藤戸レポート 「気の抜けたシャンパン」と化した6月FOMC 「気の抜けたシャンパン」と 化した6月FOMC (グラフ 1) 米雇用統計(5 月)悪化で 6 月の利上げ確率が 0%に 2016 年 6 月 13 日 6/14~15 の FOMC(米公開市場委員会)は、相場の帰趨を決する重要 なイベントと身構える投資家が多かった。場合によっては、大きな相場トレン ドが出ると期待した向きも少なくなかった。しかし、無惨な数値となった 5 月 雇用統計を受けて、今やまるで「気の抜けたシャンパン」のような味気無さと なった。もちろん、FOMC の声明内容やイエレン FRB(連邦準備制度理事 会)議長の会見等には注目すべきである。しかし、「利上げか見送りか」に 神経を集中していた市場参加者からすれば、「重要イベント→通常の FOMC」に大幅格下げされたことは否定できない。フェデラルファンド・レー ト先物が示唆する利上げ確率は、「6 月ゼロ、7 月 18.0%、9 月 36.0%、12 月 54.3%」に急変してしまった(6/9 時点)(グラフ 1)。何のことはない、FRB 理事 や地区連銀総裁を総動員した「利上げに備えようキャンペーン」の前の状 況に回帰してしまったのだ。6 月利上げ説は砂漠の蜃気楼のように消え果 て、投資家の利上げ見通しは、「あっても年末 1 回が関の山」へと再転換し た。「大山鳴動して鼠一匹」とは、まさにこのことであろう。 米国の利上げ確率の推移 (%) (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 雇用統計 (6/3) (%) 100.0 FOMC議事録 (5/18) 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 15/11/2 雇用の回復モメンタムの鈍化 6月利上げ確率 7月利上げ確率 9月利上げ確率 12月利上げ確率 15/12/15 16/1/27 16/3/10 16/4/22 16/6/6 5 月雇用統計の内容では、非農業部門雇用者数が 3.8 万人の増加とな ったが、当初この数値をネットで見た時には、「何かの間違いではないの か」という印象さえあった。通信大手ベライゾン・コミュニケーションズのストラ イキの影響が約 3.5 万人あることを考えても、相当異常な数値である。時系 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 列で見ても、リーマン・ショックの影響が残っていた 2010 年 9 月の▲5.2 万 人以来の低水準だ(グラフ 2)。5 月の異常値だけではなく、非農業部門雇用 者数は 3~4 月分も下方修正されて、3 ヵ月平均は 11.6 万人増に留まって いる。一方、新規失業保険申請件数は 30 万人割れが続いており、4 月の 産業別求人件数は 578.8 万人と、昨年 7 月の統計開始以来の高水準に肩 を並べている。この「ジキルとハイド」のような相反の裏には、杜撰な季節調 整が関与している可能性もある。イエレン議長が、「単月の数値を重視すべ きではない」と指摘していることも肯ける。しかし、同時に注視すべきは、雇 用の回復モメンタムが、徐々に鈍化している可能性を否定しきれない点だ。 FRB が雇用統計の翌日に発表している「労働市場情勢指数」(LMCI。雇用 関係指数 19 で構成)は 5 月も▲4.8 となり、これで今年 1 月から 5 ヵ月連 続のマイナスとなった(グラフ 3)。ピークは 2012 年 1 月の 11.2 であり、高水 準での推移が継続していたが、今年から一気に鈍化を見せているのだ。つ まり、緩慢な改善は続いているものの、ピッチは鈍化していると解釈すること ができる。失業率は 4.7%へ改善したが、これは労働参加率が 62.6%へ低下 したことで説明できてしまう。U6 失業率(フルタイム労働志向ながらパート労 働を余儀なくされている人、就職を諦めた人等を含む)は 9.7%と前月から横 ばいであり、この点からも 4.7%を額面通りには評価できない。 (グラフ 2) 2010/9 以来の低水準となった 5 月の非農業部門雇用者数 米国の雇用指標の推移(2010年~) (%) 140.0 70.0 非農業部門雇用者数増減(左) 120.0 ISM製造業・雇用指数(右) ISM非製造業・雇用指数(右) 65.0 100.0 60.0 80.0 55.0 49.7 (2016/5) (万人) 60.0 49.2 (2016/5) 40.0 50.0 45.0 20.0 40.0 +3.8万人 (2016/5) 0.0 35.0 ▲5.2万人 (2010/9) -20.0 2010 世銀が1.9%に下方修正した米 成長率 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 30.0 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 景気の遅行指標である雇用の改善ピッチが鈍化しているとすれば、これ は看過できない。