信憑性のない脅し

ゲーム理論(2016 年度)
教授 清水大昌
第 6 回 2016 年 05 月 19 日
[email protected]
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/game2016.html
今回は逐次手番ゲームについてもう少し紹介します。その後、ゲーム理論の応用として価格競争モ
デルを紹介します。
逐次手番ゲームを戦略形表現で書き直してみよう。
• それでは逐次手番ゲームでのナッシュ均衡を求めてみよう。一番分かりやすい方法は、戦略
型表現に直すこと。
• 図 5 − 1 では戦略はお互い 2 つずつ。よって同時手番 (静学) ゲームのときのように 2 × 2 ゲー
ムを使ってナッシュ均衡を求める。
• ここではナッシュ均衡は二つ。(価格維持、参入) と (値下げ、参入しない)。
• 一方、サブゲーム完全均衡は前者のみだった。つまり、後者はある意味変なことが起きてい
る均衡となる。次回詳しくみてみよう。
• 図 5 − 2 と図 5 − 3 の戦略形表現での利得表も埋めてみましょう。
既存企業 参入企業
値下げ
価格維持
参入
−200 , −200
250 , 250
参入しない
1500 , 0
1500 , 0
利得表: 参入ゲーム (図 5 − 1)
既存企業 参入企業
値下げ
価格維持
参入・参入
,
,
しない・参入
,
,
参入・しない
,
,
利得表: 参入阻止ゲーム (図 5 − 2)
既存企業 参入企業
値下げ
価格維持
参入
,
,
参入しない
,
,
利得表: 参入阻止ゲーム (図 5 − 3)
1
しない・しない
,
,
信憑性のない脅し
• サブゲーム完全均衡ではないナッシュ均衡は、定義によりどこかのサブゲームにおいてナッ
シュ均衡となっていない。(値下げ、参入しない)がそうなっていることを確認しよう。
• また、(値下げ、参入しない) がナッシュ均衡となっていることを展開型表現でも確認しよう。
• このようなナッシュ均衡では信憑性のない脅しがなされているという。「信頼できない脅し」
「空脅し」ともいう。
• 既存企業は「もし参入企業が参入して来たら値下げしてやるぞ!」と宣言している。それを
見越して参入企業は「参入しない」を選ぶのである。これは確かにナッシュ均衡ではあるが、
もし実際に参入が起こったら、既存企業は「価格維持」を選ぶであろう。よって、最初の脅
しは信憑性がないのであり、参入企業はそれを信じてはいけないのである。
• 逆に言うと、サブゲーム完全均衡ではそのような脅しは無いので、すべての脅しは信頼でき
るものとなる。
• 図 5 − 2 でもナッシュ均衡を求めてみよう。同時手番の場合にはどうなるだろうか?
コミットメント
• ゲームを自分で描写する際に、コミットメントについて考える必要がある。
• コミットメントとは、自分の現状や将来の行動を他のプレーヤーに知らせ、その行動を確実
に採るという約束をすること。
• 例:工場の新設、費用削減投資(生産量を増やす)、最恵国待遇、宣伝と広報、公約、契約
• 参入関係のゲームを見て、コミットメントについてどう考えるべきなのだろうか。
– 図 5 − 1 はそんなに変ではない。参入企業が参入し、既存企業が値下げしたあと、参入
企業が最初の行動を反故にして参入をやめることが出来れば、コミットメントが出来て
いない。
– 実際、そのコミットメントが出来ていなければサブゲーム完全均衡では参入は起きない
のである。しかし、実際参入した後、価格変化が起きたからと言って参入を反故にはで
きないだろう。
– 一方図 5 − 2 は正当化が必要。つまり、例えば「値下げ」「参入」のあと、既存企業は価
格を戻さないとコミットできるのであろうか?
– 価格変化は日常茶飯事の出来事。価格にコミットするためには何かしらの縛りが必要と
なる。例えばカタログ販売にする、一回値下げしたら値上げしても値下げ時の値段で買
えるようにする、など。
– 価格を上げないとコミットできないと、結局サブゲーム完全均衡では参入阻止は出来な
いのである。
2
• このように、コミットメントについて考えておかないと、そもそも設定したモデルが現状の
描写にふさわしくない可能性が出てくるのである。
• ただし、図 5 − 2 においてでも、値下げの戦略に信憑性を持たせることが可能な場合がある。
例えば、このような市場が沢山あるとしよう。すると、一つ値下げをしてしまうと他の市場
に影響してしまうので、値下げをしないことに信憑性が生まれる。
• 信憑性のない脅しにならないようにコミットメントを行うためには「口だけ」ではダメであ
る。よって、実際にコミットメントを行うために、ゲームのプレーヤーは自分に縛りを入れ
ることも多い。あえて選択肢を減らすことすらある。
– 漢の成立に貢献した武将、韓信が採った「背水の陣」。
– 生産能力をあえて低く抑えておくことで、価格競争から逃れようとすること。
– 街を歩いているとき、同じ方向にずれてくる人が居たら…。
• 第 1 回に紹介した、サンクコストの戦略的利用について。
– 参入費用がサンクコストになる場合、参入をしてしまえばそのコストはもう考慮する必
要がないため、やる気があるというメッセージを他の企業に送ることが出来る。先に入っ
た企業(既存企業)が新規参入を思いとどまらせる、参入障壁を作ることが出来る。
ベルトラン均衡の紹介
• 企業が価格設定を通じて競争をするときのナッシュ均衡をベルトラン均衡という。
• Bertrand (1883) で、それまであったクールノーの数量競争は非現実的だと言う批判を行い、
価格競争がもっともらしいと主張。
• ただ、この価格競争も問題点がある。そこまでをこの授業では扱う。
一番簡単な価格競争モデル
• ある産業に2企業(プレーヤー)いるとする。限界費用は一定で c とする。固定費用は無い。
• 需要関数は q = D(p) とする。戦略はそれぞれの企業が付ける価格 p1 と p2 。
• 消費者は価格が安い方から買う。よって、企業 i (i = 1, 2) の供給量は


