金融と不動産 - 不動産証券化協会

Special
対 談
金 融と不 動 産
世界経済は、中国を始めとするアジア新興国や資源国等の景気が沈滞し、また米国経済にも陰り
が見え始めました。日本経済の先行きは緩やかな回復に向かうなかで、2 月 16 日にはマイナス金
利が始まりました。
本対談では、不確実性が高まる世界経済の動きや日本経済の流れを展望するとともに、金融と不
動産について現下の課題から中・長期的な流れについてお話し頂きました。
日 時 :平成 28 年 2 月 23 日(不動産証券化協会 会議室)
高田 創氏
みずほ総合研究所株式会社
常務執行役員・チーフエコノミスト
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30
田邉 信之氏
公立大学法人宮城大学
事業構想学部 教授
(不動産証券化協会フェロー)
対談:金融と不動産
雪の魔法に封じ込められた
日本経済
始めた背景には、米国景気が上向き円安が進行し
たことがありましたが 、ここにきて唯一の牽引役で
ある米国が失速し 、また冬に戻るのではないかと
の不安に震えている状況かと思います。
田邉 本日は経済分析の第一人者である高田さ
3月8日に公表された 2015 年 10 ~ 12月期 GDP
んと、足元の景気に加えて、マクロ・セミマクロの視
速報では、マイナス1.1%の成長率でした。同 4 ~ 6
点から世界経済、日本経済、そして不動産市場の
月期もマイナス成長 、同 7~ 9月期は当初はマイナ
動きについて考えてみたいと思います。まずは現状
ス、改定値でプラスに転じました。2016 年 1~ 3月
認識から始めて、2020 年のオリンピックに向けた
期も0%に近く場合によってはマイナス成長かもし
中期的な展望 、そして構造的な問題を含めた長期
れません。ただし 、冬の状態から完全には脱して
の観点からの話へと進めていきます。
いないものの日本企業には変化の兆しも出てきて
まず現状認識ですが 、ここにきて中国経済が減
います。GDP 上には現れませんが 、日本企業の海
速し 、新興国経済の停滞感も出てきており、米国も
外 M&A など海外向けの投資は増えています。ま
先行きが不透明となってきています。こうした経済
た、
“ 持たない”から“ 持つこと”も選択肢にした動
環境下で日本経済の現状と当面の見通し 、また金
きは、不動産でも一部の物流や個人住宅などに表
融緩和が継続する中での不動産や株式などの資
れています。日本経済はリストラ一辺倒から微妙
産価格の動きについて、どのように捉えていらっ
に変化が起きてきた状態かと思います。
しゃるでしょうか。
田邉 その意味では、アベノミクスによる金融
高田 2012 年 12月に第 2 次安倍内閣が誕生し
緩和は相応の効果があったものの 、日本経済を立
アベノミクスが始まり、この 3 年間で相応の変化は
ち直らせるまでには至っていないということでしょ
ありました。2012年11月末の日経平均株価は9,446
うか。
円、足元下がったとはいえ株価は倍近く上昇してい
ます。為替も当時は 1ドル 79 円台でした。
高田 雪は溶かしてくれたということでしょう
ね。金融だけで完全にマインドセットを変えるの
バブル崩壊後の経済を私はよく、映画「 アナと
は難しい。
「 アナと雪の女王 」で雪を溶かしたのは
雪の女王 」の雪の世界 、つまり“ 雪の魔法 ”に封じ
“ 真の愛 ”です。アベノミクスは、最初の矢つまり
込められた状況に例えています。雪の魔法は、企
金融で3 年かけて雪を溶かしてきました。真の愛と
業の財務で言えば資産デフレと超円高によるもの
なる“ 成長戦略 ”で投資機会をつくることが課題
です。資産デフレの中でそれに耐えるためには
“持
に残っているのではないでしょうか。逆に言うと、
たない経営 ”で、バランスシート( B/S )上では株
金融が効いたのは米経済が良かったからです。米
や不動産を持たない 、負債も持たない。そして円
国がぐずついてきた今こそ、成長戦略が求められ
高で生き残るために、損益計算書( P/L )では経
ているということかもしれません。
費も賃金も圧縮する“ リストラの経営 ”で冬の時代
を生き抜いてきました。その標語は「 株と不動産
と負債は三悪人、悪の枢軸 」です。
低金利は未知の領域に
そのような資産デフレと円高の環境下で四半世
紀もすると、日本人はいわば「 草食系 」に進化して
田邉 日本銀行は本年2月16日から金融機関に
しまいます。この3年間で足元は変化したとはいえ、
対してマイナス金利を適用しました。従来の常識
マインドセットはまだ草食のまま。しかも雪が溶け
では金利の低下は、日本経済あるいは資産価格に
