散データベース環境では、個別の機関 が 独 自 の メ タ デ ー タ 仕 様、デ ジ タ ル 化 仕 ベース」 とすることを想定します。 ベース環境を 「日本語歴史的典籍データ して利活用できるようにした分散データ 所に集めなくても一つのデータベースと 機関が提供しているデータベースを一か スを構築することが重要です。それぞれの 史的典籍も併せて、活用できるデータベー 等が個別にデジタル化し提供している歴 立 国 会 図 書 館 を は じ め、公 共 図 書 館、個 人 データベース化できるものだけでなく、国 ス が 必 須 で、本 事 業 予 算 で デ ジ タ ル 化 し ます。 築 し て い く こ と が、効 率 的・効 果 的 と 考 え 一の日本語歴史的典籍データベースを構 ゲータ機関が連携した統合ポータルを、本 二 〇 一 六 」で 示 さ れ た 分 野 ご と の ア グ リ 十 年 の 取 り 組 み を 参 考 に、「 知 的 財 産 計 画 策ビジョン」(二〇一三年)で示された今後 本事業の計画期間終了の十年後を見据 えると、国全体の施策として、「知的財産政 等で生み出されることを期待します。 したサービスがアイデアソン、ハッカソン る国内外の一般層の様々なニーズに対応 ングによるタグ付けや、古典籍に関心のあ データ化し、専門家によるクラウドソーシ ま さ き 施策と同期し、ネットワーク社会でのデジ 適 用 し て い た 場 合、連 携 が 非 効 率 的 で あ な か や ま タルトランスフォーメーションの進展に り、データベースを構築する機関全体で国 今 後、更 な る 努 力 に よ り、実 績 を 積 み 上 げ、計 画 に 対 す る 内 外 の 評 価 を 高 め、当 初 中山 正樹 対応した適切な連携を図ることが必要で 際標準、業界標準を適用していくことが重 目的の達成に向けて進展していくことを 日本語歴史的典籍ネットワーク委員会 評価小委員会委員長 (日本電子出版協会顧問) はないでしょうか。 要です。また、「国際的な視点の中でのデー 期待しています。 今後の事業推進に期待すること 国際共同研究ネットワークの構築によ り日本語歴史的典籍を活用した研究を推 タ ベ ー ス 化 」を 目 指 す な ら ば、オ ー プ ン 事業の連携先の一つとし、我が国で最大唯 進するためには、網羅性の高いデータベー 10 山本 和明 かずあき やまもと 夢応の料理 り ぎょ む おう こう ぎ たいら すけ 化 し た 僧 興 義 は 釣 り 上 げ ら れ、平 の 助 鯉魚と なます の館で鱠にされようとした ( 上 田 秋 成『 雨 月 物 語』「夢応の鯉魚」 ) 。「鯉ばかりこそ御前にても切 ら る る 物 な れ ば や ん ご と な き 魚 な り 」と『 徒 然 かしは 人 草』一一八段にあるように、鯉はかつて魚介類の 中でも格付け上位の魚。その鯉魚を 「鱠手なるも とぎ まないた の ま づ 我 両 眼 を 左 手 の 指 に て つ よ く と ら へ。右 手に砺すませし刀をとりて俎盤にのぼし既に切 べかりしとき」 、興義は息を吹き返した。そして、 あざらけ 館 の 人 々 も 呼 び 寄 せ 奇 妙 な 話 を 語 り き か せ る。 結果、残れる 「鮮き鱠」は 「湖に捨させ」たという。 こ の 場 面 は 次 の よ う に 挿 絵 に 描 か れ た が、文 章 との違いに注目いただきたい【図版1】。大俎板 はし の前に座し、鯉魚には直接手を触れることなく、 ほうちよう 右手に庖丁、左手に箸を持ち、今まさに切り分け い う 式 題 が 付 さ れ て い る。た だ「 夢 応 の 鯉 魚 」の 場合、決定的に式庖丁の儀式と異なる点がある。 の回答が今回紹介する『生間流直伝魚切方伝書』 かない。庖丁式は、生き物の死骸を食べ物へと昇 ら れ よ う と し て い る。周 り の 人 々 の 視 線 を 一 身 に 集 め て お り、鱠 を つ く る に し て は な ん と も にある【図版2】。 ※ ※ そ れ は 躍 動 感 あ る 鯉 の 姿 だ っ た。通 常 は 鯉 は 動 仰 々 しい限りではないか。 庖 丁 式 を 執 り 行 う 流 派 の 一 つ が 生 間 流。