名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 209∼ 220頁 (2013) 第 二次世界大戦後の 日本 における失業対策事業 と保育 ―― 愛知県・ 熱田保育所 を中心 に 一一 勤 ♂κttfpOぎ仇%力 ″ケ ノ ♂ %″ ′ ン ″ W力 ″r り C浪 勿 ノ肋物物 κ ガ 》 Wろ ″ ― "ι 捻ケ η 4分 ク 勿ハウ灯ι ηИケ 脇グ ―― タッ ヮCttη ″″グ ´r◆cttκ ― 中田 ク″。/V′ 励励 照子 形″ (人 間発達学部) 概要 第二 次世界大戦直後の 日本 の産業 は戦争 によって破壊 され、都 市 は焼 け野が原 とな り住 む ところ も仕事 も失 った国民 と海外か らの引 き上げ者 による人口増加 によって、 国民 に働 き場所 を供給で きな くな っていた。失業者があふれてお り、そ の上 、親 を失 い、住 む とこ ろを失 った子 どもたちが、浮浪児 として、巷 にあふれて い た。 そ うした状 況 を打 開す るために国家プ ロジェク トとして始め られたのが失業対策事業で あ つた。そ こには、戦争 によって、親や夫 を失 った女性 も多数含 まれて い た。そ こでは、 女性 自身が働かなければ生 きて行 くことがで きない状況があ り、当然 のことなが ら、その 中には、乳幼児 を抱 えた女性 も多数含 まれていた。 こ うした女性 の労働や生 活 を支 えるた めのイ 呆育所 は当然 の要求 であった。その要求 の実現の結果 として、 日雇 い労働者 のための 県 立保育所が失業姑策事業終了 まで運営維持 されて きた。 本論文 では愛知県 にお け る失業対策事業 ・ 日雇 い事業 に関 わって きた保育所 につい て考 察 したい。 じめに `よ 失業対策事業 は、第二 次世界大戦直後生産活動がほとんど行 われていない 日本 にお い て、 膨大 な失業者が発生 し、 日本経済 は混乱 して いた。そ う した中で、1946年 2月 に「緊急 就業対策」が実施 された。 ここで は、各種土木建築事業 を実施 して失業者 を多数吸収 しよ うとした。 また、 1946年 5月 に GHQが 「 日本 は生 産 の増大 のために、雇用の吸収 を目的 とする公共事業 の実施 を原則 とす る」 よ う命 じてい る。 つ ま り、戦後、 日本の産業 は壊減的な状況 にあった上 に、海外か らの引揚者 もあ り、失 業者が巷 にあふれて い た。そこで、 失業汁策事業 だ けでは解消 で きない失業者 を対 象に、 ブラジルヘ の海外移民が奨励 された。当時のブラジルが 日本人 を受 け入れた背景 には、 資 本 主義 を基底 とす る国民国家 の市場経済が外 国人労働者 の労働力 を安 く活用 しようとす る 資本 の一 般法則が見 え隠れ して い た。 (現 在 日本 に滞在す る 日系 ブラジル人労働者 は、そ れに文化的な状況 と日本 の血統主義的な思想が加 わって、 日系 ブラジル人労働者 の現況が 209 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) ある と考え られる。 つ ま り、現在 日本 には、移 民政策 を呼べ るよ うな明示的な政策がある わ けではないが 、結果 として、資本主義市場経済の下で、安価 な労働力 として、血統主 義 的に日系 ブラジル人労働者 を外 国人労働者 として受け入れて い るのである) 公共事業 には戦争 で夫や家族 を失 った多 くの女性 も働 いてい た。