Jun 23, 2016 伊藤忠経済研究所 日本経済情報 2016 年 6 月号 Summary 【内 容】 1. アベノミクスの評価 安倍政権の経済政 策が参院選の注目 点に 実質成長率やドル建 て GDP だけでは優 劣を判断できず 生活実感に近い指 標が示す残された課 題 デフレ脱却と財政再 建に一定の成果 2. 今後の見通し 景気の現状:2016 年 1~3 月期 GDP は小 幅上方修正ながら停 滞評価は変わらず 国内民間需要に改 善は見られず 円高の影響が今後 の懸念材料 デフレ脱却が視野に 入るのは 2018 年度 以降 伊藤忠経済研究所 主席研究員 武田淳 (03-3497-3676) takeda-ats @itochu.co.jp アベノミクスの評価と改定見通し 6 月 22 日に公示された参院選では、安倍政権の経済政策運営が注目点の 一つとなっている。特に、選挙戦という性格上、民主党(現民進党)政 権時代の経済パフォーマンスと比較されることが少なくない。 両政権期の実質 GDP を比較すると、民主党期は 5.7%増加したが、安倍 政権では 2.5%にとどまり、経済成長という観点では民主党に軍配が上 がる。ただ、民主党期はリーマン・ショックにより景気が大きく落ち込 んだ後であり、安倍政権では消費増税が成長を阻害した面もある。 また、経済規模を諸外国と比較する際に用いられるドルベースの GDP は、民主党期に 16%拡大した一方で、安倍政権期は 25%縮小した。両 者の違いは言うまでもなく為替相場の影響である。 以上の通り、安倍政権期は成長率やドルベースの経済規模で民主党政権 期に劣っているが、財政再建やデフレの根源となった円高是正の結果で あることも考慮すると、優劣を判断し難い。 より生活実感に近い指標で比較すると、賃金は名目では安倍政権、実質 では民主党となり、違いは物価である。ただ、民主党期はデフレが続い ており、物価上昇下での実質賃金上昇が今後の課題ということになる。 雇用については、量では安倍政権、質については民主党、安倍政権とも 非正規雇用の増加が続き未だ改善できておらず、課題を残している。そ のほか、「貯蓄のない世帯」の比率上昇や生活保護受給世帯数の増加が 続いており、格差拡大も今後の政策運営における重要な課題と言える。 そもそも、民主党期は経済を非常事態から正常化することが求められ、 安倍政権期は緩やかなインフレ下での経済正常化を目指しており、状況 も目標も異なるため、単純に比較することにさほど意味はない。アベノ ミクスはデフレ脱却と財政再建に一定の成果を挙げたという評価はで きるため、過去の経済政策の評価は、政争の具ではなく、今後の政策運 営を考えるための前向きな材料として活用すべきであろう。 景気は停滞が続いている。個人消費が低調、円高の影響による輸出の落 ち込みや設備投資の頭打ちが懸念され、 消費増税が先送りされても 2016 年度の実質 GDP 成長率は前年比+0.9%にとどまろう。2017 年度はや や伸びが高まり+1.1%となり、需給ギャップがようやく解消しよう。 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 1. アベノミクスの評価~民主党政権との比較を中心に 安倍政権の経済政策が参院選の注目点に 6 月 22 日に参院選が公示された。投票日となる 7 月 10 日に向けて、今後、与野党の間で論戦が激し さを増していくことになろうが、今回注目される論点の一つは、安倍政権の経済政策運営、すなわち アベノミクスに対する評価である。特に、選挙戦という性格上、民主党(現民進党)政権時代の経済 パフォーマンスと比較されることが少なくない。 そこで、民主党政権期(2009 年 9 月 16 日~2012 年 12 月 26 日)と、続く安倍政権の発足から最近 までの間について、興味を引きそうな指標を幾つかピックアップして比較してみた(下表) 。 民主党政権と安倍政権の経済データ比較 民主党政権期 実質GDP (年率季調値、10億円) 名目GDP (10億円) (億ドル) 一人当たり名目GDP (ドル) 名目賃金指数 2009年Q3 489,577 2009年Q3 (月平均、円) 貯蓄ゼロ世帯比率 プライマリーバランス(兆円) (GDP比・%) 日経平均株価 (円) 為替相場 (円/ドル) 変化( %) 472,749 503,238 6.4 58,333 43,651 -25.2 2009年 50,336.7 2009年 2012年 59,586.0 2012年 99.5 2009年 98.9 2012年 98.7 2009年Q3 99.2 2012年Q4 6,298 2009年Q3 6,273 2012年Q4 1,748 