Economic Monitor

May 25, 2016
No.2016-022
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
主任研究員 石 川
誠
03-3497-3616 [email protected]
積極的な金融緩和を支えに拡大基調を維持するユーロ圏経済
ユーロ圏景気は拡大基調にある。1~3 月期は、輸出が伸び悩んだものの、個人消費や建設投資と
いった圏内需要が伸びたことから、実質 GDP 成長率が前期比年率 2.1%まで上昇した。
今後も、ECB が積極的な金融緩和策を続ける中で、ユーロ圏内の需要拡大は当面続くと見込ま
れる。また、世界経済が徐々に持ち直し、ユーロ安地合いが維持されるもとで、輸出も復調に向
かうと期待できる。そのため、2016 年の成長率は 1.6%、2017 年も 1.7%と、2015 年(1.6%)
並みの伸びを維持すると予想している。
(1)ユーロ圏景気:拡大基調を維持し、2016 年は 1.6%成長、2017 年は 1.7%成長へ
ユーロ圏景気は拡大基調にある。5 月 13 日に公表された 1~3 月期の実質 GDP 成長率(2 次速報値)は
前期比 0.5%(年率換算 2.1%)と、昨年 10~12 月期の前期比 0.3%
(年率 1.3%)を上回る伸びとなった。
主要国の成長率を見ると、ドイツ(10~12 月期前期比 0.3%→1
~3 月期 0.7%)、フランス(0.3%→0.5%)
、イタリア(0.2%→0.3%)
がいずれも上昇し、スペイン(0.8%→0.8%)も好調を維持した。
一方、債務問題が燻るギリシャ(0.1%→▲0.4%)は再びマイナ
ス成長となった。
ユーロ圏の実質GDP (%、季節調整済前期比)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
▲0.2
▲0.4
▲0.6
2010
需要項目毎の内訳は未公表(6 月 7 日公表予定)であるが、各種
したと考えられる。欧州では記録的な暖冬となったが、その暖冬
が、衣料品など春物商品の売れ行きや建設工事の進捗に好影響を
与え、1~3 月期の景気を押し上げた模様である。加えて、1~3
月期は乗用車販売の好調も続いて、景気の拡大に寄与した。
ただし、4~6 月期については、①春物需要先食いの反動落ちが見
込まれること、②4 月の乗用車販売の増勢に陰り2が見られること
などから、成長率の低下が予想される。
また、インフレ率(消費者物価の前年同月比)は、2 月▲0.2%、3
2012
2013
2014
2015
2016
(出所) Eurostat
経済指標に基づけば、米国向け1を中心に輸出の不振が続いたもの
の、一方で個人消費や建設投資の増勢が強まり、景気全体を牽引
2011
消費関連指標の推移 (季節調整値)
110
109
108
107
106
105
104
103
102
101
100
99
98
97
※乗用車販売台数の
直近値は4月単月。
1250
1200
1150
1100
1050
1000
950
900
850
800
750
700
650
600
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
小売販売指数(2010年=100、左目盛)
乗用車販売台数(年率、万台、右目盛)
(出所) Eurostat、ECB
月▲0.05%、4 月▲0.2%と 3 ヵ月連続のマイナスとなった。これには、エネルギー価格の下落が影響して
いる側面もあるが、より根本的な要因として、需給ギャップ(需要-供給力)が 2015 年時点で GDP
VW 社の排ガス不正問題が響く自動車のほか、機械設備の輸出も低調であった。
ユーロ圏の乗用車販売台数は、昨年 10~12 月期には前期比 3.3%増、今年 1~3 月期には 3.0%増となった後、4 月は 1~3 月平
均比 0.1%増にとどまっている。
1
2
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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比▲1.8%3と、依然として大幅な需要不足状態にあることが挙げられる。
こうした中、ECB(欧州中央銀行)は 3 月 10 日の定例理事会で、低インフレからの脱却を目指した追加
金融緩和策を決定した。具体的には、①リファイナンス金利4のゼロへの引き下げ(従来は 0.05%)
、②既
にマイナスとなっている中銀預金金利5の一段の引き下げ(▲0.3%→▲0.4%)
、③量的緩和のペース加速(月
あたりの資産買い入れ額 600 億ユーロ→800 億ユーロ)
、④買い入れ対象資産に非金融企業の社債を追加
(質的緩和)、⑤融資拡大を約束した銀行への長期資金供給(TLTRO)6の継続、などを打ち出した。
さらに、次回 4 月 21 日の定例理事会では、新たな措置は打ち出されなかったが、ドラギ総裁が会合後の
会見で「インフレ率が ECB の政策目標である 2%弱から程遠い」
ユーロ相場の推移 (ドル/ユーロ、週末値)
状況下で「利用可能なあらゆる手段で適宜対応していく」と言
1.60
明し、先行きの追加緩和の可能性に含みを持たせた。
1.50
↓ユーロ安
1.40
以上のような ECB の措置と積極的な対応姿勢の継続は、①金
1.30
利抑制や銀行融資促進を通じて圏内需要への下支え効果を強め
1.20
るほか、②ユーロ安地合いの持続を通じて、輸出の底割れを回
1.10
避させる大きな要因になると考えられる。
1.00
2003
これに加えて、失業率(3 月 10.2%)の低下傾向は、引き続き
個人消費の押し上げ要因になると見込まれる。また、鉱工業の
