中長期インセンティブ報酬としての役員向け株式交付信託

第49号(2016年1月発行)
中長期インセンティブ報酬としての
役員向け株式交付信託
<目
次>
Ⅰ.中長期インセンティブ報酬としての
役員向け株式交付信託
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コラム-ワンポイント会社法実務(第 44 回)… …………… 9
※本ファイルは、内容を抜粋して掲載しております。
証券代行コンサルティング部
証券代行ニュース第 49 号(2016 年 1 月)
中⻑期インセンティブ報酬としての役員向け株式交付信託
はじめに
『 ⽇ 本 再 興 戦 略 』( 平 成 25 年 6 ⽉ 閣 議 決 定 ) で 策 定 が 決 定 さ れ た 「 ス チ ュ ワ ー ド シ
ッ プ ・ コ ー ド 」( 2014 年 2 ⽉ 策 定 )は 、機 関 投 資 家( 株 主 )に 、「 資 ⾦ の 最 終 的 な 出 し
⼿である個⼈、年⾦受給者、保険契約者等」に対するスチュワードシップ責任を果た
す た め に 、 企 業 と の 「 建 設 的 な 対 話 」 を 通 じ 、「 企 業 の 持 続 的 成 ⻑ 」 を 促 す こ と を ⽬ 的
とした「機関投資家」の⾏動原則です。
⼀⽅、
『 ⽇ 本 再 興 戦 略 改 訂 2014』
( 平 成 26 年 6 ⽉ 閣 議 決 定 )で 策 定 が 決 定 さ れ た「 コ
ーポレートガバナンス・コード」は、企業に対し、株主をはじめ、従業員、顧客、取
引先、債権者、地域社会等のステークホルダーに対する説明責任を課し、健全な企業
家精神の発揮を資する「攻めのガバナンス」を確保するための「企業」の⾏動原則で
す。
両者は、安倍内閣の成⻑戦略の⾞の両輪として、投資家側と企業側の双⽅から企業
の持続的な成⻑を促すことが期待されていますが、いまだ形式的な対応にとどまって
いると問題点も指摘されており、ガバナンス体制の強化を経済の好循環につなげてい
く た め に 、「 ス チ ュ ワ ー ド シ ッ プ ・ コ ー ド 及 び コ ー ポ レ ー ト ガ バ ナ ン ス ・ コ ー ド の フ ォ
ロ ー ア ッ プ 会 議 1」 で 、 更 な る 充 実 に 向 け 議 論 が ⾏ わ れ て い る と こ ろ で す 。
かかる環境下、コーポレートガバナンス・コードにおいて、役員報酬に対する開⽰
の 充 実 、中 ⻑ 期 の 業 績 と 連 動 さ せ た イ ン セ ン テ ィ ブ 報 酬 の 導 ⼊ が 求 め ら れ た こ と か ら 、
経営者報酬制度⾒直し気運が⾼まっています。
本 稿 は 、中 ⻑ 期 イ ン セ ン テ ィ ブ 報 酬 を 含 む 業 績 連 動 報 酬 の 諸 類 型 を 概 観 し た う え で 、
我が国における中⻑期インセンティブ報酬の⼀類型である株式報酬制度として、株式
の⼀部を⾦銭で交付できる等の商品性が評価され、導⼊事例が増加している株式交付
信託について解説します。株式交付信託は、導⼊企業(委託者)が株式報酬制度によ
り 、将 来 、役 員 に 交 付 す る 株 式 の 取 得 に 必 要 な 資 ⾦ を 受 託 者( 信 託 銀 ⾏ 等 )に 信 託 し 、
受託者がその必要な数の株式を取得し、管理するというシンプルなスキームですが、
会社法をはじめ、様々な論点があります。株式交付信託に係る検討課題のうち、代表
的なものを紹介いたしますので、株式交付信託に対する理解を深めていただければ幸
いです。
1.業績連動報酬の諸類型
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⾦融庁ホームページ
ht t p://www.f sa. go.j p /singi /f ollow-up /ind ex.htm l
(注)無断転写を禁じます。
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証券代行ニュース第 49 号(2016 年 1 月)
まず、中⻑期インセンティブ報酬を含む業績連動報酬にはどのような類型があるか
を 概 観 し ま す 。 業 績 連 動 報 酬 は 、 ⽀ 給 時 期 、 ⽀ 払 ⼿ 段 ( 現 ⾦ か 株 式 か )、 ⽀ 払 ⼿ 段 が 株
式の場合は、現物株式か新株予約権(ストック・オプション)か、に⼤別されます。
これらの類型の中から、各社が⾃社の⽅針に従い、⾃社の経営者報酬にふさわしい
業績連動報酬制度の導⼊を検討していくことになりますが、各社のおかれている状況
が異なることに加え、法務、税務、会計の取扱いが異なることから、いずれの類型を
採⽤する場合においても、社内の複数の部署に跨る検討が必要になります。これらの