子 どもがいる女性が働 くためには子 どもの保育が働 ける条件 づ くりとして重 要 で ある ことは、旧生活保護 法 の授 産施設 に保育所 の併設 を義務付 けて い ることか らも理解で きる ところで ある。 本論文 では、 これ までほ とんど検討 されて こなかった、失業汁策事業 と保育所 に関す る 資料 の保存 とその内容 について検討 したい。それを通 して、女性が家庭 外労働 に就 く場合 の保育 の必要性 を明 らかに し、今 日の待機児童問題解消 の重 要性 を考 えたい。 第 1章 失業対策事業 とは 1949(昭 和 24)年 制定 の「緊急失業対策事業法J(資 料 1)第 1章 総則でそ の 目的を「 こ の法律 は、多数 の失業者 の発生 に姑処 し、失業対策事業及び公共事業 にで きるだけ多数 の 失業者 を吸収 し、その生活の安定 を図るとともに、経 済 の興隆 に寄与することを目的 とす る」 と述 べ 、その定義 として、第 2条 で、「 この法律 で 『失業対策事業』 とは、失業者 に 就業 の機会 を与 える ことを主たる目的 として、労働大 臣が樹立す る計画及 びその定める手 続 きに従 って、国 自ら又 は国庫 の補助 により地方公共 団体が実施す る事業 をい う。 2.失 業姑策事業 は、失業者就労事業及び高齢失業者等就労事業 とす る。 3.こ の法律 で 『公共 事業』 とは、『国 自ら又 は国の負担金 の交付 を受け若 しくは国庫 の補助 によ り地方公共 団 体等 が実施 す る公共的な建設及 び復 旧の事業 をい う』」 としている。 なお、失業対策 の賃 金は、国民あるい は労働者 の生 活 の下限 とす ることとしていた。 (日 本 では、「生 活保護基 準」 も国民生活費の下限 とす ることを旨 とされて きた。 しか し、今 日、非正規 労働者 の増 加 とともに、1日 8時 間労働 して も、lヵ 月 の収入が 「生活保護費」 に満たない ワー キ ン グプアーが増加 してお り「生 活保護基準」あるいは「非正規労働者の賃金」の問題が社会 問題化 してい る) 1963(昭 和 38)年 に「失業対策運営規則」力滞1定 されてい る。 なお、 1993(平 成 7)イ こ「失業対策法 を廃止す る法律」 の 制定 によって、「失業対 策逗 営規則」 も同時 に廃止 され、54年 の歴 史に幕 を下 ろ して い る。 廃止 に当たっては、 高齢 者 の早期退職 を促す「特例援助金」 の支給等 の施策 も行 うことによって合意 を促進 して い る。 失業対策事業 は、 1960年 に約 60万 人が就労 しその数は ピー クに達 した (こ の 時期 は、 炭鉱 の 閉山が相 次 い だ時期であ った)。 失業対策事業 は、戦後 の大量失業 に対応 す るため に始め られた事業 であるが、廃止 に当たっては、上記の「特別援助金」 とともに、就業機 会 の乏 しい地域 に対 して、 「特定地域 開発就労事業」 も発足 させ てい る。 なお、2000年 に政府 は、 雇用対策事業 の進捗状況 を調査 して い る。 これ をみ る と「地 210 第二次世界大戦後の 日本における失業対策事業 と保育 域雇用姑策J事 業 の対象者 も多 く、雇用姑策における地域雇用事業 の重要性 を理解す るこ とがで きる。 第 2章 女性 と失業対策事業 戦前 ・戦中を生 きて きた 日本の女性 たちは「いえ」制度 に縛 られ、 「 い え」 を生活の中 心 とす るよう教育 されて きた。そ こでは、先ず第 1に 女工 哀史に見 られるよ うに、労働契 約 の権利 は親 にあって、本人にはなかった。女性が働 くのは「 い え」や「家族」 のための 家計補助的就労 であった。第 2に は、 明治憲法 に定 め られた「女性 の無能力制度Jで ある。 