8Kケーブルテレビ配信の実現に向けた 複数搬送波伝送方式

報 告
02
8Kケーブルテレビ配信の実現に向けた
複数搬送波伝送方式
袴田佳孝 倉掛卓也 中村直義
8K UHDTV Cable TV Distribution System
with a Channel Bonding Technology
Yoshitaka HAKAMADA, Takuya KURAKAKE and Naoyoshi NAKAMURA
要 約
8
Kスーパーハイビジョン放送のケーブルテレビ配信の実現に向けて,ケーブルテレビ伝
送技術の研究開発を進めている。我々は,大容量の8K放送をケーブルテレビで配信す
るために,8K信号を分割して複数の搬送波で伝送する複数搬送波伝送方式を開発した。こ
の方式を標準化機関に提案し,国内標準規格および国際勧告が発行された。本稿では,複
数搬送波伝送方式の概要,および本方式を適用した8K伝送実験について述べる。
ABSTRACT
A
n extremely high-resolution video system called 8K Super Hi-Vision
(8K)that can provide an increased sense of reality and presence to
viewers is being developed. 8K is an ultra high-definition television(UHDTV)
having 16 times more pixels than a standard HDTV. We developed an 8K
cable TV transmission technology with a channel bonding technology. Our
transmission scheme was adopted as a JCTEA standard in Japan and
incorporated in an ITU-T recommendation. This report gives an overview of
our transmission technology and 8K transmission trials with our prototype.
26
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
報 告 02
ケーブルテレビ局
ケーブルテレビ
伝送路
変調
復調
256QAM
256QAM
256QAM
256QAM
64QAM
64QAM
256QAM
分離・合成
分割・多重
8K信号
受信側
8K信号
アンテナ直接受信と
同じ信号を出力
64QAM
3つの搬送波を組み合わせた例
周波数
1図 複数搬送波伝送方式の概要
TSMF
1.はじめに
8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)は,現行のデジタル
放送をはるかに上回る臨場感を提供する次世代の放送シス
53スロット
テムである。8Kは,現行のデジタル放送の16倍となる7,680
×4,320個の画素を持つ。2015年7月に総務省から公表され
フレームヘッダー
パケット配置用スロット 1
パケット配置用スロット 2
:
:
パケット配置用スロット 52
各スロットへの
パケットの配置
を指定
188バイト
た「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合 第二
2図 TSMFの構造
次中間報告」においては,2016年に4K・8Kの試験放送,
2018年に実用放送を開始するという目標が示されている。
2014年には, 衛星による8K放 送 の開 始を目指して, 約
NHKは,本方式の詳細仕様を検討し,
(一社)日本CATV
100Mbpsの伝送容量を持つ高度広帯域衛星放送方式が標
技術協会(JCTEA:Japan Cable Television Engineering
準規格として策定された1)。
Association)の民間標準規格の策定に向けて提案を行っ
8Kの普及に向けては,ケーブルテレビ伝送技術の確立も
た。この提案は,JCTEAのケーブル伝送方式高度化ワー
重要な要素である。8K信号を家庭にケーブルテレビで配信
キンググループにおいて議論され,2015年3月に,関連す
するためには,大容量のデータ伝送方式が必要になる。
る省令・告示が改正された4)~6)。その後,JCTEAの国内
