みずほ米国経済情報 2016年6月号 ◆ トピック FOMCが繰り返す政策金利見通しの下方修正 6月FOMCは予想通り金融政策を据え置いた。注目点は政策 金利見通しのさらなる下方修正であり、イエレン議長は、 中立金利に対する見方の変化を映じていると指摘した。 ◆ 景気判断 景気回復の足取りは鈍い。上下双方のリスクが存在 米国経済は拡大基調に復するも、足取りの鈍さが目立つ。 雇用や国際金融市場の動向には上振れ・下振れ双方のリス クがある。新興国経済の動向は下振れリスクとして残る。 1.トピック:FOMC が繰り返す政策金利見通しの下方修正 雇用統計と Brexit が阻 んだ 6 月の利上げ 6 月 15 日、連邦公開市場委員会(FOMC)は金融政策の据え置きを決めた。4 月会合では 6 月の利上げが議論されており、金融市場参加者が織り込む利上 げ確率も 5 月下旬には一時 30%を超えていた。今回、FOMC の利上げを阻んだ 要因は 2 つある。第 1 に、5 月雇用統計によって 3 月以降の労働需要が大きく 鈍化していることが明らかになった。雇用は米国経済の要であり、たとえ 1 ~3 月期のように実質 GDP 成長率が鈍化しても、雇用が堅調なら景気回復が期 待できる。しかし 5 月雇用統計によってそのシナリオが揺らいだ。 第 2 に、英国民投票(6 月 23 日)が近づく中、EU 離脱(Brexit)を支持す る英世論が勢いを増し、国際金融市場でリスク回避の動きが急速に強まった。 既存の経済・金融システムの安定性に対する信頼を大きく揺るがす「まさか」 の事態が強く意識された。 2017 年以降の政策金利 一方、今回の FOMC では、こうした足元のショックの影響を受けにくい 2017 見通しは、1 年前と比べ 年末、2018 年末、及び長期の政策金利見通しが下方修正された(図表 1) 。下 て大幅低下 方修正幅を 1 年前と比較すると、2017 年末の政策金利見通しは 1.25%ポイン ト、長期では 0.75%ポイントにのぼる。昨年 9 月から公表が始まった 2018 年末の政策金利見通しについても、すでに 1%ポイント引き下げられており、 特に今回だけで 0.625%ポイントの引き下げとなった。 国際金融危機の逆風が イエレン連邦準備制度理事会(FRB)議長は、FOMC 後の質疑応答で、政策金 消えずに、中立金利を 利見通しの下方修正は、中立金利に対する見方の変化を映じたものであると 長期にわたって下押し 述べた。これまで、国際金融危機による米国経済への「逆風」は、徐々に消 していることが背景 えていくものと考えられてきた。しかし今回の質疑応答でイエレン議長は、 その逆風の一部には長期にわたって持続するものがあり、それが中長期の中 立金利を押し下げる働きを持つと述べた。労働生産性上昇率の低迷など、中 立金利を押し下げる要因は、急速に消えていくどころか、 「ニューノーマルの 一部」 (イエレン議長)を形成しているという。 みずほ総合研究所の推計では、足元における米国の中立金利(実質均衡金 利)は実質政策金利よりも低く、金融政策は「緩和的」ではなく、 「引き締め 的」 になっており、 利上げは当面見送るべきであることを示している (図表 2) 。 それでも消えない FOMC もっとも、イエレン議長の質疑応答を踏まえると、7 月会合での利上げは決 の利上げ意欲と、揺れ して排除できないことに、注意が必要である。今回の声明文では、経済見通 動く市場の金利見通し しが大きく悪化しているとは書かれておらず、1~3 月期の減速から持ち直し ているとの認識が示されている。したがって、Brexit が回避され、消費の崩 れもなければ、6 月雇用統計が単月で持ち直しただけで FOMC は利上げの十分 な材料とみなすことも十分に考えられるのである。金融市場参加者の政策金 利見通しは、ここ数カ月、ジェットコースターのように大きく揺れてきたが、 それがまた繰り返されるおそれがある(図表 3) 。 