在中国の日系企業を取り巻くリスク

MS&AD インシュアランス グループがご提供するリスクマネジメント情報誌
レジリエンス 深めるリスクソリューション
年間シリーズ
∼強くてしなやかな社会をめざして∼
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
グローバル 広がるリスクソリューション
年間シリーズ
∼海外で羽ばたくためのインフラを求めて∼
在中国の日系企業を取り巻くリスク
∼ 今後、注意すべきリスクを中心に ∼
危機管理としての感染症対策 ∼エボラ出血熱から新型インフルエンザまで∼
2020年愛知ターゲット これまでの4年 これからの6年 ∼生物多様性条約COP12報告∼
CSIRTとは何か ∼その意義と有用性∼
関西の地震リスク
貨物運送事業者にとっての
「Gマーク認定」
再生医療の実用化・普及に向けて
∼細胞培養の委託加工に伴う工程上のリスクを考える∼
続・いま、注目されるアグリビジネス
農の問題に取り組む
∼第3回【農業の活性化】
「農業用ロボット」
の開発・活用と関連するリスク∼
日経225企業のリスク情報開示状況レポート
(2014年3月期)
第3回 国連防災世界会議 ∼ポスト
「兵庫行動枠組」
に向けて∼
Vol.
52
2015
winter
Vol.
52
2015
winter
レジリエンス 深めるリスクソリューション
年間シリーズ
∼強くてしなやかな社会をめざして∼
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
01
グローバル 広がるリスクソリューション
年間シリーズ
∼海外で羽ばたくためのインフラを求めて∼
在中国の日系企業を取り巻くリスク
08
∼ 今後、注意すべきリスクを中心に ∼
感染症対策
危機管理としての感染症対策
15
生物多様性
2020年愛知ターゲット これまでの4年 これからの6年
21
CSIRT
CSIRTとは何か
25
地震リスク
関西の地震リスク
29
Gマーク認定
貨物運送事業者にとっての「Gマーク認定」
34
再生医療の実用化・普及に向けて
39
再生医療
アグリビジネス
∼エボラ出血熱から新型インフルエンザまで∼
∼生物多様性条約COP12報告∼
∼その意義と有用性∼
∼細胞培養の委託加工に伴う工程上のリスクを考える∼
続・いま、注目されるアグリビジネス
農の問題に取り組む
44
∼第3回【農業の活性化】
「農業用ロボット」の開発・活用と関連するリスク∼
企業リスク
国連防災世界会議
日経225企業のリスク情報開示状況レポート
(2014年3月期)
第3回 国連防災世界会議
∼ポスト「兵庫行動枠組」に向けて∼
48
51
災害・事故情報〈対象期間:2014年9月∼11月〉
53
インターリスク総研からのお知らせ
55
内容紹介
におけるリスク低減と高い効率性を追求するトヨタ生産方式の両立を目指し、仕入れ先など関連企業と連携して創り上げていくその
活動について、トヨタ自動車株式会社 総合企画部長の近藤元博氏に紹介いただく。
ク、賠償責任リスク、政治リスク、風評リスク、贈収賄に関するリスク、感染症リスクを取り上げ、そのリスクの概要と対策の考え方を
示す。
症の怖さを身近に感じさせた。新型インフルエンザ等の感染症によるパンデミックの脅威に備える危機管理について、日本における
感染症の現況や新型インフルエンザ等対策特措法など法規制の内容とともに紹介する。
期間中に正式発効した名古屋議定書第1回会合の円滑なスタートである。公益財団法人日本自然保護協会の道家哲平氏に、その主
要な成果とともに企業活動への影響や示唆などを紹介いただく。
Team、シーサート)である。CSIRTの意義と有用性について、CSIRTとは何か、情報システム部門との違い、その効果、立ち上げのポ
イントなどを解説する。
ある。関西に拠点を持つ企業が地震対策を進めていく上で必要となる情報として、関西2府4県(大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、
奈良県、和歌山県)の地震リスクを整理する。
度概要について解説する。あわせて、認定を受けるメリットや現状、ポイントについても解説する。
部委託が一般化する近い将来の再生医療提供の事業モデルを想定し、医療機関、細胞加工機関、輸送機関等を横断するリスク管理
のあり方について考察する。
第3回は、
「農業用ロボット」に求められる機能を明らかにしたうえで、特に「安全機能」に焦点をあて、リスクの特性や対策のあり方
等について解説する。
て解説する。
験・知見を世界に発信し、国際貢献を行う機会ともなる。国連が主催し、各国首脳・閣僚をはじめ、国際機関代表やNGOなどが広
く参画する同会議について、これまでの経緯を交えて概説する。
国連防災世界会議
第3回国連防災世界会議が、2015年3月に仙台市で開催される。東日本大震災の被災地の復興の現状や防災に関する我が国の経
企業リスク
有価証券報告書で公表される「事業等のリスク」の記載内容(「開示リスク」)を2014年3月期までの6年間にわたって集計、分析し、
開示リスク数と顕在化リスク数の年次推移、開示リスクと顕在化リスクのギャップ、次年度以降に検討すべき開示リスクなどについ
アグリビジネス
農業分野が抱える様々な課題解決をミッションとしたアグリビジネスについて、その実態と関連するリスクをシリーズで紹介する。
再生医療
再生医療等安全性確保法と医薬品医療機器等法が施行され、再生医療は実用化に向けて新たな段階を迎える。細胞培養加工の外
G マーク認定
2003年(平成15年)から公益社団法人全日本トラック協会がスタートさせた「安全性優良事業所認定制度(Gマーク認定制度)」の制
地震リスク
南海トラフの巨大地震や活断層型地震により強い揺れや津波被害の影響を受ける可能性がある関西地域。その地震リスクは多様で
CSIRT
情報セキュリティに関する初動対応を専門に行うために組織されているのがCSIRT(Computer Security Incident Response
生物多様性
生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)の主要議題は、生物多様性戦略計画および愛知ターゲットの中間レビューと、COP12
感染症対策
2014年に発生した西アフリカを中心とするエボラ出血熱の感染拡大は、日本でも感染の疑いのある患者が複数発生するなど感染
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
中国上海でのリスクコンサルティング業務等の経験を踏まえ、中国において今後日系企業が注意すべき主なリスクとして、環境リス
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
東日本大震災以降、
「トヨタ流BCM」と銘打って災害時の事業継続性の向上活動に取り組んできたトヨタ自動車。サプライチェーン
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の
取り組み
トヨタ自動車株式会社 こ ん ど う
総合企画部長 近 藤
1.はじめに
も と ひ ろ
元博
氏
12店舗)、誠に痛ましいことに、死者・行方不明者も出ました。一方
で、
セントラル自動車 宮城工場(現トヨタ自動車東日本 宮城大衡
2011年3月11日の東日本大震災ではトヨタ関連の生産拠点、販
工場)
や関東自動車工業 岩手工場(現トヨタ自動車東日本 岩手
売店、物流拠点、仕入れ先も被災し、その結果車両の生産が正常
工場)等の車両の生産拠点では、幸いなことに従業員に死傷者は
化するまでに約6カ月を要するなど、
お客さまや関係各社に多大な
なく、工場設備に一部被害があったものの復旧自体には長い期間
ご迷惑をおかけする事態を招きました。
を要することはありませんでした
(次頁図1)。
その後に発生したタイの大洪水においても、部品供給の滞りによ
また、
物流の拠点では、
港湾3拠点
(仙台、
八戸、
釜石)
が津波によ
り、
日本を含む8カ国で減産が発生し、世界中のお客さまに
「いいク
る浸水で水没し、完成車約1,800台とトレーラー45台積載分の部品
ルマ・いいサービス・いい部品」
をお届けすることができず、再び多く
が被災しました。
さらに仕入れ先では約650拠点が被災し1,000を
の皆さまにご不便をおかけする事態を生じさせました。
超える品目の製造や供給に影響が出ました
(次頁図2)。
これまでにも個々の部門や関連する各社ごとに地震等の災
害に対する防災や減災の取り組みを行っていたものの、多大な
ご迷惑をおかけしたこれらの反省を踏まえ、
トヨタ自動車では
⑵被災地の支援 東日本大震災以降、
「トヨタ流BCM(Business Continuity
震災発生後、
トヨタ自動車の本社から直ちに60人、
その後140人
Management)」
と銘打ち、大規模災害時の事業継続性の向上活
の従業員を被災地の生産拠点に派遣し、設備の復旧、支援物資の
動に取り組んで参りました。
この活動は、
サプライチェーンにおける
配布などの活動を実施しました。人的な支援とともに物的な支援
リスク低減と高い効率性を追求するトヨタ生産方式の両立を目指
も同時に行い、
トヨタ関係各社からの支援物資を11tトラックで87
し、
トヨタ社内のみならず、
グループ会社、仕入れ先など、関連企業
台分、現地の2カ所の生産拠点(宮城、岩手の内陸部に位置)へ集
と連携して創り上げて行くものです。
約して配送しました。通信インフラの断絶により被災現場の状況が
この活動自体に終わりはなく、現在も試行錯誤を繰り返している
把握できないため、各拠点の従業員が沿岸部の被災地に出向き、
段階ではありますが、本稿では我々の取り組みの目指す方向性や
聞き取った現地のニーズに応じて必要な物資(食品・日用品・水・燃
これまでの取り組み内容について紹介します。
料など)
を送り届けました。
また、手配した給水車を現地に送り、県
内各所の断水地域に延べ257台分を派遣し、宮城県南三陸町の佐
2.
東日本大震災における復旧活動
まずは、
トヨタ流BCMの活動の契機となった東日本大震災にお
ける経験について振り返ります。
藤町長から直接依頼を受けた南三陸町には、避難所となったホテ
ルに毎日80tの給水支援を7月3日まで行いました。
この時の水の入
手は、秋田県横手市消防署、宮城県大和町浄水場、同登米市浄水
場からご協力をいただきました。
支援物資を被災地に送る際には、使用時にセットで使うものを
一まとめにする等の工夫も行いました。例えば、灯油ストーブを送
⑴トヨタの被災状況
る際には、燃料の灯油(ドラム缶)、
ドラム缶用ポンプ、灯油用ポリタ
ンク、灯油ポンプ、
マッチ、乾電池を一式としました。
同様にカップ麺
被災8県(青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島・茨城・千葉)
にある
(インスタント食品)
を送る場合には、
カセットコンロ、
カセットボン
トヨタ販売店では、約1,100店舗中、約450店舗が損壊し
(うち全壊
ベ、
マッチ、水(ペットボトル)、
やかん、割り箸などをセットにし配送
1 RMFOCUS Vol.52
RM Style レジリエンス ………… 年間シリーズ❶
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
【図1】販売店、生産拠点の被災状況
【図2】物流拠点、仕入れ先の被災状況
を行いました。
このような
「使う側の身に立った配慮」
は配送担当者
発災直後に送り、各拠点に設けられた震災対策本部間をテレビ会
の創意工夫によって生み出されたものですが、混乱する被災現場
議で常時接続し、被災地の現状把握と対応の検討等に活用しまし
においては非常に実用的であったという声を多数いただきました。
た。
被災地支援や次に紹介する生産復旧活動では、
「トヨタ本社から
平行して、関係会社や仕入れ先との情報交換も密に行い、供給
の指示を待つ」
という形ではなく、現場のリーダーの判断が最優先
に懸念のある部品・資材を1点ずつ確認しました。電話や電子メー
され、結果的に
「現場からの要請を受け本社から支援する」
という
ルでの連絡がつかないケースが多々あったため、約200の仕入れ先
形が多くみられました。
これらは、
オールトヨタのもつ現場力が生き
に延べ150人の調査隊を派遣し、直接被害状況の確認を行いまし
た現れではないかと考えています。
た。
そのうちの支援が必要と判断した10社14拠点の仕入れ先には
復旧支援隊を派遣しております。
⑶生産の復旧
この時の生産復旧活動における基本的な考え方として、
(a)被災
工場の生産再開を最優先、
(b)
「(a)」
が難しい場合には、
同一仕入
震災発生直後、愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の本社内に
れ先の他工場へ生産移管、
(c)
「(b)」
も困難な場合は、新規開発
全社災害対策本部を設置したのと同時に、調達、生産など各機能
による代替・転注、
の三つを定め、関係者間にこの考え方の徹底を
の本部に震災対策本部を設置しました。
ここでは被災地や関係会
行いました。
社からの情報を一元化し、復旧活動等について即断即決を行える
次頁図3にクリティカル品目
(供給に懸念のある部品や資材)数
場としました。
また、被災地の生産拠点にもテレビ会議システムを
の推移を紹介します。
クリティカル品目には、
(a)東北に集中してい
RMFOCUS Vol.52 2
東日本大震災の際には、
オールトヨタの現場力と関係各社の連
携により、精力的な被災地支援活動と当初の見通しを大きく上回
るペースでの生産復旧を行うことができましたが、復旧現場での個
人レベルでの頑張りによって乗り切った面が多かったとも感じてお
ります。
このトヨタの現場力という強みを生かしつつ、有事において
組織として有効に機能するBCP(Business Continuity Plan)
を創り上げていくために、以下の考え方によって検討を進めまし
【図3】
クリティカル品目の推移
た電子品目の製造拠点の被災、
(b)化学コンビナートの被災、
(c)
福島第一原発事故の影響により生産継続が困難となった品目が
多くを占めていたことが特徴として挙げられます。
震災発生から3月中旬までは、徹底的な供給懸念品目の洗い出
し作業によりクリティカル品目数は日々増え続け、
ピーク時には約
500品目にまで達しました。
その後、先に述べた生産復旧活動にお
ける基本的な考え方に従って復旧作業を進めた結果、早期の絞り
込みにより、4月18日には全工場で生産を再開し、4月中には対策の
めどをつけることができました。
なお、関係者の努力により当初の見
通しを大幅に前倒しして復旧を進めることができたものの、生産の
正常化は9月まで待たねばなりませんでした。
た。
⑴BCP策定の大前提
大規模災害時には、人道支援や被災地域の復旧をさしおいて自
社復旧を優先することはあり得ません。
また、人道支援や地域復旧
が優先され、
いち早く地域が復旧することが、結果的に自社の業務
の早期再開につながると考えられます。
したがって、
BCP策定にあ
たり、被災時には、
(a)人道支援、
(b)被災地域の早期復旧、
(c)
自
社の業務・生産の復旧、
という順序で活動を行うことを明確にしま
した。
BCPを策定する作業においては、得てして
(a)
や
(b)
が後回
しになってしまうため、
自社の復旧を考える上であらかじめ想定し
ておくことが肝要と考えます。
⑵人道支援
3.
