みずほリポート 2016年3月28日 郵便局における金融事業の あり方について ―海外事例を踏まえ、わが国へのインプリケーションを考察 ◆2015年11月に日本郵政グループ3社が株式上場を果たし、2007年 に始まった郵政民営化が新たな局面に入ったが、郵政民営化の目 指すべき最終的な姿については明確な方向が示されていない。 ◆海外(英国・フランス・ドイツ・イタリア・中国)でも同様に郵 政民営化が進展しているが、郵便局における金融事業のあり方は 様々である。 ◆わが国においても金融のユニバーサルサービスのあり方を含む 郵便局における金融事業のあり方について、海外事例も参考にし つつ検討していく必要がある。 ◆国民経済の健全な発展に向け、郵政民営化の目指すべき最終的な 姿について、多角的な視点から腰を据えた議論が開始されること が望まれる。 金融調査部主任研究員 03-3591- 13 4 7 小山剛幸 t a k ay u k i . k o y ama @ m i z u h o- r i . c o . j p ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあり ません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、 確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあ ります。 目 次 Ⅰ.はじめに··································································· 1 Ⅱ.わが国における郵政改革の経緯 ··············································· 2 1.郵政民営化以前の状況 ···················································································· 2 2.郵政民営化 ··································································································· 2 3.郵政民営化法の見直し ···················································································· 3 4.小括 ············································································································ 5 Ⅲ.わが国の郵便局ネットワークと金融サービスの現状 ····························· 7 1.郵便局に課された法律上の責務 ········································································ 7 2.郵便局ネットワークにおける金融サービスの状況 ················································ 8 3.郵便貯金の規模 ····························································································· 9 4.郵政グループの中期経営計画への取組み ··························································· 10 Ⅳ.海外の郵政事業の状況 ······················································ 12 1.英国 ··········································································································· 12 (1)英国の郵政事業の概要 ················································································ 12 (2)英国の郵便貯金事業の概要 ·········································································· 13 2.フランス ····································································································· 13 (1)フランスの郵政事業の概要 ·········································································· 13 (2)フランスの郵便貯金事業の概要 ···································································· 14 3.ドイツ ········································································································ 15 (1)ドイツの郵政事業の概要 ············································································· 15 (2)ドイツの郵便貯金事業の概要 ······································································· 16 4.イタリア ····································································································· 16 (1)イタリアの郵政事業の概要 ·········································································· 16 (2)イタリアの郵便貯金事業の概要 ···································································· 17 5.中国 ··········································································································· 18 (1)中国の郵政事業の概要 ················································································ 18 (2)中国の郵便貯金事業の概要 ·········································································· 19 6.小括 ··········································································································· 19 Ⅴ.郵便局における金融事業のあり方 ············································ 21 1.検討すべき論点 ···························································································· 21 2.論点に対する考察 ························································································· 21 (1)金融のユニバーサルサービスのあり方 ··························································· 21 (2)郵便局に対する金融サービスの供給者とその組織のあり方 ································ 22 (3)郵便局で提供する金融サービスの範囲 ··························································· 23 (4)金融サービスの提供方法 ············································································· 24 Ⅵ.おわりに·································································· 25 (補論)郵便局ネットワークのあり方 ···································································· 26 I. はじめに 2015年11月に郵政グループ3社(日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)の株式が東京証券取 引所に上場された。 