1 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 図表 1 FOMC 参加者の政策金利見通しの変化 (%) 4 2015年6月 9月 12月 3 2016年3月 6月 2 #N/A 1 0 2017 2018 長期 (資料)FRB より、みずほ総合研究所作成 図表 2 金融政策スタンス指標 図表 3 大きく揺れ動く金融市場の政策予想 (%) (%Pt) 50 6 7月利上げ確率 45 引き締め 4 40 35 2 30 0 25 20 ▲2 15 ▲4 10 緩和 ▲6 1960 5 70 80 90 2000 10 0 03/1 (年) (注)実質政策金利-実質均衡金利として算出。実質均 衡金利は本稿で述べた中立金利と読み替えるこ とができる。 実質均衡金利の推計は下記論文のアップデート。 小野亮(2016)「米実質均衡金利はマイナス 2%」 みずほインサイト(4 月 4 日)。 (資料)小野(2016)より、みずほ総合研究所作成 6月利上げ確率 03/29 04/26 05/24 06/21 (月/日) (資料)Bloomberg より、みずほ総合研究所作成 2 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 2.概況:景気回復の足取りは鈍い。リスクは上下双方に存在 景気回復の足取りは鈍 い。米雇用や国際金融 米国経済は年初の踊り場を経て拡大基調に復するも、足取りの鈍さが目立 っている。 市場の動向は上振れ・ 企業業況をみると、製造業は最悪期を越えた模様である。輸出受注指数の 下振れ双方のリスク。 持ち直しが続いていることや、貿易統計で実質輸出の悪化に歯止めがかかっ 新興国経済は下振れリ ていることなどを踏まえると、製造業ではドル高・原油安という逆風が止み、 スク 回復軌道に乗っている様子がうかがえる。しかしながら、製造業の回復の足 取りは緩やかであり、設備投資については低迷が続いている。 一方、3 月以降、労働需要が大幅に減速していたことが判明し、個人消費の 回復持続性に疑問符が付き始めている。4・5 月の小売売上高等の結果が示す ように、個人消費は堅調さを保っている。しかし、雇用の変調は消費下振れ リスクの高まりに直結する。また、英国民投票を控えて 6 月に入って強まっ た国際金融市場の動揺も、1~3 月期と同じように逆資産効果となって個人消 費を下押しする可能性がある。 もっとも、米国経済のアップサイド・リスクとして、国際金融市場が落ち 着き、6 月雇用統計で 4・5 月分の改定も含めて労働需要が大幅な伸びとなる ことが指摘できる点にも注意が必要である。新興国経済の動向に関しては、 引き続きダウンサイド・リスクとして挙げられる。 生産活動は低調さから 抜け出せず 生産活動をみると、エネルギー部門、非エネルギー部門とも低調さから抜 け出せずにいる。 エネルギー部門の 5 月の生産指数は 2 カ月ぶりに低下した。石油・ガス掘 削活動、消費者向けエネルギー製品等が全体を押し下げた。他方、6 月以降の 石油掘削装置(リグ)稼働数は 3 週連続で増加している。 エネルギーを除く鉱工業生産指数は 2 カ月ぶりに低下した(図表 5) 。自動 車の大幅減産による影響が大きいが、それ以外でも消費財、設備機器、建設 財、ビジネスサプライ等幅広い分野で減産となった。 製造業の業況は持ち直 製造業の業況は持ち直している。5 月の製造業ISM指数(51.3)は 3 カ月 し。非製造業は業況改 連続で改善・悪化の境目である 50 を上回り、前月からも上昇した(図表 6) 。 善ペースが鈍化 入荷遅延指数の急上昇が主因だ。入荷遅延指数は製品の入荷がどの程度遅れ ているのかを測る指数であり、入荷遅延指数の上昇は需給がひっ迫している ことを示している。業種別では、18 業種中 12 業種(前月:11 業種)が業況 の改善を報告した。石油・石炭の低迷が継続する一方で、金属、機械、電気・ 電子製品などの業況改善が続いている。 6 月の地区連銀製造業業況指数は、ニューヨーク、フィラデルフィアともに プラス圏に浮上した (後掲図表 18) 。 ニューヨークでは新規受注と出荷の回復、 フィラデルフィアでは入荷遅延の増加が、業況の持ち直しに寄与した。 5 月の非製造業ISM指数(52.9)は 2014 年 2 月以来の水準に低下した(図 表 7) 。