[記念講演] NISAが拓く資産形成の新時代 稲 野 和 利 講演会」に、平成一三年から「資本市場を考える 会」に名称が変更され、本年度からは年間二〇回 える会」の講師としてお招きいただき、まことに ただいま御紹介にあずかりました日本証券業協 会の稲野でございます。本日は、「資本市場を考 いものがあると感じています。また、衣替えをし 動が今日の証券界に寄与した功績は、計り知れな をはじめとして、日本証券経済研究所の講演会活 はじめに ありがとうございます。 してお招きいただいたことをまことに光栄に感じ の開催が予定されるなど、見直しを進めておられ お聞きするところによりますと、この「資本市 場を考える会」は、そもそも、昭和三六年に日本 ている次第です。 るということです。この「資本市場を考える会」 証券経済研究所の発足直後からスタートした「講 本日は、「NISAが拓く資産形成の新時代」 た「資本市場を考える会」の第一回スピーカーと 演会」を発端とし、その後、平成六年から「時事 ― ― 1 しします。 形成の新時代」とは何かということについてお話 直しにも触れながら、それらを踏まえて、「資産 し、さらに、現在行われている確定拠出年金の見 ポイントから、導入のねらい、今後の動きを説明 ページの目次にありますように、NISA制度の というテーマでお話ししたいと思います。資料1 四つ目が、非課税期間は五年で、 三つ目が、投資上限額は年間一二〇万円で、 金を非課税とする制度であり、 二つ目が、NISA口座で買い付けた株式、株 式投資信託等から得られる売買益や配当金、分配 とし、 悉されていると思いますが、改めて簡単に御紹介 まずは、NISA制度のポイントです。NIS A制度に関しては、ここにおられる方の大半が知 損益通算の対象にならないという点に注意が必要 されています。さらに、特定口座、一般口座との 証券会社、銀行等で開設できるのは一人一口座と ― ― 2 五つ目が、投資総額最大六〇〇万円が非課税対 象、 という「少額投資非課税制度」のことです。 したいと思います。資料2ページをご覧下さい。 です。 一、NISA制度のポイント 代表的なポイント五点を紹介しています。まとめ なお、今のところ、NISA口座の開設期間は 二〇二三年までとされています。また、ある年に ますと、NISAとは、 一つ目が、満二〇歳以上の日本国居住者を対象 今の説明をイメージ化したものを資料3ページ に載せておりますので、後ほどご覧いただきたい 証券レビュー 第56巻第5号 と思います。 社で配当金を受け取る「株式数比例配分方式」を 場株式の配当金を非課税とするためには、証券会 に必要不可欠な成長マネーの供給」です。以下で 成の支援・促進」であり、もう一つが「経済成長 NISA制度が意図しているところは二つあり ます。一つは、「自助努力による個人金融資産形 二、NISA制度導入のねらい 選択しなければなりません。逆に言いますと、こ は、この二つの視点から、NISA制度導入の背 ここで一点、注意喚起をさせていただきます。 資料4ページに「配当受取の注意事項」として掲 の方式を選択しない限り、NISA口座で買い付 景とその目的について説明させていただきます。 (少子高齢化・社会保障システムの揺らぎ) ― ― 3 げているものです。NISA口座で買い付けた上 けた株式であっても、配当金は非課税にならない 式も自動的にこの方式の適用対象になり、銀行振 ⑴ 自助努力による個人金融資産形成の支援・促 進 り込みあるいは現金受領という形で配当金を受け 取ることができなくなる点に注意が必要です。 保障システムの揺らぎ」を挙げています。 ページでは、問題意識として「少子高齢化・社会 まず、「自助努力による個人金融資産形成の支 援・促進」という観点から見ていきます。資料6 さらに、この株式数比例配分方式を選択した場 合は、NISA口座以外の口座で保有している株 ことに御留意いただく必要があります。 NISAが拓く資産形成の新時代 代は、九・八人の現役世代が一人の引退世代を支 本になっています。右の図のとおり、一九七〇年 退世代の年金給付を賄うという「賦課方式」が基 皆様もよく御承知のとおり、現在の公的年金制 度は、そのとき働いている現役世代の負担で、引 るという認識が必要です。 で幸せな生活を送ることは難しい時代に入ってい 当然必要ですが、それだけに頼っていては、豊か これは、賦課方式の社会保障制度全般に共通の 課題と言えます。賦課方式の社会保障システムは 準の抑制に手を付けざるをえず、現にそのような たがいまして、給付開始年齢の引き上げや給付水 テムそのものが危殆に瀕することになります。し と、年金システムに大きな圧力がかかって、シス り、 現 在 の 年 金 給 付 水 準 を 維 持 し よ う と し ま す ります。結果的に、現役世代の負担が大変重くな 引退世代を支えなければならないという構造にな 二五年には、わずか一・九人の現役世代で一人の 速のスピードで少子高齢化が進展しており、二〇 人口ボーナス期です。ところが、日本では世界最 平均金利は五・二八%でした。五・二八%の金利 資料7ページの左のグラフのとおり、一九七〇 年から一九九四年の二五年間の一年物定期預金の 成に極めて深刻な影響を与えています。 陥っているような金融情勢は、家計の金融資産形 のような超低金利、あるいは一部マイナス金利に いくことが必要になります。しかしながら、現在 築いていくためには、自ら経済基盤を万全にして 賦課方式の社会保障制度、あるいは公助、共助 といったものだけに頼らず、豊かで幸せな生活を (長引く超低金利) ― ― 4 えるという大変余裕のある構造でした。いわゆる 検討が行われつつあります。 証券レビュー 第56巻第5号 二%にとどまっています。〇・二%の金利で複利 一方、一九九五年から二〇一五年に至る期間で は、右のグラフのとおり、平均金利はわずか〇・ した。 で倍になります。現実にそのような時代もありま ます。金利八%で複利運用しますと、元本は九年 り、ひいては、大きな問題を抱えた我が国の財政 度に対する財政支出圧力を弱めることにつなが 産形成という習慣が定着することは、社会保障制 ません。すなわち、自助として資産運用を行って 金融資産の蓄積、増殖、維持を図らなければなり 公助や共助だけに頼るのではなく、ある程度の 金融資産を確保していくためには、自らの努力で で複利運用しますと、元本は一三年半で倍になり 運用することによって元本を倍にするためには、 再建にも寄与することになると考えています。 を用いて金融資産の増殖を図っていくことは、か ます。現下の金利情勢において、預金という手段 運用で倍にするのに三〇一六年かかることになり の占める割合が低い状態にあることがおわかりい 券、投資信託といったいわゆる市場性の金融商品 の 占 め る 割 合 が 圧 倒 的 に 高 く、 逆 に、 株 式、 債 資料8ページに、各国の家計金融資産のグラフ を掲げています。他国に比べて、日本は、預貯金 ― ― 5 いくことが重要です。そして、自助努力による資 三四八年という人の一生以上の時間が必要になり つてに比べて極めて難しくなっていることがおわ ただけると思います。