全文 - 東京有明医療大学

東京有明医療大学雑誌
ISSN 2186-3067
Journal of
Tokyo Ariake University of
Medical and Health Sciences
2014
東京有明医療大学
東京有明医療大学雑誌
Journal of
Tokyo Ariake University of
Medical and Health Sciences
2014
東京有明医療大学
CONTENTS
Volume 6
2014
原著論文
報 告
柔道整復固定法で用いる綿花に関する研究
久米 信好 ……………………………………………………………………………………………………………1
喉頭蓋の解剖学的特徴に基づく嚥下咽頭期における運動の実際
―看護系教科書における記述への疑問と実態―
川上 嘉明,小泉 政啓,秋田 恵一 ……………………………………………………………………………7
BMIの推移を根拠とした高齢者の看取りの時期および死期の推定
―介護保険施設で死亡した高齢者の調査から―
川上 嘉明,前田 樹海 ……………………………………………………………………………………………13
東京有明医療大学附属鍼灸センターにおけるインシデントレポートの集計と考察
菅原 正秋,高梨 知揚,高山 美歩,藤本 英樹,矢嶌 裕義,木村 友昭
……………………………21
東郷 俊宏,水出 靖,古賀 義久,坂井 友実,安野 富美子
膝痛に対する鍼治療の1症例~膝の機能評価を指標として~
松浦 悠人,井畑 真太朗,古賀 詳得,古賀 義久,坂井 友実 …………………………………………25
そ の 他
中医栄養学で補気作用をもつ食品の特性について
中村 優紀,高梨 知揚,西村 桂一 ……………………………………………………………………………33
東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科 第2回海外研修記
-ボストン研修2013-
松浦 悠人,高倉 伸有 ……………………………………………………………………………………………39
投稿規定
原稿の様式
投稿原稿エントリー用紙(様式1)
本投稿論文についての報告書(様式2)
投稿前チェックリスト(投稿者用)
(様式3)
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:1- 5,2014
原著論文
柔道整復固定法で用いる綿花に関する研究
久 米 信 好
Investigation of Cotton Used in Judo Therapy Fixation
Nobuyoshi Kume
Tokyo Ariake University Medical and Health Sciences, Faculty of Health Sciences, Department of Judo-therapy
Abstract : Cotton is used in judo therapists’ fixation as a flexible material. There are 2 types of cotton ; 1)
medical-grade sterilized absorbent cotton, which is degreased by boiling in sodium hydroxide solution followed
by bleaching with hypochlorite or hydrogen peroxide solution and rinse with water; and 2)futon cotton,
which only undergoes ginning process to remove contamination and dust without degreasing.
In the present study, we investigated how judo healing practitioners used these cottons by questionnaire,
and also measured compression pressures of absorbent and Indian cottons as a compression material, and
cotton temperature and humidity within splint as a splint material.
Cotton was widely used as a fixation material and 84% of judo therapists’ only used absorbent cotton. For
compression material, absorbent cotton pressure [mean, 1.7 ± 0.4(SD)MPa] was lower than Indian cotton
(mean, 1.9 ± 0.4 MPa)
. For splint material, while absorbent cotton(temperature 34.8 ± 1.0℃,
humidity 44.4
± 4.2%RH)tended to higher temperature and lower humidity than Indian cotton(temperature 33.7 ± 2.1℃,
humidity 44.9 ± 3.4%RH)and Mexican cotton(temperature 34.0 ± 1.8℃,humidity 45.9 ± 7.5%RH at 24
hours after placement within the splint.
key words:judo therapy, fixation, cotton
要旨:柔道整復術の固定法では軟性材料として綿花が用いられている.この綿花には,水酸化ナトリウム溶液
中で煮沸脱脂し,次亜塩素酸塩や過酸化水素水で漂白して水洗いした衛生材料として用いられる医療脱脂綿と
混在物や塵埃を除去する混打綿工程のみが行われ,脱脂していない布団綿とがある.
そこで,これらの綿花を柔道整復師が臨床でどのように用いているかについてのアンケートを行い,脱脂綿
と布団綿(インド綿とメキシコ綿)を圧迫綿として用いた際の圧力と副子綿として用いた際の固定内温湿度に
ついて調査を行った.
柔道整復師は綿花を固定に広く用いていたが,84%が脱脂綿のみを使用していた.また,綿花を圧迫綿とし
て使用する場合は脱脂綿(平均圧力1.7±0.4MPa)よりインド綿(平均圧力1.9±0.4MPa)の圧力が高く,副子
綿として使用する場合は脱脂綿(温度34.8±1.0℃,湿度44.0±4.2%RH)
,インド綿(温度33.7±2.1℃,湿度44.9
±3.4%RH)
,メキシコ綿(温度34.0±1.8℃,湿度45.9±7.5%RH)であった.
キーワード:柔道整復,固定,綿花
など広範な用途を有している.もともとは医薬品の扱い
Ⅰ.緒 言
であったが,第14改正日本薬局方第2追補により日本薬
局方から削除されたことで,平成17年4月1日からは医
日本衛生材料工業連合会による医療脱脂綿の定義は,
綿花を脱脂・漂白して成形した医療機器とされ,医薬品
療機器に区分変更されたと紹介されている.医療脱脂綿
を塗布したり患者の体表から少量の体液を吸収したりす
の歴史は,1880年にイギリスの医師サンプソン ギャム
るなど医療目的に使用するもので,外科,産婦人科,手
ジーがバーミンガムのクイーンズ病院で用い始めたギャ
術,処置用はもちろん,眼科,耳鼻咽喉科,歯科,内科
ムジーティッシュが医療用として初めてのものであると
東京有明医療大学保健医療学部柔道整復学科 E-mail address:[email protected]
1
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
され,日本で脱脂綿がいつ頃から用いられたかは明らか
3.実験で用いた綿花
でないが,1886年内務省令第10号をもって日本薬局方に
一般的に衛生材料として広く用いられる医療脱脂綿と,
初めて収載され,また旧陸軍の衛生材料消耗品表に明治
煮沸脱脂していないものとしては青梅綿が東京では有名
20年式として脱脂綿という名称があるため,これより以
であるが,実験では青梅綿よりも安価で敷布団に適する
前から使用されていたものと考えられている1).
インド綿(手触りは青梅綿に近い),掛け布団に適する
メキシコ綿(手触りは青梅綿より柔らかい)を使用した
柔道整復の教科書として広く用いられている南江堂出
(図1).
版の「柔道整復学・理論編 改訂第5版」には,固定軟性
材料の中で綿花について次のように紹介している.水分
の吸収性のよいもの(脱脂綿)と非吸収性(布団綿)の
2種類がある.前者は患部などの清拭のための消毒綿,炎
症防止のための薬含湿布綿として用いることがある.後
者は副子綿やギプスの下巻の包帯綿として皮膚との緩衝
剤として使用すると記載されている2).しかし,柔道整
復師の臨床においては,目的を区別することなく脱脂綿
が用いられていることが多いものと思われる.そこで,
柔道整復師が臨床において軟性固定材料として綿花をど
のような目的で使用しているかについてのアンケート調
査を行い,綿花を圧迫包帯固定として用いた際の圧力と
副子綿として用いた際の固定内温度ならびに湿度につい
て明らかにすることが本研究の目的である.
図1 実験で用いた綿花:左から脱脂綿,インド綿,メキシコ綿
Ⅱ.対象および方法
4.実験で用いたクラーメル シーネと副子綿
1.対象と調査
まず始めに柔道整復師が綿花を臨床でどのように使用
クラーメル シーネは被験者の手の中手指節間関節から
しているかについて調べるためにアンケート調査を行っ
前腕近位部までの長さとし,シーネに新聞紙を巻いてか
た.アンケートは無記名質問用紙法で,東京で開催され
ら綿包帯でそれを巻き込んだ.その上に副子綿を置き,
た柔道整復に関する研究会に参加した開業柔道整復師50
シーネが直接肌に当たらないようにした.
名から回答を得て,回収率は93%であった.
5.圧迫綿の圧力測定
次にアンケート調査の結果から,綿花を患部の圧迫目
富士フィルム製,圧力測定フィルム プレスケールを
的ならびに副子綿として固定具の緩衝目的で用いる場合
の固定内環境について実験を行った.24時間にわたる固
定内環境について調査した報告はないため,1名の健常
な男性被験者(21歳)で,クラーメル シーネの副子綿と
して3種の綿花を使用し,前腕部を包帯固定した際の24
時間にわたる固定内温湿度環境を調べた.さらに,ウォー
キング,食事と喫煙,睡眠時の30分間にわたる固定内温
湿度環境と同時に綿花を圧迫綿として用いた際の圧力に
ついて5名の健常な男性被験者(平均23.4歳)で実験を
行った.なお,被験者には調査の目的ならびに方法につ
いて口頭にて説明し同意を得た.また,実験日の東京発
表の平均最高気温は18.6±3.8℃,最低気温は9.5±2.9℃,
湿度は42.9±10.8%であった.
2.アンケート項目
アンケートは,1)臨床における固定法で綿花を使用
しているか 2)脱脂綿および布団綿を使い分けている
図2 圧力の測定:脱脂綿による圧迫圧力をプレスケールで抽
出し,フィルムを圧力画像解析システムFPD-9270スキャ
ナーで読み取り解析したもの.
か 3)綿花の使用目的の3項目に関する質問を行った.
2
柔道整復固定法で用いる綿花に関する研究
左前腕近位橈側部に置き,その上に5×10cmの大きさ
Ⅲ.結 果
に切った医療用脱脂綿ならびにインド綿を2つ折りにし
1.アンケート調査の結果
て綿包帯で90分間巻き込んだ.プレスケールは特殊な薬
剤が付いた2種類のシートを合わせ,圧力を加えると特
1)臨床における固定法で綿花を使用している方は50
殊なインクが映し出されるもので,抽出されたフィルム
名中50名(100%)であった.2)脱脂綿と布団綿の使い
のインクを圧力画像解析システムFPD-9270スキャナーで
分けについては,脱脂綿のみ使用している方が50名中42
読み取り,専用PCソフトにてインク量の濃さから圧力を
名(84%)
,脱脂綿と布団綿を使い分けている方が50名中
メガパスカル(MPa)
,荷重量をニュートン(N)で示し
7名(14%)
,現在は脱脂綿のみ使用しているが,以前は
た(図2)
.
使い分けていた方が50名中1名(2%)と脱脂綿のみを
使用している方が多く,脱脂していない布団綿を固定の
6.固定内温度ならびに湿度の測定
軟性材料として使用することすら知らず,
「教科書にそん
左前腕を前腕回内・回外中間位からやや回内位,手関
なことが記載されているの?」との意見が多かった.3)
節軽度屈曲位で,KNラボラトリー製,ボタン型温湿度
綿花の使用目的は,患部の圧迫綿として使用が50名中47
データロガーを前腕中下1/3部の掌側にネット包帯で動か
名(94%),湿布綿として使用が50名中18名(36%)
,副
ないように固定して,包帯固定内の温湿度環境を1分間
子綿や硬性材料の下巻きとして使用が50名中37名(74%)
,
隔で記録し,温度は℃,湿度は%RHで示した(図3).
腋窩枕子のように固定による神経の圧迫予防として使用
が50名中45名(90%)
,その他,足底板の代用として用い
る方が1名という結果であった(図4)
.更に,聞き取り
調査では,水酸化ナトリウム溶液で煮沸し脱脂されたもの
が脱脂綿であることを知っていた方は1名のみであった.
図3 固定内温湿度の測定:上段左はボタン型温湿度データロ
ガー,上段右はデータロガーをネット包帯にて固定,下段
はデータロガーを挿入したクラーメルシーネの包帯固定.
実験データ値は平均±標準偏差で示し,JMP Pro.10を
用いて固定前後の圧迫綿の厚みを対応のあるt検定,脱
脂綿とインド綿,メキシコ綿の平均圧力・最大圧力・荷
重力をFisher’s exact testで検定し,有意水準5%未満を
有意とした.また,脱脂綿とインド綿のウォーキング,
図4 脱脂綿および布団綿の使い分けと綿花の使用目的
食事と喫煙,睡眠の値の後に相関係数(r=)を示し,
ピアソンの積率相関係数について相関を最尤法(REML)
で求めた.
2.圧迫綿の圧力
なお,本研究は東京有明医療大学の倫理審査(有明医
2つ折りにした固定前後の脱脂綿の厚みは12.9±0.8mm
療大研第97号)を受けて行われたものである.
から5.4±0.3mmに,インド綿の厚みは28.6±0.9mmから
9.5±0.4mm,メキシコ綿の厚みは30.2±0.8mmから14.8
±0.5mmと変化し,インド綿とメキシコ綿で有意な差を
3
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
表1 圧迫綿の圧力と荷重力
認めた.また,脱脂綿はインド綿とメキシコ綿と比較し
3.固定内温度ならびに湿度
堅く潰れていた.
固定内の24時間にわたる温湿度調査では,副子綿とし
脱脂綿による圧迫面の平均圧力は1.7±0.4MPa,最大圧
て脱脂綿を用いた固定内温度は34.8±1.0℃,湿度は44.0
力は3.1±0.4MPa,荷重力は3,592±0.5N,インド綿によ
±4.2%RH,インド綿の温度は33.7±2.1℃,湿度は44.9±
る平均圧力は1.9±0.4MPa,最大圧力は3.6±0.4MPa,荷
3.4%RH,メキシコ綿の温度は34.0±1.8℃,湿度は45.9±
重力は3,862±0.6N,メキシコ綿による平均圧力は1.5±0.5
7.5%RHと差はみられなかった(図5)
.また,ウォーキ
MPa,最大圧力は2.9±0.5MPa,荷重力は3,238±0.8Nと,
ング,食事と喫煙,睡眠を30分間行わせた温湿度調査で
脱脂綿と比較しインド綿の荷重力に有意な差を認めた
は,ウォーキング時の脱脂綿固定内温度は33.7±0.6℃,
インド綿の温度は33.2±0.8℃(r= 0.2993)
,食事と喫煙の
(表1)
.
脱脂綿温度は34.6±0.6°C,インド綿の温度は34.9±0.6
図5 24時間の固定内温湿度日内変動:上段が温度,下段が湿度で,実線は脱脂綿,長破線はインド綿,短破線はメキシコ綿の値を示した.
4
柔道整復固定法で用いる綿花に関する研究
図6 ウォーキング・食事と喫煙・睡眠における脱脂綿とインド綿の湿度散布図:脱脂綿とインド綿の間に正の相関を認めた.
℃(r= -0.5193)
,睡眠時の脱脂綿温度は34.9±0.2℃,イ
上昇が痒みなどの誘因となる可能性がある.本調査の
ンド綿の温度は35.2±0.7℃(r= 0.1718)であった.また,
結果からも副子綿として綿花を固定具の緩衝目的に使
ウォーキング時の脱脂綿固定内湿度は58.5±10.6%RH,
用する場合は,脱脂綿より布団綿の方が優れていると
インド綿の湿度は52.6±7.6%RH(r= 0.89198)
,食事と喫
考えられた.
煙の脱脂綿湿度は58.2±11.0%RH,インド綿の湿度は53.0
±8.4%RH(r= 0.95147)
,睡眠時の脱脂綿湿度は53.3 ±
Ⅴ.結 語
7.1%RH,インド綿の湿度は50.4±4.9%RH(r= 0.97496)
柔道整復術の固定法で用いられる軟性材料の1つであ
と,ウォーキング時,食事と喫煙時,睡眠時の固定内湿
る綿花について,開業柔道整復師から使用方法などにつ
度に正の相関を認めた(図6)
.
いてのアンケート調査を行った.また,圧迫綿と副子綿
として脱脂綿と布団綿を使用した場合の圧迫圧力ならび
Ⅳ.考 察
に固定内温湿度について明らかにした.
1.アンケート調査の結果より,綿花は柔道整復師の臨
床で広く用いられている軟性固定材料であった.しか
謝 辞
し,開業柔道整復師の多くは教科書に記載されている
本研究に実験被験者として参加してくれた久米鍼灸整骨院の研
修生ならびに東京有明医療大学の学生諸氏に感謝する.
にもかかわらず,布団綿を軟性固定材料として使用す
ることを知らなかった.これは,学校教育の中で知識
として習得されていないものと考えられた.
参考文献
2.患部を圧迫するための圧迫綿は,脱脂綿よりも布団
1)http://www.jhpia.or.jp/product/cotton/index.html.[accessed
2014-08-10]
2)全国柔道整復学校協会:柔道整復学・理論編,改定第5版.
南江堂,東京,2009,100.
綿を用いることで圧力を加えることができ,汗の吸収
により堅くならないものと考えられた.
3.長期間にわたり固定を施す場合には,固定内の湿度
5
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:7-11,2014
報 告
喉頭蓋の解剖学的特徴に基づく嚥下咽頭期における運動の実際
―看護系教科書における記述への疑問と実態―
川 上 嘉 明1) 小 泉 政 啓2) 秋 田 恵 一3)
8)
といっ
②喉頭蓋が反転して喉頭を閉じる(喉頭閉鎖)
」
Ⅰ.緒 言
たように,喉頭が拳上する際,喉頭蓋が「反転」すると
も述べられている.
2012(平成24)年の人口動態統計によると,日本人の
誤嚥に直接関係する嚥下の段階として咽頭相に関わる
死因は多い順に,悪性新生物,心疾患,肺炎であった1).
三大疾患の一つとされてきた脳血管疾患に代わり,2011
各器官,中でも気管への食塊の侵入を防ぐ喉頭蓋とその
年から肺炎が死因の3位を占めるようになった.その肺炎
運動の正確な理解は重要であると考えられる.
しかし,それぞれのテキスト,また嚥下のメカニズム
の死亡者数は,約8割が高齢者によって占められている.
さて,高齢者の肺炎において,嚥下性肺疾患研究会に
を解説する文献等には図1のように代表される図によっ
よる調査結果では,1年間20施設における全肺炎症例の
て示されているが,喉頭蓋の解剖的な位置や他の組織と
うち約67%,また院内肺炎の87%の患者が誤嚥による肺
の関係がわかりにくく,また喉頭蓋の組織的な特徴が不
炎であった2).このことから高齢者の肺炎は,ほとんど
明であるため,その常態や性質がイメージにしくい.加
えて,喉頭蓋の運動の様子について,
「喉頭蓋が下がる」
,
が誤嚥性肺炎である可能性が高く,高齢者死亡が急増す
「喉頭蓋の閉鎖」
,
「喉頭蓋が反転」といったように,喉頭
る中,誤嚥性肺炎を原因とした高齢者死亡は,今後ます
蓋が自律的に気管を閉塞するような運動をするように記
ます増加すると考えられる.
述されているが,実態が理解しにくい.