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Special
プラスの影響を与えるということになりますが 、マ
イナス金利となると、単純にそうとも言い切れない
面がありそうです。
・
通貨戦略は相対的なものなのです。例えばコン
サートホールで前が見えなければ、席を立てば見
高田 グラフは「 世界の金利水没マップ( 平成
えるようになる。それは、前の人が座っているから
28 年 2月15日値 )」で、
“ 水没 ”はマイナス金利を表
です。昨年までの日本と欧州が立ち上がった時期
しています。現在、欧州と日本は完全に水没してお
は他の国が座っていてくれました。今年に入って中
り、ご覧の通り、横軸の年限を見るとスイスが 15
国も通貨戦争に加わり、米国もそれに加わる不安
年 、日本は 8 年といった状況です。水没させる理
が生じ皆が立ちはじめて果てなき通貨戦争の様相
由は、自国通貨を安くするためで、日本は円安に、
です。LED により信用拡大したのが収縮して年初
欧州はユーロを中心とした通貨を下げるためです。
来の株安につながった。このような状況で、安定
日本の場合は超金融緩和が去年から進行していま
的にインカムを生み出すことが見込める“ ニューソ
したが 、そういう中で投資家が取り得る投資戦略
ブリン ”銘柄や、一部の厳選された不動産にお金
は、
「 LED 」だと私は言ってきました。
「 L 」は金利
が流れています。
を得るために年限を長くする Long。
「 E 」は自国
田邉 ご指摘の通り、世界的な金融緩和を背景
が 沈めば海 外 に投 資 するしかないので外 への
に、日本の不動産投資市場でも海外からの投資資
External。
「 D 」は多様性の Diversity で、不動産
金が増えてきています。日本での海外投資家の売
株を含むオルタナ運用です。この 3 年で円安が進
買比率は、2008 年の金融危機以降は低下し 、一
行し日本株や不動産が上がりましたが 、実は LED
時期は 5%程度にまで落ち込みましたが 、2013 年
戦略がとれる暗黙裡の条件が一つあって、それは
頃から次第に回復し 、最近では 20%程度を占める
沈んでいない米国の存在があることです。その米
ようになっています。過去は最高でも10%程度で
国を“ 浮き輪 ”と申し上げています。去年は運用
した。その背景には、金融緩和やそれに伴う円
難民が米国の浮き輪に向かったことが円安ドル高
安、マーケットサイクルなどに加えて、日本の不動
につながりました。しかし今年の不安は米国が利
産のインカムの安定性に対する認識が海外投資家
・
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上げで失速して浮力が低下し始めたことです。
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対談:金融と不動産
にも普及してきたことがあると考えられます。現在
でした。ところが J-REIT を含めたファンドがエク
の日本の不動産のイールド・ギャップは 3%程度あ
イティ市場から資金調達するために今はかなり強
るので、マイナス金利であることを差し引くにして
まっています。
も、日本の安定性や他国との比較感からすれば、
海外投資家から見ても魅力的です。
そして四つ目はグローバル化です。先ほどの海
外からのインバウンドの増加も、不動産の市場化
別の観点から言えば、世界の投資家がインカム
の進展の一つの表れとして捉えることができます。
を目指した投資をしようとする際に、日本市場もそ
従来は、不動産市場はローカルな市場でしたが 、
の有力な受け皿になるようになった、すなわち日本
不動産証券化の普及が海外からの投資資金のアク
の不動産投資市場がそこまで発展したとも言える
セスを容易にしています。それとともに、不動産投
でしょう。日本の不動産投資市場が本格的に立ち
資をする上で、グローバルな視野で、経済とお金の
上がったのは、90 年代後半であり、わずか 20 年弱
動きを把握する重要性が増しました。市場の進化
で30 兆円以上の市場にまで成長し 、今では米国に
が大きな市場への目を開かせています。
次ぐ世界第二位の規模となっています。これは評
価に値するものだと思います。
高田 日本では株式配当利回りが長期金利を
上回る状態が常態化しており、マイナス金利で長
この間 、日本市場で進展したことは「 不動産の
期金利が一段と低下して、その差はさらに拡大し
市場化 」です。それによって4つの大きな変化があ
歴史的水準にまで達しています。今日、配当が安
りました。
定的にある株は、ニューソブリンと呼ばれ注目が
一つ目は、市場情報が飛躍的に普及して投資判