わが国では、2000年代に入り、小泉政権が掲げた「官から民」への方針の下、郵政民営化に向けた 取組みが進められた。2007年10月には、創設以降100年以上にわたって国営であった郵政事業1が事業 ごとに分割・株式会社化され、郵政民営化がスタートしたが、政権交代に伴う株式売却の凍結(2009 年)や郵政民営化法の改正(2012年)など、その後の経過は紆余曲折をたどった。今般の株式上場に より、郵政グループの経営に国以外の株主の視点が入るなど、郵政民営化はようやく新たな局面に入 り、更なる株式売却を通じて、今後もそのステップが進んでいくこととなる。 しかしながら、郵政民営化の目指すべき最終的な姿については、いまだ明確な方向性が示されてい ない。例えば、郵政グループには、郵便サービスに加え、貯金・保険等の基礎的な金融サービスにつ いてもユニバーサルサービス(全国どこにいても一律に受けられるサービス)の提供が義務付けられ ているが、ユニバーサルサービスを確保するための方策については、今後の検討課題とされている2。 また、郵政グループで金融事業を担うゆうちょ銀行とかんぽ生命保険(以下、金融二社)について は、郵政民営化法の改正によって、当初は2017年9月末までとされていた完全民営化の期限が撤廃さ れた結果、完全民営化の動向も含め、郵便局ネットワークを担う日本郵便と金融二社との将来的な関 係のあり方は不透明な状況となっている。 今後、郵政民営化をさらに推進していくためには、これらの論点について明確な方向性を示してい くことが必要と考える。そこで、本稿では、わが国における郵政改革の経緯(第Ⅱ章)や郵便局ネッ トワークと金融サービスの現状(第Ⅲ章)、海外における郵政事業の状況(第Ⅳ章)を確認した上で、 最後の第Ⅴ章で、郵便局における金融事業のあり方について、多角的な観点から考察することとした い。 1 2 本稿では、郵便事業、郵便局事業、金融(貯金等、保険)事業の総称をいう。 総務省情報通信審議会の答申 「郵政事業のユニバーサルサービス確保と郵便・信書便市場の活性化方策のあり方」 (2015 年 9 月公表)では、「郵政事業のユニバーサルサービスを確保するための方策については、今後さらに検討していく 課題として、郵政事業のユニバーサルサービスコストの算定結果等を踏まえながら、審議を行っていくこととした」 とされている。 1 II. わが国における郵政改革の経緯 1. 郵政民営化以前の状況 郵政事業は1871年の郵便制度の創設以降、2003年4月に公社化されるまで国の直轄事業として運営 され、1875年に創設された郵便貯金制度、1916年に創設された簡易生命保険制度とあわせて、郵便・ 貯金・保険の三事業を一体としたサービスが国民に対して提供されてきた。このうち、郵便貯金制度 は、イギリスを範として産業振興の資金調達などを目的に創設され、民間金融機関の発達が十分でな かった時代において、国民に簡易で確実な少額貯蓄手段を提供する役割を担ってきた。 1990年代後半からの橋本政権の行政改革の流れを受けて、郵政事業は、国の直轄事業から国が全額 出資する特殊法人である公社形態への移行が決定し、2003年4月に日本郵政公社が設立された。公社 化の目的は、郵政事業に民間の経営手法を導入して経営の効率化やサービスの改善を図るとともに、 独立採算制の下で引き続き郵政三事業のサービスを全国にあまねく提供することとされた。 なお、郵政民営化以前の郵政事業については、旧郵便貯金法や旧日本郵政公社法等において金融サ ービス(貯金・為替等)のユニバーサルサービスの提供義務が課された。 2. 郵政民営化 一方、郵便事業の公社化が決定したのちに誕生した小泉政権では「官から民へ」の構造改革の本丸 として、①国民経済の活性化、②国民利便の向上、③国民負担の最小化を目的に、郵政事業の民営化 を推進する方針が示され、2005年10月に郵政民営化法が成立した。その結果、2007年10月に日本郵政 公社は、持株会社(日本郵政)と傘下の4事業会社(郵便事業会社、郵便局会社、ゆうちょ銀行、か んぽ生命保険)に分割、株式会社化され、郵政民営化がスタートした(図表1) 。こうした組織形態 が採用されたのは、郵便局事業の持つネットワークを最大限活用するとともに、郵便・貯金・保険の 各事業間のリスク遮断及び損益の明確化を通じて、健全で効率的な経営を実現するためである。 図表1 郵政民営化に伴う組織変更 政府 政府 郵政公社 郵便局 常時1/3超出資 (独)郵便貯金・簡易生命保険 管理機構 日本郵政 郵便事業 貯金事業 100%出資 保険事業 郵便事業 (資料)各種資料をもとにみずほ総合研究所作成 2 郵便局 2017年9月末までに 完全民営化 ゆうちょ 銀行 かんぽ 生命 金融 融二社には他 他の民間金融機 機関と同様に に銀行法、保険 険業法等の法 法令が適用され れ、民営化後 後に新たに 預け入 入れられる貯 貯金や保険(新 新勘定)は政 政府保証が撤廃 廃されて預金 金保険等の対象 象となったほ ほか、納税 も新た たに義務付け けられた。 また た、日本郵政 政が保有する金 金融二社の株 株式については、10年間の の移行期間中(2017年9月末まで) にその の全部を処分 分し、完全民営 営化することとされた。政 政府関与が残 残る移行期間に においては、民間金融 機関と との公正な競 競争条件を確保 保するため、金融二社の業 業務範囲や子 子会社保有には は制限(民営 営化当初の 業務範 範囲は公社時 時代に取り扱っ っていた業務 務に限定、新規 規業務への参 参入は主務大臣 臣による認可 可制)が課 され、 、貯金や保険 険に係る限度額 額規制も設け けられた。 金融 融二社は、民 民営化後、自身 身の上場に向 向けて企業価値 値向上を図る観点から、主 主務大臣の認 認可を受け て、新 新規業務に積 積極的に参入し している。例 例えば、ゆうち ちょ銀行の場 場合、シンジケ ケート・ロー ーン(参加 型)や や信託受益権 権売買等の運用 用手段の多様 様化を行ったほ ほか、民間金 金融機関と連携 携して、クレ レジットカ 。 ード業 業務や住宅ロ ローン等の媒介 介業務等の新 新規商品・サー ービスの提供 供を実施してい いる(図表2) ユニ ニバーサルサ サービスの提供 供義務に関し しては、郵便サ サービスが引 引き続きその対 対象とされた た一方、貯 金・保 保険等の基礎 礎的な金融サー ービスは、民 民間金融機関に によりネットワークが全国 国的に十分確 確保されて いるな などを理由と として、ユニバ バーサルサー ービスの対象外 外とされた。ただし、金融 融二社の完全 全民営化後 に過疎 疎地において て十分な金融サ サービスの提 提供が確保され れない懸念が があるとの指摘 摘等を踏まえ え、当該サ ービス スを実質的に に担保する目的 的で、日本郵 郵政の当期純利 利益や金融二 二社の株式売却 却益の一部を を原資とす る地域 域貢献基金が が創設された。 3. 郵政民営 営化法の見直 直し 20009年9月の政権 権交代後、民 民主党・国民新 新党・社民党 党の連立政権は「郵政改革 革の基本方針 針」(同年 10月) )を閣議決定 定し、郵政民営 営化の抜本的 的な見直しを推 推進した。郵 郵政民営化に伴 伴う地域住民 民へのサー ビス低 低下や、金融 融二社の完全民 民営化により金融のユニバ バーサルサー ービスが維持で できなくなることへの 懸念等 等が見直しの の背景とされた た。 図表 表2 認可さ されたゆうち ちょ銀行の新 新規業務 (資料)郵政 政民営化委員会資 資料をもとにみ みずほ総合研究所 所作成 3 まずは、2009年12月には「郵政株式売却凍結法」が成立し、日本郵政及び金融二社の株式売却は一 時的に凍結された。さらに、2010年4月に郵政民営化法を抜本的に見直し、郵政事業への国の関与を 大幅に拡大する内容の郵政改革関連法案が国会に提出されたが、ねじれ国会の下、自民党の強い反対 を背景として実質的な審議は進まなかった。その後、東日本大震災が発生し、日本郵政株式の売却代 金が復興財源に充当される方向となったことなどを背景として、郵政問題について自民・民主・公明 の三党による協議が進展し、2012年4月に郵政民営化法が改正された。 改正のポイントは、①郵便事業会社と郵便局会社との合併、②金融のユニバーサルサービスの義務 付け、③金融二社の完全民営化期限の撤廃、④金融二社の新規業務規制の緩和の4点である(図表3)。 ①については、改正前の郵政民営化法では、郵便局ネットワークの活用や健全かつ効率的な経営を 実現するために郵便局会社と郵便事業会社が別会社とされたが、事業間の縦割りによる業務の非効率 性や地域における利用者利便の低下等が指摘されたことなどから両社を合併し、5社体制から4社体制 へ移行することとなった。 図表3 郵政民営化法の改正ポイント 組織形態 改正前 ・日本郵政を持株会社とし、傘下に 4 事業会社 をぶら下げる 5 社体制 改正後 ・郵便事業会社と郵便局会社との合併により、日 本郵政を持株会社とし、傘下に 3 事業会社をぶ ら下げる 4 社体制 政府 政府 常時1/3超出資 常時1/3超出資 日本郵政 日本郵政 100%出資 郵便事業 金融の ユニバーサルサービス 金融二社の 株式処分 金融二社の 新規業務規制 郵便局 2017年9月末までに 完全民営化 ゆうちょ 銀行 かんぽ 生命 100%出資 日本郵便 (郵便事業+郵便局) 完全民営化(期限なし) ゆうちょ 銀行 かんぽ 生命 ・日本郵政(持株会社)及び日本郵便(新事業会 ・法律上は義務付けなし ・ただし、地域貢献基金の創設により、実質的 社)に対して義務付け に金融のユニバーサルサービスを担保する体 ・金融のユニバーサルサービスの法定により、地 制を整備 域貢献基金は廃止 ・移行期間(2017 年 9 月末まで)中に金融二社 ・金融二社の株式についてその全部を処分するこ の株式の全部を処分 とを目指し、金融二社の経営状況、金融のユニ バーサルサービスの責務の履行への影響等を 勘案しつつ、できる限り早期に処分 ・移行期間中は、認可制を基本として、金融二社 ・移行期間中は認可制 の各株式総数の 1/2 以上の処分後、届出制に緩 和。