従 って、妻の財産の管理権 は夫が持 ってお り、妻 は契約す る権利 も認め られてい なかった。 第 3に は、婚姻 は親 の 同意がない と成立 しなかった。 つ まり、婚姻 届 は、父親が提 出す べ きものであ った。同時に、夫 との 関係 では、 「姦通罪」は妻 にのみ存在 した。 以上の ような男女差別 の法 の下で育 って きた女性が、戦争 によって、夫 に先立たれ、家 を焼かれて、 自らの力 によって生活 しなければな らない場合、何 の技術 も技能 も持 ち合 わ せ ないことが 多 かったことは想 像 に難 くない。従 って、子 どもを抱 えなが らも単純作業労 働 に従 事 せ ざるを得 なかった。 こ うした女性 にとって、1946年 に制定 され、 実施 された「緊 急失業対策法」 による公 共事業 は重 要 な生活手段 であった ことで あろう。 1963年 8月 に 制定 された「職業安定法及び緊急失業射策法 の一部 を改正 す る法律案Jで は、 中高年失業 者 に対 して、積極的な雇用対策 を講 じることによって、その就職 の促進 を図ることをその 目的 としたが 、その一環 として、女子就労者 を対 象 に、 「女子失業者家事サ ー ビス職業訓練」 が始め られた。その他の事業 も含めて、労働大臣が定める計画 に従 った職業指導、職業紹 介、公共職業訓練、職場適応訓練 を受ける者 に姑 して、その生活 を安定 させ、就職訓練活 動 を容易 にす るために、「就職指導手当」又は、 「職業訓練手当」が支給 された。 1950年 代後半か ら 60年 代 にかけて 日本 は高度経済成長時代 を迎 えるが、そ こでは、産 業 の理 念 として も、国家 ・社会 の理念 として も、「男 は仕事、女性 は家事 ・育児」 とい う 性別役割分業 による効 率化が求 め られ、年率 10%程 度 に も及ぶ経 済成長 を達成 した。 こ こで も女性の就 労 は困難 を抱 える構造が つ くられ ることとなった。高度経済成長 はパ イの 増加 を第一の 目標 とし、パ イの分配 によって、国民生 活 の豊か さが実現す る とい う考 え方 が基調 とされた。所得倍増計画が明 らかにされた 1960年 代 の 人手不足 は、女 性 の労働力 を家庭か ら引 き出すために「家事・育児 と両立 し、 女性 の能力 を生かす働 き方Jと い うキ ャ 。 チ フレイズで、低賃金の女性 パー トタイマー ・システムを定着 させた。 ここで も女性労 働 は家計補助的位置に据 え置かれ、低賃金化が図 られた。女性 の賃金で、 自立 した生活 を 求めるには不利 な条件が定着す ることとなった。 こ うした状 況 によって、戦後 の混乱期 ・高度経済成長期 を通 して、生活の中心 を担 うた めに失業対策事業 に参加 して きた女性 はその労働 で しか生 きるすべ を得 られな くな ってい 211 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) た。従 って、乳幼児 を抱 える女性 にとっては、昼間の子 どもの保育 を担 って くれる保育所 の存在 は仕事 に従事するための極めて重 要 な要素であった。 第 3章 愛知県の失業対策保育所 愛知県における失業対策事業 に関 わる保育所 は別紙資料 (資 料 6)の とお り3カ 所 で あ るが、以下、熱田保育所 を中心 に、その経緯 を少 し詳細 に見てお きたい。 1953(昭 和 28)年 に名古屋 の 失業対策事業地域 に県立保育所 として、大 曽根保育所 ・ 笹島保育所 。熱田保育所 の 3保 育所が設置 され存続 して きた。 