2016 年第 2 期第 6 課 アウトライン A キリストにある安らぎ(マタイ11:20−24) イエス様は奇跡を示した後でさえ彼を受け入れなかったこれらの町をとがめました。 (マタイ11:20−24) そして、賢い人たちが拒絶した救いを謙虚な人たちが受け入れたので彼は父を誉め称えました。 (マタイ11:25−26) 彼は自分の救いを得ようと一生懸命に働きながらも、罪の重荷を感じ、彼の提供する救いに 休息を見出す人たちを招いています。それは、無料で“易すく”“軽い”救いです。 彼の与える休息とは彼の休息の日に神様と個人的な交わることを含みます。 (マタイ11:27) B 休みの日に働く事 (マタイ12:1−2) ユダヤ人がバビロンから戻って以来、パリサイ人は神様が与えてくださった安息日の休息を 楽しむよりも安息日に不法を犯さないかをより心配しました。 ほとんどの話は、イエス様が安息日の休みをパリサイ人とは対照的に理解していたことを示し ています。 C 文字と精神(マタイ12:3−8) パリサイ人は安息日の上に重いくびきを負わせました。そのくびきとは彼らが創案した律法 でした。イエス様は安息日の真の精神を示すために2つの聖書のなかの例をお話しされました。 — ダビデと供えのパン(第一サムエル21:1−6) ダビデの空腹と彼のお供ちの空腹は、供えのパンの本来の目的より重要でした。 — 祭司たちは彼らの働きが神様に仕えることに関わっていたので宮で安息日に働くことができ ました。 イエス様は安息日の義務からイスラエルを自由にしたかったのではなく、安息日を重荷にし ている意味のない規則から自由にしたかったのです。 D 安息日の癒し(マタイ12:9−14) イエス様は彼らの言い分の矛盾を示しました。彼らは安息日に動物を喜んで助けましたが、人 を喜んで助けませんでした。 安息日をどのように守るべきかという自分の考えによって、私は兄弟の行いを不当に裁いて いるのかもしれません。 E 安息日を守る事(マタイ12:12) (イザヤ58:13、14) イエス様は安息日をその真の意味に回復させることを願われました。何をすることが安息日に正 当なのでしょうか。「安息日に良いことをするのは、正しいことである。」(マタイ12:12) —自分自身の楽しみをしません。 —安息日を守る事は大きな喜びです。 —普通の仕事の活動から離れることで安息日に敬意を示します。 —日々の仕事については話しません。 こうして私たちは、神様と、そして兄弟姉妹たちとの過ごす美しい一日を楽しむ事ができる のです。
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