トヨタ流BCMの考え方
トヨタ流BCMを構築するにあたり、東日本大震災とタイ洪水に
おける反省を踏まえ、
目指す姿として災害時においても世界中のト
ヨタのお客さまに
「いいクルマ・いいサービス・いい部品」
をお届け
し続けることを掲げました。具体的には、被災拠点の早期復旧を図
るとともに、被災拠点のリソースが制限される状況下においても、
海外拠点や世界中のお客さまへの影響をゼロにすることを目指し
ています
(図4)。
トヨタ流のBCMを構築して行く上で、
(a)
「お客さま視点」
の復
旧、
(b)
自立的な復旧に向けた
「平時の備え」、
(c)
オールトヨタ
(海
外事業体含む)
から全仕入れ先まで広げた
「サプライチェーン全体
に展開」、
という三つの視点を盛り込み、従来の災害時の対応に比
して活動範囲を拡げることとしました。
自社が被災しても、限られたリソースで
“国内自動車産業の早期復旧”と
“海外への影響ゼロ”を目指す
⇒トヨタ流の事業継続マネジメントを
導入
【図4】
トヨタ流BCMにより目指す姿
3 RMFOCUS Vol.52
救助を必要とする方々の救援救護に全力を尽くすのは当然です
が、
「出たとこ勝負・火事場の馬鹿力頼み」
では自ずと限界がありま
す。
より効率的に支援活動を行うためには、個人の力だけでなく、組
織の力を生かせるように、平時からしっかりと連携の仕組みを準備
しておく必要があります。
⑶被災地域の早期復旧
被災時は通信インフラの断絶により、関係者間の連絡が大変難
しくなるため、平時から被災時の連絡、連携方法について取り決
めておくことが重要です。地域の自治体や警察、消防、
インフラ企業
(電気、
ガス、水道、道路、通信など)
との連絡方法や被災者救援、
復旧優先順序、役割分担、設備や資産の共用や応受援の手順など
を関係者間であらかじめ明確にしておく必要があります。官民のも
RM Style レジリエンス ………… 年間シリーズ❶
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
つ設備や資産、
ノウハウなどを相互に活用することにより、効率的、
効果的な対策を準備できる可能性があるため、関係者間で積極的
に連携可能性を追求すべきと考えております。
て行きます。
設備や生産ラインをできるだけシンプルにすることで、壊れにく
く、修理しやすくし、部品数や工程をシンプルにして復旧しやすい
作り方を目指します。
さらに設備やラインにフレキシブルさを与え、
①被災地以外への生産影響
東日本大震災では、東北にある生産拠点だけでなく、全世界に
影響が波及し、減産日数は約6カ月に及び、80万台弱のお客さまに
お待ちいただく事態を生じさせました。
当時のトヨタの年間生産台
状況に応じて変更できるようにすることをも目指します。
このように
「シンプル」、
「スリム」、
「コンパクト」、
「リーン」、
「フレキシブル」の
視点で設備、
ラインや工程を作り込むことに加え、高い保全力を持
つ人材を育成することにより
「壊れてもすぐ直せる力」
を持つことも
重要と考えています。
これらの活動を行うことで、
(a)設備投資が少なくなる、
(b)在庫
数約800万台に対し、
10%弱の甚大な影響を受けたことになります。
が減る、
(c)作るのが早くなる、
(d)
ラインが止まっている時間が短
これは前述したクリティカル品目の供給が滞ったためであり、
サプ
くなる等の効果も生まれるため、平時の生産基盤の強化にもつな
ライチェーンの地域完結性が低かったことを意味します。海外で起
がります。
きたタイ洪水でもこの問題が再発し、
タイの生産拠点が生産停止
に追い込まれました。
この影響は世界各国にも波及し、
その生産影
響は約30万台弱にまでのぼりました。
④有事に強い人材の育成
災害時等の有事に活躍できるのは、問題解決能力やカイゼン力
また、
サプライチェーンに関しては、
リスク分散のために複社発注
の高い人材であると考えており、製造現場で例えるならば、
(a)素
を行っていたつもりでも、実際には異なる仕入れ先が同じ部品メー
早く設備を直す力
(保全スキルが高い人材)、
(b)
フレキシブルに対
カーから仕入れていた
(いわゆる
「たる形サプライチェーン」)等、
サ
応できる力
(多能工)、
(c)平時から作り込む力
(問題解決能力が高
プライチェーンの把握が不十分であることも課題として露呈し、対
い人材)
を備える人物像となります。事務系の職場でも本質的には
策を講じる必要が明らかになりました。
②自社被災のリスク
同じであり、
「業務スキルが高く、
フレキシブルに対応でき、
カイゼン
力のある人材」
の育成を日常の業務を通じて全部署で進めていき
ます。
これまでの災害では、
トヨタの本社自体は一度も被災しておら
ず、災害時には被災拠点をどう復旧支援するかという対策をとって
きました。
これに対し、近い将来、高い確率で発生するとされている
南海トラフ地震による被害想定エリア内には、
トヨタやグループ会
社、仕入れ先の本社機能、技術開発、生産工場などが多数存在し
4.
トヨタ流BCM構築に向けた取り組み
被災後の業務復旧過程では、通常業務に加え、被災時特有の業
ます。
この地域が被災した場合には、東日本大震災をはるかに上回
務が増えます。被災後の限られたリソースの中で迅速に復旧を行う
る甚大な事業影響が発生することは間違いなく、
トヨタが大規模に
ためには、膨らんだ業務の中から通常業務にリソースをできるだけ
自社被災することを想定し、未経験の領域で限られたリソースによ
回す必要があります。
これに対応するには、
(a)災害時に想定され
り早期復旧を前提とした備えが必要となります
(図5)。
る特有の業務を、発災後短期間に圧縮できるよう平時から準備し
③災害に強い設備・建物
被災時に人命を守る職場であるため、建物の耐震性や耐火性を
高める一方で、設備についてはこれまでの壊れない設備づくりの発
ておくこと、
(b)
このことを意識し、通常業務において有事への対応
力を養っておくことが重要となります。
具体的な取り組みについて、
BCP策定における復旧活動の優
先順位にそって以下に述べていきます。
想を転換し、
「壊れても直しやすくすること」
という視点を取り入れ
トヨタが大規模に自社被災することを想
定し、
“限られたリソース”での復旧を前
提とする未経験領域への備えが必要不
可欠
【図5】
自社被災への備え
RMFOCUS Vol.52 4
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
⑷自社の業務・生産の復旧
【図6】
自治体と災害時支援協定締結
⑴人道支援と被災地域の早期復旧に向けた取り組み
①自治体やインフラ事業者との災害時連携協定
今回の被災を通じて、
「エネルギーと情報」
の大切さをあらためて
思い知る結果となり、
トヨタの拠点の設備・建物等について、
エネル
東日本大震災後、
トヨタ自動車北海道と地元の苫小牧市との間
に2012年8月、津波一時避難場所の使用に関する協定を締結しま
した。
これは津波の発生を伴う災害時に、工場の屋上を近隣住民
の避難場所として活用するものです。
②F-グリッド
オ オ ヒ ラ
トヨタ自動車東日本とトヨタ自動車も、2012年12月に大衡村、宮
ギーと情報の両面で災害時を想定した新たな機能、新たなサービ
スや価値を盛り込むことの検討も行いました。
この具体的な検討事例として、
第二仙台北部中核工業団地
(宮城
県大衡村内)
に立地するトヨタ自動車東日本の本社地区
(宮城大衡
工場)
において、
震災に起因するエネルギー課題
(セキュリティ性、
経
城県と4者間で災害時の包括的な連携協定を締結しました。
トヨタ
済性、
環境性)
を解決することを目指し、
東日本大震災以降、
工業団
自動車単独では、2013年10月に本社が所在する愛知県の豊田市
地や周辺地域まで含め総合的にエネルギーマネジメントする仕組み
と、2014年2月には、工場が立地するみよし市とそれぞれ災害時支
援協定の締結を行いました。両市と締結した協定は、災害発生時
(
「F
(Factory)
-グリッド」
)
の構築検討に着手しました
(図7)
。
地元の自治体(宮城県、大衡村)、
エネルギー供給事業者(東北
における
(a)救援・救護活動、
(b)一時避難場所の提供、
(c)食料・
電力・仙台市ガス)、工業団地内の事業者などと連携し準備を進
飲料水・生活物資等の提供、
(d)救援物資等受け入れ施設におけ
め、宮城大衡工場内に震災後に導入した自家発電機(ガスエンジ
る荷役支援といった領域での人道支援・地域復旧支援を自治体
ン・コジェネ)
を核に、
エネルギー自給率の向上と近隣の工場とエネ
との相互協力のもとトヨタが実施するという内容になっております
ルギー融通を行う仕組みの運用を2013年4月に開始しました。
今後
(図6)。
このような自治体との協定締結に加え、
インフラ事業者との協議
は東北電力と連携し、被災時には近隣の大衡村役場が所在する地
域向けに自家発電の電力を提供する仕組みを整備して参ります。
も進め、2014年7月には中部電力、東邦ガスとそれぞれ、災害支援
また、宮城大衡工場内の「トヨタ自動車東日本学園」の校舎に
協定を締結しました。大規模な地震等により電気やガスの供給が
はエネルギー自立機能を装備し、地域における災害時情報サービ
途絶えた際、
トヨタの工場に併設するグランドを資材置場として、
ス拠点となる能力を備えました。
この建物には40kWの太陽電池、
また復旧活動を行う要員の休息場所、宿泊先として研修施設を提
20kWhの蓄電池(自動車電池を流用)、外部のPHVやEVなどから
供し、迅速なインフラの復旧を支援することを目的とした内容にな
供給される電力を受け入れる機能などを備え、非常時には被災状
ります。
況や安否情報、支援物資情報などの提供、衛星電話による通信、携
なお、
トヨタの事業所等が立地する自治体等との連携に関して
は、今後も最適な方法を順次協議、検討して参ります。
帯電話の充電サービスなどの地域貢献が可能となります。
「F-グリッド」の構築は、復興を通じ、
より豊かで、
より安全で安
心、快適な社会づくりに貢献することを目指し、災害時に備えて
「安
東日本大震災後、災害によるエネルギー課題の
解決を目指し、工業団地や周辺地域を含めた
エネルギーマネジメントを検討
【図7】
「F–グリッド」の構築
5 RMFOCUS Vol.52
RM Style レジリエンス ………… 年間シリーズ❶
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
全・安心」
を確保しつつ、産業の競争力を高めることの両立を目指
した取り組みでもあります。大きな設備投資を伴う災害対策ではあ
りますが、平時に享受するメリットによってカバーすることが可能
な有意義な取り組みと考えており、大衡村での取り組みで得られる
目標を共有し、最短復旧を目指す
⇒ この機会に、Simple, Slim, Compact, Leanな
体質にカイゼン
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
ノウハウや新しい形の地域支援を他の地区にも今後展開していき
たいと考えています。
⑵自社の業務・生産の復旧
①重点車種の生産再開目標の設定
過去の反省を踏まえ、
お客さまにご迷惑をおかけすることを最小
化するため、平時から重点車種とともに、該当する車種の生産再開
目標を定め、仕入れ先など関係者間でこれらの目標を共有すること
としました。
重点車種とは、
「たくさんのお客さまにお待ちいただいている車」
や
「災害時に活躍する車」
などのほか、各事業地域の事情に応じて
定めておくもので、状況の変化に応じてフレキシブルに見直して参
ります。
【図8】
サプライチェーン全体での目標共有
③サプライチェーンの見える化、強化
一方で、東日本大震災の際には、特定の仕入れ先が被災し、発注
生産再開目標日数は、被災時から重点車種の生産再開までに要
が集中しリスクが分散されてなかった部品がサプライチェーンを寸
する日数として設定し、仕入れ先も含めた関係者で共有します。
な
断した原因となりました
(図9)。
このことから、災害時には二次仕入
お、生産再開目標日数は、平時から可能な限り短縮することを追求
れ先以降の被災状況を早急に把握し、見える化しなければならな
していきます。
いという教訓を得ました。
②サプライチェーン全体での目標共有
するか、
そしてサプライチェーン上にどのようなリスクをあらかじめ
このためには、平常時からどこまでサプライチェーンを見える化
自動車製造に必要な部品や資材数は非常に多く、
これらを調達
するためにサプライチェーンは膨大なネットワークとなっています。
想定しておくかがポイントとなります。
震災以降、可能な範囲でサプライチェーンとサプライチェーン上
また、部品製造に用いる部品や資材等には機密性が高いものも多
の課題の把握に努め、課題のある品目や被災リスクのある品目の
いため、仕入れ先に開示を要求できないケースもあり、
すべての部
絞り込みを行いました。
品、資材のサプライチェーンを完全に把握することは困難な状況に
あります。
そこでは、
すべての仕入れ先を同じに扱うのでなく、最優先で対
策を講じるべき部品・部材はどれか、支援なしでも復旧可能な部品
この状況を踏まえ、
トヨタ自動車ではすべての一次仕入れ先、
ボ
はどれかを選別し、最優先で対策を検討すべき品目や課題のある
デーメーカー、海外事業体を対象に、重点車種と復旧目標を共有
品目には、平時からリスク対策を明確にしておきます。対策の一般
する活動を進めています。
これはトヨタ生産方式における
「ジャス
的な例として、調達先の分散化や在庫を持つこと、部品の汎用化な
ト・イン・タイムにおけるかんばん方式の後工程引き取り」
と同じ発
どが挙げられます。
想であり、一次仕入れ先がそれぞれの二次仕入れ先以降と目標を
サプライチェーンの見える化とともに、平時から対策を検討し、
共有することにより、
サプライチェーン全体での目標共有を目指し
対策を講じておくことで、
サプライチェーンの強靭化を図っていきま
ています
(図8)。
す
(次頁図10)。
・2次仕入れ先以降のサプライチェーンの把握
が不十分
・特定の仕入れ先に発注が集中し、リスクが分
散されていない部品がある
【図9】明らかになったサプライチェーンの課題
RMFOCUS Vol.52 6
RM Style レジリエンス ………… 年間シリーズ❶
大規模災害に備えるBCM、
サプライチェーン強化の取り組み
・品目毎のサプライチェーン調査を行い、
課題のある品目や被災リスクのある品
目を絞り込み
・課題品目について、仕入れ先にて生産
分散や代替品確保等を推進
・トヨタでは、部品の汎用化・規格化等
を推進
【図10】
サプライチェーン強化のための対策
・1次仕入れ先とサプライチェーン情報
を共有し、平常時・災害時に活用
・システム化 により、膨 大 な サ プライ
チェーン情報の維持管理を効率化
【図11】
サプライチェーンリスク管理システム
また、仕入れ先の所在等の情報と災害情報を組み合わせる仕組
「トヨタ生産方式」
では、
何かを原因として設備や生産ラインが止
みを構築することで、災害時には現場に行かないと被害状況が分
まることは自体は問題ではなく、異常を早く見つけ不良品の発生を
からない状況下、
どの工場、
どのサプライチェーンが被害を受けて
止め、早急に生産再開することを重要と考えます。
いるか推測可能にしました。被災時には全部にくまなく対応するの
このことは「災害で業務が止まっても早急に再開できる力があ
ではなく、被災地域に所在する仕入れ先やサプライチェーンに対策
る」
と言い換えられ、
日常業務の中で復旧力を磨いていくことがで
を集中することで、初動を早め、生産復旧を早めることを可能にし
きます。
ます
(図11)。
東日本大震災前に作られたBCPには、社外に委託し分厚いマ
ニュアルを作り作成担当者以外誰も理解していないもの、一度定め
⑶BCMを通じた業務構造改革
災害に強い企業体質を作るためには、業務構造を改革してシン
て以降は更新されないもの、業務を止めないことを重視し、頑丈な
建物や設備を目指したもの
(壊れないことを前提に対応を考えてい
るもの)
などが多く存在しました。
プルで強靭な体質に変える必要があります。
このため、
すべての部
一方、
東日本大震災以降、
トヨタが目指すBCMは、
日々の業務の
署において業務の洗い出しを行い、平時から優先業務と非優先業
一部として組み込まれ自然と身に付いており、
業務が止まる前提で
務の見える化を進めています。非優先業務と位置付けられたものに
対策をとり、
止まったものをいかに早く再開できるように準備するこ
ついては、業務の必要性を吟味し改廃を進めることも目指していき
と等
「日常業務の一部として企業文化・DNAの中に組み込み、
鍛え
ます。
このような活動は、
トヨタ生産方式で追求している
「シンプル、
抜くもの」
として、
TOYOTA WAY
(企業理念を実現するための行動
スリム、
コンパクトでリーンなものづくり」
と本質的に同じであり、経
指針)
やトヨタ生産方式の中に織り込んでいくものと考えています。
営効率を高めることにもつながるため、平時においてもメリットが
生まれます。
トヨタ流BCMの導入を、
トヨタの体質、業務の仕組みを抜本的
に改革・強化するチャンスとしてとらえ、
「 平時を強くすることは有
事にも強くなること」
を合い言葉に、関係各社や地域の関係先と力
5.