集まります。この理屈は不動産にも当てはまり、株
断できるようになったことです。25 年前のバブル
式でも不動産でも、グローバルに選別され得るも
期には、市場の動きを示すインカムやキャピタルの
のか否かで明暗が出てくると思います。
投資指標すらありませんでした。それが 、J-REIT
80 年代後半~ 90 年前後には、日本株が世界の
などを通じて情報開示が進んでリスク・リターンに
時価総額の半分を占めていた時期がありました。
よる合理的な判断ができるようになりました。今
不動産も「東京都を売ればアメリカ全土を買える」
では、現在の不動産の投資環境を聞けば、
「 都心
状況でした。その時期は、世界的に見て日本株 、
部ではキャップレートの低下がぎりぎりまで来てい
日本不動産だけが非常に割高な状態でしたが 、バ
る、これ以上いったら危ないかもしれない」「 空室
ブル崩壊後は完全な冬の世界になり、
“ ジャパン
率の低下も限界なので、これから不動産価格が上
パッシング ”をされるようになります。それが今や
がるかどうかは賃料単価の上昇次第だな」と、多く
日本株も不動産も普通の水準になりました。
の人が答えるでしょう。大きな進歩です。
2015 年の訪日外 客 数 が 過 去最高の1,973 万
二つ目は、不動産投資市場のすそ野が拡大した
7,000人に達したものも、海外から日本を見る目が
ことです。投資対象・用途とも相当拡大して、当初
ようやく普通になった表れかもしれません。政権
からのオフィスと住宅に加え、物流 、ホテル、ヘル
の安定化も海外投資家に見直される要因になって
スケア施設、インフラと広がってきました。投資対
います。日本への見直しの動きは、日本の不動産
象地域も、都市だけではなく地方の一部にも拡大
の収益性の向上にもつながってきますが 、ただ少
しています。
子高齢化など社会的な構造を考えると、グローバ
三つ目は、金融市場との密接化です。デットと
不動産価格の動きは昔から連動が明らかでした
ル化した東京中心とそれ以外は二極化が進みやす
いと見るべきだと思います。
が 、エクイティとの連動はデットほど強くありません
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Special
間競争の観点から、日本も東京の魅力をいかに高
インバウンドと東京集中
めるかという発想が重要で、今の地方創生の議論
とは異なる点もあると私は思っています。
世界の名だたる主要都市の中で競争をいかに勝
田邉 高田さんのご指摘の通り、日本の不動産
ち抜けるか。東京を中心とした空港等の交通イン
市場はバブル崩壊以降 、ある種のバイアスによっ
フラ、ソフトも含め戦略的に考えなくてはいけませ
て、低めに評価されてきたように思います。先ほど
ん。幸い東京は2020年にオリンピック・パラリンピッ
日本の実物不動産のイールド・ギャップは高いとい
クがあります。バリアフリーを核にして、世界から
う話をしましたが 、逆に言えば、プラスアルファの
裕福な高齢者が東京に集まるように東京への投資
リスクプレミアムが乗っているからとも言えます。も
を増やす。24 時間の安全を活かして都心居住者を
ちろん 、成長性に対する疑念が残っているためも
パリやニューヨーク並みに増やすなど、東京の魅力
あるでしょうが 、世界水準で見て、正当な評価を受
をもっと高める取組みがあっていいと思います。そ
けることが大変重要です。株も不動産も、重要な
うなれば、東京の不動産の価値はより高まります。
国富であることは間違いないからです。
他方で、日本としてもインバウンドを増やすため
ぞれのメリットとデメリットがあるはずですが 、
「集
に、情報発信を含め様々な努力を続けていく必要
中」のメリットがあまり語られていないと思います。
があります。インバウンドという面で、ロンドンは大
両者のバランスをうまくとっていくことが重要です。
変成功している都市の一つです。
まずは、東京が世界の都市間競争に勝ち抜いてい
2015 年の英国の不動産投資の 7 割以上は、国
外の投資家によるものでした。構造を調べてみる
くことが必要でしょう。そのためにも、日本として
の魅力を高めていく努力が欠かせませんね。
と、海外から不動産投資を呼び込みやすい仕組み
高田 その通りです。日本は世界第三の経済力
をつくっていることがわかります。一つは情報開示
と、文化的にも歴史遺産や自然遺産が多く、四季
に優れ 、流動性が高いこと。もう一つは供給量が
があって景色も美しい。和食の中でも、お寿司 、
大きく増えていないことです。物件供給は建替え
鰻 、蕎麦、てんぷらとバラエティ豊かな食文化があ
が多く、ある意味で供給コントロールが働いていま
る国は他にありません。それに加えて世界各地の
