グリーンレポートNo.564(2016年6月号) ●巻頭連載 : 「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ) 第3回 流し込みによる水稲省力的施肥技術 ∼散布ムラを解消する流し込み施肥装置を開発∼ 横田修一 農業生産法人 有限会社横田農場 森 拓也 茨城県農業総合センター農業研究所 作物研究室 主任研究員 作業分散のために水稲栽培品種を多様化する大規模経 畦畔などに設置するための脚部から構成されている。施 営体において、安定的な収量性を得るには、生育ステー 肥装置の主な特徴は次のとおりである。 ジに合わせて追肥を行うことが重要である。しかし、背 ●尿素などの安価な肥料を使用し、圃場で簡単に肥料溶 負式動力散布機による夏場の追肥作業(写真−1)は極 液をつくることができる。 めて重労働であるため、近年、省力的な施肥法として流 ●肥料溶液を少量ずつ定量的かつ一定濃度で水田内へ供 し込み施肥技術が注目されている。 給できる。 これは、水田の ●軽トラックで運搬できる。 水口からかん漑用 また、この施肥装置を使った流し込み施肥の手順は次 水と一緒に液肥や のとおりである。 溶解性の高い顆粒 ❶尿素などの固形肥料とかん漑水を施肥装置の第1容器 状肥料を溶かして 内に投入する。 流し入れる施肥法 ❷付属の撹拌具で①の肥料と水を混合し、肥料溶液をつ で、作業者が水田 くる。 の中に入らずに施 ❸流量調節バルブで、目標の滴下流量となるように調節 肥ができるという する。 写真−1 背負式動力散布機による追肥作業 メリットがある反 ❹水尻を閉めて、かん漑水と一緒に圃場内へ肥料溶液を 面、以前から肥料の散布ムラが懸念されていた。そこで、 流し入れる。 この課題を解決するために、㈲横田農場では、茨城県と ❺流し込みが終わったら、かん漑水の入水を停止すると 共同で新たな流し込み施肥技術を開発した。 ともに装置を回収する。 肥料を水田に流し入れている間は、ほかの作業に従事 新たな流し込み施肥装置の開発 できるため、時間を有効に活用できる。 平成26年に開発に着手した後、いくつかの試作機を経 開発した流し込み施肥装置よる水稲の追肥試験 て、平成27年に写真−2の流し込み施肥装置(以下、施 肥装置)が完成した。この施肥装置の主な構造は、肥料 茨城県農業総合センター農業研究所では、開発した施 と水を混合させる第1容器、脱着可能な撹拌具(写真− 肥装置を使って流し込み施肥の試験を行った。その結果、 3) 、肥料溶液を一定量貯留させる第2容器、それらを 施肥装置から流出する肥料溶液の窒素濃度と滴下流量は、 長時間流し込みをしても常にほぼ一定で推移することが 第1容器 わかった(図−1) 。 第2容器 また、移植栽培では、 本施肥装置の流し込みに よる追肥区は、慣行の背 負式動力散布機による追 肥区に比べて、収量、玄 米品質に大きな違いはみ られず(表−1) 、しか も追肥の作業時間が慣行 写真−2 開発した流し込み施肥装置 写真−3 撹拌具 2 の約6割削減できた(デ グリーンレポートNo.564(2016年6月号) 120 4 100 3 80 60 2 40 0 0 ml 窒素濃度 滴下流量 20 50 100 150 200 施肥開始後時間 (分) 肥料溶液の滴下流量 ︵ /秒︶ 肥料溶液の尿素態窒素濃度 ︵g /L︶ 5 140 1 0 250 図−1 流し込み施肥装置からの 窒素濃度と滴下流量の推移 表−1 流し込み追肥による水稲の収量、玄米タンパク質含有率、整粒歩合 (%) 収量(㎏/10a)玄米タンパク質含有率(%) 整粒歩合 圃場 調査 面積 坪刈収量 変動係数 玄米タンパク質 変動係数 整粒歩合 変動係数 区数 (a) (平均) (%) (平均) (%) (平均) (%) 流し込み追肥区 18 10 613 8.0 6.3 2.4 85.0 1.5 水戸市 一番星 動散追肥区(慣行) 18 10 595 6.4 6.3 2.3 82.6 3.3 流し込み追肥区 87 20 494 10.9 7.6 4.0 62.9 5.0 龍ヶ崎市 一番星 動散追肥区(慣行) 94 20 448 12.1 7.3 3.7 60.1 10.5 流し込み追肥区 27 8 523 6.7 6.3 2.5 75.1 1.9 龍ヶ崎市 コシヒカリ 動散追肥区(慣行) 21 8 543 2.5 6.5 4.8 74.3 4.9 試験場所 試験区 品種 水戸市は茨城県農業総合センター農業研究所、龍ヶ崎市は㈲横田農場の移植栽培における平成27年の試験結果 流し込み追肥区は尿素による水口からの流し込み、動散追肥区は尿素または硫安を背負式動力散布機で追肥した 追肥は、各品種の幼穂形成期後にそれぞれ1回実施した 龍ヶ崎市の「一番星」流し込み追肥区は、水口3ヵ所からの同時流し込み、その他は水口1ヵ所からの流し込みとした 玄米タンパク質含有率は、S社「AG−RD」を用いて測定した (水分15%換算値) 整粒歩合は、S社穀粒判別器「RGQI10B」を用いて測定した ータ省略) 。