おわりに
を合わせて作り込みを継続して参ります。
これまで紹介してきたトヨタ自動車の取り組みや考え方が、皆さ
まのBCP策定やBCMの活動に少しでもお役に立てば幸いです。
東日本大震災による被災からの生産復旧活動を通じ、我々が
日々のクルマ作り、
ものづくりの基本としている
「トヨタ生産方式」
の考え方が、災害後の復旧対応にも役立つことを体感しました。
7 RMFOCUS Vol.52
以上
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
インターリスク上海
ふ
じ
た
マネジャー 藤 田
1.はじめに
りょう
亮
2.
今後、中国で注意すべき六つのリスク
直近の日中共同世論調査1)によれば、
日本人の中国に対する印
企業を取り巻くリスクには、次頁図2のとおり、様々なものがあ
象は、
「良くない」が93%、中国人の日本に対する印象は、
「良くな
る。
これらのうち、中国で活動する日系企業が、今後、注意すべきリ
い」が87%となっており、両国間の国民感情は、かつてないほど悪
スクはどのようなものであろうか。
化している。
また、
日系企業にとっては、人件費の高騰に伴って製造
今、中国は大きな転換期に差し掛かっている。
これまでのような
拠点としての中国の魅力は薄れてきており、東南アジア等に拠点を
いわゆる高速経済成長は求められておらず、
「 小康社会」3)を指向
移す企業もみられる。
している。
これとベクトルを一にするかたちで、人治から法治へ、企
一方で、
中国のGDPは2016年に米国を超えると予測されている
業優遇から消費者保護へ、無節操な開発から環境に配慮した開発
(図1)。
この巨大マーケットを前に、
日本企業は指をくわえて立ち
へ、
といった考え方が、地域により程度の差やスピードの差はある
尽くしているというわけにはいかない。中国進出に付随するリスク
を可能なかぎり抑えつつ、中国の経済成長の恩恵を受けるという
方向性で経営のかじ取りを進めていくほかないと思われる。
本稿では、
中国において、今後日系企業が注意すべき主なリスク
ものの、
じわじわと中国社会に浸透し始めている。
中国社会で進んでいるこのような変化のうねりは、
在中国の日系
企業にとって、
対処すべきリスクの種類にも変化をもたらしている。
こ
れまでリスクとしてとらえる必要のなかったことが、
今後はリスクとし
を取り上げ、
そのリスクの概要と対策の考え方を示す。本稿が、
中国
て認識され対処されなければならない、
という状況をもたらしている。
で活躍をされている企業の皆さま、
そして今後進出を計画されてい
筆者は2012年から中国・上海に駐在し、多くのお客さまから企業
る企業の皆さまに少しでもお役に立てば幸いである。
を取り巻くリスクについての相談を受ける立場にいる。
そのなかで
受けた相談や、中国社会の変容等を踏まえると、
日系企業が今後
注意すべきリスクとして、①環境リスク、②賠償責任リスク、③政治
(兆ドル)
(年)
【図1】
GDP予測図 (OECD Economic Outlook No.93 Long-term baseline projections を基にインターリスク上海作成)
2)
RMFOCUS Vol.52 8
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
〜 今後、注意すべきリスクを中心に 〜
経営(Business)
事業その他(Operational and other)
・誤った事業戦略
・価格/市場シェアに関する競争圧力
・一般的な経済問題
・地域的な経済問題
・政治リスク
・技術の陳腐化
・代替製品/サービスの出現
・不利な政策
・衰退中の業界
・買収の標的
・資本の追加不能
・誤った買収
・イノベーションの遅延
・戦略目標と含致しない事業プロセス
・主要な業務変革の失敗
・企業家精神の欠如
・原材料の在庫切れ
・スキルの不足
・災害の発生(火災爆発を含む)
・無形資産の創出の失敗
・無形資産の喪失
・機密情報の漏洩
・事業継続能力の欠如
・事業承継に関する問題
・キーパーソンの喪失
・コスト削減の失敗
・主要な取引先から求められた厳しい契約条件
・主要なサプライヤーや顧客への依存
・新製品や新サービスの失敗
・祖末なサービス
・顧客満足の失敗
・品質問題
・秩序の欠如
・主要なプロジェクトの失敗
・重要な契約の破談
・インターネットが活用できないこと
・委託先が業務を完遂できないこと
・業界行動
・重要な新技術に関わるプロジェクトの失敗
・従業員のモチベーションや効率性の欠如
・変革の失敗
・非効率で効果の薄い文書化の実施
・ブランドマネジメントの失敗
・製造物責任
・非効率で効果の薄い経営プロセス
・発展途上国における労働者の搾取
・業務の誠実さに関わるその他の問題
・風評に関わる問題
・ビジネスチャンスの喪失
経済(Financial)
・流動性リスク
・市場リスク
・企業の継続性に関するリスク
・取引過多
・信用リスク
・金利リスク
・為替リスク
・資本の非効率
・財務リスク
・財務資源の誤用
・事業に影響を及ぼす不正
・公開財務情報に関する誤謬の発生
・会計システムの停止
・債務の認識漏れ
・信頼できない会計記録
・ハッカーによる攻撃
・不完全または誤った情報に基づく決定
・情報過多と不十分な分析
・投資家との約束の反故(ほご)
法令順守(Compliance)
・上場規則違反
・金融規制違反
・会社法違反
・訴訟リスク
・不正競争防止法違反
・付加価値税の問題
・その他の法令違反
・追徴課税
・労働安全リスク
・環境問題
【図2】企業を取り巻くリスクの種類
(英国会計士協会Implementing Turnbull- A Boardroom Briefing を基にインターリスク上海作成)
リスク、④贈収賄に関するリスク、⑤風評リスク、⑥感染症リスク、
が
挙げられる。次章以降において、
これら六つのリスクの概要と対策
の方向性を解説する。
3.
環境リスク
中国では近年、
工場の新設や拡張により、
地域に環境問題を引き
【表1】環境リスクが顕在化した事例
①
2012年4月
A社による化学工場の新設に反対し、周辺住民
が工場の着工式で抗議デモを行った。デモ参加
者は次第に増え、数千人規模のデモとなった。そ
の後、市政府とA社は工事の停止と環境影響評
価の再実施を行う旨、発表した
②
2012年7月
B社の工業排水設備等の建設に反対して、周辺住
民等による数千人規模の抗議運動が発生した。住
民らは政府施設や車両の破壊を行うなどしたが、
市政府による建設中止の発表を受け、沈静化した
③
2014年3月
広東省市政府が主導するパラキシレン工場の建
設計画に反対し、1,000人以上の市民が市委員会
前でデモを行った。夜になりデモは暴徒化し、周
辺店舗や車両を破壊するなどした。その後、市政
府は同工場の建設計画の撤回を発表した
起こす恐れがあるとして、
住民が反対運動を起こす事例が頻発して
いる
(表1)
。
ときには住民が暴徒化し、
批判の矛先が当該企業を誘
致した地方政府等に至ることも見受けられる。
このような状況を受
け、近年、
中央政府により続々と環境関連の法令が整備されてきて
いる。
また、
中央政府は、各地方政府の上層部を評価するにあたっ
て、
経済成長に寄与する取り組みを評価するだけでなく、環境改善
に対する取り組みも重視して評価するように変わってきている。
このような背景のもと、環境負荷の高い事業を行っている企業に
おいては、
当該地域の環境関連法令を遵守した事業活動を行うこ
9 RMFOCUS Vol.52
RM Style グローバル ………… 年間シリーズ❷
在中国の日系企業を取り巻くリスク
とはもとより、事業所周辺の住民および地方政府の理解や支援を
得やすくするための各種取り組みを積極的に行っていくことが求め
4.