す。テナントとの賃貸借契約期間も長期で、しかも
ものも揃っている。立派なサービス産業を日本は
伝統的にはアップサイドのみの偏った契約です。
持っていますが 、これまでモノは輸出できてもサー
また、ロンドンで開発するにしても、物件を取得・
ビス産業は輸出できないと考えられてきました。し
管理するにしても、現地の企業がフィデューシャ
かしサービス産業を輸出するかわりにインバウンド
ル・デューティに基づききちんと仕事をしてくれま
が来てくれます。
す。日本で同じことをやる必要はありませんが 、こ
これだけ訪日客が増えて、日本の製品やサービ
うしたロンドンの仕組みづくりの上手さには学ぶべ
スを体感し日本を見直してくれれば好循環が生ま
きところがあると思います。
れます。そして 2020 年の東京オリンピックがその
高田 確かにそうですね。英国における不動産
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田邉 確かに「 集中」と「 分散 」の両方にそれ
魅力を更に高めてくれます。
投資はロンドンに集中しています。ロンドンは求心
田邉 訪日観光客は、滞在中の消費を生むだけ
力がありますが 、そこ以外では不動産投資は限ら
ではなく、彼らが日本を幅広く知って評価すれば、
れています。フランスではパリに集中し 、米国も
それが最終的に投資に結びついていく。その循環
ニューヨークに、シンガポールもしかりです。都市
は無視できませんね。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30
対談:金融と不動産
高田 豪州は 2015 年 、2016 年も、実質 GDP 成
長率が 2% 以上の高い水準が見込まれます。資源
需要の低迷などで資源国のブラジルやロシアは厳
しいマイナス成長が続いているのに、同じ資源国で
も豪経済が好調なわけは、豪ドル安で語学研修と
いった非英語圏からのインバウンドなど、サービス
産業が大変良くなっているためです。サービス産
業で競争力をつけていく一つのモデルになると思
います。
日本も豪州も人口が多いアジア太平洋地域に位
置しています。日本は移民の受け入れはしません
が 、選別的にツーリストを受け入れることは、人で
シェアリングしているとも言え、一定の移民受け入
れと同じ経済効果を生むことになります。インバウ
ンドはサービス業の輸出として成長戦略の大きな
ドライバーになると思います。
東京五輪までの
経済金融動向のポイント
高田 創氏
Profile
たかた はじめ
1982 年東京大学経済学部卒。1986 年オックスフォー
ド大学開発経済学修士課程修了。
1982 年 日本興業銀行に入行し、2000 年~ 2011 年
みずほ証券 執行役員・チーフストラテジスト等を務める。
2011 年 7 月より現職に着任。政府税制調査会委員。主
な著書に『これだけは知っておきたい国際金融』(金融財
政事情研究会、2015 年)『国債暴落』(中央公論新社、
2013 年)
、『20XX 年世界大恐慌の足音』(東洋経済新
報社、2012 年)などがある。
田邉 ここまでは、ここ数年の市場や政策の動
きや見通しについて見てきましたが 、次は話題に上
えます。不確実性は残るし副作用がどう出るか誰
がっている東京オリンピックを見据えて、中期的に
も知りません。ただし 、一旦、手術を始めた以上、
展望していきたいと思います。
今の状況を2020 年代後半まで続けざるを得ない
中期的な話となると、金融緩和政策の出口 、国
や自治体の債務問題 、金融機関の BIS 規制など、
気掛かりは多くあります。
のではないでしょうか。
日本は少子高齢化では厳しい局面を迎えます。
しかし 、世界で最も有力なマーケットであるアジア
高田 量的緩和により金融緩和を進めてきた中
太平洋地域のど真ん中に日本は位置しています。
で、このほどマイナス金利まできてしまいました。
これをいかに自らの内需として捉えていくか。一つ
今の金融環境は、金融機能の一部を麻痺させるた
にはインバウンドがありますが 、流通のハブとして
めに麻酔をかけて、その間になんとか手術をして
の機能を高める等 、プロモーション次第で成功で
いることと同じです。手術中にも海外の状況が危
きると思います。
うくなり、麻酔をかけ続けざるを得ない。途中で
これまでは水没マップの中を金融で浮揚して、
手術を止めれば失敗したということですから、止め
それが起爆剤になりましたが 、その手法も限界に
るわけにはいきません。通常、ここまで強い麻酔
来ています。株も不動産も、配当や分配を金融だ
を使う時は治験を相当するものですが 、今回は治
けで高めていくことはもはや難しい。金融以外で
験なしに始めてしまった。これは日本に限らず海
