シンガポールREIT及び その運用会社に適用される

Law, Accounting & Tax
シンガポールREIT及び
その運用会社に適用される
規制枠組の強化
佐伯 優仁
森・濱田松本法律事務所
弁護士
I. はじめに
2014 年10月、
Monetary Authority of Singapore
II. 変更の概要
MASは、規制枠組の変更を7つの視点に基づき
( シンガポール金融庁。以下「 MAS 」という。
)は、
分類しているため、本稿でもかかる視点に対応した
シンガポールREIT
( 以下「 S-REIT 」という。
)及び
項目ごとに整理する。具体的には、①コーポレートガ
REITの運用を行うManager
( 以下「 運用会社 」と
バナンスの強化、②
( S-REITと運用会社の)
利益の
いう。
)に適用される規制枠 組の強化を提案する
共通化 、③運営の柔軟性、④運用会社の運営上の
consultation paperを公表した。そして、2015 年7
規制、⑤ S-REITのストラクチャリング、⑥開示の強
月、かかるconsultation paperに対する一般からの
化、⑦その他の7つである。MASは、さらに、変更
意見に対する回答及びその意見をふまえた最終確定
ではないものの、consultation paperに対する一般
提案を公表した。当該提案には、LTV 規制や開発
の意見に対する見解を示しており、最後にそれについ
規制の見直しも含まれており、実務上の影響は大きい
ても紹介する。
と目される。かかる修正提案に基づく法令規則の変
更の多くは2016 年1月1日付で効力が発生してお
り、同日よりS-REIT及びその運用会社に適用される
1. コーポレートガバナンスの強化
(1)
ユニットホルダーの利益の優先
規制枠組の変更が始まっている。なお、変更される
運用会社及びその株主と、運用するS-REITのユ
のはS-REIT及びその運用会社に適用される規制枠
ニットホルダーとの間に利益相反が生じる場合に、
組であり、シンガポールのビジネストラストの規制枠
後者を優先させる義務を運用会社及びその取締役
組は今回変更されない。
に課すことが、Securities and Futures Actに新た
そこで、本稿では、今回改正された規制枠組の変
に規定された。シンガポールのビジネストラストでは
更の各概要及びその施行時期を改めて整理の上紹
同様の義務が法律上規定されているが、それと平仄
介することとしたい。
を合わせてS-REITについても法律上の義務が規定
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されることとなる。かかる改正の施行日時は、他の改
位5人の報酬 注 2 についても開示も義務付けられた
正事項よりも遅く2017年1月1日とされている。
が、こちらは説明を付したうえで開示しない取扱いと
することも許容される。かかる改正の施行日時は、
(2 )
取締役の独立性の要件
2016 年1月1日付とされている。
S-REIT のユニットホルダーに運用会社の取締
役の選任権が付与されていない場合、運用会社の
取 締役の半 数 以 上を独 立取 締役とすることが、
(4 )
( audit committee )
構成要件
監査委員会の
運用会社は監査委員会を設置することが必要であ
Securities and Futures
( Licensing and Conduct
り、非常勤取締役
( non-executive director )
のみで
of Business )Regulationsにおいて義務付けられる
構成され 、委員長を含むその過半数は独立取締役
ことになった。他方で、仮にS-REITのユニットホル
でなければならないとされているが、特段取締役の人
ダーに運用会社の取締役の選任権が付与されてい
数要件はなかった。今回の改正で、運用会社の監
る場合、従前と同様、運用会社の取締役の3分の1
査委員会は3人以上の取締役で構成しなければなら
以上が独立取締役 注 1 であれば足りる。ただし、後
ないことが、MASの発行するガイドラインや通達に
者の場合となるためには、通常運用会社の定款及び
おいて規定されることになった。スポンサーから派
運用するS-REITの信託証書
( trust deed )を変更
遣された取締役が構成員になることは可能だが、そ