業種別では 18 業種中 14 業種(前月:13 業種)が業況の改善を報告し たが、回答企業のコメントをみると、専門サービス業、卸売業、小売業等、 主要業種において弱気な内容が目立った。 3 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 図表 4 実質GDP成長率 (前期比年率、%) 8 政府支出 純輸出 在庫投資 設備投資 住宅投資 個人消費 図表 5 4.6 4.3 4 107 106 105 104 103 102 101 100 3.9 2.1 2.0 0.6 1.4 2 0.8 個人消費 「減速」 設備投資 在庫投資 外需 「悪化」 0 ▲2 1 2 3 4 1 3 2 2014 2015 4 79 78 77 76 75 74 73 72 15/5 ▲0.9 ▲4 (%) (2007=100) 実質GDP 6 鉱工業生産と稼働率 16/5 (年/月) 15/11 1 鉱工業生産(除くエネルギー) 設備稼働率(総合、右目盛) 2016 (年/四半期) (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 図表 6 60 58 (資料)連邦準備制度理事会より、みずほ総合研究所作成 製造業ISM指数 図表 7 新規受注 生産 雇用 入荷遅延 在庫 総合指数 非製造業ISM指数 64 新規受注 事業活動 62 入荷遅延 総合指数 雇用 60 56 58 54 56 52 54 50 52 48 50 48 46 15/5 15/8 15/11 16/2 15/5 16/5 15/8 15/11 16/2 (資料)ISMより、みずほ総合研究所作成 (資料)ISMより、みずほ総合研究所作成 図表 8 景気の全体感を示す主要統計 Q2 2015 Q3 2015 Q4 2015 Q1 2016 成長率 実質GDP成長率 2016/2 2016/3 2016/4 2016/5 2016/6 3.9 2.0 1.4 0.8 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 前期比年率、% 3.7 2.9 1.7 1.2 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 純輸出 寄与度、%Pt 0.2 ▲ 0.3 ▲ 0.1 ▲ 0.2 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 在庫投資 寄与度、%Pt 0.0 ▲ 0.7 ▲ 0.2 ▲ 0.2 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 前期比、% n.a. n.a. n.a. n.a. 0.3 ▲ 0.5 0.8 0.3 n.a. n.a. 製造業ISM指数 DI 52.6 51.0 48.6 49.8 48.2 49.5 51.8 50.8 51.3 n.a. 非製造業ISM指数 DI 56.5 58.2 56.9 53.8 53.5 53.4 54.5 55.7 52.9 n.a. 前期比、% ▲ 0.7 0.4 ▲ 0.9 ▲ 0.4 0.5 ▲ 0.2 ▲ 1.0 0.6 ▲ 0.4 n.a. 非エネルギー部門 前期比、% 0.1 0.4 ▲ 0.1 0.0 0.3 0.0 ▲ 0.5 0.3 ▲ 0.4 n.a. 鉱工業 設備稼働率 % 76.6 76.6 75.8 75.4 75.8 75.6 74.8 75.3 74.9 n.a. % 75.5 75.7 75.4 75.3 75.5 75.4 75.1 75.2 74.8 n.a. 月次実質GDP成長率 生産活動 2016/1 前期比年率、% 国内最終需要 企業業況 16/5 (年/月) (年/月) 鉱工業生産指数 製造業 (資料)米国商務省、マクロエコノミック・アドバイザーズ、ISM、連邦準備制度理事会より、みずほ総合研究所作成 4 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 3.家計部門:雇用が減速する中でも個人消費は堅調。住宅需要は底堅い 雇用に減速感がみられる一方で、個人消費は堅調さを維持している。