現在,ケーブルテレビ事業者は,現行のデジタル放送の番
標準規格が発行された7)~9)。さらに,国内標準規格の内
組を64QAM(Quadrature Amplitude Modulation)の 搬
容をITU-T SG9(International Telecommunication Union
送波を用いて1チャンネル(帯域幅は6MHz)で伝送して
Telecommunication Standardization Sector Study Group
いる。 また,2015年12月にスタートした124度/128度CS
9)に提案し,審議の結果,2016年3月に方式を構成する3
(Communications Satellite)による4K実用放送のケーブル
テレビによる再放送(以下,ケーブルテレビ再放送)は,
256QAMの搬送波を用いて実施されている。
現行のケーブルテレビにおいては,1チャンネル当たりの
つの国際勧告が承認された10)~12)。
本稿では,複数搬送波伝送方式の概要と,本方式に準
拠した試作装置を用いて実施した8K伝送実験について報告
する。
伝 送容量は64QAMで約30Mbps,256QAMで約40Mbps
であり,1チャンネルで大容量の8K信号を伝送することは
できない。そこでNHKは,8K信号をケーブルテレビで伝送
するために,既存の伝送方式を拡張し,大容量の8K信号
2.8Kケーブルテレビ伝送方式の要件
8Kケーブルテレビ伝送方式の開発にあたっては,次の要
を分割して複数の搬送波で伝送する方式(以下,複数搬送
件を想定した。
波伝送方式)を開発した2)3)。この方式では,ケーブルテレ
要件1 8Kの圧縮信号を伝送するために,100Mbpsの伝
ビのヘッドエンド*1で大容量の8K信号を分割して,複数の
搬送波で伝送する。
* 1ケーブルテレビ施設における放送送出装置。
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
27
64QAM
3フレーム
TSMF
ヘッダー 0
パケット配置用スロット
TSMF
ヘッダー 1
パケット配置用スロット
TSMF
ヘッダー 2
パケット配置用スロット
スーパーフレーム
256QAM
4フレーム
TSMF
ヘッダー 0
パケット配置用スロット
TSMF
ヘッダー 1
パケット配置用スロット
TSMF
ヘッダー 2
パケット配置用スロット
TSMF
ヘッダー 3
パケット配置用スロット
時間
3図 スーパーフレームの構成
送速度に対応可能なこと。
256QAM
要件2 導入コストを低減するために,
所要C/N比(Carrier
to Noise Ratio)などの,既存の伝送路への要求
条件は変更しないこと(既存の伝送路を活用でき
64QAM
8K 放送
既存の
デジタル放送
周波数
ること)。
要件3 高度広帯域衛星放送方式の多重化方式として採用
されたTLV(Type Length Value)信号(可変長
4図 複数搬送波伝送方式の信号と
既存のデジタル放送との多重化例
のパケット形式の信号)の伝送に対応可能なこと。
搬送波で伝送し,受信側でTSMFを活用して,複数の搬
3.複数搬送波伝送方式
送波の信号を同期合成する仕組みについて説明する。
3.
1 伝送方式の概要
まず,現在のデジタル放送のケーブルテレビ再放送で使
前章の要件を考慮して開発した複数搬送波伝送方式の
われている多重フレームTSMFについて簡単に説明する。
TSMFの構造を2図に示す。TSMFの1フレームは,53個
概要を1図に示す。
本方式では,ケーブルテレビ局のヘッドエンドにおいて,
の スロットで 構 成 さ れ る。 各 スロットをMPEG-2 TS
大容量の8K信号をケーブルテレビの1チャンネル分の伝送
(Transport Stream)パケット(以下,TSパケット)と同じ
容量以下に分割し,それぞれの信号を多重フレームTSMF
大きさ(188バイト)とすることで,MPEG-2 TS伝送用に開
10)
Frame)
を用いて多重
発された変調方式と組み合わせて利用することができる。
化し,複数の搬送波で伝送する。各搬送波は,それぞれ1
TSMFの先頭の1スロットはフレームヘッダーとし,
TSパケッ
つのチャンネルで伝送される。各搬送波の変調方式は,現
トの配置を示す情報などを格納している。残りの52スロット
在のデジタル放送のケーブルテレビ再放送で採用されてい
がTSパケットを配置するパケット配置用スロットとなってい
