世界を知る! 一人旅のすすめ

ユニセフ大阪通信 2016年5月15日
シリーズ この人に聞く 第 5 回
世界を知る!
一人旅 のす すめ
地球の広報・旅人・エッセイスト
たかの てるこさん
青い空の下、
緑の大地で、
羊とヤクを放牧中のチベットファミリー。
大らかで自然体の笑顔がまぶしい!
(※大阪ユニセフ協会ホームページでカラー写真がごらんになれます)
大阪府豊中市出身。大学在学中の 20 歳のときに、海外への
一人旅に目覚める。旅先では、現地の人と仲良くなり、ふつうの
お宅に招かれ、食事をふるまわれ、宿泊させてもらうことも多く、
旅のモットーは「世界中の人と仲良くなること!」
。
映 画 会 社 OL 時 代 を含め、 これ まで 訪 れ た 国 は 60 カ 国。
2011 年に 18 年間の OL 生活を卒業し、現在はラブ&ピースな
地球の広報 として幅広く活躍中。著書には『ガンジス河でバ
タフライ』
『サハラ砂漠の王子さま』
『モロッコで断食』など多数。
旅の基本は、 一人旅 で、プランを立てない 行き当たりバッタ
リ という、
いわば 純粋感性派 。今回は『ダライ・ラマに恋して』
(文庫版 2007 年)で描かれているチベットエリア(主に北イン
ドのラダック地方)の旅を中心にうかがいました。
だと感じられて、価値観が 180 度ひっくり返ったんです。自分は
ブサイクでデブで金もないから襲われないし、方向音痴だからこ
そ人との出会いがあるんだなぁと思えてきて。
長所と短所はイコール。直そうと思っても直せないものが自分の
個性なんだから、伸ばすしかない!と開き直ることができたんです。
一人旅に出たおかげで、何でも“好意的に誤解”できるようにな
りましたね。自分がここまで変わることができたから、
「広い世界
を見れば、違う考え方ができるようになるよ」ということを伝えて
いきたいと思っています。
その国のつらい歴史を思う
─旅先でたくさんの人との出会いがありますが、失敗談を少し。
─海外への旅を始めたきっかけはなんですか。
私はずっと“浪速のゴッドねえちゃん”風のキャラクターだった
んですが(笑)、本当はコンプレックスの塊で、そんな自分を変え
たいと思っていました。20 歳のとき、ありったけの勇気を振り絞っ
てアジア一人旅に出たら、短所だと思っていたことが、全部長所
─4─
ロシアを旅したとき、渋い顔立ちのおじいちゃんの写真を撮り
たいと思って、
「すみません、お写真を……」と言いかけただけで、
般若みたいな顔で「ニエット(NO)!」って怒られたんです。若
い人は快くOKしてくれるんですが、年配の男性の拒絶が凄まじく
て。初めは心をへし折られたんですけど、よくよく考えたら、家族
ユニセフ大阪通信 2016年5月15日
を守るためなんですね。旧ソ連の国々は、独裁者スターリンの大 「未来は良くなる!」と信じる
粛清
(自分に反対する人々を処刑し、犠牲者は3千万人といわれる) ─たかのさんはすぐに現地の人と仲良くなれます。日本人は心
があって、人を信頼する気持ちが断ち切られてしまった歴史があ
の垣根を取り払うのが苦手ですが、秘訣はなんですか。
るんです。
みんな、同じ人間だ!と腹の底から思うことですね。世界中の人
私が今こういう人間になっているのも、全部理由や原因があり
はみんな、ごはん食べてクソして寝ているだけで、やっていること
ますよね。生まれたばかりの赤ちゃんは、人を疑う気持ちもなけ
は同じですから(笑)
。
れば、人と争いたいとも思ってない。置かれた環境がそれぞれを
旅に出るようになってから、世界中どこの国の人もみんな、私と
つくっている。その国がその国になったのにも、全部理由がある。
同じように、笑ったり、ごはんを食べたりする同じ人間で、彼らと
彼らの「知らない人とは関わらない」という警戒心は、過去の歴
私の差は、単に生まれた国が違っただけのことだと思えるようにな
史のトラウマでもあるんです。つらい歴史のあった国の人たちが他
りました。そうは言っても、初めての国を旅するときは、今も毎回
者を信頼する気持ちを取り戻すには、もう少し時間がかかるなぁ
めちゃめちゃ緊張するんですが(笑)
。
と思いました。その国やその人がなぜ今の状態になったのか、そ
の国の歴史やその人の歴史にもっと思いを馳せれば、世界中の人
─世界の平和を実現するために、先進国に暮らす私たちは何
たちはもっと互いを理解し合えるように思います。
をすればよいと思いますか。
「未来は良くなる!」と信じることだと思います。海外を旅できる
自由とか選挙とか、人類はやっとのことでいろんな自由を手にして
モノはないけど時間はたっぷり
きたのに、
「世の中はどんどん悪くなっている、昔は良かった」と
─たかのさんの訪れたチベットエリアでは、人々の穏やかな暮
言う人が多いですよね。たとえば 70 年前、戦争反対のビラを配っ
らしぶりが印象的です。彼らがもっとも大切にしているものはな
