科学的根拠に基づく「産業保健における復職

科学的根拠に基づく「産業保健における復職ガイダンス 2017」Ver2.5
スコープ
産業衛生学会関東地方会 復職ガイダンス作成グループ
1. トピックの基本的特徴
2014 年労働力調査によれば一時的な休業者は 140 万人、総就業者の 2.2%であり(総務省統計局)年々
増加している。同時に病気を抱えながら働く人の数も増加しており、産業保健活動に占める、休職・復
職の手続きや就業上の配慮の比重は大きくなっている。復職は、主治医の診断書に基に、産業医が自ら
の意見を会社に示し、会社は、その意見を尊重して最終的な可否の判断をするのが一般的とされる。し
かしながら、我が国では産業医のいない中小規模の事業場も多く、休職・復職に対する対応にはばらつ
きが大きいのが実態である。
英国では、National Institute for Health and Care Excellence (NICE) が Managing long-term sickness
and incapacity for work を 2009 年に公開し、米国では、Agency for Healthcare Research and Quality
(AHRQ) が National Guideline Clearinghouse™ (NGC) 、 American College of Occupational and
Environmental Medicine でいくつかの疾患に関する復職についてのガイドラインを公開している。いず
れも医師は患者が一日も早く通常業務に戻れるよう励まし、可能な限り早期に復職することを推奨して
いる。我が国では、主治医は患者の職場での業務負担について考えず、産業医らは疾病に関する経験不
足から過剰な配慮をするといった世界的な動向と異なる傾向をしばしば認める。
American Medical Association(AMA)が、2011 年に出版した Guides to the Evaluation of Work Ability
and Return to Work では、医師が復職判定の際にその患者の業務遂行能力について考えるべきことは、
リスク、職務能力、耐性の 3 点であると記載されている。患者がその業務を行うことでリスクがあると
きに、就業制約(work restriction)を診断書に記載すべきであり、患者が身体的・精神的にできない、
就業制限(work limitation)と明確に区別すべきと強調されている。医師の診断時点での職務能力につい
て客観的な指標は少ないが、各患者個人の耐性に影響されない職務能力の判断をエビデンスに基づいて
提唱する。また、復職すること自体の患者に対する益と害、同様に体調不良者が休職しないための支援
の益と害についてエビデンスを収集し、それぞれ介入の効果についてエビデンスを収集する。
本ガイダンスではメンタルヘルスについで休職者が多い、がん、循環器疾患、整形外科疾患からの復
職を総論的に取り上げ、GRADE システムを用いてシステマティックレビューを行い、私病からの休職、
復職に関する産業保健活動について推奨を提示する、我が国初めての試みである。我が国では産業医が
選任されていない、または十分に機能していない事業場が多いことを考慮し、産業医以外の、衛生管理
者、保健職、人事担当者などの保健スタッフにも活用しやすい復職ガイダンスを目指している。
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2. Analytic framework
KQ4
KQ5
KQ6
P:population
P:population
体調不良者
休職者
KQ3
復
職の判断
KQ6
O:outcome
O:outcome
就労可能レベルま
就業可能レベルま
で軽快
で軽快
休職期間短縮
Self-efficacy 向上
O:outcome 退職
O:outcome 退職 再休職
KQ1
KQ2
Key Questions
P
KQ1 適正な休職
I
C
私病による休職者 適正な休職
-
O
就業上のアウトカム
KQ2 休職中の介入
休職中の介入
KQ3 復職の判断(主治医・会社)
復職の判断
KQ4 主治医との連携
主治医との連携
KQ5 家族の支援・ソーシャルサポート
家族の支援・ソーシャルサポート
KQ6 復職時の就業上の配慮
復職時の就業上の配慮
通常ケア
参考:私病によるパフォーマンスレベル低下に対する介入の効果
体調不良
休職
復職
時間
KQ3 復職の判断
パ
フ
ォ
ー
マ
ン
ス
レ
ベ
ル
就業可能レベル
KQ6 復職時の就業上の配慮
KQ1 適正な休職
就労可能レベル
休職レベル
KQ2,4,5
体調不良者に対する早期介入のモデル
休職中の介入
入院など
休職者に対する介入モデル
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3.ガイダンスがカバーする内容に関する事項
(1)タイトル
科学的根拠に基づく「産業保健における復職ガイダンス 2017」
(2)目的
従業員、主治医、産業保健スタッフ、及び会社が考える「就業できるレベル」の差につい
て、認識のギャップを解消することにより、従業員が安心して療養・復職できるための支
援を目的とする。