る64QAMまたは256QAMとし,既存の伝送路を活用でき
る。最大15個のMPEG-2 TSを1つのTSMFに多重化する
るようにしている。256QAMは64QAMよりも伝送容量は大
ことができる。
(Transport Streams Multiplexing
きいが,雑音や歪みの影響を受けて信号のビット誤りが起
64QAMの搬送波の信号と256QAMの搬送波の信号は情
こりやすいため,チャンネルの雑音・歪み特性によっては
報伝送速度が異なるため,TSMFの1フレームの情報を伝
64QAMでないと伝送が困難な場合がある。そこで,各チャ
送するために必要な時間は64QAMと256QAMで異なる。
ンネルの伝送品質に応じて,64QAMと256QAMが混在す
この時間は,64QAMでは約2.73ミリ秒,256QAMでは約
る組み合わせも可能とした。ケーブルテレビ事業者は,現
2.05ミリ秒である。複数の搬送波の変調方式が同じ(例え
行の商用サービスで使用していない任意の複数のチャンネ
ば,256QAM×3搬送波)であれば,各搬送波の情報伝送
ルを選択して,各チャンネルの伝送品質に応じて変調方式
速度が等しいため,受信機でTSMFのフレームヘッダーを
を選択し,8K信号を伝送することができる。
同期の基準信号に用いて複数の搬送波の信号を同期させ,
受信側では,各搬送波を復調した信号からTSMFを取り
出して同期合成し,8K信号を再生する。
大容量の8K信号を再生することができる。一方,複数の搬
送波の変調方式として64QAMと256QAMが混在している
場合は,TSMFのフレームヘッダーを用いてフレームを同期
3.
2 8K信号の分割・合成
本節では,大容量の8K信号を送信側で分割して複数の
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NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
させることができず,受信した信号を合成することができな
い。そこで本方式では,64QAMと256QAMの搬送波の信
報 告 02
パケットタイプ
TLV パケット
IP パケット / ヘッダー圧縮 IP パケット / 伝送制御信号 / NULL
パケット長
可変長
TLV パケット1
TLV パケット2
TLV パケット 2
の先頭位置
TLV パケット1
の先頭位置
固定長
分割 TLV パケット
パケット
ヘッダー(3バイト)
分割 TLV パケット
パケット
ヘッダー
分割 TLV パケット
パケット
ヘッダー
188 バイト
TSMF に多重化
5図 TLVパケットのカプセル化方式
号を受信機で同期合成するために,64QAMと256QAMの
伝送速度の整数比(3:4)によって決まる複数の多重フレーム
を単位とするスーパーフレームを定義した。
3.4 TLVパケットへの対応
本方式の伝送信号の多重化方式は,従来のデジタル放
送のMPEG-2 TSとともに,高度広帯域衛星放送方式で採
3図に64QAMと256QAMの信号を同期合成するための
用されたTLV13)にも対応している。TLVは,IP(Internet
スーパーフレームの構成を示す。送信装置では,スーパーフ
Protocol)パケットを放送伝送路で効率的に伝送するための
レームを用いて,複数の搬送波に分割した信号を伝送する。
多重化方式である。TLVパケットは,IPv4パケット,IPv6
そして受信機では,スーパーフレーム単位で複数の搬送波
パケット,ヘッダー圧縮IPパケット,伝送制御信号,Nullの
の信号を合成することで,8K信号を正しく再生することが
5種類のタイプを持ち,先頭にパケットタイプおよびパケッ
できる。このとき,同期合成に必要となる「スーパーフレー
ト長の値を付加した可変長パケットである。一方,現行の
ム内のTSMFフレーム数情報」および「スーパーフレーム内
デジタル放送のケーブルテレビ再放送では,長さが188バイ
のTSMFフレームの位置情報」を,TSMFのフレームヘッ
トのMPEG-2 TSパケットをTSMFに多重化して伝送してい
ダー内の,現在のデジタル放送のケーブルテレビ再放送で
る。そこで,TLVパケットをTSMFに多重化するために,
は定義されていない拡張領域
(extension_data領域:680ビッ
TLVパケットを分割し,MPEG-2 TSパケットと同じサイズ
ト)に追加する。
のパケットにカプセル化*2する。
5図にTLVパケットのカプセル化方式14)を示す。送信装
3.