さて,その誤嚥は食塊等が咽頭を通過する嚥下段階の
本稿の目的は,特に喉頭蓋の解剖的位置,喉頭蓋の組
「咽頭相」で起こる.食塊の移送の進行は位相(phase)
とし,期(stage)は一連の嚥下運動を形成する脳幹の神
織の特徴と咽頭相における喉頭蓋の運動の実態を明らか
経機構からの出力の時間的推移を示す尺度として区別さ
にし,今後ますます増加する高齢者の肺炎の原因となる
れていることから ,食塊移送の進行における嚥下の段
誤嚥に関する基礎的な知識とすることにある.
3)
階を示す際は本稿では「相」を用いる.食塊が咽頭にあ
る咽頭相の時期は,咀嚼が終わった食塊が咽頭に送り込
まれた時点から,食道に移るまでの過程と一般に定義さ
れている4).この咽頭相において,食塊等が誤って喉頭
と気管に入ってしまう状態が誤嚥であり,これにより起
こる肺炎が誤嚥性肺炎である.
その咽頭相に関わる器官やその運動の様子について,
食塊
国内の老年看護学におけるテキストでは,次のように記
述されている.
「喉頭蓋は食物の重みと舌骨,喉頭の挙上
喉頭蓋
によって下がり,気道を閉塞する」5),
「舌・軟口蓋・咽
頭後壁が口腔への通路をふさぎ,咽頭蓋(原文のまま)
が下がることで気道をふさいでいる」6)と,咽頭相にお
いては鼻腔と気管および口が閉塞すること,また喉頭蓋
が「下がる」ことが述べられている.
また,
「咽頭に食塊が送り込まれると喉頭が拳上し,喉
図1 テキスト等で示される図
頭蓋の閉鎖による気管口の閉鎖と声帯による気管の閉鎖
7)
が起こる」
,
「①舌骨が前上方に動き,喉頭が拳上する.
1)東京有明医療大学看護学部看護学科 E-mail
address:[email protected]
2)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科
3)東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科臨床解剖学分野
7
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
に修正)に準拠している.
Ⅱ.研究方法
系統解剖学実習用遺体を用い,喉頭蓋を含む咽頭およ
Ⅲ.結 果
び喉頭について肉眼解剖的に観察,触診検討した.これ
により,喉頭蓋の位置関係および喉頭蓋の性質を明らか
解剖学研究者によって行われた頭頸部の解剖において
にした.本研究の観察には,東京医科歯科大学解剖学教
喉頭蓋を剖出し,喉頭蓋およびその性質に関する肉眼的
室に献体された解剖実習体(男,年齢82歳,死因:急性
観察,触診による検討を行った.
顔面の正中矢状断から観察した喉頭蓋の位置であるが,
循環不全)を用いた.
その後,上記により観察された所見を利用し,咽頭相
喉頭蓋は舌根に起始部を持つ(写真1および写真2にお
における喉頭蓋の運動について述べられている国内外の
けるカテーテルの先端部)
.喉頭蓋の上縁は弓状で全体的
文献から喉頭蓋の運動ついて検索・抽出し,咽頭相にお
にスプーンのような形状で反り返った形をしている(写
ける喉頭蓋の運動を考察した.
真2,写真3)
.また,喉頭蓋の口側は舌根に付着してい
る部分と,付着せずに自由な動きができる部分がある.
尚,本研究のすべては,ヘルシンキ宣言(1964,2013
喉頭蓋は後上方に向かって屹立するように形状を保っ
ている(写真2)
.舌根と喉頭蓋の間の窪みは,喉頭蓋谷
である(写真4).この窪みは一つのスペースのようだ
が,舌骨に喉頭蓋を付着させている舌骨喉頭蓋靱帯によっ
て,左右のスペースに分けられている.喉頭蓋に付着す
る靭帯を中心に左右に窪みがあることがわかる.
喉頭蓋の自由に動く部分の硬さは,シリコン製の薄い
スプーンのようであり,他動的に曲げても,離した途端
口蓋垂
写真1 正中矢状断から喉頭蓋を観察
舌
喉頭蓋
舌骨
カテーテル
の先端
梨状陥凹
写真2 喉頭蓋の位置と形状
写真3 咽頭の内腔を後方から観察
8
喉頭蓋の解剖学的特徴に基づく嚥下咽頭期における運動の実際
された.また,喉頭蓋は全体が自由に動くのではなく,
舌側に付着する部分と自由に動く部分とがある.自由に
動く部分については,弾力性に富み,折り曲げても跳ね
返るように元の形状に戻る.喉頭蓋は折れ曲がりの繰り
返しに耐える弾性軟骨の芯を持ち,そのまわりは上皮に
覆われていることが明らかとなっている9).
舌骨喉頭蓋靱帯
注目すべきことは,喉頭蓋を構成する組織に筋肉はな
いということである.これは喉頭蓋そのものが自律的に
喉頭蓋谷
動くことはないことを現している.喉頭蓋の位置が変化
したり形状が変化したりするのは,他の器官等の運動に
よる連動,また外力の影響によると考えられる.つまり,
老年看護学のテキストに述べられていた「喉頭蓋が下が
る」,「喉頭蓋の閉鎖」,「喉頭蓋が反転」するといった変
化は,他の器官や組織の運動に連動した結果によると考
えられる.
2.咽頭相における喉頭蓋の運動
写真4 喉頭蓋を他動的に曲げる
咽頭相における喉頭蓋は,後上方にそそりたつ常態か
ら喉頭口に蓋をするような形となること,またさらには,
にはねかえるように元の形に戻り,復元性と弾力性に富
尾側に弧を描くように後下方に倒れるようにテキスト等
んでいる(写真4,写真5)
.
に示されている.
喉頭蓋を覆う上皮をピンセット等で除いたところ,上
北村によれば,
「喉頭蓋軟骨は,基部は甲状軟骨正中内
皮の下に筋肉を肉眼的に見ることはできず,全体に軟骨
面に付着し,舌骨とはゆるい結合組織でつなげられてい
組織が喉頭蓋全体の芯となっている様子が観察された.
る」10)と述べている.そして,
「甲状軟骨が舌骨に向かっ
て拳上されると,喉頭蓋軟骨の基部が持ち上げられ,喉
頭蓋軟骨は喉頭口を閉ざす方向に後下方に倒れ」として
いる.喉頭蓋は自律的に動くことのない軟骨であり,そ
の喉頭蓋軟骨に付着する基部が動くことで喉頭蓋は水平
方向に「倒れる」ような動きになる(図2③).
また,Doddsらは,通常は直立した状態(upright)で
ある喉頭蓋は,舌骨,喉頭が持ち上がると喉頭蓋は,水
平方向(horizontal orientation)に変化すると述べてい
る11).喉頭蓋と呼ばれるため,喉頭蓋が自律的に喉頭口
に蓋をするような動きをするかに錯覚されるが,実際は
舌骨,喉頭蓋が付着する喉頭蓋軟骨が拳上し他動的に動
かされることにより,喉頭口に結果的に蓋をするような
位置関係となる.
さて,「喉頭蓋が反転」する動きについて考察する.
山田は,
「舌骨の拳上に加えて甲状舌骨筋の収縮により喉
頭が拳上し,その結果喉頭蓋は水平位をとるようになる.
さらに筋収縮が続くと,喉頭蓋の先端は喉頭口を越えて
写真5 喉頭蓋の様子を後方側面から観察
尾側に回転する」12) と述べている.また,Doddsらは,
喉頭蓋の「体部」と自由に動く「縁」とに分けて説明を
している11).舌骨,喉頭が持ち上がると,喉頭蓋は水平
方向に変化する.その時,喉頭蓋の体部は喉頭口を塞ぐ
Ⅳ.考 察
一方,喉頭蓋の自由に動く上縁側は,披裂軟骨を支点と
1.喉頭蓋の位置および性質について
するような形で,尾側に折れ曲がることができるとして
喉頭蓋は舌根に起始部を持ち,後上方に向かってそそ
いる(図2③)
.また「反転」という運動は,方向や順序
りたつように弾力性のある形状を保っている常態が観察
が反対になることである.喉頭蓋が反転する運動は,風
9
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
により裏返しになる傘のような動きではない.したがっ
縮等によって喉頭蓋の先端は抑え込まれ,その様子は披
て,「折れ曲がる」
,
「倒れる」といった記述が適切とい
裂軟骨を支点として尾側に倒れるような動きとなる.
喉頭蓋は筋肉を持たない組織であるため,その運動は
える.
本研究の解剖により喉頭蓋は舌根に付着している部分
他動的である.また,弾力と復元力があり,折れ曲がり
と,自由に動くベロ状の部分があることが観察された.
の繰り返しに耐える弾性軟骨によってその機能を果たし
喉頭蓋の基部に近い喉頭蓋の体部は,水平位となること
ている.
により拳上した喉頭口を塞ぐ状態となる一方,自由に動
く喉頭蓋のベロ状の部分が尾側に回転する.この様子は
柴田らが行ったCTによる嚥下運動の撮影13),藤島らに
よる嚥下造影検査(VideoFluoroscopic examination of
舌骨
swallowing)によって,通常の嚥下において喉頭蓋の一
部が後下方に倒れる様子が確認できる14).
自律的に動くことがない喉頭蓋の一部が後下方に倒れ
ることに関し,山田は,
「披裂喉頭蓋筋が喉頭蓋を沈める
①
ように作用して,喉頭蓋の先端は喉頭口を越えて逆立ち
する形になり」15)と述べている.また,Doddsらも,披
③
②
裂喉頭蓋筋および甲状喉頭蓋筋の収縮により,喉頭蓋は
後下方に倒れることを述べている11).石田らの嚥下内視
披裂軟骨
甲状軟骨
鏡検査(VideoEndoscopic examination of swallowing 以
16)
下VE)
や,他の動画を確認すると17),喉頭蓋の自由に
図2 咽頭相における舌骨,甲状軟骨,喉頭蓋の動き
①舌骨が拳上 ②甲状軟骨が拳上 ③喉頭蓋は水平位と
なり,さらに披裂軟骨を支点に喉頭蓋の一部が尾側に倒
れる
動く部分は前咽頭壁の収縮によって,尾側に絞り込まれ
るように倒れる様を見ることができる.そして,咽頭の
収縮から解放された喉頭蓋は,バネが跳ね上がる様に元
に戻る.Logemannは,咽頭相における咽頭壁の動きに
ついて,咽頭収縮筋が上から下へ連続的に収縮すること
を述べているが18),喉頭蓋が後下方に倒れる運動につい
Ⅴ.結 論
ては,喉頭蓋を倒すように収縮する筋肉と共に,物理的
図1に示したような図で嚥下のメカニズムが解説され,
に倒すように喉頭蓋の周囲を覆い,抑え込むような咽頭
筋等の外力が作用していることも動画から観察できる.
また喉頭蓋の「蓋」のイメージのためか,喉頭蓋の自律
最後に食塊が喉頭蓋を通過する様子についても言及し
的な運動によって喉頭口が塞がれるように理解されるこ
ておく.山田は,
「嚥下時,食塊の一部が喉頭蓋の上を乗
とがある.しかし,喉頭蓋の実態は軟骨を主体とする組
り越えて通過することもありますが,多くは喉頭口の左
織であり,その運動は他の器官と連動することにより機
右にある梨状陥凹とよばれる側方を流れます」19)と述べ
能を果たしている.また,喉頭蓋のベロ状になっている
ている.食塊は喉頭蓋の先端と咽頭との間ではなく,後
部分の特性,つまり折れ曲がりの繰り返しに耐える弾性
下方に倒れた喉頭蓋の両側方に分かれ下咽頭の左右にあ
軟骨であることによって,食塊の気管進入を充分避ける
る梨状陥凹(写真3)に流れていく.テキストに表現さ
ことができるよう食塊を咽頭の両側に通過させる運動を
れる図1においては,あたかも喉頭蓋の先端を流れてい
していることが明らかとなった.
くように描かれているが,喉頭蓋は喉頭口を覆うととも
に,喉頭口からさらにせり出した喉頭蓋の先端を咽頭壁
参考文献
に接着させることによって,食塊をその側方から通過さ
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5)奥野茂代,大西和子編.老年看護学(第5版)
.東京:ヌーヴェ
せている.
咽頭相において,喉頭蓋の運動の様子を中心に整理す
ると次のとおりになる.舌骨,そして喉頭蓋軟骨の拳上
により,喉頭蓋軟骨に基部をもつ喉頭蓋が拳上するとと
もに,起立位から水平位へと変化する.ここまでを第1
ステージとするなら,第2ステージは,次のとおりであ
る.喉頭に付着していない喉頭蓋の先端部分は,外力に
より折れ曲がることが可能である.そのため咽頭に食塊
を通過させる際,咽頭筋による咽頭を絞り込むような収
10
喉頭蓋の解剖学的特徴に基づく嚥下咽頭期における運動の実際
ルヒロカワ;2014. 227.
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11
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:13-19,2014
報 告
BMIの推移を根拠とした高齢者の看取りの時期
および死期の推定
―介護保険施設で死亡した高齢者の調査から―
川 上 嘉 明 前 田 樹 海
と平原が述べているように,生命予後の予測方法は確立
Ⅰ.緒 言
されていないのが現状である.
2012年の人口動態において,国内における死亡者数は
Sharifiらは,ナーシングホームで死亡した高齢者のグ
年間125.6万人であり,その86.6%は65歳以上の高齢者(以
ループは,上腕周囲径の縮小,バーセルインデックス得
下,高齢者)の死亡である1).今後,高齢者の死亡は急
点の減少,赤血球やヘモグロビンの減少,血液尿素窒素
増し,2030年には年間総死亡者数は160万人を超え,その
/クレアチニン比の上昇において生存したグループと比
うちの9割は高齢者の死亡であると推計されている2).
10)
較し有意であったとしている(p<0.01)
.
その高齢者の死亡の場所であるが,2010年の人口動態
また認知症,老衰等の高齢者においては,その重症度
において86.5万人(高齢者の死亡のうち79.6%)は病院・
をアセスメントすることによって死亡リスクを評価する
診療所といった医療機関,12.7万人(同11.8%)は自宅,
Mortality Risk Index 11),Advanced Dementia Prognostic
7.9万人(同7.3%)が介護保険施設等となっている .し
Tool
かしながら,一般病床数,療養病床数は現在ともに減少
後予測評価の方法が検討されている13−15).
3)
を続けており4),急増する高齢者の死亡数とともに病院
12)
等や,生命予後を判断するためのさまざまな予
しかし血液データの連続的な監視や医学的なアセスメ
ント,認知症においてもその種類の診断が必要であり,
がその受け入れを拡大することは期待できない.
日本の特に地域におけるケアの場でそのまま活用するこ
2007・2008社会保険介護老人保健施設の今後の在り方
とは困難である.
検討会 報告書5)では,2030年に推計される高齢者の死
亡のうち47万人の高齢者の死亡について,その場所は医
それでは,本邦の看護や介護等のケアにおいては高齢
療医機関や自宅,また介護施設でもない「その他」であ
者の終末期を,どのように推定をしているのだろうか.
るとしている.今後は病院等の医療機関のみならず,病
全国高齢者ケア協会の調査によれば,特別養護老人ホー
院以外の高齢者が暮らすあらゆる場所が高齢者にとって
ムで死亡した68名のうち76.5%の高齢者に対し,30日以
最期の場となるよう考えていかなければならない.
内に死が迫っていることを予測し看取りが開始されてい
る16).その看取りを意識した理由として,死の30日前頃
さて,日本老年医学会は高齢者の「終末期」について,
「病状が不可逆的かつ進行性で,その時代に可能な限りの
には「発熱の持続や呼吸困難,吸引の頻度が高くなった」
,
治療によっても病状の好転や進行の阻止が期待できなく
同じく21日前頃には「食事摂取量が減少(2~3割)し,
なり,近い将来の死が不可避となった状態」 と定義し
傾眠がち」
になったからといった内容が挙げられている.
6)
ている.高齢者の8割近くは病院で死亡しており,基本
岩瀬らの研究においては,看護師が高齢者の死期を判断
的な診断および治療により終末期であるという判断が可
したサインとして,死の約1ヵ月前には「目力のなさ」
,
「顔色の悪さ」
,
「活気がないこと」等を挙げている17).ま
能である.
しかし,病院のような集約的な治療が提供できない,
たもう一つの死のサインが現れる時期として死の約2日
医療が限定的である場において,高齢者が終末期にある
前をあげ,
「呼吸状態の変化」
,
「痰喀出量の増加」
,
「浮腫
ことはどのように判断できるのか.がんは比較的終末期
の出現」を挙げている.
の判断がしやすい一方,高齢者のがん以外の疾患では,
しかし,高齢者において発熱は時々起こることであり,
がんのような6ヵ月の比較的長期の予後予測,または週
食事量の減少は一時的であったり,あるいは少量摂取の
単位の予後の予測は困難とされている7,8).そのため,
状態が長期間続いたりするともある.死の前には食事お
主治医は「全身状態と疾患特有の観察ポイントを参考に
よび水分摂取ができなくなり尿量の減少が出現するが,
しながら直感的に予後を予測していると考えられる」
この時はすでに死が間近に差し迫っている状態である.
9)
東京有明医療大学看護学部看護学科 E-mail address:[email protected]
13
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
また,これらの判断は看護師の印象や気づきに基づいて
体重kg/身長m2 以下BMI)に注目し,BMIの月次の推移
おり,標準的なスケールはない.
を調査することにより,病院等の医療機関以外で死を迎
一般の人の6割以上は,終末期にはたとえ口から食事
える高齢者において,看取りの時期にあるのかどうか,
が摂れなくとも,経鼻栄養や胃ろうを望まないとしてお
また死期の推定が可能かどうかを明らかにすることを目
り18),高齢者の終末期においては,できるだけ穏やかに
的とした.
過ごせることが望ましい.しかし,終末期および死期の
推定ができない場合,医療の継続,また介護保険の理念
Ⅲ.対象と方法
によるところの自立支援のための援助が提供されるため,
1.研究デザイン
緩和的なケアへの転換ができず,高齢者は穏やかな最期
後述する研究対象施設の保有する記録に基づく遡及的
どころか苦しい人生の終末期を過ごすことになりかねな
量的研究デザインである.
い.今後高齢者の死亡場所として病院以外の場で高齢者
をケアする際,終末期および死期の推定が可能となるこ
2.研究対象
とは重要な課題と考えられる.
研究対象として病院等の医療機関ではなく,高齢者の
暮らしの場所であり,高齢者の死亡場所となっている介
Ⅱ.研究目的
護保険施設を選定した.