して、ユニットホルダーが運用会社の取締役を選任
の場合、スポンサーから派遣された者以外の取締
する手続を規定することが必要となる。このように、
役が別途 3人以上構成員となることが必要である。
規則の変更に対応するために相応の時間が必要とな
また、スポンサーから派遣された取締役は、スポン
ることも想定されることから、2016 年12月31日以降
サーグループにおいてバックオフィス機能等のみに責
に終了する最初の事業年度に係る定時総会までに、
任を負うものでなければならず、また、スポンサーに
上記の新しい独立取締役の要件を満たせば足りるこ
直接又は間接に利害のある議案の決議には加わるこ
ととされている。
とができない。かかる改正の施行日時は、2016 年1
月1日とされている。
取締役及び常勤役員
( executive officer )
の
(3 )
報酬
運用会社は、取締役及び役員の報酬に係る方針
2.( S-REITと運用会社の)
利益の共通化
(1)
報酬ストラクチャー
及び報酬決定手続を年次報告書
( annual report )
運用会社に支払われる業績連動報酬は、①報酬
において開示しなければならないことが、Code on
額の確定は1年に1回を超えてはならず、② S-REIT
Collective Investment Schemes のAppendix 6
及びユニットホルダーの長期的利益に資する適切な
( Investment: Property Funds )
(以下「 PFA 」と
指標
( 1口当たり純資産額 又は1口当たり分配金
いう。
)やMASの発 行するガイドライン及び通 達
等)
に連動するものでなければならず、③ S-REITの
( Notice )
において規定されることになった。運用会
粗利益
( gross revenue )
に連動するものであっては
社の取締役及びCEOの各報酬並びに常勤役員上
ならないことが PFA 上規 定されることになった。
注1
独立取締役の要件には、運用会社の取締役を 9 年以上連続して務めていないことも含まれており、9 年連続して務めたものは独立取締役ではなくな
る。
注2
常勤役員上位 5 人の報酬については、250,000 シンガポールドルごとの範囲で開示すれば足りる(1 ~ 250,000、250,000 ~ 500,000、500,000 ~
750,000 等)。
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2015 年12月31日以降に終了する最初の事業年度
において開示しなければならないことが、MASの発
に係る定時総会までに、上記の報酬ストラクチャー
行するガイドライン及び通達において規定されること
の要件を満たせば足りることとされている。
になった。さらに、運用会社の常勤役員の報酬は
S-REITの粗利益と連動してはならず、非常勤役員
(2 )
報酬の開示
の報酬は固定額としなければならなくなった。これ
MASは、取得・譲渡報酬を運用会社に生じた費用
の償還分しか認めない改正を提案したがそれは受け
は、シンガポール証券取引所の上場会社に適用され
る規律と同じである。
入れられなかった。その代わり、運用会社は、各類
型の報酬
(期中の運用報酬、取得・譲渡報酬)
ごとに
その正当性を、目論見書、年次報告書、投資家宛書
3. 運営の柔軟性
(1)
LTV 規制
面
( circular )において開示することが PFA 上義務
従来、S-REITは、原則としてLTVが35% 以下で
付けられた。特に期中の運用報酬については、計算
あることが必要であり、格付を得た場合には60%ま
方法及びそれがいかにユニットホルダーの長期的利
で引き上げることができるとされていた。しかし、格
益に資するかの開示も必要とされる。これらは、
付を保有することと資金調達リスクの関係は必ずしも
2016 年1月1日以降の開示から必要となる。
相関関係になく、また、低い格付さえあれば60%ま
で引き上げることができることの合理性も疑問視され
(3 )
利害関係人への運用資産の処分
ていた。そこで、かかる二段階の規制は廃止され 、
運用資産を利害関係人に処分する場合、監査委
一律に45%を上限とするようPFAが改正された。
員会が、当該利害関係人取引の条件よりもS-REIT
に有利な条件の購入申込はなく、有利な条件での処
(2 )
開発規制
分が可能であると信じられる合理的な理由はない旨