もちろん、このようなマク (金融資産の現預金への偏り) かりいただけると思います。 ちなみに、直近の代表的一年物定期預金金利は 〇・〇二三%ですが、これで計算しますと、複利 ます。 NISAが拓く資産形成の新時代 ているのではないかという意見も存在します。 わけですが、その分、企業に回るべきお金が滞っ の資金調達を助けているという点では意味がある で運用されています。国債を買い付けることが国 ていることもあって、預金のかなりの部分は国債 けの融資をする十分な機会がないと銀行が認識し 私たちが銀行に預けた預金は、企業等への貸し 出しに回るわけですが、現在、預金量に見合うだ 覚えざるをえません。 が、やはりこのグラフの偏りには一種の違和感を いことであると断じるべきではないのでしょう 申し上げたような日本の特徴をもって、直ちに悪 き姿といったものは先験的に存在しませんし、今 ロの個人金融資産構成について、理論上のあるべ 高まりといった問題意識が存在しています。 NISA制度が導入された背景の一つには、た だ今申し上げた少子高齢化による社会環境の変 す。 し く、 こ こ に は 明 ら か な 非 効 率 が 存 在 し て い ま 使って資産を形成、増殖していくことは極めて難 保有されています。現下の金利情勢では、預金を 増殖に充てるべきかなりの部分が、現預金として 個人金融資産は、「豊かで幸せな生活」のため の原資です。個人の側から言いますと、「ゆとり に対する問題意識が背景にあったはずです。 ス金利政策を導入しましたのも、そのような状況 ましたのも、あるいは、先般、日本銀行がマイナ へ」という言葉が政府によってしきりに唱えられ 化、あるいは、それに基づく自助努力の重要性の ― ― 6 ある生活を送るためのお金」として資産の形成、 このような状態が続きますと、企業が新たな挑 戦を行うためのいわゆる「成長マネー」が不足し てしまうことになります。かつて「貯蓄から投資 証券レビュー 第56巻第5号 には、従来の企業年金の実績あるいは目標値であ 入された経緯があります。その掛金を設定する際 企業年金の代わりに、確定拠出型の企業年金が導 定拠出年金が主流であり、多くの企業で、従来の いて自らの年金の運用を行う制度です。企業型確 そもそも確定拠出年金制度とは、賦課方式の公 的年金を補うために、加入者個々の自己責任にお ます。資料9ページをご覧下さい。 話は少し飛びますが、現預金への偏りという問 題は、確定拠出年金の運用においても存在してい (確定拠出年金の資産配分の偏り) にもったいないことです。 分なリスク吸収力があるにもかかわらず、まこと あるにもかかわらず、そして、長い期間の中で十 の先、運用期間が三〇年、場合によっては四〇年 は、二〇歳代が一番高いというのが実情です。こ う に、 元 本 確 保 型 商 品 を 選 択 し て い る 人 の 割 合 さらに問題なのは、二〇歳代の人の確定拠出年 金の資産配分です。左のグラフからわかりますよ ことです。 トフォリオのバランスが必ずしも良くないという ま り、 低 リ ス ク、 低 リ タ ー ン の 商 品 に 圧 倒 的 に 元本確保型商品の平均利回りは、今や限りなく ゼロに近づこうとしています。これでは、制度設 ― ― 7 偏っています。加入者全員の資産を合計したポー る一・五%ないし二・五%程度を「想定利回り」 掛金の拠出額を決めていることになります。 いった目標利回りの達成は極めて困難です。確定 としているはずです。そして、そこから逆算して しかし、真ん中のグラフが示すとおり、確定拠 出年金の資産配分は、右のグラフの確定給付企業 拠出年金は、長期的視野でのタイミングを分けた 計 の 前 提 で あ る 一・ 五 % な い し 二・ 五 % 程 度 と 年金の資産配分に比べて、元本確保型の商品、つ NISAが拓く資産形成の新時代 り、そのための投資教育が重要であると考えてい ては、資産の配分を見直していくことが必要であ めに一定のリスクを取るよう、特に若年層におい る人が、全体の約四割に上ります。一方で、マイ りを大きく上回る五%以上のリターンを上げてい しています。一・五%ないし二・五%の想定利回 しかしながら、この円グラフを見ますと、個々 人の運用成績には二極化ともいうべき現象が発生 資産運用が可能な制度です。将来のリターンのた ます。 資料 ページの左のグラフは、企業型確定拠出 年金の加入者数の推移を示しています。現在まで (確定拠出年金の現状) のであれば、当然の結果とも言えますが、このよ 存在します。元本確保型商品だけを購入していた いるものの、想定利回りを下回るゼロ%以上一% ナスの成績の人は一%という低水準にとどまって 右肩上がりで推移しており、その数は五〇〇万人 うな事実を見ますと、まことにもったいないと感 ンは五%程度まで回復しています。データは一年 が、近年は、証券市場の活性化を受けて、リター に大きな差が生じてしまうことになるわけです。 じ制度であっても、その利用の仕方によって結果 運用利回りによって最終的に受領することので きる年金額が変動していくことを考えますと、同 じます。 前のものですが、全体としては良好なリターンに 右のグラフは運用利回りです。金融危機の影響 でリターンがマイナスになる時期もありました 10 なっています。 ― ― 8 未満という成績の人が非常に多く、全体の約四割 に達しています。 証券レビュー 第56巻第5号 ク を 取 っ て 新 た な 挑 戦 を す る た め の「 成 長 マ た間接金融ルートに偏ったままでは、企業がリス ⑵ 経済成長に必要不可欠な成長マネーの供給 (金融・資本市場を通じた資金の流れ) います。 量に見合うだけの融資をする十分な機会がないと 銀行が企業に貸し付けている資金は、もとをた どれば家計の預金ということになりますが、預金 の源になっているわけです。 資といった形で経済を刺激することで、経済成長 していきます。そして、それが公共投資や設備投 金は、銀行や証券市場を通じて企業や政府に循環 念図ですが、家計からマーケットに出ていった資 (企業を中心とする経済成長のメカニズム) いうねらいがあるためです。 トへの偏りを是正し、企業に新たな成長を促すと ルートを拡大させることによって、間接金融ルー 資 本 市 場 に お い て、 証 券 市 場 を 通 じ た 直 接 金 融 は、家計の自助努力を促す以外に、日本の金融・ 資対象をいわゆるリスク資産に限定しているの NISA制度が、上場している株式、そして、 株式を組み入れることのできる投資信託など、投 ネー」が不足してしまうという問題意識を持って NISAの話に戻ります。NISAのねらいの 二点目の「経済成長に必要不可欠な成長マネーの 供給」という観点から、制度導入の背景を見てい ページは、いささか教科書的な概 銀行が認識していることもあるため、かなりの部 資料 ページもいささか教科書的ですが、企業 の活性化が、どのような経路で、いかにして経済 きます。資料 分が国債で運用されていることは先にお話しした 成長に寄与するかということを見ています。 