永世中立国スイスにおけるシェルター普及の訳

NicheÞȓǸȍǹȬȝȸȈ
ෙ‫ٳ‬Ý
永世中立国スイスにおけるシェルター普及の訳
Reasons for Thriving Shelters in Permanently Neutralized Country, Switzerland
Global IBIS 編集部*
1.永世中立国スイスにおける
家庭用シェルターの普及
よう議会で発案した。同氏は,シェルターは建築
費が大幅にかさむ過去の時代の遺物であると主張
した。
スイスは,1815 年 11 月 20 日のウィーン会議で
しかし,スイス政府はこの提案を退けた。シェ
承認されて以来,約 200 年にわたり独自の軍事力
ルターは,戦時だけでなく,核兵器でのテロ攻撃,
により永世中立を堅持してきた。同国では国民皆
科学物質の流出事故や,自然災害がありうる今の
兵を国是としており,徴兵制度を採用している。
時代にも有益だとした。この決定により,スイス
また,スイスの正規軍は近代的で高度な装備を誇
のシェルターは,その後も建設され,維持される
る。
こととなった。
同時に,スイスは家庭用シェルター普及率世界
06 年には当時の総人口約 750 万人に対し 860 万
第 1 位の国でもある。これは,第二次世界大戦後
人の収容力をもった。これは,人口比 114 %をカ
の 1963 年に制定された民間防衛に関する連邦法に
バーする数値である。06 年におけるシェルター建
おいて「すべての住民のために住居から避難可能
造,維持,解体費は,1 億 6740 万スイスフランに
な近隣に避難場所を用意する」
「家屋所有者は,家
上った。そのうち,地方自治体 2350 万フラン,連
屋,宿泊施設などを建築する際には,避難の部屋を
邦政府 980 万フラン,そして州政府が 420 万フラ
建設し,必要な設備を設置,管理する」と定めら
ンを負担し,その残りを個人が負担した。スイス
れ,シェルターの設置が義務付けられたことによる。
㪈㪇㪇䋦 㪈㪇㪇䋦
一方で,シェルターの課題も指摘されている。
㪐㪏䋦
㪏㪉䋦
76 年に開通したルツェルンの高速道路 A2 にある
㪎㪏䋦
㪍㪎䋦
ゾンネンベルクトンネル(Sonnenbergtunnel)の
㪌㪋䋦
上に建設された 7 階建てシェルターは,病院,手
術室,そしてラジオ放送のスタジオまで完備され,
㪇㪅㪇㪉䋦
が同じ空間で生活するという管理問題,心理的問
題から,2006 年には解体されている。
05 年,スイス連邦国民議会議員のピエール・コ
ーラー氏は,シェルター設置の義務を取り止める
ᧄ
ᣣ
䊦
䉴
䉲
䊮
䉧
䊘
䊷
䉝
䉩
䊥
䉟
䊨
䉲
䉦
䊜䊥
䉝
䉴
䊤
䉴
䉣
䊦
䊉䊦
䉡
䉢
䊷
には開閉できない。また,大惨事に何千人もの人々
䉟
厚さ 1.5 メートル,重さ 350 トンの扉は普通の人
䉟
䉴
2 万人の人々を収容できる規模であった。しかし,
図 1 シェルター普及率
普及率は全人口に対し何%の人を収容できるシェ
ルターが存在するかを基準に算出
(出典:NPO 法人日本核シェルター協会ウェブサ
イトより URL:http://www.j shelter.com/)
機 能 材 料 2012 年 4 月号 Vol.32 No.4
表 1 シェルター市場への主な参入企業
資本金
URL
(スイスフラン)
Andair AG
Schaubenstrasse 4 Andelfingen
600,000 http://www.andair.ch
BERICO AG
Südstrasse 22 Niederglatt
700,000 http://www.berico.ch
PLEISCH AG
Zelgstrasse 2, Bäretswil
100,000 http://www.pleischag.ch/
Lunor AG
Allmendstrasse 127 Zürich
不明
http://www.lunor.ch/de/
MENGEU SCHUTZRAUMTECHNIK MENGEU St.Gallerstrasse 10 Elgg
不明
http://www.mengeu.ch/
die Keller Gruppe
Blumenstrasse 38 Diepoldsau
不明
http://www.kellergruppe.ch/
社名
住所
はこれまでに 118 億スイスフランをシェルターに
にあるという。Andair AG は,シェルター製造業
費やしたと推測されている。
者として 40 年以上の歴史をもつ。現在,スイスに
日本核シェルター協会によると,2002 年におけ
おける一般家庭,公共施設などほとんどのシェル
る国民 1 人あたりのシェルター普及率は,スイス
ターは同社製品である。
100 %,核大国の米国 82 %,ロシア 78 %となっ
そのほか,ローカル企業や外資系企業も同市場
ており,日本は 0.02 %にすぎない(図 1)
。同協
に参入しているとはいうものの市場シェア 2 %を
会によると,この普及率は約 10 年が経過した現在
分け合っているにすぎない。これらは,スイス国
でも変化がないという。
内ではなく海外向けのシェルター供給に注力して
スイスに高いシェルター普及率をもたらした連
いるという。
邦法は,11 年 4 月まで施行された。
2.スイスにおけるシェルター市場
3.Andair AG
Andair AG はスイスのシェルター製造業者であ
スイスの一般家庭に設置されているシェルター
る。同社製シェルターは,放射能以外にも,バイ
は,ろ過システム,スチールベッド,重コンクリ
