ステンレス鋼の加工時に生成する ナノサイズの結晶相を

(報道発表資料)
平成28年6月14日
公立大学法人
大阪府立大学
新日鐵住金ステンレス株式会社
国立研究開発法人
日本原子力研究開発機構
世界初!ステンレス鋼の加工時に生成する
ナノサイズの結晶相を、放射光X線により観測!
~水素による脆化を防ぐ研究開発への応用に期待~
【研究成果のポイント】
1.ステンレス鋼 SUS304 の「室温において」今まで無いと
されてきた六方晶ε相が中間相として出現することを
世界で初めて明らかにしました。
2.放射光回折の引張りその場観察によって、ナノスケール
の組織からなる極微量のε相の存在が明らかになりま
した。
3.本研究成果は、ステンレス鋼の水素脆化の問題を解決す
る研究開発への応用につながることが期待されます。
公立大学法人大阪府立大学(理事長:辻 洋)理学系研究科 久保田 佳基 教授と、同工学研究科 森 茂
生 教授、新日鐵住金ステンレス株式会社(代表取締役社長:伊藤 仁)研究センター 秦野 正治 上席
研究員、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉 敏雄)原子力科学研究部門 物質科
学研究センター 菖蒲 敬久 主任研究員らは、さびにくい鉄鋼材料として原子炉シュラウドをはじめ最
も実用材料として使用されているステンレス鋼 SUS304 の加工誘起マルテンサイト変態における中間相
として六方晶ε相が出現することを明らかにしました。
本研究は、水素社会を実現する上で現在ひとつの大きなテーマとなっている、ステンレス鋼の水素脆
化という問題を解決する研究開発への応用につながることが期待されます。
SUS304 に応力を加えると結晶構造が変わり、強度や延性が向上することが知られていますが、機械的
性質のさらなる向上や水素環境中への適用のためには、この相変態のプロセスを解明することが大変重
要となります。本研究では SPring-8 の高輝度放射光を用いることにより、
「室温において」今までない
とされてきた中間相とその応力依存性を観測、さらに、ローレンツ透過電子顕微鏡観察により、結晶粒
界面に生成した中間相を介して新しい相に変態する全く別のプロセスの存在を明らかにしました。
なお、本成果は 2016 年 6 月7日付で、英国 Taylor & Francis 出版社が発行する「Philosophical
Magazine letters」に Web 公開されました。
http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09500839.2016.1190876
1
【研究の背景】
SUS はγ鉄にクロムや微量の Ni などの合金元素を混ぜたステンレス鋼の呼称で、その代表的なものが
18%Cr、8%Ni を含む JIS で規格化された SUS304 です。SUS304 は錆び難く機械的性質も大変優れている
ため、厨房・家電や自動車・鉄道車両、原子炉のシュラウドなど幅広い用途で実用されています。SUS304
に外部から力を加えると結晶構造が変わり、強くなって伸びも大きくなることが知られています。この
ような壊れ難く、加工しやすい特性を向上させるためには、その結晶構造の変化のプロセスを解明する
ことが大変重要となります。
SUS304 の結晶構造は、γ相と呼ばれる面心立方構造(face-centered cubic : fcc 構造)の相の中に
発生する欠陥や転位を起点に体心立方構造(body-centered cubic : bcc 構造)のα’相に変化するこ
とが知られています(図1参照)。これまでの研究において、γ相からα’相への変化において中間相
としてε相が出現することが電子顕微鏡観察により報告されていますが、ε相は室温以下の低温でしか
観測されておらず、
「室温においては」ε相は出現しないと考えられてきました。
【研究内容と成果】
本研究では、室温においてε相が生成していることを放射光回折法により調べました。実験は大型放
射光施設 SPring-8 のビームライン BL02B1 において行いました。試料片の表面だけでなく、内部まで含
めた試料全体にわたる情報を得るために試料を透過する配置で測定を行い、どのような相が存在してい
るかを調べました。
始めに、予め引張り応力を加えた SUS304 試験片を測定しました。室温で測定した X 線回折データに