2009年 253,720 2009年 1,843 2012年 247,651 2012年 22.2 2009年度 26.0 2012年12月 127.4 2009年 157.1 2012年 100.7 (2010年平均=100) 財政赤字 2016年Q1 2.5 0.7 (万世帯) 消費者物価指数 2012年Q4 530,235 変化( %) 16.4 (金融資産無し世帯割合、%) 生活保護受給世帯数 変化( %) 517,355 2016年Q1 58,333 (万人) 1世帯の消費支出 2012年Q4 5.7 2012年Q4 472,749 (万人) 非正規労働者数 517,355 変化( %) 50,126 (2010年平均=100) 就業者数 2012年Q4 469,576 (2010年平均=100) 実質賃金指数 安倍政権期 99.7 2008年度 2012年度 実績 実績 -6.6 -1.4 2009年 9,331 2009年 93.6 -32.2 -6.8 2012年 9,104 2012年 79.8 (注)民主党政権期の期間は2009年9月16日~2012年12月26日 (出所)内閣府、厚生労働省、総務省、金融広報中央委員会、CEIC DATA 2 変化( %) 18.4 変化( %) 2012年 59,586.0 2012年 -0.6 変化( %) -24.6 変化 -2.4 変化 2012年Q4 6,273 2012年Q4 1,843 2012年 247,651 2012年 3.8 変化 2012年12月 157.1 2012年 -1.0 変化 -25.6 -5.4 変化( %) -2.4 変化( %) -14.7 99.0 2015年 94.6 2016年Q1 6,415 2016年Q1 2,007 2015年 247,126 2015年 26.0 29.7 変化( %) 2015年 99.2 95.0 変化( %) 41,238.1 98.9 2012年 0.5 変化 2015年 99.7 30.9 2016年3月 163.5 2015年 103.6 2012年度 2015年度 実績 見込み -32.2 -6.8 2012年 9,104 2012年 79.8 -17.6 -3.5 2015年 19,199 2015年 121.1 変化( %) -30.8 変化( %) 0.1 変化( %) -4.6 変化 141.7 変化 164.0 変化( %) -0.2 変化 4.9 変化 6.5 変化( %) 3.9 変化 14.5 3.3 変化( %) 110.9 変化( %) 51.8 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 実質成長率やドル建て GDP だけでは優劣を判断できず まず、実質 GDP の変化を比較すると、民主党政権期は約 3 年 3 ヵ月(2009 年 Q3~2012 年 Q4)の 間に 5.7%増加したが、安倍政権下の約 3 年 3 ヵ月(2012 年 Q4~2016 年 Q1)の間の増加率は 2.5% にとどまっている。四半期平均では、民主党期の年率 1.7%に対して安倍政権期は 0.8%である。GDP ..... の拡大、言い換えると経済成長という観点では、表面的には民主党政権に軍配が上がる。 ただ、民主党期は 2008 年 9 月のリーマン・ショック前後 1 年間(2008 年 Q1~2009 年 Q1)に実質 GDP が約 1 割も落ち込んだ半年後にスタートしており、一般的にはリバウンドが期待される局面で あった。さらに、後述の通り、財政赤字の急拡大に目をつぶって景気の底上げを優先した点を割り引 いて考える必要があろう。一方、安倍政権期は、2014 年 4 月の消費税率引き上げ(5%→8%)まで の約 1 年半の間に実質 GDP が 3.4%増加したが、増税直後に 2%も減少、2016 年 1~3 月期の時点で その半分程度しか取り戻していない。つまり、消費増税が成長を阻害したと言え、両政権での経済パ フォーマンスの違いは、当時の環境や財政に対する姿勢の違いによる部分が大きかったようである。 実質GDPの推移(季節調整値、2005年価格、兆円) 消費者物価とGDPデフレーターの推移(前年同期比、%) 4 540 消費者物価指数 総合 3 530 GDPデフレーター 2 520 1 510 0 500 ▲1 490 480 2008 2009 ( 出所) 内閣府 ▲2 民主党政権期 2010 2011 2012 安倍政権期 2013 2014 2015 ▲3 2008 2016 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 内閣府、 総務省 また、物価変動を含む名目 GDP を比較すると、結果は逆転する。