住宅 市場は住宅需要の底堅さに支えられている。 雇用は大幅に減速 5 月の非農業部門雇用者数は前月差+3.8 万人と、2010 年以来の低い伸びと なった(図表 9) 。5 月の急減速は、財部門の減少に加えて、サービス部門に おいて幅広い業種の伸びが低下したことが理由である。また、労働時間ベー スで測った総労働需要指数は、3・4 月の下方修正も受けて、3 カ月連続で前 月比+0.1%の伸びにとどまった。これは下方修正前と比べて半分の伸びに過 ぎず、労働市場に対する見方を一変させる内容である。 失業率は低下 5 月の失業率は 4.7%と、前月から 0.2%ポイント低下した。労働参加率の 低下が主因となっており、内容は良くない。最近までの労働参加率は、2015 年 9 月を底に上向きの動きが続いていたが、4、5 月は連続で低下した。 賃金上昇率は加速 5 月の時間当たり賃金上昇率(農業を除く民間部門)は、前月比+0.2%と なった(図表 10) 。高い伸びとなった前月(同+0.4%) からは鈍化したもの の 、 巡航速度の伸びと言える。 前年比では+2.5%と、 2014 年 12 月 (同+1.7%) を底に緩やかな加速傾向が続いている。 小売売上高は堅調を維 持 小売売上高は堅調さを維持している(図表 11)。5 月の自動車販売台数 (Autodata Corporation)は 1,745 万台と、前月から小幅に増加した。また、 コア小売売上高(自動車・ガソリン・建材・外食を除く)は前月比+0.4%と、 大幅増となった前月(同+1.0%)を除けば、昨年 7 月以来の高い伸びとなっ た。無店舗販売を中心に、趣味・娯楽、衣料品等が増加した。 消費者マインドは高水 準 消費者マインドは高水準にある。6 月のミシガン大学消費者信頼感指数(速 報値)は、急上昇した前月並みの水準を保った。消費者は、良好な金融環境 と実質所得の増加を好感しているようだ。 住宅着工は横ばい圏の 動き 住宅着工件数は年率 110~120 万件のレンジで、増減を繰り返している。5 月の住宅着工件数は前月比▲0.3%の年率 116.4 万件(図表 12) 、先行指標で ある住宅着工許可件数は同+0.7%の年率 113.8 万件となった。許可件数の内 訳をみると、戸建て住宅が減少する一方で、集合住宅が 2 カ月連続で増加し た。集合住宅については、昨年末以降の減少傾向に歯止めがかかっている。 建築業者の景況感を表す住宅市場指数は、2016 年 2 月以降横ばいで推移し た後、6 月にやや上向いた。 値頃感のある住宅の不 4 月の新築住宅販売件数は前月比+16.6%の年率 61.9 万件と、2008 年 1 月 足が制約要因だが、住 以来の高水準となった。また、住宅販売の大宗を占める中古市場では、4 月の 宅ローン金利の低下が 販売件数が同+1.7%(年率 545 万件)と 2 カ月連続で増加した。全米不動産 需要の下支えに 協会(NAR)によれば、住宅価格の上昇が著しい西部を中心に、値頃感の ある住宅の不足が制約要因になっているものの、住宅ローン金利の低下が需 要の下支えにつながっている。 5 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 図表 9 (前月差、万人) 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 15/5 雇用統計 15/11 非農業部門雇用者数 図表 10 (%) 7.0 (前月比、%) 6.5 0.4 6.0 0.2 5.5 0.0 5.0 ▲ 0.2 4.5 16/5 (年/月) ▲ 0.4 0.6 15/11 15/5 16/5 (年/月) 後方3か月移動平均 失業率(右目盛) (資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成 図表 11 時間当たり賃金 (資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成 小売売上高 図表 12 (前月比、%) 2.0 住宅着工件数と住宅市場指数 (年率、万件) 130 70 1.5 60 1.0 50 115 0.5 40 0.0 30 ▲ 0.5 100 ▲ 1.0 15/5 15/11 コア 20 15/6 16/5 (年/月) (資料)米国商務省、NAHB より、みずほ総合研究所作成 図表 13 家計部門の主要統計 Q2 2015 Q3 2015 Q4 2015 Q1 2016 非農業部門雇用者数 2016/2 2016/3 2016/4 2016/5 2016/6 218 223 240 220 168 233 186 123 38 % 5.4 5.2 5.0 4.9 4.9 4.9 5.0 5.0 4.7 n.a. 