各 流 派ごとに、儀式の内容は、一子相伝か派内の一部 ぎようぎよう おそらく画師の描いたのは、いわゆる「庖丁式 (式庖丁) 」の類であった。四条流諸派のいずれか で 受 け 継 が れ る 秘 伝・秘 事 と し て 取 り 扱 わ れ て ひた たれ 華させる聖なる儀式でもあったのだ。 に 属 し、大 名 や 貴 族 に 召 し 抱 え ら れ た 庖 丁 家 に 多くの食文化に関する こうした秘伝書を含め、 文献、古典籍や錦絵などを所蔵されているのが、 し き きたという。図を見ると、切り分けた頭と身が綺 味の素食の文化センター (東京都港区) である。 当 ぼ ずいしよう より、食材を瑞 祥 表現 (おめでたい型)に切り分 麗 に 俎 板 の 上 に 並 べ ら れ て い る。魚 類 な ど を 切 館との連携により、今後、内製化による古典籍画 え れい け 並 べ る パ フ ォ ー マ ン ス が 庖 丁 式 で、正 式 に は り 分 け る 事 を「 切 汰 」と し、並 べ 終 わ っ た 図 を 切 像撮影および公開に向けての準備を進めていく。 ご まと 鳥 帽 子 に 垂 直、又 は 狩 衣 を 身 に 纏 っ て い た と さ 汰 図 と 言 う。儀 式 に あ っ た 切 汰 図 に は 式 題 が あ そ かり ぎぬ れる。仮に文と絵の齟齬を認めたとして、では庖 じきでん いか ま 食文化に関する情報発信にご期待いただきたい。 いか ま 図版2 『生間流直伝魚切方伝書』 り、こ の 図 は 祝 い の 席 に 相 応 し い「 龍 門 の 鯉 」と 図版1 『雨月物語』 (当館蔵) 丁 式 で の 鯉 魚 は 一 体 ど う な っ た の か。そ の 一 つ 11 古典籍共同研究事業センター 副センター長 シンポジウム開催 ◆第二回 日本語の歴史的典籍国際研究集会 「日本古典籍への挑戦 〜知の創造に向けて〜」 [日時]平成二十八(二〇一六)年 七月二九日(金)十三時〇〇分〜十六時四五分 成果発信 (二〇一六)年三月三十日にシェラトン・ 平成二十八 シアトル (米国)で開催された東亜図書館協会 ( CEAL ) の年次大会において、日本資料委員会 ( CJM )と、北米日 )とのジョイントセッショ NCC 本研究資料調整協議会 ( Updates from Japanese Partners: the National Institute of Japanese Literature and the National Diet Libraryに副センター長山本和明が登壇し、 Future of ン “ 七月三十日(土) 十時〇〇分〜十七時〇〇分 “ the Network for Research on Japanese Classical ” 翌 三 月 三 十 一 日 に 同 会 場 に て 開 催 さ れ た、ア ジ ア 学 Booksと 題 し、当 館 が 推 進 す る 大 型 プ ロ ジ ェ ク ト の 紹 介を行いました。 ” sympo20160729.html http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/ [会場]国文学研究資料館 大会議室 (東京都立川市緑町十―三) [主催]人間文化研究機構国文学研究資料館 会 ( AAS )年 次 大 会 の連携ミーティング 1月 2017 表題の背景色は承和色 (そがいろ) です。 平安時代の承和 (じょうわ) 年間 (西暦八三 四〜八四七年)仁明天皇が大変好まれた 黄色い菊を宮中の随所に植え、 衣装も黄 色にしたと伝わっています。 「そが」は「じょ うわ」 から転じた読み方です。 7 “ http://www.nijl.ac.jp/pages/ cijproject/ 当館所蔵の「大職冠」がご覧 になれます。 で、当 館 准 教 EMJN 授海野圭介が国際 30 12 携帯電話又はスマートフォンの アプリ等で、左記のQRコードを 読み取りご覧ください。 9 平成 (2016)年6月 日 6 28 共同研究の成果発表 の一環と し て、 The Place of Manuscripts in an Age of Mass ” Publicationと 題 し 発表を行いました。 EMJN の様子
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