民主党期の名目 GDP は 0.7%の増 加にとどまる一方で、安倍政権期は 6.4%増加している。安倍政権期には消費増税に伴う物価上昇が 加味されていることが大きいが、その影響を除いても、デフレ脱却が一時視野に入る状況まで改善し たことを反映したものである。民主党期は、リーマン・ショックの後遺症や東日本大震災、円高の加 速などもあってデフレの深化が続いた。消費者物価を比較すると、民主党期は 3 年で 1.0%下落、安 倍政権期は 3.9%上昇、増税の影響を除いても 3 年 2%弱上昇している。 なお、経済規模を諸外国と比較する際に良く用いられるドルベースの GDP(名目)は、民主党期に 5.0 兆ドルから 5.8 兆ドルへ 16%ほど拡大したが、 名目GDPの推移(季節調整値、兆ドル) 安倍政権期は 4.4 兆ドルへ約 25%縮小した。両者 6.5 の違いは言うまでもなく為替相場の影響である。 6.0 ドル円相場は、民主党期に 1 ドル=93.6 円(2009 5.5 年平均)から 79.8 円(2012 年平均)へ約 15%円 5.0 高が進み、安倍政権期には 121.1 円(2015 年)ま 4.5 で約 5 割も円安に戻している。 4.0 以上の通り、安倍政権期の経済パフォーマンスは、 3.5 2008 民主党政権期 2009 ( 出所) 内閣府 3 2010 2011 2012 安倍政権期 2013 2014 2015 2016 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 成長率やドルベースで見た経済規模においては、民主党政権期に劣っているが、成長率の低さは財政 再建を進めたためであり、ドル建て GDP の減少はデフレの根源となった円高を是正した結果である ことも考慮すると、成長率やドル建て GDP の規模だけで優劣を判断することは適当ではなかろう。 生活実感に近い指標が示す残された課題 そういう観点もあり、両者の経済政策の成果を比較する際に、より生活実感に近い指標を用いるケー スも散見される。幾つか具体例を挙げると、平均賃金 1は、民主党政権期に名目で 0.6%減少した一方 で、安倍政権期には 0.1%と小幅ながら増加した。しかしながら、物価上昇を加味した実質では、民 主党期の 0.5%増に対して安倍政権期は 4.6%も減少している。民主党期はデフレが続いたことが賃金 の実質的な水準を押し上げ、逆に安倍政権期は物価の緩やかな上昇と消費税率引き上げが実質賃金を 押し下げたということである。デフレ脱却の過程では、まず名目ベースで賃金が増加し、それから実 質ベースでも増加していく流れが一般的であり、実質賃金の動きの違いは、デフレ下の民主党政権期 と、デフレ脱却の途上にある安倍政権期という整理が適当であろう。つまり、安倍政権下での実質賃 金の減少は、デフレ脱却が進んでいる裏返しということでもある。もちろん、今のところ賃金の上昇 幅は物価上昇や消費税負担に比べ不十分であり、それがデフレ脱却を遅らせる大きな要因となってい るため、 「十分な賃金の上昇」が今後の政策上の課題ということになる。 賃金指数の推移(2010年=100) 非正規の職員・従業員の割合(%) 39 106 実質賃金 104 38 名目賃金 37 102 36 100 35 98 34 96 33 94 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 32 2015 2008 ( 出所) 厚生労働省 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 総務省 雇用については、量と質の両面で比較されることが多い。まず、量の面では、就業者数 2が民主党政 権期は 25 万人減少(2009 年 Q3:6,298 万人→2012 年 Q4:6,273 万人)したことに対して、安倍政 権期は 142 万人増加(→2016 年 Q1:6,415 万人)しており、いずれが望ましい結果であるかは明白 である。ただ、このうち非正規労働者 3の数は、民主党期の 95 万人増に対して安倍政権期は 164 万人 増と増勢を強めており、非正規労働者だけが増えているという質の面での課題を残している。 とはいえ、上記の通り名目ベースで賃金が上昇し、雇用も量的には拡大していることから、1 世帯あ たりの消費支出 4(名目)は、安倍政権期の 3 年間で 0.2%の小幅な減少にとどまった。民主党政権期 は 2.4%減少していたことから、下げ止まりつつあるという評価が妥当であろう。