医療用材料の高機能化 - 東レリサーチセンター

The TRC News,
201605-05 (May 2016)
医療用材料の高機能化
-生体適合性、DDS 特性、生分解性、接着性に注目して-
吉崎 理華、山本 美夏
技術情報事業部
要 旨 TRC 技術情報事業部では、医療用材料の高機能化に注目し、材料開発での要素技術として特に表面
機能化技術に関する動向を中心に調査し、書籍「医療用材料の高機能化 -生体適合性、DDS 特性、生分解
性、接着性-」を 2016 年 2 月に発刊した。本稿ではその調査結果をもとに、対象用途や技術課題とその
解決方法に関して俯瞰した結果について紹介するものである。
シエチルホスホリルコリンポリマー)の応用展開によ
1. はじめに
る生体適合性の向上や、生分解性を有するポリ乳酸の
製造技術改良、応用展開が活発に行われている点が特
先進医療を支える医療用材料の高機能化には大きな期
徴的である。DDS(ドラッグデリバリーシステム)分
待がある。TRC 技術情報事業部(前産業技術調査研究
野は、応答性高分子やハイドロゲルなど高分子材料の
室、2016 年度より組織変更)では、医療用材料の高機
強みを発揮する分野であり、薬剤の放出性を中心にそ
能化に注目し、材料開発での要素技術として特に表面
の改良・開発が活発に行われている。再生医療分野で
機能化技術に関する動向を中心に調査し、とりまとめ
は、足場材料を中心に MPC ポリマーやハイドロゲル
た書籍「医療用材料の高機能化-生体適合性、DDS 特
などの特徴のある材料展開や材料の構造・形態に関す
1)
性、生分解性、接着性- 」を 2016 年 2 月に発刊した。
る基礎的な研究・開発が進められている。
本稿は、当該書籍で取り上げた材料の中から高分子系
表 1 は、高分子系材料に関する用途別の主な技術課
材料、そして最近公開された医療用材料に関する国内
題と事例をまとめたものである。これらの各事例は、
特許公開広報より対象用途や技術課題とその解決方法
書籍本文にて取り上げている。
について俯瞰した結果(書籍第 5 章)の一部について
紹介するものである。
3. 特許出願の分析
2. 医療用高分子系材料
公開特許公報(国内および国際公開)より、医療材料
に関連する 2010 年 1 月から 2015 年 6 月までの特許
高分子系材料はすべての用途において、
生体適合性
(血
出願を抽出した。
液適合性)や生分解性(生体吸収性)などの生物学的
全件数(937 件)より材料部材の構成方法(機器、
機能と物性・機能との両立に課題を抱えている。
装置類)に関するものは除外し、材料の種類について
生体適合性が比較的強く求められる用途(インプラ
は、高分子系(天然高分子と合成高分子)
、金属、セラ
ント、ステント、人工臓器など)である医療機器では、
ミックス・無機、カーボン系、複合系(複合化された素
細胞膜を模倣した MPC ポリマー(生体膜を構成する
材(ハイブリッド)と異種材料からなる複合材料)に
リン脂質と同じ極性基をもつ2−メタクリロイルオキ
1
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表 1 用途別 高分子系材料に関する技術課題と事例
医療機器
(A)
用具、容
器、包装、
テープ、
繊維、他
医療機器
(B)
インプラント、
人工臓器、カ
テーテル、処
置剤、縫合糸、
レンズ、他
DDS
薬物伝
送・徐放
担体、他
再生医療 診断・検査
細胞培養
足場・基
板・器具、
他
全般
発光・発
熱素子、
感熱材
料、他
高分子
(天然、合成)
金属
セラミックス、
無機
カーボン系
(ナノカーボン)
複合系
(ハイブリッド、複合材)
図 1 医療用材料に関する公開特許出願の内容分類 (2010.1-2015.6)
2
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分類した。医療機器のカテゴリーについては、用具、
3.2 解決手段における主な要素技術
容器などの生体適合性の要求が比較的低いと思われる
高分子系材料およびその他の材料系において、解決手
もの(以下、医療機器(A)という)とインプラントやス
段にみられる主な要素技術を用途別に分析すると、材
テント・カテーテル、人工臓器などの生体適合性が強
料の種類に関係なく表面設計技術(コーティング、表
く求められるもの(以下、医療機器(B)という)という
面処理など)に関する出願が多いことが明らかとなっ
独自の分類、その他に DDS 、再生医療、診断・検査、
た。これは生体表面と接触する医療用材料における特
全般(材料の種類に関係なく種々の用途に展開が可能
徴的な傾向であるといえる。
な基本的な材料開発を目指すもの)
の観点で分類した。
医療用材料は、生体環境に置かれると生体から異物
公開公報の分類結果(全 363 件)を図 1 に示す。高
として認識され様々な生体反応に曝される。材料表面
分子系の材料に関する出願が全体の約 8 割を占めて
は、一連の反応を直接受ける環境であると同時にタン