いかに経済を底上げしていくか。海外企業の直接
外も同じで、人類初のかなり危ないチャレンジと言
投資を含め 、さまざまな投資を呼び起こす戦略が
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欠かせないし 、移民受け入れの議論ももっとあっ
をそうした幅広い観点から捉えていくべきであると
ていいかもしれません。TPP 等で通商が変わり市
いう議論が出されました。同時に、インバウンド増
場は世界に広がりが期待されます。新シルクロー
加に伴う課題も整理することになっています。
ド経済圏の新たな流れに加わるなどグローバル化
また、不動産業界のアウトバウンド投資は金融
を一段と強めていく必要もあります。2020 年に向
危機後の 2011年頃から増加に向かい 、2014 年に
けて「 第二の開国 」をしていく覚悟が必要ではな
は 18 億ドルに達しました( CBRE 調べ)。目的は、
いでしょうか。
需要の捕捉 、高いリターンの追求 、リスクの分散な
田邉 仰る通りですね。インバウンドの不動産
どにあります。従来は欧米中心でしたが 、最近は
投資は、日本のオフィスビルだけでなく、マンション
アジアでの住宅分譲事業に取り組むところが増え
などにも流入しており、最近では年間1兆円規模に
てきています。大雑把に言うと、欧米では安定的
なっています。北海道のニセコでは、それが起爆剤
なインカムを狙い 、アジアでは成長性を取りに行っ
となって観光客が大幅に増加し 、街の整備が進ん
ています。不動産事業ではローカルな知識・経験
でいます。工夫次第では、単に投資を呼び込むだ
が欠かせないので、多くの場合は現地企業と提携
けでなく、それが街の活性化にも大きく貢献するの
することになります。これがグローバル化をいっそ
です。昨年 、私も参加した国土交通省の「 不動産
う促進することにつながるのではないでしょうか。
市場の国際化に向けた懇談会」でも、インバウンド
一方、中長期的な観点から留意しておく必要が
あるのが 、不動産のマーケットサイクルです。過
去、日本では 12 ~ 15 年前後でサイクルを一巡して
います。日本が高度成長に向かう60 年代前半 、田
中内閣の日本列島改造論で不動産ブームとなった
70 年代前半 、平成バブルの 80 年代後半 、そして
2005 ~ 6 年はファンドが活況でした。この間隔で
行けば次は 2020 年前後にピークが来てもおかしく
はありません。しかもオリンピック特需を狙い 、開
催直前の 2019 年に竣工予定のオフィスビルや商業
施設が多くあります。サイクルもピークに達し供給
過剰の恐れもある。
ただし 、これはあくまで過去のサイクルであっ
田邉 信之氏
Profile
たなべ のぶゆき
1980 年京大(法)卒業後、日本興業銀行に入行。金融
業務とともに、不動産業界調査、都市開発、不動産証券
化など多様な不動産金融関連業務を経験。2009 年 4
月より現職。専門は金融、ファイナンス、不動産投資・
証券化。
不 動 産 証 券 化 協 会 フ ェ ロ ー・ 教 育 資 格 制 度 委 員 長、
RICS(英国王立チャータードサーベイヤーズ協会)フェ
ロー、国土交通省、財務省、経済産業省などの委員を歴
任。
「基礎から学ぶ不動産投資ビジネス」
(2004 年、日
経 BP 社)ほか著書・論文多数。
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て、これからは周期が変わる可能性もあります。ま
た、日本市場にはこれまでの経験値が蓄積されて
いますから、それを生かせば、サイクルの下降局面
が訪れても、その影響をミニマイズすることができ
るのではないでしょうか。その一つの方法が 、アウ
トバンドによるリスク分散やインバウンドの取込み
かもしれません。
高田 景気循環からみれば今の状況が 2020 年
まで続くとは考え難いです。調整が入ってもおかし
くないですしグローバルにも何か起こり得るでしょ
対談:金融と不動産
う。繰り返しになりますが 、今の状況ではきちんと
るのは当たり前です。貸出全体に占める比率も最
した成長期待 、収益性のあるものが世界的にも求
近では 14%で今も変化はありません。この誤解が
められます。
不動産のみならず全体のマインドにも影響していま
田邉 私も景気の調整局面はあるものと考えて
す。
いますし 、その方が市場の発展にとっても良さそう
高田 バブル崩壊による不動産へのトラウマが
に思います。一方で今の低金利が続くと、バブル
あるのでしょうが 、健全な国の経済は健全な資産
になるという議論があります。マイナス金利となっ
価格に宿るもので、アセットを重視するものです。
た今、株や不動産のバブル発生については、どのよ