ただし、単なる届出ではなく、①他の金融 機関の競争関係への配慮義務、②郵政民営化委 員会への通知義務が課され、③主務大臣による 監督上の命令対象となる (資料)各種資料をもとにみずほ総合研究所作成 4 ②については、日本郵政(持株会社)と日本郵便(合併後の事業会社)に対し、郵便サービスに加 えて、金融サービス(簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務、簡易に利用できる生命保険の役 務)についてもユニバーサルサービスの提供義務が課された。日本郵便は「関連銀行」「関連保険会 社」と窓口業務契約を締結することとされ、現在は、ゆうちょ銀行が関連銀行、かんぽ生命保険が関 連保険会社となっている。なお、金融のユニバーサルサービスの提供義務が法定されたことから、当 該サービスを実質的に担保する目的で創設された地域貢献基金は廃止された。 ③については、日本郵政は金融二社の株式の全部を処分することを目指し、金融二社の経営状況、 金融のユニバーサルサービスの責務の履行への影響等を勘案しつつ、できる限り早期に処分すること とされ、2017年9月末までとされた金融二社の完全民営化期限は撤廃された。 ④については、移行期間において、金融二社の新規業務規制は主務大臣による認可制とされていた が、 金融二社の各発行済株式総数の2分の1以上が処分された後は届出制に緩和されることとなった。 ただし、単なる届出ではなく、他の金融機関との間の競争関係への配慮義務や郵政民営化委員会への 通知義務が課されるとともに、主務大臣による監督上の命令対象ともされている。 4. 小括 ここまでわが国における郵政改革の経緯を確認してきたが、金融のユニバーサルサービスを巡る経 緯をまとめると図表 4 の通りである。 図表4 金融のユニバーサルサービスを巡る経緯 昭和22年12月1日~ 貯金・為替・振替 保険 ・旧郵便貯金法において、ユニバーサルサー ・旧簡易生命保険法において、ユニバーサル サービスの提供の規定なし ビスの提供を規定 【 旧郵便貯金法】 第一条 この法律は、郵便貯金を簡易で確実な貯蓄の 手段としてあまねく公平に利用させることによっ て、国民の経済生活の安定を図り、その福祉を 増進することを目的とする 平成15年4月1日~ (日本郵政公社発足) 【旧簡易生命保険法】 第一条 この法律は、国民に簡易に利用できる生命保険 を、確実な経営により、なるべく安い保険料で提 供し、もって国民の経済生活の安定を図り、そ の福祉を増進することを目的とする 旧日本郵政公社法第20条において、日本郵政公社が、貯金・為替・振替、保険の業務を 行うために郵便局をあまねく全国に設置することを規定 ・郵便貯金法、郵便為替法の廃止に伴い、ユ ニバーサルサービスを提供する規定がなく 平成19年10月1日~ なる (郵政民営化) ・郵便局は、ゆうちょ銀行の銀行代理業を地 域住民の利便の増進に関する業務として実 施 ①銀行窓口業務 郵便局におけるユニバーサルサービスの提 平成24年10月1日~ 供の責務を日本郵便株式会社法に規定 (改正郵政民営化法等 ②銀行窓口業務以外の業務 施行) 地域住民の利便の増進に関する業務として 実施 (資料)総務省資料をもとにみずほ総合研究所作成 5 ・郵便局はかんぽ生命の保険業務及び事務 の代行を地域住民の利便の増進に関する 業務として実施 ①保険窓口業務 郵便局におけるユニバーサルサービスの提 供の責務を日本郵便株式会社法に規定 ②保険窓口業務以外の業務 地域住民の利便の増進に関する業務として 実施 また、郵政グループで金融サービスを提供する事業体の組織形態や当該組織に対する規制を巡る経 緯をまとめると図表 5 の通りである。 図表5 郵政グループの金融事業を巡る経緯 郵政民営化 郵政民営化 (法改正前) (法改正後) 国営 株式会社 株式会社 [直轄事業⇒公社] [5 社体制] [4 社体制] あり あり [2017 年 9 月期限] [期限なし] 郵政民営化以前 組織形態 金融二社の 完全民営化規定 なし あり [原則として認可制 だが、金融二社の各 発行済株式総数の 2 分の 1 以上が処分 された後は届出制] 金融二社の あり あり 業務範囲規制 [法令事項] [認可制] 金融二社の あり あり あり 限度額規制 [法律事項] [政令事項] [政令事項] あり あり あり 郵便のユニバーサル サービス 金融のユニバーサル サービス あり [貯金等・保険(注)] (注)旧簡易生命保険法では規定がなく、旧日本郵政公社法にて規定 (資料)みずほ総合研究所作成 6 なし あり [貯金等・保険] III. わが国の郵便局ネットワークと金融サービスの現状 1. 郵便局に課された法律上の責務 第Ⅱ章で述べた通り、郵政民営化法の改正により、郵便局ネットワークを保有する日本郵便及びそ の親会社である日本郵政には、金融のユニバーサルサービス(簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済 の役務等の基本的な金融サービス)を提供する義務が課されることとなった。 これは、郵便局に対する金融サービスの供給者である金融二社に金融のユニバーサルサービスの提 供義務を課すのではなく、委託を受けて金融サービスを提供する「場」(窓口)として、充実したネ ットワークを有する郵便局にそうした責務を負わせるという趣旨である。 これにより、現行法上、郵便局に対しては、①郵便(窓口)業務3、②銀行窓口業務、③保険窓口業 務の提供がユニバーサルサービスとして義務付けられていることになる(図表6)。 また、サービスを提供する「場」である郵便局4についても、設置基準が規定されており、「いずれ の市町村においても、一以上の郵便局を設置すること」、「地域住民の需要に適切に対応することが できるよう設置されていること」、「交通、地理その他の事情を勘案して地域住民が容易に利用する ことができる位置に設置されていること」、「過疎地においては、改正郵政民営化法施行の際に現存 する郵便局ネットワークの水準を維持することを旨とすること」等の基準が設けられている。 図表6 郵政事業のユニバーサルサービスの主な内容 ①内国郵便(大きさ、重量制限あり) 郵便(窓口)業務 ②国際郵便(重量制限あり) ③郵便物の特殊取扱(書留、引受時刻証明、配達証明、内容証明、特別送達) ①流動性預金の受入れ(通常貯金) 銀行窓口業務 ②定期性預金の受入れ(定額貯金、定期貯金) ③為替取引(為替、払込み、振替) ①終身保険の引受け(普通終身保険、特別終身保険) 保険窓口業務 ②養老保険の引受け(普通養老保険、特別養老保険) ③保険金等の支払請求の受理に関する事務代行(満期保険金、生存保険金) (資料)総務省資料をもとにみずほ総合研究所作成 3 4 ユニバーサルサービスの具体的な対象業務については、法令に列挙されており、郵便については、そのサービス水準 まで決められている。 郵便窓口業務を行うもののうち、銀行窓口業務又は保険窓口業務を行わない局や簡易郵便局(脚注 5 参照)を含む。 7 2. 郵便局ネットワークにおける金融サービスの状況 2015年12月末現在の郵便局ネットワークは約2.4万局で、直営の郵便局が約2万局、簡易郵便局5が約 4千局となっている。ただし、直営の郵便局でも、民営化される前の区分で「普通局」といわれてい た実質的な直営局は全体の10%以下で、大半が「特定局6」といわれていた実質的な委託局で構成され ていることから、地域における郵便局ネットワークについては、その多くが旧特定局や簡易郵便局で 占められているのが現状である。 郵便局には金融のユニバーサルサービスを提供する義務が課されているため、郵便局では貯金、為 替、保険の基本的な金融サービスが提供されている。また、ゆうちょ銀行の ATM ネットワークについ ては、郵便局を中心に全国に約 2.7 万台の ATM が設置されており、民間金融機関との相互利用も進ん でいる。 一方、ユニバーサルサービスが課されていない商品については、郵便局における取扱いにバラつき がある。例えば、がん保険の取扱いは約 2 万局まで広がっているが、投資信託の取扱いは約 1,300 局 に留まり、カードローンや住宅ローン等の媒介については、郵便局では取り扱わず、ゆうちょ銀行の 直営店舗(各都道府県の大型郵便局との併設等)でのみ展開している(図表 7)。 