ただけで特高(特別高等警察)にしょっぴかれて拷問されたおじ
んでしょうか。
いちゃんのドキュメンタリーなどを見ると、70 年前は「人権」とい
私たちは神社仏閣でお参りするとき、自分の願いごとや家内安
う概念がなかったんだなぁとつくづく思います。今だって問題はた
全を祈りますよね。私が現地の人たちに、
「お寺でいつも何を祈っ
くさんあるけど、
「戦争反対」のデモをしても捕まりはしませんから。
ているの?」と聞くと、彼らはみんな口を揃えて「生きとし生ける
私は大学の授業でも、学生たちに「大丈夫! 過去よりも今の
ものの、すべての幸せだよ」と答えるんです。
ほうが良くなっているし、未来はもっと良くなるから」と言うんです。
ラダックで意気投合した学校の先生カルマに、
「私も自分の願
大人がそう言ってあげないと、若い人が未来に希望が持てないじゃ
いごとをした後、世界の平和も祈っているんだけど……」と言うと、 ないですか。
「昔は良かった」病は老害じゃないかと。
「女は勉強
彼に「自分の願いごとをする必要はないよ。世界の平和には、き
なんてせず結婚して家事だけしてろ」みたいな感じで、昔は旅にも
みのことも含まれているんだ。世界が平和になれば、きみも自動
出られなかったことを思うと、絶対に今のほうがいいし、
「世界は
的に幸せになるのに、どうして自分ひとりだけ幸せになろうとする
良くなっている」と思わないと私は生きていけないです。みんなが
んだい? きみと世界中の人の幸せはつながっているんだよ」と 「未来は良くなる!」と信じて、自分にできることをやっていくのが
言われ、目からウロコがぼたぼた落ちました。
ベストだと思います。
私がひとりでは幸せを感じることができないように、他の人だっ
て自分ひとりでは幸せを感じることはできない。私の幸せは、他
─最後に、たかのさんにとって「いちばんの幸せ」ってなんですか?
の人の幸せとも密接につながっている!と腹の底から思ったんです。 「なんにでも感謝できる自分になったこと」がいちばんの幸せで
この旅に出るまで、
「いい男と出会いますよう」とか「いい仕事
すね。18 年間勤めた会社を辞める決意をするまで、食べていける
が来ますよう」とか、さんざん私利私欲を祈ってきましたが(笑)、 か心配で悩みまくりましたが、勇気を振り絞って会社を辞め、今ま
ラダックを旅して以来、
「いいことをしていれば、ちゃんといいこと
でしがみついていたステータスとか給料とか執着を全部手放した
が起きるから、自分の願いごとをする必要がないんだ!」と思え
ら、幸せだけが残った気がします。
るようになりました。日本もお正月になると、何千万もの人が初詣
会社員時代、仕事は楽しくやっていたんですが、休みはほとん
に行きますが、みんなが自分の願いごとではなく、世界の幸せを
どないし、一日 200 回くらい電話がかかってくるような生活で。自
祈れるようになればいいなぁと思いますね。
分は恵まれているんだから幸せに思わなきゃいけないと頭では分
かっていても、あまりの忙しさで、給料をもらっても(こんなに働
いているワリには少ねぇし!)とか思って心がやさぐれていました。
ラダックには本当にモノがなくて、肉も魚もなければ野菜の種
ところが、独立後は(
“旅人“の私にお仕事をいただけるなんて
類も少ないし、高地なので空気も薄くて酸素も足りないんですが、 有難い!)と感謝がこみ上げてきますし、なんにでも感謝できるよ
人と人のつながりだけが濃いんです(笑)。
うになったので、今は本当に幸せです。
すべてがナイナイづくしでも、自分たちの口に入れる物は、食
私の“ 旅 好き” という特 徴 が、
べ物も薬もすべて手作り。そんな彼らの暮らしに寄り添っている
会社にいるときは一番の欠点だと
と、心の底から安らいでいる自分がいて。
感じていたのに、会社を辞めた途
ふだんの私は、自分で畑を耕さなくても、料理を作らなくて
端、最強の長所になりました。幸
も、スーパーとコンビニさえあれば生きていけます。でも、もしか
せを感じられないとき、人生がう
したら私の生きている世界は、自分たちで欲望を懸命に作り出し
まくいかないときは、場所を変えて
て、それに懸命に応えようと頑張っているだけなのかもしれない
みるのが一番だと思います。自分
なぁと思えてきて。何もかもが少ないけれど、あるものを大事にし
が自由でいられて、自分のことを
て、家族や友だちと過ごす時間がたっぷりある彼らのほうが、私
好きでいられる場所に。
よりもはるかに人間らしく生きているように思えて。
ラダックを旅して以来、食事はなるべく手作りするようになりま
したし、友だちや家族と過ごす時間を大事にしようと思えるよう
「ダライ・ラマに恋して」
(幻冬舎文庫)
たかのてるこ著
になったので、彼らのていねいな暮らしに影響されていますね。
─ラダックのファミリーの様子は、ほのぼのとしていますね。
─5─