京都次世代ものづくり産業雇用創出プロジェクト 特別講演~イノベーティブな企業の成長プロセスに学ぶ~ 企業講演 テーマ「わが社の成長プロセス」 「持続的成長を実現する経営戦略 新たなコア技術の獲得による事業拡大 」 株式会社中村超硬 代表取締役社長 井上 誠氏 はじめに~会社概要~ まず当社の概要を簡単に紹介します。 創業 1954 年(昭和 29)年、従業員数 258 名(単体 167 名)、資本金 20 億 512 万 2 千 8 百円、事業所4箇所(大阪府と兵庫県)、売上高 51 億 23 百万円(2015 年 3 月期)、経常 利益 9 億 26 百万円の製造業の会社です。 現在の主力事業は、ダイヤモンドワイヤ事業(太陽電池用シリコンウエハスライス周辺 事業)で、売上比率 61%、営業利益比率 87%となっています。それ以前に主力事業だっ た電子部品実装機用ダイヤモンド吸着ノズル事業は、今では売上比率 14%、営業利益比率 1%弱にまで消失している状況です。本日は、この大きな事業転換と成長のプロセスをお話 します。 成長の原点となるコア技術の獲得と飛躍 当社は創業者である義父が 1954(昭和 29)年に鉄工所を興したのが始まりでした。転 機は、鉄の加工から超硬合金を 1μオーダーの精度で加工する技術を新たに獲得し、これ を大阪の地場産業であるベアリング製造企業に提案したこと。今まで鉄を加工した経験の みの会社が、加工の難しい超硬合金加工を可能にするのは非常に大きなステップアップで した。これを成し遂げたことが、その後の中村超硬の成長の原点になったといえます。超 硬合金などの特殊材料の加工を可能にする中で、新たにロー付け、熱処理、電気加工、研 削加工などのコア技術を獲得。これによって時間チャージは約 4 倍に増えました。創業者 が亡くなった後は私がそれを引き継ぎ、超硬合金の加工技術をベースとしてさらにダイヤ モンドやセラミックなどの加工技術の獲得に尽力し、難加工材料の精密加工を強みに材料 提案力を持つものづくり企業となりました。 次に大きなチャンスが訪れたのは、1990 年代初めのことです。当時、携帯電話やパソコ ンなどに用いられる電子部品がチップ化していく中で、プリント基板にチップを高速で配 置する技術が必要になっていました。そこで、コア技術であるダイヤモンド加工技術を展 開し、1994(平成 6)年、真空で部品を吸着し電子基板上にマウントするダイヤモンドノ ズルを開発。その開発スピードで他社製より優位に立ったことで、各大手実装機メーカー に採用され、事業化に成功しました。その後、カメラなどさまざまな製品の部品が小型化 する中で、当社のダイヤモンドノズルの需要は飛躍的に拡大。年商 3 億円ほどだった時に 開発した商品が、結果的に累計売上 100 億円に達する大ヒットとなりました。一時は世界 シェアナンバー1 も取りましたが、事業の寿命は家電産業の衰退にあわせて 15 年程で尽 きる結果となりました。事業には必ず寿命があると肝に銘じるきっかけとなりました。 こうして私が社長になった当時社員数 8 名だった会社が、ダイヤモンドの加工技術で付 加価値を高め、さらにダイヤモンドノズルのヒットによって 2001(平成 13)年には社員 120 名を抱える企業にまで成長したのです。年商も、加工の主力をダイヤモンドに転換し た 1988(昭和 63)年の 1 億 8,700 万円から、12 年間という比較的短期間で約 31 億円に まで上昇しました。 事業転換~新たな事業テーマの探索~ 2000 年台前半に、企業成長を支えてきたダイヤモンドノズルの付加価値減少に加え、い ずれ家電産業が衰退する予兆があったことから、次なる成長事業分野と最適ビジネスモデ ルの探索を始めました。さまざまな分野を検討した結果、成長事業分野として絞り込んだ のは、エネルギー、環境、医療の 3 つ。この分野で当社独自の製造技術を獲得し、それを 起点に事業を展開していこうと考えました。 事業分野を絞り込んだら、次は何を開発するか。開発テーマを探索するにあたっては、 大阪で実施されていた産業クラスター計画に参画し、人的ネットワークの形成に努めると ともに、国が示すものづくりニーズ、いわゆる*サポイン事業に注目し、そこに露出する大 企業の課題を探りました。一方では、総合力不足や人材不足、資金不足といった中小企業 の弱みを補完する手だても考えなければなりません。