さらに言えば、安 倍政権の発足から、消費税率が引き上げられた 2014 年までに限れば消費支出は増加しており、消費 増税の予想を上回る負のインパクトが安倍政権の経済運営にとって大きな誤算であったことが、こう 1 2 3 4 厚生労働省「毎月勤労統計調査」の賃金指数のうち「現金給与総額」 。 総務省「労働力調査」による。サラリーマンだけでなく自営業者を含む。 総務省「労働力調査」による。パート、アルバイト、派遣社員、契約社員、嘱託など。 総務省「家計調査」の総世帯の消費支出。 4 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 した数字からも確認できる。 そのほか、所得格差の拡大という観点から、 「貯蓄のない世帯」の比率や生活保護を受給している世帯 の数が注目されることも少なくない。貯蓄のない(金融資産を保有していない)世帯の比率 5は、民 主党政権期に 22.2%(2009 年)から 26.0%(2012 年)へ 3.8%Pt 上昇、安倍政権期には 30.9%(2015 年)へさらに 4.9%Pt 上昇した。また、生活保護受給世帯数 6は、民主党期に約 30 万世帯増(2009 年度 127.4 万世帯→2012 年 12 月 157.1 万世帯) 、安倍政権期にも 6.5 万世帯増加した(→2016 年 3 月 163.5 万世帯) 。すなわち、いずれの政権においても悪化が続いており、こうした格差の拡大は今後 の政策運営における重要な課題である。 デフレ脱却と財政再建に一定の成果 上記の通り、生活実感に近い指標で比較した場合でも、民主党政権期と安倍政権期のいずれの経済政 策が勝っていたか優劣を付けることは難しい。格差の拡大についても、民主党政権時代から生じてい た動きであり、安倍政権でもその流れを止められていない、という評価となろう。 そもそも、民主党政権期はリーマン・ショックにより非常事態と言える状態にまで悪化した経済情勢 を正常化することが最優先課題であり、安倍政権期は円高の進行を背景に一段と強まるデフレ圧力を 緩和し、緩やかなインフレを実現することで経済を正常化することを目標としており、置かれている 状況も目指すべき状態も異なるため、単純に比較することにさほど意味はない。 少なくとも、安倍政権の経済政策を評価する上で重要な点は、デフレ脱却と財政再建の二兎を追うこ とを目標としていることに基づけば、物価と財政状況である。それぞれの状況を見ると、消費者物価 については、既に触れた通り、民主党政権期においては下落傾向が続いた一方で、安倍政権下では緩 やかながらも上昇傾向に転じた。また、財政状況については、民主党政権期は、2008 年度に一般政府 7 の財政収支が 16.5 兆円の赤字、利払い費を除いた基礎的財政収支(プライマリーバランス)で見て 6.6 兆円(GDP 比 1.4%)の赤字だったものが、大規模な景気対策を実施したことによって 2012 年度 にはそれぞれ 41.0 兆円、32.2 兆円(6.8%)まで赤字幅が拡大した。それらが安倍政権期に入り、景 気回復に伴う税収増や消費増税によって、2015 年度にはそれぞれ 26.6 兆円、17.6 兆円(3.5%)に縮 小したとみられる。十分でないが一定の成果はあった 一般政府の財政収支の推移(兆円) と評価すべきであろう。 10 財政収支 ただし、今年に入ってからの円高と株安の進行により 0 景気の停滞感が強まり、アベノミクスが目指す形での ▲ 10 デフレ脱却が危ぶまれつつある 8。過去の経済政策の ▲ 20 評価は、政争の具ではなく、今後の政策運営を考える ▲ 30 ▲ 40 ための前向きな材料として活用すべきであろう。 ▲ 50 2005 ※2015年度は当研究所による推定 2006 2007 2008 2009 ( 出所) 内閣府 5 6 7 8 基礎的財政収支 金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」の「2 人以上世帯」に対する調査。 厚生労働省「被保護者調査」による。 中央政府、地方政府、社会保障基金の合計。 詳細は、2016 年 4 月 22 日付「日本経済情報 2016 年 4 月~アベノミクス再考」参照。 5 2010 2011 2012 2013 2014 2015 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 2. 今後の見通し 景気の現状:2016 年 1~3 月期 GDP は小幅上方修正ながら停滞評価は変わらず 景気の悪化を受けて、安倍政権は 2017 年 4 月に予定していた消費税率の再引き上げを 2 年半延期す る方針を決めたが、実際に景気は停滞状態が長期化している。