また、雇用統計の陰に隠れてしまったが、同日に発表さ れた 5 月の ISM(供給管理協会)非製造業景気指数も、前月の 55.7 から 低下して 52.9 となった。これは 2014 年 2 月の 52.6 以来の低水準である (グラフ 4)。ピークは昨年 7 月の 59.6 であり、ダウン・トレンドが鮮明になって いる。その内容も、新規受注 59.9→54.2、景況 58.8→55.1 と芳しくないが、 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 2 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ 3) 労働市場情勢指数 1 月から 5 ヵ月連続マイナス (グラフ 4) 減速傾向続く ISM 非製造業景気指数 特に雇用 53.0→49.7、輸出新規受注 56.5→49.0 は落ち込みが目立った (表 1)。同じく 5 月の ISM 製造業景気指数も 51.3 の低空飛行であるが、 非製造業のウェイトが高い米国では特に注視が必要となろう。つまり、あまり のヒドさに雇用統計が話題をさらってしまったが、先行指標である ISM 景気 指数の鈍化は、米国の先行きが決して楽観できるものではないことを示唆し ている。設備投資の先行指標であるコア資本財受注も冴えない動きが続い ている。もちろん、住宅、自動車販売は◎で好調を持続し、1~3 月期に停 滞していた小売売上高も、対面販売は不振ながらネット販売が気を吐い て、4 月には勢いを取り戻した。ただし、先進国では最良と評された米国で 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 3 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 (表 1) ISM 非製造業景気指数 個別項目でも減速傾向鮮明に ISM非製造業景気指数 * 2015/11 2015/12 2016/1 2016/2 2016/3 2016/4 2016/5 総合指数 56.6 55.8 53.5 53.4 54.5 55.7 52.9 景況指数 59.4 59.5 53.9 57.8 59.8 58.8 55.1 仕入価格 50.0 51.0 46.4 45.5 49.1 53.4 55.6 新規受注 57.9 58.9 56.5 55.5 56.7 59.9 54.2 受注残 51.5 50.0 52.0 52.0 52.0 51.5 50.0 雇用者 56.0 56.3 52.1 49.7 50.3 53.0 49.7 新規輸出受注 49.5 53.5 45.5 53.5 58.5 56.5 49.0 出所:Bloomberg のデータをもとに MUMSS 作成 さえ、どうも今年の成長率は 2%前後に留まる見通しだ。6/7、世界銀行は経 済見通しを発表したが、今年の米国の成長率は 1 月時点の 2.7%から 1.9% へ下方修正された。これは、IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発 機構)の 2.4%と比較しても、一段と低い見通しである。世銀は世界全体の成 長率も 2.9%→2.4%に引き下げているが、「主要な新興国におけるさらなる成 長鈍化、金融市場心理の大きな変化、先進国経済の停滞、予想より長引く 一次産品価格の低迷、世界各地での地政学的リスク、成長加速を促す金 融政策の有効性をめぐる懸念」等々を挙げ、「世界経済は明白なリスクに直 面している」と結論付けている。 「利上げを急ぐ必然はない」 米国の 2%前後の成長を前提とし、好悪まだら模様の経済指標を見れ ば、利上げを急ぐ必要はない。イエレン議長も 5 月雇用統計後の講演で、 「世界情勢が非常に起伏の激しい時期において、米経済力の抵抗に疑問 を生じさせる」と述べている。5 月雇用統計や低調な投資に言及するととも に、「グローバル・リスク」として、中国の成長鈍化、Brexit(英国の EU 離脱) を指摘している。雇用統計前の講演にあった「数ヵ月以内」という利上げタイ ミングにかかわる文言も、すっかり削除されている。それにもかかわらず、6 月利上げ説を唱えていたエコノミストは完全白旗を上げることなく、「7 月利 上げ」に転進している。ファンドマネージャー経験が長かった私の目からす れば、「損切りができないタイプ」である。「大敗を招く可能性大」で信頼でき ない。サマーズ元財務長官は、「低成長率、悪い雇用指標、Brexit リスクの 中で、利上げを急ぐ必然はない」と批判的な論調だ。 デフレとディスインフレの狭 重要なのは、「6 月利上げ→7 月利上げ」のような短期的な変化ではな く、米国全般の回復力の鈍化を見れば、利上げは相当後ズレしたと解釈し なければならない点だ。