図表7 郵政グループが提供している他社の金融商品について 郵便局 商品の種類 がん保険 医療保険 変額年金保険 法人(経営者)向け 生命保険 引受保険会社 アフラック(アメリカンファミリー生命) 住友生命 メットライフ生命、三井住友海上プライマリー生命 アイエヌジー生命、メットライフ生命、住友生命、東京海上日動あんし ん生命、日本生命、三井住友海上あいおい生命、明治安田生命 取扱局数 20,076局(注) 1,000局 1,079局 自動車保険 あいおいニッセイ同和損害保険、富士火災保険、損害保険ジャパン 日本興亜、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険 1,495局 投資信託 東京海上アセットマネジメント、三菱UFJ投信、日興アセットマネジメ ント、マニュライフ・インベストメンツ・ジャパン等 1,316局 200局 ゆうちょ銀行 商品の種類 住宅ローン カードローン等 変額年金保険 投資信託 取扱銀行/引受保険会社/投資運用会社 スルガ銀行 スルガ銀行 メットライフ生命、三井住友海上プライマリー生命 東京海上アセットマネジメント、三菱UFJ投信、日興アセットマネジメ ント、マニュライフ・インベストメンツ・ジャパン等 取扱店舗数 82店舗 全店舗 全店舗 全店舗 かんぽ生命保険 商品の種類 引受保険会社 法人(経営者)向け アイエヌジー生命、メットライフ生命、住友生命、東京海上日動あんし 生命保険 ん生命、日本生命、三井住友海上あいおい生命、明治安田生命 法人(経営者)向け アフラック がん保険 取扱店舗数 全店舗 全店舗 (注)がん保険のみ 2015 年 7 月末現在、その他は 2014 年 10 月末現在 (資料)総務省資料をもとにみずほ総合研究所作成 5 6 日本郵便株式会社から受託した窓口業務を行う施設で、地方公共団体や組合、個人等がその担い手。 1871 年に郵便制度が創設された際、公費で郵便局を全国に設置することが財政的に難しかった中で全国にいち早く郵 便制度を浸透させるため、地域の名士や大地主に土地と建物を無償で提供させて、郵便事業を委託する形で設置され た郵便局(三等郵便局)に由来するもの。郵政民営化により特定局という区分は廃止されたが、現在でも全国の郵便 局の 3/4 以上が特定局をルーツとしている。 8 投資信託や保険商品を販売する郵便局が一定の範囲にとどまっている背景としては、金融商品を販 売する際に必要な資格の取得をはじめとする販売体制・管理体制の整備に係る負担が大きいことが考 えられる。郵政公社時代の数字から推定すると、特に、旧特定局や簡易郵便局ではその多くが 2~4 名程度で局を運営していることから、多種多様な金融商品のラインナップを揃えることは人的リソー スの観点から難しいと考えられる。 3.郵便貯金の規模 1999年度をピークとして国営時代から郵便貯金の規模は減少してきたが、民営化以後、減少率が下 げ止まっており、2011年度以降は、貯金残高が増加に転じている(図表8)。わが国の郵便貯金の規 模は約177兆円(2015年9月末)で、民営化後8年が経過した現在でも、未だ他の民間金融機関と比べ て巨大な規模を有しており、わが国の家計の金融資産約1,680兆円の11%程度のシェアを有している (図表9) 。 図表8 郵便貯金残高の推移(未払利子含む) (兆円) 300 260 民営化 250 200 150 100 50 0 19951996199719981999200020012002200320042005200620072008200920102011201220132014 (年度) (資料)ゆうちょ銀行、日本郵政公社資料等をもとにみずほ総合研究所作成 図表9 わが国における郵便貯金(個人預金)の規模 (兆円) 200 177 150 106 100 50 9 5 横浜銀行 (地銀最大手) 北洋銀行 (第二地銀 最大手) 0 ゆうちょ 銀行 三菱東京 UFJ銀行 (都銀最大手) (資料)各 IR 資料(2015 年 9 月末基準)をもとにみずほ総合研究所作成 9 4.郵政グループの中期経営計画への取組み 郵政グループは、株式上場を見据えて、2015年4月に「日本郵政グループ中期経営計画 ~新郵政ネ ットワーク創造プラン2017~」を公表した。 同計画では、これまで掲げてきた中期的なグループ経営方針である3つの柱(①主要三事業の収益 力と経営基盤を強化、②ユニバーサルサービスの責務を遂行、③上場を見据えグループ企業価値を向 上)を踏まえつつ、新たな3つの課題として、①更なる収益性の追求、②生産性の向上、③上場企業 としての企業統治と利益還元が掲げられた。そして、それらを実現するための事業戦略として、①郵 便物流の反転攻勢、②郵便局ネットワークの活性化、③ゆうちょの収益増強、④かんぽの保有契約底 打ち・反転、⑤収益拡大を目指した資金運用の高度化の5つが掲げられた。 このうち、「②郵便局ネットワークの活性化」では、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険と郵便局の一 体運営や「トータル生活サポートサービス」の展開により収益を拡大していく方針が示されている(図 表10)。 また、「③ゆうちょの収益増強」では、貯金だけではなく、投資信託等の資産運用商品も加えた「総 預かり資産」の拡大(3年間で貯金:+3兆円、資産運用商品:+1兆円)や役務手数料の拡大が掲げ られている(次頁図表11)。ゆうちょ銀行は、従来からの中心的な取扱い商品である貯金のみならず、 幅広い顧客ニーズに対応するための多様な金融商品・サービスを提供する方向であることから、こう したゆうちょ銀行の戦略と歩調を合わせる形で、郵便局において取り扱われる金融商品・サービスの 範囲も拡大していくことが見込まれる。 図表10 郵便局の中期経営計画 【事業の成長・発展のための戦略】 郵便局ネットワークの活性化 ⇒ ゆうちょ・かんぽと郵便局の一体運営、 トータル生活サポートサービスの展開により収益を拡大 【地域貢献】 ・郵便局ネットワークの維持・活性化、郵便、貯金、保険のユニバーサルサービスの堅持 ・郵便局のみまもりサービスなど地域の安心・安全な生活を支援するサービスの提供、拡大 等 【商品・サービスの充実、収益拡大】 ・提携金融サービスの多様化により収益拡大 (2013 年度 41 億円→2017 年度 200 億円規模) ・物販ビジネスの拡大 (2013 年度 167 億円→2017 年度 200 億円規模(連結売上高 1,500 億円規模)) ・不動産事業の展開 (2013 年度 117 億円→安定的な営業収益 250 億円規模) ・働く女性向け商品・サービス提供案内 ・郵便局の立地に応じた営業時間弾力化 (資料)日本郵政資料をもとにみずほ総合研究所作成 10 図表11 ゆうちょ銀行の中期経営計画 【目指す姿】 ①郵便局をメインとするきめ細かいネットワークを通じ、お客さま満足度 No.1 サービスを 提供する「最も身近で信頼される銀行」 ②「本邦最大級の機関投資家」として、適切なリスク管理の下で、運用の多様化を推進し、 安定的収益を確保 「目指す姿」を実現するための基盤構築の 3 年間と位置付け、以下に注力して取組む 1.1 億人規模のお客さまの生活・資産形成に貢献するリテールサービスの推進 ・安定的な顧客基盤の構築による総預り資産の拡大 ・役務手数料の拡大 ・営業基盤の整備 ・お客さま本位のサービス提供体制の構築 2.安定的な調達構造の下、国債をベースとしつつ、一層の運用収益を求めて、運用戦略を高度化 3.コンプライアンスの徹底を大前提に、上場企業としての強靭な経営態勢を構築 (資料)日本郵政資料をもとにみずほ総合研究所作成 11 IV. 海外の郵政事業の状況 海外でも「郵政事業」は国営事業を起源とする点でわが国と共通であるが、各国により郵政事業の 運営形態や各事業の民営化の進捗は区々である。本稿ではわが国の郵政民営化のあり方を考察してい く上での参考とするために、英国、フランス、ドイツ、イタリア、中国の5か国について、郵政事業 及び郵便貯金事業の状況を確認する。 1. 英国 (1) 英国の郵政事業の概要 英国の郵政事業は、わが国と同様、国営事業から公社化を経て、現在は株式会社形態となっており、 上場企業であるロイヤルメールグループが郵便事業を担うとともに、政府関与が100%である郵便局 会社(非上場)が郵便局での窓口事業を担っている(図表12)。ただし、郵便局会社は直接に郵便貯 金の勘定を持っているわけではなく、公的な貯蓄金融機関である国民貯蓄投資機構(NS&I:National Savings and Investment)や民間金融機関の貯蓄商品等を提供する場(窓口)となっている。 郵便局のネットワークは約1.1万局で構成されているが、直営局は3%程度しかなく、残りは代理局 が約87%、アウトリーチ店舗(移動店舗、他の小売店舗での一部サービスの再委託、公民館等への出 張等)が約10%とされている。郵便局の立地は、都市部が30%強、都市部の中でも貧困地域が10%強、 地方部が50%以上とされている。 図表12 英国の郵政事業(イメージ) ・郵便事業の実施主体 ・窓口業務に特化 ・2013 年に株式上場 ・政府関与 100% ・資本関係のない 金融機関等が サービスを提供 政府 100% 窓口業務の委託 ポスタルサービス持株会社 30% 100% ロイヤルメール・グループ (書状・小包) 上場 郵便局会社 (窓口) 100% ロイヤルメール・ インベストメント NS&I 銀 行 保険会社 その他 その他 (資料)総務省資料等をもとにみずほ総合研究所作成 12 こうした立地の背景としては、英国の人口の99%の者が3マイル(約4.8km)以内に郵便局があるよ うにするなど、国が最低限のネットワークアクセス基準を定めていることにある。一方、国は当該基 準を遵守させ、郵便局ネットワークの維持・高度化を継続するために、郵便局会社に補助金を交付す ることができる。実際に2013年には9.3千万ポンド(約160億円)、2014年には6千万ポンド(約110億 円)が交付されている。 郵便局は、金融機関の販売代理店として、NS&Iが提供する非課税の貯蓄商品や預金型ISA(非課税 貯蓄口座)を提供しているほか、民間銀行であるアイルランド銀行の預金や貸付商品など多様なサー ビス提供を行っている7。また、大手銀行も含め24の民間金融機関と提携しており、預金口座に関する 現金の引き出しや預け入れなど基本的なサービスに係るアクセスポイントとして利用されている8。 (2) 英国の郵便貯金事業の概要 英国では、郵便局のためだけに貯金などの金融サービスを提供する銀行は存在しない。