S-REITの開発物件の組入れは総資産の10%ま
の書面による確認書を提出していることが PFA 上必
でとされている。しかし、S-REITの物件保有期間
要とされた。なお、本段落以降に記載の各改正の施
が長期化すると、その再開発のニーズが生じる。一
行日時は、いずれも2016 年1月1日とされている。
度スポンサーグループに売却し、当該会社が再開発
した後に当該 S-REITが再度取得することも可能で
(4 )
取締役及び常勤役員に対する報酬
あるが、複数の利害関係人取引を経なければならず
運 用会 社の取 締役 及び常 勤 役員に対 する報
利益相反の観点から問題がある。そこで、一定の要
酬 が 、運 用 会 社 の 支 配 株 主( c ont r ol l i ng
件を満たせば、開発物件を25%まで組み入れること
sh a r eholder ) 又はその関連会社( r el at ed
ができることが PFAに規定されることになった。当
c ompa ny )の 株 式 である 場 合 又 は 運 用 する
該要件とは、①差分の15%が、S-REITが既に3 年
S-REIT以外の第三者の業績に連動する場合
以上保有し、かつ、再開発後さらに3 年以上保有し
注3
注4
、
利益相反が生じることから、運用会社は、S-REIT又
続ける予定の物件の再開発であることと、②当該再
はユニットホルダーとの利益の不一致を生じないこと
開発がユニットホルダー総会で承認されることであ
又は生じる場合にはその解消策について年次報告書
る。また、開発の定義が明確化され 、建設又は取壊
注3
会社の議決権を 15% 以上保有する株主又は実際に会社に対して支配権を持つ株主をいう。
注4
実務上、運用会社の取締役及び常勤役員がスポンサーグループの会社の株式取得オプションを付与されたり、その報酬の一部として当該株式を取
得する例が見受けられる。
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しを含む物件の重要な変更であり、当該変更期間中
なった。
に当該物件からの賃料収入が途絶える場合
( ただ
し、改造、取付け及び改装を除く。
)
を意味するものと
された。
(3 )
PM 規制
多くの場合、S-REITの物件のプロパティ・マネ
ジャー(
「 PM 」
)
はスポンサーグループが担っている
4. 運用会社の運営上の規制
(1)
コンプライアンス機能
が、PMはスポンサーグループの物件についてもPM
業務を行っており、競合が生じうる。そこで、利害関
上場規則上、運用会社の取締役会は、監査委員
係人が PMの場合、その報酬が市場水準以下である
会の同意を得て、S-REITの年次報告書において、
ことが求められている。今回の改正で、かかる要件
財務上、運営上及びコンプライアンス上のリスクに言
に加えて、その委託契約
(
「 PM 契約」
)において、
及し内部統制の十分性についての見解を開示するこ
S-REITによる当該契約の解除権を大きく制限する
とが求められている。かかる十分性の検証において
規定を設けていないこと注 5 も新たな要件としてPFA
考慮すべき事項として、
MASの発行するガイドライン
に規定された。そして、運用会社の監査委員会は、2
にお いて、運 用 会 社 の 運 営 の 性 質
( 運 営 する
年から5 年
( PM 契約と同期間)
に1回以上、運用会
S-REITの物件のタイプ )、規模
( 運営するS-REIT
社が PMによるPM 契約の遵守状況を確認し、必要
のポートフォリオサイズ )及び 複 雑 性
( 運営する
に応じて改善措置を講じていることを調査し、それを
S-REITの利害関係人取引の頻度及び価格並びに
書面に記録化することが求められるようになった。
物件所在地の法律の透明性 )
が規定された。
5. S-REITのストラクチャリング
賠償保険
(2 )
(1)
結合証券
( stapled securities )
ストラクチャー
通常 S-REITの信託証書において、第三者から損
S-REITのユニットと他のエンティティーの証券を
害賠償等の請求がなされた場合、運用会社の故意
結合させた証券を結合証券という。シンガポールの
重過失又は信託証書違反がなければその費用等は
実務上は、S-REITのユニットと、ビジネストラストの
S-REITの責任と負担とされている。しかし、それを