ブレイナード FRB 理事は、才色兼備の女性理事だ が、「雇用統計は厳しい内容で、労働市場が減速したことを示唆している。 また、世界経済の脆弱さが近く解決される可能性は低い」と正論を述べて いる。これだけ不透明感が強い中で、利上げを強行するロジックに正当性 は見出し難い。利上げが遅延した場合には、「急速なインフレ進行で、拙速 な利上げを連発しなければならない」というのが、利上げ論のバックボーン だ。しかし、ブラジル等の一部を除けば、世界はデフレとディスインフレの狭 間で呻吟しているのが実態だ。日本では、黒田日銀総裁の掲げる「CPI(消 費者物価)2%」が、既に「詰んだ」状況にある。A 級棋士ならば、とうの昔に 投了していることだろう。世銀が指摘している「成長加速を促す金融政策の 間 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 4 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 有効性をめぐる懸念」が、マイナス金利政策を指していることは間違いな い。いち早くマイナス金利を導入した欧州で、金融機関の疲弊が顕在化し ていることは、周知の事実である。ユーロ圏でも、このところの原油反発にも かかわらず、5 月の CPI は前年比▲0.1%とデフレからの脱却に苦悶してい る(グラフ 5)。FRB のベンチマークである PCE(個人消費支出・4 月)コア・デ フレーターも前年比+1.6%と、ターゲットの 2%には遠い(グラフ 6)。利上げ論 者は、利上げ自体が目的化する陥穽に落ち込んでいるようだ。 (グラフ 5) ユーロ圏の CPI(総合) 4 ヵ月連続で前年比マイナス (グラフ 6) FRB のターゲットの 2%には 遠い PCE コア・デフレーター 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 5 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 世界の投資家は債券の「チキ ン・レース」を継続 (グラフ 7) 米雇用統計(5 月)鈍化を受けて 米独の長期金利が低下 自説を撤回するのを躊躇するエコノミストに対して、投資家の方向転換は 迅速だ。5 月雇用統計を受けて、米長短金利は急低下した。10 年国債利 回りは 1.7%割れに沈み、2 月以来のボックスの下限をブレークしそうな勢い だ。米国の金利急低下を受けて、ドイツ 10 年国債も 6/9 には一時 0.023% と、日本同様に「長期金利マイナス・クラブ」に参入しそうである (グラフ 7)。ク レジット・リスクは極小化しており、主要先進国の国債で CDS スプレッドが 100 ベーシス・ポイント(bp)を超えているのは、ギリシャ 895bp、ポルトガル 281bp、イタリア 135bp、アイスランド 113bp しかない。2012 年 3 月にギリシ ャが 25,960bpという天文学的な水準に駆け上がっていたのは、今や昔話 の範疇に入る。その結果、2012 年 3 月には 44.2%にまで金利が急騰してい たギリシャ 10 年国債でさえ、足下では 7.3%台と落ち着いている(6/9 時点。 ブルームバーグ)。世界の投資家はボンドを選好しており、空前の相場が継 続している。0%の壁を破った日本の 10 年国債利回りは、いつまでマイナス 水準を継続するのだろうか?黒田総裁の任期が切れる 2018 年には大きな 変動が起こる可能性があるが、それまでは世界的な鈍化・低成長、超緩和 策の継続を背景にチキン・レースが行われよう。米雇用統計のネガティブ・ サプライズは、世界の債券投資家に巨大な恩恵をもたらしたようだ。 米・独10年国債利回りの推移 (%) (%) 1.400 2.600 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 2.400 1.200 米雇用統計 (5月)鈍化 (6/3) 10年国債利回り (米国・右) 2.200 1.000 2.000 0.800 1.800 1.600 0.600 1.400 0.400 10年国債利回り (独・左) 1.200 0.200 1.000 0.000 依然ウォールストリートの最 大の庇護者 10/1 11/4 12/8 1/13 2/16 3/21 4/25 5/27 0.800 米国株も堅調である。ダウ工業株 30 種平均は一時 18,000 ドルを奪回 し、昨年 5/19 の史上最高値 18,351 ドルを視野に置いている。同様に、 S&P500 種指数も昨年 5/20 高値 2,134 が指呼の間だ。やはり、バーナンキ 前 FRB 議長時代以来、FRB の緩和策の長期化は最大の株価サポート要 因である。既に、S&P500 種指数の予想 PER は 17.96 倍に達し、バリュエー ション面からの割高感は顕著だ(6/9 時点。