賠償責任リスク
中国人の権利意識や自己防衛の意識は、
日本人よりも欧米人に
られる状況になってきている。
近いといわれる。
自分の権利や利益が侵害された場合、
また侵害さ
れそうな場合には、躊躇なく相手方に補償を求めたり、
自己防衛的
<リスク対策の考え方>
な行動をとることがみられる。
中国人が持つこのような生来の意識
に加え、近年は、各種法令が一般消費者の権利を強化するかたち
⑴環境関連法令の把握
環境関連法令は、表2に挙げたような単行法律のほか、単行法
律を補完する
「細則」、単行法律に定められていない領域をカバー
する
「条例、規程、弁法」、特定の指針・原則を示す
「決定・通達等」
常務委員会が制定する地方性内規も存在しており、漏れなく把握
するのは容易ではない。
また、法令の運用についても、地域や担当
会に浸透しはじめている。今後、
中国で活動を行う日系企業にとっ
ては、一般消費者等からの賠償責任を負うリスクが高まっていく可
能性がある。賠償責任リスクが顕在化した主な事例を表3に示す。
【表3】賠償責任リスクが顕在化した事例
①
【製造物責任関連】
A社製の自動車を運転していた被害者Bが死亡したのは、フロン
トガラスに製造上の欠陥があったためとして、被害者Bの親族がA
社を訴えた。判決でA社に対し、50万元(1元:約19.3円(2014年12
月1日時点)で単純換算すると約965万円)の支払いを命じた
②
【知的財産権関連】
原告C(個人)は、D社の製品に原告が保有する特許が無断で使
用されているとしてD社を訴えた。裁判所はD社に対し、特許権の
侵害行為を直ちに停止するよう求めた
③
【使用者賠償関連】
原告Eは、勤務先F社でラジエーターを加工する際、左手が機械
に巻き込まれ、大ケガを負った。原告は賠償を求めて、F社を提訴
した。裁判所は、F社に対し、約4万元(同約77万円)の支払いを命
じた
④
【戦後賠償関連】
戦時中に鉱山で強制労働をさせられたとして、当時の労働者らが
賠償を求めて鉱山会社G社を提訴した。両者は350万円/人を支払
うことで和解した
⑤
【その他】
原告Hは、
I社が運行する便で北京から成田へ向かったものの、大雪
により関西空港に着陸することとなった。原告Hは、関西空港で10時
間以上にわたり待たされるなどの不当な待遇を受けたとして、
I社を
相手取り賠償金
(1,000万円/人)
を求める訴えを起こした。その後、
両者は和解した
(和解金額推定45万円/人)
者により濃淡がある場合がある。
このため、弁護士事務所や専門の
コンサルティング会社の支援を得つつ、
これら環境関連法令の内
容と実際の運用状況を正確に把握することが必要である。
【表2】環境汚染防止に関わる法令
(例)
◇中華人民共和
国大気汚染
防止改善法
◇中華人民共和
国固体廃棄
物汚染環境
防止改善法
◇中華人民共和
国水質汚染防
止改善法
2000年施行
2005年施行
2008年施行
大気汚染の防止と改善に関する基
本原則、監督管理事項、法律責任
等を定めている。特に、石炭燃焼
による大気汚染、自動車・船舶に
よる大気汚染、粉塵や悪臭に関す
る事項を定めている
固体廃棄 物による環 境 汚染の防
止と改 善に関する基 本 原 則、監
督 管 理 事項、法 律 責任 等を定め
ている
水質汚染の防止と改善に関する基
準や監督管理事項、措置事項、事
故発生時の処置対応、法律責任等
を定めている
(上海徳理法律事務所資料を基にインターリスク上海作成)
⑵地域住民等からの意見の吸い上げ
表1に挙げたとおり、近年、環境問題に起因する住民運動が頻
発している。
これら住民運動が発生し、地域のマスメディア等によ
り大々的に報道された場合、地方政府は治安維持の観点から、早
期収束のため企業側に不利な決定(工場建設の停止や操業の停
止等)
をする傾向がある。
その決定にあたっては、現実に環境問題
が引き起こされているか(引き起こされる可能性があるか)につい
て十分な検討がなされているとは言い難い面もある。住民運動が
発生してから対策を打つのでは遅いため、常日ごろから地域住民
とのコミュニケーションを強化して住民の意見を吸い上げ、前もっ
て対策を打てるような仕組みを作っておくことが望まれる。
<リスク対策の考え方>
表3のとおり、賠償責任リスクと一口にいっても、賠償請求の原
因や訴訟提起の契機は様々である。
また、
当然ながら、損害賠償請
求を受ける可能性が高いと知りながらあえて業務を遂行している
企業はなく、多くは思いもよらないところから賠償請求されるのが
常と思われる。
よって、事前に賠償責任リスクを減らす対策を行う
のは困難な場合もあるが、以下のようなポイントを参考に対策を行
うことも一考いただきたい。
⑴信頼できる弁護士事務所の選定
中国には日系の弁護士事務所や、日本語を話せる中国人弁護
士も数多く存在する。中国人弁護士は、中国特有のビジネス慣行
や訴訟手続きを理解しているほか、公安や当局に人脈や情報源を
持っている場合もある。
いざというときに助けになり、
かつ信頼でき
る弁護士事務所・弁護士を見極め、
日ごろから懇意にしておくこと
はとりわけ中国では重要であろう。
RMFOCUS Vol.52 10
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
のように多岐にわたる。
さらに、各省、直轄市等の人民代表大会や
で改正されたり、
マスメディアにより消費者保護の考え方が中国社
閣諸島国有化でピークに達した緊張状態からは緩やかに脱してい
⑵中国特有の判例の理解
中国では、表4のように、
日本人の一般的な感覚では理解できな
い判決が下される場合がある。
当然、
そのような判決を下す法理が
あり、
それを知っておくことにより、
自社にどのような賠償責任リス
クが潜んでいるか、気付きが与えられる場合がある。
くと考えられるが、一方で、新たな大国が勃興する場合には、それ
までの国際秩序との衝突・あつれきを生むケースがままみられる。
よって、今後も長期にわたり、
日中関係は一定の緊張と融和を繰り
返しながら進んで行くものと推察される。
こうした見通しのもと、
日
系企業は、今後も起こりうる二国間の緊張状態に備え、反日デモ・
暴動、
さらには紛争に至った場合の対応方針等を検討しておく必
【表4】珠海レストラン事件
要がある。政治リスクが顕在化した事例を表5に示した。
広東省高級人民判決
原告Aが、加害者Bからもらった酒瓶をレストランに持ち込んでふた
を開けたところ、突然酒瓶が爆発し、原告Aの家族が死亡した。その
後、加害者Bは酒瓶に爆発物を仕掛けた疑いで逮捕された。原告A
は、損害賠償を求めてレストランを提訴し、裁判所はレストランに対し
て損害賠償を命じる判決を下した
【上記判決の法理】
上記事件において、レストラン側は、原告Aが飲食するための場所を
提供しただけであって、加害行為は何ら行っていない。この場合、日
本や欧米諸国ではレストラン側に賠償責任は発生しないと考えるのが
一般的である。しかし、当判決は、原告Aに生じた損害について、賠
償資力があり、かつ受益者であるレストラン(レストランは、原告Aが
飲食する際の場所を提供することで金銭を得ており、受益者とみな
される)が負担するのが公平性の観点から妥当、と判断したものであ
る。なお、この法理は最高人民法院の判決で確立されており、類似の
判例は多くみられる
【表5】政治リスクが顕在化した事例
①
②
2004年3月〜4月
小泉首相の靖国参拝等に反対し、広州、
成都、北京、上海等の大都市で数千人〜
数万人規模のデモが発生した。領事館や
日本料理店が破壊されるなどした
2012年9月〜10月
尖閣諸島(中国名:釣魚島)の国有化に
反対し、青島、北京、上海等を含む100
以上の都市で過去最大規模のデモが発
生した。日系商店が略奪されたり、日系
工場が燃やされるなどした
<リスク対策の考え方>
⑴緊急時対応マニュアルの策定
デモ・暴動が発生した場合にどのように対応するかを具体的に
⑶保険による手当て
保険会社から、各種の賠償責任保険(製造物責任保険、雇用者
責任保険等)
が販売されている。万が一の賠償リスクに備えるため
にも、必要に応じて適切な保険を購入されることをお勧めする。
検討し、
マニュアル化しておくことが望ましい。
マニュアル化にあたっ
ては、図3に示したように時系列に従って三つのフェーズに区分し、
各フェーズにおいて
「どの部門が、何をするか」
を具体的に定めてお
くことが肝要である。
なお、
デモを誘引として社会的な騒乱に発展
したり、
日中間で紛争に至った場合に備え、
中国からの緊急的な退
避を想定してマニュアルを策定している企業もみられる。
5.
政治リスク
2014年11月10日に北京で開催されたAPEC会議では、約3年振
りに日中首脳会談が行われた。今後、
日中関係は、2012年9月の尖
外交上の問題の発生
⑵リスクコミュニケーション
2012年のデモ・暴動の際、
日ごろから公安と良好な関係を築いて
・デモ発生予告の認知
・デモ発生の蓋然性の高まり
デモ発生 終息
【フェーズⅠ】事前対応-1
□情報の収集
①情報収集体制の構築
②情報の収集、
など
【フェーズⅡ】事前対応-2
□対応策(対応レベル)の検討
①従業員の安全確保策
②物的被害等の軽減策
③ビジネスの代替案、
など
対応策の実行
︻リスク
コミュニケーション︼
経済制裁の開始、売り上げ等の減少
【フェーズⅢ】事後対応
□被害情報(人的・物的)の収集
□ビジネスの早期復旧・継続策の
検討・実施、
など
緊急時の三つのフェーズ
【フェーズⅠ】事前対応-1 主に情報の収集を行うフェーズ
【フェーズⅡ】事前対応-2 主に対応策を検討するフェーズ
【フェーズⅢ】事後対応 主に被害情報の収集と事業の継続・復旧を行うフェーズ
平常時からの実施要項
リスクコミュニケーション 地方政府、工会(労働組合)、従業員等との積極的な関係構築、取引先との認識の共有
【図3】
デモ・暴動等におけるフェーズ区分と実施事項の概要 (インターリスク上海作成)
11 RMFOCUS Vol.52
RM Style グローバル ………… 年間シリーズ❷
在中国の日系企業を取り巻くリスク
いた日系企業が、公安に対してデモ行進のルートの変更を働きか
け、被害を免れたという事例がある。地域の公安と日ごろからコミュ
ニケーションの機会を持つことで、
デモ等に関わる情報を事前に入
手したり、
デモ被害の軽減の力になってもらえる可能性がある。
また、デモ・暴動に便乗して、
自社従業員がサボタージュを行う
事例もみられる。
このようなことを避けるためにも、経営陣が日ごろ
から積極的に従業員や工会(労組)
とコミュニケーションの機会を
持ったり、従業員の不平不満等をあらかじめ吸い上げる仕組みを
整えておくことが望まれる。
余談であるが、反日デモ・暴動の呼び掛けは、
あらかじめネット
じて行われる。
当該情報が簡単に閲覧できる状態になっている場合
⑴贈収賄に関する法律の理解
賄賂を受け取る側が国家機関や国有企業社員等である場合に
限らず、私企業であっても、商業上の不正な利益の獲得または提
供を目的として、金品等を授受することは表7のとおり禁止されて
いる。法令の運用は厳格になる傾向にあり、以前のような商慣習
が通用しなくなってきていることをまずは理解する必要がある。
【表7】贈収賄に関連する代表的な法律と概要
◇反不正当競争法
◦事業者は、財産またはそのほかの手段を用い
て賄賂行為を行うことにより商品を販売また
は購入してはならない
◇商業賄賂行為
の禁止に関する
暫定法規
次のような行為を禁止
◦帳簿に適切に記載されていない手数料の支払い
◦帳簿に適切に記載されていないリベートの支払い
◦帳簿に適切に記載されていない値引き(返
金)の実施
◦一定額を超える現金/物品の贈与の実施
◇刑法
贈賄につき、以下の場合は刑事処罰の対象とな
る(立件が義務付けられている)
◦贈賄側が個人の場合、相手方に累計で1万元
(同約19万円)以上
◦贈賄側が組織の場合、相手方に累計で20万元
(同約386万円)以上
※ただし、上記金額に満たずとも、立件するこ
とは可能
(つまり、
当局によりデモの呼び掛け等のWebページが削除され
ない場合)
は、
当局もデモの発生を容認する可能性が高い。実際に
2012年9月のデモではデモの呼び掛けが削除されず、大きな暴動に
至ったが、反日デモの再発生が心配された2013年9月には、
当局が
デモの呼び掛けを削除しており
(昨日は載っていた呼び掛けが翌日
には削除されるといったことが頻繁に起こっていた)、大きなデモは
発生しなかった。
このような当局の姿勢を見ることで、
デモ・暴動が
現実に発生するかを一定、判断できると思われる。
6.
贈収賄に関するリスク
中国においては、
取引先企業や当局の幹部に対し、
関係作りのた
めに白酒等の高級酒や高級時計等を贈ることが一種の作法のよう
に行われることがある。
また、
担当者レベル間であっても、
相手方へ
の贈答や少額の付け届けのようなことが行われることも少なくない。
一方、2012年11月の習近平体制発足以降、共産党員や国有企業
幹部の規律を正していこうという運動が党指導部により強く推進
されており、多数の共産党幹部や国有企業幹部が汚職により摘発
されている。
このような流れのなか、共産党員が多数を占める公務
員等への贈賄はもちろんのこと、私企業間の贈収賄(商業賄賂)
に
ついても厳しい取り締まりが行われる流れにあるといえ、今後、注
意が必要なリスクである
(表6)。
【表6】贈収賄に関するリスクが顕在化した事例
①
A社は、中国国有銀行B社の頭取に対し、システム導入の見
返りとして225,000米ドルを支払った。頭取には15年の有期懲
役が課され、A社は罰金1,000万米ドルを支払うことで和解に
合意した
②
C社は、審査を受ける際に便宜を図ってもらう目的で、雲南
省経済協力庁長官の妻が香港で買い物するための費用約10
万元(1元:約19.3円(2014年12月1日時点)で単純換算すると
約193万円)を負担した。長官は懲役5年の判決を受けた(C
社側は証拠不十分により罰金は課されなかった)
③
D社は、研修や学術会議を手配する旅行会社に水増し請求
させ、差額を贈賄資金としてプールし、総額約30億元(同約
580億円)を政府関係者、病院、医者等に支払っていた。D社
には約30億元の罰金が課された
⑵社内ルールの策定と従業員への周知徹底
贈答品として相手方に贈ってもよい上限金額を明確に定め、社
内ルールとして周知することが望ましい。
ある企業の例として、
「現
金、商品券、
プリペイドカード等の贈与は認めず、200元/相手一人
までの現物の贈与のみ認める」、
「中国の伝統的祝日には、250元/
相手一人までの礼品の贈与は認める」
などとしているものがある。
⑶社内ルールに抵触した者への厳格な対応
上記のような社内ルールがある場合でも、特に日系企業におい
ては、業績優秀であることなどを理由にルールに抵触した従業員に
対して厳しい処分を出さない場合がままみられる。贈収賄等の不
正に関わるルールは特に厳格に運用し、
「割に合わない」
ことを強く
認識させる必要がある。
7.
風評リスク
中国のインターネット利用者は6億人超と言われ、
世界第1位であ
る。
また、
スマートフォンの普及率は北京や上海といった都市部では
95%以上という調査もある。
これらを背景に、
「微博」
(ウェイボー、
中
国版ツイッター)
や
「微信」
(ウェイシン、
中国版チャット)
といったSN
Sが広く普及しており、
特定の企業に関する噂や悪評がネットを介
して一気に広まりかねない環境にあるといえる。
実際に微信やネッ
ト掲示板等を閲覧していると、
真偽不明の事故や不祥事等をネタ
に、
企業叩きがなされているのを日常的に目にする
(次頁図4)
。
RMFOCUS Vol.52 12
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
掲示板やソーシャルネットワークサービス
(以降、
「SNS」)等を通
<リスク対策の考え方>
1 クリックで各種
SNS への転載
【図4】
自動車メーカーA社の自動車に不具合があるとして、中国からの排斥を呼びかける書き込み
また、
マスメディアの慣行も風評リスクを高くする一因になって
いる。中国では、
出典元を明記さえすえれば、新聞、雑誌、
ブログ等
の記事をそのまま他の媒体等に転載しても、通常は問題にならな
いとされており、雑誌やブログ等に掲載された真偽不明の情報が
容易に拡散してしまう可能性がある。
さらに、
事実に基づく報道であり、
風評とまではいえないが、
特定
の企業の製品やサービスがマスメディアに取り上げられ、
価格設定
や品質・サービスの質に対して集中的に非難を受け、結果として企
業の評判が大きく損なわれたり、
当該製品の販売が中止されるなど
の事態も度々発生している。
その代表的なものとして、
国営中央テレ
ビ
(CCTV)
が毎年3月15日の
「世界消費者デー」
に合わせて報道
する
「3.15晩会」
という番組が挙げられる。
この番組での報道によっ
て、過去、大手通信機器メーカーの不適切なアフターサービスが
取り上げられてCEOが謝罪に追い込まれたり、
大手精密機器メー
カーの製品不具合と不適切な窓口対応がやり玉にあげられ、
当該
製品の生産停止が当局から命じられるなどの事態が起こっている。
<リスク対策の考え方>
⑴ネット等への書き込みの監視
主なSNSやネット掲示板を定期的に監視することをお勧めす
る。
SNSやネット掲示板に特定の製品・サービス等に関して複数
⑶窓口対応態勢の整備
顧客への対応がずさんなために、
ネットやSNS等で批判を受け
ることが頻繁に見受けられる。
これを避けるためにも、顧客対応態
勢を整えることが必要である。
ポイントとしては以下の三つが挙げ
られよう。
①重層的な窓口対応の徹底
中国においては、窓口担当者の入れ替わりが激しく、経験豊富な
人材を揃えるのは容易ではない。
よって、
クレーム対応を行った担
当者が適切に対処できない場合もしばしば発生する。
より経験豊
富な二次担当者に対応させたり、責任者が対応するような態勢を
ルール化し、従業員に周知しておくことが望まれる。
②クレーム内容の分析
窓口や電話で受け付けたクレームは、
内容の記録を取り、定期的
に分析を行う必要がある。
その結果、製品の欠陥を示唆するクレー
ムや、会社経営を揺るがす可能性のあるような情報があった場合
は、速やかに管轄部門に報告を行うようルール化することが大切と
なる。
③国をまたいだクレーム情報等の共有
ワールドワイドに提供されている製品やサービスに関しては、他
の顧客から同じような内容の書き込みがあったり、書き込みへの賛
国で発生したクレームが日を待たずに中国でも同様に発生するこ
同者が多くみられる場合は、
その後、
ネット上に急速に拡散したり、
とが見受けられる。他国でのクレーム内容や当該クレームへの対応
マスメディアに取り上げられる可能性もあり、問題が大きくなる前
事例等を速やかに中国でも共有することができるようなワールドワ
に適切な対応を行っておく必要がある。
なお、
中国においても複数
イドかつ一元的な態勢を整備することが望まれる。 のネット監視会社がサービスを行っており、要員等の問題から自前
でネット監視を行うのが難しい場合は、
そういった会社に委託する
方法もある。
⑵マスメディア関係者との関係作り
中国では、
TV、新聞、雑誌等の記者を招いて食事会を開催した
り、取材旅行を企画するなどがしばしば行われる。
このような機会
を積極的に持ち、記者との関係を作っておくのも当地においては
一つの方法と考えられる。
自社に関するネガティブ報道がなされる
のを阻止するために、
当該媒体との広告契約を結んだところ、
ネガ
ティブ報道が中止されたという事例もある。
13 RMFOCUS Vol.52
8.