ユニットを結合させて両証券をまとめて一つの証券と
立証するのに時間を要することが多くその間は運用
して単一の銘柄としてシンガポール証券取引所に上
会社が一部費用を負担しなければならない等運用
場され 取 引されている例がある注 6。 この 場 合、
会社の運営が滞る可能性がある。そこで、運用会社
S-REITとビジネストラストは、それぞれ同じスポン
は、賠償保険に加入するか
( 保険価額はS-REITの
サーグループに属する別の運用会社が運営する。
純資産額の多寡に応じて定められる。
)、十分な財政
S-REITが、その関係性が希少なエンティティーの
状態をもつ支配株主又は親会社から確約書
( letter
証券との結合証券を上場させると投資家による当該
of undertaking )を差し入れてもらうことが、MAS
証券のリスク評価が適切に行われない可能性があ
の発行するガイドラインにおいて求められるように
る。そこで、S-REITがそのユニットと、事業運営を
注5
解除権を大きく制限しているか否かは総合的に判断され、S-REIT に PM の帰責事由に基づく解除権を付与すればそれでよいというわけではない。た
とえば、S-REIT による解除に多額の違約金が必要とされている場合等は実質的に解約権を大きく制限するものと認定される可能性がある。
注6
特に宿泊施設を主な投資対象とする場合に見られ、この場合、S-REIT が物件を保有してスポンサーグループに一括賃貸し(マスターリース)
、スポンサー
がオペレーターに宿泊施設の運営を委託する。ビジネストラストは通常時は活動を行わず、上記オペレーターとの運営委託契約が終了した場合に代わり
に宿泊施設の運営を行うことが想定されている。
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行うエンティティーの証券とを結合して上場させる場
合には、当該エンティティーがS-REITと同じ産業部
門に属する事業運営を行っているか、又はS-REIT
7. その他
(1)
指名委員会
( nominating committee )
及び
報酬委員会
( remuneration committee )
が保有する資産に関連する事業運営を行い若しくは
運用会社には指名委員会及び報酬委員会の設置
サービスを提供している場合に限定されることが
は求められていない。もっとも、上場 S-REITを運用
PFA 上明記されることになった。当初は、当該エン
する運用会社は、コーポレートガバナンスコード
ティティーがスポンサー又はその関連会社でなければ
( Code on Corporate Governance )
を遵守すること
ならないという要件も加えられることが検討されてい
が期待されており、当該コードを遵守しない場合は
たが、かかる要件の追加は今回の改正では見送られ
その理由を年次報告書において開示することが求め
た。
られている。
そこで、S-REITは、コーポレートガバナンスコード
6. 開示の強化
に従い、指名委員会と報酬委員会の設置を検討すべ
年次報告書の開示事項として以下の事項が PFA
きことが MASの発行するガイドラインにおいて明示
上追加された。①及び②は開示における通常収益と
的に求められることになった。設置しない場合、その
の区別の明確化 、④はばらつきのあった各 S-REIT
明確な理由、新規取締役の選定及び選任並びに現
間の開示方法の統一、⑦は資金調達リスクの明確化
行取締役の業務遂行の評価及び再任の基準及び手
を目的とする。
続
( 指名委員会がない場合)、並びに取締役及び常
① S-REITが受領した特別な収益補強の支払注 7 及
勤役員の報酬策定方針及び決定の手続
( 報酬委員
びその1口あたり分配金への影響
② 特別な収益補強の支払がマスターリーススキーム
会がない場合)
を年次報告書に開示することが必要
とされた注 8。
で行われる場合
(テナントからの賃料総額よりもマ
スターリース賃料の方が高額な場合)、その差額
③ 予想1口あたり分配金と実際の1口あたり分配金
との差異が大きい場合その旨及びその理由
④ 運用会社及び利害関係人に支払われる報酬
(報
(2 )
運 用会社の CEO及び常勤役員の兼職の禁止
及び運用会社の運営への関与
利益相反回避の観点から、運用会社のCEO及び
常勤役員は、運用会社の支配株主若しくはその関連
酬額及びS-REITの純資産に占める割合)