3 既存の伝送方式との後方互換性
置に入力されたIPパケットは,TLVパケット化された後に,
複数搬送波伝送方式において,大容量の8K信号とともに
分割TLVパケットへカプセル化される。ここで分割TLVパ
既存のデジタル放送をTSMFに多重化することができれば,
ケットは,TSパケットと同様に,長さが188バイトで,先頭
より効率の良い伝送を実現することができる。4図に,複数
の1バイトの値が0x47のパケットであり,先頭の3バイトが
搬送波伝送方式の信号と既存のデジタル放送を多重化する
パケットヘッダーである。分割TLVパケットは,TSパケット
例を示す。TSMFの機能を活用することで,
1つの搬送波に,
とともに(あるいは分割TLVパケットのみで)TSMFに多重
現行のデジタル放送で使われるMPEG-2 TSとともに,8K
化され,QAM変調されて伝 送される。受信装置が 分割
信号を分割した信号を多重化して伝送することも可能であ
TLVパケットからTLVパケットを復元するために必要な情報
る。従来のデジタル放送のTSMFを拡張した多重フレーム
を用いているため,既存のデジタル放送の部分を現行受信
機で受信することが可能であり,後方互換性を確保できる。
* 2 パケットに新しいヘッダーを付加して,元のパケットをデータ部とした新し
いパケットを生成すること。
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北杜市
甲府市
丹波山村
山梨市
小菅村
韮崎市
甲斐市
ヘッドエンド
大月市
昭和町
南アルプス市
中央市
富士川町
甲州市
上野原市
笛吹市
西桂町
市川三郷町
都留市
富士河口湖町
道志村
忍野村
早川町
身延町
鳴沢村
山中湖村
富士吉田市
HFC エリア
南部町
FTTH エリア
6図 (株)日本ネットワークサービスのサービスエリア(実験実施時)
である「TLVパケットの先頭位置(5図参照)の情報」は,
*4の伝送施設が導入されていた。HFCの
To The Home)
分割TLVパケットのヘッダーに格納して伝送する。
伝送施設においては,伝送帯域は90~770MHz,商用サー
受信装置では,QAM復調して得られたTSMFから,所
ビスでの運用チャンネル数は53であった。一方,FTTHの
望のTLVパケットがカプセル化されている分割TLVパケット
伝送施設においては,
伝送帯域は90MHz ~2.6GHz,
商用サー
を取り出し,分割TLVパケットのヘッダーに格納されている
ビスでの運用チャンネル数はBS(Broadcasting Satellite)
「TLVパケットの先頭位置の情報」およびTLVパケット内の
-IF(Intermediate Frequency)を含む64チャンネルであっ
「TLVパケット長の情報」を用いて,TLVパケットを復元し
た。ヘッドエンドは甲府市内にあり,サービスエリアは山梨
て出力する。
県内の7市3町をカバーする範囲である。
実験仕様を1表に,実験系統を7図に示す。本実験では,
4.伝送実験
実験実施時に未使用であった5つのチャンネルを使用し,
181.2Mbpsの8K信号(MPEG-2 TS)を5分割して,5つの
本章では,
(株)日本ネットワークサービスおよび
(株)ジュ
搬送波で伝送した。5つのチャンネルのうち,4つのチャン
ピターテレコムの既設のケーブルテレビ施設において,複数
ネルの搬送波は256QAMとし,1つのチャンネルの搬送波は
搬送波伝送方式を適用し,試作装置を用いて実施した8K
64QAMとした。そして,ヘッドエンドにおいて,複数搬送波
伝送実験について報告する。また,高度広帯域衛星放送
伝送方式の5つの搬送波と既存のサービスで運用されている
のケーブルテレビ再放送を想定した室内実験についても報
多チャンネル信号とを周波数分割多重し,HFCおよびFTTH
告する。
の伝送施設に配信した。測定地点は,HFCで2地点(7図
の①,②)およびFTTHで1地点(7図の③)とし,各々の受
4.