13 ― ― 9 12 とおりです。その結果、資金の供給が銀行を通じ NISAが拓く資産形成の新時代 り、民間で あるとした上で、最終 的には、「企業 経 済 成 長 を 牽 引 す る の は 企 業 で あ り、 個 人 で あ アベノミクスの「日本再興戦略」では、政府が 行えるのはあくまでも環境整備であって、実際に ではないかとも考えられます。 果、成長のエンジンが十分機能していなかったの ズムのどこかが目詰まりを起こしており、その結 なるわけですが、我が国においては、このメカニ 回っていくことが、あるべきモデルということに されています。本来、このメカニズムがグルグル バナンス・コードにおいては、こうした機関投資 任を負うとされています。一方、コーポレートガ 資先企業の企業価値の向上や持続的成長を促す責 や受益者の中長期的リターンの拡大のために、投 銀行、生命保険などが含まれます。スチュワード 称であり、年金基金、投資顧問会社、投資信託、 す。機関投資家とは、業として投資を行う者の総 務 を 述 べ た コ ー ポ レ ー ト ガ バ ナ ン ス・ コ ー ド で ワードシップ・コードと、経営者が果たすべき責 こうした考えに基づいて導入されたのが、機関 投資家が果たすべき責務について述べたスチュ (伊藤レポートの意義) 経 営 者 自 ら の 大 胆 な 決 断 」 で 日 本 企 業 の「 稼 ぐ 家からの働きかけに応えるために、企業側のガバ ― ― 10 こ の 図 で は、 企 業 と 家 計 が 二 つ の 経 路 を 通 じ て、好循環メカニズムを形成しているさまが表現 力」を高めていくことが必要であると述べられて ナンス強化の素地が整えられました。 これら二つのコードが、車の両輪として企業に 対してプラスの作用をもたらし、全体を前進させ シップ・コードにおいては、機関投資家は、顧客 います。 証券レビュー 第56巻第5号 ペ ー ジ で 紹 介 し て い る い わ ゆ る「 伊 藤 レ ポ ー がありません。その道を示してくれるのが、資料 としても、進むべき道が決まっていなければ意味 ていくことが重要ですが、前に進むようになった である株主に対して当期にどれだけのリターンを です。すなわち、企業にとっては、資金の出し手 企業の利益にどれだけ結びつけられたかを示す値 Eは、株主からの投資によって得られた資金を、 です。 的な数字が目標として言及されているということ 特に注目したいのは、「ROE八%」という具体 の関係のあり方について幅広く考察されており、 終報告書です。このレポートでは、企業と投資家 「企業の持続的成長に関するプロジェクト」の最 ト」です。これは、経済産業省が取り組んでいた ことがおわかりいただけると思います。 て、歴史的にもずっと低い水準にとどまってきた 資料 ページにおいて、一番下の線は日本企業 のROEの推移を表わしています。欧米と比較し ことになります。 は、最も重要視すべき企業の収益性の指標という もたらしたかを表す指標であり、投資家にとって なると思います。 E八%という数字がさらに意識されていくことに ち勝つ経営を後押しする仕組みを強化していくこ 「日本再興戦略」においては、「グローバル水準 のROEの達成等を目安に、グローバル競争に打 Return (劣後するROE水準) 15 とが重要である」と述べられており、今後、RO して、それを測る代表的な指標がROE( )、すなわち自己資本利益率です。RO on Equity ― ― 11 14 株式のパフォーマンスは、それを発行する企業 の事業活動のパフォーマンスに他なりません。そ NISAが拓く資産形成の新時代 (変化する資本政策) 場合は、株主還元の色彩がより強くなっており、 価を是正するシグナル的なメッセージも込めて行 はおくとしましても、日米の差の大きな要因の一 のように、毎期八割近い還元が必要かという議論 ており、非常に大きな開きがあります。アメリカ 日本の四七%に対して、アメリカは七八%となっ 右のグラフは、日本と米国の株主還元状況の比 較です。配当と自社株買いを合わせた還元率は、 来、総還元額でも過去最高となるのは確実です。 企 業 に よ る 自 社 株 買 い が 増 え て く れ ば、 近 い 将 五〇〇〇億円程度と計算されています。さらに、 た。ちなみに、二〇一五年度の配当総額は一〇兆 肩上がりで推移し、過去最高の水準に到達しまし りますように、配当は、リーマンショック後、右 充実に向けた議論が既に行われています。 場企業全体のコーポレートガバナンスのさらなる 導入されたばかりの二つのコードですが、その コードの普及、定着状況のフォローアップと、上 (金融庁「フォローアップ会議」意見書) 傾向を強めています。 の配当や自社株買いによって株主還元を重視する 導入による影響もあってか、上場企業は、株主へ もっとも、最近は、日本企業の自社株買いにも 変化が見られます。先ほど触れた二つのコードの ありません。 株価の高低にかかわらず行っている企業が少なく われることが多いようですが、アメリカの企業の 日本企業の資本政策は、近年大きく変化してき ています。資料 ページの左のグラフが示してお つは自社株買いの差であると言えます。 二〇一五年九月には、金融庁と東京証券取引所 ― ― 12 16 日本企業の場合、自社株買いは、株価の過小評 証券レビュー 第56巻第5号 た。これまで六回の会合が行われ、既に二回、意 ス・コードのフォローアップ会議」が発足しまし ワードシップ・コード及びコーポレートガバナン と し て、 各 方 面 の 有 識 者 で 構 成 さ れ る「 ス チ ュ する適切な評価と、ステークホルダーへのわかり 四つ目として、取締役会の実効性の評価に関し て、「取締役会の構成、運営状況等の実効性に対 実」、 三つ目として、取締役会の運営に関して、「戦 略的方向づけ、適切な業績評価に対する議論の充 が事務局となり、慶応義塾大学の池尾教授を座長 ページでは、取締 役会のあり方に関し、二〇一六年二月に発表され がそれぞれ重視されています。 やすい情報開示、説明」、 見書が出されています。資料 た意見書の内容を簡単に紹介しています。 ページで、JPX日経四〇〇を紹介し トラックするインデックス型の投資信託も組成さ これは、二〇一四年一月から導入された、東京 証券取引所が計算する新たな指数で、この指数を ています。 す。資料 こうしたコーポレートガバナンス意識の高まり を受けて、資産運用の世界にも変化が生じていま (JPX日経四〇〇の特徴) ガバナンスを実現するための取締役会のあり方に 関し、重要と考えられる点について言及していま す。具体的には、 一つ目として、CEOの選解任に関して「プロ セスの透明性」、 二つ目として、取締役会の構成に関して、「資 質・多様性、独立性、客観性」、 18 ― ― 13 17 意見書では、経営環境の変化、経営上の課題の 複雑化に的確に対応し、実効性あるコーポレート NISAが拓く資産形成の新時代 れられており、JPX日経四〇〇に選ばれた四〇 営のクオリティーに関係する項目が幾つか取り入 て取り入れられたことです。