介護保険施設の中には,毎月入居者の体重測定をして
そして,以下の三つの条件を満たす介護保険施設の特
いる施設がある.これにより,高齢者の入居時から数ヵ
別養護老人ホーム4箇所を選定した.1)原則として施
月,また数年にわたるデータが記録されている.こうし
設内で看取る方針を持つ,2)経鼻栄養や胃ろう等による
た月単位の変化のデータの観察から,死期が近くなると
人工的水分・栄養補給(artificial hydration and nutrition
体重が減少すると言われてきた .しかし,体重の減少
以下AHN)を提供していない,3)入居者に対して体重
はその個々人の体格により生命への影響は異なると考え
測定を毎月行っている.
19)
調査期間は,2012年4月1日から本研究の同意が得ら
られる.また,死期に至るまでにはどの程度の体重が減
れた施設から順次開始し,2014年3月31日までとした.
少するかについては明らかにされていない.
その間に施設内で死亡した(不慮の死を除く)すべての
体重を毎月モニタリングし分析することにより,終末
高齢者を対象とした.
期に入り,そして死期が不可避となっていることの推定
が可能であれば,がんにおける緩和ケアと同様,より本
高齢者においては死亡時の年齢,性別,入居時から測定
人にとって苦痛が少ない,そして穏やかさをめざすケア
された体重を分析の対象とした.また特別養護老人ホーム
への方向転換が可能であると考える.
における高齢者の平均入居期間は4年であることから25),
緩和ケアはターミナルケア,またターミナルケアは終
入居期間が4~5年以上に及ぶ入居者についても2007年
末期医療と同義とされている20,21).その緩和ケアの対象
4月からの測定データを対象とした.
は,WHO(世界保健機構)の定義(2002年)によれば
3.データの測定および収集方法
「生命を脅かす疾患(life-threatening illness)による問題
に直面している患者とその家族」 であり,日本老年医
選定した施設において,入居者の身長測定は入居時に
学会による,その時代に可能な限りの治療によっても病
行われていた.一部,身長が計測できていない高齢者に
状の好転や進行の阻止が期待できなくなった状態にある
ついては,本研究の開始時に施設職員によって測定が行
対象のみを指してはいない.しかし,病院以外の介護保
われた.寝たきりの状態で立位での身長が計測できない
険施設または在宅等で死亡する高齢者において死亡診断
場合は,巻尺によって頭頂から踵部先端までの長さが測
書における死因について「老衰」と記載される場合があ
られた.
22)
体重測定は,施設職員によって毎月行われ記録された.
り,高齢者の死は必ずしも疾患による死と限らない.
体重測定日は施設によって毎月決まった日にちで行われ
そこで本研究では,高齢者の死期が差し迫り,避けら
たが,測定ができなかった入居者には日にちをずらして
れない時期を「看取りの時期」とする.
看取りとは「多くの場合,死を迎える過程から死まで
行われた.測定方法は立位がとれる高齢者においては市
のケア(死の看取り)を看取りと呼ぶ」23)とされている.
販の体重計が使われていた.立位が取れない場合は車い
また,「看取りという言葉には『平穏な自然な死』のイ
す体重計によって測定され,車いすの自重分を引いた値
メージがあり,
『無益な延命治療をしないで自然の経過で
が求められた.
死にゆく高齢者を見守るケアをすること』
」
上記測定値は本調査のために開発したソフトウェアに
といった概
24)
入力した.上記の身長・体重,および自動計算された
念がある.
BMIのデータについて,研究者は3ヵ月から4ヵ月毎に
本研究では,体格を標準化するBMI(Body Mass Index,
14
BMIの推移を根拠とした高齢者の看取りの時期および死期の推定
受け取った.
表1 調査対象者数および基本属性
項目
4.分析方法
(N=119)
施設別対象者数
調査対象となった施設において,調査期間に施設内で
死亡した高齢者数,死亡時の年齢,性別を明らかにし,
死亡時の平均年齢(標準偏差)を算出した.
その後,死亡時直近のBMIについて平均値(標準偏差)
,
年齢別対象者数
最大値および最小値を求めた.また,死亡直近時のBMI
の平均値が,施設や性別によって統計的な差があるかにつ
いてStudentのt検定を用いて評価した.さらに,死亡直
近時のBMI平均値が,年齢階層別に差があるのかどうか
について,一元配置分散分析および多重比較によって評
価した.いずれも帰無仮説の棄却域は,5%未満(p<0.05)
とした.
また死亡までのBMIの測定値について最長死亡5年前
性別
からのデータより,高齢者におけるデータ期間の平均値
J施設
62
52.1%
K施設
18
15.1%
S施設
13
10.9%
Y施設
26
21.8%
65-69
2
1.7%
70-74
5
4.2%
75-79
9
7.6%
80-84
11
9.2%
85-89
28
23.5%
90-94
32
26.9%
95-99
24
20.2%
100-
8
6.7%
男性
27
22.7%
92
77.3%
女性
(標準偏差)
,中央値,最大値,最小値を求めた.そして
平均年齢±SD
測定値において,1ヵ月前との差,3ヵ月前との差,6
ヵ月前との差を各々求め,死までの経過の特徴を明らか
にした.
%
88.9 ± 7.8
男性
86.3 ± 8.2
女性
89.7 ± 7.6
分析は統計解析ソフトJMP Pro 11.0.0 を使用した.
表2 施設別調査期間と月平均死亡者数
5.倫理的配慮
各施設におけるプライバシーポリシーにしたがい個人
調査期間
月平均死亡数
50名あたり
24ヵ月
2.6名
J施設
情報の取り扱いを行うことを原則とした.研究者は,個
人が特定できる情報が含まれないデータを受け取った.
各施設に対しては,本研究の趣旨を文書で説明し,匿名
データを研究に用いることの同意を得た.
K施設
16ヵ月
2.3名
S施設
18ヵ月
0.7名
Y施設
18ヵ月
1.4名
本研究は東京有明医療大学倫理委員会の承認を得た
(承認番号―有明医療大倫理委承認第48号)
.
表3 施設・性・年齢別にみた死亡時の平均BMI
項目
平均BMI
SD
施設別
Ⅳ.結 果
J施設
17.3 ± 3.9
施設の同意が得られてから調査終了までの期間におい
K施設
18.6 ± 3.5
て,J施設において施設内での死亡者は62名であった.
S施設
17.4 ± 2.4
K施設は18名,S施設は13名,Y施設では26名が対象と
Y施設
18.2 ± 3.8
なった.したがって,分析の対象者総数は119名であっ
性別
た(表1)
.
男
17.7 ± 2.8
女
17.7 ± 3.9
対象となった高齢者におけるデータの期間は平均26.7
±16.6ヵ月,中央値24ヵ月,最大値58ヵ月,最小値2ヵ
年齢別(歳)
月であった.
65-69
15.7 ± 1.8
70-74
18.0 ± 3.8
90~94歳が最も多く32名,次いで85~89歳が28名,95~
75-79
17.7 ± 2.4
99歳が24名であり,この85~99歳の年齢層が全体の70.6
80-84
16.4 ± 3.6
%を占めている.平均年齢は88.9±7.8歳,男性が86.3±
85-89
18.7 ± 3.7
8.2歳,女性が89.7±7.6歳であった.性別は女性が92名
90-94
17.6 ± 3.8
で77.3%を占め,男性は27名であった.
95-99
17.0 ± 4.2
100-
19.2 ± 3.2
対象施設における死亡時年齢別対象者数においては,
それぞれの施設で入居定員が異なっているが,入居者
50名あたりの月平均の死亡数は表2のとおりである.
15
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
さらに「死亡6ヵ月前との差」においては,死亡7ヵ
施設ごとの死亡時直近のBMIについて平均値は,表3
のとおりである.J施設17.3,K施設18.6,S施設17.4,
月前にいったん0.8と大きな差が現れた後,6ヵ月前から
Y施設18.2であり,施設間での平均BMI値における有意
4ヵ月前まで,0.4~0.6の差が継続する.そして,死亡3
差は認められなかった.
ヵ月前には0.8,死亡2ヵ月前には1.0であった後,死亡1
ヵ月前には1.1と差が拡大した.
また,性別においては男女ともに死亡時直近の平均の
この「死亡6ヵ月前との差」について,死亡前3年8
BMIは17.7であり,有意差は認められなかった.
ヵ月,同じく1年8ヵ月,1年5ヵ月から1年3ヵ月に
年齢階層別の平均BMIは,65~69歳,70~74歳,75~
も,0.4を超える差が出現していた.
79歳,80~84 歳,85~90歳,90~94歳,95~99歳,100
BMIの差がマイナスとなりBMIが増加したのは,
「死亡
歳以上に区分したところ,各々,15.7,18.0,17.7,16.4,
18.7,17.6,17.0,19.2であった.この年齢区分別におい
1ヵ月前との差」においては1年1ヵ月前,
「死亡3ヵ月
て,各年齢層における有意差は認められなかった.
前との差」においては2年0ヵ月前,および「死亡6ヵ
月前との差」においては1年11ヵ月前であった.その後
次に死亡時直近のBMIについて平均値は,17.7±3.7で
BMIの増加はなかった.
あり,最大値が31.4,最小値が10.7であった.各BMIの
分布は多いものから,14.0~14.9が12.6%,19.0~19.9が
11.8%,15.0~15.9が10.9%,16.0~16.9が10.9%であった
Ⅴ.考 察
(表4)
.
本研究の対象となった高齢者は,施設内でAHNが施さ
れることなく死に至った入居者であり,経口から水分や
表4 死亡時のBMI値の出現数と割合
BMI
(N=119)
≧ 25.0
3
2.5
24.0 −
24.9
1
0.8
23.0 −
23.9
6
5.0
22.0 −
22.9
6
5.0
21.0 −
21.9
4
3.4
20.0 −
20.9
10
8.4
19.0 −
19.9
14
11.8
18.0 −
18.9
8
6.7
17.0 −
17.9
11
9.2
16.0 −
16.9
13
10.9
15.0 −
15.9
13
10.9
14.0 −
14.9
15
12.6
13.0 −
13.9
5
4.2
12.0 −
12.9
5
4.2
11.0 −
11.9
4
3.4
10.0 −
10.9
1
0.8
< 10.0
0
0.0
食事を得ている状態であった.したがって,体重増加の
%
原資は,もっぱら自らの嚥下によって取り込める食事お
よび水分摂取の量であり,それが排泄や不感蒸泄,エネ
ルギー代謝等の基本的な生命の維持機能とのトレードオ
フによって体重の増減をもたらしたものと考えられる.
高齢者が死に至る慢性疾患や老衰等の過程,また認知
症の終末期においては必ず「摂食不能」が現れる26,27).
そのような状態のまま死まで看取ることは,少なくとも
治療を目的とする病院等の医療機関における高齢者の終
末期においてはあり得ない.
ある大規模病院の総合診療科病棟おける調査では,101
名(平均年齢85.2±9.6歳)の患者に対し死亡直前に行わ
れていた医療処置は,末梢輸液が74.2%,皮下輸液17.8%,
中心静脈栄養・胃ろうがともに5.9%であった28).また全
国の緩和ケア病棟37施設において,患者死亡48時間以内
に行われていた輸液療法は67.1%,中心静脈栄養33.7%,
経管栄養1.4%であった29).
在宅で訪問診療を受けながら死を迎えたがん以外の疾
患の患者においてすら,平原らの調査によれば159例中
48%の高齢者が輸液を受けていたと報告されている30).
死亡までのBMIについて,測定された時から1ヵ月前,
医療的な処置を施さないまま死に至る高齢者は本邦にお
3ヵ月前,6ヵ月前の差の平均を求めグラフ化したもの
いては限られていると考えられる.
を図1に示す.データの期間内における入院中のデータ
調査の対象となった4箇所の施設で死に至った高齢者
は除いた.
は119名であった.月平均(50名あたり)の死亡数には
「死亡1ヵ月前との差」において,死の3ヵ月前におい
ばらつきがあった.施設内での死亡数が多い施設は開所
てはじめてその差は0.3になり,死亡直近では,その差は
後10年以上,または30年以上経過し施設内での看取りの
0.4となった.また,
「死亡3ヵ月前との差」においては,
実績を積み上げていること,高齢者の入居期間が長くな
死の7ヵ月ほど前において,はじめて0.4を超えるように
ると,重症度が高い高齢者が入居者の多くを占めるよう
なり,死亡5ヵ月前には0.5,死亡3ヵ月前,2ヵ月前,
になること等が影響していると考えられる.
1ヵ月前と死に近づくにつれ,各々0.6,0.5,0.9と差が
対象となった入居者の死亡時平均年齢は男性86.3歳,
大きくなった.
女性89.7歳であり,2013年簡易生命表における男性の平
16
BMIの推移を根拠とした高齢者の看取りの時期および死期の推定
1.2
死亡1ヵ月前との差
N=119
死亡3ヵ月前との差
1.0
死亡6ヵ月前との差
0.8
BMI値の差
0.6
0.4
0.2
0.0
-0.2
死亡前までの年月
図1 死亡1ヵ月・3ヵ月・6ヵ月前のBMI値の差の平均による5年間の推移
均寿命80.21歳,女性86.61歳31)と比較していずれも高く
は,17.7±3.7であった.また,最大値が31.4,最小値が
なっている.
10.7であった.日本肥満学会の判定基準(2000年)によ
さて,死亡時直近のBMIについては,施設間における
れば18.5未満は低体重(やせ)と判定される.Veronese
有意差,
また男女間の有意差は認められなかった.また,
らは,BMIが20を下回る場合高齢者の死亡リスクに大き
年齢別の有意差も検出できなかったが,65~69歳の年齢
な影響があるとしているが32),その具体的な値について
層の対象者は2名であったこと,また100歳以上の高齢者
の分析はしていない.
の中にBMIが23を超えるものが8名中に2名含まれてい
特別養護老人ホームで死亡した高齢者では死が近いと
たことにより,年齢層による有意差が検出できなかった
予見する症状として10~20%の体重減少があげられてい
可能性がある.一般には年齢が高くなるにつれ体重が減
る19)が,体重減少という点においては本研究においても
少し,死亡率が高くなるとされている12).今回の限られ
それを裏付ける結果が得られた.また,本研究によって
た対象で結論を出すことはできないが,この点を考える
体重減少だけでなくBMIが低下し,低体重(やせ)も同
ためには,入居以前の体重からの変化等も精査する必要
時に起こっていることが明らかになった.さらにこの体
があるだろう.
重減少は,BMIにおいて14.9~14.0の間で示されることが
本研究によって明らかになった.
それ以外の70歳から100歳未満までの年齢層において
は,死亡直近のBMIを検討する上では,施設や男女,ま
また戦地で飢餓のため死亡した兵士等の研究から,こ
た70歳から100歳までの年齢階層の違いを考慮することな
れまで人間の生存可能なBMIの下限は12.0であるとされ
く分析の結果が適用できると考えられる.
ていたが33),死亡前直近のBMIが12を下回る高齢者が5
対象となった119名の死亡直近のBMIについて平均値
人観察された.しかし10を下回る例は観察されなかった.
17
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
研究者のこれまでの調査では,経鼻的,また胃ろうによ
謝 辞
る経管栄養を受けた高齢者においては10を下回る例を観
本稿は,平成24年度東京有明医療大学特別研究費助成を受けた
察しているが34),経口からの食事および水分摂取を続け
「BMIの推移を根拠とした高齢者の終末期および死期の推定」
,また,
た高齢者において10未満となった例は得られていない.
平成25年度~26年度文部科学省科学研究・挑戦的萌芽研究(研究課
経口摂取の状態でBMIが10に近づくように変化する場合,
題番号:25671003)の助成を受け実施した「BMIの推移から見る虚
生命の終末が近づいていることと考えられる.
弱高齢者における終末期の特徴と適切な栄養量の検討」における研
死亡までのBMIの推移について,測定された時から1
究成果の一部である.本研究にご協力いただいた方々に心から感謝
ヵ月前との差,3ヵ月前との差,6ヵ月前との差の平均
申し上げます.
を求めた結果,1ヵ月前との差においては死の3ヵ月前に
おいてその差は0.3になり,死亡直近では,その差は0.4と
文 献
なっていた.3ヵ月前との差において,死の7ヵ月前に
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15)van der Steen1 JT, Helton MR, Ribbe MW. Prognosis is
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with dementia and pneumonia. Int J Geriatr Psychiatry. 2009;
はその差が0.4を超えるようになり,死亡5ヵ月前に0.5,
死亡1ヵ月前には0.9と差が拡大した.
さらに6ヵ月前との差においては,死亡7ヵ月前に0.8
と大きな差が現れ,6ヵ月前から4ヵ月前まで,0.4~0.6
の差が継続し,死亡3ヵ月前には0.8,死亡2ヵ月前には
1.0,死亡1ヵ月前には1.1と差が拡大した.
こうした差の推移から,すでに死亡7ヵ月前のBMIに
よってその半年前よりやせが顕著になっていることがわ
かる.そしてやせの傾向がそのまま推移し,死に近づく
につれさらに著しくやせていく.この6ヵ月前との差を
観察すると,死の1年8ヵ月前に0.4を超え差が縮まらな
いまま,つまりやせる一方の経過をたどり死に至ってい
ることがわかる.1ヵ月前との差だけを観察していては
気づきがたいが,6ヵ月前との差も観察することにより
推移が明らかになる.
以上により,AHNが施されず経口からのみ食事・水分
摂取をしている高齢者のうち,死に至る高齢者はBMIが
低減する.その死に至る際のBMIの平均値は,死亡直近
の平均BMIとして得られた17.7である.またそれ以下に
低減し,最小値として明らかになった10.7に近づくほど
死期が近いと推定することができる.
また,そのBMIの推移について,6ヵ月前との差を観
察することは重要である.BMIの推移が増加することな
く低減する一方である,差が拡大する,その差が0.8を超
えたまま推移する場合,看取りの時期にあると考える根
拠となる上に,死期が近いことが推定可能となる.
本研究では高齢者の年齢,性別以外の個別の条件,疾
患,認知症の有無やその種類,ADL等については検討し
ていない.今後,高齢者が暮らすあらゆる場所が高齢者
の死亡場所となり得るが,いつも個別の条件が明らかに
されているわけではない.一方,体重測定は特別の道具
や専門技術が不要であり,また暮らしの場であるから数
ヵ月から年単位の長期にわたるBMIのデータが蓄積され,
そうした長いスパンでのBMIの推移が観察可能となる.
その経過の中で,BMIの推移を根拠として看取りの時期
および死期が推定されれば,より穏やかな死の経過を優
先するケアへの転換がはかれるものと考えられる.
18
BMIの推移を根拠とした高齢者の看取りの時期および死期の推定
24:933-936.
