INA方式の重みつき移動平均法を用いるダム諸量の演算処理の実際(1)

参考例題(2-9)
INA 方式の重みつき移動平均法を用いるダム諸量の演算処理の実際(1)
ダム諸量の演算処理は、2 秒周期で入力される基礎データに対する 1 次処理と、この結果
を 1 分周期でサンプリングして行う 2 次処理とで構成されます。
INA 方式の重みつき移動平均法を用いるダム諸量の演算処理も同一の構成としますが、1
次処理は 6 分間 181 個のデータを用いて行い、2 次処理は貯水面に生じた波浪の周期に応じ
た重みを用いる処理となります。したがって、この演算処理で生ずる時間遅れ Td は、1 次処
理については 3 分、2 次処理については可変となり、仮に 21 個の重みを用いた場合には、
時間遅れは 10 分となります。したがって、この場合の 1 次,2 次処理を合わせた時間の遅
れの総和は 13 分となります。なお、時間の遅れは、移動平均法では重みの個数を(2m+1)
個とする場合、遅れは m となることに注意してください。
1 次処理では、水位データに対して 2 種の重みを用いて水位の処理値と、水位の時間微分
値( dH dt )の処理値を算出します。なお、水位の時間微分値を求める重みは、実際は基準
湛水面積を 100ha としてこれを乗じた重みに変換していますので、得られる処理値は湛水
面積を 100ha としたときの Ar dH dt の値となります。
2 次処理は、1 次処理の結果を 1 分周期でサンプリングして、1 次処理値に残存する波動
成分を除去するための平滑化処理となります。2 次処理で準備される時間遅れの最も大きい
重みは、当該ダム貯水池で生ずる恐れのある最長周期の波動が所定の精度で平滑化できる
ように計画されます。しかし、実際には常にこの最長周期の波動が大規模に発生するわけ
ではありませんから、現在発生している波動が所定の精度で平滑化できれば目的を達成す
ることができます。すなわち、時間遅れを小さくすることが可能になります。
現行では、時間遅れを補正する方法が絶対的ではありませんから、時間遅れを出来る限
り小さくすることがより有用であると考えます。この演算処理の実際では、時間遅れを小
さくする方法について具体的に事例を示しつつ説明することとします。
演算処理で用いる重みを求めるためには、目標平滑化度 Emin の値と想定する最長周期
Tmax を指示することが必要です。なお、この入力部には、同時に時間遅れの選定に用いる
データの個数 N と判定に用いる分散の基準値 Vo とを指示することとしています。この後者
については後述します。なお、この入力部にはテスト用として、Emin = 50,000、Tmax = 8min、
N = 11、 Vo = 10 の値が準備されます。
入力することが必要な目標平滑化度は 1 次処理に用いるもので、2 次処理では、この目標
平滑化度を経験曲線に基づき低減した値を用います。
目標平滑化度 Emin と湛水面積 Ar(ha)の間には、INA の提案では、次の関係が成立します。
Ar = Emin 2000 D
ここに、D は最長周期の計画波浪の振幅(m)です。
したがって、D =0.1m とする場合には、ここで扱う事例では、湛水面積を 100ha として
いますから、 Emin =20,000 が INA の考える標準となります。なお、前述の経験曲線を含め
て、これらの INA の提案は「移動平均法による周期性変動成分の平滑化
参考例題(2-9) 1/3
INA 方式の理論
とその応用」を参照してください。
目標平滑化度を入力しますと、この条件を満たす重みが算定され表示されます。この表
(【重みの性能表】)で、時間遅れ( Td )が 3 分となる 2 種の重みが 2 秒間隔 181 個のデー
タに対して行う 1 次処理の重みです。時間遅れが 1 次処理を含めて 5 分以上となる重みが、
1 分間隔でサンプリングされた 1 次処理値に対する 2 次処理の重みとなります。なお、1 次
処理の 2 種の重みのうち、重みの総和 [ W ] が 0 となる重みが、水位データ H から dH dt を
算出する重みです。
時間遅れの次に示される Tm (min)が、この重みを用いて平滑化処理を行った場合、所
定の平滑化度が得られる最長周期となります。したがって、通常の場合は、この Tm の値が
入力された最長周期より大きい重みまで準備すればよいことになります。しかし、ここで
は時間遅れを小さくする方法も同時に課題としているため、指示された最長周期に関係な
く、時間遅れが 20 分となる重みまでを検討範囲とします。なお、[ W ] は算定された重みの
総和で、 dH dt に対する場合を除けば、すべて 1 となることが要件です。(e)max は重みの算
定で生じた計算誤差の最大値です。重みは、次式を展開することにより導かれます。
m
2m
p= 1
k= 0
∏ ( 1 − 2C p x + x 2 ) = ∑ Wk x k
したがって、この x の解を右辺に代入すれば当然 0 となることが必要です。(e)max は、この
誤差の最大値を示しています。