―各疾患における、いくつかの治療における標準的な休職期間の提示。
―休職中の介入の復職後の就業上のアウトカムに対する効果。
・産業保健現場における
・家族の支援
・ソーシャルサポート
―復職に関する判断の標準化。
・主治医の判断
・会社の判断
(3)トピック
疾患横断的な復職のガイダンスとし、特に中小企業において衛生管理者、人事担当者の判
断するときにも活用しやすく作成
(4)想定される利用者
企業に勤める産業医、産業保健スタッフと復職を希望する従業員
中小企業で復職の判断を行う衛生管理者、人事担当者
(5)既存のガイドラインとの関係
わが国では初めての科学的根拠に基づく復職に関するガイダンスである。
英 国
NICE
で 公 開 さ れ て い る 長 期 病 休 の 管 理 ガ イ ダ ン ス
(https://www.nice.org.uk/guidance/ph19)、米国 AMA から出版されている Guides to
the Evaluation of Work Ability and Return to Work
2nd Edition を参照した。
(6)ガイダンスがカバーする範囲
・ 体調不良、復職を希望する従業員のいる一般的な企業。
・ 有害業務、深夜業務、危険作業など法令で就業制限が義務付けられているものや、特殊な業
務については個別の判断を要する。
・ 同一疾患でも、社会的背景、人間関係等の職場環境、個人的意向の違いにより対応に幅があ
るため、個別的健康配慮が必要である。
・ 病気欠勤または、病気休職が 1 か月以上継続した場合の休職を対象とする。
・ 感染症法、労災補償法などが適用された休職は含まない。
・ 原則として直接雇用契約のある正社員・パート社員を対象とし、派遣社員、請負社員は含ま
ない。
・ アウトカムは病気休職者の就業上の転帰のみで、病気の原因、診断、治療、予防など診療に
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関するものは含まない。
(7)Review question (RQ) list
KQ1:適正な休職
RQ1-1 適正な期間の休職は、復職後の就業アウトカムを向上させるか。
KQ2:休職中の介入
RQ2-1 休職中の介入*1 は、復職後の就業アウトカムを向上させるか。
*1 試し出勤/リワーク参加/復職支援プログラム/復職判定会議/
KQ3 復職の判断
RQ3-1 主治医の復職の判断としてどんな指標が有用か。
一般的な就労が可能なレベルの指標:生活リズム表/体力/コミュニケーション
RQ3-2 会社の復職の判断としてどんな指標が有用か。
要求された就業が可能なレベルの指標:作業能力
KQ4 主治医との連携
RQ4-1 主治医との連携*2 は復職後の就業アウトカムを向上させるか。
*2 臨床情報-勤務状態の記録(fit-note など)/復職専用診断書/産業保健スタッ
フの受診同伴
KQ5
家族の支援・ソーシャルサポート
RQ5-1
メンタルヘルス不調で休職中の従業員に対して、家族の支援/ソーシャル
サポートは復職後の就業アウトカムを向上させるか。
KQ6
復職時の就業上の配慮
RQ6-1 復職時の就業上の配慮*3 は、復職後の就業アウトカムを向上させるか。
*3 時短勤務、時間外勤務制限/配置転換(⇔元職場復帰)/業務制限/復職支援
エビデンスがないものに関しては、Future research question としてデータ収集を予定。
4.システマティックレビューに関する事項
(1) 実施スケジュール
2015年
11 月 産業衛生学会関東地方会の 4 部会からなるプロジェクトチームを結成
12 月 システマティックレビューチームを結成
2016 年
1 月 RQ の作成、文献検索を行う。
3 月 ワークショップ形式でレビュー
6 月 システマティックレビュー
8 月 推奨作成
9 月 ガイダンス執筆
2017 年
12 月
外部評価
5月
第 90 回産業衛生学会総会にて公聴会
6 月 HP 上で公開
2018 年
5 月 普及活動、有効性調査
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(2) エビデンスの検索
PubMed 医中誌
Cochrane Library
図書館司書と事務局で文献検索案を作成し、RQ 担当者が必要に応じて改定する。
Hand search 採用論文の引用論文、既知の重要論文が見つかった場合には理由を付記して
追加する。
2017 年 6 月に文献の再検索を行い、PRISMA のフローチャートに記録する。
(3) 文献の選択基準・除外基準
システマティックレビューチームの 2 名は、RQ ごとに文献検索の結果のタイトルとアブ
ストラクトから一次スクリーニングを行い、各データベースの結果を統合する。
二次スクリーニングは、全文を取り寄せて、復職に関する PICO に一致する英語、日本語
の1.システマテイックレビュー・メタアナリシス、2. RCT, 3. コホート研究(後ろ向きを
含む)4. Guideline を採用する。いずれのスクリーニング作業も 2 名独立して行い、意見
が異なる場合は第 3 レビューアーが判断する。
万が一、文献数、エビデンスの質が十分でない場合は、5. Case Control Series 、6.