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19
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:21-23,2014
報 告
東京有明医療大学附属鍼灸センターにおける
インシデントレポートの集計と考察
菅 原 正 秋 高 梨 知 揚 高 山 美 歩
藤 本 英 樹 矢 嶌 裕 義 木 村 友 昭
東 郷 俊 宏 水 出 靖 古 賀 義 久
坂 井 友 実 安 野 富美子 センター実習も開始された.実習学生については教員の
Ⅰ.はじめに
指導のもと一部の施術や施術の補助を行っていた.3年
インシデント(incident)とは,
「事件」
,
「出来事」な
目(2013年度)は,教員11名,研修生14名,大学院生1
どと訳されることが多い.しかし,医療現場においては,
名であった.なお,教員,研修生,大学院生はすべては
発生してしまった有害事象だけでなく,発生してもおか
り師およびきゅう師の免許をもった有資格者であった.
しくなかったが直前に気付いて防止できた場合や,たま
たま運よく発生しなかった事象(ヒヤリ・ハット)をも
2.実施方法
含める場合が多い .また,有害事象とは,因果関係を
鍼灸センターでは,鍼灸医療安全ガイドライン3)およ
問わず,治療中または治療後に発生した好ましくない医
び先行研究4)のインシデントレポート等を参考として独
学的事象であり,この中には施術者の過失によって生じ
自のインシデントレポートシステムを構築し,開設当初
る「過誤」と,意図せずして患者に生じた生体反応であ
より稼働させている.鍼灸センターで使用しているイン
る「副作用」
,不可抗力による事故などが含まれる .
シデントレポートのフォームを図1に示す.本システム
1)
2)
東京有明医療大学附属鍼灸センター(以下,鍼灸セン
におけるインシデントの定義は,
「有害事象,および実際
ター)は,2011年1月に開設し,開設当初よりインシデ
には有害事象は起こらなかったが起こりそうだった(ヒ
ントレポートシステムを導入している.レポートは,イン
ヤリ・ハット)事象」とした.
シデントが発生した場合,事象の大小にかかわらず全て
鍼灸センターでは,前述の施術者すべての施術におい
報告するよう全スタッフに周知してきた.鍼灸センター
てインシデントが発生した場合,図1のフォームに基づき
は2014年で開設から4年目を迎えたが,本稿では過去3
報告するよう周知した.また,学生が関与したインシデ
年間のインシデントレポートの集計結果を報告する.
ントについては実習時の指導教員が報告することとした.
集計期間は,2011年4月から2014年3月の3年間とし,
全ての施術者が提出したレポートを対象とした.集計は,
Ⅱ.研究方法
発生年度,インシデント件数および内容について行い,
1.鍼灸センター施術者の構成(表1)
年度別の施術回数とインシデント件数との関連性や各イ
開設初年度(2011年度)の施術者構成は教員のみの11
ンシデントの発生率を分析した.
名であった.2年目(2012年度)からは,研修生の受け
入れが開始され,教員11名,研修生9名という構成となっ
Ⅲ.結 果
た.また,同年より保健医療学部鍼灸学科4年生の鍼灸
集計期間における鍼灸センターの延べ施術回数は7924
回であった.年度ごとの延べ施術回数は表2の通りであ
表1 鍼灸センター施術者(有資格者)の構成
年 度
教 員
研 修 生
大学院生
合 計
2011
11
0
0
11
2012
11
9
0
20
2013
11
14
1
26
り,年度を重ねるごとに増加傾向にあった.また,この
期間に発生したインシデント件数は40件であった.年度
別患者数とインシデント件数の関係は表2に示す通りであ
り,各年度の発生率は2011年度0.45%,2012年度0.79%,
2013年度0.32%,3年間の平均発生率は0.50%であった.
東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 E-mail address:[email protected]
21
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
鍼灸センター インシデントレポート
作成日: 年 月 日 発生日: 年 月 日 時頃 施術日: 年 月 日
報告者: 施術者: 報告者に同じ ・ その他( )
カルテID( ) 患者氏名( ) 対象症状・疾患( )
【インシデント分類(チェックを入れてください)】
項 目
チェック
報告の目安(空白のものは原則としてすべて報告)
鍼の抜き忘れ
通常でない場所(トイレ、廊下、床等)での鍼の発見
出血
数滴以上のもの、止血に3分以上かかったもの
内出血
直径20mm以上のもの、有痛のもの
刺鍼部の皮膚状態変化(皮膚炎等)
治療の継続に影響がある程度の強さ
刺鍼部の疼痛( 刺鍼中 ・ 刺鍼後 )
主訴の悪化
一過性の気分不良
疲労感・倦怠感
運転・仕事・家事等に影響があった場合
眠気
運転・仕事・家事等に影響があった場合
火傷
2度の火傷以上を報告
感染
1時間以上の放置
患者の放置
施術者自身の障害(鍼刺しや火傷等)
その他( )
【すべてのインシデントについて】
発生状況等:
特記事項:
図1 インシデントレポート(抜粋)
インシデントが発生した際の施術者は,教員であった
外の症状の出現3件(施術後に訴えのなかった部位に痛
場合が30件,研修生が10件であった.なお,教員が報告
みが出現)
,患者の転倒1件,カルテの取り違え(同姓患
した者のうち,学生が関与したものは1件であった.
者の取り違え)1件が含まれた.
インシデントの内訳としては,鍼施術による内出血が
8件と最も多く,次いで,鍼の抜き忘れ6件,施灸部位
表3 インシデント件数(項目別)と発生率
の意図しない熱傷と一過性の気分不良が各5件,灸施術
項 目
に起因するトラブル(ベッドやタオルを焦がす,患者の
体への灰の落下)4件,愁訴の悪化,刺鍼部の疼痛,消
毒薬の取り違え(アルコールアレルギー患者に消毒用エ
タノールを使用)が各2件(表3)
.その他には,主訴以
表2 施術回数とインシデント発生率
年 度
施術回数
2011
2012
件 数
発生率(%)
内出血
8
0.10
鍼の抜き忘れ
6
0.08
施灸部位の意図しない熱傷
5
0.06
一過性の気分不良
5
0.06
灸施術に起因するトラブル
4
0.05
愁訴の悪化
2
0.03
刺鍼部の疼痛
2
0.03
件 数
発生率(%)
1982
9
0.45
消毒薬の取り違え
2
0.03
2517
20
0.79
出 血
1
0.01
2013
3425
11
0.32
その他
5
0.06
合 計
7924
40
0.50
合 計
40
0.50
22
東京有明医療大学附属鍼灸センターにおけるインシデントレポートの集計と考察
今後は,再発防止のためのディスカッションを繰り返す
Ⅳ.考 察
ことにより,安全対策マニュアルを構築していくことが
望まれる.
既知の鍼灸施術に関連した重篤な過誤としては,気胸,
感染,臓器・神経損傷,皮膚反応(接触性皮膚炎,金属
アレルギーなど)
,灸痕の癌化などがある5−7).また,副
Ⅴ.おわりに
作用としては,出血・内出血,脳虚血(一過性の意識消
鍼灸センターは大学の附属施設として,医療サービス
失)
,刺鍼部の疼痛・遺感覚,灸痕の化膿,一過性の気分
.
の提供機関,臨床教育の場,研究機関という3つの側面
鍼灸施術に関連する有害事象の発生率についての報告
を持っている.現在,当センターの年間延べ患者数は増
不良,疲労感・倦怠感,眠気などが知られている
2,
3)
は
加傾向にあるため,今後もインシデントレポートシステム
日本式鍼灸治療での発生頻度は0.12%であったと報告し
を継続して運用することで,膨大な情報を集積すること
ている.また,イギリスにおける調査
が可能となる.その結果として,鍼灸領域の安全性のエ
は,国内外の先行研究において散見される.山下ら
8)
でも発生頻度は
9)
ビデンスを構築することに寄与できるものと考えられる.
0.14%であったとの報告がある.これらの報告と比較す
ると,本学鍼灸センターにおける発生頻度はやや高い.
その理由としては,開業から3年間のデータであったた
文 献
め,スタッフ間でインシデント防止策に対するコンセン
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(編)
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(2)
:91-97.
サスが得られていなかったことが挙げられる.
ドイツで行われた副作用の調査10)では,8.6%の患者は
少なくとも1つの副作用を経験しており,その内訳は,
出血または血腫で6.1%(すべての副作用の58%),次い
で疼痛が1.7%,自律神経症状が0.7%であったと報告して
いる.鍼灸センターにおいても,内出血や一過性の気分
不良は比較的出現頻度が高く,国や施術方法(流派)を
問わず共通してみられる副作用であると考えられた.
年度ごとの発生率の比較では,2012年度が他の年度と
比べやや高い傾向にあった.その理由としては,2012年
度は研修生制度がスタートし,また,鍼灸学科1期生の
附属鍼灸センター実習が開始された年でもあったため,
施術スタッフの増加と業務の繁雑さが重なり,人為的な
ミスが増加したことが考えられた.
インシデントを未然に防ぐためには,集積したインシ
デント事例を施術者であるスタッフにフィードバックし,
問題意識を共有することが重要と考えられる.鍼灸セン
ターにおいても,スタッフにフィードバックするために
月一回の全体ミーティングの際に1カ月間で発生したイ
ンシデント事例の報告を行い,再発防止のためのディス
カッションの場を設けている.現在のところ,それが奏
功してか鍼灸センターが加入している鍼灸賠償責任保険
が適用されるような重篤な有害事象は発生していない.
23
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:25-32,2014
報 告
膝痛に対する鍼治療の1症例~膝の機能評価を指標として~
松 浦 悠 人1) 井 畑 真太朗1) 古 賀 詳 得2)
古 賀 義 久1,2) 坂 井 友 実1,2) も認められている6).
Ⅰ.はじめに
このように,JKOMは日本人の生活様式に適し,より
変形性膝関節症(以下膝OAと略す)は,関節を構成す
日本人向けのQOLや日常生活の指標となるところに特徴
る組織に慢性の退行性変化と増殖性変化が起こり,関節
がある.鍼灸臨床においてJKOMを主な指標とした報告
の形態に変化を起こす疾患である.現在本邦にはX線上
は会議録などでいくつか散見される7, 8)が,その数はあ
の膝OA患者は2500万人以上と推定され,およそ800万人
まり多くない現状である.
が膝関節に何らかの愁訴を有しているとされており ,
今回,大学4年時の付属鍼灸センター実習において,
1)
人口の高齢化に伴い更なる患者数増加が懸念される疾患
膝OAが疑われ,QOLを低下させている高齢者の膝痛に対
でもある2).
して鍼治療を行い,膝の機能評価尺度であるJKOMを指
標として経過観察したので報告する.なお,本報告は初
膝OAに対する鍼治療の有効性を示す報告は数多く認め
診時に書面にて患者の同意を得て行った(書式1参照)
.
られ,Whiteらが行ったシステマティックレビューやメタ
アナリシスでも膝OA患者の疼痛と機能について,鍼は無
処置やシャム鍼より有意な便益と効果をもたらすとされ,
Ⅱ.症 例
鍼治療のエビデンスが示されている3).また近年では,
疼痛による関節機能の低下によりADLが大きく減少し,
【性 別】女
生活範囲の制限が生じるという報告4)や,膝OAによる
【年 齢】75歳
運動機能障害は患者のQOLの低下に影響する可能性が高
【職 業】主婦
いという報告
【初診日】201X年1月30日
があることから,鍼治療の効果の評価に
5)
【主 訴】膝の痛み(左>右)
膝関節の運動機能やQOLが指標として用いられている.
【現病歴】201X(以下X年と略す)−6年に20年以上続
現在,膝OAの評価にはWestern Ontario McMaster
けているお茶の稽古の際,長時間正座した直後から左
Universities osteoarthritis index(以下WOMACと略す)
が主に用いられている.WOMACは世界的に用いられて
膝が痛くなった.整形外科を受診し,X線検査で骨の
いる股または膝関節の疾患特異的なQOL Indexであり,
「すり減り」を指摘された.
(病名,その他詳しいことは
我が国では日本語版が運用されている.しかしながら,
覚えていない)ヒアルロン酸注射を5回受けたが効果を
日本では欧米と比較し生活様式や文化も異なることから,
実感しなくなった.この注射療法の他に電気療法,湿
日本人の生活様式に適したQOL評価尺度の必要性が検討
布処方による治療を行った.X−1年前からは左下腿,
され,WOMACを基礎に膝OAに対する疾患特異的QOL
左膝窩部にも痛みを感じるようになり,X−2ヶ月く
らい前から右膝の内側にも痛みを感じるようになった.
評価尺度〝日本版膝関節機能評価尺度″
(Japanese Knee
【合併症】高血圧(20~30年前から),糖尿(治療は受け
osteoarthritis Measure:以下JKOMと略す)が開発され
ていない)
た.JKOMは「膝の痛みとこわばり」
(8問)
,
「日常生活
の状態」
(10問)
,
「ふだんの活動」
(5問)
,
「健康状態に
【家族歴】特記事項なし
ついて」
(2問)を5段階で質問する25問で構成され,さ
【患者プロフィール】現在,主婦で夫と二人暮らし.家は
らに膝の痛みをVisual Analoge Scale(以下VASと略す)
アパートの3階だが,エレベーターはなく階段昇降が
で尋ねる自記式回答質問表である.非常に簡便な評価
辛いため,必要のない時はなるべく外出を控えている.
Indexであり,10分程度で実施することが可能であるこ
旅行好きで,よく友人と旅行に行っていたが,膝を痛
とから短時間で膝OAのQOLを評価することができる.
めてからは友人との旅行を諦めることもある.膝の痛
JKOMの信頼性・妥当性については膝OAを対象とした
みで歩けなくなるのではと不安を持っている.
SF-36やWOMACとの平行テストによる比較検討から
1)東京有明医療大学大学院 保健医療学研究科
2)東京有明医療大学附属鍼灸センター
25
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
【医療機関等受診状況】
【現 症】
1.検査:X線(X-6年前,整形外科にて骨の変形を
1.身体所見
指摘されるも詳細は不明)
1)身長:145cm 2)体重:58㎏ 3)BMI:27.6
2.治療と効果:整形外科にてヒアルロン酸注射,電気
4)血圧140/75mmHg(降圧剤服用)
治療,湿布処方を行ったが,効果は実感できなかった.
2.自覚症状
3.常用薬物:・セレコックス(非ステロイド系抗炎症
1)部位及び範囲:左膝内側関節裂隙部・膝窩部・下
薬)
・プラバスタチンNa(脂質異常症治療薬)
・アルマ
腿後側部,右膝内側関節裂隙部及び左右鵞足部
イラー2(β遮断薬)
・ワンアルファ(活性型ビタミン
2)性質:歩行量が多いとズキズキ痛むようになる.
D)
・アムロジピンOP(Ca拮抗薬)
・セルベックス(防
稀に安静時痛・夜間痛(+)
御因子増強薬)・オメプラゾール(プロトンポンプ阻
3)ADL:歩行はゆっくりで長い距離は歩けない.歩
害薬)
行開始時痛があり,少し歩くと慣れて痛みは減少す
るが,500m位歩くと再び痛みが出現する.階段は
1段毎に足を揃え,手すりにつかまり行う.下りは
Ⅲ.方 法
後ろ向きに行う.トイレは洋式のみ可.
4)程度:VAS35mm,JKOM50/100点
1.治療方法
5)理学的所見
1)置鍼療法,低周波鍼通電療法
膝の疼痛軽減,膝関節周囲の軟部組織の緊張緩和を目
表1は理学的所見を示したものである.熱感・腫脹な
どの炎症所見は陰性.大腿骨内側顆間距離は3横指でO
的として行った.
脚や屈曲変形があり膝の変形が認められる.筋力は,右
(1)置鍼療法
鵞足部,膝関節周囲圧痛部に10分間の置鍼を行った.
大腿四頭筋MMT5,左大腿四頭筋MMT4であり,左大腿
(2)低周波鍼通電療法
四頭筋の筋力低下が認められ,大腿周径においても,左
大腿四頭筋に筋萎縮が認められた.また,マックマレー
①浮 -合陽:脛骨神経パルス②梁丘-血海:大腿四
テスト,内反ストレステスト,外反ストレステスト,膝
頭筋パルス③足三里-下巨虚:前脛骨筋パルスを1Hz
蓋骨圧迫テストなどの理学検査は全て陰性であった.圧
10分間で行った.神経パルス療法は,支配領域の筋を同
痛は左右内側関節裂隙・左右鵞足部,左膝窩部・左内側
時に刺激することができ,筋パルス療法と比較して皮膚
広筋・左脛骨粗面に認められた.
血流量,深部血液量の上昇の程度が大きいと報告されて
いる9).そこで今回,脛骨神経支配である下腿後面筋群
を刺激することを目的に脛骨神経パルス療法を行った.
表1 初診時理学所見
所見、症状
左
右
熱感
-
-
腫脹
-
-
屈曲変形
+
+
マックマレーテスト
-
-
内反ストレステスト
-
-
外反ストレステスト
-
-
膝蓋骨圧迫テスト
-
-
膝蓋骨直上
37.5cm
38cm
膝蓋骨上10cm
46.5cm
47cm
大腿四頭筋筋力
MMT4
MMT5
殿踵間距離
2)運動療法
大腿四頭筋の筋力強化を目的として運動療法を行った.
運動療法はstraight leg raising exercise(以下SLR訓練
と略す)を左右足関節に1Kgの錘を装着し行った.この
O脚(3横指)
大腿周径
圧痛
18cm
9cm
内側関節裂隙
+
+
鵞足部
+
+
膝窩部
+
-
内側広筋
+
-
脛骨粗面
+
-
神経学的所見
-
-
脛骨の叩打痛
-
-
運動を治療後に痛みの程度の強い左は20回×2セット,
程度の軽い右は20回×1セット行い,自宅でも行うよう
指導した.(図1)
図1 治療方法の概要
2.評価方法
1)自覚的な膝の痛み
主観的な痛みの評価にはVASを用いた.VASの評価
26
膝痛に対する鍼治療の1症例~膝の機能評価を指標として~
には100mmの直線の左端(0mm)を「痛みなし」右端
よる評価は,初診時と7月から12月の期間に1か月毎行っ
(100mm)を「想像できる最大の痛み」として行った.評
た.尚,10月は患者の都合により治療間隔が3週間あい
た月である.
価は治療開始前に行い,各月の平均値で評価した.
2)膝関節機能・QOL評価
膝関節の機能と日常生活でのQOL評価にはJKOMを用
Ⅳ.結 果
いた.JKOMによる評価は初診時と7月から12月の期間
1.VAS,JKOMについて
に実施した.JKOMを後期から導入したのは,VASや臀
踵間距離の経過のみでは評価できない症例の膝関節機能
VASは1月から9月までの期間は33mmから52mmの
やQOLをより詳細に評価するためである.JKOMは4項
範囲を推移しており一定した経過であった.JKOMは初
目25問で構成され,得点の減少が症状の改善を表す.今
診時の50点から7月では41点となり点数の減少がみられ,
回,VASは別に実施したため,JKOM質問紙上のVAS
その後も8月は40点,9月は44点と推移した.しかし,
は実施しなかった.