大曽根 。笹島・熱田の 3保 育所 は、失業対策事業 の 円滑 な推進 を図るため 日雇 い労働者 の福利厚生 の一環 として児童福祉法に基 づ き愛知県が設立 した ものである。その後、 1967 (昭 和 42)年 に財団法人愛知 県勤労福祉協会 (1971(昭 和 46)年 6月 に「財 団法人愛知県 労働協会)に 改称 )に 運営委託 を行 っている。 県 立保育所 は 1998(平 成 2)年 の失業対策事業終了 とともに、 日雇 い労働者 の子 ども だ けではな く、地域 の子 どもたち も預かる地域 の保育所 として存続 させ て きた。その後、 運営母体の変遷 もあ って、種 々議論が重ね られて きたが、2012(平 成 24)4月 か ら大曽根・ 笹島 の 2保 育所 の所属 を県 か ら愛知 県厚 生事業 団に移 して、県 立保育所か ら社 会福祉法人 愛知県厚生 事業回の保育所 とす ることとな り、熱田保育所 は、周辺に保育所が多 く、待機 児童 もない ことか ら 2011(平 成 23)年 度末 -2012(平 成 24)年 3月 ― で廃止 され こ ととなった。 熱田区は名古屋市 の南部 に属 し、伊勢湾 台風 では大 きな被害 を受けた地域である。地域 の住民 の就労率 も高 く、地域住民 の気育 ニーズ も高 い地域である。従 って、熱田保育所 は 入 4)。 しか し、そ し 地域の保育所 としての役割 も十分果 た して きた と考 え られ る (ユ貝 料 う た状 況 は、地域 に他の保育所 も多 く建設 される こととな り、熱田区が区民 の減少 の大 きい 区であること も手伝 って、保育所の園舎の老朽化 にともなう建て替 えの必要性 とも相 まっ て、2011年 (平 成 23)年 度末 をもって廃止 とい うことになった (大 曽根 ・笹島朱育所 は 存続 のため に、 この時期 に園舎の立て替 えを行 っている)。 熱田保育所 の保育 は、失業対策事業労働者 。日雇 い労働者射象 の保育所 として も、地域 の保育所 に移行後 も乳児保育 ,長 時間保育 を含 めて、一 般 のイ 呆育所 と大 きく変わる ことは なか った。 しか し、失業対 策事業労l動 者 ・ 日雇 い労働者 としてであれ、一般 の勤労女性であれ、女 性が家庭外 の労働 に携わ らなければな らない場合、子 どもを預けて働 ける保育所 の確保が (子 どもを預 け て働 け るよ うに)な けれ ばな らない ことを失業対策事業 県 立保 育所 の存在 は明 らかに してい る。 つ ま り、愛知県が県直営 の保育所 を建設 したのは、失業対策 。日雇 い労働者 のための保育所 のみである点か らも、 失業対策 。日雇 い労働 に携 わる労働者 にとっ 212 第二次世界大戦後の 日本における失業対策事業 と保育 て、子 育 て と労働 の両立 のために、保育所 の存在が重要 であったことを物語 っている。 こ の ことは 1960年 ∼ 70年 にかけて、働 き続 けたい と願 う女性 に よって、全国的に「保育所 づ くり運動」が展開された ことと も重ね合 わせ ると今 日の待機児童問題解消 の重 要性 は明 らかである。 資料 1 失業対策事業 の歴 史 1949 1950 法律第 39号 1952. 3,620人 生953. 3,925人 緊急失業対策法 の制定 特翔1失 業対策事業実施 45万 人 1,産 業政策 によ 2.帰 体制度 3.