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カレント・トピックス No.16-17
平成28年5月19日
16-17号
カレント・トピックス
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構
カナダ北部における鉱業の現状
―前編:各準州の探鉱・開発動向―
<バンクーバー事務所 山路法宏 報告>
はじめに
カナダ連邦は 10 の州と 3 つの準州から構成されており、そのうち、連邦政府が立法・行政権を
持ち、自治が限定されるユーコン準州(以下、YK 準州)、北西準州(以下、NW 準州)、ヌナブト
準州(以下、NU 準州)は、全て北緯 60 度線を境にしてカナダの北部地域に位置している。3 準州
の合計面積は約 4,000,000 ㎢にも上り、カナダ全土の約 40%を占める一方で、人口はカナダ全土
の約 3.3%に当たる 118,658 名 1しかいない。人口の多くは先住民(YK 準州:25%、NW 準州:50%、
NU 準州 85%)であり、大きな産業もほとんどないため、経済貢献度はカナダ全体の GDP の 0.5%
(約 80 億 C$)程度 2となっている。そうした中で、鉱業はいずれの準州においても経済貢献の大
きい主要産業であり、一時期のコモディティ価格の高騰を背景に探鉱や鉱山開発が進んだ結果、
2014 年にはカナダ北部の GDP を 3.25%押し上げる原動力ともなったが、近年のコモディティ価格
の下落により 2015 年には 0.9%縮小すると見られている 3。
こうした中で、連邦政府及び各準州政府は鉱業活動を促進すべく、インフラ整備の強化、鉱物
資源戦略の策定、鉱業促進策の実施等を通じて北部での企業による探鉱、開発活動を積極的に支
援している。近年では、YK 準州を皮切りに、連邦政府から各準州政府への土地や資源に関する権
限の委譲(Devolution)が進み、準州政府による独自の鉱業法の制定も進んでいる。
近年のコモディティ価格の下落の影響を受けて、現時点では他の鉱業地域に比べて探鉱、開発
コストが非常に高く経済性が劣ることから、各準州での探鉱や開発活動は停滞し、いくつかの鉱
山は操業休止に追い込まれている。しかしながら、鉱物資源ポテンシャルは高く、また途上国と
比べて地政学的なリスクも比較的小さいことから、インフラの整備が進み、市場が再び盛況を取
り戻した時には、再び北部地域での探鉱・開発が活発化する可能性もある。
そこで、本稿では、前編にて各準州における鉱山操業や探鉱活動の現状を紹介し、後編にて連
邦政府による北方政策や各準州政府による鉱業促進のための政策や取り組みについて紹介する。
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カナダ統計局(2016 年 1 月時点)
カナダ統計局(2014 年 GDP)
PDAC2016 期間中に開催されたカナダ北部投資セミナーでの連邦北方経済開発庁(Canadian Northern Economic
Development Agency:CanNor)の講演資料より。
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カレント・トピックス No.16-17
図 1. カナダの 3 準州
図 2. 州別の GDP における鉱業の占める割合(2014 年)
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カレント・トピックス No.16-17
(出典:CanNor)
図 3. カナダ北部の天然資源開発プロジェクトとインフラプロジェクト(2016 年 1 月 5 日時点)
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カレント・トピックス No.16-17
1. 各準州の探鉱・開発動向
1-1 YK 準州
カナダ政府は、1895 年に当時の北西準州の中で Yukon という地名を付け、恒久的な権威を確立す
べく動き始めていたが、1896 年に Klondike 地方で金鉱が発見されると、一攫千金を狙う人々が大
挙して押し寄せてゴールドラッシュが始まったことで人口が急増したため、カナダ政府は動きを
加速させ、1898 年に NW 準州から分離して YK 準州を設立した。そのため、YK 準州の歴史は鉱業と
共にあり、したがって同準州の鉱業は 100 年以上の歴史がある。なお、1899 年に米国 AK 州で金鉱
が発見されると人口が流出し、Klondile 地方のゴールドラッシュは終焉を迎えた。現在の YK 準州
は、48 万㎢に人口 37,193 名 4が居住しており、22 億 C$以上の実質 GDP のうち鉱業の占める割合は
約 19%(2014 年)となっていることからも、同準州において鉱業が主要産業であることが分かる。
近年は、Alexco Resource 社の Bellekeno 鉱山(銀)が 2013 年以降操業を休止しているのに