治療間隔が3週間空いた10月はVAS 60mmで最大となり,
3)関節可動域変化
JKOMは46点で最も初診時に近い値であった.治療を再
可動域変化の評価には臀踵間距離を用いて行った.本
開した後は,11月でVAS 44mm,JKOM 40点,12月は
VAS 50mm,JKOM 36点となり点数の減少がみられた.
症例を腹臥位とし,膝を最大まで屈曲させ,踵と臀部の
(図2)
距離の測定を左右それぞれ行った.臀踵間距離を可動域
変化の指標とした理由として,負担が少ないことや簡便
2.JKOM各項目について
に評価できることなどが挙げられる.本症例は膝の屈曲
変形・伸展制限が存在するため,腹臥位で負担が少なく,
「痛み・こわばり」の項目において,初診時は23点で
簡便に行うことができる臀踵間距離を関節可動域変化の
最大であったが,7月では16点に減少した.しかし,治
指標とした.評価は治療前後に行い,各月の平均値で評
療間隔の3週間あいた10月は22点となり点数の上昇がみ
価した.
られたが,治療を再開した11月は20点,12月は18点と減
少した.
「ふだんの活動」の項目では初診時に9点で最大
3.治療・評価期間
であったが,7月では4点に減少した.8月は最も初診
治療は週1回の間隔で行い,201X年1月から12月まで
時の値に近づき8点となったが,12月では0点と減少し
の期間実施した.VASによる評価は治療前に行い,臀踵
た.「日常生活」,「健康状態」の項目はほぼ一定の値で
間距離による評価は治療前後に行った.また,JKOMに
あった.(図3)
100
90
VAS
VAS(mm)・JKOM(点)
80
JKOM
70
60
50
40
30
20
10
0
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
図2 VAS・JKOMの推移
27
8月
9月
10月
11月
12月
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
25
20
痛み・こわばり
(点)
15
日常生活
10
健康状態
5
0
ふだんの活動
初診時
7月
8月
9月
10月
11月
12月
図3 JKOM各項目の推移
20
18
16
治療前
(cm)
14
治療後
12
10
8
6
4
2
0
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
図4 左膝関節臀踵間距離の推移
28
8月
10月
11月
12月
膝痛に対する鍼治療の1症例~膝の機能評価を指標として~
3.臀踵間距離について
痛部は,内側関節裂隙,鵞足部,内側広筋,膝窩筋にみ
臀踵間距離は左右共に治療の経過と共に減少していく
られ,膝外側,膝蓋骨に圧痛所見は無く,膝蓋骨の動き
傾向がみられた.特に程度の軽い右膝は8月で治療後の
は正常である.直立位で3横指の内反膝が認められる.
臀踵間距離が0cmとなり11月には治療前も0cmとなっ
膝蓋骨圧迫テスト(-)であることや,膝蓋骨周囲に圧
た.
(図4,図5)
痛が認められないことから,膝蓋大腿関節型の可能性は
考えにくく,大腿脛骨関節内側型の膝OAであると考えら
れる.左膝の方が内反変形の程度が強いことや臀踵間距
Ⅴ.考 察
離の左右差(左18cm 右9cm)などから病態の程度は
(左>右)であると考えられる.また,画像所見がないた
1.初診時考察
本症例の主訴は,左右の膝内側の痛みである.内反膝
め,X線学的グレード分類による進行度の評価はできな
で運動時の膝の痛みを主訴としていることから半月板損
いが,正座や立ち上がり,歩行時,階段の昇降時などに
傷も考えられるが,外傷の既往がないことやマックマレー
苦痛を伴うことや内反変形,屈曲変形,伸展制限などの
テスト(-)のため半月板損傷の可能性は低い.また,
程度,稀に安静時痛がみられること10,11)などから進行度
外反ストレステスト(-)
,内反ストレステスト(-)の
分類では末期であると推測される.
ため,外側側副靱帯,内側側副靱帯等の靭帯損傷の可能
以上のことから,本症例が膝OAと仮定すると,一次
性も低い.また,稀に安静時痛や夜間痛が認められるが,
性・大腿脛骨関節内側型であり,進行度分類は末期で,
急性発症でなく急激な増悪もないこと,脛骨の叩打痛
病態の程度は(左>右)の膝OAであると考える.
(-)であることから腫瘍や骨壊死などの可能性は否定的
である.歩行開始時,階段の昇り降り,特に降りる際に
2.経過の考察
出現する痛みと,左大腿四頭筋の筋力低下,筋萎縮,可
1)鍼治療と運動療法の役割について
動域制限が認められる.また,整形外科でのレントゲン
本症例では,発赤・熱感・膝蓋跳動などの炎症所見は
所見では,膝関節の「すり減り」を指摘されている.こ
認められない.そのため,炎症の鎮静よりも膝関節周囲
れらのことから,医師の確定診断がないため断定はでき
の軟部組織の緊張の除去,循環改善,鎮痛を主な目的と
ないが,膝OAである可能性が高いと考えられる.
した.越智ら12)は,末期変化に伴う関節機能面の障害が
膝OAと仮定した場合,本症例は,高齢(75歳)で肥
膝関節周囲の軟部組織に大きな負担をかけており,この
満体型(BMI 27.6)であり,特に外傷の既往もなく突然
負担軽減が治療後の症状改善につながると述べている.
発症したため,一次性の膝OAであると考えられる.圧
本症例でも末期変化に伴うO脚や屈曲変形・伸展制限な
20
18
16
治療前
(cm)
14
治療後
12
10
8
6
4
2
0
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
図5 右膝関節臀踵間距離の推移
29
8月
10月
11月
12月
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
どが認められるため,膝関節周囲の軟部組織への負担が
本症例では約1年間と長期にわたり膝OAの経過を観
存在すると考えられた.その負担と膝関節の疼痛により
察することができた.VASや臀踵間距離は1年間を通し
行動範囲が制限され活動が低下することで大腿四頭筋の
て評価を行ったが,VASによる疼痛評価や臀踵間距離に
萎縮が生じ,膝関節の支持力を低下させる.その結果,
よる可動域の評価のみでは鍼治療の効果を見出すことは
膝関節周囲の軟部組織への負担や疼痛の更なる増大を引
困難であった.しかし,経過観察後期からは,定期的に
き起こす悪循環を形成していると考えられた.そこで,
JKOMを用いて痛みだけでなくQOLや膝関節機能を評価
鍼治療により軟部組織の緊張緩和と疼痛のコントロール
することで,症例の膝OAに対するより詳細な鍼治療の
を行い,運動療法により大腿四頭筋の筋力強化を行うこ
影響を分析することが可能であった.このことから,高
とでこの悪循環を改善し,膝を安定した状態に維持でき
齢者の進行した膝OAを評価する際には,痛みだけでな
たと考えられる.
く日常生活でのQOLや膝関節機能評価の必要性が示唆さ
れた.
また,越智らは,治療後の効果持続は約4日間である
とも述べている .その理由として,末期患者において
信頼性・妥当性共に認められているJKOMだが,医学
は日常生活の動作で膝関節の変形などの機能的な負担が
中央雑誌やPubMedなどの検索結果では鍼灸臨床の効果
軟部組織に徐々に蓄積されるためと考えている.本症例
の指標とした報告はほとんど認められない.その要因と
では治療間隔があくと増悪し,再開後改善する傾向がみ
して,膝OAの評価に最も用いられているWOMACによ
られた.VASが最も高値となった10月は治療間隔が3週
る評価は,臨床試験において最も信頼性が高く感度の高
間あいた月である.治療間隔があくと増悪したのは,膝
い方法として一般的に認められているため16)鍼灸臨床に
関節の疼痛・負担の悪循環を改善できず膝への負担が蓄
おいてもWOMACによる評価が第1選択となっている可
積したためだと考えられる.しかし,再開後に改善がみら
能性が考えられる.今回は1症例だけではあるが,点数
れたことから,鍼治療が膝周囲の症状に好影響を与えた
と症状の経過に関連がみられ,症例のより詳細な分析が
可能性があり,継続的な鍼灸治療の必要性が示唆された.
可能であったことから,今後膝OAに対する鍼灸の臨床
一方,膝OAに対する運動療法は痛みを和らげ,身体
研究の新たな指標となり得ることが考えられ,さらに症
機能を向上させる効果があることが報告されている .
例数を増やし検討することが今後の課題だと考えられる.
12)
13)
岩谷ら14)は,運動療法群(SLR訓練)と非ステロイド性
消炎鎮痛剤(NSAIDs)内服治療群を比較したランダム
Ⅵ.結 語
化比較試験を行い,運動療法群のJKOMスコアにおける
改善率は,NSAIDs内服群における改善率よりも有意に
末期と推測し,QOLを著しく低下させている膝痛患者
高かったと報告している.本症例でも鍼治療後と自宅で
に対し,JKOMを指標として鍼治療を行った.その結果,
のSLR訓練を実施したため,膝関節の支持力や機能が向
治療間隔があくと増悪し,再開後改善したことから鍼治
上した可能性が考えられる.また,鍼治療に運動療法を
療の有効性が示唆された.また,QOL向上の示すJKOM
併用することでより高い治療効果が得られるとされてい
の「ふだんの活動」の項目の点数減少と症例の活動範囲
ることから ,末期と推測される本症例においても安定
が増加したことから,1例ではあるが膝痛を有する高齢
した膝の状態を維持できたと考えられる.
者の運動機能面に対し,好影響を与える可能性が示唆さ
15)
れた.
2)JKOMを指標とした評価について
本症例は,膝の痛みにより外出や旅行を諦めるなど活
なお,本論文は平成26年5月に開催された第63回全日本鍼灸学会
(愛媛大会)において,学生ポスター発表を行い,優秀賞を受賞し
た内容を論文化したものである.
動範囲が制限されておりQOL低下が示されていた.今回,
このようにQOLを著しく低下させている膝OAの治療効
果の指標としてJKOMを用いた.JKOMはより日本人に
参考文献
適した膝OAのQOL Indexとして開発され,痛みだけで
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osteoarthritis, lumbar spondylosis and osteoporosis in Japanese
men and women:The Research on Osteoarthritis / osteoporosis
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(5):620-628.
2)池田 浩,黒澤 尚.膝関節に起因する痛み-変形性膝関節症
を中心に-.Pain Clinic. 2004;25(10):1304-1310.
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Rheumatology(oxford).2007;46(3):384-390.
4)生島秀樹,日高正巳,池田耕二.変形性膝関節症患者におけ
る疼痛および筋力とADL能力との関係.理学療法学.1994;
21(5):347-350.
なく日常生活やQOLも指標としているところが特徴であ
る.QOLを示す項目として「ふだんの活動」がある.こ
の項目は,普段行っていることや外出の困難さや制限を
評価しており,この項目の改善はQOL向上を示している.
本症例では8点だった8月から12月では0点となり減少
がみられた.実際に症例はこの時期,友人との外出頻度
の増加や控えていた趣味の旅行にも行くことができたと
述べている.この活動範囲の広がりがJKOMに反映され,
「ふだんの活動」の点数減少につながったと考えられる.
30
膝痛に対する鍼治療の1症例~膝の機能評価を指標として~
5)渡邊裕之,占部 憲,神谷健太郎 ほか.変形性膝関節症にお
けるQuality of Life(QOL)と身体特性との関係-日本版膝関
節症機能評価尺(JKOM)を用いた評価-.理学療法学.2007;
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Osteoarthritis Measure).運動・物理療法.2005;16(1):
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灸学会誌.2011;61(3):335.
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の効果(第2報)-階段昇降時に着目して-(会).全日本鍼
灸学会誌.2008;58(3):524.
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10)矢野 忠.鍼灸療法技術ガイド:鍼灸臨床の場で必ず役立つ
実践のすべて.平成24年度1版.東京:文光堂;2012.p.617.
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12)越智秀樹.変形性膝関節症に対する鍼灸治療-病態把握の重
要性について-.卒後鍼灸手技療法研究会創立5周年記念誌.
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13)赤居正美,岩谷 力,黒澤 尚 ほか.運動器疾患に対する運
動療法の効果に関する実証研究:無作為化比較試験による変形
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2006;80(5):316-320.
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医学.2006;43:218-242.
15)越智秀樹.変形性膝関節症に対する運動療法を併用した鍼灸治
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リニック.1993;23(3):136-142.
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症の鍼灸医学.平成19年度版.東京:医歯薬出版株式会社;
2007.p.8-9
31
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
32
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:33-38,2014
中医営養学で補気作用をもつ食品の特性について
中 村 優 紀1) 高 梨 知 揚2) 西 村 桂 一2)
な概念とされる「補気」のより具体的な解釈につながる
Ⅰ.背景と目的
ものと思われる.さらに既に栄養成分が調べられている
古来より東洋医学では「医食同源」
「薬食同源」と言わ
現代栄養学の食品群と「補気」との関係性を調べること
れるように,薬と同様に「食」の身体への働きに着目し
で,「補気」を発揮する栄養成分の推測が可能と考えら
て,病気の予防や治療に「食」を活用してきてきた歴史
れる.そこで今回,「補気」と中医営養学の四分類の分
がある1).中国周王朝の制度習慣を記した『周礼』にお
類別作用および現代栄養学の食品分類との関係性につい
いて,御殿医の中での最高位は「食医」であり,食事を
て,統計学的手法を用いて解析を行った.
もって皇帝の健康を管理することが最も重要だと考えら
れていた 2).さらに,東洋医学の原点と言われている
Ⅱ.方 法
『黄帝内経』においては,
「五穀,五畜,五果,五菜,こ
1.解析対象食品の選定
れを用いて飢えを満たすときは食といい,それをもって
病を治すときは薬という」の記述があることからも,
現代でも一般的に用いられる食品を解析対象とするた
「食」が歴史の中で深く根付いてきたことがうかがえる.
めに,『日本食品標準成分表2010』8) と『食物性味表』
また,東洋医学では宇宙の生成から生命現象にいたる
(日本中医食糧学会編著)9) の両方に記載のあるものを
まで,すべて「気」を根底において解釈する「気の思想」
解析対象とした.具体的には『食物性味表』の第2章
が 存 在 す る . 日 本 で も「 元 気 が あ る 」
「気が合う」
分類別食物 性味・効能一覧に記載されている食品から
3)
「天気がいい」など,普段から何気なく「気」という言
類推食品を除き379品を選定対象とした.その選定対象
葉は使われ,日本の文化にも「気」と言う言葉は一般的
の食品のうち『日本食品標準成分表2010』の「大分類」
に浸透している .しかし,東洋医学の「気の思想」で
「中分類」「小分類」もしくは食品群別留意点に同一の食
は日本の感覚的な「気」と異なり,
「気」は生命エネル
品名の記載があるもの,および食品名は異なる表現がな
ギーそのものとされ,食事から後天的に「気」を補うこ
されているが明らかに同じと判断出来るもの291品を選
とで生命を維持していると考えられている5).このよう
出し,解析対象とした.
4)
な思想の中で,
食事によって「気」を補うことを「補気」
2.データ解析
と呼び,大変重要な働きとされている.
1)「補気」と中医営養学的な特性との関連性
臨床医学として独自の理論体系をもつ東洋医学の中で,
解析対象の291品について,『食物性味表』の「食性」
特に食事は中医営養学として発展してきた.その中医営
「食味」「帰経」「効能」のそれぞれの各分類別作用での
養学では食品がもつ身体への作用を「食性」「食味」
その有無と,「効能」の分類別作用の一つである「補気」
「帰経」
「効能」の四分類で大別し,それぞれの分類でその
の有無で2×2クロス集計表を作成し,それぞれの独立
食品が発揮する作用は分類別作用として表されている .
6)
性の検討を行なった.
「補気」は「効能」分類の分類別作用の1つで,その働
2)「補気」と食品群との関連性
きをもつ食品は多数存在している.
解析対象の291品それぞれの食品について,『日本食品
これまでの研究では,この四分類と現代栄養学の食品
標準成分表2010』に記載されている18の食品群のうちで,
分類との関連性を統計的に検討した結果,
「食性」と食品
分類との間でいくつか有意な関連性が見出されている7).
『食物性味表』に記載の無い菓子類,調理加工食品類を除
しかし,食品の働きとして古来より重要と考えられてき
いた16の食品群を用いた.食品群と「補気」との関連性
た「補気」は,非常に抽象的な概念で,その解釈は多岐
については,16の食品群それぞれについて,解析対象の
にわたっており「補気」の効能を持つ食品の特徴を統計
291品を当該の食品群とその他の食品の2群に分けて,そ
的に検討したものはない.
「補気」と他の中医営養学的な
の「補気」の有無で2×2クロス集計表を作成し,それ
四分類の分類別作用との関連性を調べることで,抽象的
ぞれの独立性の検討を行なった.
1)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科4年生
2)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科
33
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
なお1)2)とも独立性の検定にはIBM SPSS Statistics
られた.また「食性」で「平」に有意に多く,
「寒」
「涼」
Baseを 用 い て フ ィ ッ シ ャ ー の 正 確 確 率 検 定 を 行 い,
では有意に少なくみられた.
「帰経」においては「脾」に
p < 0.05の項目は有意な関連性があるものと判断した.
多く,
「心」
「肺」で有意に少なくみられた.
「効能」では
「強筋骨」「補血」「補中」に有意に多くみられ,「化痰」
「解毒」「降気」「消腫」「消食」「清熱」「利水」で有意に
Ⅲ.結 果
少なくみられた.
・
「補気」作用を有する食品および食品群との関連性
表1に今回の解析対象となった食品291品のうち「補気」
Ⅳ.考 察
作用を有する食品68品について,食品群別に食品数,出
中医営養学の「食性」「食味」「帰経」「効能」の四分
現率,食品名を示した.食品数では魚介類が24品と最も
多く,続いて野菜類が9品,果実類および肉類が7品と,
類,および現代栄養学の食品分類と「補気」作用を持つ
これらの食品群に「補気」作用を有する食品が多く見ら
食品との関連性を統計学的な手法を用いて検討したとこ
れた.また,フィッシャーの正確確率検定を行った結果,
ろ,幾つかの分類別作用と食品群で有意な関連性が見ら
食品群では「いも及びでん粉類」
「魚類」で有意に多くみ
れた.
「食味」の分類別作用と「補気」作用との関連性は,
られ,
「野菜類」では有意に少なくみられた.
「甘」
「鹹甘」で有意に多くみられた.