時間 34.5 34.6 34.5 34.5 34.6 34.4 34.4 34.4 34.4 n.a. 時間当たり賃金 前期比、% 0.6 0.6 0.6 0.6 0.5 0.0 0.2 0.4 0.2 n.a. 小売売上高 前期比、% 1.5 0.9 0.3 ▲ 0.1 ▲ 0.5 0.3 ▲ 0.3 1.3 0.5 n.a. 前期比、% 0.9 1.0 0.3 0.7 0.2 0.4 0.2 1.0 0.4 n.a. 台数、百万台 17.1 17.8 17.9 17.2 17.6 17.5 16.6 17.4 17.4 n.a. 94.3 週当たり労働時間 コア小売 新車自動車販売台数 ミシガン大消費者信頼感 n.a. 1966年Q1=100 94.2 90.7 91.3 91.6 92.0 91.7 91.0 89.0 94.7 1985年=100 96.2 98.3 96.0 96.0 97.8 94.0 96.1 94.7 92.6 n.a. 住宅着工件数 年率、千戸 1,156 1,156 1,135 1,151 1,128 1,213 1,113 1,167 1,164 n.a. 住宅着工許可件数 年率、千戸 1,259 1,146 1,221 1,142 1,188 1,162 1,077 1,130 1,138 n.a. 新築住宅販売件数 年率、千戸 493 487 508 n.a. 526 538 531 619 n.a. n.a. 中古住宅販売件数 年率、千戸 5,280 5,403 5,200 5,300 5,470 5,070 5,360 5,450 n.a. n.a. DI 57 61 62 59 61 58 58 58 58 60 カンファレンスボード消費者信頼感 住宅市場 2016/1 前期差、千人 失業率 個人消費 16/6 (年/月) 住宅着工件数 住宅市場指数(右目盛) 自動車・建材・ガソリン・外食 (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 雇用環境 15/12 NAHB住宅市場指数 (資料)米国労働省、米国商務省、Autodata、ミシガン大、カンファレンスボード、NAR、NAHB よりみずほ総合研究所作成 6 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 4.企業・対外・政府部門:設備投資は低迷、輸出は悪化に歯止め 設備投資については、建設投資の増加が一服し、機械関連投資は低迷が続 いている。 建設投資は減少 建設投資(除く住宅)は昨年末を底に緩やかに増加していたが、4 月は 4 カ月ぶりの減少となった(図表 14) 。工場建設や商業施設の建設減少が全体の 押し下げに寄与した。 機械関連投資は低迷 機械関連投資は低迷が続いている。機械関連の設備投資動向を示す資本財 (国防・航空機を除く資本財)の 4 月の出荷額は 7 カ月ぶりの増加に転じた (図表 15) 。他方で、先行きをみる上で重要な受注額は、鉱業・石油・ガス機 械や建設機械の落ち込み等を受けて 2 カ月ぶりに減少し、企業の投資活動が 依然弱いことを示した。 企業の投資マインドは まちまち 企業の設備投資マインドはまちまちである。6 月の地区連銀・製造業調査に よる 6 カ月先の設備投資判断DIをみると、ニューヨークが上昇する一方、 フィラデルフィアは低下した。 輸入、輸出ともに増加 4 月の実質輸出入はともに増加した(図表 16) 。4 月の実質輸入は、資本財 の増加が全体を押し上げた。実質輸出については、産業用資材を中心に、自 動車、消費財等も増加した。