類型の中には、法務、税務、会計について確⽴した⾒解がない場合もありますので、
弁護⼠、会計⼠、税理⼠等の専⾨家の意⾒も踏まえる必要があります。
⽀給時期
当期⽀払い
⽀給対象
現⾦⽀給
具体例
概
期初に個⼈業績+当期業績
(連結ベースが主流)の達
成⽬⽬標の条件を設定
要
⽬標達成条件の例
当 期 純 利 益 、営 業 利 益 、経 常 利 益 、売 上 ⾼( 利
益 率 )、 R O A 、 E V A 、 フ リ ー ・ キ ャ ッ シ ュ ・
フロー、EBITDAなど
報酬⽀払の繰
複数年にわた
延(中⻑期の
る現⾦⽀給
単純分割⽀給
退 職 の 防 ⽌( リ テ ン シ ョ ン )効 果 を 持 つ 。た だ し 、
⼀定の就業累積年数以上の者は、⻑期間の制限を
業績または株
付さないことが多い。
価との連動)
⽬標達成条件成就に応じた
設定される⽬標達成条件は複数年度(中⻑期)の
現⾦⽀給
ものとなる。
(per formanc e share unit)
株価連動の⾦銭報酬
(phan tom
s tock,
権利付与⽇と権利⾏使⽇との株価差額が報酬額と
s tock
なる。
appreciation right)
現物株式⽀給
譲渡制限付種類株式
当期分の報酬の⼀部を現物株式で付与。
restricted s tock
付与された株式については、
(⽬標達成条件成就ま
で)譲渡制限を付す。
ストック・オ
信託を利⽤した株式給付制
⽬標達成条件等成就時に現物株式の⽀給を受け
度 等 Per f ormance share
る。
1円ストック・オプション
⾏使⾦額を1円とする新株予約権。
プション⽀給
権利⾏使に⽬標達成条件を付けることも可能。
時価型ストック・オプショ
⾏使価額を発⾏・付与時の株価を基準とする新株
ン
予 約 権 ( 税 制 適 格 ス ト ッ ク ・ オ プ シ ョ ン を 含 む )。
退 職 時 ⽀ 給
現物株式、ス
株式交付信託、1円ストッ
⽇本では退職慰労⾦の代替として利⽤されること
(⾮現⾦)
トック・オプ
ク・オプション
も多い(グローバルな⼈事体系を考えた場合、退
ション⽀給
職 時 ⽀ 給 は 欧 ⽶ で は ⼀ 般 的 で は な い )。
円満退職以外、権利没収可能。
( 出 典 ) 旬 刊 商 事 法 務 2 0 7 5 号 1 6 ⾴ ( 2 01 5 年 )
(注)無断転写を禁じます。
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証券代行ニュース第 49 号(2016 年 1 月)
また、コーポレートガバナンス・コード対応として、株式報酬制度の採⽤を新たに
検 討 す る 場 合 に は 、① 中 ⻑ 期 的 な 業 績 向 上 へ の イ ン セ ン テ ィ ブ の 付 与 に な っ て い る か 、
②優秀な⼈材を⾃社に確保したいというリテンションの⽬的に合致しているか、③経
営者が株式を保有することによる株主との利益の共通化が図られているか等の要請に
応える必要があります。
例えば、①退職慰労⾦制度の代替として、退職時に、同程度の株式を交付する制度
の導⼊を検討する場合、中⻑期的な会社業績と明確に連動していること、②個⼈業績
に基づく株式報酬制度を導⼊する場合、投資家に対し、適切な制度設計だと説明でき
ること等が考えられます。
2.役員向け株式交付信託のスキーム概要
前 記 1 .の 通 り 、中 ⻑ 期 イ ン セ ン テ ィ ブ 報 酬 に も 複 数 の 選 択 肢 が あ り ま す が 、近 時 、
現物株式を⽀給する⼿法として株式交付信託が採⽤される事例が増加傾向にあります。
典型的なスキームは次の通りです。
① 株 式 交 付 信 託 を 導 ⼊ し よ う す る 企 業 ( 以 下 、「 委 託 者 」 と い い ま す ) は 、 役 員 向 け に
株式報酬制度を導⼊します(株主総会等により株式報酬制度を決定して株式交付規
程を定め、⼀定の要件を充⾜した受益者に対して株式⼜はこれに代わる⾦銭を交付
す る 義 務 を 負 い ま す )。
②委託者は、株式報酬制度(株式交付規程)の対象となる役員を受益者とする(受益
者 不 特 定 の )「 ⾦ 銭 信 託 以 外 の ⾦ 銭 の 信 託 ( 他 益 信 託 )」 を 設 定 し 、 委 託 者 の 発 ⾏ 株
式 ( 以 下 、「 委 託 者 株 式 」 と い い ま す ) の 取 得 に 要 す る ⾦ 銭 を 信 託 し ま す 。
③受託者は、信託管理⼈の指図に基づき株式を取得します。株式取得⽅法には、委託
(注)無断転写を禁じます。
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