おり幅広く活発に開発が展開されている。DDS や再
パク質や細胞が関与する場所でもあり、材料には生体
生医療の分野では生体高分子を含めた高分子系材料に
適合性(生体親和性)が求められる。例えば、生体内
関する出願が大半である。また、
「全般」の中には、材
にデバイスを埋植する場合、生体組織が安定してデバ
料の種類に関係なく種々の用途に展開が可能な基本的
イスを取り込むことが生体適合性の要件となる。血液
な材料開発を目指すものが多かった。
接触デバイスでは、赤血球や白血球といった血液細胞
が接着しないことに加え、血管内皮細胞が接着・増殖
3.1 用途別にみた主な技術課題
できるという相反する要件が必要となる。
表 2 は、
図1の全般にあたる 50 件を除いた 313 件につ
4. おわりに
いて、
その用途と主な技術課題を分類したものである。
医療機器(A)では、生物学的特性に対する課題(血
液適合性、抗菌・抗ウイルス性、皮膚刺激性など)に
高齢化社会に向けて、医療用器具・機器の開発は重要
加えて物理的・化学的特性や成形加工性などの課題が
な課題となっており、 その基盤となる高品質、高機能
山積しており、活発な開発活動が行われている。医療
かつコストを押さえた医療用材料の開発が求められて
機器(B)では、生体適合性や生体吸収性などの生物
いる。
(株)東レリサーチセンターでは、今後も先端素
学的特性と物理的・化学的特性との両立が重要な技術
材や新技術、基盤技術をテーマとして取り上げ、研究
が課題といえる。DDS では薬物放出性や生分解性が
開発・技術開発に役立つ書籍を発刊していきたいと考
重要な課題である。再生医療では生体適合性や生体吸
えている。
収性、低侵襲性が重要な課題であり、簡便で低コスト
な材料開発も進められている。
表 2 用途別にみた主な技術課題
医療機器(B)
医療機器(A)
用 途
用具、器具、キャップ類、成形品
薬剤容器・袋
包装、フィルム
チューブ、ゴム、エラストマー
繊維、布帛、織物、糸
粘・接着剤、テープ、シート
インプラント、移植片、体内留置器具
人工臓器、人工血管、デバイス類
カテーテル、ステント、ガイドワイヤ
処置材、止血材、癒着防止・創傷被覆材
組織用粘・接着剤、シーラント
縫合糸、繊維
コンタクトレンズ
主 な 技 術 課 題
血液適合性、抗ウイルス性、滅菌安定性、耐摩耗性、耐衝撃性、成形性
耐熱/ガスバリア性、層間密着性、透明性、非溶質吸着性、成形性
耐滅菌性、抗菌性、耐酸性、耐ブロッキング性、成形性(延伸処理、高速加工)
耐摩擦性、耐熱性、引裂強度、バリア性、可塑剤移行性、成形加工性
抗菌・ウイルス性、血液バリア性、撥油/耐水性、洗濯耐久性
皮膚刺激性、皮膚追随性、耐滅菌処理性、バリア性/水蒸気透過性
生体適合性、生体吸収性、細胞接着性、機械的特性、耐食・耐酸化性、摩耗性
血栓防止性、血中HCV吸着能、変形耐性、機械的特性、耐酸性
生体適合性、操作性、耐摩耗性、潤滑性、変形耐性、溶着安定性、成形性
生体適合性、生体吸収性、吸水/耐水性、止血効果性
生体吸収性、湿潤接着性、殺菌性
異物反応抑制、非石灰化、長期使用性
抗菌性、濡れ性、易滑性、色目
出願件数 (%)
52 (16.6)
41 (13.2)
26 (8.4)
16 (5.2)
13 (4.3)
7 (0.2)
32 (10.2)
23 (7.4)
26 (8.4)
8 (2.7)
6 (1.9)
2 (0.6)
8 (2.7)
DDS(薬物伝送・徐放担体、基板、デバイス、他) 薬剤放出性、生分解性、生理活性物質固定化能、潤滑コート性、保存寿命
再生医療(細胞培養足場・基板、器具、他)
生体適合性、生体吸収性、低侵襲性、凍結保存安定性、簡便性・低コスト
診断・検査(発光・発熱材料、感熱材料、他)
高輝度発光能、近赤外吸収(発光)能、放射線遮蔽能、放射線検出能(ドレープ)
19 (6.2)
19 (6.2)
15 (4.9)
計
3
313 (100)
The TRC News, 201605-05 (May 2016)
引用文献
1)「医療用材料の高機能化 -生体適合性、
DDS 特性、
生分解性、接着性-」, 東レリサーチセンター
(2016).
吉崎 理華(よしざき りか)
技術情報事業部 部長代理
趣味:JAZZ & Champagne (every other day)
山本 美夏(やまもと みか)
技術情報事業部
趣味:菜園、山登り
東レリサーチセンター
技術書籍のご紹介
http://www.trcbook.com/
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「医療用材料の高機能化-生体適合性、DDS 特性、生
分解性、接着性-」
(2016 年 2 月)
体裁 A4 判 434 ページ
価格 77,760 円(税込価格)
目次 https://www.trcbook.com/zairyo/izai.html
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