5 月の輸出受注指数(製造業ISM指数の補助項 目) は 3 カ月連続で 50 の水準を超えている。 2 月以降のドル高是正を受けて、 輸出の悪化には歯止めがかかってきている可能性が高い。 連邦財政赤字は前年度 を上回る規模 2016 会計年度における 5 月の連邦財政収支は 525 億ドルの赤字となった。 前年対比でみれば、赤字幅が 37.5%縮小した。内訳をみると、所得税収の増 加を受けて、歳入が増加した(前年比+5.8%、2,246 億ドル) 。一方、歳出は 減少し(前年比▲6.5%、2,771 億ドル) 、暦の関係で社会保障関連の支出が前 月に前倒しされていたこと、防衛関連支出が減少したことが全体の押し下げ につながった。 他方、5 月までの累計でみると、赤字額(2015 年 10~2016 年 5 月)は 4,071 億ドルとなり、前年度(3,668 億ドル)を上回る規模となっている(図表 17) 。 企業収益の低迷により法人税収が減少し、歳入全体が伸び悩んでいることが 主因である。 7 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 図表 14 非住宅建設投資 図表 15 資本財出荷・新規受注 (年率、億ドル) (年率、億ドル) 680 4200 660 4000 640 620 3800 600 15/4 3600 15/4 15/10 16/4 (年/月) 非国防資本財新規受注 非国防資本財出荷 (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 表 16 実質財輸出・輸入 (2013年平均=100) 114 112 110 108 106 104 102 100 98 15/4 15/10 16/4 (年/月) 図表 17 累積連邦財政収支 (億ドル) 0 ▲1,000 ▲2,000 ▲3,000 ▲4,000 ▲5,000 ▲6,000 10 15/10 2 4 2015年度 輸入 輸出 12 6 8 (月) 16/4 (年/月) (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 2016年度 (資料)米国財務省より、みずほ総合研究所作成 図表 18 企業・対外・政府部門の主要統計 Q2 2015 Q3 2015 Q4 2015 Q1 2016 企業業況 設備投資 0.2 ▲ 8.2 フィラデルフィア(PHL)連銀 現状判断 9.0 0.2 ▲ 7.3 2.0 ▲ 3.5 2016/3 2016/4 2016/5 2016/6 0.6 9.6 ▲ 9.0 ▲ 2.8 12.4 ▲ 1.6 ▲ 1.8 4.7 ▲ 0.6 n.a. n.a. n.a. 6.0 前期比、% ▲ 2.0 1.4 ▲ 1.9 n.a. 2.4 ▲ 2.1 0.3 コア資本財 出荷金額 前期比、% ▲ 0.8 0.4 ▲ 1.7 n.a. ▲ 1.5 ▲ 1.6 0.0 0.4 n.a. 非住宅建設支出 前期比、% 9.3 0.5 ▲ 0.1 n.a. 2.0 0.9 1.3 ▲ 1.5 n.a. n.a. 17.2 16.6 13.7 14.6 15.0 12.9 15.8 22.1 3.1 11.2 14.1 17.5 14.0 8.4 9.4 2.5 13.3 12.7 23.6 7.1 ▲ 124 ▲ 126 ▲ 124 n.a. ▲ 42 ▲ 44 ▲ 36 ▲ 37 n.a. n.a. PHL連銀 6か月先設備投資判断 財政 2016/2 ▲ 19.4 ▲ 16.6 コア資本財 受注金額 NY連銀 6か月先設備投資判断 輸出入 ▲ 9.2 ▲ 11.8 2016/1 ニューヨーク(NY)連銀 現状判断 貿易収支 10億ドル 輸出 10億ドル 572 564 552 n.a. 180 182 180 183 n.a. n.a. 輸入 10億ドル 696 690 676 n.a. 222 226 216 220 n.a. n.a. 実質財輸出 2013年=100 103 103 102 n.a. 100 103 101 103 n.a. n.a. 