超長期金利低下で深刻な退職給付債務拡大

リサーチ TODAY
2016 年 5 月 13 日
超長期金利低下で深刻な退職給付債務拡大
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
日銀のマイナス金利が始まって3カ月が経った。マイナス金利に対する評価が様々な角度からなされるが、
よくある質問の一つが、マイナス金利で誰が得をして誰が損しているかである。TODAYで行った試算では、
マイナス金利導入により、恩恵が最も大きいのは政府部門で、次いで事業会社(非金融法人企業)であった1。
この試算では企業が勝ち組となったが、そう単純ではないというのが本論の趣旨である。すなわち、金利低
下によって企業にとっての長期債務である退職給付債務が拡大し、自己資本や経常収支にマイナスの影響
が及ぶ可能性があるのだ。この論点に対し、みずほ総合研究所は「金利低下が退職給付債務に与える影響」
と題するリポート2を発表している。図表は退職給付債務と割引率の考え方を示す概念図である。この事例は、
20年後に退職を迎える社員に対し、1,000万円の退職金を支払うことを想定している。ここで、割引率が1%
であれば、その債務の現在価値は約820万円であるが、割引率が0.5%に低下すると債務が905万円に増加
する試算となる。すなわち、0.5%の金利低下で債務が約1割以上増加したことになる。
■図表:退職給付債務と割引率の考え方
割引率
低下後
債務の
現在価値
905万円
債務の
現在価値
820万円
割引率が
1%から0.5%へ
低下
現在
退職金
1,000万円
20年後
1,000万円/[(1+割引率1.0%)20年]≒820万円
変更前 :
変更後 : 1,000万円/[(1+割引率0.5%)20年]≒905万円
(資料)みずほ総合研究所作成
マイナス金利の影響に関する一般的な認識は、日銀に預ける預金金利が+0.1%の水準が部分的に▲
0.1%まで低下したに過ぎないというものである。これは、「金利」という概念のなかで、短期と長期の関係、
つまりイールドカーブの認識が薄いなかで生じる認識だ。次ページの図表はマイナス金利導入後のイール
ドカーブの変化を示すが、長期金利の低下が大きいのが特徴だ。基本的に割引率として用いられるのは
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2016 年 5 月 13 日
20年を中心とした超長期金利であり、その低下幅は0.7%に近いことを注目する必要がある。
■図表:イールドカーブの変化
1.5
(%)
(bp)
0
▲ 10
1.2
▲ 20
▲ 30
0.9
▲ 40
差(右目盛)
0.6
▲ 50
2016/1/28
▲ 60
2016/5/11
0.3
▲ 70
▲ 80
0.0
▲ 90
▲ 0.3
▲ 100
1年
2年
3年
5年
7年
10年
15年
20年
30年
40年
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
下記の図表は、データ取得が可能な上場一般事業法人1,183社を集計して金利低下の影響を試算した
ものである。ここから、自己資本や単年度の経常利益にもマイナス金利の影響が及ぶことがわかる。同様に、
割引率の低下は生命保険の予定利率の低下から負債価値が拡大してエコノミックキャピタル低下につなが
ることも重要だ。
■図表:金利低下が上場企業(1,183社)に与える影響
【貸借対照表】
総資産
412.9兆円
負債
253.6兆円
自己資本
149.2兆円
【損益計算書 】
352.7兆円
売上高
・・・
・・・
・・・
・・・
18.7兆円
経常利益
・・・
・・・
・・・
・・・
10.7兆円
当期純利益
累計▲2兆4,650億円
(▲1.7%)
単年度あたり
▲5,250億円
(▲2.8%)
退職給付債務
再計算
国債利回り低下
マイナス金利導入
(注)1.対象はデータ取得可能な上場一般事業法人 1,183 社。
2.デュレーション 20 年、割引率低下幅▲0.6%と仮定したときの、みずほ総合研究所による試算値。
また、自己資本影響は実効税率 35%と仮定している。
(資料)日経 NEEDS データを元にみずほ総合研究所作成
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「マイナス金利の勝ち組はだれ、企業と政府はお金を使う必要も」(みずほ総合研究所 『リサーチ TODAY』 2016 年 3 月 17 日)
小西祐輔 「金利低下が退職給付債務に与える影響」(みずほ総合研究所 『みずほリサーチ』 2016 年 5 月 2 日)
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