続き、2015 年 1 月には Yukon Zinc 社も Wolverine 鉱山(亜鉛、鉛、銅、銀、金)をケア・ア
ンド・メンテナンス状態としたため、現在 YK 準州で稼働する鉱山は Capstone Mining 社の
Minto 鉱山(銅、金、銀)だけとなっている。Minto 鉱山では、2015 年 8 月に操業用の水ライ
センスを取得し、2016 年第 2 四半期にはミル選鉱を開始する高品位の Minto North 鉱床からの
生産によって、Minto 鉱山での 2016 年の銅生産量は 2015 年の生産量 16,500t から 27,000t と
大幅に増加する見通しだが、金属価格の低迷の影響を受けて、2016 年 8 月に Minto North ピッ
トの採掘が終了し、2017 年第 1 四半期に貯鉱の選鉱も終了した後は、同鉱山も操業を休止する
ことが発表されている。
一方で、休山中の Bellekeno 鉱山では周辺探鉱で新たな鉱床が発見されたほか、現在ユーコ
ン環境社会経済評価委員会(Yukon Environmental and Socio-economic Assessment Board:
YESAB)の審査中である Western Copper and Gold 社の Casino(銅、金)、Kaminak Gold 社の
Coffee(金)、Victoria Gold 社の Eagle(金)、Chihong Canada Mining 社の Selwyn(亜鉛、
鉛)、North American Tungsten 社の Mactung(タングステン)等開発に近い後期探鉱プロジェ
クトもある。しかし、Selwyn プロジェクトについては、2016 年 2 月に年内の許認可プロセス申
請を保留することが発表され、2014 年 9 月に YESAB の承認を得た Mactung プロジェクトにおい
ても、2015 年 6 月に North American Tungsten 社が日本の民事再生法に相当する企業債権者整
理法(Companies' Creditors Arrangement Act:CCAA)を申請したことで開発が頓挫している 5。
こうした操業・開発動向から、YK 準州は 2013 年から 3 年連続でマイナス成長となっている。
2015 年は、YK 準州には 85 の探鉱プロジェクト 6があったが、ボーリング調査を実施したの
は 16 プロジェクトしかなく、1 百万 C$以上の探鉱費を投じたプロジェクトは 11 プロジェクト
にとどまったため、探鉱支出額も 2014 年の 1 億 C$から 73 百万 C$(推定値)へ減少した。これ
は、Selwyn-Chihong Mining 社の Selwyn プロジェクトでの探鉱支出額が 2014 年の 32 百万 C$か
ら 7.4 百万 C$まで減少したことが最大の要因である。この傾向は 2016 年も続くと見られ、2016
年の探鉱支出計画額は更に少ない 56 百万 C$となっている 7。
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カナダ統計局(2016 年第 1 四半期)
2016 年 11 月 19 日、NW 準州政府が YK 準州に NW 準州にまたがる Mactung プロジェクトの鉱物権に対するリース権を取
得し、監視者の下で行われる環境面でのケア・アンド・メンテナンス活動に対して資金供給を行うと発表した。
砂鉱(placer mining)を除く。砂鉱は、2015 年は 12 月 15 日までで 70.3 百万 C$に相当する 59,830oz の粗鉱が生産さ
れ 2014 年の 58,700oz を超えた。これは、原油等エネルギー価格の下落による燃料費の減少や米ドル高が大きく貢献。
Exploration Plus Deposit Appraisal Expenditures, by Province and Territory, NRCan(2016 年 2 月)
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カレント・トピックス No.16-17
1-2 NW 準州
NW 準州は、117 万㎢の面積に小さなコミュニティが 32 あり、人口は 2016 年 1 月時点で 44,291
名 8である。同準州の経済も YK 準州と同様に天然資源の生産に大きく支えられており、2014 年
には 37 億 C$以上の実質 GDP の約 25%を採取産業が占め、石油・天然ガスの生産を除く鉱業及
び関連サービスでも約 17%を占める。
準州内には 3 つのダイヤモンド鉱山(Ekati 鉱山、Diavik 鉱山、Snap Lake 鉱山)と 1 つの
タングステン鉱山(Cantung 鉱山)が操業していたが、Cantung 鉱山は、所有者である North
American Tungsten 社が 2015 年 6 月に BC 州最高裁判所を通じて企業債権者整理法(CCAA)を