ROEの他にも、経 均のROEが指数構成銘柄決定のための基準とし れています。JPX日経四〇〇の特徴は、三年平 ているのが、NISA制度です。 欠です。そうした活性化策の一つとして期待され への資金の流れを活性化していくことが必要不可 ニズムが確立されていくためには、家計から企業 とになります。このような成長資金の好循環メカ 格を持つことになると言われています。したがい (NISAの現状) となっています。現時点では、これらの計数はさ 総務省の統計によれば、NISAの対象となる 二〇歳以上の人口は一億四八〇万人ですので、対 ― ― 14 〇社の企業は、日本を代表する優良企業という性 まして、JPX日経四〇〇への上場会社の関心は 非常に高く、企業がROEの向上や「攻めのガバ ナンス」への取り組みを推し進める上でのモチ (企業を中心とする経済成長のメカニズム) 13 にもたらされた成果は、成長の原資となる資本と 19 なって再び企業へと流れ、その成長をもたらすこ らに伸びており、口座数は一〇〇〇万口座を突破 しています。 は九八七万口座、総買付額は六兆四〇〇〇億円超 20 資料 ページの図は、資料 ページに掲げた図 を再掲したものです。企業の活性化によって家計 ベーションの一つになっていると聞いています。 資料 ページのとおり、金融庁が公表したデー タによれば、二〇一五年一二月末時点での口座数 ここからは、NISA制度の現状等について、 計数的な側面から見ていきます。 証券レビュー 第56巻第5号 ISA口座を開設したことになり、浸透のスピー が 大 き く な っ て お り、 ま た、 年 代 別 の 買 付 割 合 資料 ページ、 ページのとおり、口座開設数 の年代別の伸び率は、高齢者に比べて若年層の方 ています。 象者の一〇%弱、すなわち、約一一人に一人がN ドはかなり速かったと評価しています。 (NISA口座開設状況) 資料 ページに、二〇一四年末のデータから得 られる所見を整理しています。 (NISA口座開設状況の評価) は、年代別の口座開設割合とほぼパラレルになっ 23 くなる傾向があります。 一 つ 目 と し て、 二 〇 一 四 年 末 の 平 均 投 資 金 額 は、この当時の枠一〇〇万円に対して約八〇万円 設が増加傾向にあり、六〇歳代以上の人の比率は 歳 代 以 上 の 人 の 比 率 が 高 く な っ て い ま す。 し か 低 下 し て い ま す。 ま た、 二 〇 一 四 年 六 月 末 時 点 二つ目として、二〇一四年の一年間で購入した 額に対する売却額の割合は一三・五%となってい です。また、年齢が上がるほど、枠の消化率が高 で、投資未経験者による口座開設が二〇〇万弱に 株の売却率の方が高くなっています。 ます。その内、投資信託の売却率は五・六%で、 し、時を経るごとに、五〇歳代以下の人の口座開 24 達していることは特筆すべき成果ではないかと 思っています。 ― ― 15 22 以下では、少し古いデータも入ってきますが、 全体の傾向は今日でも変わっていないと思いま 21 年代別で見ますと、資料 ページのとおり、口 座開設者の中で、金融資産を豊富に保有する六〇 す。 NISAが拓く資産形成の新時代 金の合計金額は三四五九億円の超過となっていま 三つ目として、二〇一四年の年間総購入額に対 して、年末の時価、受取配当金及び投資信託分配 人が確実に増えてきていることがおわかりいただ 用して、積み立てという形で資産形成をしている 非常に大きな伸びを示しています。NISAを活 三%増加し、積立総買付額は約三倍になるなど、 す。ここで分配金と呼ばれるものの中には、投資 けると思います。 調査では、二〇一六年二月末の状況まで把握する A口座の開設・利用状況を掲載しています。この 査した主要証券会社一〇社ベースの最新のNIS の持つイメージを変えていくことはできるのでは しています。しかしながら、「投資」という言葉 きな目標を今すぐに達成することは難しいと認識 界全体の目標である「貯蓄から投資へ」という大 今申し上げたとおり、NISA制度は現時点で もある程度の成果を挙げておりますが、長年の業 ⑴ 人々の投資行動とNISA (投資の習慣化) 三、NISA制度のこれから 信託の元本の払い戻しである特別分配金が含まれ ていますので、三四五九億円は単純なリターンの 合 計 で は あ り ま せ ん が、 投 資 元 本 に 対 し て 約 一 あったと言えると思います。 四つ目として、積立投資契約数はこの時点で五 四万口座となり、NISA口座全体の六・六%に ページに、我々の協会で調 ことが可能です。二〇一四年末のデータと比較し ないかと感じています。 達しています。資料 ま す と、 最 近 時 点 で、 積 立 買 付 契 約 口 座 数 は 五 25 ― ― 16 二 % の 比 率 で あ り、 全 体 的 に 投 資 成 果 は 順 調 で 証券レビュー 第56巻第5号 と を 挙 げ て い ま す。 こ の 場 合 の「 ま と ま っ た 資 い理由として「まとまった資金がない」というこ 投資未経験者の約四割の人が、証券投資を行わな が実施した個人投資家の意識調査によりますと、 のではなかったかと思います。事実、我々の協会 お金を一時にまとめて金融商品に投じるというも 〇万円単位のお金になるわけですが、そのような 金、少なくとも数十万円、一般的に言えば、一〇 こ れ ま で、「 投 資 」 と い う 言 葉 の 一 般 的 な イ メ ー ジ は、 既 に 蓄 積 さ れ た ま と ま っ た 単 位 の お らに貢献する余地があるのではないかと考えてい のような観点に照らして、NISAはこれからさ 化」こそが待望される姿ではないでしょうか。そ 形 成 し て い く ス タ イ ル、 す な わ ち「 投 資 の 習 慣 着実にお金を投じて長い時間をかけながら資産を 会社等の提供する積立方式を利用するなどして、 も三万円でも、毎月の可処分所得の中から、証券 付けも可能になっています。たとえ月々一万円で 託においては、一万円や一〇〇〇円単位での買い 買える株式は多数存在します。あるいは、投資信 次のような問題を考えて下さい。これは、行動 ― ― 17 株の見直しや株式分割によって、一〇万円未満で 金」のイメージは、おそらく一〇〇万円、あるい ます。 ここで、「投資」に付帯する人間の心理に触れ たいと思います。資料 ページをご覧下さい。 (損失回避傾向) はそれ以上ということになろうかと思います。 し か し、 N I S A 制 度 が 我 々 に 訴 え て い る の は、まとまった資金ができたから投資するのでは なく、まとまった資金を作る過程において、投資 を大いに活用してもらいたい、活用する余地があ るということではないかと思います。今や、単元 27 NISAが拓く資産形成の新時代 んか」というものです。 す。あなたはこのゲームに参加しますか、しませ ん。 も し 表 が 出 た ら、 一 万 五 〇 〇 〇 円 も ら え ま たら、あなたは一万円を支払わなければなりませ 当てるゲームです。確率は半々です。