主に郵便局 ネットワークで貯蓄商品を販売するNS&Iが歴史的な経緯から当該機関に最も近い存在だが、その規模 は約1,100億ポンド(約20兆円)[2015年9月末時点で、英国の家計の金融資産約5.6兆ポンド(990兆 円)の約2%]と国民の金融資産全体に占めるシェアは小さい。 2. フランス (1) フランスの郵政事業の概要 フランスの郵政事業も、国営事業から公社化を経て、現在は株式会社形態となっており、ラ・ポス ト(非上場)が郵便事業と郵便局における窓口事業を担っている。ラ・ポストへの出資は約 7 割が政 府、約 3 割が公的金融機関である預金供託金庫(CDC)であり、実質的に 100%政府出資の企業である。 郵便貯金事業については、ラ・ポストの 100%子会社であるラ・バンク・ポスタルが担っている(次頁 図表 13)。 郵便局のネットワークは、約 1.7 万局で構成されており、そのうち約 1 万局が直営局で、残りの約 7 千局が委託郵便局である。委託郵便局については、地方公共団体と連携した地方郵便局と商店主等 に業務を委託する郵便取次所に区分される。 郵便事業の担い手であるラ・ポストには法令上郵便のユニバーサルサービスが義務付けられており、 郵便局への最低限のアクセス基準についても定められている。こうした郵便局の設置・維持の費用等 については、政府が補助金を交付する仕組みが設けられている。欧州委員会は 2013 年から 2017 年に わたって 8.5 億ユーロ(約 1,230 億円)の拠出を承認しており、2014 年には政府からラ・ポストに対 して 1.7 億ユーロ(約 250 億円)の補助金が交付された。 また、ラ・ポストには、郵便のユニバーサルサービス以外にも、ネットワークを活用した地域活性 化への貢献や輸送・配達業務、銀行業務への利用者のアクセス確保も法律上求められている。 7 8 NS&I の貯金商品や ISA など、政策的な非課税貯蓄商品については、制度上の限度額あり。また、アイルランド銀行 による預金については 75,000 ポンドまで預金保険により保証されている。 金融機関ごとに取扱い可能なサービスは異なる。 13 (2) フランスの郵便貯金事業の概要 フランスでは、上記の通り、ラ・ポストの完全子会社であるラ・バンク・ポスタルが、ラ・ポスト が有する郵便局のうち、約1万局において貯金などの銀行サービス等を提供している。貯金総額は約 1,600億ユーロ(約20兆円)[2015年9月末時点で、フランスの家計の金融資産約4.8兆ユーロ(約640 兆円)の3%程度]と、国民の金融資産全体に占めるシェアは小さい。 ラ・バンク・ポスタルの業務については、フランスの伝統的な非課税貯金である「Libert A」を取 り扱っているほか、こうした非課税商品の限度額を超えた分については、普通・定期貯金等の取り扱 いがある。一方、ラ・バンク・ポスタルには、法律上、手数料なしで「Libert A」を開設・維持し、 低額(1.5ユーロ)からの預入れ・引出しを取り扱う義務が課されている9。同サービスの提供に係る 費用については、政府からラ・バンク・ポスタルに補助金で支援する枠組みがあり、2014年には2.4 億ユーロ(約350億円)が交付されている。また、郵便分野の厳しい経営環境を背景に、グループと しての経営の多角化の観点からラ・バンク・ポスタルの金融業務の拡大が行われている。2006年にラ・ バンク・ポスタルが設立されて以降、住宅ローンや消費者ローン、中小企業・地方公共団体向けの融 資等が順次解禁され、現在では幅広い貸付業務が可能となっている。 ラ・バンク・ポスタルと民間金融機関との関係については、郵便貯金事業を分社化する際にフラン ス銀行協会(FBF)が、これまで国営であったラ・バンク・ポスタルはメリットを享受することにな りかねないと懸念を示し、欧州委員会に提訴を行った。しかし、同委員会は、ラ・バンク・ポスタル 図表13 フランスの郵政事業(イメージ) 政府 100% ・郵便事業と窓口業務 の実施主体 預金供託金庫 約74% ・政府関与 100% 約26% ・郵便貯金事業の 実施主体 ラ・ポスト (書状・小包・窓口) 100% 51% ラ・ポスト モバイル ・政府関与 100% ラ・バンク・ ポスタル(銀行) その他 (資料)総務省資料等をもとにみずほ総合研究所作成 9 フランスでは一般的に預金口座に対して口座維持手数料等が課される(例えば、BNP パリバでは、当座預金口座に対 しては月額 1~5.75 ユーロ、貯蓄預金口座に対しては、一定残高未満の場合に年額 2.5 ユーロ+保険料等)。Libert A については、民間銀行でも通常、手数料なしで開設・維持しており、10 ユーロからの預入れ・引出しを行っている。 また、一部ではラ・バンク・ポスタルにおけるこの義務が金融のユニバーサルサービスとして取り扱われているが、 年次報告書等では、郵便とは異なり「ユニバーサルサービス」と明記されておらず、非課税の貯蓄商品の提供のみが 対象とされていることから、本稿では、「金融のユニバーサルサービス」とは異なるものとして取り扱う。 14 の設立は銀行セクターにおける競争に影響を与えないとして、最終的に承認された。一方、欧州委員 会の要請により、ラ・バンク・ポスタル等が独占してきた「Libert A」については、2009年に全ての 銀行で取り扱いができるようになった。 ラ・バンク・ポスタルは2020年に向けた開発計画(development plan)の中で、既存の販売チャネ ルを全て再構築する方針を掲げている。顧客とのチャネルは、アドバイザーでの対応、カウンターで の取引、ATM、オンライン取引等が挙げられているが、新たなツールを導入することで、顧客が複数 のチャネルを相互活用することを促進し、アドバイザーによる課題解決を単純化したり、ビジネスの 効率性を向上させることが目指されている。現在、顧客からのコンタクトの46%はデジタル技術に由 来するチャネルであり、今後も新しいデジタル技術を駆使した銀行サービスの提供が戦略として重視 されている。 3. ドイツ (1) ドイツの郵政事業の概要 ドイツの郵政事業も、国営事業から公社化を経て、現在は株式会社形態となっており、ドイツ・ポ ストが郵便事業を担っている。上場企業であるドイツ・ポストの株式は、公的機関である復興金融公 庫(KfW)がその約 2 割を保有しており、現在でも一定の政府関与が残存している。郵便局において貯 金などの金融サービスを提供しているポスト・バンクは、かつてドイツ・ポストの 100%子会社であっ たが、株式を上場した後、現在では民間金融機関であるドイツ銀行の子会社となっており、政府関与 はなくなっている(図表 14)。 図表14 ドイツの郵政事業(イメージ) ・郵便貯金事業の 実施主体 連邦政府 州政府 80% ・政府関与なし ・窓口業務を代替 20% 上場 復興金融公庫 ドイツ銀行 約20% 窓口業務の委託 ドイツポスト (書状・小包) (資本関係なし) ポストバンク 上場 小売店等 ・郵便事業の実施主体 世界中に800を 超える子会社・ 関連会社を保有 ・窓口機能なし (資料)総務省資料等をもとにみずほ総合研究所作成 15 ドイツ・ポストは、近年、経営戦略として物流事業を重視しており、国際物流事業を収益の柱とし ている。ドイツ・ポストには、郵便のユニバーサルサービスが義務付けられているが、経費削減計画 に基づき直営の郵便局を廃止した結果、現在では 2 店舗が残存するのみであり、約 2.5 万局の郵便局 ネットワークは、ポスト・バンクの店舗や小売業者への業務委託等により維持している。具体的には、 ドイツ・ポストの直営郵便局をポスト・バンクが買い取り、こうした店舗や小売店等の業者にドイツ・ ポストが業務を委託する形式をとっている。 (2) ドイツの郵便貯金事業の概要 ドイツでは、上記の通りポスト・バンクが郵便局において貯金などの金融サービスを提供している。 ポスト・バンクの貯金総額は約500億ユーロ(約7兆円)[2014年12月末時点で、ドイツの家計の金 融資産約5兆ユーロ(約720兆円)の1%程度]と、国民の金融資産全体からみたシェアは小さい。 ポスト・バンクの店舗ネットワークは、もともとの直営店である約1,100店舗に加え、ドイツ・ポ ストから買い取った約4,500店舗や700の金融アドバイザリーセンター等で構成されており、6,000拠 点以上で金融サービスの提供が行われている。業務については、通常の民間銀行と同様、貯金業務の みならず、資産運用商品や貸出など幅広い業務に従事しており、ドイツ銀行グループのリテール部門 のうち、個人及び中小企業顧客セグメントの中核会社として位置付けられている。ただし、ドイツ銀 行が2015年4月に公表した「戦略2020」では、2016年度末までにポスト・バンクを再上場させ、ドイ ツ銀行グループから分離する方針が示されている。 また、ポスト・バンクは、約600万のオンラインバンキング口座を有しており、ドイツにおける当 該市場でNo.1のプレゼンスを有するといわれている。ポスト・バンクの年次報告書では、今後も、金 融のイノベーション等を通じて、よりユーザーフレンドリーかつ安全なモバイルバンキングを提供す ることに加え、地域においては、セルフサービス等の拡大を図り、顧客サービスを向上させる方向性 が示されている。 4. イタリア (1) イタリアの郵政事業の概要 イタリアの郵政事業も、国有事業から公社を経て、現在は株式会社形態となっており、上場企業で あるポステ・イタリアーネが郵便事業及び郵便局における窓口事業に加え、郵便貯金事業も一体的に 担っている(次頁図表 15)。ポステ・イタリアーネには、現在でも約 6 割の政府出資が残存している。 