実質財輸入 2013年=100 109 109 109 n.a. 108 112 106 108 n.a. n.a. 55 ▲ 193 ▲ 108 106 ▲ 53 n.a. 123 ▲ 123 ▲ 216 ▲ 245 財政収支 10億ドル 歳入 10億ドル 1,027 802 766 711 314 169 228 438 225 n.a. 歳出 10億ドル 904 925 981 956 258 362 336 332 277 n.a. (資料)ニューヨーク連銀、フィラデルフィア連銀、米国商務省、米国財務省よりみずほ総合研究所作成 8 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 5.物価動向:コアPCEデフレーター上昇率は低位安定 輸入物価は下落率が縮 小 5 月の輸入物価指数は前年比▲5.0%となり、前月(同▲5.3%)から下落率 が縮小した(図表 19) 。ドル高や原油安が一服していることにより、前年比ベ ースでみた輸入物価に対する低下圧力は弱まっている。最終財(自動車、消 費財、資本財)の下落率についても前月から縮小した。 国内企業部門の物価は ゼロ近傍 5 月の最終需要・生産者物価指数(PPI)は前年比▲0.1%(前月同 0.0%) と、ゼロ近傍の伸びが続いた(図表 20) 。エネルギーを含む財物価の上昇率は マイナス幅が拡大し(4 月同▲1.9%→5 月同▲2.6%) 、サービス物価の上昇 率は、毎月の変動が大きい卸売業者や小売業者等のマージン(利鞘)の増加 を受けて加速した(4 月同+1.0%→5 月同+1.4%) 。ISM調査によれば、 製造業、非製造業ともに足元にかけて仕入価格指数に上向きの動きがみられ る。企業の生産段階でのインフレ圧力が高まりつつあるようだ。 PCEデフレーターは リテール部門の物価上昇率は、低位安定が続いている。 低位安定 4 月の個人消費支出(PCE)デフレーター上昇率は前年比+1.1%(前月 同+0.8%)と加速したが、コアPCEデフレーター(食品・エネルギーを除 く)上昇率は同+1.6%と前月から変わらなかった(図表 21) 。ガソリン価格 の反発によりヘッドラインの物価上昇率が高まっているのに対して、コアは 低位安定が継続している。コアの 3 カ月前比年率上昇率をみると、+1.7%と 前月(+2.2%)から鈍化した。基調的な物価上昇率を示す、ダラス連銀刈込 平均PCEデフレーター上昇率は昨年 1 年間、同+1.6%から同+1.7%の狭 いレンジで推移していた。2016 年 1 月、2 月は+1.9%と過去のレンジを上抜 けする形となったが、3 月、4 月は同 1.8%となった。 5 月の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年比+1.0%(前月同+1.1%) と鈍化したものの、コアCPI上昇率は同+2.2%(4 月同+2.1%)と加速し た。財物価の上昇率はマイナス圏に沈んだままだが、家賃や医療費などサー ビス物価の上昇率が加速した。 コアCPIの3カ月前比年率上昇率をみると、 +1.9%と、2016 年 2 月(+3.0%)をピークに勢いが鈍化している。クリー ブランド連銀の刈込平均CPI上昇率は前年比+2.0%と前月から変わらな かった。 インフレ期待は低下 市場取引ベースのインフレ期待、サーベイ調査に基づくインフレ期待はと もに低下した(図表 22) 。イエレンFRB議長は 6 月 FOMC 後の記者会見で、 市場取引ベースのインフレ期待に関して、 「インフレ・リスクプレミアム(※) が大幅に低下し、それが指標に影響している可能性がある」と述べた。また、 ミシガン大調査のインフレ期待が低下したことを指摘しつつも、 「これは速報 値であり、何を意味しているのか判断することは難しい」と述べた。 (※)インフレ・リスクプレミアムとは、物価の不確実性に関するリスクである。インフレ・ リスクプレミアムが上昇するケースは物価上振れへの懸念、低下するケースは物価下振れへの 懸念が強いことを意味する。 