公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 1 2016 年5月 19 日 熊本地震による九州経済への影響 公益財団法人 九州経済調査協会 調査研究部 総括:熊本地震による九州経済への影響について 2016 年4月 14 日のマグニチュード 6.5 の地震を前震、続く4月 16 日のマグニチュード 7.3 の地震を本震とする熊本地震により、多くの人命が失われ、未だに多くの方々が避難所 生活を余儀なくされている。また、熊本県央を中心として建物や社会資本インフラ等の損 傷も激しく、経済活動も停滞した状態にある。今現在、復旧に向け懸命の努力がなされて いるところであるが、1日も早い復旧・復興を祈念してやまない。 このように経済活動にも深刻な影響を及ぼしている状況を鑑み、当会では熊本地震によ る九州経済(沖縄県含む)への影響を整理した上で、定量化が可能な影響について限られ たデータから GRP(九州域内で生産されるモノやサービスの付加価値及び最終需要)への 影響を推計・試算することとした。 なお、熊本地震による九州経済に対する短期的な影響は、下記の5点に集約されるとみ る。 熊本地震による九州経済への影響 ①資本ストック(製造業・農林水産業関連)等の損壊による生産活動の停滞 ②製造業のサプライチェーン寸断に伴う九州地域(熊本県除く)の生産活動の停滞 ③消費マインド低下等に伴う消費活動の停滞 ④九州域外からの宿泊客減少に伴う観光消費の低迷 ⑤被災地域における復旧・復興需要による九州経済への影響 本稿は、この①∼⑤の影響のうち、現段階で定量化が可能な①∼④の影響について試算 したものである。なお、⑤の復旧・復興需要については、現段階で国・県により補正予算 が組まれているものの、進捗ベースで最終需要として顕在化するタイミングが不透明なた め、今回の推計には含んでいない。 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 2 2016 年度中の九州経済への影響は約 2,600∼3,700 億円 今回の熊本地震による直接的な被害は熊本県が中心ではあるが、観光をはじめ、サプラ イチェーンを通じ、その影響は九州全域に及び、九州全体で GRP は 2016 年度中だけで約 2,600∼3,700 億円程度減少すると見込まれる。この額は九州の GRP(2012 年度実績値)の 0.5%から 0.7%に相当する(表1)。 表1 熊本地震による九州経済への影響(2016 年度中) 影響額(GRPベース) (億円) 1.資本ストック(製造業・農林水産業関連)等の 損壊による生産活動の停滞 影 2.製造業のサプライチェーン寸断に伴う九州地域 響 (熊本県除く)の生産活動の停滞 GRP比 ▲230 ∼ ▲640 ▲0.04% ∼ ▲0.12% ▲120 ∼ ▲390 ▲0.02% ∼ ▲0.08% ▲1,900 ∼ ▲2,300 ▲0.37% ∼ ▲0.44% の 内 3.消費マインド低下等に伴う消費活動の減退 容 4.九州域外からの宿泊客減少に伴う観光消費の低迷 計 ▲360 ▲2,610 ∼ ▲3,690 ▲0.07% ▲0.50% ∼ ▲0.71% 注)1.影響額はいずれも固定基準年⽅式による 2005 年基準実質値 2.GRP は固定基準年⽅式の 2012 年度実質値 3.九州には沖縄県を含む 九州の総意として被災地の 創造的復興 を 今回の熊本地震については、現段階において、復旧・復興に要する期間が不透明なため、 影響期間の長短による幅を持たせて影響額を推計している。当然ながら、影響する期間が 長くなるほど生産額等が減少する期間も長くなり、経済的にマイナスとなる金額は大きく なる。その点から、経済的な影響を可能な限り小さくするためには、迅速な復旧・復興に より、住民生活のみならず企業・事業所等の経済活動を平常化することが何より必要であ る。 そして、直接的な影響のみならず、熊本城や阿蘇をはじめ、九州観光の重要な資源とな っている多くの歴史的文化施設や自然環境が地震によって被害を受け、九州の周遊型観光 が大きなダメージを受けるなどしたほか、中九州地域の被害で北部九州と南九州が分断さ れ、九州全体の生産、流通が滞るなど、九州における交通の要衝としての重要性が再認識 されることとなった。 こうした被害の状況を鑑み、熊本県の「くまもと復旧・復興有識者会議」の緊急提言に 即して、 「戻すだけではなく、より良いものを創る」という 創造的復興 を、九州全体の総 意として実現せねばらない。 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 3 1.資本ストック(製造業・農林水産業関連)等の損壊による生産活動の停滞 製造業の資本ストック被害額を約 6,400 億円と想定 一般的に、生産活動の大小は資本ストック(企業の設備等)と労働投入量により規定さ れる。したがって、資本ストックの損壊は直接的に生産活動の停滞に繋がる1。 そこで、熊本県と大分県の製造業民間資本ストック額に、熊本県及び大分県市区町村別 の毀損率を乗じて、熊本地震により損壊した製造業資本ストック額を推計した。市区町村 別の毀損率は、過去の地震で観測された地点別の震度と毀損率のデータ(気象庁)から想 定している。この方法により試算した結果、製造業の資本ストック被害額は 6,400 億円とな った。