ポステ・イタリアーネには、郵便のユニバーサルサービスが義務付けられており、それに伴い政府 が補助金を交付する仕組みが設けられている。政府はポステ・イタリアーネに対し、2013 年に 3.4 億 ユーロ(約 490 億円)、2014 年に 2.7 億ユーロ(約 390 億円)の補助金を交付している。 郵便局のネットワークは、約 1.3 万局の直営局から構成され、ATM は約 7,000 台設置されている。 また、ポステ・イタリア―ネの収益は、子会社による保険サービスによる収入が全体の 66%程度と最 も高く、次いで銀行サービスの約 19%、郵便サービスの約 14%となっていることも特徴的である。 16 (2) イタリアの郵便貯金事業の概要 イタリアでは、上記の通り、郵便事業を行っているポステ・イタリアーネが郵便貯金事業も行って おり、 「バンコ・ポスタ」という名称が使用されている。 バンコ・ポスタの預り資産規模は、3,256億ユーロ(約50兆円)10[2014年12月末時点で、イタリア の家計の金融資産約4兆ユーロ(約580兆円)の8%程度]と、他の欧州地域と比べると国民の金融資 産全体に占めるシェアはやや高い。 バンコ・ポスタは、 政府保証の付いた郵便貯金商品である通帳預金口座及び付利郵便債券のほかに、 一般的な当座預金や資産運用商品を取り扱っている。また、貸付業務については、他の金融機関の代 理・媒介を行うことが認められており、住宅ローンや消費者向けローンなどにおいて提携が進められ ている。 また、ポステ・イタリアーネの 100%子会社として、仮想移動体通信事業11を行うポステ・モービル が設立されており、バンコ・ポスタと連携し、携帯電話を活用した銀行サービスの提供等を行ってい る。このように、ポステ・イタリアーネは、デジタル技術の発展に着目し、グループとして、物理的 なインフラネットワークだけでなく、技術的なネットワークの構築も行っており、国家のデジタル化 に向けた重要な役割を担っている。 図表15 イタリアの郵政事業(イメージ) ・郵便事業と郵便貯金 ・2015 年に株式上場 事業と窓口業務の 政 実施主体 ・一定の政府関与あり 府 約60% 上場 100% バンコ・ポスタ・ファンド SpA SGR (資産運用) ポステ・イタリアーネ (書状・小包・銀行 【バンコ・ポスタ】) 100% 100% ポステ・ヴィータ (生命保険) ポステ・モービル (仮想移動体通信事業) その他 100% ポステ・アシキューラ (損害保険) (資料)総務省資料等をもとにみずほ総合研究所作成 10 11 付利郵便債券 2,113 億ユーロを含む。 無線通信回線設備を開設・運用せずに、自社ブランドで携帯電話や PHS などの移動体通信サービスを行う事業者。 17 5. 中国 (1) 中国の郵政事業の概要 中国の郵政事業も、国の直轄事業を経て、現在は政府の 100%出資企業である中国郵政集団公司(中 国郵政)が郵便事業及び郵便局の窓口事業を担っている(図表 16)。その子会社である中国郵政貯蓄 銀行が郵便局において貯金などの金融サービスの提供を担っており、報道では、複数の金融機関に株 式割り当てを行い、近々の株式上場を計画しているとのことである。 中国郵政には、郵便のユニバーサルサービス義務が課されており、必要に応じ政府が補助金を交付 する枠組みが設けられている。郵便局ネットワークについては、約 5 万局から構成され、そのうち約 4 万局では中国郵政貯蓄銀行が金融サービスを提供している。 また、中国では、第18期三中全会12により「普恵金融」13の推進が掲げられており、ユニバーサルサ ービスの考え方や政策金融機関の果たす機能とは別に、中国郵政貯蓄銀行には、農村、貧困層、小規 模企業等へ金融サービスを提供することが求められている。 図表16 中国の郵政事業(イメージ) ・郵便事業と窓口業務 政 府 の実施主体 ・政府関与 100% 100% 中国郵政集団公司 (書状・窓口) ・郵便貯金事業の 実施主体 ・政府関与 8 割超 約83% (株式上場予定) 中国郵政貯蓄銀行 (銀行) その他 (資料)中国郵政資料をもとにみずほ総合研究所作成 12 中国共産党第 18 期中央委員会第 3 回全体会議の略。三中全会は、中国の歴史の流れを変える数々の決断が行われた 場で、政権の改革に対する思想や意欲、能力を映す鏡として注目されている。 13 社会の各階層にサービスを提供する金融体制で「inclusive finance」ともいわれる。 18 (2 2) 中国の郵 郵便貯金事業 業の概要 中国 国では、上記 記の通り、中国 国郵政貯蓄銀 銀行が郵便局に において金融 融サービスの提 提供を行って ている。貯 金規模 模は、約6兆元 元(約120兆円 円) [2014年122月末時点で、 、中国の家計 計の金融資産約 約約103兆元(約1,990 兆円) )の6%程度] ]と、国民の の金融資産全体 体からみたシ シェアは相応に に高い。 中国 国郵政貯蓄銀 銀行は、貯金業 業務のほか、デビットカー ードやクレジ ジットカード、貸付業務な など、幅広 い業務 務を行ってい いる。特に、貸 貸付業務につ ついては、国内 内の都市部と農村部との格 格差問題が深 深刻化する なか、 、「三農」といわれる、農 農業、農村、農民への支援 援に加え、小 小規模・零細企 企業への資金 金供給など が政策 策上期待され れており、「普 普恵金融」の の推進にあたってもそうし した観点が重視 重視されている る。また、 同行は は、インター ーネット金融の の発展にも積 積極的に取り組 組んでおり、電子銀行サービスの利用 用者は1億 人を突 突破している る。今後も、インターネット ト金融と郵便・物流サービ ビスとの連携の の方向を示し している。 なお お、国有商業 業銀行をはじめ めとする民間 間金融機関との の関係につい いては、監督官 官庁である銀 銀行業監督 管理委 委員会によれ れば、中国郵政 政貯蓄銀行は は他の商業銀行 行と補完的な な関係を維持し し、社会主義 義新農村建 設を支 支援する存在 在として位置付 付けられてお おり、国有商業 業銀行が農村 村部から撤退す する中、他の の農村金融 機関と とともに、政 政府が力をいれ れている三農 農支援を行って ている。実際 際に、同行の広 広大なネットワーク拠 点の約 約70%は農村 村部、約40%は は所得が相対 対的に低いとさ されている中 中西部に設置さ されている。 6. 小括 以 以上、英国、フランス、ドイツ、イタ タリア、中国の5か国の概要についてみ みてきたが、郵便局に おける る金融サービ ビスの担い手、 、当該担い手 手の組織形態や や民営化の状 状況等は図表117のように整 整理するこ とが可 可能であり、各国によって てその運営形 形態や規模、サ サービスの内 内容等は様々で である。 図表17 海外の郵 郵便局における る金融サービ ビスの供給者 者 郵便貯金 金銀行(郵便局で で貯金等のサ サービスを取り扱 扱う銀行)の状 状況 国有企業 郵便 便局と郵便貯金 金事業の 提供主体が同 同一 グル ループ内の金融 融機関が 郵便局で提供 供 グル ループ外の金融 融機関が 郵便局で提供 供 ― 一部民 民営化 完全民営化 なし な ― ― ― ― イタリア ア 中国 フラ ランス 日本 ― ― (資 資料)総務省資料 料をもとにみず ずほ総合研究所作 作成 19 ドイツ ド 英国 一方、政府関与のある企業体が郵便局事業を担い、ネットワークとして物理的に多くの拠点網を維 持していることや、金融サービスについては、ユニバーサルサービスの義務が課されていないこと、 オンラインバンキング等を活用した顧客チャネルのマルチ化への取組みが強化されていることなど、 各国で共通している点も多い。また、各国の郵便貯金の規模が国民の金融資産全体に占める割合がわ が国と比較して小さく、他の民間金融機関とのすみわけや連携・協調も行われている事例も見受けら れる(図表18) 。 図表18 各国の郵政事業(主に郵便局・郵便貯金銀行)の特徴 英国 フランス ドイツ イタリア 中国 日本 郵便局 ◎ ◎ ○ ○ ◎ ○ 郵便貯金 ― ◎ なし ○ ○ ○ 委託局が 委託局が 委託局が 直営局が 直営局が 直営局が 郵便局ネットワークの特徴 9 割以上 4 割以上 ほぼ 100% 中心 中心 8 割以上 (注 2) 地方部が ― ― ― 農村部が 過疎地が 70%以上 30%以上 政府 関与(注 1) 50%以上 郵便局運営会社の 郵便 郵便 物流 保険 銀行 郵便 ユニバーサルサービス義務 郵便 郵便 郵便 郵便 郵便 郵便・金融 (補助金の有無) (あり) (あり) (あり) (あり) (あり) (なし) その他法令上の責務等 ― 銀行業務等 ― ― 銀行業務 ― 郵便貯金の限度額(注 3) ― △ なし なし なし ○ ― 1% 3% 8% 6% 11% 主な収入源 郵便貯金の家計金融資産 全体に占める割合 民間金融機 郵便局又は郵便貯金銀行 関の商品を と民間金融機関との連携 貸付・資産 自身が民間 商品等 あり ― 資産運用 運用商品等 取扱い デジタル技術への対応 一部貸付・ 郵便貯金銀行 一部の貸付 商品等 金融機関 あり あり あり あり (注 1)◎:直接又は間接的に政府等が 100%出資、○:政府関与あり。英国は郵便貯金銀行なし。 (注 2)旧特定局長を委託局とみなす場合は、直営局は 5%程度となる(民営化時の普通局数をもとに試算) (注 3)○:あり、△:提供している非課税貯蓄商品に限度額あり。英国は郵便貯金銀行なし。 (資料)各種資料をもとにみずほ総合研究所作成 20 あり V. 郵便局における金融事業のあり方 1. 