感染症リスク
中国では、2012年3月末に、H7N9型というタイプの鳥インフル
エンザが確認され、以降、200名近くの死亡者が出ている。現状、
人から人への感染は確認されていないが、容易に人から人へ感染
するタイプに変異する可能性もあり、
引き続き注意が必要である。
また、今後、発生が懸念されている毒性の強い新型インフルエンザ
(H5N1型)については、WHO
(世界保健機関)によると中国南
部または東南アジアにおいて最初に感染の拡大が始まる可能性
RM Style グローバル ………… 年間シリーズ❷
在中国の日系企業を取り巻くリスク
が指摘されており、その場合に企業としてどのような対応を行う
か、具体的内容を検討しておくことが望まれる
(表8)。
9.
おわりに
なお、2014年11月現在、
エボラ出血熱の拡大が世界的に懸念さ
本稿では、
日系企業が今後注意すべきリスクとして、環境リスク、
れている。中国は、近年、
アフリカ諸国との経済的関係を強めてお
賠償責任リスク、政治リスク、風評リスク、贈収賄に関するリスク、
り、人的往来も盛んなため、中国内でエボラ出血熱の感染者が発
感染症リスクを挙げ、
リスクの概要と対策の方向性について解説を
生する可能性は否定できず、注視しておくことが必要である。
行った。
ただし、
個々の企業の立地条件や経営環境などにより、
これ
らの他にも優先して対応すべきリスクは存在するであろう。
まずは
リスクマネジメントの原則に立ち戻り、中国事業の目指すべき姿を
【表8】感染症リスクが顕在化した事例
②
【SARS】
2002年11月〜
2003年7月
【H5N7型鳥イン
フルエンザ】
2013年3月〜
クについて外部環境・内部環境を踏まえて今一度洗い出し、優先順
位をつけて対策を検討することをお勧めする。
なお、
リスク対応にあたって最も重要なのは、
日本人・中国人等
を問わず、役職員が共通の認識のもとで判断し行動することであ
る。多くの日系企業が日々の業務でも直面しているように、例えば
2013年3月末、上海市および安徽省で最初
の感染者が発生した。その後、広東省、北
京市、台湾等でも感染が確認され、2014
年11月現在、感染者は400人超、死亡者は
200名近くに達している
中国人と日本人では、母国語、
習慣、考え方が大きく異なり、共通の
認識のもとで判断し行動するのは容易ではない。
なかには、共通認
識を持つこと自体をあきらめている役職員もいるかも知れないが、
これこそが最も大きなリスクである。
この最も大きなリスクを小さくしていくためには、在中国の日系
<リスク対策の考え方>
企業の役職員が、言語の問題のみならず、習慣、考え方の違いを
⑴緊急時対応マニュアルの策定
ケーションの活性化により、風通しの良い企業風土を醸成すること
知り、
その背景にある社会や文化を十分に理解すること、
コミュニ
新型インフルエンザ等の感染症が発生した場合にどのように対
が重要である。
以上
応するかを具体的に検討し、
マニュアル化しておくことが望ましい。
マニュアルには、中国衛生部が定めたパンデミックフェーズ区分
4)
のⅡ級〜Ⅰ級について、
「どの部門が、何をするか」
を具体的に定めて
おく。
なお、
中国衛生部によれば、
Ⅱ級以上となった場合は表9に示
した対応をとることとしており、
これを念頭に自社の対応内容を検
討するのがよい。
また、
デモ・暴動の場合と同様、
中国からの緊急退
避手順をマニュアルに記載している企業もみられる。
【表9】中国政府が行う新型インフルエンザへの対応概要
(Ⅱ級およびⅠ級)
Ⅱ級
◦感染地域の封鎖の検討・実行
◦企業等の業務停止、生産停止措置の検討・実行
◦すべての濃厚接触者のトレース・隔離
◦新型インフルエンザ感染疑い者の隔離
◦新型インフルエンザ予防接種の実施(ワクチンが開発さ
れている場合)
◦交通検疫措置の実施(まん延地域内の外出者、およびま
ん延地域から未発生地域への流出者に対して実施)
Ⅰ級
◦感染地域の封鎖の継続
◦企業等の業務停止、生産停止措置の継続
◦感染地域、感染国家間の往来の禁止等
⑵備蓄品の配備等
感染防護の観点から、アルコール消毒液やマスク等の備蓄を
行っておくことが望ましい。
日系企業のなかには、
タミフルを日本か
ら調達し、備蓄している企業もある。
さらに、飛沫感染を防ぐため
に、痰(たん)
の吐き捨てや咳(せき)
をする場合のエチケット等につ
いても、従業員に対して改めて周知することが必要であろう。
注)
1)2014年5月から7月にかけて、言論NPOと中国日報社の共同で実
施されたもの
2)2005年購買力平価に基づく米ドル換算
3)2002年に胡 涛政権によって掲げられた考え方で、2020年までに
「ややゆとりある社会」を実現するとしている
4)新型インフルエンザの発生段階に応じ、
Ⅳ級
(未発生)
〜Ⅰ級
(パンデ
ミック)
が定義されている
RMFOCUS Vol.52 14
在中国の日系企業を
取り巻くリスク
①
明確にしたうえで、
その姿の実現に影響を与える可能性のあるリス
2002年11月、広東省にて最初の感染者が
発生した。その後、対応の遅れもあって感
染者は拡大し、香港、ベトナム、シンガポー
ル、トロントなどで感染者は約8,000名、
死亡者は約800名に達した
感染症対策
危機管理としての感染症対策
〜エボラ出血熱から新型インフルエンザまで〜
*本記事は、2014年11月21日現在の情報に基づいて執筆したものです。
株式会社インターリスク総研
総合企画部
市場創生チーム
ほ ん
だ
特別研究員 本 田
1
はじめに
未知の感染症、例えば新型インフルエンザ等が発生する時期を正
確に予測することは困難であり、またその発生そのものを阻止する
ことは不可能である。そして実際、過去に未知の感染症が発生、あ
るいは流行した際、我々が必ずしも冷静に行動できていたとはいえ
ない。
例えば、2009年の新型インフルエンザの流行時にはその傾向が
みられ、通勤時の電車ではマスクを着用する人の姿が目立ち、咳
(せき)をするのもはばかられるような雰囲気があるなど、企業や
家庭でも過剰ともいえる対応が行われた。
また2014年に発生した西アフリカを中心とするエボラ出血熱の感
染拡大では、日本でも感染の疑いのある患者が複数発生する中、健
康監視の対象となっている患者が指定医療機関以外の医療機関を
受診するなどの混乱もみられた。
し げ
き
茂樹
より克服し、国民皆保険が実現した1961年には、1位脳血管疾患、2位
悪性新生物(がん)、3位心疾患と、結核の順位は6位に下がった。
また、2013年における、10万人あたりの疾病別死亡者数は、悪性
新生物(がん)290.1、心疾患156.4、肺炎97.8、脳血管疾患94.1に対
し、結核は1.7であり、国民の主な死因は感染症から生活習慣病や
悪性新生物になっている(図1)。
国はこの状況も踏まえ、限られた医療資源を有効に活用し、質の
高い医療を実現するため、
「疾病・事業および在宅医療に係る医療
体制」を構築している。2007年に施行された改正医療法により、
4疾病5事業ごとに適切な医療サービスが切れ目なく提供されること
を目指していたが、2013年度からは、精神疾患と居宅等における医
療(以下「在宅医療」)を追加し「5疾病・5事業および在宅医療」と
なっている。そしてこれを踏まえ、都道府県は「5疾病・5事業および
在宅医療」ごとに、必要となる医療機能を定めた上で、それぞれの
医療機能を担う医療機関を明示し、地域の医療連携を構築すること
としている(表1)。
今後、未知の感染症が発生し、それが大流行する懸念は常につき
まとう。病原性が高く感染拡大の恐れのある新型インフルエンザ等
が発生すれば、国民の生命や健康、そして経済全体にも大きな影響
を与えかねないことから、国は「新型インフルエンザ等対策特別措
置法」を2013年4月に施行し、関連する様々な施策も進めている。
本稿では、最近の日本における感染症の現況を概観し、そして危
機管理としての感染症対策について考えたい。
【表1】都道府県が策定する疾病と事業
■5疾病
:がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患
■5事業
:救急医療、災害時における医療、へき地の医療、
周産期医療、小児医療(小児救急医療を含む)
■在宅医療
2 感染症の脅威を考える
⑴日本における疾病構造の変化
急激な少子高齢化の進行で、日本は世界に先駆けて超高齢社会
を迎えつつあるとともに、国民のライフスタイルの変化により、その
疾病構造は大きく変化している。
死因別の死亡率をみると、1947年では1位結核、2位肺炎、3位脳血
管疾患であったが、その後、国民病といわれた結核を医学の進歩等に
15 RMFOCUS Vol.52
【図1】死因で見た死亡率の推移
(出典:厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」)
感染症対策
⑵感染症は脅威でなくなったのか
①繰り返す感染症の流行
⑴鳥インフルエンザ(H7N9)
鳥インフルエンザ(H7N9)については、2013年3月31日に中国政
前述のような状況のもとで、国民の健康意識も心疾患やがんに向
府が3人の患者発生を発表して以降、多くの発症事例が続いている。
けられるようになり、感染症はもはや恐れる病気ではなくなった、あ
WHOは、2014年10月2日に「これまで、453人の感染者と175人の死
るいは感染症は克服されたと考える人も少なくなかった。
亡者が報告されている」と発表しており、致死率は高い。
しかしその一方で、1969年のラッサ熱、1976年のエボラ出血熱、
中国における鳥インフルエンザ(H7N9)の流行は一定、落ち着き
1981年のAIDS(後天性免疫不全症候群)、そして2002年から2003
を見せているが、ウイルスが人への適応性を高めておりパンデミック
年のSARS(重症急性呼吸器症候群)など、新たなウイルスによる
を引き起こす可能性が懸念されている。
感染症が出現し、また国家間の人や物の移動が高速・大量となった
日本政府は2013年5月6日、鳥インフルエンザ(H7N9)を感染症
こともあり、ひとたびある地域で感染症が発生すると、瞬く間に世
法に基づく指定感染症に指定し、それによって患者を指定の医療機
界的な大流行(パンデミック)となる恐れも出てきている。
関に入院させる隔離措置や、就業の制限が可能となっている。
②垣間見えたパンデミック
⑵鳥インフルエンザ(H5N1)
実際に近年、我々は世界的な大流行(パンデミック)という事態
前述の鳥インフルエンザ(H7N9)ウイルスは、鳥に対する病原性
それは、2009年4月に発生した新型インフルエンザ(A/H1N1)
であ
が低く低病原性鳥インフルエンザウイルスに分類されるが、その一
り、
その流行は世界中に拡大し、WHO(世界保健機関)
が2009年6月
方で、高い病原性を持った鳥インフルエンザが流行していることを
11日、
世界的大流行
(パンデミック)
を示すフェーズ6を宣言している。
忘れてはならない。
一方、日本でも2009年8月中旬に流行入りし、11月末には流行の
2003年以降、東南アジアなどを中心に、高病原性鳥インフルエ
ピークを迎えたが、その後、感染者数は減少に転じ、2010年3月末に
ンザ(H5N1)が家禽(かきん)類の間で流行し、このウイルスが人
は厚生労働大臣から「最初の流行(いわゆる「第一波」)は現時点で
に感染し、死亡する例が多数報告されている(2014年7月27日付の
は沈静化している」とのメッセージが出された。
WHO発表によると、これまで667人が感染し393人が死亡)。このよ
その次の流行期(2010〜2011シーズン)の状況は、2010年の12月
うな高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)のウイルスが、たやすく人
半ばに流行入りした後、2011年1月末に流行のピークを迎えたもの
から人に感染する能力を獲得することにより病原性の高い新型イン
の、3月には流行がほぼ治まった状況となった。このような状況を
フルエンザが発生し、パンデミックになることが懸念されている。
踏まえ、2011年3月31日、厚生労働大臣は、この新型インフルエンザ
(A/H1N1)を「新型インフルエンザ等感染症」と認められなくなっ
たとし、翌4月1日以降、その名称を「インフルエンザ(H1N1)2009」
と呼ぶこととなった。
4
新型インフルエンザ等対策特別措置法
〜パンデミックに備えて〜
この流行において、我が国の死亡率は他の国と比較して低い水準
にとどまったものの、病原性の高い新型インフルエンザを想定した
日本では、病原性の高い新型インフルエンザ等感染症や同様の
政府の行動計画を、病原性の低い新型インフルエンザの流行に適用
危険性がある新感染症が発生した場合に備え、2012年5月11日に
したために混乱が発生し、また一時的に医療資源や物資の不足が
「新型インフルエンザ等対策特別措置法」
(以下「特措法」)が制
みられるなど、実際の運用における課題や教訓が明らかとなった。
新型インフルエンザ等
対策特別措置法
3
新たなパンデミックの足音
新型インフルエンザは、これまで人間の間で流行を起こしたこと
のないインフルエンザウイルスが、トリやブタの世界から人の世界に
入り、新たに人から人に感染するようになったものである。ほとんど
の人が新型のウイルスに対する免疫を確保していないため、世界的
な大流行となり、大きな健康被害とそれに伴う社会的影響が発生す
ると考えられる。
新型インフルエンザ等
対策政府行動計画
行動計画
2005年12月策定
新型インフルエンザ等
対策ガイドライン
ガイドライン
2009年2月策定
新型インフルエンザ(A/H1N1)発生
(2009年4月)
新型インフルエンザ(A/H1N1)から通常の季節性インフルエンザ対策に移行
(2011年3月31日)
特措法公布
2012年5月11日
2011年9月改定
新型インフルエンザ等対策有識者会議中間とりまとめ
特措法施行
2013年4月13日
行動計画改定
2013年6月7日
ガイドライン改定
2013年6月26日
【図2】特措法、行動計画、
ガイドラインの流れ
(出典:内閣府官房新型インフルエンザ対策室の資料を基にインターリスク総研作成)
RMFOCUS Vol.52 16
感染症対策
を経験している。
定され、2013年4月13日に施行された。ここからは施行された「特措
は、旅客および貨物の適切な運送の実施、通信ならびに郵便等の