は結晶構造が変化した後のα’相の回折ピークとともにε相の回折ピークが観測されました。ε相の量
はγ相やα’相に比べると極めて少ないですが、SPring-8 の高輝度光源を用いることにより明瞭に観測
することができました。この結果はこれまでの報告とは異なり、室温においてもε相が生成しているこ
とが判りました。そして、γ相は中間相ε相を経てα’相へ変化していることが示唆されました。そこ
で、次に、図2に示すように BL02B1 の多軸回折計に試料負荷装置を取り付けて、SUS304 試験片を引張
りながらその場測定を step-by-step で行い、図3の X 線回折データを得ました。予歪みを与えていな
いバージン試料に徐々に負荷をかけていったところ、試験片の伸びの量の増加に伴ってε相が生成し、
増加していく様子が観察されました。さらに、このε相の増加に遅れてα’相が増加していく様子が観
察されました。
そこで、次に、α’相がどのようにして生成するのかローレンツ透過型電子顕微鏡を用いてミクロな
スケールで組織観察を行いました。α’相は強磁性体ですのでローレンツ透過型電子顕微鏡を用いるこ
とによって非磁性体であるγ相(およびε相)の領域と区別することができます。予歪みを与えた伸び
20%の試料を観察したところ、図4に示すようにγ相の ABCABC と積層した原子層の中にできた欠陥に沿
ってα’相が存在していることがわかりました。このことはα’相が、積層欠陥や転位の部分を起点に
成長していることを示唆しています。図5は高分解能電子顕微鏡像です。α’相付近を拡大した像から、
双晶(ツイン)境界付近に ABAB 積層のε相が存在することがわかりました。
以上の測定から、室温での加工誘起変態において新たに見出されたひとつのプロセスとして、γ相の
双晶境界付近にε相が生成し、それがα’相へと変態することがわかりました(図6)。放射光回折法
による試料全体の定量的観測とローレンツ透過型電子顕微鏡によるミクロな組織観察を組み合わせる
ことにより、これまで見出されていなかった室温における加工誘起変態の中間相としてのε相の存在と
その相変態のプロセスが明らかになりました。
2
【今後の展開】
SUS304 は優れた機械的性質を持つ材料ですが、水素を添加した場合には引張り延性が下がり脆くなる
ことが知られており、実用面において大きな課題となっています。これまで、引張り延性のような性質
には、加工誘起変態における中間相の生成が関係していると考えられてきましたが、それを実験的に確
認することができませんでした。最近の私たちの研究から、水素による脆化は室温において高密度のε
相が形成されることによって起こることがわかってきました。本研究では相変態の過程で生成するε相
の様子がミクロなスケールで明らかとなりましたので、今後、水素によるステンレス鋼の脆化の機構解
明と水素環境中で使用する材料提案や材料開発につながると期待されます。
3
【参考図】
相(fcc 構造)
相(hcp 構造)
図1.SUS304 の結晶構造
’相(bcc 構造)
図2.大型放射光施設 SPring-8 の BL02B1 ビームラインにおける実験のレイアウト
左:X 線回折装置と PILATUS 検出器 右:X 線回折計に設置した試料負荷装置
図3.SUS304 試料片を引張りながらその場測定したときの、伸びに対する放射光回折
プロファイルの変化 縦軸は対数目盛り、パーセンテージは伸びを表している。
4
図4.SUS304 試料片(伸び 20%)のローレンツ電子顕微鏡写真
(a)フレネル像:結晶の粒界付近に強磁性α’相が生成している。
(b)フーコ像:強磁性
のα’相が白く見えている。積層欠陥や転位の周囲にナノサイズの点状のコントラストが
観察される。
図5.SUS304 試料片(伸び 20%)の高分解能電子顕微鏡像
(右)は(左)の赤い枠の部分の拡大。T.B.は双晶境界を表している。
A、B は原子の積層を表していて、ε相の ABAB 積層が確認できる。
5
図6.室温における SUS304 の加工誘起α’マルテンサイト相の生成過程の概念図
伸びが増えていくにつれて、双晶境界付近にナノサイズのε相が生成し、それがα’相へ
と変わっていく。
【用語解説】
・加工誘起マルテンサイト変態
SUS304 は、無負荷状態において fcc 構造のオーステナイト相(γ相)の非磁性体です。しかし、引張