もし裏が出 た。コインを投げて、裏が出るか、表が出るかを す。「あなたはコイン投げのゲームに誘われまし 経済学の教科書には必ず出てくる有名な問題で すかという数字は「損失回避倍率」と呼ばれてい 実験によりますと、多くの人たちは、損失の二 倍の利益が見込めないとこのゲームには参加しま 失回避傾向」と呼ばれています。 が分かっており、そうした人間の持つ心理は「損 「損失は利得よりも強く感じられる」ということ 感よりも強いからです。近年の学術的研究では、 怖感は、一万五〇〇〇円の利益を得るという期待 す。多くの人にとって、一万円を損するという恐 ゲームをやりますと、マイナス一万円×〇・五+ は、この数字は一・五倍ないし二・五倍程度のと ま す。 い ろ い ろ な 実 験 を 行 い ま す と、 一 般 的 に せん。見込まれる損失の何倍の利益で同等とみな このような問いに対して、確率的な正解は直ち に 導 け ま す。 資 料 ペ ー ジ を ご 覧 下 さ い。 一 回 一万五〇〇〇円×〇・五=二五〇〇円で、期待値 しかし、現実には、このようなゲームには参加 したくないという人が多いのではないかと思いま になります。 投資の世界において重要なことは、「損失は利 得よりも強く感じられる」という、避けがたい、 (NISA口座を通じた積立投資) て、「参加する」というのが論理的に正しい答え ころに分布するようです。 28 は二五〇〇円のプラスとなります。したがいまし 証券レビュー 第56巻第5号 ― ― 18 ことです。 厄介な人間の心理とどう付き合っていくかといく 大変好ましいことであると思っています。 して投資の初心者に対し、NISAを通じて、こ て、長期投資がより実現しやすくなります。主と のような積立投資の手法が浸透しつつあることは 投資のプロセスで評価損はつきものです。「損 をしている状態」は、不快感や不安感を呼びます (NISA口座を通じた投資の特徴) が、このような痛みあるいは不快感とどのように 折り合いをつけるかは、決して簡単なことではあ た月間の買付額は三七〇〇億円になりました。こ りません。 先 ほ ど 積 立 投 資 に 触 れ ま し た。 積 立 投 資 は、 「投資には痛みがある」ということを踏まえた上 れは、制度開始以来の最高額となります。また、 ― ― 19 余談ですが、証券会社一〇社ベースの調査によ りますと、二〇一六年一月、NISA口座を通じ での実践的方法論として有効であると感じていま 二〇一六年一月、株式市場が大きく下落する中 にあって、個人投資家は、NISA口座を通じて 二月の月間買付額は二二〇〇億円で、引き続き高 には少なく買うことになります。これがいわゆる 積極的に株式あるいは株式投資信託を購入しまし す。毎月、定時定額で一定の金融商品を買うとし ドル・コスト平均法であり、日々あるいは月々と た。正確なデータは未集計ですが、特に株式の買 水準を保っています。 いった短いスパンでの価格変動にとらわれ過ぎな い付けが目立っていたのではないかと思います。 ことになります。他方、価格が上昇しているとき い よ う に す る 効 果 が あ り ま す。 こ の 効 果 に よ っ ますと、価格が下落しているときには多く買える NISAが拓く資産形成の新時代 また、二〇一五年の日本郵政グループの上場に際 銘柄が毎月必ず買い付けの上位に並んでいます。 J、三井住友のメガバンク三行や三井物産などの 付 情 報 を 開 示 し て い ま す が、 み ず ほ、 三 菱 U F のネット証券では、NISA口座経由の株式の買 また、NISA口座による株式の買い付けに関 しては、配当利回り重視の傾向があります。一部 す。 月の実績はこれが顕在化した結果だと思っていま ンで買いたい」という投資行動が現れやすく、一 損益通算ができないため、「できるだけ安いゾー NISA口座では、特定口座、一般口座と違って ます。 社のビヘービアにも影響を与えているように思い 感触もあります。このように、NISAは上場会 どを検討し、実行する企業が増加しているという 策の透明化、個人投資家向けのIR活動の強化な 位の引き下げ、株主優待の見直しや導入、配当政 けの施策、すなわち、株式分割による最低売買単 ることは十分に理解できることです。上場会社側 優待といったわかりやすい尺度が投資の基準にな 特に初めて投資を行う人にとっては、配当や株主 主優待ねらいの投資家も多いと言われています。 直接関係ありませんが、NISAにおいては、株 ⑵ NISA制度の見直し (NISAの改善要望) ― ― 20 におきましても、NISAを意識した個人株主向 しては、日本郵政株の買い付けの約一割がNIS いるように思います。 我々の協会も、NISA制度に関して、さまざ す。ここでも、配当重視の投資スタンスが現れて さらに、NISAがもたらす非課税の恩典とは A口座経由の買い付けであったと言われていま 証券レビュー 第56巻第5号 五年の非課税期間が満了するに際しては、幾つ かの選択肢があります。 かなりの混乱が生じることを危惧しています。 四年にNISAを利用して投資した人たちの間で 税期間が満了する二〇一八年末に向けて、二〇一 です。このままで参りますと、最初の五年の非課 いましても、現行五年の非課税期間の延長が必要 この制度を利用して長期投資を行ってもらうた めには、制度の恒久化が必要であり、控え目に言 まな改善要望を行っているところです。 この問題を処理するのはかなり難しいことになり る部分をどうするかという問題が出てきます。特 とができます。しかし、その場合も、評価額が一 る金融商品を売買せず、翌年の枠にそれを移すこ あるいは、翌年に設定される新たな非課税枠を 使ってロール・オーバーする、つまり、持ってい す。 家は非常に難しい選択を迫られることになりま た部分に対して課税されることになってしまいま 二〇万円を超えておりますと、一二〇万円を超え 定口座、一般口座に移したとしても、その時点の す。売却しても評価損は損益通算できません。特 る場合に売却するかどうかは、実は深刻な問題で 結果の良否は事後的にしか判明せず、事前には明 御紹介したのは一例ですが、二〇一八年時点で の選択肢が多数枝分かれしており、かつ、選択の ます。 に一単元当たりの金額が大きい株式においては、 株 価 で 簿 価 の 洗 い 直 し が 行 わ れ ま す の で、 そ の らかではありません。それは、評価損が発生して ― ― 21 す。このように、評価損が生じている場合、投資 値上がりしている場合は、売却して利益を確定 することができます。しかし、評価損を抱えてい 後、株式等の価額が元の水準に戻ったとき、戻っ NISAが拓く資産形成の新時代 二〇一八年中という特定のタイミングにおいて、 いる場合に特に顕著です。非課税期間が満了する に、 三つ目が、投資上限額は年間八〇万円、非課税 期間は五年間、総額四〇〇万円の投資が可能で、 二つ目が、NISAと同様の金融商品に対する 非課税措置を設けた制度であり、 純粋な投資判断以外の要素における判断を強いる 構造が存在していることは、大きな問題であり一 種の不条理であるとも言えるように思います。