1/2 Asia Trends マクロ経済分析レポート トルコ、エルドアン体制強化の一方で高まるリスク ~大統領権限の強化が進む一方、EUとの合意がリスクに晒される可能性~ 発表日:2016年5月23日(月) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 22日、トルコの与党AKPは臨時党大会を開催してユルドゥルム運輸海事通信相を党首とする決定が行わ れた。同党の規定では党首が首相を兼務するため、月内にも同氏による新内閣が発足する。同氏は約20年 に亘りエルドアン大統領の側近であるなか、エルドアン大統領が目指す憲法改正を通じた大統領制への取 り組みが進むとみられる。前任のダウトオール氏の辞任劇を巡っては党内における反エルドアン派への締 め付けを厳しくする動きもみられ、党内外でのエルドアン大統領の発言権は一段と強まるとみられる。 なお、現状の議会構成では憲法改正自体は容易ではないなか、新政権は当面憲法条文の修正などを通じて 実質的な「大統領制」を進めるとみられる。ダウトオール氏の失脚に伴い、今年3月にEUとの間で合意 した移民・難民を巡る協議が反故にされるとの見方は根強い。EU側が求めるトルコの「テロ対策法」改 正に対してはエルドアン大統領が強く反発するなか、合意されたビザ免除協議が進まない可能性もある。 結果的に移民・難民の再燃がEU政治に悪影響を及ぼすといった事態に繋がるリスクも警戒されよう。 《大統領権限のさらなる強化が進むとみられるなか、EUとの移民・難民を巡る合意が反故にされるリスクも懸念される》 22 日、トルコの与党・公正発展党(AKP)は臨時の党大会を開催し、ダウトオール首相の後任となる新党 首にビナリ・ユルドゥルム運輸海事通信相を選出する決定が行われた。AKPの党規では党首が首相を兼任す ることが明記されているため、ユルドゥルム氏はエルドアン大統領から首相指名を受けた後、月内にも新内閣 を発足させることになる。ユルドゥルム氏はエルドアン大統領などとともにAKPの共同創設者として名を連 ねているほか、約 20 年に亘ってエルドアン大統領の側近として仕えるなど、前任のダウトオール氏同様にA KP政権の下で要職を歴任してきた。同国の政治を巡っては、2002 年の総選挙においてAKPが政権党とな って以降、特に、翌 2003 年にエルドアン氏が首相に就任して以降は、同党の党是である「イスラム主義」に 基づき様々な面でイスラム色が強まる動きが出ている。他方、同国憲法においては、首相が実質的に政治的権 能を有している一方、大統領は儀礼的な存在に留まるといった規定が記されている。こうしたなか、一昨年の 大統領選で同国初となる民選による大統領に就任したエルドアン氏は、憲法改正を通じて政治的権能を大統領 に集中させる「大統領制」の導入を目指してきた。しかしながら、昨年6月に行われた総選挙でAKPは議席 数を大きく減らして半数割れとなる惨敗を喫することとなり、他党との連立協議も失敗したことで政治空白が 長期化する異常事態に見舞われることとなった。その後、11 月に行われた出直し選挙においては、世界経済 を巡る不透明感の高まりや隣国シリアをはじめとする中東情勢の悪化に伴い、同国内において強力な政治的リ ーダーシップを求める声が強まったことを追い風に、AKPは単独で過半数を上回る議席を獲得する予想外の 大躍進を果たした。ただし、上述のようにAKPは憲法改正を目標としているが、最低限でも憲法改正に必要 となる改正案を国民投票に付すことが可能となる議席数(総議席数の5分の3以上)は満たしておらず、実態 としては憲法改正への道のりは厳しい状況が続いている。ダウトオール前首相はエルドアン氏が大統領に就任 した後、その後継としてAKP党首並びに首相に就任したものの、同氏自身は必ずしも憲法改正による大統領 制の導入に積極的ではないなか、次第にエルドアン大統領との間で確執が表面化する事態が続いてきた。さら 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/2 に、AKP内においては前党首のエルドアン大統領が絶対的な影響力を保持するなか、ダウトオール政権にお いては主要閣僚をエルドアン大統領の取り巻きが独占するなど、実質的には「エルドアン政権」が続く大統領 制に近いとなってきたことも両者の対立を一段と強めた可能性が考えられる。