「甘」は東洋医学で
・
「補気」作用を有する食品の中医営養学的な特性
用いられる五行論で土系に属している.この土系に属す
「食性」
「食味」
「帰経」
「効能」の分類別作用ごとに
る五臓は「脾」であり,
「脾」は飲食物の消化や吸収を行
「補気」作用を有する食品数とその出現率を表2,
3,4,
い,
「気」の素である「後天の精」をつくりだす働きがあ
るとされている10).そのため,「甘」と「補気」の関連
5に示した.
フィッシャーの正確確率検定を行った結果,
「補気」作
性が高かったと考えられる.また,
「鹹甘」は五行論にお
用との関連性は「食味」で「甘」
「鹹甘」に有意に多くみ
いて「甘」は土系,
「鹹」は水系に属する.水系に属する
表1 日本食品標準成分表の食品分類と「補気」作用を有する食品
食品分類
「補気」作用
食品数
食品群全体
出現率
全食品数
食品名
穀類
4
31%
13
はだか麦,うるち米,もち米,ひえ
いも及びでん粉類*
4
80%
5
さつまいも,やつがしら,じゃがいも,やまいも
砂糖及び甘味類
3
50%
6
白砂糖,氷砂糖,水飴
豆類
1
9%
11
大豆
種実類
2
13%
15
銀杏,ひしの実
野菜類*
9
12%
74
アスパラガス,さやいんげん,枝豆,えんどう,かぼちゃ,そら豆,
とうもろこし,にんにくの芽・茎,みつば
果実類
7
18%
40
アボガド,ココナッツ,さくらんぼ,パイナップル,ぶどう,もも,
りゅうがん
きのこ類
3
38%
8
しいたけ,どんこ,まいたけ
藻類
0
0%
6
―
魚類*
24
44%
55
かたくちいわし,うなぎ,おこぜ,かつお,さけ,ます,さば,さめ,
ふかひれ,したびらめ,しらうお,たら,とびうお,にしん,はぜ,
ひらめ,ふな,ぶり,ぼら,まぐろ,まながつお,あげまき貝,えび,
たこ
肉類
7
25%
28
うさぎ肉,牛肉,牛すじ,豚肉,羊肉,鶏肉,鳩の肉
卵類
1
20%
5
うずらの卵
乳類
0
0%
3
―
油脂類
1
17%
6
バター
し好飲料類
1
13%
8
甘酒
調味料及び香辛料類
1
8%
13
酒粕
全体
68
23%
291
*:p<0.05で有意な関係があった食品群
34
中医営養学で補気作用をもつ食品の特性について
表2 「食味」の各分類別作用の「補気」作用を有する食品数
「補気」作用
分類別作用
「補気」作用
分類別作用
食味
分類別作用
食 品 数
出 現 率
全食品数
食味
分類別作用
食 品 数
出 現 率
全食品数
(甘)酸
0
0%
1
甘鹹辛渋
0
0%
1
甘
46
31%
147
苦
0
0%
5
甘(微鹹)
0
0%
1
苦甘
1
17%
6
甘渋
0
0%
1
苦渋
0
0%
1
甘苦
1
14%
7
苦辛
0
0%
2
甘苦渋
1
100%
1
苦鹹
0
0%
1
甘苦辛
0
0%
2
酸
0
0%
1
*
甘酸
4
18%
22
酸甘
0
0%
2
甘酸苦
0
0%
1
酸苦
0
0%
1
甘酸渋
0
0%
1
酸渋
0
0%
3
甘渋
0
0%
3
渋酸
0
0%
1
甘辛
2
33%
6
辛
1
7%
15
甘辛苦
0
0%
2
辛甘
1
14%
7
甘淡
0
0%
4
辛苦
0
0%
3
甘微苦
0
0%
1
微甘
0
0%
1
甘微酸
2
50%
4
鹹
1
7%
14
甘鹹
5
25%
20
鹹甘*
3
100%
3
全体
68
23%
291
*:p<0.05で有意な関係があった食味の分類別作用
表4 「帰経」の各分類別作用の「補気」作用を有する食品数
表3 「食性」の各分類別作用の「補気」作用を有する食品数
「補気」作用
分類別作用
食性
分類別作用
食 品 数
出 現 率
全食品数
大熱
0
0%
1
熱
0
0%
3
温
21
29%
72
微温
1
17%
6
「補気」作用
分類別作用
帰経
分類別作用
食 品 数
出 現 率
全食品数
肝
18
19%
93
心*
3
8%
39
脾*
57
32%
176
肺*
11
11%
104
平
37
33%
113
腎
20
21%
96
微涼
2
67%
3
胆
0
0%
1
涼
*
4
9%
46
小腸
1
10%
10
微寒
2
29%
7
胃
42
26%
159
*
寒*
1
3%
40
大腸
7
14%
51
全体
68
23%
291
膀胱
0
0%
12
68
23%
291
*:p<0.05で有意な関係があった食性の分類別作用
全体
*:p<0.05で有意な関係があった帰経の分類別作用
五臓は「腎」であり,
「腎」の働きは両親より受け継いだ
では「平」が有意に多く,「涼」「寒」で有意に少なかっ
「先天の精」を主ることである.この「先天の精」は「脾」
た.
「食性」の分類別作用の中で「平」は平和な性質であ
でつくられる「後天の精」を補給することで,私たちの
ることを示し,効能が穏やかで毎日気軽に摂取できるも
生命活動を支える基盤になっているとされている.この
のをいう11).東洋医学において「気」は生きるために必
ことから「甘」
「鹹」すなわち「甘鹹」と「補気」との関
要なエネルギーであり,
「気」を補う食品は常日頃から気
連性がみられたとも考えられる.しかしながら今回の解
軽に摂取できることが望ましい.このことから「補気」
析では,統計学的に有意性は見られたものの「鹹甘」が
の働きを有する食品が「平」に多くみられることは自然
3品と少なかったため,この考え方は類推の域を出ない.
な結果であると考えられる.一方,「涼」「寒」などの
次に「食性」の分類別作用と「補気」作用との関連性
「寒涼性」の食品は炎症を抑えて不要なものを流す,
35
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
表5 「効能」の各分類別作用の「補気」作用を有する食品数
分類別作用
分類別作用
分類別作用
「補気」作用
「補気」作用
「補気」作用
効能
効能
効能
分類別作用 食 品 数 出 現 率 全食品数 分類別作用 食 品 数 出 現 率 全食品数 分類別作用 食 品 数 出 現 率 全食品数
安神
1
8%
13
止痛
0
0%
6
通便
2
8%
24
安胎
1
25%
4
止煩渇
0
0%
1
通絡
0
0%
1
安中
0
0%
1
止痢
0
0%
1
通淋
0
0%
5
栄髪
0
0%
2
止淋
0
0%
1
定 0
0%
1
益胃
1
10%
10
止嘔
0
0%
2
填髄
1
50%
2
益気
0
0%
1
止瀉
2
25%
8
填精
0
0%
1
益腎
0
0%
2
滋陰
5
19%
26
透疹
2
67%
3
益精
3
27%
11
治淋
0
0%
1
軟堅
0
0%
8
温胃
0
0%
3
収斂
1
50%
2
破血
1
50%
2
温経
1
25%
4
柔肝
0
0%
1
排石
0
0%
1
温腎
0
0%
1
渋腸
0
0%
3
平肝
0
0%
9
温中
7
33%
21
縮尿
1
33%
3
平喘
1
25%
4
温肺
0
0%
1
峻補
0
0%
1
補陰
1
14%
7
化湿
2
25%
8
潤燥
2
17%
12
補肝
1
33%
3
化痰*
1
3%
39
潤腸
1
14%
7
補虚損
4
24%
17
化瘀
1
11%
9
潤肺
4
15%
26
補血*
18
41%
44
解魚毒
0
0%
1
潤膚
0
0%
1
補五臓
5
42%
12
解酒毒
1
10%
10
除煩
3
20%
15
補腎
9
27%
33
解暑
3
23%
13
消炎
0
0%
2
補中*
14
74%
19
解毒*
4
7%
56
消腫*
2
7%
28
補肺
0
0%
2
解表
0
0%
6
消食
1
5%
21
補陽
2
25%
8
解鬱
0
0%
3
消積
1
13%
8
明目
1
7%
14
開胃
3
17%
18
消疳
0
0%
1
涌吐
0
0%
1
活血
10
31%
32
消瘍
0
0%
1
養肝
3
30%
10
滑腸
1
50%
2
清肝
0
0%
3
養血
0
0%
1
寛中
1
14%
7
清虚熱
0
0%
1
養心
1
13%
8
緩急止痛
1
100%
1
清腸熱
0
0%
1
養身体
1
50%
2
強筋
0
0%
1
清熱*
2
3%
67
利咽
0
0%
3
強筋骨*
9
69%
13
清熱毒
0
0%
1
利三焦
0
0%
1
強心
1
50%
2
清肺
0
0%
3
利湿
3
30%
10
強壮
0
0%
1
生津
5
14%
36
利水*
7
12%
58
健胃
4
27%
15
生肌
1
50%
2
利胆
2
100%
2
健脳
2
40%
5
醒酒
0
0%
1
利頭目
0
0%
1
健脾
21
30%
69
宣肺
0
0%
1
理気
1
9%
11
固歯
0
0%
1
宣竅
0
0%
1
理血
1
25%
4
固渋
0
0%
1
潜陽
0
0%
1
涼血
2
20%
10
固腎
1
100%
1
疏通
1
100%
1
療瘡
0
0%
2
固精
0
0%
4
疏風
0
0%
1
和胃
6
20%
30
固表
1
100%
1
燥湿
0
0%
2
和中
0
0%
1
行気
1
50%
2
退黄
0
0%
3
舒筋
0
0%
1
行痺
0
0%
1
托透疹
1
100%
1
舒筋骨
0
0%
1
降気*
0
0%
17
托瘡
0
0%
1
滲湿
0
0%
3
降逆
1
20%
5
沢膚
0
0%
6
瀉火
0
0%
1
散寒
0
0%
10
暖腰膝
1
50%
2
熄風
0
0%
1
散結
0
0%
4
調経
0
0%
1
袪湿
1
33%
3
散血
0
0%
1
調血脈
0
0%
1
袪肺熱
0
0%
1
止咳
2
8%
25
調中
3
60%
5
袪風
2
18%
11
止渇
6
20%
30
鎮咳
0
0%
3
袪風湿
2
67%
3
止汗
1
50%
2
鎮静
1
33%
3
袪疣
0
0%
1
止血
2
17%
12
鎮 0
0%
1
止帯
1
25%
4
通乳
3
16%
19
全体
68
23%
291
*
*:p<0.05で有意な関係があった効能の分類別作用
36
中医営養学で補気作用をもつ食品の特性について
意 に 少 な く み ら れ た「 化 痰 」「 解 毒 」「 降 気 」
「消腫」
つまり「気を流す」働きがあるので12),
「補気」とは反対
に少ない結果が出たと思われる.また「補気」作用を持
「消食」「清熱」「利水」の7つの効能はいずれも,炎症
つ食品は,
「寒」
「涼」とは逆の作用である「温」
「熱」で
などを鎮めて不要なものを流す14)
「寒涼性」と類似した
も多くはみられなかった.このことから,体温を上げた
作用があるため,
「気」を補う「補気」との関連性が低い
り下げたりする働きは「気」そのものをその作用に使っ
結果となったと思われる.
てしまうため「補気」に関係しないのではないかと推測
最後に食品群と「補気」作用を持つ食品との関係性で
する.
は,
「いも及びでん粉類」や「魚類」に有意に多くみられ,
次に,
「帰経」の分類別作用と「補気」作用を持つ食品
「野菜類」に有意に少なくみられた.東洋医学では「気」
との関係性では「脾」が有意に多く,
「心」
「肺」が有意
を生きるための根源となるエネルギーと考えることから,
に少なくみられた.
「食味」の考察で述べたが,
「脾」は
体に必要なエネルギー源となりうる3大栄養素は「補気」
飲食物の消化や吸収をし,
「気」の素である「後天の精」
作用の一因に関わっていると考えられる.このことから
をつくりだす働きがあるため ,
「気」を補う「補気」と
「いも及びでん粉類」や「魚類」は,炭水化物やタンパク
は関係性が非常に強い.一方,
「心」や「肺」は「後天の
質を多く含んでいるため15),
「補気」の食品が多いものと
精」から造られた「気血」を全身に巡らせる働きがあり,
考えられる.一方,
「野菜類」はビタミン,ミネラルが多
これらに帰経する食品を摂取すると「気血」の巡りがよ
く,エネルギー源である3大栄養素が少ないため15),
10)
くなるため,臓腑でより多くの「気血」が消費される.
「補気」にならないのではないかと考える.またこれまで
このことから,
「気」を補う「補気」とは逆の作用となり,
の研究で「野菜類」は「寒涼性」の食品が多く,不要な
今回の解析結果に繋がったと推測する.
ものを流す「効能」を持つものも多いことから12),
「補気」
「効能」の分類別作用と「補気」作用を持つ食品との関
の食品が有意に少ないとも考えられる.しかし今回の解
係性では,
「補血」
「補中」
「強筋骨」で有意に多くみられ,
析では,炭水化物が多い「穀類」や,たんぱく質の多い
「化痰」
「解毒」
「降気」
「消腫」
「消食」
「清熱」
「利水」で
「肉類」で「補気」との関連性が強くみられなかったこと
有意に少なくみられた.表6にこれらの分類別作用の解
から,単に生体エネルギーになりうる3大栄養素が
説を示す.
「血」は「気」の一種である「営気」からつく
「補気」の本体であると結論づけることは難しい.
られるため13),
「補気」作用を持つ食品は「補血」作用も
併せ持つことが多くなると考えられる.また,
「補中」に
Ⅴ.結 語
あたる食品は東洋医学で消化吸収を受け持つ「脾」「胃」
を補うため14),
「気」の生成を促し「補気」につながるも
◦「補気」作用を持つ食品と中医営養学の「食性」
「食味」
のと思われる.次に「強筋骨」については,
「血」が手
「帰経」「効能」四分類の分類別作用および現代栄養学
足の動作や運動を円滑にするとされていることから14),
の食品分類との関係性について,統計学的手法を用い
て解析を行った.
「補血」と「強筋骨」との関連性が高く,一方で「補血」
と「補気」の関連性が有意に多くみられたため,「補気」
◦「補気」作用を持つ食品は,「食味」の「甘」
「鹹甘」
,
と「強筋骨」の関連性も高くなっていると推測する.有
「食性」の「平」,「帰経」の「脾」,「効能」の「強筋
骨」「補血」「補中」に,また,食品分類では「いも及
びでん粉類」「魚類」において有意に多い関連性みら
表6 「補気」と有意な関連性が有った「効能」の分類別作用の解説
効能
化痰
水液代謝によって体内で出来た痰(病的な水分)
を除去する.
解毒
体内に蓄積する老廃物や病邪を取り除くこと.
強筋骨
れた.
解説
◦また「補気」作用をもつ食品は,
「食性」の「寒」
「涼」
,
「 帰 経 」 の「 心 」「 肺 」,「 効 能 」 の「 化 痰 」
「解毒」
「降気」
「消腫」
「消食」
「清熱」
「利水」および,食品分
類で「野菜類」で,
「補気」と有意に少ない関連性がみ
筋骨(腱骨)を強くすること.
降気
上がった気を下げること.喘息,激しい咳,
しゃっくりなどの治療に用いる.
消腫
腫れ,むくみを取る.
消食
胃や消化組織内にある未消化物質を取り除く.
清熱
熱を冷ますこと。主に実熱証の治療に用いる.
補血
血を補うこと.
補中
「中」は中焦(脾胃)を意味し,消化機能を調整し,
気の活動を高める.
利水
体内の水の代謝異常により起こる,むくみ・下痢・
尿量減少を改善する.
られた.
参考文献
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岳史.東洋の「食」と看護の「智」(その1)大棗(タイソウ)
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の選択方法と注意点.難病と在宅ケア.2006;12(7):37-40.
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東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
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10)教科書執筆小委員会.東洋医学概論.神奈川:医道の日本社;
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東京:日本中医食養学会;2009.p16.
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東京:日本中医食養学会;2009.p.15.
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(解説)
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14)中医食糧学会.現代の食卓に生かす「食物性味表」編.改訂版.
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p.38-39.
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東京有明医療大学雑誌 Vol. 6:39-47,2014
東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科
第2回海外研修記
―ボストン研修2013―
松 浦 悠 人 高 倉 伸 有
東京有明医療大学 保健医療学部 鍼灸学科
「ボストン研修2013」概要
【研修目的】
本学の教育理念に掲げられている「国際性に富む有為な人材を育成する」ため,
1.世界の鍼研究を牽引する科学者の講義を体験する.
2.アメリカにおける鍼灸の教育機関や研究機関での研修や見学を通じて,グローバルな視点を持った鍼灸学士とな
るための意識を高める.
3.アメリカの生活,文化,自然,歴史などに触れ,人生観や世界観を広げる機会とする.