申請し、YK 準州の Mactung プロジェクトと共に売りに出されたものの応札額で折り合わなかっ
たため、同年 10 月下旬に操業を休止し、11 月からケア・アンド・メンテナンス状態となって
いる。また、De Beers 社が操業する Snap Lake 鉱山も、坑内掘りで年間に 2 か月しか操業でき
ないという高コスト体質や、Snap 湖の下部に鉱床が存在することによる地下水問題、ダイヤモ
ンド価格の下落等の問題から、2008 年の生産開始以来一度も利益を出せないまま、2015 年 11
月に操業を休止した。そのため、現時点では Ekati 鉱山と Diavik 鉱山の 2 つのダイヤモンド鉱
山のみが操業を行っている。
一方、上記 3 つのダイヤモンド鉱山が位置する地域では、Snap Lake 鉱山の南東 80km に位置
する Gahcho Kué ダイヤモンドプロジェクトが、De Beers 社(51%)と Mountain Province
Diamonds 社(49%)の共同事業として 2016 年第 2 四半期の生産開始に向けて開発が進められ
ているほか、数多くのダイヤモンド探鉱が行われている。また、金属鉱物でも、Avalon Rare
Metals 社の Nechalacho レアアースプロジェクトや Canadian Zinc 社の Prairie Creek 亜鉛・
鉛・銀プロジェクト、Fotune Minerals 社の NICO 金・コバルト・ビスマスプロジェクト等、NW
準州の中央及び YK 準州との州境に近い南西部を中心に多くの探鉱が行われている。
NW 準州における 2015 年の探鉱支出額(推定値)や 2016 年の探鉱支出計画額 9は 2014 年とほ
ぼ同額の約 1 億 C$で推移しており、探鉱投資額の面では金属やダイヤモンド価格の低迷の中で
も 継 続 的 に 投資 が 行 われ て い る が 、2015 年に 準 州 内 で 新た に 取 得さ れ た のは 21 鉱 区
(20,329ha)とかなり低い水準にとどまり、2014 年の 412 鉱区(343,012ha)から大幅に減少
していることから、初期探鉱への投資は減少し、投資額は既存鉱山の拡張や開発プロジェクト、
探鉱後期のプロジェクトが牽引していることが伺える。
NW 準州の鉱山を表 3、主な探鉱プロジェクトを表 4 に示す。
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カナダ統計局(2016 年第 1 四半期)
Exploration Plus Deposit Appraisal Expenditures, by Province and Territory, NRCan(2016 年 2 月)
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カレント・トピックス No.16-17
1-3 NU 準州
NU 準州は 1999 年に NW 準州より分離されて誕生した非常に若い準州である。カナダ全体の 5
分の 1 を占めカナダ最大となる約 204 万㎢の面積がありながら、その多くが北極圏に位置する
過酷な生活環境から、人口は 2016 年 1 月時点において国内で最も少ない 37,174 名 10に過ぎな
い。YK 準州や NW 準州と同様に、同準州の経済における鉱業の貢献は大きく、2014 年には約 20
億 C$の実質 GDP の約 17%を鉱業及び関連サービスによって生み出している。そのため 2015 年
は、近年の資源価格の低迷の影響を受けたことに加えて、更に Baffinland 社の Mary River 鉄
鉱石鉱山の開発完了によって NU 準州の経済活動の約 13%を占める建設業界が約 5 分の 1 も縮
小したことで、NU 準州の経済成長に悪影響を与えた。2015 年には Mary River 鉄鉱石鉱山から
欧州市場に向けて鉄鉱石が初めて出荷されたが、一方で Agnico Eagle 社が操業する Meadowbank
金鉱山の生産量が前年比で約 16%減少した穴を埋めることはできず、NU 準州の実質 GDP は
0.8%減少した 11。
NU 準州では、2010 年に生産を開始した Agnico Eagle 社の Meadowbank 金鉱山に続いて、2015
年夏に Baffinland 社の Mary River 鉄鉱石鉱山から欧州市場に向けて鉄鉱石が初めて出荷され
たため、2015 年の鉱業生産高は 8.8%上昇した。しかし、Meadowbank 鉱山は 2018 年第 3 四半
期に閉山予定であり、2016 年以降は徐々に生産量が減少することから、2016 年は 3.6%減少す
ると予想されている 12。
一方で、Meadowbank 鉱山の衛星鉱床である Amaruq 鉱床が 2019 年にも生産を開始する可能性
があり、2016 年には 26 百万 C$を投じた試錐が予定されているほか、許認可プロセスに向けて