1 伝送特性の評価(実験1)
本節では,2013年2月に,
(株)日本ネットワークサービス
のケーブルテレビ施設で行った実験15)について説明する。
信点においてBER(Bit Error Rate)を測定して,伝送特性
の評価を行った。7図で,E/Oは電気信号から光信号への
変換器,O/Eは光信号から電気信号への変換器を表す。
実験実施時の(株)日本ネットワークサービスのサービス
エリアを6図に示す。サービスエリアのうち大半のエリアで
*3の伝送施設が運
は,HFC(Hybrid Fiber and Coaxial)
*3 幹線が光伝送で,加入者分配部分が同軸伝送のシステム。
用されていた。また,一部地区においてはFTTH(Fiber
*4 幹線,加入者分配部分ともに光伝送のシステム。
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NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
報 告 02
ヘッドエンド(甲府)
HFC
測定地点
同軸ケーブル
光ケーブル
O/E
E/O
受信機
増幅器
分岐
(双方向)
多チャンネル信号
変調器
(256QAM×4 +
64QAM×1)
光伝送路
同軸伝送路
①
約2.6km
約0.9km
②
約6.3km
約0.7km
分割・多重化
装置
光ケーブル
約1km
光分岐
光ケーブル
約74km
BS-IF
雑音発生器
測定地点
FTTH
②
①
測定地点(甲府市内)
雑音発生器
受信機
O/E
BER測定
③
E/O
光増幅器
8K信号(TS)
BER測定 /
8K表示機器
測定地点(身延町)
7図 実験系統
(実験1)
erfcは誤差補関数を表す。
(1)式は,各搬送波のCN比が
1表 実験仕様(実験1)
28dBより高い範囲に適用することとした。
MPEG-2TSの伝送速度
181.2Mbps
1チャンネルの帯域幅
6MHz
誤り訂正符号
RS※(204,188)
加えない状態で測定した平均受信CN比は37~38dBであっ
チャンネル数
256QAM:4チャンネル
および
64QAM:1チャンネル
た。擬似エラーフリー
(誤り訂正前のBERが1×10-4)とする
各チャンネルの
中心周波数(MHz)
256QAM:695,701,707,713
64QAM:719
測定結果を8図に示す。測定地点①~③において雑音を
ための平均受信CN比は31.5dBであり,5.5dB以上の平均
※ReedSolomon
受信CN比の余裕値が得られた。この余裕値は,ケーブル
テレビの加入者宅内における伝送特性劣化に対する余裕値
と見なすことができる。また,室内実験とフィールド実験で
同じBERを得るための平均受信CN比の差は,1.2dBより小
(1)CN比対BER特性
さかった。以上の実験結果から,既設のケーブルテレビ伝
7図に示す測定地点①~③において,雑音の大きさを変
送路において,現行のケーブルテレビの多チャンネル信号と
化 さ せ て, 5つ の 搬 送 波( 4 波 の256QAMと1波 の
複数搬送波伝送方式の信号とを周波数分割多重した場合で
64QAM)のそれぞれについて受信CN比(Carrier to Noise
も,安定した品質で配信できる見通しが得られた。
Ratio)を測定し,5つの搬送波を平均した平均受信CN比
を求めた。そして,この平均受信CN比に対して,試作受信
(2)分割・合成機能の評価
機で合成された信号のBER(誤り訂正なし)を測定した。既
複数搬送波伝送方式を適用する際に,大容量のMPEG-
存のサービスに影響を及ぼさないように,試作受信機の入
2 TSの分割・合成が正しく行われているかをBER測定によ
力で雑音(白色ガウス雑音)を加える構成とした。
り評価した。複数搬送波伝送方式の伝送チャンネルと同一
複数搬送波(256QAM×4,64QAM×1の合計5波)で
のチャンネルにおいて,各搬送波のCN比-BER特性を測定
伝送した信号のBERの理論値は,
(1)式を用いて算出した。
し,各搬送波のBERの平均値をグラフにした。そして,そ
BERUHDTV
CNR64QAM
1 10
=
erfc
5 24
42
1
2
19
+
64
4
i=1
erfc
CNR256QAM ,i
170
1
の結果を複 数 搬 送波 伝 送方 式 で 伝 送した信号のCN比
2
(1)
-BER特性と比較した。本測定は,測定地点①において行っ
た。測定結果を9図に示す。各搬送波のBERの平均値と複
ここで,CNR64QAMとCNR256QAM,iは,それぞれ64QAMの