グローバルには、年金を重視しようとすれば、国富
うに考えておられますか。
である株・不動産を重視するコンセンサスができて
高田 日本にはバブル恐怖症がありますが 、日
います。日本は「年金運用をしっかり」という割に、
本銀行は、株や不動産にお金が流れるように超低
株が上がれば「 バブルだ」と、矛盾した言い方がな
金利にしたわけですから、不動産融資が増えるの
されます。
も政策目標に適っているし 、目くじらを立てる必要
田邉 高田さんがインカムが大切だと仰るよう
はないわけです。ただ株も不動産もインカムがな
に、単純に価格が上がればいいのではなく、適正
いのにもかかわらず価格が上がれば問題です。過
に評価されることが重要です。バブル判定の基準
度な期待に対するバブル的なものは常に起こり得
が難しいのは分かりますが 、例えば政府や日本銀
るので、本来の成長戦略できちんと期待成長率が
行の関連指標などを使ってきちんと見ていくような
高まっていく中で今の金融環境を続けていくこと
国民的コンセンサスを得ていくことも必要ですね。
だと思います。経済成長と一体として不動産を盛り
高田 資産価格の安定化が経済目標の一つとし
上げていくためには、海外から見ても日本の収益
てあってもいいと思います。あとは名目 GDP 成長
性が高いという再評価や、それを生み出す背景と
率です。これは中国経済問題でよく語られますが 、
しての経済成長があるということです。
中国は実質 GDP より名目 GDP の方が低くなって
田邉 不動産価格が上がると直ぐに「 バブルの
います。つまり中国は実質成長率ほどに実感は良
兆候 」と言い出しますが 、サイクルがあるので、一
くないのかもしれません。日本は逆で、名目値が
定の範囲内であれば、上がって当たり前、下がって
実質値より高い。日本は成長率が悪いと言われて
も当たり前です。上がれば一方的に上がり続け、
いるほどに実感は悪くないかもしれない。企業業
下がれば下がり続けるのに慣れ過ぎてしまったよう
績も名目値であるキャッシュフローがベースになっ
です。
ています。
高田 上がること自体をバブルだと言い切って
しまうことがありますね。今の国内ホテルの宿泊
費は、香港 、シンガポール、ニューヨーク、ロンドン
と比べて非常に安いです。だからこそインバウンド
不動産投資事業のあり方、
都市のあり方
で極端に稼働率が上がっているわけですが。イン
田邉 少し長期的観点から、不動産投資事業の
カムからみても不動産はバブルと言い難く、逆に割
あり方や都市政策、日本の成長戦略などに話を進
安と言えるかもしれません。
めていきたいと思います。
田邉 デフレに慣れ過ぎた日本人のマインドが
法人企業統計で総資本営業利益率の動きを見
不動産に表れているのかもしれませんが 、銀行貸
ていくと、50 年ほど前は製造業が約 8 ~ 10%、非
出量全体が増えている中で、不動産向貸出が増え
製造業が約 6%、これらは趨勢的に落ちて現在は
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Special
それぞれ 2 ~ 4%程度です。日本経済全体の成長
高田 不動産売買データの透明度に疑義を抱く
と連動するので当然ですが 、一方、不動産業を賃
方もいます。日本の建設技術があれば、もっと不
貸不動産中心に見てみると、長期にわたり4 ~ 5%
動産が流通してもいい。実際そうはなっていない
の利回りを維持しています。製造業・非製造業の平
のは、インフラ上の制約が残っていると考えたほう
均値が下がってくると、不動産賃貸事業が相対的
がいい気がします。不透明性の中で不動産業界が
に魅力的になってきていると言えるのではないで
価値を得ていく時代ではありません。金融商品と
しょうか。もちろん 、二桁以上の利回りを生み出し
して扱われる以上は、透明性でマーケットを広げ、
ている事業も数多くあるので、あくまで平均との比
それによって恩恵を受けるべきです。
較にすぎませんが。CRE
( 企業不動産 )戦略と呼
田邉 金融と比べると不動産市場は、扱う資産
ばれ 、経営戦略的視点で不動産の見直しを行うこ
の特性から不透明性が残ることは否めませんが 、
との必要性が言われますが 、思いのほか進んでい
真のグローバル化を進めていくためには、市場関
ません。ですが 、これからは、安定的なインカムに
係者は情報の非対称性を縮小するように努めてい
よる不動産での資産運用が見直されてくるものと考
く必要があるということですね。
えています。
一方で、なぜ、このような現象が起きているのか
と思います。過去200 年間の地方都市の人口推移
と考えると、その一つの理由は不動産事業が極め
を見てみると、東京、大阪、名古屋などは現在と同
