林廣茂の経済・経営コラム 73 アモレパシフィックが、アジア首位・資生堂に挑む(上) 西安交通大学管理大学院客員教授 林廣茂 韓流人気の高まりに乗って、韓国首位の化粧品メーカー・アモレパシフィック(以 下アモレ)は、国内はもちろん、中国や東南アジアでも躍進している。2020 年には連 結売上約 1 兆 2,000 億円を達成し、資生堂(同年の目標、1 兆円)を抜いてアジア首位 を奪取したい。中国での成長戦略の成否がその大きな鍵の一つを握っている。「全世界 のお客様の心をつかむまで挑戦を続ける」。徐慶培(ソ・キョンベ)会長の強気の発言には 根拠がある。 2015 年(1-12 月)、アモレの全世界の連結売上は約 5,661 億円で、資生堂(1-12 月)8,633 億円の 2/3 だが、それぞれの国内売上はアモレ 4,416 億円対資生堂 3,952 億 円で、アモレが資生堂を 465 億円上回っている。国内の消費市場は日本(4 兆円)が 2 倍 の大きさなので、アモレの韓国での存在感は圧倒的だ。アモレは過去 4 年間、国内売上 を 1.8 倍強拡大したが、資生堂は同期間+6%に留まった。日本の市場成長が鈍化して競 争は一段と激化している。特に中低価格のスキンケア化粧品の比重が高まり、ドラッグ ストアのセグメントが拡大した(全体の 45%+)。資生堂はこの変化に対応して中低価格 の有力ブランドを構築するなど、効果的な競争戦略対応ができず、国内業績が低迷した。 アモレの連結売上・営業利益ともに成長のスピードは速く、過去 4 年間(2012-2015 年)で売上高は 1.7 倍、営業利益額 2 倍で、資生堂を超えている。資生堂は同じく 1.3 倍と 1.7 倍だった。資生堂の売上増は海外市場に依存している。営業利益では、アモレ 914 億円対資生堂 443 億円、資生堂の 2 倍強である。営業利益率は、アモレが 16.1%対 資生堂 4.9%で、資生堂の 3.3 倍である。また、アモレは過去 4 年間で営業利益率を 13.1% から 16.1%まで高めたのに対し、資生堂は 3.8%から 4.9%への改善に留まった。 グローバル展開で両社を比較する。2015 年、アモレの連結売上に占める海外の割合 は 22%(1,245 億円)で、資生堂(以下推定)の 54%(4,681 億円)にはるかに及ばない。 アモレの海外売上は、中国(約 560 億円)と中国を除くアジア(420 億円)が中心で、 全体の 78%を占める。アジア 8 対欧米 2 の割合だ。アジアでは中国が 45%で半分近い。 欧米市場の開拓は大きく遅れている。 一方資生堂の海外売上は、中国が最大だが(海外売上の 27%、約 1,260 億円)、その他 アジア 14%、米州 33%、欧州 24%と幅広くかつバランスが良い。ざっとアジア4対欧米 6 だ。アモレとの差 3,440 億円の理由は、資生堂の欧米での売上の大きさ、そして、グロ ーバル展開の歴史の長さにある。資生堂の本格的なグローバル・マーケティングは、そ れまでの輸出マーケティングを転換して、1980 年代の初期にパリ発で、日本の「ここ ろ」とフランスの「エスプリ」が融合したグローバル・プレミアム・ブランド「SHISEIDO」 1 を全世界に向けて導入したのが始まりである。 2015 年、自国を含むアジア全域に限って両社の売上を比較すると、アモレの 5,396 億円に対し資生堂は 5,867 億円で、資生堂との差はわずか 470 億円に縮小している。言 うまでもなく、利益ではアモレが資生堂を凌駕している。 両社が激突する中国市場をみる。アモレの中国での売上高 560 億円は、資生堂 1,260 億円の 4 割強で、資生堂が 2 歩も 3 歩も先を進んでいる。しかし、アモレの成長のスピ ードは速い。資生堂は 2007 年に 500 億円超の売上を達成するまでに 26 年を要したが、 アモレは 560 億円の達成に、資生堂の半分の 13 年しかかかっていない。 資生堂は、中国人女性の化粧品需要がほとんどなかった 1981 年に、数少ない高所得 者をターゲットに「SHISEIDO」などの輸入販売を開始した。そして、化粧意識の高まり や拡大を先導し化粧文化の育成をしつつ、ビジネスを開拓した。