失 業者 の就 労方策 につい て 4,そ の他 19549.28 失業対策審議会 「当面の雇帰 `失 業対策 に関す る意見書」 る雇用安 定 4,587人 1959.5.30 雇用審議会答 申第 2号 「失業対策事業 が での定職 化 が 、一 時的 に失業者 の 生活 を支 えて、再粧職 までの労働力 を保 全す るす る とい う本来 の意 味 を ウイ なって、む しろ就 労者 の『 定職』に転化 して しまっていること」を指摘 1960 失業対策事業 60万 人 石炭産業切 り替えによる産業構造 の転換で生 じた失業者 を吸収 1961 1962. 1963. 日雇 い労働者犠職促進訓練事業実施 日雇労働者雇用奨励制度創設 「失業対策事業運営管理規則」規則第 7号 制定意見書 女子就労者 を対象に女子失業者家事サー ビス職業訓練開始 職業安定渉の一部を改正 1969 失業姑策事業就労者 の民間での常用雇用へ の復帰を促進 就職支度金 の貸付限 度額 を 10万 円に号1き 上げ 1971 1980 1985 1990 中高年齢者等 の雇用促進に関す る特別措置法成立 失業対策事業の収東方針 を うちだ した。 失業対策事業への紹介者 を 65歳 退職者 に姑 して、 150万 円の一 時金支給 失業対策制度調査会報告 「今後 5年 間を暫定的実施 の最後 の期間 と位置づけ 一時金 を 150万 円か ら 200万 円に引き上げ 1995,3.24 失業対策事業収束 「緊急失業対策法 を廃止す る法律」成立 資料 :中 田 照子作成 213 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) 資料 2 保育所 について 県 は、労働者福祉対策、失業対策事業の円滑な推進、日雇い労働者の就挙前児童を保育 することを目的として、3保 育所 (笹 島、大曽根 、熱田)を 設置 し、その後財団法人愛矢a県 労働 協会 へ移管 した。 その後は、それぞれの地域にお いて、一般の保育所として運営されてきた。 1 3保 育所の沿革 昭和 28年度 昭和 42年 度 愛知県が、失業対策事業として、日雇い労働者の児童 の養育のため、8保 育所 を 設置 し、運営を (社 福)愛 知県労働福祉協会に委託 設置・ 運営を (社 福)愛 知県労働福祉協会の廃止に伴 い、 (財 )愛 夕隠 県勤労福祉 協会 (現 労働協会)に 移管 (土 地・建物は、県か ら無償貸付) (財 )愛 知県勤労福祉協会か ら (財 )愛 知県労働協会へ名称変更 昭和 46年 度 平成 2年 度 ヽ 失業女 ∫ 策事業が終了、地域の保育所 として存続 平成 20年 度 労働協会のあり方検討の中で、他団体への移管及び廃上の方向で検討 開始 (社 福)愛 知果厚生事業団へ移管 の方向で検討の申し入れ 平成 21年 度 平成 22年度 平成 24年度 県、労働協会、厚生事業団の 3者 で覚書を締結 2保 育所 熱田保育所は 243.31で 廃止 2 3保 育所概要 名 所 称 在 地 (243月 末現在) 大曽根保育所 名古屋市北区 芦辺町 3-5 笹島保育所 熱田保育所 名古屋市中村区 道下町四丁 目 12番地 名古屋市熱田区 自鳥二丁 目 8番 15号 開 設 年 月 昭和 28年 5潟 昭和 28年 2月 平成 24年 2月 6日 改築 昭不H28年 8月 土地、建物 敷 地 :459.76ど 本造平屋 :198.34渡 地 :482.80だ 敷 木進平屋 :215,16ボ 敷 地 :44781浦 木造平屋 :198,3と ∬ 員 43人 45人 45人 入所児童数 47人 30人 31人 定 備 考 量24年 度厚生事業団へ移管 H24年 度厚生事業団へ移管 123年 度末で廃上 資料出所 :愛 知県労働協会 214 (笹 島・大曽根)の 運営を (社 福)愛 知県厚生事業国に委託 第二次世界大戦後の 日本における失業対策事業 と保育 資料 3 保 育 施 設 の概 要 裏 H 保管所 所 在 設 置 年 月 日 地 名古屋 市 中村 区 笹 昭 28'2。 