数搬送波伝送方式で伝送した信号のBERに差異はほとん
搬 送波とi番目の256QAMの搬 送波の受信CN比を示し,
どなく,MPEG-2 TSの分割・合成が正しく行われていると
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
31
10-2
理論値
測定地点①(HFC)
測定地点②(HFC)
測定地点③(FTTH)
室内実験
10-3
10-4
BER
10-5
雑音付加なし
10-6
10-7
10-8
10-9
余裕値
28
30
32
36
34
複数搬送波の平均受信 CN 比 (dB)
38
8図 CN比-BER特性(実験1)
10-2
各搬送波の平均
複数搬送波伝送
Ch A (695 MHz)
Ch B (701 MHz)
Ch C (707 MHz)
Ch D (713 MHz)
Ch E (719 MHz)
10-3
10-4
BER
10-5
10-6
256QAM
64QAM
10-7
10-8
10-9
22
24
26
28
30
CN 比(dB)
32
34
36
38
9図 CN比-BER特性 (実験1の測定地点①)
推定することができる。
1.55µm帯の波長(1560.6nm)の光信号を強度変調した。
さらに,この信号と商用サービスで運用中の残りの89チャ
4.
2 8K映像・音声の伝送実験(実験2)
2014年5月に,(株)ジュピターテレコムのケーブルテレビ
施設で,高度広帯域衛星放送方式の伝送容量と同等の
100Mbpsのビットレートを持つ8K信号をケーブルテレビ伝
送する実験を行った16)。
実験を実施したケーブルテレビ施設のサービスエリアは,
ンネルの下り光信号(1545.3nm)とを波長多重(WDM:
Wavelength Division Multiplexing)し,合計104チャンネ
ルの下り信号として伝送施設に配信した。
受信地点には試作受信機と,145インチ8K直視型ディス
プレーおよびスピーカーを設 置し, 受 信信号 から8Kの
MPEG-2 TS信号を復元して,8Kの映像および音声の再生
全域HFCの施設形態であり,伝送帯域は90~770MHzで
テストを行った。1日8時間の連続再生を7日間行い,安定
ある。伝送帯域のうち3チャンネルを用いて伝送実験を行っ
動作を確認した。11図に受信信号スペクトラム,12図に実験
た。実験仕様を2表に,実験系統を10図に示す。この実験
の様子をそれぞれ示す。11図は,合計104チャンネルの下り
では,ヘッドエンドにおいて,100Mbpsの8K信号(MPEG-2
信号が周波数分割多重されている様子を示し,横軸の周波
TS)を分割して,64QAMと256QAMを組み合わせた3つ
数範囲は90~770MHz(中心周波数は475MHz),縦軸の1
の搬送波で伝送した。この8K用の3搬送波と,商用サービ
目盛りは10dBである。2014年のNHK技研公開では,本実
スで 運 用中の 一 部 の下り信 号12チャンネルを混 合し,
験の概要を一般公開した。
32
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
報 告 02
ヘッドエンド
ケーブルテレビで
運用されている下り信号
(89チャンネル)
光ファイバー
WDM
分割・多重化
装置
変調器
(256QAM×2 +
64QAM×1)
8K信号
(MPEG-2 TS)
受信地点
E/O
O/E
受信機
増幅器 分岐
(双方向)
E/O
ケーブルテレビで
運用されている下り信号
(12チャンネル)
同軸ケーブル
145インチ
8Kモニター
光ケーブル
同軸ケーブル
約20km
約1km
10図 実験系統
(実験2)
2表 実験仕様(実験2)
MPEG-2TSの伝送速度
100Mbps
1チャンネルの帯域幅
6MHz
90
80
RS(204,188)
70
60
チャンネル数
256QAM:2チャンネル
および
64QAM:1チャンネル
各チャンネルの
中心周波数(MHz)
256QAM:273,447
64QAM:635
映像符号化方式
MPEG-HHEVC※1
音声符号化方式
MPEG-4AAC※2
※1HighEfficiencyVideoCoding
※2AdvancedAudioCoding
(dBμV)
誤り訂正符号
C43
273MHz
256QAM
1
C60
447MHz
256QAM
2
U40
635MHz
64QAM
3
50
40
30
20
10
0
90MHz
中心周波数:475MHz, Span:680MHz, 10dB/div.