ちなみに、2015 年の 中国の化粧品市場は、日本を超える約 5 兆円までに拡大している。資生堂はロレアル (仏)についで 2-3 位の化粧品メーカーである。 アモレは中国人の所得が急上昇し、特に沿岸部の上海・天津・北京などで化粧品消 費が拡大した時期の 2002 年に進出した。両社のスタート時点や売上高を 500 億円超に 高めるまでの市場状況の違いは大きいにせよ、両社のブランド導入戦略の「ちがい」が、 成長スピードの違いにも反映されていると考えられる。 アモレは主要 5 ブランドに集中した効果的なマーケティングを展開して、ブランド ごとの認知率などブランド・エクイティを高めている。単純計算で、ブランド当たり 110 億円の売上だ。また販売エリアは、沿岸部の大都市中心から、ここ数年地方の中核 都市へも広がっている。 資生堂は 500 億円を超え 2 倍の 1,000 億円に達する(2012 年)までに、わずか 7 年間 で加速成長した。販売エリアは中国の 33 行政区全てを網羅し、ニーズの多様化に対応 して販売チャネルを多様化し、チャンネル毎に複数ブランドを展開している。現在のブ ランド数は正確ではないが、 私が 2015 年に店頭で数えただけでも 20 近かった。そして、 資生堂専用のボランタリー・チェーンの小売店を全国に配置した(推定で約 7,000 店)。 こういった積極戦略が加速成長のエンジンになった。 2020 年の化粧品市場のサイズは 6 兆円と予測されている。20%の市場成長に伴う両社 の売上は計算上 2015 年の 1.2 倍で、それでシェアは現在と同じである。シェアを伸ば すためには 1.2 倍を超える売上増を実現しなければならない。 アモレが売上 1 兆 2,000 億円を実現するには、海外でその 5 割超を達成する必要が あるだろう。欧米で 2015 年の 10 倍超の業績を実現するのは至極難しいが、アジア6対 欧米 4 を想定すると(資生堂は 4 対 6)、中国では 2015 年の 4 倍に相当する 2,200-2,400 億円の売上が求められよう。資生堂は 2,300-2,500 憶円の達成を目標にするのではない か。それぞれの目標が達成されると、2020 年に両社の中国での売上が肩を並べること になるだろう。 2 林廣茂の経済・経営コラム 74 アモレパシフィックが、アジア首位・資生堂に挑む(下) 西安交通大学管理大学院客員教授 林廣茂 中国での成長戦略 アモレが資生堂を抜いてアジアの首位に立つ。アジア首位とは、世界ランキングで アジア出身のメーカーとしてトップになることだ。それが実現するかどうか即断はでき ないが、はっきりしているのは、アモレのアジア首位には、中国で資生堂に追いつく、 または、追い越すことが必須である。2020 年に、アモレは 1 兆 2,000 億円、資生堂は 1 兆円の目標を実現するには、両社とも今後、これまでとは比較にならないほどの高い山 の頂を目指さねばならない。一方の資生堂は、現在のアジア首位を維持しつつ成長目標 を達成するには、国内事業の成長回復と中国事業の加速成長の両方を同時に実現しなけ ればならないだろう。両社にとって、マーケティングの大きな革新が不可欠だろう。 アモレは中国で現在、5 つのグローバル・チャンピオン・ブランドを育成中である。 全て韓国発ブランドの中国移転である。資生堂のブランド・ミックスは、日本発ブラン ドの他に、欧米でも確立した自社発のグローバル・ブランド、現地開発の現地専用ブラ ンド、買収した欧米発グローバル・ブランドの四本柱になっている。もっとも、ブラン ド数が多くて、個々のブランド価値を十分に高められていない懸念があるようだ。 アモレは参入当初、中国でのブランド力が弱く、高級百貨店でカウンターを取るこ とができず、中価格ブランド「ラネージュ」(若い女性向け)と「マモンド」(主婦向け) を中級以下の百貨店で、それぞれ販売を開始した。韓国では両ブランドとも中価格ブラ ンドの位置づけだが、中国では一段上の高級イメージを打ち出した。当初の数年間はブ ランド認知が上がらず、売上の伸びは緩やかだった。韓流人気が本格的になった 2011 年、メガ・ブランド「雪花秀(ソラス)」(スキンケア専用)が高級百貨店に登場し、高 所得層に大歓迎された。