両者の対立が強まるなか、AK P内ではダウトオール首相から地方の党幹部に対する任命権が剥奪される決定が行われるなど権限の「骨抜き」 が進んだことで、今月初めにダウトオール氏は突如首相職の辞任を発表する事態に追い込まれた。今回の一連 の首相辞任劇を経て、AKP内ではエルドアン氏の発言権がこれまで以上に強固になる可能性は高まっている。 ユルドゥルム氏は臨時党大会後に行われた会見において「エルドアン大統領は偉大なトルコの擁護者である」 との発言したほか、「政府の最重要な任務は憲法改正を通じて大統領制を導入すること」との考えを示してお り、今後はユルドゥルム新首相の下で憲法改正に向けた取り組みが進められるとみられる。しかしながら、上 述の通り現状の議会構成ではその実現は容易ではないなか、AKP内では「窮余の策」として憲法の条文から 大統領の政治的中立性を定める規定を削除することも検討されている模様であり、「大統領制」に向けた取り 組みは不可逆的に進むことは間違いない。ダウトオール氏は党首並びに首相を辞任する一方、今後はAKP内 で一国会議員としての活動を継続する方針を示しているが、過去においてAKP内ではエルドアン氏と対立し た勢力は政治的な一線からの退任を余儀なくされてきたことを勘案すれば、党内における立場は苦しいものと なることは避けられないとみられる。なお、ダウトオール氏の首相退任の影響はトルコ国内における政治問題 に留まらない可能性には注意が必要である。今年3月にダウトオール政権はEU(欧州連合)との間で難民及 び移民に関連して、「トルコからギリシャに密航した難民及び移民を原則として全員トルコに送還する」こと と、その見返りとして「EUからトルコへの資金援助のほか、EUに渡航するトルコ国民に対するビザ免除措 置の前倒しでの検討」を行うことで合意がなされた。しかしながら、ダウトオール氏の辞任によってEU内に おいては、トルコ国内におけるエルドアン大統領への権限集中が一段と進むことでこの合意が反故にされると の警戒感がくすぶっている。この背景には、一応の合意がなされたEUに渡航するトルコ国民に対するビザ免 除を巡る議論において、EU内ではトルコに対して人権弾圧を招きかねないとされる同国の「テロ対策法」の 改正を求める一方、トルコでは長年同国南東部においてクルド人による分離独立ないし自治政府樹立を目指す 非合法武装勢力であるクルド労働者党(PKK)との戦闘状態が続くなか、エルドアン大統領は同法を通じて クルド人勢力に対する締め付けを強めており、EU側の要求に対して反発する姿勢を見せたことも影響してい る。今回のトルコでの政権交代に先立つ形で、EUは先週開催した内相理事会において、EU域内へのビザ免 除を一度認可した国に対して治安面でのリスクが急激に高まった際に機動的にビザ復活を求めることが可能と なる「緊急ブレーキ措置」の導入を決定するなど、トルコの動きを見越した対応をみせている。EUのトルコ に対するビザ免除を巡る協議は当面のところ6月末が期限となっているが、現時点においては期日内に協議が まとまる見通しは極めて低いなか、エルドアン氏はテロ対策法の改正には応じない代わりに期日を 10 月末ま で延長する考えを示しているものの、これが実現する可能性も低い。足下では上述の合意に基づく形でトルコ からギリシャへの不法移民及び難民の数は大きく減少する展開が続いてきたが、「エルドアン体制」の強化が 一段と進むことで合意が瓦解するとともに、移民・難民問題が再び噴出することで欧州において様々な問題が 表面化する可能性も考えられる。特に、来月には英国でEUからの独立を巡る国民投票が行われるなど政治的 にも重要なイベントを控えるなか、今回のトルコを巡る動きが新たな火種のリスクとなることも懸念されよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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