Unstructured Review、7.Textbook のエビデンスも採用するがその場合、エビデンスの質
は a. High Quality または、b. Moderate Quality とする。
選択基準
・休職期間(連続変数、ハザード比)、復職率、self-efficacy などスコア化された QOL な
どアウトカムが数値として記載があるもの
・職域における研究
・悪性疾患、循環器疾患、整形外科疾患、精神科疾患、その他の疾患に関する研究
※費用対効果、コストに関する論文は金額の記載があるものを採用するが、システマティ
ックレビューは行わない。
除外基準
・労災、産業中毒、薬剤・アルコール・タバコ中毒、遺伝性疾患に関する研究
・災害、刑務所など特殊な環境、警察、軍隊などハイリスク職場に関する研究
・学童、大学生など教育機関を対象とした研究や、高齢者施設の入所者を対象とした研究
・プロトコール、方法に関する論文、または取組の紹介で、結果の記載がないもの
・医療スタッフまたは、産業保健スタッフに対する介入
・動物実験、ヒトを対象とした試料をもちいた実験
・精神科疾患のうち Alzheimer 病、慢性疼痛、外傷などからの2次性の抑うつ状態、治療
薬の副作用、精神遅滞によるもの
・実データに基づかない、エキスパートの意見のみの総説
・正規雇用を含まず、不就労者、非正規雇用者のみに焦点を当てた研究
(4) アウトカムの定義
就業アウトカムは、アルゴリズムある本人のアウトカム(再発・繰り返し休職率、パフォ
5
ーマンス低下(スコア)、退職率、休職期間、Self-efficacy(スコア))、会社のアウトカム
(後任・支援人材コスト、組織の活力低下、休職者に対するコスト)を包括して表現した。
RQ ごとに最終的なアウトカムと重要性を確定する。
会社のアウトカムとして、後任・支援人材コスト、組織活性低下、休職者に対するコ
ストなどについては、費用対効果研究の結果を別表でまとめる。
(5) エビデンスの評価と統合の方法
RQ ご と に 2 名 以 上 の シ ス テ マ テ ィ ッ ク レ ビ ュ ー チ ー ム に よ り 、 RevMan
(http://tech.cochrane.org/revman)を用いて、PICO の抽出、バイアスリスクの評価を
行う。
GRADEPro DGT(http://gdt.guidelinedevelopment.org/)を用いて、2 名が独立してエ
ビデンス総体の強さを評価後、質的システマティックレビューを行う。エビデンス総体の
強さは、以下の 4 段階とする。
a. High Quality
b. Moderate Quality
c. Low Quality
d. Very low Quality
量的統合が可能な RQ では、RevMan を用いてメタアナリシスを行う。
GRADE については以下を参照。
・相原守夫 診療ガイドラインのための GRADE システム-第 2 版-凸版メディア株式会社
・The Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation (GRADE)
http://www.gradeworkinggroup.org/publications/jce_series.htm)
5.推奨作成から最終化、公開に関する事項
(1) 推奨作成の基本方針
Developing and Evaluating Communication Strategies to Support Informed Decisions
and Practices Based on Evidence(DECIDE)の Evidence to Decision (EtD)を採用予定。
http://www.decide-collaboration.eu/multilayered-presentation-format-clinical-practiceguidelines
現状では、システマティックレビューの結果に基づき、ガイダンス作成グループは、推奨
案を作成して、投票で推奨を決定する、Delphi 法を予定している。無記名で参加者の 3 分
の 2 以上が合意するまで投票を繰り返し、意見を集約する。
推奨の提示方法は GRADE に準じた、以下の 4 段階とする。
・行うべきである(A1) 行うことを強く推奨する
・行ってもよい(A2)
行うことを弱く推奨する
・行わなくてよい(B2) 行わないことを弱く推奨する
・行うべきでない(B1) 行わないことを強く推奨する
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(2) 最終化
ガイダンス作成グループは、スコープ、システマティックレビュー、推奨の過程と結果を
一定のフォーマットでまとめ、復職ガイダンス草案を作成する。
電子パンフレット、アルゴリズムなどの普及・活用のためのツールも併せて開発する。