アモレの 3 ブランドの売上が急上昇し、「K ビューティ」の人 気が高まった。 2012 年と 2013 年には、若い独身女性向けの中低価格ブランド「イニスプリ」と「エ チュードハウス」(メーキャップ専用)をそれぞれ導入し、販売ルートをスーパーやドラ ッグストアに拡大した。そして売上の比重が大きくなっているネット販売も活用してい る。韓流を発信する女優や人気女性グループをモデルに使って、「K ビューティ」を牽 引している。 要約するとアモレのブランド導入のステップは、先ず上位中間所得層をターゲット にした「ラネージュ」と「マモンド」で、次に高所得層をターゲットにした「雪花秀」 で上位移行した。「K ビューティ」の好意的イメージが高くなると、それに乗って一気 に下方移行して中所得層の若い独身女性をターゲットとした中低価格ブランドの「イニ 3 スプリ」「エチュードハウス」を導入した。スピーディな量販拡大が狙いである。 資生堂の中国事業は、1981 年に「北京飯店」「友誼商店」など数店で、輸入化粧品を 販売したのがスタートである。1994 年に中国専用のプレミアム・ブランド「オプレ」 で、現地生産と本格的な販売・マーケティング活動を高級百貨店で開始した。 「オプレ」 は中国の百貨店ルート(高級と国営百貨店で約 3,500 店)の化粧品市場でトップ・ブラ ンドだ。アテネ・オリンピック(2004 年)では中国人選手団の唯一の「専用化粧品」 に認定された。資生堂のトップ・プレミアム・ブランドの「SHISEIDO」と「クレ・ド・ ポー・ボーテ」は超高級百貨店(30 店)での販売に限定している。現在では、ハイパ ーやスーパー、ドラッグストア、化粧品専門店など多様化するチャネル毎に、普及ブラ ンドの「Za(ジーエー)」「ウララ」「ピュアマイルド」「TSUBAKI」など専用ブラン ドを多数展開している。資生堂のブランド導入戦略は、高価格帯のプレミアム・ブラン ドでスタートして高いイメージを確立した後、所得上昇・市場の拡大に沿って、中低下 価格でマス・マーケットを狙うという下方移行戦略である。 競争戦略の課題 アモレにとって、今後の成長戦略の課題は、少数ブランドの集中戦略をとる場合に は、一つ一つのメガ・ブランド化が必須である。「雪花秀」は 1,000 億円のメガ・ブラ ンドであるが、その売上の大部分は韓国内であげている。グローバル・ブランド化(売 上の 50%超を海外で稼ぐなど)を急ぐ必要がある。中国で 5 ブランドを中心に 2,200 億 円超の事業に成長するには、各ブランドを少なくとも数百億円規模の人気ブランドに育 てる必要がある。韓流人気のようなブームにいつまでも頼るのではなく、「K ビューテ ィ」を文化としてしっかりと中国人女性の心の中に根づかせねばならない。また、新ブ ランドを導入する、既存の欧米の有名ブランドを買収する、そして、各ブランドの中国 でのマーケティング投資を増強するとかが考えられるだろう。 資生堂にとっては、多ブランドによる多チャネル展開、全国展開の中で、一つ一つ のブランド価値を一段と高める必要があるだろう。この数年間を見ても中低価格のブラ ンドがかなり入れ替わっている。「クレ・ド・ポー・ボーテ」と「SHISEIDO」はプレス テージ・ブランドでもありイメージを損なうような量的拡大は望めない。「オプレ」は 中国に定着したトップ・ブランドだが、世代を越えた人気ブランドであり続けるために も、タイミングよいブランド刷新が必要だ。その他の多くのブランドは、消費者価値が 定まらない。資生堂専用のボランタリーチェーン・ビジネスは、在庫過多問題を解消し たとはいえ、利益を生むシステムに戻ってはいない。また、現地企業の M&A などの積極 的な拡大戦略を取れないだろうか。「売上は伸びても、利益を生まない」現在の中国ビ ジネスを、利益を生む成長カーブに戻すことが喫緊の課題だろう。資生堂の発表では、 その課題は克服されつつあると聞く。 アモレが挑戦し資生堂が受けて立つマーケティング競争の推移を見守りたい。 4
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