と 5 ,28 道下町 4-12 ( 現 在 地 に移 転 名古屋市北区声 大 曽 根 H吾 辺町 28・ 5・ 1 建 地 物 田 白鳥 2-8-15 地 ・ 建 物 保 育定員 462.80m2 本造平屋 建 45人 200.89m2 ) 上 建 逸 物 3-5-5 459,76魏 2 本造 平屋 建 45人 198.34m2 名古屋 市 熱 田区 熱 土 37・ 島 土 土 昭 28・ 8・ と 建 地 物 447.81m2 本造平屋 建 45人 198.34n2 資料出所 :愛 知県労働協会 215 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) 資料 4 1.保 育所の機篭要 岳 地 者 回 棲 造 設 在 置 輔 爛 施 所 設 認 敷 構 熱 EB保 育所 名古屋F簿 熱閉区自鳥三丁目 8番 15暑 財団法人 愛知県労働協会 昭和28年 8月 25団 44ア .81Hギ 本造平家建 198,34ぽ オ 保育窒 (2窒 ),遊 戯窒 ,事 務塞・休憩塞 Ⅲ調理室・倉庫 ・l肇 ・冷暖房設備 保 吉 査 保 育 輩 休 患 蛮 蓮 金 室 職 員 蛮 定 員 45名 職 員 職 クラス 員 園 長 5オ 児 保 育 芝 4オ 児 3オ 児 調 理 員 2オ 児 1オ 児 計 パ ー ト 嘱 託 医 計 人員爛 保育時 FttE ぺ∼午後 4時 00介 健 し、 午醐 8時 30′刀 特別に家庭の事情がある場合で、園長 が適当と認めた場合 矢 、長時間保育をしてい諒す。主罐日は、年繭中保育 ですが総食 │ま 行います。 lこ 体 園 年 総 日経、祝日、年末、年始 健 康 診 断 蝿託医による身体検査 tま 年 2回 、身長及び体重測定 tま 毎自行います。機科 検診も行しヽ ます。 睡 食 4,2オ 児は年間午睡、 3オ 児は12月 頃まで、 4・ 5な 児 │よ ア月初旬∼ 9 月初匂まで行います。 資・ 2オ 毘 │ま 完全総食、あやつ tま 午前 。午後の 2回 。 3を 以上児も完全 縮食、年後の やつを行います。(あヽ やつ tま 牛乳と手作 り あ` やつ 35` ) 年 F口亀行 事 保護者会 216 入所式 ・春秋遠足 。子供の囲・母の日 ,父 の日 it夕 ,敬 老の日 t運 動会 ・七 フリスマス ・ひなまつり・惨了式その他各種の行事を行います。 保肴 tと 対 して保護者の理解と協力をあ騒しヽしています。 第二次世界大戦後の 日本における失業対策事業 と保育 0と 保育目標 乳幼児を集団生活の申で健全 │こ 、調蒸 □的に発達させるため、よりよしヽ 保喬内容と保育環 境 │こ 努め、健康と正 ししヽしつけの習慣化と、構操豊かな人 F酪尋性をもつた子どもを育成す る。 畿,掛 身共にすこやかで強しヽ 子ども。 妾善悪の半け 鋲が出来る子ども。 ☆意志表示が言葉で 1ま つきり言えて、相手の議も間ける子ども。 ☆自然や社会の出来事に興l味 を持ち、豊がな倉J造 性を持つ子ども。 ☆友達を思しヽ やり、仲良く遊び、 日 月るく生活出来る子ども。 年 F鬱亀行事 戸3 ∩む 子供 の 国 モ ]の 囲 春の遠足 5 l国 人 懇談会 正月遊び大会 保育参観圏 運動 会 秋 の通足 豆まき 保育まつり フラス悉 個人懇談会又 主て 談会 n乙 全園児一斎年睡 t,ま つり プールあそび 夏まつ り 保健所 │こ よる歯科指導 fフ リスマス会 餅 つき大会 暮の大掃除 総合防災副1練 g〔 老の目 あ月見 AU 食υ 嘱謡医による身体、歯科 検診 宝 尭虫検査 時の記念倒 父の日 科学錨見学 保健所 │こ よる歯科指導 行事 用 全園児一斉年睡 せみとり プール大会 04 4 行事 用 OO そ ご事 入爾式 保護者会総会 情報伝連網訓練 lモ 七・ 五 。