検討すべき論点 これまで確認してきたわが国の郵政グループの現状や、海外における郵政事業の状況等を踏まえ、 本章では、郵便局における金融事業のあり方に関する以下の4つの論点について検討する。 第一に、金融のユニバーサルサービスのあり方について、ユニバーサルサービスの義務付けを行う 場合の公的支援のあり方も含めて検討する。 第二に、郵便局に対する金融サービスの「供給者」14について、供給者に国の関与が残る場合のあ り方も含めて検討する。 第三に、郵便局が提供する金融サービスの範囲について、利用者利便の観点や人的リソースも含め た体制整備負担などの観点も踏まえて検討する。 第四に、郵便局における金融サービスの提供方法について、インターネット環境の普及とeコマー スの市場拡大等の環境変化も踏まえて検討する。 2. 論点に対する考察 (1) 金融のユニバーサルサービスのあり方 a.金融サービスのアクセス確保に向けた取組み そもそもユニバーサルサービスとは、国民があまねく全国において公平に利用できるようにするべ きサービスのことを指し、通信や電気等のインフラ分野に義務づけられることが多い。郵便サービス に関しては、万国郵便条約において、「すべての利用者が、その質を重視した郵便の役務を、加盟国 の領域のすべての地点において、恒久的に、かつ、合理的な価格の下で受けることができるような普 遍的な郵便業務の提供を受ける権利を享有することを確保する」こととされている。こうした趣旨か ら、海外では郵便のユニバーサルサービスが特定の事業者に義務付けられており、その対価として国 から補助金を交付する枠組みが整備されるという対応が一般的である。 また、今回調査した海外主要国において、郵便局に対して金融のユニバーサルサービスの提供義務 を明示的に課している例はない。その理由は必ずしも明確ではないが、一般的に農村部なども含めた 地域において、民間金融機関のネットワークも活用しつつ、金融サービスへのアクセスを確保するこ とが可能と判断される場合は、郵便局に対して金融のユニバーサルサービスの提供を義務付ける必要 性は小さいものと考えられる。 なお、フランスでは、郵便局ネットワークを有するラ・ポストに対する「使命」として、銀行業務 へのアクセス確保が法律で定められているほか、金融サービスの供給者であるラ・バンク・ポスタル に対しても、非課税貯蓄商品を手数料なしに開設・維持する義務等が課されている。また、中国でも 14 各国の郵政事業のあり方をみると、郵政事業を同一法人で一体的に行っているケースを除いて、郵便貯金銀行や民間 金融機関が郵便局という「場」に金融サービスを供給し、委託を受けた郵便局が実際に金融商品の販売や事務サービ スの提供を行っていることから、「供給者」というフレーズを使用している。 21 「普恵金融」というスローガンの下、郵便局における金融サービスの供給者である郵政貯蓄銀行にも 金融アクセスが不十分な層への取組みが求められるなど、金融サービスへのアクセス確保に向けた取 組みとして、郵便局を政策的に活用する事例も見受けられる。 一方、わが国では、2007 年の郵政民営化において金融のユニバーサルサービス義務が一旦廃止され たが、2012 年の郵政民営化法の改正により再び義務付けが行われており、海外主要国に例のない特殊 性を有している。金融のユニバーサルサービスの必要性やその範囲は、民間金融機関のネットワーク に加え、後述するように、IT 技術を駆使した非対面チャネルによる金融サービスの普及度合いからも 大きな影響を受ける。 昨年以降、 ファイナンスとテクノロジーを融合した金融サービスを表す 「FinTech」 に注目が集まっているように、 近年の IT 技術の目覚ましい進展と金融サービスとの融合は今後一層加 速していくと見込まれている。わが国の金融のユニバーサルサービスのあり方についても、こうした 事業を取り巻く社会・金融環境や諸外国の取組みを踏まえ、必ずしも現行の制度を所与とすることな く、柔軟に見直していく必要があろう。 b.ユニバーサルサービス確保に向けた方策 総務省の情報通信審議会が公表した答申「郵政事業のユニバーサルサービス確保と郵便・信書便市 場の活性化方策の在り方」(平成 27 年 9 月)でも、「中長期的な検討課題」として指摘されている通 り、特定の民間事業者に対してユニバーサルサービスの義務付けを行う場合は、その対価としてサー ビスの提供に係る費用負担を補助金等の形で支援することも含めて、ユニバーサルサービスの確保に 向けた方策を検討する必要があると考えられる15。 わが国では、これまで郵政三事業の一体運営を通じて赤字を出すことなく郵便局ネットワークを維 持してきたことから、従来のやり方を変える必要はないのではないかとの意見も想定される。一方、 民営化された郵政グループが公的な義務に係る費用をその金額を明確にしないまま自らの経営体力の 中から捻出し続けることは、 上場企業としてのアカウンタビリティの観点から問題となりうる。 また、 仮に、郵便事業の赤字を金融事業の黒字で賄うなど、郵政グループ内の異なる事業間で内部補助が行 われた場合、郵便事業や金融事業における他の事業者との公正な競争条件の確保の観点からも問題が ある。今後も郵政民営化の推進を通じて郵政グループ各社の民間市場への融合が進むことが想定され る中、透明性のある事業運営の枠組みの構築が望まれる。 (2) 郵便局に対する金融サービスの供給者とその組織のあり方 a.郵便局に対する金融サービスの供給者 海外では、郵便局における金融サービスの供給者については、国の関与が残る金融機関等が専ら行 っている例のほか、民間金融機関に完全に委ねている例、公的な金融機関等と民間金融機関が連携し ている例などがあり、様々である。 わが国では、歴史的な経緯から、郵便局において提供される金融サービスの多くは金融二社により 供給されているが、ユニバーサルサービスの対象となる貯金・保険等の商品を含め、金融二社以外の 15 上記の総務省の答申でも、郵便局ネットワーク維持に係るコスト負担の在り方について、海外事例のように国からの 補助金も一つの考慮事項として示されている。 22 民間金融機関の金融サービスを提供することも可能な制度となっている。 郵政グループの中期経営計画でも「郵便局ネットワークの活性化」に向けた方策の一つとして、 「提 携金融サービスの多様化による収益拡大」が掲げられている通り、郵政グループの充実した顧客基盤 と、民間金融機関の専門的なノウハウや知見を組み合わせることにより、幅広い顧客のニーズに応え ていくという視点が重要である。特に、人口減少等の問題に直面する地方において、郵政グループと 地域金融機関がこれまでの関係を超えて、店舗経営やリスクマネー供給等の分野で連携することがで きれば、地方創生を推進する観点からも大きな意義を有すると考えられる。 b.金融サービスの供給者に国の関与が残る場合の留意点 郵便局に対する金融サービスの供給者については、ドイツのように、ポスト・バンクの完全民営化 が行われた事例がある一方、フランスやイタリアでは、国の関与が残るラ・バンク・ポスタルやポス テ・イタリアーネに業務範囲規制を課しつつも、比較的幅広い銀行業務の取扱いが認められているな ど、各国ごとにそのあり方は様々である。 わが国の郵政民営化法では、他の金融機関等との間の競争関係に影響を及ぼす事情等を踏まえ、金 融二社の業務範囲や限度額に制限が課されている。これは、金融二社には、政府関与が残存すること による競争上の優位(いわゆる「暗黙の政府保証」16)が存在しており、民間金融機関との公正な競 争条件が確保されていないとの考え方に基づくものである。 これに対して、 「暗黙の政府保証」は利用者による「誤解」であり、金融二社の業務範囲や限度額 規制が課されている方が不公正だとの指摘もあるが、たとえ「誤解」であっても、実際に利用者や投 資家がそうした認識を持つだけでも、信用を競争力の源泉とする金融業においては問題が大きいと考 えられる。特に、わが国の場合は、海外と比べて金融二社が国民の金融資産に占めるシェアは極めて 大きく、金融二社の動向が地域金融機関をはじめとする民間金融機関の経営に大きな影響を及ぼすこ とに留意が必要である。 今後、金融二社が民間金融機関と同じ土俵で競争していく方向を目指すのであれば、完全民営化の 道筋を明確に示すことにより、 「暗黙の政府保証」を払拭していくことが重要となる。逆に完全民営 化の道筋が示されず、巨大な金融二社に国の関与が残り続けるのであれば、民間金融機関との公正な 競争条件への配慮は引き続き必要であり、業務範囲や限度額規制は維持されていくこととなろう。 なお、金融二社の完全民営化に対しては、郵便局との一体的な運営や金融のユニバーサルサービス の確保が困難になる等の懸念も指摘されているが、金融二社のビジネスモデルは郵便局ネットワーク を前提に構築されていることや、上記で考察した通り、郵便局に対する金融サービスの供給者は必ず しも金融二社である必要はないことから、そうした懸念は小さいと考えられる。また、 (1)で検討し た通り、郵便局によるユニバーサルサービスの提供に係る費用負担が補助金等で賄われることとなれ ば、そうした懸念はより小さくなるであろう。 16 法令上は政府保証が明示されていないが、いざという時には国が救済してくれるのではないかと利用者が期待するこ となどを指す。 23 (3) 郵便局で提供する金融サービスの範囲 海外の郵便局では、預金・決済など基本的な業務のほか、投資信託や保険などの資産運用商品の販 売業務や個人ローンなどの貸付業務、クレジットカード業務など、多様な金融サービスを提供してい る例が多い。 上記の通り、わが国の郵便局が提供する金融サービスの範囲も拡大傾向にあるが、郵政グループが 中期経営計画で掲げた「専門性強化による金融営業力の強化」を実現していくためには、今後も取扱 いサービスのさらなる拡大に向けた取組みを進めていく必要がある。