ブルームバーグ) (グラフ 8)。トム ソン・ロイターの業績予想(S&P500 種ベース・6/8 時点)を見ても、4~6 月 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 6 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ 8) 米国株式の上値を重くする バリュエーションの割高感 S&P500株価指数と予想PERの推移 (P) 29.00 2,300 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 2134 (5/20) 2120 (6/8) 27.00 2,100 25.00 S&P500(右) 1,900 23.00 (倍) 1,700 21.00 17.96 (6/9) 18.04 (4/24) 19.00 1,500 17.00 1,300 15.00 11.00 2012/2 1,100 予想PER(左) 13.00 900 2012/11 2013/9 2014/6 2015/4 2016/1 期▲3.5%、7~9 月期+2.6%と冴えず、10~12 月期にようやく+9.8%になる見 通しだ。しかし、この業績予想も後ズレがはなはだしい。例えば 4~6 月期 予想の推移を見ると、昨年 7/1 時点+13.7%、10/1 時点+6.4%、今年 1/1 時 点+3.7%、4/1 時点▲2.2%と下方修正が常態化している。年初には米国の 成長率が 3%前後の期待があったことを考えると、マクロの鈍化がミクロの鈍 化に波及してくるのは必至の情勢だ。つまり、企業業績からは、現在の高バ リュエーションを正当化するのは難しい。したがって、一部米系証券が唱え るような「20%調整シナリオ」も浮上してくることになる。もし、FRB が拙速な利 上げに邁進すれば、確かに大幅調整リスクがあったことだろう。しかし、イエ レン議長の慎重な言い回しを見ても、強引な利上げの可能性は低減してい る。バーナンキ前議長が 3 次にわたる QE(量的緩和政策)を断行して以 来、FRB の緩和策継続(現状でもなお相当な緩和状況である)がウォール ストリートに最大の恩恵をもたらしている。つまり、イエレン議長がパーティの パンチ・ボールを持ち去らない限り、通常の 10%前後の調整は想定できる が、20%を超える大幅調整の可能性は低いものと思われる。 資源・新興国にも恩恵 新興国・資源国も、「米利上げ後退→ドル安→資源・新興国通貨高→同 株高」の構図で恩恵を享受できる。また、コモディティ価格はドルと逆相関 にあり、金価格が最もビビッドに反応したが、コーン、小麦、大豆等の穀物 や、砂糖、コーヒーに至るまで、農産物が幅広く上昇を強めている。コーン 先物は 4/1 安値 1 ブッシェル=347.25 セントから 6/8 高値 439.25 セントま で+26.4%、大豆先物も 1/6 安値 852.0 セントが 6/3 高値 1,169.0 セントで +37.2%の上昇だ。特に、大豆はブラジルの天候不順も加味されて、上げ幅 が大きい。中国の減速長期化で停滞が続く非鉄金属の反応は鈍いが、変 化の兆しはある。資源国ブラジルのボベスパ株価指数は、政治の大混乱に もかかわらず、年初来で+17.9%の上昇だ(6/9 時点)。通貨でも、豪ドルは 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 7 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 1/15 の 1 豪ドル=0.682 ドルをボトムとし、騰落を交えながらも緩やかな戻 りを見せている(グラフ 9)。つまり、米利上げの大幅後ズレは、世界的に見れ ば、「リスク・オン・モード」の格好の材料と看做されているのだ。コモディティ のベンチマークである CRB 指数は、約 7 ヵ月ぶりの高値圏にある。 (グラフ 9) 資源・新興国の株価・通貨が 底入れから反転 ブラジル株価指数と豪ドル(対米ドル)の推移 (P) 60,000 (米ドル/豪ドル) 0.900 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 54977(4/28) 55,000 0.860 ボベスパ指数 (ブラジル・左) 50,000 0.820 45,000 0.7837(4/21) 40,000 米雇用統計 (5月)鈍化 (6/3) 0.780 37046(1/20) 35,000 0.740 30,000 豪ドル (対米ドル・左) 25,000 0.700 0.6827(1/15) 20,000 長期化する円高プレッシャー 11/2 12/4 1/7 2/10 3/15 4/18 5/20 0.660 日本株も「米利上げ後退ウェルカム」となれば良いが、残念ながら為替面 ではドル安/円高となることが避けられない。