三まいり ひなまつ り 書生虫検査 め用れ遠足 ごっこあそぴ ぁヽ 男uれ 会 嘱謡医 │こ よる身体検査 3 修了式 消防善指導による避難罰難 年度末大掃除 練 l」 毎月の行票 ☆誕生会 ☆身 体測定 ☆選難叡1練 ☆交通安全子 慧導 ☆躍外保育 (款 惑 ) 217 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) 3.デ ィリープ回グラ 持刻 活 7:30‐ 早朝保育 8:30‐ 登 2オ めやつ ム雰 0 0 0 3 を ro 集 ,健 康視診 ・ 持物整理 ・ 陰由遊び 。めやつの率傭 ・ トイレ 。手洗い ・ あかたづけ ・ 体操 40 fフ 内 容 ・接拶 霞 1。 動 ,か ,卜 ″rと′ Iす ・手洗い つこ ・ 出欠調 べ ラス尼u保 育 又は縦割保育 活動 1l il10‐ 縮鰈 傭 給 食 ,か 症づけ ,ト イレ ・手洗い を 12130 ・給食をしヽ ただく 自由遊び 1:00‐ 4・ 体患 2,3オ 児 年 踵 4・ もオ 児ク ラス′ 果育又 │よ 縦割保育活動 3:00… 4:00- ・ 豊由遊び ・手洗 しヽ ・ トイ レ ・部屋での保育 ・P 外遊び ,4・ 2・ ,自 由遊び 3オ児趨床と倉症づけ iト イレ あや つ準備 ・か庖づけ め や つ ・ 歌奄うたう [祭 園 ・鑢みがき ・ 手洗しヽ ,絵 本叉 lま あ話を聞 < ・ 1日 の反省 こ健康視診 ・あ帰りの換響 長時間保育 ◎ 子どもたちの進びの様子を見 て、自マ柔草 欠性を持産せた保 弯をしています。 218 第二次世界大戦後の 日本における失業対策事業 と保育 刀竹 保護者の方へ あ` 願い ◎保育時 F自ヨにつ しヽ て 4.平 日│ま 年盛 8時 30分 から、年後 4時 までです。ただし主躍囲は昼までです。なあ、 勤務の都合で長時晨保育を希望される海│よ 、ご相談くださしヽ 。 D尋 2.保 育所の体日は、日l翌 、祝日、年末、年始です。 ◎送迎 につ いて 1.送 迎(よ 、跡ず保護きが責任を持つて毎日定まつ症通囲経路で往復してくださしヽ。 2.送 迎の時間 k、 跡ず届け出症時間を守つて下さい。出来ない時│ま 、その都度連絡 tノ てくださしヽ 。 3.筆月は遅くとも 9時 30分 までに登園してくださしヽ 。 4,あ`休みの場合は、 9時 30分 慈でに必ずご連絡ください。 lこ 5.出 入国の掲示板、通圃カバンの中 、毎日ご覧ください。 6.繭 親の勤務先、連絡先が変更したら、すぐめ知らせください。 lよ ◎保 育内容 につ いて 4,保 育内容は、子供の発達段 l曽 を検討のうえ、保育P 斤 の子供像を念頭におさながら系 統的│こ 年間園標をたて、それに添つて年令露」 年Feョ ヵリキュラム、月間及び週 Fロヨカリ キユラム、ディリープログラと さをたてて計画鶴保育をしてしヽ 諌す。 2.よ りよい子共を育てるためtこ │よ 、保育所と家庭のよりよしヽ協‐ 力があつてこそなりた つものですから、保育P 万 を信頼してご協力くださしヽ 。 ◎ B民 装 につ いて 1.規 定のスモッ 、幡子を毎日着用させてください。 2.清 潔で洒動しやすいもの、洗選しやすいもの、吸湿性のあるものを着用させてくだ fフ さい。 3.自 分で脱ぎ巻 しやすいものを着用させてください。(パ ンツ、ズポンは用便 │こ うくな ものを。) 4.鵬 着、持ち物全部に、跡ず つきり葛前をつけて<だ さい。 5.│ま さものは、運動靴にして下さい。 ◎持 ち 物 につ いて 1.