現代建築ヤブニラミ中谷正人

COLUMN
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◆連載ー Vol.12
執筆者プロフィール
現代建築 ヤブニラミ
千葉大学建築学科卒業、
『住宅
特集』『新建築』編集長 を 経 て
中谷 正人(なかたに・まさと)
1948 神 奈 川 生 ま れ。1971 年
1994 年 か ら フ リ ー 編 集 者。
1999 年∼ 2014 年千葉大学客
中谷 正人(建築ジャーナリスト)
員教授。木の建築フォラム理事、
日本建築学会建築文化事業委員
会幹事
モダニズム 建築 の 揺籃期 その 4
ザインが目 の 前になかったことにも起因するのだと考えたい 。
だからこそ 、工業技術 の 象徴 ともいえるアー ル・デコはヨ
アメリカン・アール・デコ
ーロッパよりアメリカで 花開 いたといえよう。 もともとヨーロ
ヨーロッパでは 建築 や 装飾、 デ ザインがアー ル・ヌーボー
ッパの 宗教的 な 圧迫 から 逃 れた 清教徒 が 切り拓 いたアメリカ
からアー ル・デコへと変化し、北欧 などではナショナルロマン
だからこそ 、歴史 や 伝統 にとらわれず 、新しい 形式 を 受 け 入
ティシズム 華 やかなりしころ、新大陸、 アメリカはどうだった
れやすかったのではな いか 。 まして 機械生産 が 主流 となった
の だろうか 。 本来 は「 アメリカ 合衆国」と呼 ぶ べきだろうが 、
当時 の 社会状況 では 当然 の 流 れだったのだろう。
ここでは 煩雑 になるので 単 に「 アメリカ」と記 すことにする。
AIA( アメリカ建築家協会)が 発行 するアメリカ建築 のガイ
アメリカ 建築 の 歴史 はヨーロッパと比較 すれば 浅く、 1620
ドブックでは 、 ア ー ル・デコをストリー ムライン・モダンとジ
年、 イングランド 国教会 から 分離した 清教徒 の 一団 がボート
グザグ・モダンのふたつに 分類している。
ピープ ルよろしくメイフワラー 号 に 乗ってアメリカ 大陸 に 渡っ
アー ル・ヌーボーは 植物 などを 思 わせる自由曲線 を 多用し
てから始 まる。
た 有機的 なデザインであり、 アー ル・デコは 自動車 や 飛行機
時代的 に 言 えばヨーロッパの 宗教改革以降 がアメリカ 合衆
などの 工業製品 をモチーフとしているとの 指摘 もある。
国 の 始 まりで あって 、建築 はヨーロッパの 古典様式 をベ ース
まさにその 通りで 、 アメリカン・アー ル・デコの 代表作 は 何
にしていたのだろう。 ヨーロッパに 、 おそらくイギリスに 範 を
と 言って も 1930 年代 の ニューヨークに 林立した 摩天楼群 で
ロバート・ディラー の 設計 で 1929 年 に 竣工したロサンジェ
たしかに 、 ライトは 毛色 が 変 わって い た 。 ミー スやコ ルが
とりながらも 、 やがてアメリカン・ボザ ー ルからアー ル・ヌー
あろう。 1929 年 の 竣工当時 は 世界一 の 高 さを 誇ったウィリ
ルスの「 イースタン・コロンビア 」は 、目にも 鮮 やかなコバル
論理的 であるとすればライトの 造形 は 情緒的 とも 言 える。 ラ
ボーを 飛 び 越して 一気 にアー ル・デコに 突入した の は 熟練し
アム・ヴァン・アレンの「クライスラービル 」、翌 1930 年 には
トブ ル ー や 金色 の タイ ルで 外観 を 覆 い 尽くしたジグ ザグ・モ
イトの 作品 を 有機的 だと表現 する 研究者 もいる。 またライト
た 職人 がいなかったことにもよるのだろう。 アメリカン・ボザ
世界一 の 高 さを 奪 い 取った「 エンパイアステートビ ル 」、 そし
ダンで ある。 ここにも 古典的 な 三層構造 を 見 ることもできる
をモデルとして 、 ゲーリー・クーパー 主演 の 映画「摩天楼」が
ー ルは 、 パリのエコー ル・デ・ボザー ルを 卒業したアメリカ人
てフッドの「 ロックフェラーセンター 」
( 1939 )など、いずれも
が 、東海岸 のアー ル・デコが 持っている 重厚 さよりも 、底抜
制作 された 。 主人公 は 施主 の 希望 が 気 に 食 わないといって 工
が 本国 に 戻り、自分 たちの 設計 の 出自 を 誇 るために 名乗った
アー ル・デコに 分類 されている。
け の 明 るさが 強く印象 に 残 るの は 、 ハリウッドが ある 西海岸
事中 の 現場 に 火 をつけてしまうという、 かなり過激 な 建築家
呼称 だ 。
蛇足 ながら、 この 頃 のニューヨークの 世界一獲り物語 はな
特有 の 気質 のせいだろうか 。
で あった 。 そ ん な 主役 をライトとダブらせ てイメージして い
すでにレイモンド・フッドにまつわるアメリカの 状況 は 記した
かなか 面白 い 。 世界一高 いビルがステイタスだったのだ 。 こ
ディラーはさらに 1936 年、 ロサンジェルス 郊外 に「 コカコ
い かどうかは 疑問 だが 、 あるスキャンダ ル が 元 でアメリカを
が 、「 オーディトリアムビル 」
( 1889 )や「カーソン・ピリー・ス
の 狂騒、 いや 競争 は 現在 でも 続 いていて 、 2010 年 に 竣工し
ーラボトリング 工場」を 設計。 これはストリームライン・モダ