2005
2007
2009
2011
2013
2015
(出所) ECB (注) 直近値は5月24日。
設備稼働率(4 月 81.4%)が上昇傾向を辿り、今年 1 月以降、前回の設備投資拡大局面の初期にあたる 2005
年の平均レベル(81.4%)を回復していることは、固定資産投資が当面堅調な拡大を続ける可能性が高い
ことを示唆している。さらに、米国経済が拡大傾向を維持し、世界経済全体も徐々に持ち直していくと想
定される中で、輸出が遠からず息を吹き返す展開も期待できる。
以上より、当研究所は、ユーロ圏景気が今後も拡大基調を維持し、2016 年通年の実質 GDP 成長率は 2015
年と同じ 1.6%を確保できると見込んでいる。さらに、2017
ユーロ圏の失業率と設備稼働率 (%、季節調整値)
96
設備稼働率
12
失業率(右目盛)
92
10
88
8
84
6
80
4
76
72
68
2004
2006
2008
2010
(出所) Eurostat、欧州委員会
2012
2014
2016
年の成長率は、輸出の増勢加速を主因に 1.7%へ小幅上昇す
ると予想している。
ユーロ圏の成長率予想
%,%Pt
2013
2014
2015
2016
2017
実績
実績
実績
予想
予想
▲0.3
0.9
1.6
1.6
1.7
個人消費
▲0.7
0.8
1.7
0.9
0.7
2
固定資産投資
▲2.6
1.3
2.7
3.5
4.7
0
在庫投資(寄与度)
(0.2)
(0.0)
(▲0.0)
(▲0.0)
(0.0)
▲2
政府消費
実質GDP
0.2
0.8
1.3
0.9
0.5
(0.4)
(▲0.0)
(▲0.1)
(0.2)
(0.3)
輸 出
2.0
4.1
5.0
5.0
5.8
輸 入
1.2
4.5
5.7
5.0
5.6
純輸出(寄与度)
(出所)Eurostat (注) 2013年は17ヵ国、2014年は18ヵ国、2015年以降は19ヵ国ベース。
欧州委員会試算の潜在 GDP を用いて算出した。
ECB が定期的に行う 1 週間物の資金供給オペに民間銀行が入札する際の下限金利。
5 民間銀行が余剰資金を ECB に預ける際の金利(融資拡大を促すためマイナスに設定中)
。
6 Targeted Longer-Term Refinancing Operation の略。2014 年 9 月から 2016 年 6 月にかけて 8 回実施される「第 1 弾」に加え、
「第 2 弾」として 2016 年 6 月から 2017 年 3 月にかけ 4 回実施することを今回決定した。
3
4
2
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(2)ギリシャ債務問題:当面のデフォルトは回避も、債務軽減はユーロ圏と IMF による協議継続へ
5 月 24 日、ユーロ圏財務相会合が開かれ、ギリシャへの第 3 次支援を再開し、6 月より 103 億ユーロの
融資を実行することで関係各国が合意した。ギリシャは、7 月に控える 23 億ユーロの国債償還資金を確
保、昨夏のようなデフォルト危機は当面回避できる運びとなった。
ユーロ圏諸国は昨年 8 月、ギリシャに対し、緊縮財政の継続や税制改革などを条件として、3 年間で最大
860 億ユーロの金融支援(2010 年、2012 年に続き 3 度目)を行う方針を決めた。しかし、ユーロ圏は昨
年末までに 214 億ユーロの融資を実行した後、①ギリシャの財政健全化努力を最大限引き出すこと、②債
務軽減の必要性7を主張して支援参加を見送っている IMF(国際通貨基金)に対し、改めて参加を求める
ことを理由に、支援継続を留保してきた。
今回、ユーロ圏が支援再開に踏み切ったのは、ギリシャの国債償還が間近に迫ったという消極的な理由も
あろうが、ギリシャによる最近の財政健全化への取り組みを是認したという側面が大きい。ギリシャ議会
は 5 月 8 日に年金改革法案を可決し、さらに 5 月 22 日には、(1)付加価値税率の引き上げ(22%→23%)
、
(2)財政健全化目標8を達成できない場合に、年金給付削減などの追加緊縮措置を自動的に発動する仕組み
の導入、などを盛り込んだ財政構造改革法案も可決した。
ただし、(2)の強制発動メカニズム導入は、債務軽減の前提として IMF が要望してきたものである。ギリ
シャ側から見れば、融資実行のみならず債務軽減も実現させたいとの強い姿勢を行動で示したにもかかわ
らず、今回は融資実行しか取り付けられなかったことになる。
一方、ユーロ圏側としては、今回、ギリシャが求めるほどまでに債務軽減の緊要性を認識していなかった
と見られる。そして、IMF の支援参加よりも、ギリシャによる追加措置の着実な履行(約束を守らせるこ
と)を優先すべきとの考えが、ユーロ圏内で現在も優勢であることが明らかになった。ユーロ圏は今後も、
ギリシャがデフォルトに陥らない形で支援を継続していくことにはなろうが、債務軽減については実施す
るとしても、かなり長い時間軸9の中で検討されていくと考えられる。
ギリシャに求める条件が厳し過ぎることにより、いずれ第 3 次支援の枠組みが行き詰まると(IMF が)見ているため。
2018 年の基礎的財政収支(プライマリーバランス、利払い費を除く財政収支)が GDP 比で 3.5%の黒字になること。
9 具体的には、2017 年秋のドイツ総選挙や、ギリシャの財政健全化目標の時間的目処である 2018 年などを視野に入れた、2~3
年程度を想定する。
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8
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