特に、政府の成長戦略において、 家計の資産形成支援に向けた「NISA(少額投資非課税制度)の普及促進」等が掲げられる中、充実し たネットワークを有する郵便局を通じた投資信託の販売等が進めば、わが国の「貯蓄から投資へ」の 流れを促進することにもつながり、国民経済的な意義も大きいと考えられる。 ただし、郵便局で取り扱う金融サービスの範囲を拡大するにあたっては、必要な資格の取得をはじ めとする販売体制・管理体制の整備に係る負担等も想定されることから、顧客ニーズやリソースの配 分を踏まえた段階的な対応を行うことが現実的であろう。また、専門人材の有効活用(一定のエリア ごとに専門人材を配置し複数の郵便局を担当する、提携金融機関から人材支援を受ける等)や、後述 する金融サービスの提供方法の高度化など、民間企業として一層創意工夫していくことも重要である。 (4) 金融サービスの提供方法 海外では、郵便局に対する金融サービスの供給者である銀行等において、オンラインバンキングな ど、IT技術を駆使した非対面チャネルでの取引を強化し、対面チャネルと組み合わせることで効率的 なネットワーク運営を行うことが重視される傾向にある。 わが国の郵政グループの中期経営計画でも、郵便局における金融窓口事業における「リアルネット ワークとバーチャルの融合」や、ゆうちょ銀行における「ダイレクトチャネルを通じた顧客基盤の拡 充」等が掲げられており、IT技術が急速に進化する環境下で、顧客基盤の拡大や利用者利便の向上の 観点から、非対面チャネルでの取引強化が一層重要になることが想定される。特に若年層やITリテラ シーが高い顧客層を取り込んでいくためには、ITを駆使したサービスの拡充が必要である。 非対面チャネルの強化を通じて、顧客取引のマルチチャネル化が推進されれば、前述の通り、上記 (1)の金融のユニバーサルサービスのあり方や、上記(3)の郵便局で提供する金融サービスの範囲にも 大きな影響を及ぼす可能性がある。郵政グループにおいては、 「FinTech」を活用した金融サービスの 提供なども含めて積極的な取組みが行われることが期待される。 24 VI. おわりに 本稿では、郵便局における金融事業のあり方について、海外の事例も参考にしながら考察してきた が、各国の郵政事業は、それぞれの社会事情や市場環境を踏まえて現在の姿に至っており、ある国の 事例をそのままわが国における望ましいあり方として当てはめることは難しいことがわかる。よって、 各国の事情とわが国の事情も比較考量しつつ、わが国に適合すると考えられる事例を踏まえながら、 本稿で示した各論点を中心にわが国の制度を検証し、必要に応じて見直していくべきであろう。 郵政民営化法の基本理念には、郵政民営化は、 「公正かつ自由な競争を促進し、多様で良質なサー ビスの提供を通じた国民の利便の向上」を図るため、 「地域社会の健全な発展及び市場に与える影響」 に配慮しつつ、 「同種の業務を営む事業者との対等な競争条件を確保するための措置」を講じ、もっ て「国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与する」ことが掲げられている。真の郵政改革の 実現のためには、この要素がどれも欠けることのないよう、多角的な視点をもって改革を進めていく ことが必要である。郵政グループの株式上場が実現し郵政民営化が新たな局面に入った今こそ、郵政 民営化の目指すべき最終的な姿について、腰を据えた議論が開始されることが望まれる。 図表19 郵便局における金融事業のあり方(まとめ) a IT 技術の進展など、事業を取り巻く社会・金融環 境や諸外国の取組みを踏まえ、望ましい制度の あり方について柔軟に見直していく必要 ①金融のユニバーサルサービス のあり方 特定の民間事業者に対してユニバーサルサービ b スの義務付けを行う場合は、その対価としてサー ビスの提供に係る費用負担を補助金等の形で支 援することも含めて、検討する必要 a 郵政グループの充実した顧客基盤と民間金融機 関の専門的なノウハウや知見を組み合わせるこ とにより、幅広いニーズに応える視点が重要 ②郵便局に対する金融サービスの 供給者とその組織のあり方 金融二社が民間金融機関と同じ土俵で競争して b いく方向を目指すのであれば、完全民営化の道 筋を明確に示し、「暗黙の政府保証」を払拭して いくことが必要 ③郵便局で提供する金融サービス の範囲 必要な資格の取得をはじめとする販売体制・管理 体制の整備にも留意しつつ、民間企業として一層 創意工夫を行い、今後もさらなる拡大に向けた取 組みを進めていく必要 ④金融サービスの提供方法 FinTech の活用など、非対面チャネルの強化を通 じた、顧客取引のマルチチャネル化が重要 (資料)みずほ総合研究所作成 25 (補論)郵便局ネットワークのあり方 郵便局ネットワークは、郵便サービスと金融サービスの提供窓口という2つの機能を担っており、 その政策上の必要性から、ネットワークの維持が各国において共通の課題となっている。海外では、 イギリスとフランスにおいて郵便局の最低設置基準が明確に示されており、人口の何%が一定距離の 圏内でアクセスできるかという「人口」及び「距離」を用いた基準が設けられている。その水準につ いては90%~99%と高水準であるが、必ずしも100%の者がそうした基準を満たさなければならない という考え方ではないことが分かる。もちろん、ベストプラクティスとしてより100%に近づけるよ う対応していくことが求められるが、ネットワーク維持に拠出される補助金にも制約があることなど から一定の線引きは必要と考えられる。 郵便局への最低限のアクセス基準(英国) ① 全人口の 99%の者が 3 マイル(約 4.8km)以内で郵便局にアクセスできるか ② 全人口の 90%の者が 1 マイル(約 1.6km)以内で郵便局にアクセスできるか ③ 都市部の貧困地域の人口の 99%の者が 1 マイル(約 1.6km)以内で郵便局にアクセスできるか ④ 都市部の人口の 95%の者が 1 マイル(約 1.6km)以内で郵便局にアクセスできるか ⑤ 地方部の人口の 95%の者が 3 マイル(約 4.8km)以内で郵便局にアクセスできるか ⑥ 全ての郵便番号区域ごとの人口の 95%の者が 6 マイル以内で郵便局にアクセスできるか (資料)POST OFFICE 資料をもとにみずほ総合研究所作成 郵便局への最低限のアクセス基準(フランス) ① フランスの人口の少なくとも 99%の者が 10km 以内で郵便局にアクセスできるか ② 一定の区分ごとの人口の少なくとも 95%の者が 10km 以内で郵便局にアクセスできるか ③ 1 万人以上の全ての街に、2 万人ごとに、少なくとも 1 つの郵便局があるか (資料)LA POSTE 資料をもとにみずほ総合研究所作成 一方、わが国では、過疎地等における利用者利便の観点から、郵便局ネットワークの重要性が指摘 されており、①いずれの市町村においても、一以上の郵便局を設置すること、②地域住民の需要に適 切に対応することができるよう設置されていること、③交通、地理その他の事情を勘案して地域住民 が容易に利用することができる位置に設置されていること、④過疎地においては、改正郵政民営化法 施行の際に現存する郵便局ネットワークの水準を維持することを旨とすること、などが法令上求めら れているが、利用者のアクセス状況に関する明確な基準は定められていない。 よって、郵便局ネットワークの範囲については、まずは、政策的な観点からどの範囲まで「必要と 26 するべきなのか」という点を検討し、その際にはできる限り明確な基準で線引きをすることが必要と 考えられる。例えば、現在の郵便局ネットワークで、アクセスが不十分な人口はどの程度なのか、ど のエリアで特に必要なのかなど、一定の実態把握を行うことが検討の第一歩であると考えられる。郵 便局ネットワークの議論においては、民間金融機関が近くにない高齢者等の金融アクセスへの配慮な どを求める意見があるが、こうした社会的弱者への支援については、一般的な基準とは別枠で慎重に 考えるという選択肢もある。 以上 27 [参考文献] ゆうちょ財団(2015)「郵便貯金等リテール金融分野に係る各国諸制度の調査内容の現行化」-各国 別調査結果- 中里孝(2013)「欧州の郵政改革-英国、ドイツ、スウェーデン-」(国立国会図書館『レファレン ス』 2013年5月) 岡嵜久実子(2010)「中国農村金融制度改革の現状と課題」(日本銀行金融研究所『金融研究』2010 年4月) 総務省(情報通信審議会)・金融庁・郵政民営化委員会ホームページ 日本郵政・日本郵便・ゆうちょ銀行ホームページ 中国郵政ホームページ 中国郵政貯蓄銀行「普恵金融報告2014」 Royal Mail plc,“ Annual Report and Financial Statements 2014-15 ” Post Office Limited,“ Network Report 2015 ” LE GROUPE LA POSTE,“ REGISTRATION DOCUMENT 2014 ” LA BANQUE POSTALE,“ REGISTRATION DOCUMENT 2014 ” Deutsche Post DHL Group,“ 2014 Annual Report ” Postbank,“ POSTBANK GROUP ANNUAL REPORT 2014 ” Posteitaliane,“ Annual Report 2014 ” 28
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