会社又は競合会社における同様の地位との兼職はで
⑤ S-REITにより宣言された
( declare )
分配金
きないことが、MASの発行するガイドラインにおいて
⑥ ポートフォリオ全体及び当該営業期間中に新たに
規定されることになった。さらに、CEOと常勤役員
締結した賃貸借契約に関する加重平均残存賃貸
は、他の会社で常勤の役割を担ってはならず、運用
期間、並びに当該新規賃貸借から生じる収入の
会社の日常の運営に関与することも求められた。
全体に占める割合
⑦ 各借入の残存借入期間
また、運用会社のCEOは、原則としてシンガポー
ル在住であることが必要であるものの、一定の場合
注7
①物件の売主がセール&リースバックする場合に短期間の高額賃料を設定する例、②物件の売主が数年間一定額の賃料を保証する例、③物件の売
主がマスターレッシーとなってテナントからの賃料総額に一定額を上乗せするマスターリース賃料を設定する例、④ IPO の手取金の一部を留保して
将来の分配金に補てんする例、等がある。
注8
①運用会社は上場会社ではないため上場会社と同等のコーポレートガバナンスを整備する必要がない旨、及び②運用会社の支配株主の指名委員会
又は報酬委員会が運用会社の指名委員会及び報酬委員会の機能を兼ねる旨、は記載として十分でないとされる。
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には海外に居住することが許容されることもMASの
発行するガイドラインにおいて規定されることになっ
た。一定の場合とは、運用する主な投資対象物件の
(定期的な利率増加条項等)
がないこと
⑤ 清 算 時 の 分 配 の 順 位 が 大きく劣 後
( deeply
subordinated )
すること
所在国に在住し、かつ、当該国に在住することが
ポートフォリオに対する効率的な管理及び監督のた
めに必要であることを運用会社が MASに納得させ
(5 )
ユニットの発行、償還 、自己ユニット取得
集団投資スキームにおけるファンドのユニットの発
行、償還及び自己ユニット取得は、NAVを基準にし
ることである。
た価格でなければならないとされているが、クローズ
代理者の数
(3 )
ドエンドの上場ファンドの場合、市場価格が基準とな
運用会社には、少なくとも3人の常勤の代理者
る。そこで、明確化のため、クローズドエンドの上場
)
が選任されて
( representative )( CEOでもよい。
ファンドの場合は、シンガポール証券取引所の要件
注9
いなければならず、当該代理者は、シンガポール在
を満たせばよいことが PFA 上明記された。
住で、かつ、関連するS-REITの運用歴が少なくとも
5 年以上なければならないことが MASの発行するガ
イドラインにおいて規定されることになった。また、
(6 )
ロ ーン契 約上のチェンジオブコントロール
(
“ CoC ”
)
条項
運用会社のCEOと取締役は、少なくとも10 年の関
一般的に、ユニットホルダーによる運用会社の解
連する経歴
( 5 年間の管理職レベル
( management
任を著しく妨げる条項をS-REITが締結する契約に
level )の経歴を含む。
)がなければならないこととさ
規定することは認められない。これを非固定化の原
れた。これらは従前 MASが実務上要求していた内
則
( the principle of“ non-entrenchment ”
)
という。
容を明文化したものであり、現在多くのS-REITで既
ローン契約のCoC 条項は、デフォルトになることを回
に遵守されている。
避するためにS-REIT や運用会社の支配権の移動
を制限することになるため、上記原則に抵触する可
(4 )
LTVの計算におけるハイブリッド証券の取扱い
能性がある。そこで、ローン契約上CoC 条項を規定
S-REITの 多くは、転 換 無 期 限 優 先 ユ ニット
することが認められる要件として以下の要件が PFA
( convertible perpetual preference unit )や無 期
上明記されることになった。これは従前 MASが、
限証券
( perpetual securities )
等のいわゆるハイブ
ローン契約上CoC 条項を規定するに当たり実務上要
リッド証券を発行しており、LTVの計算においてこ
求していた内容を明文化したものである。
れらの証券をデットとして計算すべきか否かを通常