てローカルな産業であり、個別性が非常に強くて
じ位置付けにありますが 、変化も見られます。明治
アービトラージ( 裁定 )が働きにくいということにも
時代初期は江戸時代の名残で、金沢、和歌山、鹿
あるように思います。
児島などの大きな藩が存在した地域の人口が多い。
高田 利回りが相対的に高い理由は、リスクプ
大正時代に入ると長崎、函館 、呉 、佐世保を含め
レミアムが乗っているからでしょう。住宅は 20 年
軍需関係や港の都市の人口が急速に増えます。戦
経てば残存価値がなくなると言われています。マ
後の高度成長期は太平洋ベルト地帯の発達で、北
ンションも戸建もその間に改修もあります。ターミ
九州、川崎、堺 、尼崎、浜松などのベルト地帯に属
ナルバリューを出すようにするためには、取引デー
する都市の人口が増え、現在は首都圏への集中が
タを含めた情報を一元化して、金融と共通の尺度
続いています。都市の位置づけは、50 年単位で見
で査定ができるような規格化を業界として進める
ると私達が思っている以上に変化しており、時々の
必要があるのではないでしょうか。賃貸の住居で
経済環境や政策が影響を及ぼしていることが良く
もオフィスでも、グローバルに対応した流通のため
わかります。
の尺度づくりが必要かと思います。
田邉 仰る通り、キャピタルに対する不安がイン
人口は比較の一例ですが 、このように長期的に
は都市の位置付けは変わっていくと考えた場合、
カムを高めている面がありますね。情報開示や指
人口減少社会において、今後の日本の都市構造の
標の規格化が進んでいないことに加えて、先ほど
あり方をどのように考えるべきでしょうか。地方に
の話にもあったように、まだ不動産に対する恐怖
ついては、全ての都市が成長するのはなかなか難
心のようなものが 、日本では残っており、それが相
しいので、幾つかを拠点化して不動産の価値ある
対的なリスクプレミアムの大きさ、ひいては高い利
いは都市の価値を上げていくことはできないのか
回りにつながっている面もありそうです。投資利回
とも考えられます。
りは今より落ちて、代わりに資産価値が上がるの
が 、本来の姿なのでしょう。
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次に、日本の都市の変遷について考えてみたい
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30
高田 グローバルの都市間競争でいえば、まず
は東京です。グローバルな環境の中でそれほど多
対談:金融と不動産
く普通の都市が並列することはありません。つまり
二の開国 」で、製造業・非製造業ともに、様々な産
グローバルな投資家が投資対象とするのは大都市
業を呼び込むための発想転換が欠かせません。
に集中しています。都市は集中で、それが一つのメ
リットです。
中東の投資家もロシアの投資家もロンドンは持
日本企業による海外の投資収益が増えています
が 、日本に投資収益が見込めるような成長戦略の
進展がないと、国内へ還流することも期待できま
ちたい。分散上、世界の中で東京も持ちたい。日
せん。グローバル化で外に出て行くことと同時に、
本でさらに持つなら大阪と、そのようにポートフォ
国内に投資を呼び込み 、日本をアジアのハブにし
リオがつくられます。選別されるためには市場のイ
ていく発想が必要です。
ンフラを整え物件価格の情報を元にしたインディ
田邉 先ほどご紹介した国土交通省の「 不動産
ケーターが欠かせません。日本にはグローバルに
市場の国際化に向けた懇談会」でも、まずはイン
張り合える都市は幾つかしかありませんが 、西の
バウンド不動産投資ということで、不動産市場の国
拠点、北の拠点と、拠点をつくり集中して高めてい
際化促進のための施策を検討しました。インバウ
けるかだと思います。
ンド・アウトバウンドに国を挙げて取り組み始めたこ
とは、諸外国に姿勢を示す上でも大きなことだと思
日本経済の成長戦略
います。
高田 良い流れですね。ただ、その際に、どの
分野に選別的に規制をかけるかの議論はあってい
田邉 最後に、日本経済の成長戦略について
は、どのようにお考えでしょうか。最近は地政学的
な観点も重要になってきていると思います。
高田 地政学的には
“ 分散 ”が重要な観点です。
いと思います。日本のように完全所有権が認めら
れている国は多くありません。
田邉 完全所有権に規制がかかっていないこと
は、もっと高く評価されて然るべきものです。一方
グローバル投資家に分散の対象として日本を選択
で、規制のかけ方に検討余地のある場合もありま
させるためのプロモーションが必要で、為替政策
す。例えば、日本では土壌汚染の土地所有者責任
による円安も考えられますし 、言葉やバリアフリー