まず企業間ネットワークを活用して 総合力を高め、人財としては大企業の OB を最大限に活用。さらに開発資金の不足は行政 の施策で補うことを考え、これまでに累計約 9 億円の開発資金を国の補助金などで獲得し ています。 そうしてさまざまな可能性を検討した結果、当社の強みであるダイヤモンド応用技術を 最大限に活用できるダイヤモンドワイヤと、ナノレベルで金型やデバイスを加工できるダ イヤモンド工具の二つを開発することに決めました。 ダイヤモンドワイヤの開発にあたっては、2006(平成 18)年、サポイン事業に認定され て 1 億 5 千万円を獲得しました。申請の際に提案したのは、 「どんなニーズ」を捉え、 「ど んな技術」を使って「何を実現するか」。まず大手ウエハメーカーには、コモディティ化が 進んだ太陽電池用シリコンウエハについて製造コストを大幅に削減したいというニーズが ありました。当時すでにダイヤモンドワイヤを使ったスライス加工方式が登場していまし たが、コストが高いために普及していませんでした。そこで、当社のコア技術であるロー 付け技術を用いてワイヤ素材にダイヤモンドを固定する技術を確立し、それによって圧倒 的な低コスト化、長寿命化、細線化を実現。大手ウエハメーカーのスライス加工コストを 半減できると提案しました。実際これを達成し、加工技術からプロセス技術を獲得し、研 究開発型企業へ脱皮したのです。 *サポイン事業…戦略的基盤技術高度化支援事業。中小ものづくり高度化法の認定を取得した研究計画で、 特に中小企業・小規模事業者が大学、公設試等の研究機関等と連携して行う、製品化につながる可能性の 高い研究・開発及び販路開拓への取組を一貫して支援するもの。 事業転換~最適ビジネスモデルの探索~ 次に、開発したダイヤモンドワイヤでどのようなビジネスモデルを構築するか。 当社の特長は、ダイヤモンドワイヤを製造販売する事業だけでなく、自社でもダイヤモ ンドワイヤを使ってシリコンインゴットをスライスして太陽電池用シリコンウエハを作る 事業も手がけていること。量産スライス加工を受託することでダイヤモンドワイヤの性能 向上、高度なスライス技術の獲得。それによって、生産性向上の提案と技術支援を可能に し、遊離砥粒方式からダイヤモンドワイヤを使用した固定砥粒方式のスライス加工へ生産 方式を移行する顧客の獲得につながっています。このビジネスモデルの優位性を武器に、 現在世界の太陽電池関連製造の 80%が集まっているといわれる中国市場の開拓に取り組 んでいます。日本の太陽電池業界は現在あまり良い環境にあるとはいえませんが、我々が 主戦場とするグローバル市場は拡大成長を続けています。世界で最も太陽光発電設備の建 設が進んでいるのが中国ですが、今後はインドでも需要が伸びるといわれており、特にア ジアを中心にエネルギー政策と CO2 削減の一手として今後も太陽電池市場が拡大してい くとみています。 それにあわせて、2014(平成 26)年度、2015(平成 27)年度とダイヤモンドワイヤの 売上は大幅に伸びています。来期はさらに伸び、企業全体で売上高 100 億円にまで迫れる だろうと予想しています。 事業変革に必要な投資戦略と資金調達 ダイヤモンドワイヤ開発のための研究開発(R&D)は、既存事業のダイヤモンドノズル 事業が好調な 2004(平成 16)年に開始したものの、好景気のときばかりではありません。 ダイヤモンドをワイヤに安定して固定する技術を獲得し、まさに事業化しようとした矢 先、2008(平成 18)年にリーマンショックに見舞われました。これにより IT バブル崩壊 以降、再び盛り返し 38 億円にまで伸びていた売上高が再び 15 億円にまで下がってしまい ました。既存事業の売上が 80%近くも減少する中で、R&D は最も資金を必要とする最終 局面を迎えていました。ここで私は雇用の維持と開発投資を決意。まさに究極の経営判断 でしたが、新規事業(ダイヤモンドワイヤ)の成功を確信していました。そこで、新規事 業の立ち上げにすべてを賭けることを決め、多くの人材を新規事業に転籍させ、開発投資 を継続したのです。とりわけ雇用効果の大きいスライス受託事業でエネルギー業界に参入 しようと決断し、大阪府和泉市に新工場を建設しました。