2016 年 1~3 月期 GDP の 2 次速報値 (QE)は前期比+0.5%(年率+1.9%)となり、1 次速報値の前期比+0.4%(年率+1.7%)から小 幅に上方修正された。それでも、前の期(10~12 月期)の前期比▲0.4%(年率▲1.8%)を埋める程 度にとどまっている。 主な需要項目を見ると、設備投資(1 次速報前期比▲1.4%→2 次速報▲0.7%)のほか、個人消費(+0.5% →+0.6%)や住宅投資(▲0.8%→▲0.7%)が上方修正されたものの、民間在庫投資(GDP の前期比 に対する寄与度▲0.0%→▲0.1%)の下方修正が GDP 成長率への影響を減殺した。 実質GDPの推移(季節調整値、前期比年率、%) 個人消費の財別推移(季節調整値、前期比、%) 4 15 3 実質GDP 10 2 その他 1 5 純輸出 0 ▲5 0 個人消費 ▲1 設備投資 ▲2 ▲3 公共投資 その他 非耐久財 耐久財 ▲4 ▲ 10 ▲5 ▲ 15 半耐久財 サービス 家計消費 ▲6 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2010 2016 ( 出所) 内閣府 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 内閣府 国内民間需要に改善は見られず 設備投資は上方修正となったものの、3 四半期ぶりの前期比マイナスであることは 1 次速報から変わ らず、しかも、増加が続いた前 2 四半期も小幅増であった (7~9 月期前期比+0.8%、 10~12 月期+1.3%) ことから、停滞局面が長期化していると評価すべきであろう。前年同期比が 10~12 月期の+4.1%か ら 1~3 月期は+0.4%まで鈍化していることが、その証左である。 個人消費に至っては、前期比+0.6%に上方修正されたが、前の期の▲0.8%という落ち込みを埋め切 れておらず、1~3 月期の水準が閏年によって押し上げられていたことも考慮すると、低迷が続いたと いう評価が妥当である。財別の内訳を見ると、耐久財が前期比+6.6%と顕著に増加しているが、大部 分が前の期に落ち込んだ反動とみられ(10~12 月期▲5.8%) 、同じく前の期に大きく落ち込んだ衣料 品や雑貨などの半耐久財は+0.6%と概ね横ばいにとどまるなど(10~12 月期▲3.2%)、マインドに 左右されやすい選択的な消費は回復に程遠い状況にある。さらに、閏年によって嵩上げされやすい食 料品などの非耐久財が前期比横ばいにとどまったことは、節約志向の強まりを示しているという見方 もできよう。 4 月以降の個人消費関連指標も、物販については冴えない動きが続いている。5 月の百貨店売上高(店 舗数調整済)は、前年同月比▲5.1%と 3 ヵ月連続のマイナスになった。訪日外国人客向け販売が▲ 16.6%と 2 ヵ月連続の前年割れとなったほか、衣料品の低迷が続いており、株価下落などによる消費 者マインドの冷え込みが要因として指摘されている。5 月のスーパー売上高(既存店)も、前年同月 6 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 比▲1.3%と 3 ヵ月連続のマイナスを記録した。土曜日が前年より 1 日少なかったことや、気温低下で 夏物商品が伸び悩んだことが落ち込みの主因とされている。さらに、コンビニ売上高(既存店)も、 前年同月比▲0.3%と 2 ヵ月ぶりのマイナスに転じた。来店客数が減少したほか、気温上がらず飲料や アイスの販売が落ち込んだ模様である。 小売販売額の推移(前年同期比、%) 輸出数量指数の推移(季節調整値、2010年=100) 150 15 小売業計 コンビニ スーパー 百貨店 140 10 130 米国 EU 合計 アジア 120 5 110 100 0 90 80 ▲5 70 ※小売業計の直近期は4月、他は4~5月平均。 百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。 ▲ 10 2010 2011 2012 2013 2014 2015 60 2008 2016 ( 出所) 経済産業省、 各業界団体 ※当研究所試算の季節調整値で最新期は4~5月平均 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 財務省 円高の影響が今後の懸念材料 GDP ベースで 2 四半期ぶりの増加に転じた輸出(10~12 月期前期比▲0.8%→1~3 月期+0.6%)に ついても、リバウンドの域を脱しておらず、今後については年初から進んだ円高の影響が懸念される。 実際に、輸出数量指数は、当研究所試算の季節調整値で 4 月の前月比▲0.9%から 5 月は▲2.6%へ落 ち込みが加速、これにより 4~5 月平均の水準は 1~3 月期を 2.6%も下回った。