エンジニアリング調査や環境調査が進められている。Amaruq 鉱床から採掘された鉱石は
Meadowbank 鉱山の選鉱場で処理する計画であり、それにより Meadowbank 鉱山のマインライフ
は数年延長される見込みである。また、2020 年の生産開始を目指す Agnico Eagle 社の
Meliadine 金プロジェクトも近く許認可が得られる見込みで、2016 年には坑内の開発に焦点を
当てた 96 百万 C$の資本支出が計画されている。2017 年の生産開始を目指して開発が進められ
ている TMAC Resources 社の Hope Bay 金プロジェクトなども含め、2015 年には、金 10、ベース
メタル 4、鉄鉱石 1、ウラン 3、ダイヤモンド 11 の合計 29 のプロジェクト(鉱山含む)で活動
が行われた。NU 準州における 2015 年の探鉱支出額(推定値)は 215.1 百万 C$と 2014 年の
158.0 百万 C$に比べて大幅に増加したが、これには Mary River 鉱山の開発投資額が大きく貢献
しており、2015 年に開発は完了していることから、2016 年の探鉱支出計画額
13
は 109.9 百万
C$と大幅な減少が見込まれている。
NU 準州の鉱山を表 5、主な探鉱プロジェクトを表 6 に示す。
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Statistics Canada 人口統計(2016 年第 1 四半期)
Territorial Outlook Economic Forecast, Winter 2016, The Conference Board of Canada
Territorial Outlook Economic Forecast, Winter 2016, The Conference Board of Canada
Exploration Plus Deposit Appraisal Expenditures, by Province and Territory, NRCan(2016 年 2 月)
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カレント・トピックス No.16-17
まとめ
いずれの準州においても、近年のコモディティ価格の影響を大きく受け、複数の鉱山の操業停
止が相次いでいる。一方で、インフラ不足や過酷な環境によるコスト高である中で、金、銅、鉄
鉱石を中心に高品位の鉱床も多く見つかっており、そうしたプロジェクトでは資金が調達でき、
引き続き探鉱・開発活動が活発に行われており、5 年以内に生産開始を計画するプロジェクトも複
数存在している。民間調査機関である Fraser Institute 社が毎年行っている世界各国、各州にお
ける鉱業投資環境調査のレポートの最新版「Survey of Mining Companies 2015」 14によれば、純
粋な資源ポテンシャルを示すベストプラクティス環境下での地質ポテンシャル指数(Best
Practices Mineral Potential Index) 15において、対象とした全 109 の国・州の中で YK 準州が第
4 位(カナダ国内で第 1 位)、NW 準州が第 21 位、NU 準州が第 8 位と非常に高い評価を受けてい
る。僻地や遠隔地であることから経済性の観点ではマイナス要素も多いが、近年は鉱業が発展し
た地域で高品位な鉱床を発見することは難しくなっている中で、カナダ北部では今後も新たな大
規模高品位鉱床が発見される可能性もあり、資源ポテンシャルの点においては将来の鉱業投資先
の候補となり得る地域であると思われる。
後編では、そうした資源ポテンシャルを最大限に引き出すための取り組みとして、連邦政府や
州政府等が進めている、又は検討している鉱業政策や戦略策定、刺激策について紹介する。
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https://www.fraserinstitute.org/sites/default/files/survey-of-mining-companies-2015.pdf
投資環境があらゆる面(規制、環境、税務等)で最高の状態であると仮定した場合の鉱物資源のみの状況でみた投資
可能性を示す指数。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報を
お届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結に
つき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等す
る場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
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