そ のように考えれば、二〇一八年に入る前に、将来 四つ目が、一般的には、子供のために両親や祖 父母が資金拠出、運用管理を行って、 五つ目が、子供本人が一八歳に達した時点で、 年齢だけを引き出し要件として引き出すことがで あり、現に我々はそのような働きかけを行ってお りますが、その結果が恒久化ということになれば きる制度で、若年層や投資未経験者の資産形成を 促進することを目的としています。 申し分ないということになります。 (ジュニアNISA) い時期です。一八歳になれば、本人の意思で自由 引き出し可能になる一八歳という年齢は、大学 進学が典型ですが、大きな出費が生じることの多 続いて、四月から始まったジュニアNISAに ついて見ていきます。 に引き出すことができますので、そうした出費に 歳に達すれば、NISAに自動移管することも可 対応していくことも可能になります。また、二〇 ページ ここで制度を簡単に解説します。資料 をご覧下さい。ジュニアNISAとは、 一つ目が、ゼロ歳から一九歳の未成年者を対象 30 ― ― 22 に向けて何らかの方向性を打ち出すことが重要で 証券レビュー 第56巻第5号 めるとされています。これは深刻な問題ですが、 日本銀行の金融広報中央委員会の調査によりま すと、現在、日本では、無貯蓄世帯が三一%を占 能とされています。 一つは、「高等教育資金の円滑な形成」です。 資料 ページをご覧下さい。「家計の金融行動に ジュニアNISAの導入には、二つの大きな意 義があると考えています。 (高等教育資金の円滑な形成) なお、NISAと同様、現時点では、二〇二三 年を最後に、新たにジュニアNISA口座を開設 が期待されます。 点で、金融資産ゼロ世帯の増加という問題の改善 一定の金融資産を保有している層ができるという 成に対するニーズが多数存在することがうかがえ ら、家計においては、子供の将来のための資産形 が、 住 宅 関 連 や 病 気・ 不 時 の 災 害 へ の 備 え を 上 〇 歳 代 で は、 貯 蓄 目 的 と し て、 子 供 の 教 育 資 金 関する世論調査」によりますと、二〇歳代から四 ジュニアNISAの後押しによって、成人時点で す る こ と が で き な く な り ま す。 な お、 そ の 時 点 ます。 また、大学進学率が五〇%を超えた現代の日本 に お い て は、 大 学 教 育 費 を い か に 賄 っ て い く か 回って、最も多く選択されています。このことか で、引き出し制限が解除される一八歳に達してい きるよう、年間八〇万円を上限に、非課税での運 が、多くの家計にとって大変重要な課題になって なかった場合も、一八歳までシームレスに運用で 用が継続される継続管理勘定という制度が用意さ います。しかし、多くの家計が、教育費の問題に 頭を悩ませている一方で、教育費の負担を時間分 ― ― 23 31 れています。 NISAが拓く資産形成の新時代 険などを除いて、圧倒的に不足しています。 貯めて後で払う」ことを支援する制度は、学資保 「先に借りて後で払う」ものがほとんどで、「先に 散するための手段は、教育ローンや奨学金など、 一七万人という数字自体はかなり大きな数字であ としてはそれほど高くないのかもしれませんが、 が全部で三〇〇万人を超えておりますので、割合 者が一七万人に達していると言われます。利用者 これらの費用をどのように賄うかは大変重要な 問題です。日本では、大学や専門学校に進学した 算されています。 立理系の自宅外通学ですと一一一〇万円程度と試 ます。これが、自宅外通学ですと九八〇万円、私 (世代間の資産移転) と期待しています。 にとって利用価値の高い制度になるのではないか 資産形成を促すジュニアNISAは、多くの家計 そのような実情を考え合わせますと、子供が幼 い頃から、将来の大学進学に向けて、長い目線で ると言わざるをえません。 人たちの約半数が何らかの奨学金を利用していま い。 ― ― 24 現在、大学四年間で平均的にかかる費用は、私 立文系の自宅通学で七〇〇万円程度と言われてい す。最も利用者が多いのが日本学生支援機構の奨 ジュニアNISAの意義の第二点目は、「世代 間 の 資 産 移 転 」 で す。 資 料 ペ ー ジ を ご 覧 下 さ す。この奨学金は返済義務がありますので、働き 学 金 で、 学 生 の 二・ 六 人 に 一 人 が 利 用 し て い ま 出してから返済しなければなりません。しかし、 残念なことですが、現在、三ヶ月以上の返済滞納 現在、日本の金融資産の多くは高齢者に偏在し ています。六〇歳以上の方々が約一〇〇〇兆円、 32 証券レビュー 第56巻第5号 ちろん、高齢者にはそれまでの蓄えがありますの 全体の約六割を保有しているとされています。も 思っています。 いて、ジュニアNISAの果たす役割は大きいと 度の資産を形成していくのは難しいのではないか ます。今の現役世代が、自力で今の高齢者と同程 較して、世帯収入が低下傾向にあると言われてい 三〇歳代未満の若年世帯を中心に、二〇年前と比 とは全く不思議ではありません。しかしながら、 に一〇〇〇万口座に達したと見られる、NISA 足はかなり鈍いようです。この点は、現時点で既 地の証券会社の現場を回って話を聞きますと、出 現時点において、ジュニアNISAの口座開設 状況はまだ公表されていません。しかし、全国各 (ジュニアNISAの現状と先行き見通し) ことが想定されます。相続による若年層への資産 なる子自体も五〇歳代以上の「老老相続」となる かかります。 一つ目は、NISAと比較して制度が複雑であ ることです。説明するにも、理解するにも時間が ― ― 25 で、他の世代より多くの金融資産を持っているこ という具体的な指摘もなされています。 の二年前の導入時の出足とは対照的です。 移転も自然には進みにくいということです。こう 二つ目は、資金の出し手と口座管理者との関係 で、家族間の調整が必要であることです。祖父母 出足が鈍い要因を考えますと、 した中で、祖父母世代から孫世代、高齢者世代か がお金を出して孫の口座を作り、親がそれを運用 スが約七割を占めています。その場合、相続人と ら若年世代に金融資産の移転を促すという点にお また、日本は世界有数の長寿国です。相続に当 たって、被相続人の年齢が八〇歳以上となるケー NISAが拓く資産形成の新時代 で、提出書類に不備が多く、証券会社と顧客の間 類 が た く さ ん あ り、 顧 客 も 慣 れ て お り ま せ ん の に時間がかかるということです。つまり、必要書 三つ目は、いわゆる名義口座を防止するための 手続きが厳密に定められておりますので、手続き す。 と に な り、 家 族 の 間 で 調 整 が 必 要 に な っ て き ま することになりますと、三人の家族がかかわるこ ではないかと思っています。 産形成に資する役割は、より大きいものがあるの を持つわけですが、家計における目的を持った資 これは、投資への資金フローとしても大きな意味 クトを持つ制度に成長することが見込まれます。 れ、年間平均投資金額が五〇万円としますと、二 す。