【研修内容】
1.Harvard Medical School のKaptchuk教授(本学鍼灸学科客員教授),Kong准教授(本学鍼灸学科客員教授)に
よる講義と,両先生との学術的交流
2.New England School of Acupuncture(アメリカの鍼灸学校(大学院大学))での体験授業,世界一の脳科学研
究所で鍼灸の研究機関としても名高いMartinos Center for Biomedical Imaging,Harvard Medical Schoolおよ
びMassachusetts General Hospital等の施設見学
3.Boston市内でのField work
【研修スケジュール】
9月10日(火)
15:55
成田空港発(デルタ航空622便)
・・・・・・・<日付変更線通過>・・・・・・・
ミネアポリス(ミネアポリス国際空港)経由(デルタ航空2062便)
19:14
マサチューセッツ州ボストン市General Edward Lawrence Logan空港着
20:45
Sheraton Boston Hotel到着
9月11日(水)
AM
New England School of Acupuncture(NESA)にて研修
・Susan最高経営責任者兼校長挨拶
・Diane先生講義・実技実習「経別治療」(NESAの学生の皆さんとともに)
・Joe先生講義「アメリカの鍼灸事情」
・NESA施設見学
Lunch
NESAにてBig pizza lunch Party
PM
ハーバード大学 ハーバードクープ周辺見学・散策
9月12日(木)
AM
ボストン市内散策
東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 E-mail address:[email protected]
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東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
PM
Kaptchuk先生のオフィスにて ミニトーク
Harvard Medical School見学・関連病院周辺散策(Kaptchuk先生のガイドによる)
Beth Israel Deaconess Medical Centerにて研修
・Kaptchuk先生講義
「Components of placebo effect」
9月13日(金)
AM
Martinos Center for Biomedical Imagingにて研修
・Kong先生講義
「Expectancy and treatment interaction : A dissociation between acupuncture analgesia and
expectancy evoked placebo analgesia」
「An fMRI study on the interaction and dissociation between expectation of pain relief and
acupuncture treatment」
・Rosa先生講義
「Martinos CenterとfMRIについて」
「Longitudinal study of effects of acupuncture treatment(sham and real)on knee Osteoarthrtis」
Martinos Center for Biomedical Imaging施設内・fMRI等見学
Lunch
Martinos Center for Biomedical Imaging内のカフェテリアにて
PM
Massachusetts General Hospital(MGH)見学・エーテルドーム見学
フェンウェイパークにてメジャーリーグ観戦(ボストンレッドソックスV.S.ニューヨークヤンキース)
9月14日(土)
AM
ボストン市内観光
ハーバード大学・マサチューセッツ工科大学(MIT)
・トリニティー教会・ジョンハンコックタワー・
州会議事堂・ビーコンヒル・パブリックガーデン・フリーダムトレイル史跡 など
Lunch
クインシーマーケットにて
Dinner
Kong先生・Rosa先生を囲んで
9月15日(日)
12:30
ボストン General Edward Lawrence Logan空港発(デルタ航空1923便)
デトロイト(メトロポリタン国際空港)経由(デルタ航空275便)
・・・・・・・<日付変更線通過>・・・・・・・
9月16日(月)
17:40
成田空港着・解散
【ボストン研修2013 参加者】
東京有明医療大学 鍼灸学科
伊集院 健人(4年)
・市川 勇貴(4年)
・鈴木 慶太(4年)・松浦 悠人(4年)・三川 知洋(4年)
小宮 悠輝(3年)
・高柳 亜実(3年)
・喜多村 崇(3年)・渡邉 康平(3年)・渡辺 海(3年)
大栄 翔吾(3年)
・鈴木 立夏子(3年)
・向 ありさ(3年)・北村 武也(3年)・鈴木 サチオ(3年)
仲村 賢人(3年)
・中村 優紀(3年)
・三上 晴貴(2年)・湧川 徹郎(2年)
日本鍼灸理療専門学校
上石 優子(昼本科1年)
・平田 菜緒(昼本科1年)・梶間 美智子(昼本科1年)
竹内 いずみ(昼本科2年)
・新巻 茂子(昼本科2年)・加藤 美緒(昼本科2年)・芝元 祐美(昼本科2年)
西脇 晃(昼本科2年)
・鈴木 伸和(昼本科2年)・金井 友佑(夜本科2年)
佐々木 祐樹(夜本科3年)
・柳内 克尚(夜本科3年)・渡部 瑛莉花(夜本科3年)
虎谷 恭子(昼専科3年)
・山本 真澄(夜専科1年)・鈴木 理枝(夜専科3年)・永瀬 友紀(夜専科3年)
鍼灸学科 引率教員
高倉 伸有(教授)
・矢嶌 裕義(講師)
・高山 美歩(助教)・高梨 知揚(助教)・藤本 英樹(助教)
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ボストン研修2013
ボストン研修2013 〜最先端の鍼研究とアメリカの文化に触れて〜
保健医療学部 鍼灸学科2期生 研修生代表 松浦 悠人
2013年9月10日~16日,私たち鍼灸学科2~4年生19名と日本鍼灸理療専門学校生17名,総勢36名は,アメリカ東部
マサチューセッツ州にあるボストンでの鍼の研修に参加した.主な研修は,鍼灸の研究機関としても名高いHarvard
Medical School,Martinos Center for Biomedical ImagingおよびMassachusetts General Hospitalの施設見学,本学の
客員教授で,Harvard Medical SchoolのKaptchuk教授とKong准教授の講義と先生方との交流,New England School of
Acupuncture(NESA)での授業と施設見学であった.また,ボストン市内の見学や地下鉄や路線バスの経験,Fenway
Parkでの野球観戦などを通して,ボストンの文化や歴史を味わった.
ハーバード大学やアメリカで最も古い鍼灸の大学院大学であるNESAの地に,自分の足で立たなければ感じることの
できなかった貴重な経験ができた興奮が,今でも湧いてくる.この研修を通じて,人生観や世界観が大きく広がり,鍼
灸師を目指す自分を誇りに思うようになった.
第1日目:9月10日(火)
13時45分に成田空港に集合し,日本鍼灸理療専門学校の溝口先生,大場先生,木戸先生に見送っていただき15時55分
に成田を出発した.日付変更線を越え,ミネアポリス空港で国内線に乗り換えて,現地時間10日の19時14分にボストン
空港に到着した.そこからバスでボストン市内に向かい,20時45分に,宿泊地であるSheraton Boston Hotelに到着し,
ホテルで夕食をとった.
高鳴る気持ちを抑えながら,長時間の移動や時差による疲労を取るため早めに就寝し,翌日のNESAでの研修に備えた.
第2日目:9月11日(水)
ボストン初日の朝は,朝食の時間までぐっすりと寝て疲れをとったり,ジムやプールで汗を流したりと,それぞれの
ペースで過ごした.朝食は沢山のフルーツやソーセージ,パンなどが用意されたバイキングで,頼めばコックさんが目
の前でオムレツを焼いてくれるサービスなど,盛り沢山のメニューで,長い1日の研修をやりきるための活力を与えて
くれた.
しっかり腹ごしらえをした後,バスでNESAに向かった.移動中のバスの中では全員が自己紹介をして大いに盛り上
がった.これをきっかけに,専門学校の皆さんとも打ち解けることができた.
NESAは,1974年にアメリカで初めての鍼灸学校として設立された,歴史のある鍼灸の大学院大学である.大学を卒
業した学士号を持つ人がAcupuncturistの資格をとるために通っているため,総じて学生の平均年齢は高かった.NESA
はボストン郊外の閑静な街にあり,建物はそれほど大きくはなかったが,歴史を感じるレンガ調の造りで,周囲には川
や池があり,木々が生い茂る豊かな自然で囲まれていた.鍼灸を学ぶ学生や鍼灸治療を受ける患者さんにはとてもいい
環境が整っていると思った.
NESAでの研修は,最高経営責任者兼校長であるSusan先生の挨拶から始まった.Susan先生は素敵な笑顔と語り口で
私たちを歓迎してくださった.
最初の講義はJoe先生によるアメリカの鍼灸の歴史についてであった.アメリカでの鍼灸は,1800年代に中国からの
移民によりもたらされたが,当時,鍼灸治療は違法であり,逮捕された鍼灸師がいたことや,アメリカで最初に鍼灸治
療を合法的に行うことが認められたのが,カリフォルニア州のペインクリニックであったことなど,アメリカの鍼灸の
歴史の一端に触れることができた.
その後,日本鍼の講義を担当されているDiane先生の授業を,NESAの学生の皆さんと一緒に受講した.この日のテー
マは主に経別治療についてであった.
「経別」は,「別行の正経」や「十二経別」とも呼ばれ,正経十二経脈から分かれ
る6対の経脈で,正経の走行の不足を補充するものである.どの経別も「心」を通るため,精神的な病の治療にも応用
されることが多いとのことであった.この経別治療を,NESAの学生の皆さんと組んで,実習室で実際に体験した.
また,NESAの方に学内を案内していただき,図書館や漢方薬の調合室,鍼灸治療のクリニックなどの施設見学もし
た.NESAで漢方薬のコースをとれば,Acupuncturistでも漢方薬も扱えるとのことで,現代医学ではその対応が難し
い患者さんを,トータルでサポートすることができるような仕組みになっていた.
研修の終わりには,アメリカサイズの大きなピザや,日本では珍しい“パンチ”というドリンクをご馳走になり,
NESA特製バッグとNESAのロゴ入りのグッズをプレゼントしていただいた.そして,私たちをとても温かく迎えてくれ
たSusan校長先生と記念撮影をし,充実した研修を名残惜しみつつNESAを後にした.Susan校長先生はとても明るくて
41
東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
優しい素敵な先生で,お別れする時に私たちひとりひとりと握手をしてくださった.そのお人柄や笑顔がとても印象的
であった.
第3日目:9月12日(木)
午前中は郊外のショッピングモールで社会勉強,そして午後からはKaptchuk先生にお会いするためボストン市内の先
生のオフィスに向かった.Kaptchuk先生はたくさんのお菓子やジュースなどを用意して迎えてくださり,私たちの訪問
をとても喜んでくださった.アメリカでは,病院で働く鍼灸師はほんの1~2%で,ほとんどの鍼灸師が開業しており,
ボストンは特に鍼灸院が多い地域であることなどをお話しして下さった.Kaptchuk先生の「しっかり勉強し,医療機関
で仕事をして,西洋医学だけでは救えず苦しんでいる患者さんを助けてあげて下さい.そして鍼灸治療がいかに素晴ら
しく有益なものであるかを人々に伝えて欲しい」という激励の言葉がとても心に響いた.
Kaptchuk先生のオフィスを後にし,Kaptchuk先生自らの案内により,徒歩でHarvard Medical Schoolに向かった.綺
麗なボストンの街並みを見ながら並木道を歩くだけで,その雰囲気に感動した.威厳漂うHarvard Medical Schoolを見
学した後,Harvard Medical School Teaching Hospital(Harvard Medical Schoolの学生の研修病院)であるBeth Israel
Deaconess Medical Centerに向かった.この病院内に入ったら,講義室に着くまでは絶対に声を出してはいけないと指
導があったので,病院に一歩足を踏み入れてからは緊張感をさらに高めながら最上階の講義室に向かった.Kaptchuk
先生の講義では,NESAの卒業生であり,鍼灸師としてアメリカで開業している阿部育実先生が通訳をしてくださった.
Kaptchuk先生の講義のテーマは「プラセボ効果」で,非特異的効果(プラセボ効果)は,①観察と評価による患者応
答(ホーソン効果)
,②治療的な儀式の付与による患者応答,③患者-施術者の相互関係による患者応答,の3つの要素
によって構成されていると教えてくださった.そして,臨床試験におけるプラセボ効果の応答を,3つの要素に区別す
ることが可能か,また3つの効果の大きさは異なるのかを調べたKaptchuk先生の研究「Components of placebo effect
: Randomized controlled trial in patients with irritable bowel syndrome(プラセボ効果の構成要素:過敏性腸症候群の
患者におけるランダム化対照試験)
」のデータを用いて講義してくださった.この研究は,国際的に権威のある『BMJ』
という医学雑誌に2008年に掲載された最も有名な鍼研究のひとつで,施術者の支援的な態度が非特異的効果を強く引き
出し,治療効果に大きな影響を与えるという科学的な根拠が示されていた.Kaptchuk先生は,私たちが話の内容を理解
できているのか,通訳された声が後ろまで届いているかなど講義中は常に私たちのことを気にかけてくださり,Kaptchuk
先生が仰られていた「患者との良好な関係の構築」のために必要なものを肌で実感した瞬間でもあった.質疑応答では
大学生,専門学校生から多くの質問が出たが,Kaptchuk先生は一つ一つの質問に丁寧に答えてくださり,時間いっぱい
まで質問が途切れることはなかった.講義後は,Kaptchuk先生直筆のサインが入った修了証を学生一人一人に自ら手渡
ししてくださった.
世界最高峰の研究施設であるHarvard Medical Schoolで,世界のこの領域での研究を牽引するKaptchuk先生の講義を
体験できたことは,とても刺激的であり一生忘れられない宝物となった.
第4日目:9月13日(金)
この日の午前は,Martinos Center for Biomedical Imagingを見学した.Martinos CenterはHarvard Medical School
とMassachusetts Institute of Technology(MIT:マサチューセッツ工科大学)が共同で設立した,脳研究では世界一
の研究施設なのだそうだ.当然のことながら世界中の優秀な頭脳が集まっており,中には日本人もいるとのことであっ
た.施設の中は厳格な雰囲気が漂っていることを想像していたが,廻廊式で吹き抜けが中庭になっている建物内には,
多くの植物が植え込まれ,とても開放的で明るく,かつ落ち着いた雰囲気が漂っていた.
ここで研究をしているKong先生は,2009年に医学雑誌『Neuroimage』に掲載された「Expectancy and treatment
interaction : A dissociation between acupuncture analgesia and expectancy evoked placebo analgesia(期待と治療の相
互作用:鍼鎮痛と期待によるプラセボ鎮痛の違い)
」と「An fMRI study on the interaction and dissociation between
expectation of pain relief and acupuncture treatment(fMRIを用いた期待による鎮痛と鍼治療の相互・分離作用の研
究)
」の論文の内容を中心に講義してくださった.慢性痛のある患者さんでは,脳の機能だけでなく,脳の構造までも変
化するというのは衝撃的であった.また,鍼治療に対する期待は鎮痛効果に大きな影響を与え,
「患者が治療を望まない
場合は,その病が治ることはなく,治療をするべきではない」という黄帝内経の教えや,ヒポクラテスの「今の状態が
悪くとも,目の前の治療家に対して満足していれば病は良くなる」という言葉が証明されたような,とても興味深い内
容であった.
その後,Kong先生のもとで勉強をしているRosa先生が,①Martinos Centerについて,②fMRIについて,③Kong
先生の研究を基にした膝関節症に対する鍼の治療効果及び脳の活動に関する研究「Longitudinal study of effects of
42
ボストン研修2013
acupuncture treatment(sham and real)on knee Osteoarthrtis(変形性膝関節症に対する鍼治療(シャムと本物)の
縦断的研究)
」について,講義をしてくださった.MRIとPETを組み合わせた実験から,膝の慢性痛があるときは,脳
の特定の部位に再現性のある反応が現れること,また膝の慢性痛は脳の連絡回路が破壊されるため,この連絡回路が改
善されれば慢性痛が改善される可能性が示されたということであった.この研究では,偽鍼治療よりも本物の鍼治療の
方が,治療効果が高いという結果が得られており,Rosa先生から,
「慢性痛を有する変形性膝関節症患者には自信を持っ
て鍼をして下さい」との言葉をいただいた.
夕方は,Boston Red Soxの本拠地で,アメリカでは最も古く伝統のあるFenway Parkでメジャーリーグを観戦した.
Red Soxはこれまでにも日本人選手が多く在籍しており,日本でも馴染みの深い球団である.試合開始前の球場周囲で
は,音楽隊やストリートライブをするバンドなど,人だかりができる様々なイベントが催されており,まるでサーカス
のような盛り上がりだった.日本の球場とは全く違う雰囲気で,試合のたびにお祭り騒ぎをしているのかと驚いた.私
たちが観戦した試合はBoston Red Sox 対 New York Yankees戦で,球場内は異常なほどの盛り上がりであった.しか
も,Yankeesの先発投手は黒田投手で,打者ではYankeesイチロー選手,Red Soxの中継ぎとして田澤投手が登場すると
いうラッキーな展開であった.さらにラッキーなことには,試合の締めくくりはRed Soxのクローザーである上原投手
の活躍で,地元のRed Soxが勝利した.多くの日本人選手の活躍した試合だったからか,スタジアムにいた周囲のアメ
リカ人にハイタッチを求められ,なんだか誇らしい気分になった.
第5日目:9月14日
5日目にはボストンの歴史と文化に触れるということで,ボストン市内を観光した.
最初にハーバード大学に向かった.ハーバード大学はアメリカ最古の高等教育機関であり,世界の著名人が吸った空
気を,私たちも吸ってきた.ハーバード大学の構内にはリスの姿があちらこちらで見られ,緑が豊かで広く,いくつも
の椅子が並べられ,テキストを持った学生たちが談笑していた.構内にあるハーバード大学創始者,ジョン・ハーバード
さんの銅像は,左足先だけ色が変わっていた.昔からこの銅像の左足を触ると賢くなるという言い伝えがあり,ここに
訪れた世界中の人々が左足を触っていくからだということだった.
ハーバード大学内を散策した後は,ボストン中心街にあるビーコン・ヒルそしてアメリカ最古の都市公園であるボス
トン・コモン公園を散策した.ボストンと言えばまさに「ニューイングランド」の代表的な場所であり,市街には古い
レンガ造りの大きな建物がたくさん見られた.古い街並みのなかで,最も有名で,文化的にも非常に価値が高く,居住
場所としても人気でハイソな場所が,ビーコン・ヒルである.ビーコン・ヒルの通りも非常に美しく,ニューイングラ
ンドの歴史と文化を感じることができる場所だった.
夜は夕食を終え,ホテルに戻り,これまでのボストンでの出来事を思い返し,仲間と遅くまで話し込んだり,疲れを
癒すために早く寝たりと,それぞれがボストンでの最後の夜を有意義に過ごした.
第6日目:9月15日 / 第7日目:9月16日
最終日は早起きをして朝の散歩をした.朝日が差し込むボストンの街並みは,昼や夜とは違った雰囲気があった.と
ても綺麗で癒されるボストンの風景だった.
9時40分にボストン空港を出発し,デトロイト空港を経由して成田空港に向かった.出発の際,日本に台風が接近し
ているとの情報があり,どうなることかと思ったが,到着時間が少し遅くなっただけで,全員無事に成田空港に到着した.
ドキドキしながらKaptchuk先生に質問したこと,難解なKong先生やRosa先生の講義,Susan先生の笑顔,Fenway
Parkでの大興奮,そして専門学校の皆さんとの交流,7日間の思い出は,どれをとっても終生心に残る大切な大切な財
産となった.振り返ると,またこの研修に参加する機会に恵まれたら,と思わずにはいられない.Kaptchuk先生の「しっ
かり勉強し鍼灸治療がいかに素晴らしく有益なものであるかを人々に伝えて欲しい」という言葉を胸に,この経験を今
後の人生に生かしたいと思う.
櫻井理事長先生,佐藤学長先生,高倉先生をはじめボストン研修を実現させてくださった先生方,添乗員の穴吹さん,
そのほか研修を支えてくださった多くの皆様に感謝します.本当にありがとうございました.
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東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
「ボストン研修2013」を振り返って
保健医療学部鍼灸学科 学科長・教授 高倉 伸有
平成25年9月10日から16日までの1週間,東京有明医療大学鍼灸学科の学生19名と,渋谷の日本鍼灸理療専門学校生
17名,引率教員5名,総勢41名で第2回鍼灸学科主催「ボストン研修2013」を実施しました.主な研修先はNew England
School of Acupuncture(NESA)
,Beth Israel Deaconess Medical Center,Harvard Medical School,Martinos Center
for Biomedical Imaging,Massachusetts General Hospitalでした.