が厳格に定められており、かつ 25 種類の有害物質
などソフト面のインフラの充実が成長戦略にも繋
を対象として、土地の利用用途を問わず、一律の
がります。アベノミクスの次のステージは金融政策
基準が適用されています。他国では規制物質の対
だけではなく、日本を売り出すためのプロモーショ
象は多くても、実質的に有害かどうかという観点か
ンを高めることです。先ほども申し上げた通り「 第
ら、利用用途などを加味した基準を設定している
March-April 2016
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Special
場合も多い。基準を緩めるべきと申し上げている
A はアービトラージ( 裁定 )です。情報開示が
のではなく、グローバルな観点で基盤整備を進め
進展すれば、投資のリスク・リターンが明らかに
ていかないと、自らの価値を適正に評価してもらえ
なってきますから、有利な投資先に資金が向かい
ない場合が生じる怖れがあるということです。
ます。
高田 金融ではあそこまで劇薬を使ってやって
B はボーダーレス( 境界の消滅 )です。アービト
きたわけですよね。他の成長分野でも規制緩和な
ラージが作用する結果 、エクイティ・デット、上場・非
どもっとチャレンジをしていくべきです。東京の潜
上場 、国内・海外といった区分を超えて、マネーは
在力は高く魅力はいくらでも高められます。
移動します。グローバル化もこの一環です。将来
田邉 魅力を高めるとともに、海外にも果敢に
出て行かなければなりませんね。
高田 基 本的な流れは海 外向けの投資です。
場化が起きる可能性もあります。
C はコンセントレーション( 集中)です。少しでも
銀行であれば海外向け融資、生保や損保といった
有利な投資対象、事業 、都市環境などに、企業や
機関投資家は海外向けの債券や株。今は上場企
人々は集中してきます。投資対象が集中するのは
業の半数以上が実質無借金でキャッシュリッチで
当然ですが 、それだけでなく、都市への機能集
す。M&A を通じて外国企業を買ったり、不動産を
中、住宅適地の集中、マンション事業者の集中な
固定資産として一緒に購入したりと、冒頭申し上げ
ども、この範疇に入ってきます。
た金利が「 水没 」し 、内需に頼りにくい中では、企
D はデファクトスタンダード( 事実上の標準)で
業が投資機会を外に求めていく動きは今後も続く
す。不動産投資の基本的な考え方は、既に世界的
と考えられます。
に共通化してきています。今も、IVS
( 国際資産評
将来的に日本は海外投資でビジネスを掴みにい
価基準)、IPMS
( 国際資産測定基準)などの普及
く―総合商社がそのモデルと言えますが―同時に
の動きが活発化しており、日本の戦略的な取組み
ファンド的なビジネスモデルの国家のような形にな
が求められます。
るのかと思います。そして日本自体も海外からグ
ローバルに見られるということです。
日本は経済成長の尺度を国内総生産( GDP )と
E はエンバイアロメント( 環境 )とエコロジー
(生
態 )です。ESG 投資が重視されてきていることは
言うまでもありません。
して国内での生産に限るのではなく、海外におけ
そうした潮流の中で、ますます重視すべきことは
る投資活動による配当なども含めた国民総所得
リスクマネジメント( R )です。市場が自由化して
( GNI )で見ることも重要です。これも発想の転換
広がれば広がるほど、この重要性が高まるのは金
です。国内で人口減少すれば経済成長は見込め
融と同様です。語呂合わせ上は、できれば R では
ないと思考停止するのではなく、環境の転換をうま
なく F を使いたかったのですが 、それだけ重要だ
く捉えてその中でも発展できるような戦略を考えて
ということでご理解いただければと思います
( 笑 )。
もいいのではないでしょうか。
田邉 日本の不動産投資市場は、
「 不動産の市
場化 」が進展する中で、大きな変革を遂げてきまし
た。環境の転換を捉えた戦略という意味では、私
は不動産市場における ABCDE という5 つの潮流
を念頭に置く必要があると考えています。
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的には米国のように、リート成りとかリートの非上
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30
本日は、高田さんから幅広いご見識とグローバ
ルな視野から、大変有意義なお話を承ることがで
きました。どうもありがとうございました。
本稿の意見にわたる部分は 、個人的見解であり、所属す
る組織の見解でないことをご了承ください。