この施肥技術は、飼料用米はもちろん、品 量と圃場面積から施肥時間を推定してもよい。 質を重視する主食用米にも適用できる。 ❻目標の施肥時間が決まったら、その時間内にちょうど 流し込みが終わるように、投入する肥料溶液の容量から 開発した施肥装置を用いた流し込み施肥のポイント 滴下流量を決定する。なお、流し込みに要する時間は、 開発した施肥装置を用いた流し込み施肥のポイントは かん漑水量および滴下流量によって異なるが、茨城県農 次のとおり。 業総合センター農業研究所では18a規模の圃場で220分 ❶流し込みを行う圃場は、通常よりも特に田面を平らに 程度、㈱横田農場では15∼27a規模で210∼340分程度 仕上げる必要がある。レーザーレベラなどの機械があれ であった(いずれも水口の数は1ヵ所) 。 ば、事前に圃場を平ら(高低差は3㎝以内を目標)に整 ❼流し込み終了後は、水口をしっかりと止める。流し込 地しておくことが重要である。 みが終わって肥料がないままかん漑水のみを流し続けて ❷流し込み開始時に田面の水深が深すぎると施肥ムラの いると、その部分が薄まり施肥ムラの原因となる。 原因になるため、流し込み開始直前の田面は、水がほぼ ない状態(飽水状態)まで落水してから流し込みを行う。 流し込み施肥技術の効果と今後の展望 逆に中干し直後のように、乾き過ぎて田面に亀裂が走っ 「農匠ナビ1000」では、流し込み施肥の効果として、 ていると、亀裂部分に肥料溶液が流れ込み、施肥ムラの 前述した移植栽培における省力効果のほか、乾田直播栽 原因になるため、一度圃場全体を湛水して亀裂をしっか 培における資材費の削減効果を明らかにした。乾田直播 りと水で満たしてから落水し、飽水状態で流し込みを行 栽培では、播種と同時に肥効調節型肥料を用いることが う必要がある。 一般的であるが、今回、乾田直播栽培での新たな試みと ❸流し込みを行う圃場では、かん漑水の流量がしっかり して、播種時に肥料を施用せず種子のみを播種し、生育 と確保されていることが重要である。本施肥装置は、田 ステージに合わせて計4回の全量流し込み施肥を行った。 面水を排水させた状態で水尻を閉じ、かん漑水とともに その結果、収量は肥効調節型肥料による慣行体系と同じ 肥料溶液を少量ずつ長時間かけて流し込むのが特徴であ 水準を確保しつつ、散布にかかる肥料費が大幅に削減さ るため、この施肥装置は、漏水田や、かん漑水の供給量 れることが、横田農場による試算結果から明らかとなっ が少ないなどの理由により丸1日かけても最低4∼5㎝ た(表−2) 。今後、直播栽培と流し込み施肥の組み合わ 程度の水深が確保できない圃場には不向きである。圃場 せによる新しい省力低コスト栽培技術として期待できる。 に複数の水口があれば、すべての水口を開放して入水す 表−2 乾田直播栽培の施肥作業にかかる労働費および肥料費 ることもできるが、開放する水口の数だけ同時に肥料の 栽培体系 流し込みが必要となる。 ❹パイプラインの場合、節電のためポンプの稼働日が制 限されることがあるので、事前に流し込み施肥を行う日 時のポンプ稼働状況を確認しておく必要がある。 乾田直播 (肥効調節型肥料) 221 7,422 7,644 581 13.2 乾田直播 (尿素流し込み) 358 1,930 2,288 592 3.9 削減 ❺流し込みを行う圃場で、あらかじめ1時間当たりに上 平成27年の 粗玄米1㎏ 施肥作業に 肥料費 計 収量粗玄米 当たりの費用 かかる労働費 (円/10a)(円/10a) (㎏/10a) (㎏/10a) (円/10a) ▲ 5,356 ▲ 9.3 ㈲横田農場 (茨城県龍ヶ崎市) による平成27年の試算結果 品種は「あきだわら」 、乾田直播の播種日は4月25日 肥効調節型肥料は播種同時施肥、尿素流し込みは生育期間中に計4回施肥を行った 施肥量は窒素換算で計12㎏/10aを施用した 労働費単価は1,500円/時間、肥料費は肥効調節型肥料251.3円/㎏、尿素75円/㎏とした 上記試算には、機械費やその他経費は含まれていない 昇する水深を測定し、流し込み終了時に目標とすべき水 深(4∼5㎝程度)となる施肥時間を把握しておく。ま たは、一定時間バケツでかん漑水を取水し、かん漑水流 3
© Copyright 2024 ExpyDoc