アウトソーシング産業における 受注企業イノベーション

のと解説する。続く第 3 節では,共進化モデル
李 宏舟(中国東北財経大学准教授)
が機能するメカニズムを,ハイエンド業務が発
アウトソーシング産業における
受注企業イノベーション能力の
構築に関する一研究
注される要因分析,イノベーション能力が構築
−発注企業と受注企業との
共進化モデルの構築にむけて−
フィードバックといった 3 つのステップに分け
研究年報経済学(東北大学)Vol.75 Nos.1・2
pp.51∼62 2015.8.
されるプロセス,受注企業から発注企業への
て先行研究モデルに適用し解明される。最後に,
第 4 節では,本稿のインプリケーションとこれ
からの研究課題が示される。
本稿は,中国のアウトソーシング産業の急成
若干ではあるが,具体的に,本稿第 2 節以降
長を下支えした,外部環境の変化に伴う労働コ
の概要を紹介すると,第 2 節では,ソフトウェ
ストが上昇し,低コストを武器にしてきた中国
ア開発工程を例に挙げながら,
「受注企業のイノ
のアウトソーシング産業のコスト優位性が,持
ベーション能力と発注企業の発注業務内容との
続しにくくなったことを問題意識としている。
間には共進化の関係がある」ことを示している。
そのため,中国の受注企業は,競争戦略の見直
この発注企業と発注との共進化モデルの合理性
しを迫られている状況にあることを問題提起し
を立証するため,発注企業はどうしてハイエン
ている。そこで,筆者は,受注側がハイエンド
ド業務を新興国にある受注企業に発注するのか,
業務まで実行するためのイノベーション能力を
を解説している。続く第 3 節では,受注企業は
構築することで,この状況を脱することができ
最初のハイエンド業務の実行にあたり,どのよ
るのではないか,そのために,受注企業は,自
うなメカニズムを通じてイノベーション能力を
社のイノベーション能力をいかにして構築する
構築するのか,イノベーション能力の構築に成
のか,とのリサーチクエッションを導いている。
功した受注企業は,どのようなルートを通じて
そのうえで,(1)発注企業と受注企業との共進
発注企業からハイエンド業務をより多く引き出
化(co-evolution)モデルを提示すること,
(2)
す の か こ と が で き る の か, 先 行 研 究 の
発展途上国・新興国にある受注企業のイノベー
NONAKA(1994)の SECI モデル,Strambach
ション能力の構築に示唆を与えることを研究目
(2008)のコンピタンス・レバレッジ能力,知識
的としている。
ダイナミクスと知識共有メカニズムを引用し,
本稿は,以下のように構成されている。第 1
共進化のメカニズムを解明している。最終節と
節では,研究の背景・問題意識・リサーチクエッ
なる第 4 節では,次のような結論を導いている。
ション・研究目的を示し,第 2 節では,
「共進
「個々の人の間に発生する知識共有が重要」な
化」によって,受注企業にイノベーション能力
鍵となることを指摘し,受注企業が「知識共有」
が構築されることで,受注・発注双方にウイン
ルートを組織的にうまく活用できれば,ハイエ
ウインの好循環関係が築かれる,との仮説を導
ンドに必要なイノベーション能力が個々人の間
いている。ここでいう「共進化」とは,ローエ
に拡大していくばかりではなく,組織全体の知
ンド業務とハイエンド業務の進化が相互依存,
識ベースの広さと深さも増幅される,と論じて
相互共生の関係にあり,その関係が進化するも
いる。その結果として,受注企業にイノベーショ
ン能力が形成・固化されていく,とくくってい
る。
以上が,本稿の内容の紹介であるが,最後に
評者のコメントを述べさせていただきたい。確
かに,
「共進化 SECI モデル」で示される 4 つの
フェーズを得て知識共有が行われ,受注企業の
イノベーション能力が構築される可能性がある
ことについて,論理的に検証されたその学術的
貢献は大きいと思われる。一方で,知識・経験・
資金といった経営資源に乏しい途上国における
中小零細企業が,実際にどのように,この知識
共有を行っていくのかを一般化するためには,
類型化された複数の事例を用いての検証が必要
となるだろう。加えて,
「イノベーション能力の
構築」=利益向上=持続的発展というわけでは
ない点に留意する必要もあるだろう。イノベー
ション能力を構築し,それをいかに企業利益に
結びつけ持続的発展に繋げていけるかどうか,
その検証にも期待したい。
評者が最も共感した本稿の意義は,とくに,知
識,資金と経験に乏しい発展途上国の受注企業
が,自らの成長をグローバル・バリューチェー
ンの中に位置づけるための,具体的戦略の方向
性を示したことであろう。
(立正大学経営学部准教授 吉田健太郎)