法」、そして「特措法」に基づき策定された「新型インフルエンザ等
確保に必要な措置を講じなければならない。
対策政府行動計画」
(以下「行動計画」)、
「新型インフルエンザ等
対策ガイドライン」
(以下「ガイドライン」)を踏まえ、企業として押
さえておくべきことを概説する(前頁図2)。
⑤政令で定める特定物資の売け渡しの要請・収用
緊急事態措置を実施するために必要な物資(医薬品、食品その他
の政令で定めるもの)
について、
その所有者に対し売け渡しを要請し、
⑴「特措法」のポイント
特措法は、新型インフルエンザ等発生時に、その脅威から国民の
生命と健康を守り、国民の生活や経済に及ぼす影響が最小となるよ
うにすることを目的としている。
所有者が正当な理由なく応じない場合は収容することができる。
5 「行動計画」および「ガイドライン」
特措法では、新型インフルエンザ等(国民の生命・健康に著しく
重大な被害を与えるおそれがあるものに限る)が国内で発生し、全
国は、特措法第6条に基づき行動計画を策定し、またその行動計
国的かつ急速なまん延により、国民生活および国民経済に甚大な
画を踏まえ、各分野における対策の具体的内容・実施方法などを示
影響を及ぼすおそれがあると認められるときに、新型インフルエン
すガイドラインを策定している。
ザ等緊急事態宣言が出されることになっている。
施設使用の制限や国から事業者への要請など、企業活動に影響
これらの行動計画やガイドラインにおいて、企業にどのようなこ
とが求められるか考える。
のある項目について確認しておきたい。
⑵「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」
(以下「緊急事態宣言」)
緊急事態宣言の期間は、2年を超えてはならず、期間の延長が必
⑴「行動計画」
①
「行動計画」
の目的
行動計画の目的は、
それに基づき、国、地方公共団体、事業者等が
連携・協力し、
発生段階に応じた総合的な対策を推進することにある。
要であると認められた場合は、1年を超えない期間で延長ができる
こととなっている。また、緊急事態宣言のもとでは、まん延の防止、
医療等の提供体制確保、国民生活・国民経済の安定等の観点か
ら、次のような措置が講じられることとなっている。
①外出自粛要請、
興行場使用・催物開催等の制限等の要請・指示
(潜伏
期間、
治癒するまでの期間等を考慮)
感染防止のため、住民に対し、みだりに居宅から外出しないこと
等を要請し、また学校、社会福祉施設、興行場その他の多くの人が
利用する施設の管理者に対し、施設の使用、または催物の開催の制
限もしくは停止等を要請することができる。
②
「行動計画」
のポイント
従来の行動計画(2011年9月改定版)との比較で注目すべき点を
次に示す。
a)新型インフルエンザ等に対する体制
⃝指定(地方)公共機関の役割等を新たに規定(新型インフルエ
ンザ等対策を実施する、業務計画を策定する、電気・ガス等を
安定的かつ適切に供給する等)
⃝緊急事態宣言の運用を新たに規定(国内発生早期に緊急事態
宣言が出されるまでの手続き等を規定)
b)感染拡大防止
②住民に対する予防接種の実施
緊急事態宣言のもとで、政府対策本部が、新型インフルエンザ等
が国民の生命および健康に著しく被害を与え、国民生活および国民
⃝不要不急の外出自粛等の要請等について規定
⃝施設の使用制限の要請等について規定
c)予防接種
経済の安定が損なわれることがないようにするため緊急の必要があ
⃝特定接種の対象となりうる業種等を新たに明示
ると認めるときは、予防接種の対象者および期間を決定し、市町村
⃝住民接種の接種順位の基本的考え方を規定(ⅰ.
妊婦や基礎疾患
により住民に対する予防接種が実施される。
を持った人、
ⅱ.
小児、ⅲ.成人・若年者、ⅳ.
高齢者の四つのグルー
プに分け、
ウイルスの特性など状況に応じて優先順位を決める)
③医療提供体制の確保
病院その他の医療機関または医薬品等製造販売業者などは、医
療または医薬品もしくは医療機器の製造・販売を確保するために必
要な措置を講じなければならない。
d)新感染症
⃝行動計画の対象を新感染症にも拡大
未知の感染症である新感染症の中で、その感染力の強さから新
型インフルエンザと同様に、社会的影響が大きなものが発生した場
合は、新型インフルエンザと同じく、国家の危機管理として対応する
④運送、
通信および郵便等の確保
運送事業者、電気通信事業者ならびに郵便事業を営む事業者等
17 RMFOCUS Vol.52
必要があることから行動計画の対象となっている。
行動計画の対象疾患は次頁表2のとおりとなる。
感染症対策
【表2】行動計画の対象疾患
新型インフルエンザ等感染症
(感染症法第6条第7項)
新型インフルエンザ等
(特措法第2条第1号)
新感染症
(感染症法第6条第9項)
新型インフルエンザ
(感染症法第6条第7項第1号)
再興型インフルエンザ
(感染症法第6条第7項第2号)
全国的かつ急速なまん延のおそ
れのあるものに限定
(特措法第2条第1項第1号におい
て限定)
(出典:内閣官房新型インフルエンザ対策室資料を基にインターリスク総研作成)
な感染対策等を行うこと
⃝外出する場合は公共交通機関のラッシュの時間帯を避けるな
ど、人混みに近づかないこと
⃝症状のある人(咳(せき)やくしゃみなど)には極力近づかない
こと。接触した場合、手洗いなどを行うこと
⃝手で顔を触らないこと(接触感染を避けるため)
⃝季節性インフルエンザについては、その副反応のリスクも理解
した上で予防接種を行うこと
⑵「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガ
イドライン」
(以下「事業者ガイドライン」)のポイント
ガイドラインは、
「サーベイランスに関するガイドライン」から「埋
火葬の円滑な実施に関するガイドライン」まで10の項目で構成され
ているが、ここでは企業の感染症対策、BCP策定に関係が深い事
d)
海外勤務・海外出張については、定期航空便等の運行停止の
可能性を踏まえる
海外勤務・海外出張する従業員等および家族については、次の
点を押さえることとしている。
⃝発生国への海外出張については、やむを得ない場合を除き、中
止する
より帰国が困難となる可能性があること、感染しても現地で十
①事業者ガイドラインの目的
分な医療を受けられなくなる可能性があることなどにかんが
新型インフルエンザ等の流行時、従業員等に感染者が発生し大多
数の企業が影響を受けることが予測されるため、事業者ガイドライ
ンは、企業が感染防止策と重要業務の継続を検討するにあたり必
み、発生国以外の海外出張も原則中止・延期することも含めて
検討する
⃝海外勤務者・海外出張者がいる企業は、情報収集に努め、これ
ら従業員の人員計画(現地勤務を継続させるか、いつどのよう
要な内容を示している。
に帰国させるか)を事前に決めておく
⃝即座に全員を帰国させる航空機を確保することが難しいことも
②事業者ガイドラインのポイント
従来の事業者ガイドライン(2009年2月策定)との比較において、
想定されるため、安全にとどまるための方法についても検討し
ておく(海外発生期において、新型インフルエンザ等の国内へ
次の点を押さえておきたい。
の侵入を防止するため、発生地域から来航または発航する航
空機・旅客船の運航制限の要請が行われることがある)
a)被害想定は変わらない
国民の25%が、流行期間(約8週間)の中でピークを作りながら
順次罹患(りかん)する、また重度の致命率(2.0%)の場合の入
院患者の上限は約200万人、死亡者数の上限は約64万人という被
害想定は変わっていない。
6
おわりに
〜企業として考えておくべきこと〜
ピーク時に従業員が発症して欠勤する場合は、多く見積もって
5%程度としているが、従業員自身の罹患(りかん)のほか、むし
特措法、行動計画、そしてガイドラインは、新型インフルエンザ等
ろ家族の世話や看護で出勤困難となる場合、あるいは罹患(りか
の感染拡大を可能な限り抑制し、国民の生命および健康を保護す
ん)を恐れて出勤しない場合などを考慮し、ピーク時には従業員
るとともに、国民生活および国民経済に及ぼす影響が最小になるこ
の最大40%程度が欠勤すると想定している。
とを目指して作られたものである。
b)企業の事業継続を強く求めている
1)
特措法のもとでは、指定公共機関 は業務計画を作成する責務
があり、登録事業者2)も発生時の事業継続を確実にするためBCP
しかしその一方で企業として、今後起こりうる新型インフルエン
ザ、そして新たな感染症の流行に備えて、行うべきことは従来と大き
く変わらない。
を策定し、その一部を登録時に提出することが求められている。
ガイドラインでは、一般の企業も新型インフルエンザ等発生時
に、
感染防止策を実施しながら事業を継続することを求めている。
c)
感染防止策についても基本線は変わらない
飛沫感染、接触感染を防止するため、従業員に対して、次の点
⑴感染症を正しく理解し、正しく恐れる
WHOによると、
「エボラ出血熱が、過去に中央アフリカで流行し
たときの致死率は、25〜90%で、その平均は約50%」とされており、
につき注意喚起することとしている。
今後国内で症例が発生した場合にはその致死率の高さから、パニッ
⃝38度以上の発熱、咳(せき)、全身倦怠感(けんたいかん)等の
クに陥りかねない。しかし次頁表3に示すような、エボラ出血熱に関
症状があれば出社しないこと
⃝マスク着用・咳(せき)エチケット・手洗い・うがい等の基本的
する基本情報を理解していれば冷静に対応することができる。
もちろん、感染症はそのウイルスの変異によって、流行の途中で
RMFOCUS Vol.52 18
感染症対策
⃝感染が世界的に拡大するにつれ、定期航空便等の運行停止に
業者ガイドラインについて述べる。
【表3】
エボラ出血熱に関する基本情報
症状
エボラウイルスによる感染症で、潜伏期間は2〜21日(通常は7〜10日)である。潜伏期間の後、突然の発熱、頭痛、倦怠感
(けんたいかん)、筋肉痛、咽頭痛などの症状がみられ、次いで嘔吐(おうと)、下痢、胸部痛、出血(吐血、下血)などの症
状が現れることもある
治療
予防のためのワクチンはなく、また特別な治療法もないため、患者の症状に応じた治療(対症療法)を施すことになる
現在、ヒトに対して科学的に効果が証明された治療薬はないが、WHOは2014年8月12日、
「開発中のワクチンや治療薬を
使用することは倫理的である」との検討結果を発表している。また、日本でも10月24日、厚生労働省の「一類感染症の治療
に関する専門家会議」において、国内で発生したエボラ出血熱患者に対して未承認薬を使うことが倫理的に許容されるこ
とが確認されており、今後は未承認薬についても治療の選択肢として検討されることになる
感染経路
エボラウイルスに感染し、症状が出ている患者の体液等(血液、分泌物、汚物・排泄物など)や患者の体液等に汚染され
た物質(注射針など)に十分な防護なく触れたとき、ウイルスが傷口や粘膜から侵入することで感染する
一般的に、症状のない患者からは感染せず、空気感染もしない
国内発生時の対応
エボラ出血熱は、感染症法において、ペストやラッサ熱などの感染症とともに一類感染症に指定されており、国内で患者
が発生した場合は、当該法律に基づく対応が行われる。エボラ出血熱への感染が明らかになれば、特定感染症指定医療機
関、または第一種感染症指定医療機関に移送されて適切な医療が提供される
国内流行の可能性
主として患者の体液に直接接触して感染するものであり、インフルエンザのように容易に飛沫感染する可能性は非常に低
い。あわせて日本の医療体制や衛生環境を考慮すると、エボラ出血熱が国内で流行する可能性は低いと考えられる
海外渡航の考え方
激しい流行が続いているギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国については、現在、外務省から「感染症危険情報」が発出
されており、不要不急の渡航は延期することが推奨されている
しかし、やむを得ず社員が出張する場合は、エボラ出血熱患者(疑いを含む)の遺体・体液等(血液、分泌物、汚物、排泄
物など)に直接触れないとともに、アルコール消毒や石けんなどを使用した十分な手洗いなどを徹底しておくことが企業に
求められる
(出典:厚生労働省「エボラ出血熱に関するQ&A」を基にインターリスク総研作成)
も状況が変わる可能性があるので油断は禁物である。 ①最悪のシナリオも想定する
企業は、これらの国内に入ってくる可能性がある感染症に関する
2009年に流行した
「インフルエンザ(H1N1)2009」の病原性は季
情報を平常時から収集するとともに、社内で共有しておくことが重
節性インフルエンザ並みであったが、今後、致死率が高い鳥由来型の
要である。 新型インフルエンザが発生する可能性がなくなったわけではない。
参考までに、今年2014年に注目を集めた感染症である中東呼吸器
症候群(MERS)とデング熱についてその概略を示す(次頁表4)。
致死率の高い感染症が流行する可能性も踏まえた最悪のシナリ
オに基づいて計画を見直し、その上で、実際の流行においてはその
状況に応じて柔軟に、そして適切に運用することが必要である。
⑵公衆衛生の基本を徹底する
それぞれの感染症の特性を踏まえた感染防止策、例えば、中東呼
吸器症候群であればラクダなどの動物に接触しない、デング熱であ
れば蚊に刺されないようにする、などは非常に重要である。
②平常時の準備を怠らない
実際に、パンデミック(世界的な大流行)が懸念される感染症が
日本に入ってきた場合には、その後にできることは限られている。
厚生労働省や国立感染症研究所など信頼できる情報源から、適
しかしそれら個別の感染防止策に加えて、企業は公衆衛生の観点
時に情報が取れる仕組みを構築するとともに、社内で共有できる体
から、前項で述べたすべての感染症に対して有効となる基本的な感
制を整えることや、感染防止に必要な備蓄品(マスク、消毒剤等)の
染防止策を社員に求めることも必要である。特に、これらの感染防
在庫確認などを平常時に実施しておくことが望ましい。
止策については理解しているだけではなく、社員に繰り返し啓発を
行うことで確実に実践できるようにしておくことがポイントになる。
③リスクコミュニケーションを十分に行う
⑶自社の感染症対策やBCPを再度見直す
知度はあがったものの、約5年が経過した現在、正しい情報や危機
2009年の流行で、企業や社員の新型インフルエンザに対する認
2009年に「インフルエンザ(H1N1)2009」が流行したとき、感染