(3) 外部評価の具体的方法
4 部会のメーリングリストなどで、RQ 案、推奨作成、ガイダンス草案作成の段階などで
会員からの意見を収集し、またパブリックコメントでも意見を収集して、ガイダンスに反
映させる。
衛生管理者協会、日本職業・災害医学会、臨床系の学会、疫学専門家、一般市民の団体に
草案の外部評価を依頼
2017 年第 90 回産業衛生学会で最終版を公表し、公聴会を行う。
(4) 公開の予定 2017 年 6 月 産業衛生学会 HP 上で公開
各システマティックレビューの論文化
「産業保健における復職ガイダンス 2017」のサマリーは英文にして投稿
6.ガイダンス作成組織
(1) 作成主体
産業衛生学会関東地方会⇒学会本体
(2) ガイダンス統括委員会
産業衛生学会において検討予定
(3)
「産業保健における復職ガイダンス 2017」事務局
小島原典子、遠藤源樹
東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二
(4)ガイダンス作成グループ
産業医部会
福本正勝(介護老人保健施設
新橋ばらの園)
産業看護部会
吉川悦子(東京有明医療大学看護学部)
産業衛生技術部会 對木博一(合同会社 アール)
産業歯科保健部会 品田佳世子(東京医科歯科大学大学院 口腔疾患予防学分野)
事務局
小島原典子、遠藤源樹(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二)
オブザーバー
与五沢真吾(産業衛生学会関東地方会事務局)
(5)システマティックレビューチーム(順不同)
斎藤利恵(日本電気株式会社 本社健康管理センター) SR チームリーダー
星佳芳(北里大学医学部衛生学教室)
能川和浩(千葉大学医学部衛生学講座)
照屋浩司(杏林大学保健学部公衆衛生学)
原野悟(エム・ディ労働衛生コンサルタント)
福本正勝(介護老人保健施設 新橋ばらの園)
道喜将太郎(King's College London)
武藤剛(順天堂大学医学部衛生学講座)
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江畑智恵(江畑労働衛生研究所)
谷山佳津子(朝日新聞東京本社)
中島宏(防衛医科大学校医学教育部医学科衛生学公衆衛生学)
對木博一(合同会社 アール)
品田佳世子(東京医科歯科大学大学院口腔疾患予防学分野)
大山篤(神戸製鋼所東京本社 健康管理センター)
吉川悦子(東京有明医療大学看護学部)
土屋文枝(東京工科大学医療保健学部看護学科)
鈴木直子(了徳寺大学健康科学部看護学科)
佐藤康仁(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二)
清原康介(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二)
遠藤源樹(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二)
小島原典子(東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二)
(6)外部評価(依頼予定)
東京衛生管理者協議会
全国社会保険労務士連合会
労災病院関係者(日本職業・災害医学会に依頼)
臨床系の学会 (癌治療学会、精神医学会、循環器内科学会、などを予定)
一般市民団体
疫学専門家
(7) 作成資金
補助金申請予定
(8) COI
ガイダンス作成グループの経済的 COI、アカデミック COI は日本医学会の基準
(http://jams.med.or.jp/guideline/coi-management.pdf)において開示すべきものはなし。
COI マネージメント担当者:山口直人(東京女子医科大学)
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図 1 我が国の一般的な休職から復職までの流れ
① 疾病軽快(退院可能)
⑤最終目標
③ 主治医の復職の判断
元の就業が可能なレベル
体
調
不
良
入院加療
復 職
日
通院加療を必要とする自宅療養(リハビリ、デイケア含む)
休職期間
通院加療
就業上の配慮
②本人の主治医への復職の
④本人から会社へ復
意思の表明
職可能診断書の提出
① 疾病軽快(退院可能)日常生活が送れるレベル
② 本人の主治医への復職の意思の表明 本来は主治医が時期を判断するべき
③ 主治医の復職の判断 一般的な就労が可能なレベル回復しているか判定
④ 本人から会社へ復職可能診断書の提出
⑤ 最終目標
元の就業が可能なレベル
<参考:就業規則による一般的な労務管理との違い>
病気休職発令
復職発令
労働契約終了
復職でき
病気欠勤期間
病気休職期間
ない場合
休職満了解雇
は
解雇予告
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