試験などの冷間加工を施すと、γ相の一部が bcc 構造のマルテンサイト相(α’相)へ変態し、強磁性
と な り ま す 。 こ の よ う な 変 態 は 加 工 誘 起 マ ル テ ン サ イ ト 変 態 (Strain Induced Martensitic
Transformation)と呼ばれています。
6
・ローレンツ透過型電子顕微鏡
透過型電子顕微鏡を用いて強磁性体試料の磁区構造を観察する手法です。強磁性体に入射した電子は
磁化の方向に依存するローレンツ力を受けて進行方向を変えます(偏向します)。隣り合う磁区では異な
る偏向を受けるため、隣り合う磁区にコントラストが生じます。フレネル法(defocus 法)では隣り合う磁
区から異なる偏向を受けた電子線の重なりにより、磁区境界は明線または暗線として観察されます。一
方、フーコ法(in-focus 法)では隣り合う磁区を通過した透過ビームが後焦面で互いに少しずれた位置に偏
向されるため、その一方を選んで結像します。選ばれた透過ビームに対応する磁区の像は明るく、他方
の透過ビームに対応する磁区の像は暗く見えます。通常の透過電子顕微鏡では、試料は対物レンズの強
い磁場中(約 2 テスラ)に置かれるので、試料全体が単一磁区になってしまいます。磁区観察には試料位
置にほとんど磁場がかからない専用の対物レンズを用いる必要があります。
・欠陥・転位
金属材料は、加工を施すとひずみが生じ、原子配列の乱れた格子欠陥=ここで言う「欠陥」が生じま
す。原子配列のずれが線状になっている欠陥を「転位」と言います。さらに、欠陥の形状が面状のもの
「面欠陥」と言います。fcc 構造の SUS304 に見られる積層欠陥は代表的な面欠陥であり、本研究で見出
された fcc 構造の(111)面の積層状態 ABCABC・・・から ABABAB・・・へ変化したε相の構造も面欠陥
の一種です。
・双晶(ツイン)
双晶とは元の結晶と鏡面対称の関係にある結晶のことで、結晶構造は元の結晶と同じで方位のみが異
なる関係にあります。fcc 構造の場合、双晶は(111)面を積層面として、積層面と垂直な方向が互いに
{110}方向の関係になっている結晶を言います。
【掲載論文】
題名: Presence of -martensite as an intermediate phase during the strain-induced
transformation of SUS304 stainless steel
(和訳)SUS304 ステンレス鋼の加工誘起変態において中間相として
生成するεマルテンサイト相
著者名: Masaharu Hatano, Yoshiki Kubota, Takahisa Shobu, and Shigeo Mori
雑誌名: Philosophical Magazine Letters
DOI
: 10.1080/09500839.2016.1190876
【問い合わせ先】
■研究内容に関する問い合わせ先
大阪府立大学 理学系研究科 物理科学専攻 教授
久保田 佳基(くぼた よしき)
〒599-8531 大阪府堺市中区学園町 1-1
E-mail: kubotay[at]p.s.osakafu-u.ac.jp [at]の部分を@と差し替えてください。
Tel: 072-254-9193
7
日本原子力研究開発機構 原子力科学研究部門 物質科学研究センター 放射光エネルギー材料研究ディ
ビジョン 放射光分析技術開発グループ 主任研究員
菖蒲 敬久(しょうぶ たかひさ)
〒679-5148 兵庫県作用郡作用町光都 1-1-1
E-mail: shobu[at]sp8sun.spring8.or.jp [at]の部分を@と差し替えてください。
Tel: 0791-58-0802-3139
■報道提供に関する問い合わせ先
大阪府立大学 広報渉外部
広報課広報グループ
西野 寛子 ・ 皆藤 昌利
E-mail: koho[at]osakafu-u.ac.jp [at]の部分を@と差し替えてください。
Tel: 072-254-9103
日本原子力研究開発機構 広報部 報道課長
佐藤 仁昭
〒100-8577 東京都千代田区内幸町 2-2-2
E-mail: tokyo-houdouka[at]jaea.go.jp [at]の部分を@と差し替えてください。
Tel: 03-3592-2346
8