症対策やBCPを構築したという企業は多いが、2013年4月の新型イ
感が維持されているかどうかは疑問である。むしろ、
「再び新型イン
フルエンザが流行しても被害は大きくない」という油断が起こってい
るのではないだろうか。
ンフルエンザ等対策特別措置法の施行や、新たな感染症の流行な
また特措法において、登録事業者は、あらかじめ特定接種対象者
どの状況変化がみられるので、これを機会に自社の感染症対策や
数を検討し登録することになっているが、その際、ワクチンについて
BCPを見直すことが望ましい。
は副反応のおそれがあること、効果が未確定であるため接種後にも
19 RMFOCUS Vol.52
感染症対策
【表4】
「中東呼吸器症候群
(MERS)
およびデング熱の概要」
中東呼吸器症候群(MERS)
デング熱
・2012年に初めて確認されたウイルス性の感染症で、原因と
なるウイルスはMERSコロナウイルスと呼ばれる
・デングウイルスに感染して起こる急性の熱性感染症
症状
・おもな症状は、発熱、咳(せき)、息切れで、下痢などの消
化器症状を伴う場合もある
・高齢者や、糖尿病、慢性肺疾患、免疫不全など基礎疾患
のある人は重症化する傾向がある
・発熱、頭痛、筋肉痛や皮膚の発疹
・体内からウイルスが消えると症状が消失する、予後は比較
的良好な感染症
・まれに患者の一部に出血症状を発症することがあり、その
場合に適切な治療がなされないと致死性の疾患となる
流行地域
・主としてアラビア半島諸国
・熱帯や亜熱帯の全域で流行しており、東南アジア、南アジ
ア、中南米での患者が多い
感染経路
・ヒトコブラクダが感染源動物として有力視されている
・家族間、患者と医療従事者間など、濃厚接触者間の感染
も報告されている
・ウイルスに感染した患者の血を蚊が吸うと、蚊の体内でウ
イルスが増え、その蚊が他のヒトを吸血することでウイル
スが感染する(蚊媒介性)
・ヒトからヒトには直接感染しない
日本国内での発生
・日本での発生はない
・海外の流行地で感染し帰国した症例が毎年200名前後報
告されていた
・2013年にドイツ人渡航者が日本で感染したと疑われる症
例が報告された
・2014年8月以降、日本で患者発生(2014年10月15日現在で
159名)
ワクチン・治療法
・ワクチンはない
・患者の症状に応じた対症療法
・ワクチンはない
・患者の症状に応じた対症療法
(中東地域に滞在する場合)
・こまめに手を洗う
・加熱が不十分な食品や不衛生な状況で調理された料理を
避ける
・咳(せき)やくしゃみの症状がある人、動物(ラクダを含
む)との接触は可能な限り避ける
・日常生活に支障がでる症状がある場合は医療機関を受診
する
(特に流行地に滞在する場合)
・蚊に刺されないように注意する
・長袖、長ズボンの着用が推奨される
・蚊の忌避剤も利用する
注意すること
(出典:厚生労働省「中東呼吸器症候群(MERS)に関するQ&A」および「デング熱に関するQ&A」を基にインターリスク総研作成)
感染防止策を講じなくてはならないこと、また発生状況に応じて特
定接種が行われない場合があることなど、事前に従業員に説明し
同意を得ておくことも求められる。
企業は従業員に対して、これら国の新型インフルエンザ等対策
の内容を含め、様々な情報提供を行うとともに、自社の感染症策や
BCPについて、あらためて理解を求めることが必要である。
以上
参考資料
1)
「平成26年版厚生労働白書
(資料編)
」
2)
「
「新型インフルエンザ
(A/H1N1)
対策総括会議 報告書」
(2010年6月10日)
3)
「新型インフルエンザ対策行動計画」
(平成23年9月20日)
4)
「新型インフルエンザ対策ガイドライン」
(平成21年2月17日)
5)
「新型インフルエンザ等対策特別措置法」
(平成24年5月11日公布)
注)
1)指定公共機関:
2独立行政法人等の公共的機関および医療、医薬品または医療機
器の製造または販売、電気またはガスの供給、輸送、通信その他
の公益的事業を営む法人で、政令で定めるもの
2)登録事業者:
医療提供業務または国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を
行う事業者であって、厚生労働大臣の定めるところにより厚生労
働大臣の登録を受けているもの
RMFOCUS Vol.52 20
感染症対策
どのような病気か
生物多様性
2020年愛知ターゲット
これまでの4年 これからの6年
〜生物多様性条約COP12報告〜
公益財団法人 日本自然保護協会
保護研究部国際担当
国際自然保護連合日本委員会事務局長
ど
う
け
て っ ぺ い
道 家 哲平
氏
1 はじめに
式に発効した名古屋議定書の第1回会合の円滑なスタート(とそ
2010年愛知県名古屋市で開催された、生物多様性条約第10回
洋沿岸生物多様性、条約関連会議の運営改善など)、新規の審
のための各種ルール・手続き等の整備)である。
それに加えて、過去の会議からの継続審議事項(外来種、海
締約国会議(COP10)を覚えておいでの方も多いだろう。
生物多様性条約の締約国会議は2年に一度開かれており、第
11回締約国会議(COP11)が2012年に開かれ(RMFOCUS Vol.44参照)、2014年、韓国江原道ピョンチャン市、アルペンシア
国際会議場(2018年冬季オリンピック開催地)にて、第12回締約
議事項(持続可能な開発目標と貧困撲滅、合成生物学など)か
らなる計22議題と、名古屋議定書会合関連の計13議題が協議
された。
本稿では、その主要な成果とともに、特に企業活動への影響や
示唆などを紹介する。
国会合(CBD-COP12、10月6日(月)〜17日(金))および第1回
名古屋議定書会合(NP-MOP1、10月13日(月)〜17日(金))が
開催され、その前週にはカルタヘナ議定書会合(BS-MOP7、9月
29日(月)〜10月3日(金))が開催された(図1)。COP12には締
2 COP12の主要争点と成果
約国162カ国・地域、国連環境計画(UNEP)など関連する国際機
関、先住民代表、市民団体等3,000人以上が参加した。
今回の主要な議題は、COP10の主要成果である生物多様性戦
略計画2011-2020および愛知ターゲット1)の中間レビューと、同じ
くCOP10の成果の一つで2014年10月12日(COP12期間中)に正
⑴愛知ターゲット中間レビュー(「成果はあるが、不
十分」)
COP10でまとまった愛知ターゲットについては、COP10での
決定(多年度作業計画)に基づき、今回のCOP12で中間レビュー
を行うこととなっていた。
COP12の成果として、愛知ターゲットの中間レビューをまとめ
た報告書である地球規模生物多様性概況第4版(GBO4)で「す
べての目標で新たな行動が生まれているが、目標達成には不十
分」と結論付けがなされ、さらなる行動推進のための優先行動リ
ストがまとめられた。その中には、日本が進める「国連生物多様
性の10年日本委員会」のような、多様な主体をさらにいっそう巻
き込んで実施を図る仕組みづくりも各国に奨励されている。
生物多様性分野に回る資源(資金、人材、技術)の拡大を目指
す「資源動員目標」については、2020年までの「最終目標」に合
意することや、補助金改革のためのスケジュール・手順の検討が
求められていた。幾度にもわたり交渉会議が開かれて合意が難
航した議題であったが、成果として、
「途上国向けの生物多様性
関連の国際資金フローを世界全体で2006-2010の年間資金の平
【図1】会議の様子 (筆者にて撮影)
21 RMFOCUS Vol.52
均から2015年までに倍増させ、その水準を2020年まで維持する
生物多様性
こと」を最終目標として決定するとともに、資源のギャップを埋
めるために締約国国内においても資源動員することなどが決定
3 企業関連の動き
した。また、生物多様性に有害な奨励措置(補助金を含む)の廃
止・段階的廃止・改革と好影響の奨励措置の拡大についての具
体的な手順もまとまった。
貧困撲滅と生物多様性の関係をより深めていくことから、国連
で進める「持続可能な開発目標」への関与と、貧困撲滅に関する
COP12においては、企業関連の議決が、多様な主体の参画
(Multi stakeholder engagement)という議題の中で行われ
ている。議決は、国・企業・生物多様性条約事務局向けメッセー
ジで構成されており、要約を下記にまとめる。
計画に生物多様性という視点を組み込むための指針(チェンナ
イガイドライン)がまとまった。また、主な環境条約に対し、愛知
ターゲット達成に向けて行動するよう働きかける仕組みを発足さ
せることが合意された。これらの決定は「ピョンチャンロードマッ
プ」と呼ばれるCOP12の主要決議といわれる。
⑴締約国に奨励することとして
⃝企業と生物多様性のグローバルプラットフォームと協力し、そ
れを支援するための革新的メカニズムを作り、クリアリングハ
ウスメカニズムを通じて情報を提供すること
⑵個別議題 継続審議事項など
上記のほか、条約の実施支援のための科学技術協力の強化や、
⃝企業の生物多様性戦略(資源動員やキャパシティビルディング
も含む)の策定、実施を進めるためのパートナーシップの策定
を模索すること
⃝生物多様性や生態系機能、生態系サービスへの配慮を、条約
理手法に関するガイダンス」の採択、合成生物学で得られた生
以外の他の関連するフォーラムでのビジネスの議論に組み込む
物・製品などの生物多様性へのリスク評価・管理・規制枠組み等
ことを推進すること
生物多様性
「ペット等で持ち込まれる生物の外来種としてのリスク評価・管
の確立の要請、各国や関係機関の防災・減災や気候変動に係る
施策等に生態系を活用した手法を統合すること、生態学的・生物
学的に重要な海域(EBSA)の基準を満たす海域リストを国連の
作業部会等に提出すること、2020年までの生物多様性条約会合
の作業計画等が決定された。
⑵企業に奨励することとして
⃝企業活動が生物多様性や生態系サービスに及ぼす影響を分析
すること
⃝企業による報告の枠組みに生物多様性を組み込むこと、企業
⑶名古屋議定書(COP-MOP1)の主な成果
今回の注目の一つが、名古屋議定書がCOP12期間中の10月12
活動において、生物多様性条約や愛知ターゲットのゴールに
貢献する行動をとるよう、企業活動の枠組みや体制を確保す
ること
日に発効し、その第1回目の会合が開かれたことである。名古屋
⃝生物多様性や生態系機能・サービスへの影響や利益について、
議定書会議では過去3回開催された政府間会合における議論お
シニアスタッフや、ラインスタッフ(訳注:部長、課長、グループ
よび勧告を踏まえ、発効した議定書が効果的に実施されるよう、
リーダー等意思決定ラインに関わるスタッフを指す)やサプラ
実施において重要な役割を担う情報共有の仕組み(ABSクリア
イチェーンに関わるスタッフの能力向上につなげること
リングハウス)の運用や議定書遵守(コンプライアンス)を促進
⃝調達政策の中に、生物多様性の配慮を組み込むこと
するための手続き・制度等について議論された。遵守(コンプラ
⃝資源動員戦略に積極的に貢献すること
イアンス)に関しては、各地域代表からなる遵守委員会が設立さ
⃝BioTradeイニシアティブへの参加や協力を拡大すること
れ、次回COP13までに会合を行うことも決定した。
そのほか、生物多様性条約第13回締約国会議(COP13)、カル
タヘナ議定書第8回締約国会合(BS-MOP8)および名古屋議定
書第2回締約国会合(NP-MOP2)の3会合を2週間に短縮して開
催することとしたほか、次期開催地がメキシコ・ロスカボス(2016
年11月頃)に決定した。
⑶事務局に要請することとして
⃝締約国、特に途上国において、生物多様性への配慮を企業セク
ターに組み込む取り組みを支援すること
⃝グローバルパートナーシップとの協働に基づき、報告枠組みに
関する技術ワークショップの開催なども通じて、企業にとって
生物多様性が主流化すること(企業がとりうる活動の分類の
確立も含む)が進展しているかを報告するシステムの開発を支
援すること。結果は「実施に関する補助機関会合(SBI)」で検
討すること
⃝企業の意思決定の中で生物多様性の主流化を進める観点か
RMFOCUS Vol.52 22
⑴解決の一翼を担う存在としての企業
生物多様性条約における企業参画は第8回会合(2006年、ブ
ラジル、クリチバ市)からスタートしているが、年々内容が充実し
ていることを実感している。今回の企業関連決議では、企業によ
る愛知ターゲット達成への貢献度の高さを認識した内容が盛り
込まれていることがわかる。例えば、国に対して企業が愛知ター
ゲット達成のために行動戦略策定に取り組むことを奨励し、企業
に対しても愛知ターゲット達成のための行動を取ることを求めて
いる。さらには、生物多様性条約にとって重要な議題である生物
多様性の保全のための「資源動員」についても、企業に協力を奨
励する記述が明記された。企業による生物多様性の取り組みを
【図2】企業と生物多様性フォーラム (筆者にて撮影)
加速することが期待されている生物多様性民間参画グローバル
パートナーシップおよびそのパートナーシップ加盟団体への支援
も各国に求めている。
生物多様性に関する諸問題・目標のうち、生物多様性を各種
ら、企業に関する能力開発の支援を行なうため、グローバル
制度に組み込む(愛知ターゲット2)、持続可能な生産と消費(愛
パートナーシップや関連事業と協働すること
知ターゲット4)、生物多様性に関する知識や技術の改善(愛知
⃝愛知ターゲットの実施支援につながるような企業への指針を
ターゲット19)、資源の拡大(愛知ターゲット20)をはじめ、全目
開発し、2020年までのキーマイルストーンを特定し、企業と生
標の達成に企業の役割が期待されている。日本の企業の動向と
物多様性グローバルパートナーシップが愛知ターゲット達成に
照らしてみると、この領域に関して日本企業はかなり積極的な活
資するようその役割を拡大すること
動を展開しているように思う。大企業中心ではあるかもしれない
⃝生物多様性と企業の参画に関連する課題について、とりわけ、
が、企業理念へ生物多様性を組み込んだり、生物多様性保全へ
コモディティインディケーターや持続可能な生産と消費につい
の行動計画を作成し、場合によっては、その施策を海外支社や工
て、他のフォーラムとの協働や相乗効果を高めること
場などにも展開している。愛知ターゲットに取り組むための参考