ハ ンカチ、鼻紙―…毎日溝潔なものを持たせて下さい。 │ま 2.コ ップ、ハシ、フキン、袋は毎日洗つて下さい。 3.出 席帳・……毎日持たせて下さい。 4.玩 異絵本、食べもの 絶蒐ヽ 」 持たせないで下さい。 1よ て ◎総食 につ しヽ 4.3オ 以上児・……毎日完全総食を行います。あやつは午後一回です。 2,3オ 未満児……・毎日完全総食を行います。あやつは年前と年後のこ回です。 3.縮 食 、パンと扇」 食、あやつ│よ 、牛乳と手づ<り あやつです。なる総食は、名古屋 南の献立表により保育所で調理します。 4.体 藁に合オつなしヽ 食物があれば妙ず、ご連絡ください。 ldミ 5,昼 食、あやつの後 │ま 、歯みがきやうがいをします。ご家庭でも習慣づけてください。 219 名古屋芸術大学研究紀要第 34巻 (2013) ◎保 肴 料 につ いて 弯.保 育料は所定の期日まで │こ 納入 してください。(保 育料 fよ 、同額として定められてい 意すので欠席されてもその月額を納めてくださしヽ 。) ヽ 2.続 けてぁ体みされる場合も、籍のある間保育榔は全額納めて贋きますのでご承蠅 < ださい。 3.3オ 以上見の場合、主食のパン代は実賢を納めてください。 4.費 用はすべて定められた日に、つり銭のな佛ように午勘中に納めてくださしヽ。 ◎保 健 衛 生 に つ い て 1.蜃 自の健康診断は、年 2回 行います。歯科検診や毎月の身長及 び体重測定も行いま lこ す。 2,法 定伝染病発生の時 、一亥」も早くご連絡ください。 3,そ の他の伝染病 (は しか、百日ぜ き、結核、 トラコーマ、流行性結膜美、耳下 tよ l泉 美、水痘、とびひ、泉熱、インフルエンザ等 )の 場合もご連絡ください。又 完全 │こ 治 るまで体 んでl買 さ、医師の指示を任Dい でくださしヽ 。 4.伝 染病や、子どもの病気 │こ は、特 (こ 注意 して頂さ早霞 │こ 医8雨 に見せてください。又 完全 (こ 治 り医師の診断で許 しを得てから登園させてください。 5.健 康上変オつつたことがあれば、当日の朝跡ず連絡 してください。 6.保 育所で3ア .5度 以上発熱 した場合、又は気分が悪 くなつた時に 、電話で連絡 しま │ま すので至急迎えにさてくださしヽ 。 7.下 着、頭髪、皮膚は常 8。 │こ 清潔 │こ してください。 毎日曜日には、跡ず爪を切つてください。 9.排 l霊 はザ 魁lず 登園前にすませるよう習慣づけてください。 ◎ 策 害 時 につ い て 1.保 育時間中に付近に火災があつたり、台風が接近 し症時には、電話 │こ より連絡を し ますので、保護者 tま すぐに迎え│こ 来てください。 2.台 風接近のこユース等が入 りましたら、テレビ、ラジラ†│こ 注意 して、学模が休みの 時は保育所も体みですから登園しないようにしてくださしヽ 。 ◎入 躍 、退 躙 の 手 続 に つ い て 4.入 躍の手続は、所定の書類を区福祉部民生課児童係へ提出してください。 (書 類 │ま 、 区福祉 部民生課児童係、又 は保育所であ受け取りください。) 2.入 用の拒否等につしヽて 区福祉 部民生課児童係 で、当保育所 への入爾契約が成立 した場合でも、及の事項に 該当するときは入園をあ` ことわ りすることがあります。 檄腺 育定員を超過 し庖とき ②伝染性疾患、その他身,blこ 異 常があり国児に対 し悪誘響をあよぼす恐れがあると 認められるとき。 131そ の他園長が不通選と認めるもの。 3.退 国される場合 │ま 、すぐ│こ 爾長まであ知らせください。 入 ユ 鼠料出所 :愛 知県労働協会 220
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