約二〇〇万のジュニアNISA口座が開設さ SA口座を開設してもおかしくないと思っていま ― ― 26 〇〇万口座×五〇万円で年間一兆円程度のインパ で郵便が行ったり来たりしているというのが実情 ⑶ 確定拠出年金制度の見直し (見直しの方向性) 賦課方式の公的年金をフォローする自助努力の 仕組みとして、確定拠出年金制度が存在していま 徐々に上がってくるのではないかと期待していま す。 以下では、確定拠出年金制度の見直しについて 見ていきます。資料 ページをご覧下さい。 九歳の未成年者は日本に二二〇〇万人存在してお す。ただ、現行法制の下では、夫が会社員の主婦 33 り、何年か後に、その一割ぐらいがジュニアNI ます。ジュニアNISAの対象となるゼロから一 NISAにおきましては、対象となる方々のう ち約一割弱の人たちが口座を開設した勘定になり の よ う で す。 し か し、 今 後 は、 開 設 の ペ ー ス は 証券レビュー 第56巻第5号 障害になるような期間を排除するため、専業主婦 イフコースにおいて、自助努力による資産形成の 員は加入できない設計になっています。個人のラ や公務員、あるいは、企業年金がある一部の会社 なっています。 移しやすくするための手当てがなされることに たな制度では、転職したときに企業年金の資産を 上の積み立てを行うことはできませんでした。新 対象者は約二七〇〇万人と推定されており、新た 務員も個人型年金に入りやすくなります。新たな じています。改正が実現しますと、専業主婦や公 となりましたが、今国会では可決されるものと信 通過しました。先の国会では、参議院で継続審議 され、二〇一五年九月には、改正法案が衆議院を が、 そ の 後、 転 職 に よ っ て 積 み 立 て が で き な く 初、企業型確定拠出年金で積み立てを行っていた ポータブルになります。なお、六〇歳未満で、当 合、今までポータブルでなかった確定拠出年金が 資料 ページに、イメージ図を掲げています。 企業型確定拠出年金の加入者が離職、転職した場 (イメージ図) 等であっても加入できるよう制度の見直しが検討 に非常に大きな母集団が誕生することになるわけ 現在の制度では、最初から確定拠出年金に入れ ない人もいますし、また、企業に勤めていて確定 です。 場合も、スムーズに年金資産の移管が行えるよう 様化している時代においては、転職などを行った なった人は、二〇一四年三月時点で、三二万三〇 〇〇人存在しているとされています。働き方が多 拠出年金に入っていた人でも、例えば、公務員に にするため、制度の見直しが必要であり、実際に ― ― 27 34 なったり、専業主婦になったりしますと、それ以 NISAが拓く資産形成の新時代 す。 そのような手当てが行われているということで 分を占めるのがパート・アルバイトであり、その 常に多いのではないかと思います。非正規の大部 の ケ ー ス の 中 に は、 も と も と は 企 業 で 働 い て お ほとんどが専業主婦であることを考えますと、こ (女性の活躍促進) し た た め に、 年 金 の 拠 出 を 継 続 す る こ と が で き ず、いわゆる塩漬けになってしまっている人が多 り、企業型確定拠出年金に入っていた人で、離職 確定拠出年金制度の見直しは、女性の活躍促進 という観点からも大変意味があると思います。資 ページをご覧下さい。 九歳をピークに、就業率は低下しています。 機に離職する女性が存在するため、二五歳から二 の女性が就労しています。しかし、結婚、出産を 重要であると考えています。 くという点で、確定拠出年金制度の見直しは大変 められるようにして、女性の活躍を後押ししてい 女性がどのような形で離職、転職を行ったとし ても、老後の土台をみずからの手でしっかりと固 く含まれている可能性があります。 右のグラフを見ますと、女性の非正規雇用率が 加齢につれて上昇していることがわかります。 (国民皆私的年金に向けた課題) このような見直しが実現しますと、我が国の年 金制度は「国民皆私的年金」に向けた一歩を踏み この二つのデータから、現在の日本では、一度 就労した女性が結婚、出産を機に一度離職し、非 左のグラフでは、いわゆるM字カーブが見られ ます。二五歳から二九歳という層では、約八〇% 35 正規雇用の形で再び就労するというケースが、非 ― ― 28 料 証券レビュー 第56巻第5号 なお、制度改正が実現して加入が可能になるこ とと、実際に加入することとは別のものです。実 出すことになると思います。 品を選択しなかった場合に、企業があらかじめ指 ション、つまり、従業員加入者が積極的に金融商 とになっておりますが、そうした義務を廃止する 定 す る、 バ ラ ン ス 型 の フ ァ ン ド や タ ー ゲ ッ ト イ ことや、欧米で導入されているデフォルト・オプ ペー ジをご覧下さい。 を可能にするといった方策を真剣に考えていく必 際、幾つかの課題が残されています。資料 一つ目は、普及体制の構築です。確定拠出年金 制 度 の 有 効 活 用 を 促 進 し て い く た め に は、 ラ イ 要があると思います。 ヤー型のファンドなどを自動的に買い付けること フ・プランニングを含む投資教育の強化、提供が 三つ目として、拠出限度額の引き上げや、カテ ゴリーごとに異なっている拠出限度額を統一する 元 本 確 保 型 商 品 で 運 用 を 行 っ て い る 状 態 で す。 公的年金の支給開始年齢が六五歳になる以上、そ 四つ目として、現在、確定拠出年金は、六〇歳 までしか積み立てができません。この点、いずれ ことによる制度の簡素化も重要です。 ポートフォリオ分散という観点から、きちんとし れまで働き続けるというライフスタイルを選ぶ人 忘れてはなりません。現在、約六割もの加入者が た金融商品の選択を行っていくことが重要です。 拠出年金の拠出可能期間を六五歳まで引き上げる も増加してくるでしょうから、最終的には、確定 こうした状態を改善していくためには、今は、 元本確保型商品を必ず提示しなければならないこ ― ― 29 36 二つ目として、単に確定拠出年金に加入してい るだけでなく、運用を改善する必要があることも 重要であると思います。 NISAが拓く資産形成の新時代 生き方に対応できる制度になるのではないかと 間で重複する形ができれば、多様化するシニアの とすることで、拠出と給付が六〇歳から六五歳の 考慮して、給付自体は現行どおり六〇歳から可能 べきだと思います。他方、健康状態の変化なども の老後に備えた資産形成をNISAで行っていく アNISAを活用し、子供が成人した後は、自ら 教育費への備えとして、今度は親の立場でジュニ する備えとなります。子供ができますと、子供の がれますと、結婚や住宅といった多額の支出に対 こで蓄積された資産が成人後にNISAに引き継 ことになります。老後の土台は、長い期間をかけ て、確定拠出年金を通じて積み重ねてきた資産が 支えてくれます。このように、NISAを活用し N I S A 制 度 の 導 入 を き っ か け に、 教 育、 住 宅、老後といういわゆる人生の三大支出をはじめ ― ― 30 思っています。 