出 てヨーロッパを 放浪し、日本 にたどり着 いて「帝国 ホテル 」
コット」( 1904 )を 代表作とし、フランク・ロイド・ライトの 師
たブルジュ・ハリファはそれまでの 世界一 だった 上海中心ビル
ンとされており、白 い 躯体、地面 に 接 するあたりは 黒く塗られ 、
匠 でもあったルイス・サリバンもこのひとり。 サリバンたちは
を 一気 に 196 mも 抜 いて 世界的 な 話題となった 。 一方、日本
水切り線 のように 赤 いラインが 入り、赤 い 搭屋とも 相 まって 、
園」、芦屋 の「山邑邸」
(現淀川製鋼迎賓館)などを 設計した 。
シカゴ 派ともよばれ 、鉄骨構造 の 高層建築 を 手 がけたことで
では 一昨年竣工した 大阪 の「 あべのハルカス 」が日本一 の 座 を
海 に 浮 かぶ 客船 を 思 わせるようなデザインである。
そんなライトを 生 んだのがアメリカだったのに 、 アメリカの 建
も 知られるが 、 デザイン 的 にはボザ ー ル 様式 を 守り続 けたと
「横浜 ランドマークタワー 」から奪 い 取った 。「横浜 ランドマー
フランク・ロイド・ライトの 作品 をアー ル・デコに 含 める 説
築界 は 、ドイツから 亡命してきたミースを 受 け 入 れた 。 そ の
クライスラービル
コカコーラボトリング 工場
エンパイアステートビル
イースタン・コロンビア
オークパークの 住居
グッゲンハイム 美術館
自由学園 明日館
(犬山 の 明治村 に 玄関回りの み 移築保存)や 池袋 の「自由学
言 えよう。
クタ ワ ー 」の 高 さ は 296.33 m、 あ べ の ハ ル カ ス は 300 m。
もある。 1906 年 に 竣工したシカゴのロビー 邸 をジグザグ・モ
後 のアメリカ、 いや 世界中 の 主流 となるデザインが 、 ミース
しかし、 サリバンが 開 発した 鉄 骨 造 から 衣 裳 を 剥 ぎ 取 り、
その 差 は 実 に 3.67 mもあるのだ!
ダンというのだが 、これにはちょっと首 を 傾 げてしまう。 ライ
の 主導 によって 展開 された の だが 、 これこそ がアメリカ 的 な
構 造 システム そ れ 自体 を 建 築 の デ ザ インとした の はミー ス
「クライスラービル 」は 名門 の 自動車メーカー 、クライスラ
ト 自信 はインカ 族 などの アメリカ 先住民 が 好 ん で 使ったパタ
のかもしれない 。
で 、 これが 今 やアメリカを 代表 する 建築様式、 モダニズム 建
ー 社 の 本社 ビ ルで あり、外観 にはメタリックな 装飾 が 施 され
ーンをモチーフとしたと述 べていたのだから。
いずれにしても 、経済的 なニーズの 肥大化、 それに 寄り添
築となったのだ 。
て いる。 内部 もクラフト 的 な 要素 は 多 い が 、 アー ル・ヌーボ
アメリカの 大草原 を 思 わせるプレーリースタイ ル の 住宅 を
う技術 の 急速 な 発達 などに 従って 、巨大化と機能 や 構法 の 先
「形態 は 機能 に 従う」とはルイス・サリバンの 有名 な 言葉 だ
ーのような 手仕事 の 滑らかな 曲線 は 残念 ながら 持 ち 合 わせて
数 多 く生 み 出した ライトだ からこそ 、 様 式 や 主 義 で は なく、
鋭化 を 余儀 なくする 現代建築 では 、情緒 や 美しさなどはあま
が 、建築 は 機能 や 構造 がそ のまま 外観 の 形態として 表 れてく
はいない 。しかし、世界一 の 自動車メーカーという権威性 は 、
身近 にある自然 をモチーフとしたデザインとして 理解したい 。
りにも 恣意的 で 扱 いにくい 分野 なのだ 。おそらく20 世紀以降、
るはずで 、 そ れとは 無関係 に 装飾 することを 戒 めている。 し
メタルによる装飾 に 表現 されている。
ついでながら、私 が 学生 の 頃 に 読 んだ 、 ペ ーター・ブレイ
共通 の 美意識 すら曖昧になってきた 。 それは Rationalism と
かしサリバンの 作品 を 見 ると、 たしかに 装飾 は 少 な 目 かもし
キング・コングによって 何度 も 壊 された「 エンパイアステー
クは 著書『現代建築 の 巨匠』ではコル 、ミース 、 そしてライト
いう言葉 の 翻訳に、審美的 な 要素 を 含 む「比率」という言葉 を
れないが 、現代建築 を 見慣 れたわれわれには …。
トビ ル 」の 屋上 に 設 けられた 塔 の 用途 は 、 この 時代 の 最先端
の 3 人 を 挙 げて い た 。 ところが い つ の 間 にかライトが 姿 を 消
当 てなかったことからも 推測 できる。
アール・ヌーボーがアメリカに見られないのは、伝統的 な 職
の 技術 を 実 によく表 わして いる。 スケッチにも 描 かれて いる
してしまった 。 いまではグロピウスがライトの 代 わりだったり、
建築 から 徐々 に「美」が 排除 され 、機能性 や 合理性 が 偏重
人がいなかっただけではなく、拠るべき規範や 具体的 な 歴史デ
のだが 、飛行船 を 係留 するためのものであった 。
あるいはルイス・カーンを 加 えたりしているようだ 。
されるようになった 。(続く)
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