この額は、熊本県の製造業民間資本ストック 4.3 兆円(2011 年度 推計値)2の 14.8% に相当する。 製造業の生産減少額は最大で 540 億円減少 資本ストック損壊による生産活動の減少額については、図1に示した考え方で捉える。 つまり、資本ストックの損壊によって地震発生当月は生産が大幅に減少し、その後、徐々 に回復すると想定する捉え方である。地震前の水準に回復するまでの期間については、2011 年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)や 2004 年の新潟県中越地震、1997 年の兵庫 県南部地震(阪神大震災)発生前後の東北・北海道地方、新潟県、兵庫県の鉱工業生産指 図1 資本ストックの損壊による生産活動への影響額のイメージ 資本ストックの 損壊による⽣産減 ⽣産動向 地震発⽣ 時間経過 1 2 資本投入量と労働投入量を説明変数とする生産関数にはレオンチェフ型生産関数を想定して推計した。 内閣府都道府県別経済財政モデル・データベースによる都道府県別の製造業民間資本ストックに基準年変換を施した 推計値 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 4 図2 主な大地震時の被災県・地方における鉱工業生産指数(IIP)の動き 基準期間平均︵= 100.0 ︶とした場合の⽣産指数 100 兵庫県IIP 新潟県IIP 東北北海道IIP 70.0 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 地震発⽣からの経過⽉数 13 (カ⽉後) 注)1.兵庫県IIPの基準は1996年、新潟、東北北海道は地震発⽣前の12カ⽉単純平均。 2.東北北海道のIIPは2005年の製造品出荷額をウエイトにした各地域ブロックIIPの加重平均して作成 資料)兵庫県、新潟県、東北経済産業局、北海道経済産業局より九経調作成 数の動きを参考に、3カ月(阪神大震災)とするケースと約1年(東日本大震災、新潟県 中越地震時)とするケースを想定した(図2) 。 その結果、製造業の生産額(付加価値額)は、3カ月ケースで 170 億円、1年を要する ケースでは 540 億円減となった。 農林水産業関連施設・資産等の損壊により農林水産業の付加価値額は 60∼100 億円減少 農林水産業関連の施設や作物、家畜等を含む資産の被害額は、熊本県で 1,345 億円(2016 年5月 17 日現在)、大分県で9億円(同年5月9日現在)となっている3。このような農林 水産業関連の資本ストック等の損壊により、製造業と同様、農林水産業の生産活動も停止・ 停滞が余儀なくされる。その影響の把握も、農林水産業関連施設等の損壊で地震発生当月 は生産が大きく減少し、その後、徐々に回復するという想定の下で行った。ただし、影響 が続く期間は、資本ストックに農道や林道など公共部門の社会資本インフラを含むことか ら、製造業より全面復旧には時間を要すると考えられるため、1∼2年と設定した。 以上の方法、考え方により農林水産業の生産減を試算した結果、その減分は 60∼100 億 円減となった。(2013 年度における熊本県農林水産業の総生産4:2,106 億円) 3 4 内閣府都道府県別経済財政モデル・データベースによる都道府県別の農林水産業民間資本ストック及び社会資本スト ックに基準年変換を施した 2011 年度における農林水産業関連の総資本ストックは熊本県約5兆円、大分県約4兆円 (2005 年基準 推計値) 連鎖方式による実質値 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 5 2.製造業のサプライチェーンの寸断に伴う九州(熊本県除く)の生産活動の停滞 九州他県の製造業生産額も最大 390 億円減 熊本県内における資本ストック損壊等による生産活動の停滞の影響は、サプライチェー ンを通じ、県域を超え、熊本県外の製造事業所にも波及すると考えられる(図3)。その大 小は、各地域の製造事業所における熊本県産の原材料や部品などの利用率の高低に規定さ れる。 そこで、熊本県を除く、九州地域における製造事業所の生産額に対する熊本県内製造事 業所が生産する原材料・部品の利用率を、平成 23 年熊本県産業連関表や国土交通省「貨物 純流動調査」等から算定し、この利用率を熊本県以外の九州地域における製造業生産額(付 加価値額)に乗じた値をサプライチェーンの寸断による九州他県の製造事業所への影響額 とみなすこととした。つまり製造の過程で使用する熊本県産の原材料・部品利用率が高い ほど影響も大きくなるという考え方である。 なお、影響期間は製造業資本ストック損壊による生産への影響推計の場合と同様に、3 カ月∼1年と想定した。 以上の考え方、方法により推計した結果、生産額の減少分は 120∼390 億円となった。 図3 被災地事業所の生産停止・縮小によるサプライチェーンを通じた他地域への影響イメージ 波及経路 ① ① ②部材等納入先生産停止・縮小 →② 九州内他県事業所 ① 道路網等寸断 ※熊本県内事業所が納入先である場合 の影響は統計制約上試算できず 熊本県被災事業所 ①生産停止・縮小 もちろん、サプライチェーンの寸断は、熊本県内の製造事業所の損壊によるものだけで はない。