しかも、「12 月に 1 回あるかどう か」となれば、長期で円高のプレッシャーが継続することになる。ドル/円相場 は、ゴールデン・ウィーク中の 5/3 に 1 ドル=105.55 円の円高をマークした が、その後は「6 月利上げ説」が敷衍し、5/30 には 111.45 円までのリバウン ドを見せた。しかし、ヘッジファンドの円ロング・ポジションの巻き戻し完了と共 に、さらなる円安は難しいと先週号で指摘した。そこに、「雇用統計ショック」 である(グラフ 10)。ヘッジファンドのドル/円先物ポジションがほぼニュートラル であることを考えると、再び円ポジションを積み上げることも十分想定できる だろう。実際 CFTC の円買い越しは、6/7 時点で 42,853 枚と再び増勢であ る。米国では、ルー財務長官が為替介入を拒否する発言を繰り返しており、 日本政府・当局の介入は「禁じ手」になっている。こうした状況で、米マクロ 統計に冴えないものが出れば、米 10 年国債利回りは 2/11 の下ヒゲ 1.528% をブレークする可能性もあろう。もし、そうなれば、105.55 円をブレークして一 段の円高進行となるシナリオも描けよう。4 月以降の円高を勘案すれば、輸 出企業中心に業績下方修正リスクが高まるのは避けられない。特に、110 円 以上の甘い想定為替レートの企業には、業績の下ブレ懸念を払拭するのは 難しい。日経平均の EPS(一株当り利益)低下を追うように、株価の下振れリ スクも高まることになるだろう。アベノミクス相場始まって以来、ドル/円相場と 日経平均の相関は極めて高い(グラフ 11)。短期間だけを抽出して、この関係 が薄れたと指摘する向きもいるが、これは兜町御用達の「日本株と米国株の デカップリング論」と同様に、極めて一時的な現象に過ぎない。中長期で見 た場合には、「円高=日経平均安」の構図を粉砕するのは難しい。 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 8 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ 10) 利上げ確率低下が円高圧力に 米利上げ確率と円ドル推移 260.0 (円ドル) 130.0 (出所)BloombergのデータよりMUMSS作成 240.0 雇用統計 (6/3) 220.0 200.0 180.0 120.0 FOMC議事録 (5/18) 円ドル(右) 115.0 111.45(5/30) 160.0 140.0 125.0 7月利上げ確率(左) 110.0 12月利上げ確率(左) (%) 120.0 105.0 100.0 100.0 80.0 60.0 40.0 95.0 利上げ開始 (12/16) 90.0 20.0 0.0 11/2 (グラフ 11) ドル/円相場と日経平均の 相関は極めて高い (決定係数 R2=0.926) 12/2 1/2 2/2 3/3 4/4 5/4 85.0 6/3 為替と予想EPSからみた日経平均 (円) 24,000 22,000 日経平均理論値=199x+2.49y-8066 (x=円ドル、y=予想EPS) 20952 (2015/6) 20,000 日経平均理論値 18,000 15942 (2013/5) 16,000 14865 (2016/2) 14529 (2014/10) 14,000 12,000 (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 10,000 13/1/4 「下げのトリガー」となるリ スク 13/7/5 13/12/30 14/7/4 14/12/30 15/7/3 15/12/30 16/7/1 16/12/30 となれば、市場の期待は日銀に向かうことになる。6/15~16 の政策決定 会合で、追加緩和の有無に関してはエコノミストの見解は分かれている。一 部では、長期国債と ETF(上場投信)買入れ枠の拡大が指摘されている。 中には、「長期国債 100 兆円、ETF3 倍化」というトンデモ予想もある。黒田 日銀総裁は、「投資家の不意を衝く」ことを信条としているようで、FRB のよう に「市場との対話」に神経を使うことはない。国会で明確に否定していたマ イナス金利でさえ、突如として導入を決定したこともあり、片言隻句に注目 するような分析をしても無意味だ。2013 年 4 月の異次元緩和、2014 年 10 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 9 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 月の追加緩和までは奇襲が成功し、株価・為替共に好影響を与えた。しか し、昨年 12 月の「補完措置」では株価上昇は 30 分間、マイナス金利導入 でも日経平均は 2 営業日で約 800 円の上昇後に急反落した。