① CoC 条項はレンダーの要請で規定するものである
MASに相談している。そこで、LTVの計算におい
て、以下の要件を満たすハイブリッド証券はデットと
して計算しなくてもよいことが PFA 上明記された。
① 期間が無期限であること
② S-REITの単独の裁量で償還されうること
こと
② CoC 条項はレンダーの同意により免除されうるも
のであること
③ CoC 条項が上場規則に従い開示されていること
なお、CoC 条項とは、支配ユニットホルダー注 10 の
③ 分配が非累積的であること
変更又はS-REITの支配権の変更がローン契約上
④ ユニットの償還にインセンティブがあるような性質
の期限の利益喪失事由となっている規定をいう。
注9
運用会社を代理して、①投資運用、②資産運用、③資金調達、④マーケティング、又は⑤ IR を行う個人は、代理者として選任されなければならない。
注 10
S-REIT の議決権を 15% 以上保有するユニットホルダー又は実際に S-REIT に対して支配権を持つユニットホルダーをいう。
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8. 改正点以外の MAS の公表した見解
(1)
運用会社の継続性
ユニットホルダーは、信託証書上の権原に基づき、
ユニットホルダー総会を招集し運用会社の解任議案
スポンサーの定義
(3 )
スポンサーの定義を新設することが検討された
が、かかる定義の新設は今回の改正では見送られ
た。
を上程することができる。これは、運用会社がその
運用行為についてユニットホルダーに対し責任を負う
ことを法令規則上ルール化したものである。さらに、
(4 )
内部運用型のS-REIT
MASは、内部運用型のS-REITの組成が可能で
今回の改正において、定期的に、運用会社の再任議
あるかという一般からの質問に対し、可能であるとい
案をユニットホルダー総会に上程し、運用会社として
う見解を示した。
継続することの可否を強制的にユニットホルダーに
判断させる仕組みを導入することが検討されたが、
かかる仕組みの導入は今回の改正では見送られた。
一運用会社による複数 S-REITの運用
(5 )
MASは、一運用会社が複数 S-REITを運用する
ことが可能であるかという一般からの質問に対し、当
(2 )
収 益 補 強 の 仕 組 み
( income support arrangement )
該運用会社に必要な専門的知識があり、かつ、複数
S-REITを運用することによる潜在的な利益相反を
近時、脚注7に記載したような収益補強の仕組み
適切に緩和する措置がとられているのであれば、当
がとられることが多い。そして、分配金の将来予想を
該複数 S-REITの申請を検討する用意があるという
開示書類に記載するにあたり、当該収益補強の仕組
見解を示した。
みについての適切な記載が求められている。今回の
改正において、独立評価人
( independent valuer )
からの、収益補強の仕組みがなくても安定収益が得
III.おわりに
られることの証明の取得や、収益補強の仕組みは一
上記のとおり、今回の改正は多岐にわたり、これま
定期間に限定すること等の規制の導入が検討された
でのS-REIT 実務に少なからず影響を与えるものも
が、かかる規制の導入は今回の改正では見送られ
多い。現在 S-REITに関与している当事者も、今後
た。
関与することを検討する当事者も、新しい規制に即し
た判断が求められる。本稿が、かかる判断の一助に
なれば幸いである。
さえき まさひと
2004 年東京大学法学部卒業、2005 年弁護士登録と同時に森・
濱田松本法律事務所に入所、2011 年コロンビア・ロースクール卒
業
(LL.M.)
、
同年シンガポール Allen & Gledhill 法律事務所
(研修)
、
2012 年ニューヨーク州弁護士登録。不動産その他の資産の流動
化・証券化業務及び REIT 業務を中心にファイナンス分野を幅広く
手掛ける。日本企業による海外投資案件及び外国資本による日本
投資案件を含むクロスボーダー取引についても積極的に取り組む。
近時は、シンガポール REIT/ ビジネス・トラストや、インフラファ
ンド等の新しい市場における案件にも関与する。
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