今回は専門学校生も加わって,研修旅行は大変盛り上がりました.大学生たちは,社会経験の豊富な専門学校生から
大いに刺激を受けたようです.専門学校生の中には,英語が堪能で,海外旅行のエキスパートや留学経験がある方など
が大勢いて,研修先でも非常に助けられました.前回の初めてのボストン研修の際は不安な気持ちのまま成田を出発し
ましたが,今回は,経験豊富な専門学校生の皆さんの参加もあり,幾分余裕をもって出発することができました.本研
修では,できるだけボストンの学生街の空気に触れてもらおうと,団体用のバスを使わず地下鉄や路線バスを使っての
移動を多く盛り込みました.旅先で36人をまとめて,迷子を出さずに予定をつつがなくこなせるか心配もありましたが,
受け入れ先の先生方,学生たちの協力,引率の先生方のフォローのお蔭で,すべての研修を無事に終え,揃って帰国す
ることができました.特に講義での,専門学校生の活発な質問,それにつられた大学生の質問,それに丁寧に答えて下
さる先生方の姿など,とても有意義に過ごした時間が昨日のことのようによみがえってきます.
このボストン研修は,鍼灸学科の客員教授であるHarvard Medical SchoolのTed Kaptchuk教授とJian Kong准教授,
またMartinos Center for Biomedical ImagingのBruce Rosen所長,New England School of AcupunctureのCEOでもあ
るSusan Gorman校長のご協力により実現することができました.
Kaptchuk先生は,Harvard Medical Schoolの教授であると同時に,Beth Israel Deaconess Medical CenterのHarvardwide Program in Placebo Studies and the Therapeutic Encounterの部門長,さらにThe Department of Global Health
and Social Medicine at Harvard Medical Schoolの講師もされる,代替医療の研究では世界的に有名な科学者です.Ted
先生の研究成果は,
『New England Journal of Medicine』
『The Lancet』
『British Medical Journal』
『Journal of American
Medical Association』など,世界の医学をリードするトップジャーナルをはじめ,高いインパクトファクターを誇る医
科学専門学術誌に,多数掲載されています.私たちにとっても雲の上の先生であるTed先生が,オフィスでお茶やお菓
子を用意して,私たち一人一人を温かく迎えて下さり,講義では学生たちにとても親しく語りかけ,質問には丁寧に温
かく答えてくださり,本当に感激しました.学生にとっては,一流の研究者の息づかいに触れる良い機会になったと思
います.
Jian先生は,Harvard Medical School精神科の准教授,Massachusetts General HospitalのAssociate Researcher で脳
の研究では世界最高峰のMartinos Center for Biomedical Imagingの研究者のホープの一人で,fMRIを使った鍼,痛み,
プラシーボの研究では世界的に名前を知られている研究者です.Jian先生の研究は,つい最近『Human Brain Mapping』
という著名な米国の脳科学専門雑誌に発表されるなど,『Proceedings of the National Academy of Sciences, USA』
『Pain』
『Neuroimage』などの有名な学術誌に次々と掲載されています.Martinos Centerはセキュリティーが非常に厳
しいところですが,Jian先生とBruce所長の特別な計らいで,施設内の見学もさせていただくことができました.Bruce
所長は,Radiology at the Harvard Medical School とHealth Science and Technology at the Harvard-MIT Division of
Health Sciences and Technologyの教授を兼任しています.世界の functional neuroimagingをリードする研究の現場も
直に見学することができ,普段の授業では力が入らない学生の皆さんも,最先端を走る研究者の張りつめた緊張感を感
じてか,真剣なまなざしで実験の様子に見入っていました.
Susan先生は,2012年にNESAの第6代校長兼最高経営責任に就任し,研究,NESAの改革,地域や大学等とのパート
ナーシップの構築など,精力的にNESAの発展を推し進めています.とても優しく親しみの持てる先生で,私たちの訪
問を大変喜んでくださっている様子でした.前回に続き,今回の研修でも,20年間日本式鍼治療を実践し広めている
Diane Iuliano先生の経別治療の授業や実習を体験させていただきました.Diane先生は,Mount Auburn Hospital(NESA
のサテライトクリニック)の婦人科鍼クリニックのスーパーバイザーで,Massachusetts General Hospitalの臨床研究
にも携わっておられます.
NESAでの研修,Ted先生,Jian先生,Rosa先生の講義と,学生の皆さんにとっては緊張の連続だったと思いますが,
最終日のFenway Parkでの大興奮で笑顔がはじけ,アメリカの文化を大いにエンジョイしたようでした.大学生は,専門
学校生のしっかりした目的意識,ひとつでも多くのことを学び取ろうとする積極的な姿勢など大いに刺激されたと口々
に言っていました.これも若い大学生の皆さんにとって,大きな収穫だっただろうと思います.
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ボストン研修2013
このボストン研修2013は,Ted先生,Jian先生,Bruce所長,Rosa先生,Susan校長,Diane先生,Joe先生,通訳を担
当してくださったYe先生とIkumi先生など,多くの先生方のサポートはもとより,その実現に向けて当大学設立以前よ
りHarvard Medical Schoolの先生方との関係構築を推進してくださった櫻井理事長,初回に引き続き支援してくださっ
た佐藤学長,柚木学部長,鍼灸学科の諸先生方,事務局の方々のご理解とご協力のお蔭を持ち,実現いたしました.皆
様に心より感謝申し上げます.
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東京有明医療大学雑誌 Vol. 6 2014
写真1 NESAのSusan校長(右)とDiane先生(中央)
写真2 NESAでの実技研修
写真3 NESAの玄関にて
写真4 Kaptchuk先生のオフィスで
写真5 Kaptchuk先生の講義
写真6 Harvard Medical School にて
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ボストン研修2013
写真7 Kong先生より修了証授与
写真9 MGHのエーテルドーム
写真8 Martinos CenterにてKong先生とRosa先生を囲んで
写真10 Fenway Parkにて
Bostonレッドソックス vs. NYヤンキース戦を観戦
写真11 ボストンパブリックガーデンを散策
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東京有明医療大学雑誌 投稿規定
(Journal of Tokyo Ariake University of Medical and Health Sciences)
(平成23年12月1日改定)
(平成24年12月1日改定)
(平成26年12月1日改定)
1.本誌への投稿は,原則として東京有明医療大学,日本鍼灸理療専門学校,日本柔道整復専門学校の教員(非
常勤を含む)およびその共同研究者ならびに学生に限定する.
また学生の投稿論文は,指導教員から承認を受け,その共著者となってもらう.
2.投稿論文は,和文または英文とし,未発表のものとする.投稿時筆頭者は投稿原稿エントリー用紙(様式1)と,
共著者連名で版権等に関する所定の報告書(様式2)と,投稿前チェックリスト(様式3)を提出する.
3.本誌に掲載された論文の著作権は,東京有明医療大学に帰属する.他の学術雑誌および電子メディアなどへ
一部(図表など)転載する場合には,著者自身の論文であっても事前に紀要委員会の承認を得る必要がある.
4.投稿論文の種類は,以下のものとする.
1)総説 Review Article
・国内外の医療,保健,福祉分野における学界の動向,社会状況に対する分析・提言.
・これまで発表された国内外の医療,保健,福祉分野における研究論文を体系的にまとめ,考察したもの.
2)原著 Original Articles
・医療,保健,福祉に関するオリジナルな研究論文であり,目的,方法,結果,考察が明示されたもの.
3)短報 Short Communication
・現在進行している研究の成果を迅速に伝えることを目的とするもの.
・萌芽的研究
4)報告 Report/Research Note
・医療,保健,福祉領域における実践報告,実態報告,症例および事例報告,資料等
5)その他 Others
・国内外の学会,研修会等の参加報告など.
・委員会が適当と認めたもの.
5.ヒトおよび動物を扱う研究は,生命倫理に十分配慮して行われたものでなければならない.投稿論文内には,
各研究機関の倫理審査を受けた研究であることと,かつその承認番号を明記する必要がある.
6.利益相反(研究への資金提供など)に関しては,文中でその旨明記する.
7.総説,原著,短報,報告については,査読者2名を付ける.
8.投稿原稿の1編は,本文,文献,図表を含めて以下の字数・枚数以内とする.
本文(和文)
本文(英文)
英文抄録
和文抄録
総説・原著
16,000字
10頁以内
8,000 Words
10頁以内
400 Words
左記の和訳
短報・報告
そ の 他
8,000字
5頁以内
4,000 Words
5頁以内
―
―
・投稿原稿は,別紙「原稿の様式」に従って記載する.
・1頁は1,600字以内とする.
・頁数超過の場合は,追加料金を著者が負担する.
・カラーページを用いた場合は,著者がそのカラーページ分を全額負担する.
・総説,原著には,400字以内の英文抄録とその和訳をつける.なお,英文抄録はネイティブまたは専門家
のチェックを受けること.
・総説,原著には,英語および日本語で各5語以内のキーワードをつける.キーワードは「Medical Subject
Headings(米国国立医学図書館)」の最新版を参考にすること.
9.原稿の構成は,以下のとおりとする.
表 紙
抄録・キーワード
(英・和)
略 題
本 文
引用文献
各図表と
その説明
総説・原著
〇
〇
〇
〇
〇
〇
短報・報告
そ の 他
〇
―
〇
〇
〇
〇
・表紙には,表題,所属,氏名を記す.
・本文の項目立ては,原則としてⅠ.緒言,Ⅱ.方法,Ⅲ.結果,Ⅳ.考察,Ⅴ.文献のように記し,各項
目は1.2.3.……,1)2)3)……,(1)(2)(3)……のようにする.
・図表・写真は,刷り上がりで3頁以内に収まる個数とする.
10.原稿と図表は,正1部,副(コピーで可,ただし写真はオリジナル)2部の計3部を提出する.また英文
抄録およびその和訳も3部提出する.原則として11項で定めた原稿のファイル(本文はMS-WORD形式,写
真はJPEG形式,図表はオリジナル(MS-WORD,MS-EXCEL)形式)にして電子メディア(著者名を明記)
に保存の上,併せて提出する.
11.原稿は,
「東京有明医療大学雑誌」紀要委員会(東京有明医療大学5F附属図書館内)へ提出する.
郵送先 〒135-0063 東京都江東区有明2丁目9番1号
12.投稿原稿の採否および掲載順は紀要委員会で決定する.
13.別刷りが必要な場合は,校正時に冊数を申告し,30冊までは大学側の負担とする.また追加分については著
者が実費の全額を負担する.
14.著者校正は2校までとし,紀要委員会が指定した期日内に返送する.校正の際には著しい改変,組み替えな
どを行わない.
15.原稿受付の締め切りを,毎年8月末日とする.
東京有明医療大学雑誌 原稿の様式
(Journal of Tokyo Ariake University of Medical and Health sciences)
(平成23年12月1日改定)
(平成26年12月1日改定)
1.原稿はA4版白紙に12ポイントを使用する.本文は40字×40行に設定する.和文はMS明朝体を,欧文は
Times New Romanを使用する.
2.原稿は和文または英文とする.和文の場合は,かなづかい,口語体,ひらがなの横書きとし,漢字は原則と
して,常用漢字とする.
3.数字および英字はすべて半角とする.
4.外国人の人名,地名,物質名などは原語を用いる.ただし,人名および固有名詞は最初の一字を大文字,他
を小文字で書く.日本語化しているものはカタカナで書く.薬物名は一般名を用い,初出時に化学名を付記
する.
5.動植物,微生物などのラテン語名はイタリック体で,日本語名はカタカナで書く(イタリック体指定の場合
は単語に下線を引く).
6.数量の記号はなるべく国際単位系による.(JISZ 8203:国際単位(SI)およびその使い方,日本規格協会発行
参照)
例:長さ nm,μm,mm,cm,m,kmなど
質量 pg,ng,μg,mg,g,kgなど
体積 μL,mL,L,あるいは mm3,m3 など
温度 ℃,ºKなど
時間 s(秒),min(分),h(時間)など
7.略号を使用する場合は,初出の箇所に正式名を書き,それに続いて略号を括弧に入れて示す.論題および英
文抄録中の略号の使用は避けることが望ましい.
8.図はそのまま印刷できる明瞭なものを作成し,原則としてA4版用紙に印刷し3部提出する.写真は白黒・
カラーとも鮮明なものとし,電顕写真にはスケールを入れる.各図表,写真のデータも電子メディアに保存
し,提出する.図表の挿入位置を原稿右側の余白に赤字で記載する.また,原著の図表およびその説明は本
文を参照せずに理解できるよう記述する.
9.引用文献の記載は次のようにする.
1)文献は引用順とし,番号を本文中の引用部分の右肩に片括弧を付けて記す.原著の場合,文献数は必要
最小限度にとどめ,最大40編程度とする.
2)引用文献リストの記載要領はUniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals
(最新版)に準拠する.著者名は4名以上の場合は3名までを記載し,その他を欧文誌は et al. 和文誌は
全角をあけて ほか.と略する.
3)文献の記載方式
(1)雑誌論文の場合は著者名(欧文著者名は姓,名の順に記載し,名はその頭文字で記載する).論文題
名.雑誌名出版年;巻:ページ(はじめ−おわり).とする.
(例)a)高野一夫,加藤総夫,木村直史 ほか.脳幹部呼吸性ニューロン活動と横隔神経高頻度同
期波の相関.自律神経 1990;27(1):32-37.
b)Takano K and Kato F. Inspiration-promoting vagal reflex in anaesthetized rabbits after
rostral dorsolateral pons lesions. Journal of Physiology(London)2003 ; 550 : 973-983.
(2)図書の場合,著者または編者名.書名:副題.版次.出版地:出版社;出版年.p.ページ(はじ
め−おわり).の順とする.
(例)a)清水英佑.化学物質の許容濃度.国立天文台編.理科年表.平成19年度版.東京:丸善;
2006. p.978-985.
(3)図書の1論文を引用する場合,著者名.一編あるいは一章の論題.
(英文の場合In:)編者名.書名:副題.出版地:出版社;出版年.p.ページ(はじめ−おわりの順
とする).
(例)a)高野一夫.呼吸反射-肺と気道からの反射.星猛・伊藤正男編.生理科学体系 呼吸の生
理学(第17巻).東京:医学書院;2000.p.128-137.
b)Takano K, Kato F, Kimura N et. al. Correlation of inspiratory unit activity in the brain
stem with phrenic high-frequency oscillation of rabbits. In: Control of Breathing and
Dyspnea. Eds by Takishima T, Cherniack NS. Oxford : Pergamon Press ; 1991 : 61-71.
(4)電子文献を引用する場合は,上記の印刷媒体の引用方法に従ったうえ,URL. 参照日付を記載する.
(例)
a)国立感染症研究所〔internet〕.生物学的製剤基準.
http://www.nih.go.jp/niid/MRBP/index.html.〔accessed 2008-09-19〕
4)私信,未刊行物,投稿中あるいは準備中の文献はリストに入れず,本文中で説明するかまたは脚注とし
て示す.ただし,原稿が印刷中のものは掲載される雑誌名,巻,号,年数を付記し,末尾に
(印刷中,欧
文の場合は in press)と記載する.
10.問い合わせ先:紀要委員会(東京有明医療大学5F附属図書館内)
TEL:03-6703-7015 FAX:03-6703-7098
E-mail:[email protected]
東京有明医療大学 紀要委員会
委 員 長 梶 原 祥 子
委 員 東 郷 俊 宏
久 米 信 好
小 山 浩 司
吉 川 悦 子
附属図書館 松 井 達 行
福 田 純 子
事 務 局 堀 正 樹
佐々木 隆
Journal of Tokyo Ariake University of
vol. 6, 2014
Medical and Health Sciences 発行日 2014年12月31日
編 集 東京有明医療大学 紀要委員会
発行所 東京有明医療大学
〒135-0063 東京都江東区有明 2 - 9 - 1
TEL 03-6703-7000
印 刷 株式会社 三和
〒220-0051 神奈川県横浜市西区中央 2 - 28 - 6
TEL 045-620-3261
投稿原稿エントリー用紙
(様式1)
東京有明医療大学雑誌に投稿します.
また本学紀要委員会での審査を承諾します.
平成 年 月 日 提出
原稿のタイトル:
原稿の種類: 総説・原著・短報・報告・その他
所属:
ふりがな
名前(筆頭著者):
※筆頭著者が学外の場合:学内連絡者名( )
紀要委員会記入欄
受付番号
キ リ ト リ
ご投稿原稿をお預かりいたします(上記と同内容を投稿者が記入)
.
本学紀要委員会で受付の可否を審査いたします.
原稿のタイトル:
原稿の種類: 総説・原著・短報・報告・その他
所属:
ふりがな
名前(筆頭著者): 殿
紀要委員会記入欄
受付番号
平成 年 月 日
受付番号
ご投稿者控えとしてお渡しいたします.
東京有明医療大学雑誌
紀要委員会
本投稿論文についての報告書
(様式2)
東京有明医療大学 紀要委員会 御中
平成 年 月 日
本論文を東京有明医療大学雑誌に投稿するにあたり,本原稿が他の学術雑誌な
どに未発表であることをここに報告いたします.
また採用された場合には,本論文における著作物の版権が東京有明医療大学に
帰属することに同意し,電子ジャーナル版への公開を許諾します.
尚,本論文の内容に関しては,著者(ら)が一切の責任を負うことに承諾いた
します.
※学外共著者は FAX 送信可とし,筆頭著者がとりまとめ提出する.
論文表題
筆頭著者名(自筆署名または押印)
全共著者名(自筆署名または押印)
投稿前チェックリスト(投稿者用)
(様式3)
投稿前に、以下の各項目について投稿者自身でチェックして,「投稿原稿エント
リー用紙(様式1)」「本投稿論文についての報告書(様式2)」とともにご提出
ください.チェック内容に不備があるものは差し戻します.
□ 「投稿規定」・「原稿の様式」は読んでいますか.
□ 投稿論文は,未発表・未投稿のものですか.
□ 論文種類(総説・原著・短報・報告・その他)を書いてありますか.
総説・原著の場合
□ 和文・英文タイトル(及び著者名・所属),英文抄録,和文抄録,キー
ワード(英和で各5語以内)の記載はありますか.
□ 英文はネイティブまたは専門家のチェックを受けていますか.
□ 本文は規定の文字数内となっていますか.
□ 本文中の項目立ては,規定に沿っていますか.
□ 本文中の句読点は,「.」と「,」に統一されていますか.
□ 論文として冗長な文章を避け,簡潔明瞭な表現となっていますか.
□ 本文は十分に推敲され,誤字等は修正されていますか.
□ 参考文献は,「原稿の様式」に沿った記載となっていますか.
□ 図表・写真は,規定の枚数内に収まっていますか.
□ 図表・写真は,説明文(キャプション)が付いていますか.
□ 図表・写真の挿入場所が本文中に指定されていますか.
□ 提出用原稿にページ番号は入っていますか.
□ 提出用データは,本文と図表・写真とに分かれていますか.
倫理審査について(査読有無問わずヒトおよび動物を扱う研究の場合)
□ 倫理審査は受けていますか,また文中でその旨明記されていますか.
原稿該当箇所( ページ目/承認番号 ) 東京有明医療大学紀要委員会
平成 年 月 日 確認
TAU
Tokyo Ariake University of Medical and Health Sciences