その際には、単にダイヤモンド ワイヤを作るだけなら必要のないスライスマシンから洗浄マシン、検査装置や梱包装置ま で新たな設備を導入。一気に 25 億円もの投資を行うことになりました。 次なる課題は、ダイヤモンドワイヤを販売するための開発投資と設備投資の資金をどう 調達するかでした。大きな赤字を出したため、金融機関は見向きもしてくれません。そこ で市場から資金を集めることを決断し、新規株式上場(IPO)を前提として資金調達を行 うことにしました。官民ファンドである産業革新機構に要請し、2011(平成 23)年に、11 番目の投資案件として持分比率 25%、12 億 4,500 万円の出資を獲得しました。この時当 社は債務超過ギリギリだったにもかかわらず、企業価値は 50 億円と評価されました。い わば我々の「技術」を買っていただいた。これが、我々が今も存続している理由の一つと いえます。 こうして事業の急激な変革に応じ、2005(平成 17)年以降、第三者割当で増資を重ね、 2011(平成 23)年に産業革新機構から出資を受けて資本金を 13 億円に増資。そして 2015 (平成 27)年に東証マザーズ上場で 15 億円を獲得しました。今後も持続的に資金を調達 しながら新たな事業を興していくつもりです。 今後も新たなコア技術の獲得を繰り返しながら、持続的成長を遂げる 現在は、先ほど挙げた R&D の二つ目であるナノレベルの金型加工事業も進めています。 すでにナノレベルで加工できる工具の開発は実現しましたが、顧客が少なく、金型加工を ビジネスにするのは難しいことが判明しました。そこで別の手だてとして、ガラスに微細 な溝を掘ったり、SiC(シリコンカーバイド)のような硬い材料を加工するなど、化学合成 との接点を見出し、たどり着いたのが、マイクロリアクターの製造へと事業範囲を拡大す ることでした。産業技術総合研究所(産総研)との産学連携で、従来のバッチ方式ではな く、金型加工技術を用いた微細な流路で連続反応させる連続フロー方式を用いて創薬を合 成するシステムの共同開発に着手し、今後は、24 時間自動運転可能な自律型自動合成装置 の開発を目指しています。現在、創薬のための受託合成はほとんどが中国で行われていま す。我々は、共同開発している自律型自動合成装置を使ってこの創薬のプロセスを国内回 帰させることを目指すとともに、さらには海外からも創薬の開発プロセスを請け負い、医 薬ベンチャーを創出したいと考えています。産総研のバイオメディカルチームとシステム 開発に取り組んでおり、事業化も現実味を帯びてきました。 以上お話ししてきたことをまとめると、まず当社の特長(強み)は、製品開発力と構造 改革力、そして資本戦略を駆使して事業創造への持続的なチャレンジを行えるところにあ ります。製品開発力においては、まさに今ダイヤモンドノズルの加工技術からプロセス技 術へと転換する途上にあります。資本戦略においては、すでに何度も合弁や M&A(合併・ 吸収)を経験し、さらに 2015(平成 27)年に IPO を経験したことでより柔軟に資金を調 達できるようになりました。何より当社の製造現場の「変わる力」は極めて高いと自負し ています。ダイヤモンドノズルの事業が消えてしまった時も 100 人近い社員をまったく異 なるダイヤモンドワイヤの製造や、それを使ったスライス事業に投入し、わずか半年で軌 道にのせました。現在は、多様な専門性を持った 20 名の開発技術者を擁し、さまざまなテ ーマで開発にチャレンジしています。 事業戦略の基本スタンス 最後に、当社は次の 4 つを基本スタンスとして事業戦略を進めています。一つは、途中 で安易に挫折せず、 「執念」を持ち続けること。そうでなければ道は開けません。二つ目は、 事業には必ず寿命があると肝に銘じること。三つ目に、産官学との連携は積極的に進めま すが、自社の存在感を示せない連携には手を出さないこと。そして最後に、私、すなわち 経営トップを超える人材の多さで企業の成長は決まるということ。 今後は、 より自由闊達な企業風土を作るとともに、ものづくりブランド力を獲得したい。 また時代の要請に沿って持続的に成長していくために「泥臭い」製造現場技術を重視し、 事業嗅覚に優れた幹部を育成したいと考えています。
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