PPPニュース 2016 No.5 (2016 年6月 10 日) 待機児童ゼロ政策とコミュニティ 待機児童数とは、 「調査日時点において、保育所入所申込書が市町村に提出され、入所要件に該当 している者の中で、実際に入所を行っていない児童数」をいうとしている(厚生労働省) 。多くの地 方自治体が子育てを地域の大きな課題として掲げている。その中でも、都市部の基礎自治体では、待 機児童ゼロ政策を掲げ取り組んでいるケースが多いのも事実である。しかし、待機児童をゼロにする 目標を実質的・持続的に達成することには大きな困難性を伴う。また、短期的視野ではなく、現在の 子育て世代が高齢化を迎える 2035 年以降の地域の人口構成を視野に入れ、現在の児童が地域に住み 続ける政策を長期的視野で検討する必要がある。それなしでは、社会的移動が激しい時代に地域の活 力を限定的にし、かつ過剰施設等を生み出す原因ともなる。 待機児童ゼロ政策を実現する際、地域内の待機児童数の将来推計を行い、そこで生じる待機児童数 を穴埋めする保育園の定員増に努力することが基本となる。しかし、現実には予想した待機児童数以 上の待機児童数が生じ、ゼロ達成の目標は先送りとなるケースが少なくない(事務的に保育所入所申 込書の受付を定員数で打ち切る等のケースを除く) 。待機児童ゼロ政策を検討する際に不可欠なのは、 既存の「待機児童数の概念」から外れている「潜在的待機児童数」を周辺自治体も含め把握すること である。実質的に保育サービスの需要が満たされない潜在的待機児童数による「超過需要」を把握せ ず、顕在化した待機児童数(あるいは推計数)だけに対応しても女性の社会進出・就業率の上昇に対 応できず、さらに潜在的待機児童を顕在化させゼロ政策を達成することが困難化するからである。潜 在的待機児童数とは、①所得・価格等経済的理由も含め保育所への入所申込自体を諦めている世帯の 児童数、②「保育に欠ける要件」に該当しないとして入所資格がないとみなされる世帯の児童数、③ 入所可能保育所があるにも関わらず第一希望に入れないことで待機している世帯の児童数、④保育所 の立地及びサービス内容によるミスマッチで利用していない世帯の児童数等であり顕在化した待機 児童数から除外される。潜在的待機児童数が、現在の把握された顕在化された待機児童の何倍に達し ているかを推計することが重要となる。通常の待機児童数の推計方法は、過去の実績等を先延ばしす るものであり潜在的需要の推計を組み込むことにはなっていない。このため政策リスクを克服するた めには、政策インプリケーションとして仮想市場法による調査と分析を早期に行うことが有用となる。 公共政策の領域で確立した手法であり、新たな市場に対する需要を直接的に推計する仮想市場法は、 対象となる児童(末子基準)を持つ世帯を住民基本台帳から抽出し、アンケート調査を保育所利用・ 非利用を問わず行い、その結果をミクロデータ分析し価格弾力性に置き換えて保育に対する潜在需要 も含めた需要曲線を推計するものである。この推計需要曲線を用いてさらに生存時間分析(生存時間 分析(survival analysis)とは、イベント(event)が起きるまでの時間とイベントとの間の関係に焦点を 当てる分析方法で、工学分野では機械システムや製品の故障などを、医学分野では疾患の病気の再発 や死亡などを対象とする)を行う。潜在待機児童数の生存時間分析は、潜在待機児童が顕在化する時 間と顕在化との関係を検証することになる。政策展開において政治的決断だけでなく、それを背後で 支える分析が不可欠となる。たとえば、待機児童ゼロを達成するため場所確保に向けて公園を認可保 育園建設用地として活用する等の場合、コミュニティの分断や子育て世代の分裂に結び付かないよう 配慮する必要がある。コミュニティとは本来は「同志の集まり」を意味する。このため地域のコミュ ニティだけでなく、趣味、仕事、子育て年齢による個別のコミュニティなど様々な形態が存在する。 自治会・町会等の地域コミュニティが超高齢化などで空洞化する中で、様々なコミュニティが多層的 に形成することが重要である。コミュニティの多層的活動も公園等公共空間の分割により分断される 結果となる危険性がある。保育園を必要とするコミュニティと幼稚園・義務教育の児童を中心とした コミュニティ、そして住環境を重視するコミュニティなど、分断や対立を生じさせれば地方自治体と しての一体化が崩れる。同時に、子育て世代以外の住民の関心を高める巻き込み型の政策も重要とな る。 © 2016 FUJITSU RESEARCH INSTITUTE
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