次の表(【検討に用いる事例の変動】)は、検討に用いた事例の変動が示されます。#1∼
#4 が有意な変動で、周期は流量変動の振幅を与えて、湛水面積を 100ha として、水位の変
動振幅を逆算して与えています。#5 以後が平滑化処理の対象となる有意でない波動で乱数
を用いて任意に発生させています。このうち、#5∼#11 が周期が 1 分未満の短周期の波動
で、#12 以後が周期が 1 分以上の長周期の変動となります。この表において、before が平滑
化処理前で、after は時間遅れの最も大きい、ここでは 20 分となる重みを用いて平滑化処理
を行った結果の振幅が示されます。
この結果より、有意な変動については平滑化処理を行っても正しい値が保存されること、
および有意でない変動についてはほぼ完全に除去されることに着目してください。なお、
波動のうち、指示された最長周期 Tmax に最も近い周期の波動の振幅は 0.1m としています。
数値実験は、平滑化処理で得た流量の処理値の時間遅れを補正した値と時間遅れの値が
シミュレーション結果図にモニターされます。ここでは、時間遅れの補正の方法として、
参考例題(2-8)の結果を参照し、次数を 2 次とし、n=60、fv =0.25 の方法を採用しています。
図(【シミュレーション結果 1】)には、後述の方法で求めた採用値が正しい位相で、それ
ぞれの重みによる推定値の代表例が位相を反転させて示されます。また、図の下側には、
時間遅れの値が示されます。なお、この実験では、波動は 4,200 分間に亘りすべて一様に発
生しているとして行っていますが、波動が変化する場合は、次の参考例題(2-10)実際(2)
で取り上げています。
次の図(【シミュレーション結果 2】)は、時間(分)と水位変動 H(cm)の実験結果を示
参考例題(2-9) 2/3
しています。図示の方法はモニターと同様で、真値,採用値とそれ以外とでは、位相を反
転させて示しています。また、実験結果より、真値と採用値の最大・最小と誤差の最大・
最小が示されます。
次の図(【シミュレーション結果 3】)は、時間(分)と流量変動 Q (m3/s)の実験結果が
示されます。図示ならびに表示の内容は、水位変動の場合と同一です。
次に、実験結果を統計処理した結果が表示されます。表において、(A)は時間遅れを補
正して得られた推定値( Ye )の時系列データに関する結果で、(B)は時間遅れを補正する
前の処理値(Y)の時系列データに関する結果です。
(A-1),(B-1)はそれぞれの重みによる時系列データと採用値の時系列データとを真値と
比較した結果です。表の D [
] は、標準偏差演算子で、D [ 0 ] は 0 次の誤差 e ( 0 ) の結果を、
D [ 1 ] は 1 次差分の誤差 e ( 1 ) の結果を、 D [ 2 ] は 2 次差分の誤差 e ( 2 ) の結果を示してい
ます。また、 e(0) max は、 e(0) の絶対値の最大値です。
これらは時間遅れを補正する方法の性能比較で行ったと同様に処理し、かつ同一の重み
を付けて得点化しています。差分の時間等については、参考例題(2-8)を参照してください。
(A-2),(B-2)は時間遅れ Td と同じく( Td + 1 )の時系列データで同一時刻の処理値の差
を変量として統計処理した結果です。表において、 V [
Vs は、指示したデータの個数 N
] は分散演算子です。
個より求めた分散で、 E [ ] はこの期待値、 D [ ] は標
本標準偏差です。また、(Vs )max ,(Vs )min はそれぞれ分散 Vs の最大値、最小値です。また、
N と一緒に指示した Vo はこの分散 Vs に対する基準値で、流量に関する(B-2)の結果に対し
て適用します。
分散 Vs は変数 x ( k ) を
x ( k ) = Y ( Td , k ) − Y ( Td + 1, k − 1 )
k = 1,2
として、次のように求められます。
{
2
Vs = ⎡ x ( k ) ⎤ − ⎡⎣ x ( k ) ⎤⎦ ⎡⎣ x ( k ) ⎤⎦ N
⎣
⎦
}
N −1
したがって、得られた分散 Vs が Vs < Vo であれば、時間遅れを Td + 1 とします。この結果
より、時間遅れを Td とすることも可能ですが、この場合には、検定されない Y ( Td ,0 ) の処
理値を容認することに注意してください。
この方法をこの事例では、時間遅れ Td = 19 から小さい方に向かって順次適用すれば、時
間遅れを少なくすることが可能となります。採用値は、このようにして得られた時系列デ
ータに基づく結果です。なお、この場合、分散 Vs が Vo 以上となった場合以後は、たとえ、
Vs < Vo となっても、時間遅れを小さくできないことに注意してください。
分散 Vs を求める個数 N と基準値 Vo を変更しますと新しい結果を得ることができます。試行
してみてください。なお、試行を繰り返しますと、現象は前回とは異なり、進行してしま
うことに注意してください。また、この基準値 Vo は当然、目標平滑化度 Emin とも密接に関
係しますから、この組合せについても試行してみてください。
参考例題(2-9) 3/3