主な仕向地別では、 米国向け(4~5 月平均の 1~3 月期比:▲4.0%) 、EU 向け(▲3.5%) 、アジア向け(▲1.2%)とも 落ち込んだ。米国、EU 向けについては自動車の落ち込みが目立っており、域内販売が好調な EU 向 け自動車輸出には円高の影響が出始めた 日本経済の推移と予測(年度) 可能性がある。 また、円高は企業収益の下押しを通じて設 前年比,%,%Pt に乏しい。当面は、昨年度 2 次補正予算の 2016 2017 実績 予想 予想 ▲0.9 0.8 0.9 1.1 国内需要 ▲1.5 0.7 1.0 0.9 民間需要 2.2 ▲1.9 0.7 0.9 0.8 2.3 ▲2.9 ▲0.2 0.6 0.9 8.8 ▲11.7 2.4 3.4 ▲5.2 2.0 2.2 0.2 (0.3) (▲0.1) (0.2) 個人消費 住宅投資 持ち直しに、景気の下支え役を期待せざる 設備投資 在庫投資(寄与度) 政府消費 たれるところである。 公共投資 デフレ脱却が視野に入るのは 2018 年度以 純輸出(寄与度) 輸 出 降 2015 実績 2.4 執行が本格化することに伴う公共投資の を得ない状況であり、個人消費の復調が待 2014 実績 2.0 備投資にも悪影響を及ぼす可能性もあり、 実質GDP 民間需要は総じて先行きに関する好材料 2013 輸 入 3.0 0.1 (▲0.3) (0.5) 1.6 0.1 1.5 1.4 1.0 10.3 ▲2.6 ▲2.7 1.8 2.1 (▲0.3) (0.8) (0.1) (▲0.1) (0.2) 4.4 7.9 0.4 0.5 3.2 6.8 3.4 ▲0.1 1.0 2.3 こうした足元の状況を踏まえると、輸出の 名目GDP 1.7 1.5 2.2 1.3 1.2 先行きについても慎重な見方をせざるを 実質GDP(暦年ベース) 1.4 ▲0.0 0.5 0.6 1.1 得ない。先月の時点で当研究所は 2016 年 鉱工業生産 3.3 ▲0.5 ▲1.0 1.2 3.2 3.9 3.5 3.3 3.1 3.1 0.8 2.8 ▲0.0 0.7 1.2 度の GDP ベースの輸出を前年比+1.4%、 失業率(%、平均) 2017 年度を+3.2%と見込んでいたが、 消費者物価(除く生鮮) (出所)内閣府ほか、予想部分は当研究所による。 7 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 2016 年度について+0.5%へ下方修正する。その他については基本的に前回通りであり、その概要は 以下の通りである。 2016 年度は、個人消費がマインドの悪化を引き 需給ギャップと消費者物価上昇率(前年同期比、GDP比、%) ずって持ち直し程度の緩やかな増加にとどまり、 2 1 を維持する程度となる中で、円高の影響もあって 需給ギャップ(GDP比) 0 輸出は上記の通り横這い程度にとどまり、設備投 ▲1 資も伸び悩む。一方で、公共投資は 2015 年度補 ▲2 正予算の執行が本格化することに加え、追加の景 ▲3 気対策も見込まれることから、3 年ぶりの増加に ▲4 2010 転じるとみられる。そのため、2016 年度の実質 GDP 成長率は前年比+0.9%と概ね前年並みの 予想 除く消費税・食料・エネルギー 住宅投資も低金利を背景に高まった足元の水準 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 ( 出所) 内閣府、 総務省 伸びを維持すると予想する。 2017 年度については、耐久財需要の先食いの影響が徐々に弱まる下で、継続的な賃金の上昇を背景に 個人消費の拡大ペースがやや早まること、住宅投資の落ち込みが自然減の範囲にとどまること、消費 増税による景気停滞という不透明な状況が回避されることにより設備投資が増勢を維持すること、な どから実質 GDP 成長率は前年比+1.1%に高まろう。この場合、需給ギャップは 2017 年度終盤に解 消し、2018 年度中にも消費者物価上昇率の 2%達成が視野に入ると見込まれる。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊 藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負い ません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と 整合的であるとは限りません。 8
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