つまり、日銀 の金融政策は既に限界に達しており、株式市場の好反応は極めて短期間 で、逆に下げのトリガーになっているのだ(グラフ 12)。 (グラフ 12) 日銀の金融政策決定会合が 株価下落のトリガーに 日銀金融政策決定会合と日経平均 (円) 21,000 <縦線は日銀政策決定会合日> 20012(12/1) 20,000 (1/29) (3/15) (4/28) 19,000 (6/16) 18,000 日経平均 17,000 (11/19) 16,000 (12/18) 15,000 14865(2/12) 14,000 15/11/2 15/12/2 16/1/4 金融政策決定会合 前後の高値日 日経平均高値 12/18 12/18 19,869 16/2/2 16/3/2 1/29 2/1 17,905 16/3/31 3/15 3/14 17,291 16/4/28 4/28 4/25 17,614 16/6/1 16/6/29 6/16 出所:グラフと表は、AstraManager のデータをもとに MUMSS 作成 「出口」なき超緩和策の果て 日銀の ETF 買入は、累計で 8 兆 3,034 億円の巨額に達している。今年 の年初来でも 1 兆 3,858 億円の買い越しだ(6/9 時点)。東証の投資主体 者別売買動向では、1 月第 1 週~6 月第 1 週の間に、信託銀行(GPIF 等 の年金の売買が含まれる)2 兆 3,644 億円、事業法人(自社株買い等) 8,918 億円、投信 4,429 億円、個人(現金)3,786 億円が、日本株の主たる 買い手である。ちなみに外国人は▲4 兆 6,243 億円の大幅売り越しだ(グラ フ 13)。この規模感の中で、日銀 ETF 買いのマーケット・インパクトを考えな ければならない。事実上、日銀は信託銀行に次ぐ第 2 位の買い主体であ る。世界広しと雖も、中央銀行が株式市場にここまで直接介入している国は ない。あの中国人民銀行でさえ、株式市場への直接介入は忌避しているの だ。相場動向を見ても、前日比で下落している時には、後場からの日銀 ETF 買いインパクトで、突然切り返しに転じることがしばしば見られる。トン デモ予想のように、現行年 3 兆円の ETF 買入枠を 3 倍の 9 兆円にすれ ば、日銀はおそらく日本株の最大の買い手となる。中央銀行が最大の買い 手となれば、もはや広く開かれた公正なマーケットとは言い難い。この極端 な政策をさらに強化すれば、いったい後始末はどうするのか。賢明な指導者 は、戦争を開始した時から終戦のタイミングを考慮している。日露戦争で、 満州派遣軍総司令官だった大山巌、総参謀長の児玉源太郎は、奉天会 戦、日本海海戦の後に、大本営に講和を強く求めた。海軍大臣山本権兵衛 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 10 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 (グラフ 13) 日本株式市場での 存在感高まる日本銀行 (億円) 投資家別の株式売買動向(2016年・6/3時点) 30,000 23,645 20,000 13,858 8,918 10,000 4,429 3,924 3,786 0 -10,000 -20,000 -30,000 -40,000 -50,000 (出所)AstraManagerのデ゙ータよりMUMSS作成 -46,243 外人 個人 (現物) 個人 (信用) 投信 事法 日銀 信託 も、「勝勢の中での講和」に動いた。幕末の硝煙をかいくぐった維新の元勲 達には、日本の国力の限界が痛感されていたのだ。これと対極的だったの が昭和の軍首脳だ。国土が灰燼と化し、原爆を投下されるまで戦争遂行に 執着した。最後は天皇陛下の御聖断を仰がなければならなかったのだ。 「出口」なき超緩和政策の果てに訪れるのは、いったい何なのか? 好業績株シフトを継続 (グラフ 14) Brexit に関して 世論調査は拮抗 FOMC は注目度が低下し、日銀政策決定会合も現状維持の可能性が 高いものと想定している。仮に追加緩和があったとしても、好反応は短期間 となろう。投資家は追加緩和策に、さらなる日銀の限界性を見るものと思わ れる。Brexit に関しては、今も世論調査が拮抗しており、投資家は「グロー バル・リスク」として意識せざるを得ないだろう(グラフ 14)。つまり、結果判明ま 英国国民投票(EU離脱の可否)に対する世論調査 (%) 離脱 60.0 残留 分からない 53.0 (6/9) 50.0 47.0 40.0 30.0 6/9時点は 「分からない」 の集計無し 20.0 10.0 (出所)BloombergのデータをもとにMUMSS作成 0.0 1/10 2/14 3/2 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 11 3/29 4/18 5/16 6/5 2016 年 6 月 13 日 ストラテジー マーケット分析 で、実需筋は様子見姿勢を強めるものと思われる。