オテロや耐震にも対応する。同社製シェルターは,
ートドアが装備されている。通常,物置や倉庫,
一般家庭はもとより,弾薬製造会社,軍事設備,
ワインルームとして機能しており,スイス国内や
石油化学業者,文化財施設,原子力発電所,そし
海外の原発事故による化学物質の流出,核テロに
て通信センターなどにも設置されており,いかな
よる武力紛争,災害発生などといった緊急時の避
る施設にも対応可能である。現在,世界 50カ国へ
難所として備えられている。
供給している。
スイスの一般家庭におけるシェルター設置費用
写真 1 ⒜,⒝は,同社製装甲ドアとシェルター
は,およそ 1 万スイスフランである。現在では,新
築の自宅建造時であってもシェルターを設置せず,
⒜
⒝
⒞
自治体にシェルター代替費用として 1 人あたり 1500
スイスフランを支払うことにより,シェルター設置
義務を果たすことも可能となった。この代替費用
の金額は部屋数により決定される。たとえば,3 部
屋であればシェルター 2 人分を支払うこととなる。
スイスにおけるシェルター市場への主な参入企
業としては,以下が挙げられる(表 1)
。
日本核シェルター協会によると,スイスのシェ
ルター国内市場は,スイスローカル企業である
Andair AG が市場シェアの 98 %を占め独占状態
機 能 材 料 2012 年 4 月号 Vol.32 No.4
写真 1 ⒜防爆対応装甲ドア,⒝乾燥トイレと 3 段
ベッド,⒞換気装置
URL:http://www.andair.ch/seiten/schutzraum/
schutzraum2.html
内部である。これは防爆に対応しており,装甲ド
とは異なり,地震は予測が難しく,言うまでもな
アはシェルターからの脱出時,確実に脱出ができ
く同盟国が守ってくれるというものではない。
るよう内開きとなっている。シェルター内部の乾
シェルター設置を義務付けたスイス政府のよう
燥トイレの隣には,床に固定された 3 段ベッドが
に,日本は政府主導で耐震シェルターの普及を強
置かれている。
力に推進する必要がある。国の財産である国民の
換気装置(写真 1 ⒞)は,核攻撃により汚染さ
命を守る耐震シェルターの普及に政府は全力を傾
れた空気をろ過し,シェルター内を安全な空間に
ける必要があると考える。耐震シェルターが一つ
する重要な機器である。電源が確保できなくとも,
の産業となれば,新たな雇用を生み出すことにも
手動による駆動が可能である。
つながるだろう。
4.日本におけるシェルター動向
5.おわりに
日本で言うシェルターとは,既存の住宅の,特
さて,今月号にて,海外ニッチビジネスレポー
に寝室部分を鉄骨などで耐震補強し,住民の安全
トは終了いたします。かれこれ 2 年にわたるこの
を確保するというものである。ベッドを安全空間
コーナーは,さまざまな国の現地人に関与してい
にするシェルターと 1 つの部屋を安全にするシェ
ただき,読者の方に少しでもお役に立ちたいと願
ルターの 2 種類に大別される。設置費用は種類に
い,最大限のパワーで取り組んでまいりました。
よって幅はあるが,おおむね 30 万円前後から 200
少しさびしい思いもありますが,これでお別れで
万円ほどとなっている。
す。ご愛顧いただき誠にありがとうございました。
日本では,第二次世界大戦経験者,医師,ある
昨今,世界はますますボーダレス化が進展して
いは海外でのシェルター保有経験者が,家族や財
おり,また日本の経済環境も日々急速に変貌を遂
産などを守るためとしてシェルターの設置に肯定
げています。時折,お客様から「どうしたら国際
的である。しかし,日本のユーザーはシェルター
的企業になれるのでしょうか ?」といった素朴な
保有を他人に明かさないことが多く,これは日本
問い合わせがあります。その問いには,海外,外
国内におけるシェルターの知名度や普及率が低い
国人,グローバルといったキーワードを意識しな
理由の一つとなっている。
くなったことが,国際化を果たしたということで
先の東日本大震災では,犠牲者の方の多くは津
はないでしょうか,と答えてきました。
波によるものであったが,震災直後のニュース報
弊社は,いわば海外調査業界の工務店と呼ばれ
道や新聞・雑誌では,
「耐震シェルター」がたびた
るポジションの無名な会社ですが,私たちスタッ
び取り上げられた。ところが最近はあまり報道も
フみずからが,あらゆる国の現場を踏み,市場を
されておらず,住宅メーカーやシェルターメーカ
体感してきたことから,未踏の国であっても訛り
ー(多くは中小規模の工務店)が普及に力を入れ
のきつい日本のとある地方と錯覚を起こすことも
ているといった様子も見られない。
しばしばです。
1995 年の阪神・淡路大震災においても,古い木
海外市場は大手企業だけのものではありません。
造住宅を中心に就寝中の建物の倒壊によって多く
私たち中小企業にもたくさんのビジネスチャンス
の尊い人命が失われた。しかし,こういった大災
があるはずです。また,地球のどこかでお会いで
害の記憶であっても遠くになりがちであり,当時
きることを楽しみにしております。グッドラック !
抱いた危機感を持続させるのはなかなか難しい。
*
しかしながら,核の危険はともかく,日本は世
㈱ Global IBIS 編集部
東京ビジネスサポートセンター コンテンツ事業部
界有数の地震国であり,住宅が倒壊する危険性が
東京都港区西新橋 1 6 12 AIOS 虎ノ門 1206
非常に高いということは忘れてはならない。戦争
www.globalibis.com
機 能 材 料 2012 年 4 月号 Vol.32 No.4