770MHz
11図 受信信号スペクトラム
(実験2)
12図 (株)ジュピターテレコムの施設を利用した実験の様子
4.
3 衛 星による超高精 細度テレビジョン放 送の
ケーブルテレビ再放送システムの室内伝送実
験(実験3)
放送システムの構成を13図に示す。
13図では,ケーブルテレビ局で衛星による超高精細度テ
レビジョン放送を受信し,復調して出力されたMMT・TLV
高度広帯域衛星放送方式による超高精細度テレビジョン
信号を前述の分割TLVパケットへカプセル化する。そして,
放送では,MMT・TLV形式の信号が採用される予定であ
分割TLVパケット列を複数に分割し,それぞれをTSMFに
る17)。現在検討している複数搬送波伝送方式を適用した衛
多重化した後,256QAMまたは64QAMの複数の搬送波で
星による超高精細度テレビジョン放送のケーブルテレビ再
伝送する。
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
33
送信側
ヘッドエンド
8K衛星放送を受信
分割TLV
パケット化
再変調
復調
256QAM
256QAM
256QAM
256QAM
64QAM
64QAM
分離・合成
MMT・
TLV
分割・多重
8K
衛星放送
復調
受信側
MMT・TLV
13図 衛星による超高精細度テレビジョン放送のケーブルテレビ再放送システムの構成
8Kディスプレー
受信機
送信機
14図 2015年のNHK技研公開における展示
試作装置を用いて,8K衛星放送のケーブルテレビ再放送
今後は,衛星による超高精細度テレビジョン放送のケー
に向けた室内実験を実施した。この実験では,8K衛星実
ブルテレビ再放送に向けて,複数搬送波伝送方式を適用し,
験放送を受信し,複数搬送波伝送方式を適用してケーブル
ケーブルテレビ実施設でのMMT・TLV信号による8K伝送
テレビ再放送を行った。その結果,MMT・TLV信号が安
実験を実施する予定である。
定して伝送され,試作受信機で8Kの映像および音声を再生
謝辞 実施設での伝送実験の実施にあたり,全面的に
できることを確認した。本実験の様子は,2015年のNHK
ご協力いただきました(株)日本ネットワークサービス
(NNS)