県や市町村が管理する熊本県内の道路や橋など公共土木施設の被害額だけで少な くとも 1,710 億円となるなど、中九州の熊本県と大分県に大きな被害があり、そのため、九 州の南北を繋ぐ交通網が利用できず、南九州と北部九州で操業する製造事業所間のサプラ イチェーンにも影響があったものと考えられる。しかしながら、今回は統計データ等の制 約上、熊本県内から原材料・部品等を調達するサプライチェーンの寸断のみを計測対象と している。 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 6 3.消費マインド低下等に伴う消費活動の停滞 民間消費は 1,900∼2,300 億円減 地震による消費活動への影響を具体的な現象として考えた場合、熊本県を中心とする被 災地住民の将来不安や、東日本大震災時のような消費自粛ムード等によるマインドの低下 と不要不急の消費活動の減退に加え、現実的に避難所暮らしを強いられている住民の消費 活動の減退等が挙げられよう。 このような消費活動への影響についても、上記の資本ストック損壊による生産への影響 と同様に、地震発生当月にマイナスが最大となり、その後、回復に向かうとの想定で推計 することとした。 消費活動への影響額は、内閣府の地域別支出総合指数(RDEI)地域別消費総合指数によ り月次別に配分した GRP ベースの民間最終消費支出が、内閣府九州地域景気ウォッチャー 調査消費動向関連(水準)DI に連動して推移すると考え、4月の民間最終消費支出を推計 した。 回復期間については、新潟県中越地震、東北地方太平洋沖地震前後の消費総合指数の動 きから、最短で2カ月、最長で4カ月と想定した(図4) 。 以上の方法で影響を試算したところ、九州の民間最終消費支出額は 1,900∼2,300 億円減 少する結果となった。 図4 東北地方太平洋沖地震、新潟県中越地震時における被災県・地方の消費総合指数の動き 地震発⽣直前⽉︵= 105.0 100.0 ︶とした場合の消費総合指数 100 95.0 東北 新潟 90.0 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 地震発⽣からの経過⽉数 注)3カ⽉移動平均 資料)内閣府「地域別⽀出総合指数(RDEI) 」より九経調作成 8 9 10 11 12 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 7 4.九州域外からの宿泊客減少に伴う観光消費の低迷 九州地域外からの宿泊旅行客による観光消費は最大 360 億円減 九州では地震発生直後から宿泊キャンセルが相次いだ。また、九州観光の要となる熊本 県・大分県が大きな被害を受けたことで、九州周遊型の観光商品の魅力が低下するなど、 その影響は熊本県、大分県のみならず九州全域に拡大している。(一社)九州観光推進機構に よるとゴールデンウィークまでで 70 万件を超える宿泊キャンセルが発生しているとのこと であり、宿泊者数の減少によって観光消費額も大幅な減少が避けられない。 観光消費額への影響(観光消費額の減少分)の推計は、延べ宿泊者数の減分に観光消費 単価を乗じて算定する。延べ宿泊者数の減少については、当会が毎四半期、観光関連施設 等へのアンケートから作成している九州観光 DI をもとに予測した。影響期間は、同アンケ ートで地震の影響が続く期間に関する設問に対する回答率が最も高かった『夏休み前』(回 答率 29%)までとし、7月以降は前年水準まで回復すると想定している。 このような考え方で延べ宿泊者数への影響を予測したところ、前年同期比 230 万人減と なった(図5)。そのうち、九州地域外からの宿泊客数分は、観光庁「宿泊旅行統計調査」 の九州を主目的とする宿泊客の居住地別割合により約 140 万人と見込んでいる5。 図5 延べ宿泊者数の推移と見通し(九州) (万⼈) 2,500 実績値 推計値 前年同期実績 九州地域の延べ宿泊者数 2,000 1,500 1,000 500 2011 2012 2013 2014 2015 資料)実績値:観光庁「宿泊旅⾏統計調査」 推計値:観光庁「宿泊旅⾏統計調査」、九州観光 DI により九経調試算 5 九州地域内の日帰り、宿泊観光客の影響は、「3.消費マインド低下等に伴う消費活動の停滞」に含まれる。 4-6⽉期 1-3⽉期 10-12⽉期 7-9⽉期 4-6⽉期 1-3⽉期 10-12⽉期 7-9⽉期 4-6⽉期 1-3⽉期 10-12⽉期 7-9⽉期 4-6⽉期 1-3⽉期 10-12⽉期 7-9⽉期 4-6⽉期 1-3⽉期 10-12⽉期 7-9⽉期 4-6⽉期 1-3⽉期 0 2016 公益財団法人 九州経済調査協会 レポート 8 九州地域外からの延べ宿泊者の減少数に乗じる観光消費単価は、観光庁「旅行・観光消 費動向調査」 「訪日外国人消費動向調査」をベースに九州地域外、海外観光客別に設定した 単価を用いた。 以上の九州地域外から延べ宿泊者減少数 140 万人と1泊当たり観光消費単価により算定 した観光消費額は、2005 年基準の実質ベース合計で 360 億円減となった。 問い合わせ先 公益財団法人 九州経済調査協会 調査研究部 片山、八木 E-mail: [email protected],[email protected] ℡ : 092-721-4905
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