(pi < pj の場合。)
 D(pi ),
Di (pi , pj ) =
D(pi )/2, (pi = pj の場合。)

 0.
(pi > pj の場合。)
• そして、企業 i の利潤は πi (pi , pj ) = (pi − c)Di (pi , pj ) となる。
• この場合のベルトラン均衡はどのようになるであろう?また、その他に均衡はあるだろうか?
3
• 場合分けが必要となる。
– c = 10 とする。2企業のベルトラン均衡を求める。
– まず、企業がそれぞれ違う価格を付けているとする。p1 < p2 であるとここではする。
(p1 > p2 は全く議論を逆に進めればよい。)企業2は利潤は 0 である。
∗ もし p1 > 10 ならば、企業2は価格を p1 − ε とすることで、正の利潤を得られる。
よって、均衡ではない。ここで ε(エプシロン)は非常に小さい正の値。分かりづ
らい方は「1円」と考えてください。
∗ もし p1 < 10 ならば、企業1の利潤は負。それなら価格を企業2の価格より高くす
れば利潤は 0 となる。よって、逸脱するインセンティブがあるため、均衡ではない。
∗ もし p1 = 10 ならば、企業1の利潤は 0。それから価格を少し上げる(ただし、企
業2の価格よりは低いまま)。すると正の利潤を得られる。よって、これも均衡では
ない。
– ここまでで、均衡では企業のつける価格は同じでなければならないことが分かった。す
ると、その価格とはいくらになるだろうか?
∗ p1 = p2 > 10 なら、どちらの企業も相手より少し安くつければ、現状の利潤(市場
を半々にしている)より高い利潤(市場を全て奪える)を得ることが出来る。よっ
て、均衡ではない。
∗ p1 = p2 < 10 なら、どちらの企業も負の利潤。よって、あえて負ける(高い価格を
付ける)ことにより、利潤を 0 にすればよい。よって、均衡ではない。
∗ p1 = p2 = 10 なら、どちらの企業も利潤 0 となる。企業1(も企業2も)は、価格
を上げると負けるので利潤は 0。価格を下げると負の利潤。よって、価格を変える
インセンティブは無いので、これは均衡。他のケースは全て排除してあるので、こ
れが唯一の均衡となる。
– 逸脱する方法は上に書いた方法以外もある。逸脱したプレーヤーの利潤が上がればよい。
– 限界費用が何であれ一定ならば、均衡は (p1 , p2 ) = (c, c) となることがわかった。
まとめと次回
• 展開形から戦略形に書き直す際には、展開形での「戦略」に気を付けること。
• サブゲーム完全均衡以外のナッシュ均衡は信憑性のない脅しを含んでいるのでもっともらし
くない。
• コミットメントが出来ていないとゲームがうまく描写できていないかもしれない。
• ベルトラン競争では各企業が限界費用の価格付けを行う。
• 次回:ベルトラン競争の続き、クールノー競争の紹介。
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