技研公開で一般公開した。14図に,技研公開における展示
および(株)ジュピターテレコム(J:COM)の皆様に感謝申
の様子を示す。
し上げます。
5.まとめ
本稿は,ITE Transactions on MTAに掲載された以下
の論文を元に加筆・修正したものである。
本稿では,8Kをケーブルテレビで家庭に配信するための
Y. Ha ka mada ,N. Na ka mura ,T. Kura ka ke,T.
複数搬送波伝送方式の概要について報告した。ケーブルテ
K u s a k a b e a n d K . O y a m a d a:“ U H D T V ( 8 K )
レビ実施設(HFC,FTTH)において,複数搬送波伝送方
Distribution Technology and Field Trial on Cable
式 を 適 用し, 大 容 量 のMPEG-2 TSを, 既 存 の 搬 送 波
Television Networks,” ITE Trans. on MTA,Vol.2,
(64QAMまたは256QAM)と同様に,既設のケーブルテレ
ビ伝送路で伝送できることを確認した。
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NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
No.1,pp.2-7 (2014)
報 告 02
1) ARIB STD-B44 2.0版,“高度広帯域衛星デジタル放送の伝送方式” (2014)
参考文献
2) 大須賀,中村,野田,小山田,伊東:“複数搬送波分割伝送方式による高速MPEG-2 TS信号のケーブル
テレビ伝送,” 映情学誌,Vol.59,No.1,pp.58-64 (2005)
3) Y. Hakamada,N. Nakamura,K. Oyamada,T. Kurakake and T. Kusakabe:“An UHDTV
Ca b l e Te l ev is i o n D is t r i b u t i o n i n C o m b i na t i o ns of M u l t i p l e 6 4 a n d 256 Q A M
Channels,” IEEE ICCE2013 (2013)
4) 総務省,省令第十七号 (2015)
5) 総務省,告示第九十二号 (2015)
6) 総務省,告示第九十五号 (2015)
7) JCTEA STD-002 6.0版,“デジタル有線テレビジョン放送多重化装置” (2015)
8) JCTEA STD-003 6.0版,“デジタル有線テレビジョン放送 番組配列情報の構成及び識別子の運用基準”
(2015)
9) JCTEA STD-007 6.0版,“デジタル有線テレビジョン放送 受信装置” (2015)
10) ITU-T J.183,“Time-division Multiplexing of Multiple MPEG-2 Transport Streams and
Generic Format of Transport Stream over Cable Television Systems” (2016)
11) ITU-T J.94,“Service Information for Digital Broadcasting in Cable Television Systems”
(2016)
12) ITU-T J.288,“Encapsulation of Type-Length-Value (TLV)Packet for Cable Transmission
Systems” (2016)
13) ARIB STD-B32 3.2版,“デジタル放送における映像符号化,音声符号化及び多重化方式” (2015)
14) Y. Hakamada and T. Kurakake:“An Encapsulation Scheme of Variable-Length Packets
for UHDTV Distribution over Existing Cable TV Networks,
” IEEE ICCE2016 (2016)
15) Y. Hakamada,N. Nakamura,T. Kurakake,T. Kusakabe and K. Oyamada:“UHDTV (8K)
Distribution Technology and Field Trial on Cable Television Networks,” ITE Trans. on
MTA,Vol.2,No.1,pp.2-7 (2014)
16) 袴田,中村,小山田,木下,上園,渡会:“大規模ケーブルテレビ商用回線での8K・スーパーハイビジョ
ン伝送実験,” 映情学年次大,21-9 (2014)
17) ARIB STD-B60 1.2版,“デジタル放送におけるMMTによるメディアトランスポート方式” (2015)
はかま だ
よしたか
くらかけ
たく や
袴田 佳孝
倉掛 卓也
2005年入局。仙台放送局,横浜放送局を経て,
2010年から放送技術研究所において,有線放
送伝送技術の研究・開発に従事。現在,放送技
術研究所伝送システム研究部に所属。
1994年入局。放送技術研究所,仙台放送局を
経て,2014年から放送技術研究所において,非
圧縮SHV光伝送技術,ケーブルテレビ伝送技術
の研究・開発に従事。現在,放送技術研究所伝
送システム研究部上級研究員。博士(工学)。
なかむら
なおよし
中村 直義
1987年入局。鳥取放送局を経て,1991年から
放送技術研究所において,変復調方式および周
波数多重伝送技術の研究に従事。その後,技術
局計画部,
(一社)デジタル放送推進協会におけ
る規格標準化業務を経て,2011年から放送技
術研究所において,衛星およびケーブルテレビに
よる大容量伝送システムの研究開発に従事。
2015年から経営企画局副部長。博士(工学)。
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