この前提に立てば、薄 商いのボックス相場が継続するのは必然だ。一方、裁定買い残高が 6/3 時 点で 1 兆 8,432 億円に過ぎず、下落圧力も限定的である(グラフ 15)。円高 進行や大きな悪材料が出れば別だが、このナロウ・レンジの往来は意外に 長期化するかもしれない。証券各社や JPX の株価が安値を更新しているの は、その証左であろう(グラフ 16)。となれば、従来通り、「森を語ることなく木を 見る」スタンスで、好業績株シフトを続けたい。好調銘柄に、資金が集中す る展開だ。 (グラフ 15) アベノミクス前の水準まで 減少した裁定買い残高 (億円) (円) 日経平均と裁定買残の推移 90,000 25,000 (出所) AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 20952 (6/24) 80,000 20,000 70,000 日経平均 (右メモリ) 60,000 15,000 14865 (2/12) 50,000 40,000 10,000 30,000 20,000 5,000 10,000 1兆8432億円 (6/3) 裁定買残(金額・左メモリ) 0 12/4/6 (グラフ 16) 対 TOPIX で低迷する 証券株指数 12/11/23 13/7/12 14/2/28 14/10/17 15/6/5 16/1/22 TOPIXと証券株指数の推移(2016/1~) 110.0 *1/4=100で指数化 105.0 100.0 証券株指数 TOPIX 95.0 90.0 85.0 80.0 75.0 70.0 藤戸 則弘 投資情報部長 (出所)AstraManagerのデータをもとにMUMSS作成 65.0 1/4 1/26 2/17 巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 12 3/9 3/31 4/21 5/18 6/8 0 【重要な注意事項】 (本資料使用上の留意点について) ・ 本資料は当社が信頼できると考える情報ベンダーから取得したデータをもとに作成されておりますが、機械作業 上データに誤りが発生する可能性があります。当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。ここに 示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示しているに過ぎません。本資料は、お客様への情報提供の みを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的としたものではありま せん。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に 関するアドバイスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは 今後発行する可能性があります。本資料でインターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自 身のアドレスが記載されている場合を除き、アドレス等の内容について当社は一切責任を負いません。本資料の 利用に際してはお客様御自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 (利益相反情報について) ・ 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合がありま す。当社および関係会社は、本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品 について、買いまたは売りのポジションを有している場合があり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、 当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、その他サービスを提供 し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 ・ 当社の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう。)が、以下の会社の役員を 兼任しております。:三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱倉庫 (外国株に関する注意事項について) ・ 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