以上 9 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 図表 19 輸入物価 (前年比、%) 図表 20 (前年比、%) 0.5 5 (前年比、%) 3.0 0.0 0 2.0 ▲ 0.5 1.0 ▲ 1.0 0.0 ▲ 1.5 ▲1.0 ▲ 2.0 16/5 (年/月) ▲2.0 ▲5 ▲ 10 ▲ 15 15/5 15/11 輸入物価 15/11 15/5 16/5 (年/月) コア 総合 うち最終財(右目盛) (資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成 (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 図表 21 最終需要PPI PCEデフレーター 図表 22 (前年比、%) 2.0 期待インフレ率 (%) 2.8 1.5 2.3 1.0 1.8 0.5 1.3 0.0 15/5 15/11 総合 15/12 15/6 16/5 (年/月) ミシガン大 期待インフレ率(5~10年先) (年/月) BEI(5年先5年) コア (資料)米国商務省より、みずほ総合研究所作成 (資料)ミシガン大、Bloomberg より、みずほ総合研究所作成 図表 23 物価の主要統計 Q2 2015 Q3 2015 Q4 2015 Q1 2016 輸入物価 輸入物価指数 消費者物価 2016/1 2016/2 2016/3 2016/4 2016/5 2016/6 ▲ 9.5 ▲ 6.4 ▲ 6.5 ▲ 6.6 ▲ 6.1 ▲ 5.3 ▲ 5.0 n.a. ▲ 1.4 ▲ 1.6 ▲ 1.6 ▲ 1.2 ▲ 1.3 ▲ 1.2 ▲ 1.2 ▲ 1.1 ▲ 1.0 n.a. 最終需要 生産者物価指数 前年比、% ▲ 0.8 ▲ 0.9 ▲ 1.3 ▲ 0.0 0.0 0.0 ▲ 0.1 0.0 ▲ 0.1 n.a. コア生産者物価指数 前年比、% 1.0 0.7 0.2 1.0 0.8 1.2 1.0 0.9 1.2 n.a. 消費者物価指数 前年比、% ▲ 0.0 0.1 0.5 1.1 1.4 1.0 0.9 1.1 1.0 n.a. コア消費者物価指数 前年比、% 1.8 1.8 2.0 2.2 2.2 2.3 2.2 2.1 2.2 n.a. PCEデフレーター 前年比、% 0.3 0.3 0.5 1.0 1.3 1.0 0.8 1.1 n.a. n.a. 前期比、% 0.5 0.3 0.1 0.1 0.1 ▲ 0.1 0.1 0.3 n.a. n.a. 前年比、% 1.3 1.3 1.4 1.7 1.7 1.7 1.6 1.6 n.a. n.a. 前期比、% 0.5 0.3 0.3 0.5 0.3 0.2 0.1 0.2 n.a. n.a. 前年比、% 1.7 1.7 1.7 1.8 1.9 1.9 1.8 1.8 n.a. n.a. % 2.7 2.7 2.6 2.6 2.7 2.5 2.7 2.5 2.5 2.3 期末値、% 2.0 1.9 1.8 1.5 1.6 1.4 1.6 1.6 1.6 1.4 コアPCEデフレーター 刈込平均 PCEデフレーター インフレ期待 ▲ 10.0 ▲ 11.2 前年比、% 最終財 生産者物価 前年比、% 16/6 ミシガン大 期待インフレ率 BEI(5年先5年) (資料)米国商務省、米国労働省、ダラス連銀、ミシガン大、Bloomberg より、みずほ総合研究所作成 10 みずほ米国経済情報(2016 年 6 月号) 2 01 6年 6月 22 日 発行 欧米調査部主席エコノミスト 小野 亮 03-3591-1219 mak ot [email protected] o. jp 欧米調査部主任エコノミスト 風間 春香 03-3591-1418 har uk a.kazama@mizuho-r i. co.jp ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあり ません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確 性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されるこ ともあります。
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