四、NISAが拓く資産形成の新 時代 て、人生の節目で必要な費用をカバーすることが マネーの供給がもたらす日本の経済成長の恩恵と 可能になるはずです。もちろん、そこには、成長 以 上 で 申 し 上 げ て き た こ と の ま と め と し て、 「NISAが拓く資産形成の新時代」についてお して、直接、間接のリターンが加わっていくこと 可 能 に な る は ず で す。 ジ ュ ニ ア N I S A に よ っ とする、ライフステージ、ライフイベントに関す になります。 て、幼少期から一定程度の資産形成が行われ、そ NISA制度を活用することによって、人生と いう長い目線で、一貫した資産形成を行うことが 話しします。 証券レビュー 第56巻第5号 がら、「自助努力」による資産形成を行っていく ミングに従って、さまざまな金融商品を選択しな 御清聴ありがとうございました。(拍手) ただければと思います。 資料の最後に我々の協会における当面の主要課 題を載せましたので、後ほど、参考までにご覧い る出費に対して、個々人がそれぞれの目的やタイ ことが可能になります。それに伴って、「投資の 期待される姿であると思っています。 た。本当に久しぶりに、将来に明るい希望が持て 増井理事長 稲野会長、どうもありがとうござい ました。NISAを中心に、証券界の力強い取り 習慣化」ともいうべき現象が広がっていくこと も ち ろ ん、 こ う し た 変 化 は 劇 的 な 変 化 で は な く、 長 い 時 間 を か け て も た ら さ れ る 変 化 で す。 るようなお話を聞かせていただきました。 が、「NISAが拓く資産形成の新時代」として 「ヒタヒタ」とか「じわじわ」といったような擬 した感覚を大切にしながら、金融・資本市場の発 いますが、いかがでございましょうか。 ― ― 31 組みについてわかりやすく御説明いただきまし 態語の連続でしか表現されないような様相こそ 若干お時間がございます。せっかくの機会です ので、御質問、御意見をお出しいただければと思 展と、投資家の皆様が、より一層信頼できる投資 環境の整備、充実のために、全力を注いでまいり たいと思います。引き続き、皆様の御理解、お力 添えをいただければ幸いです。 一つ目として、新しい資産形成の時代を実現す るためには、NISA、あるいは確定拠出年金な すぐに出ないようでしたら、私から二つ質問さ せていただきます。 が、大きな変化に結びついていくものです。そう NISAが拓く資産形成の新時代 側でどのように理解されているのかなどについ ンス・コードの実施状況、あるいは、これが企業 うなこととも関連しますが、コーポレートガバナ お辞めになるという記事が出ていました。このよ にも、ある大企業で、人事を巡る対立から会長が もう一つ、御講演の中で、コーポレートガバナ ンスの問題に触れていただきました。今日の新聞 せいただけないでしょうか。 取り組んでいかれるのか、会長のお考えをお聞か ことも踏まえて、今後、証券界としてどのように 昔からの課題なのかもしれませんが、このような ちになってもらわなければなりません。この点は 声を上げるだけでなく、国民各層にそういう気持 ことが重要です。また、そのためには、証券界が て、広く訴えていく必要があると考えています。 の で す。 こ の こ と を、 実 際 の 活 用 の 仕 方 も 含 め を作るための手段として活用することができるも じて、少額からでも投資ができ、まとまったお金 す。しかし、例えば、NISA制度は、これを通 税制の特典が伴うような制度改正を提言します と、すぐに「金持ち優遇」という批判が出てきま るための投資教育が重要と考えています。 関しては、学校における金融リテラシーを涵養す マになるのではないかと思っています。この点に その際、「投資」という言葉に伴う偏見や思い 込みをいかに排除していくか、これが大きなテー させていかなければならないと考えています。 稲野 一つ目については、いろいろな機会を使い ながら、証券界の考え方を国民の幅広い層に浸透 ― ― 32 ど、一つ一つの制度をしっかりと作り上げていく て、会長の御感想をお聞かせいただければと思い 二つ目のコーポレートガバナンスに関する企業 側 の 状 況 で す が、 企 業 側 の 問 題 意 識 は 非 常 に 高 ます。 証券レビュー 第56巻第5号 〇一五年には圧倒的に増加し、二〇一六年はさら まっていますし、社外取締役の導入企業数も、二 はずだということを、あえて申し上げておきたい ことによって、見過ごしてはならないものがある います。あまりにも外部規律に焦点を当て過ぎる (いなの かずとし・日本証券業協会会長) 本稿は、平成二八年四月八日に開催した講演会での講演 (の要旨を整理したものであり、文責は当研究所にある。) 最後に拍手をお願いいたします。(拍手) それでは、稲野会長、今日はお忙しいところ、 本当にありがとうございました。 増井理事長 そのほかに何か御質問はございます でしょうか。 と思います。 に増加する見通しです。 コーポレートガバナンス・コード、スチュワー ドシップ・コードを踏まえ、さまざまな枠組みが 整備されることによって、企業経営に規律が働く 入によるガバナンスの強化、機関投資家との対話 を通じた規律付けなども重要であると考えていま す。 しかし、ここで注意しなければならないのは、 日本では、外部圧力による規律を理想化しがちで あるということです。外部からの規律こそが企業 を正しい方向に導くとまで言われますと、それは 少し違うのではないかと思います。外部規律だけ に頼ることはできませんし、むしろ、外部規律の 前に内部規律が働くのが正常な姿であると考えて ― ― 33 というのは良い姿だと思います。社外取締役の導 NISAが拓く資産形成の新時代 証券レビュー 第56巻第5号 稲 野 和 利 氏 略 歴 昭和51年3月 東京大学 法学部 卒業 昭和51年4月 野村證券株式会社(入社) 平成9年6月 野村證券株式会社 取締役 平成12年6月 野村證券株式会社 専務取締役 平成14年4月 野村アセットマネジメント株式会社 取締役社長 兼 野村ホールディングス株式会社 取締役 平成15年4月 野村ホールディングス株式会社 取締役副社長兼 Co-COO 兼 野村アセットマネジメント株式会社 取締役社長 平成17年4月 野村ホールディングス株式会社 取締役 執行役副社長兼 Co-COO 平成20年4月 野村證券株式会社 執行役副会長 平成21年4月 野村アセットマネジメント株式会社 取締役会長 代表執行役 平成23年4月 野村アセットマネジメント株式会社 取締役会議長 代表執行役 平成25年7月 日本証券業協会 会長 現在に至る 平成21年~25年 公益社団法人 経済同友会 副代表幹事 平成21年~25年 一般社団法人 投資信託協会 会長 平成21年~25年 公益社団法人 日本証券アナリスト協会 会長 ― ― 34
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