⃝企業による条約および愛知ターゲットへの貢献の度合いを評
事例集は、企業ネットワークでも積極的に作られている。
価する仕組みを推し進めるため、生物多様性と生態系機能・
サービスについて情報をまとめ、優良事例や基準や研究を分
析し、この情報を関連するフォーラムに普及させることを支援
すること
⑵概念から実務レベルへ
サイドイベント(ここでは、条約の国際交渉以外のプロセスを
総称)においては、企業と生物多様性フォーラムがCOP10以降
また、10月12日から14日にかけて、企業と生物多様性フォーラ
必ず行われるようになっている。そのフォーラムの内容もより具
ムや、生物多様性民間参画グローバルプラットフォームの会合な
体化し、COP12の企業フォーラムでは、全体会合とパラレルイベ
どが開催された。企業と生物多様性フォーラムには、企業や自
ントが交互に展開されるなど、内容が組み立てられるようになっ
治体、NGO、各国政府代表なども参加する形式で、30カ国から
てきている。
250名の参加者があった。日本からは、経団連自然保護協議会会
例えば、そのパラレルイベントの一つ「Global Commodity
員企業やJBIB(企業と生物多様性イニシアティブ)会員企業な
Impact Indicators for Biodiversity」では、世界各地の環境
どが参加し、日本の企業の参画状況や、優良活動事例の紹介を
配慮認証制度の調査・比較がなされており、それらの“環境”の基
行っていた(図2)。
準に生物多様性が入っていないことや、生物多様性に関してなん
らの統一した基準がないことを踏まえて、次のステップを検討し
4 おわりに 〜企業活動への示唆〜
ようというセッションであった。要は、ある商品を「生物多様性配
慮型の商品(木材製品、水産物といったコモディティ)」と呼ぶ際
に満たすべき共通基準作りの可能性を検討したセッションであ
る。このセッションの検討の結果、条約加盟国はこの動きを支持
生物多様性と企業に関する文脈について、上記のような全体成
し、推進するよう生物多様性条約事務局に求める決議をまとめ
果を、過去の議決とも照らしながら、分析・考察したことを以下
ている。生物多様性に関する生産物の国際基準・ルール作りが
に共有したい。
始まっているとみてよいだろう。
23 RMFOCUS Vol.52
生物多様性
この動きに関連するものとして、企業決議の中では、企業に対
して、調達指針に生物多様性の観点を入れること、経営層・ライ
ンスタッフ・サプライチェーンに関係するスタッフへの人材育成を
奨励している。生物多様性に配慮する消費と生産の双方からア
プローチを展開するというのがCOP12の成果から読み取れる。
過去の決議は、優良事例の調査とか、生物多様性への配慮の
組み込みといった比較的概念的なところに収まっていたように思
うが、COP12では、より実務レベルへの展開に踏み込んでいるよ
うに感じた。
日本においては、例えば、JBIB2)が「いきもの共生事業所」と
いう概念で、生物多様性に配慮した土地利用というアプローチを
展開するなど、生物多様性条約でまだ話題になっていないコモ
ディティ以外の領域で先進的な貢献をしている。一方で、今回始
まったコモディティの議論や、COP12ではあまり話題になってい
なかったが「自然資本会計」に関して、世界基準作りや適用への
関与が日本企業の今後の課題ではないかと思う。
今回、遺伝資源へのアクセスとそこから得られる利益の公正衡
平な配分に関する名古屋議定書が発効し、その第1回目の会合が
開かれた。遺伝資源は、製薬や製造、農業にも深いかかわりを持
つ産業資源である一方、多様な遺伝資源を保持する途上国にお
ける生物資源の保全の動機を確保するためにも、その取得と利
用から得られる利益は公正衡平に、原産国と利用国とで共有し
を作るものである。極端な言い方をすれば、日本の企業は今後、
「国際義務の履行を担保する措置に入っていない国の企業」と
みなされる。
名古屋議定書に関しては、批准やそれに伴う国内措置に対す
る懸念を表明する産業界からの声が強いことから批准が進まな
いという意見もあるが、この国際枠組みへの対応は、企業活動に
とっても大きな論点となると思われる。
ようということで、生物多様性条約に明記された仕組みである。
以上
名古屋議定書は、この遺伝資源の取得や公正衡平な配分に関す
る義務を「確実に実施するための追加ルール」を規定するものと
して、議定書本文はCOP10でまとまり、今後より具体的な内容の
精査が始まるものである。
会合中、議定書批准国の座席の前に黄色い旗が目印に立って
おり、会合中の発言順序について一部では、議定書批准国が発
言した後に非批准国が発言するという進行方法が取られていた
(図3)。発言順序に差があるというのは当然の進行であるが、
非批准国として発言していたのを目の当たりにして、日本が名古
屋議定書非批准国のままでいることの危機感を覚えた。
まず第一に、日本の発言力が低下することが懸念される。批
准国の後の発言は当然発言時間に制限がかかることが予想され
るし、実質的なルール作りが検討される遵守委員会に参加はで
きても、運営面などの深い部分に関わることができなくなるだろ
う。ルールメイキングに関われないために失う利益は大きいので
はないか。
第二に、この議定書に日本が参加していないということで、海
外からの信頼低下につながるのではないかと危惧される。繰り
返すが、1993年の条約発効時点で、批准した日本には遺伝資源
の利用から生じる利益配分の義務が発生しており、この議定書
は、その義務がしっかりと守られるようにするための追加ルール
注)
1)愛知ターゲット:正式名称は「新戦略目標・愛知目標(2011-2020
年)」。2050年までの長期目標と2020年までの短期目標、20の個
別目標から構成される
2)JBIB:一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ。様々な企
業が共同で研究を進めることにより、企業による生物多様性保全
を目指す団体。正会員36社、ネットワーク会員19社(2014年12月4
日 現在)<http://jbib.org/>
RMFOCUS Vol.52 24
生物多様性
⑶名古屋議定書未批准のリスク
【図3】NP-MOP1での発言の様子 (筆者にて撮影)
CSIRT
CSIRTとは何か
〜 その意義と有用性 〜
株式会社インターリスク総研
事業リスクマネジメント部 統合リスクマネジメントグループ
よ り な が
主任コンサルタント 頼 永
1 はじめに
しのぶ
忍
⃝コンピューターセキュリティインシデントに関する報告の受け付け
⃝原因の調査
⃝対応の検討・実施
「いつか来る危機に備え、万全の危機管理体制を」とはよく聞か
などがある。
れる言葉である。これまで、多くの企業や団体(以下「組織」)は地
CSIRTを理解する上で重要なことは、CSIRTがインシデントの
震、火災などをはじめとした、設備や建物自体の損壊を伴うリスク
予防のみならず、インシデント発生後の対応も合わせて行う組織で
への備えを中心に進めてきた。しかしIT技術の発展や通信インフ
あるということである。これまでの情報セキュリティ対策は、マル
ラ環境の整備が進むにつれ、組織を取り巻くリスクとして、サイバー
ウェア2)検知ソフトやファイアウオールの導入をはじめとして、イン
攻撃やセキュリティインシデントなど、
「必ずしも物理的な破損を
シデントの発生を未然に防ぐことを主眼としており、インシデント
伴わないリスク」が多くの組織で無視できない状況となり、それら
発生後の対応について、平時からしっかりとした体制整備を構築し
への対応が組織にも求められるようになった。そのような中、情報
ている例は多くない状況であった。しかし、あらゆるリスクにいえる
セキュリティに関する初動対応を専門に行うために組織されている
ことであるが、どんなに未然防止対策を講じたとしてもリスクが顕
のがCSIRT(シーサート)である。
在化する可能性はゼロにはならない。また、こと情報セキュリティ
本稿では、CSIRTとは何か、情報システム部門との違い、その効
果、立ち上げのポイントなどについて論じる。
においては、以下のような特性があり、いっそうリスク顕在化後の
対応が重要である。
CSIRTには
⃝システムの脆弱性が公知になっていない、攻撃の回避策がない
⃝組織内 CSIRT
⃝技術的に対応が行えない
⃝国際連携 CSIRT
⃝人為的ミスによって起こる
⃝コーディネーションセンター
その意味において、CSIRTは、消防署に例えられることもある
⃝分析センター
(次頁図1)。
など多くの分類があるが、本稿では、主に「組織内CSIRT」を中心
リスクが顕在化してから組織される、一般的な危機管理組織と
に述べていく。本稿で特に記載がなくCSIRTと記載している場合、
異なり、CSIRTはリスクが顕在化する前から組織され、検知・警戒
組織内CSIRTを指す。
活動を行っている。情報セキュリティリスクは、物理的な破損を伴
うリスクと異なり、リスクが顕在化した(いわば出火した)ことの検
知が難しく、検知そのものにテクニカルスキルが必要となる。一般
2 CSIRT(シーサート)とはなにか
的な危機管理組織は、図1でいうところの「消火」を主なミッション
としているが、それは検知そのものに高いテクニカルスキルが必要
ないからともいえるだろう。
CSIRTとは、”Computer Security Incident Response
1)
情報セキュリティに関するインシデントレスポンスについては、
Team”の略であり、その名が示すとおり、インシデント レスポ
検知だけでなく対応にも、先述した物理的な損壊を伴う災害とは違
ンス、いわゆるコンピューターセキュリティに関する初 動 対応
う専門的スキルが求められる。詳細は次項で述べるが、未知の脆弱
を担うチームとして組織されるものである。あるいは単にSIRT
性を利用したゼロデイ攻撃 3)などは、対応に高度な専門性や幅広
(Security Incident Response Team)ということもある。
い知識を基にしたスキルが必要となる。一般的に社内の情報システ
CSIRTの具体的な役割としては、
ムの運用は情報システム部門が行っていることが多いが、インシデ
⃝コンピューターセキュリティインシデントの予防活動
ントについては、情報システム部門とは別にCSIRTが対応するケー
25 RMFOCUS Vol.52
CSIRT
に部門横断的に情報を把握することができるポジションにおり、情
報システムで行われている業務や、情報システムで扱っているデー
タの重要性を把握することはもちろん、組織としてどのような順序
被害最小化
(消火)
で情報システムやデータを復旧させることが望ましいのか(逆にい
えば、どのサービスの復旧を後回しにするのか)など、リスクを総合
教育・啓発
(防火)
ベスト
プラクティス
(技術・経験)
事故
前提
的に判断しながら対応方針を立案することが可能である。この点で
情報システム部門とCSIRTは明確に異なる。
また、CSIRTが事前監視や不正の検知を行っていることを先ほ
ど述べたが、これらも、情報システム部門が普段行っているいわゆ
る「運用監視」とは異なる。
例えば情報システム部門が平時に行う監視は、ハードウェア中
検知・警戒
(火の用心)
相談窓口
(119)
心、あるいはシステムの構成要素を個別に監視するものであること
が多い。
一方でCSIRTは、システム全体で複合的な要素を勘案して監視
【図1】CSIRTは、企業内の「セキュリティインシデント消防署」
(出典:参考文献1)
)
するため、異常を早期に発見し、従来よりも迅速かつ適切に問題を
解決することが期待できる。監視(監視対象)の例として、以下の
ものがある。
⃝通常よりもログの流量が多くなった
スも少なくない。その場合、情報システム部門はCSIRTの指示に
従ってインシデント対応を行うことになる。
加えて、これまでの情報システム部門中心の対応との違いとし
て、
「経営層の意思決定に基づく組織であること」が挙げられる。
⃝特定の場所へのアクセスが多くなった
⃝ログインの失敗回数が多くなった
⃝ネットワークのトラフィックが急激に増大している
⃝マルウェア検知ソフトが同時に複数のPCでマルウェアを検出した
⃝特定のIPアドレスからのメール着信が増えた
スク管理担当役員など経営層直轄の委員会において、部門横断的
これらは、その情報個別で見た場合には必ずしも事故や大きな
に調整・連携する必要がある。しかし、従来の情報システム部門主
問題とは扱われない可能性があるものである。しかしこれらの状況
導では、部門横断的な対応を徹底することは難しい。CSIRTは、
一つ一つは問題でなくても、複合的に分析すると何者かからの攻撃
部門横断的に情報セキュリティインシデントへの対応にあたる組
の予兆であったり、
マルウェアに感染しているPCが社内に存在して
織であり、そこには経営層の意思が十分に反映されていなければ
いたり、ということがある。このような場合に備えて、CSIRTは実際
ならない。
の事故につながる可能性がある程度高まった段階で、調査や対応
JPCERT/CC4)が発行している「組織内CSIRTの構築プロセス」
を開始する。
(参考文献2))では、その冒頭に「経営層から理解を得る」という
項目が挙げられている。CSIRTが経営層からの理解を得て設置さ
れることがいかに重要か、端的に示されている。
3 情報システム部門とCSIRTとの違い
先に述べたように、多くの組織では、情報システム部門が情報シ
ステムに関するインシデント対応を行う。情報システム部門は、
「情
報システムの安定運用」業務に責任を持ってあたっているが、情報
4 CSIRTの効果
CSIRTの効果としては、大きく以下の3点が挙げられる。
⑴情報セキュリティインシデントに関する社内の情
報管理の一元化とセキュリティ対応の指示の迅
速化
システム部門はシステムで扱っている情報の中身には原則として関
これまで、情報セキュリティインシデントの際に組織でよく見ら
与しない。従って運用している情報システムの業務やデータの重要
れた光景として、各部門で起こった問題が全社で共有されず、影響
性の判断は基本的に行わないことから、情報セキュリティインシデ
範囲や被害が把握できないまま組織のあちこちで被害を受けるよ
ントが発生した際に、業務や情報の重要性にかんがみた復旧方針
うな状況がある。情報セキュリティインシデントは、直接被害を受
を立案することは難しい。このことから、情報システム部門がイン
けた部門だけの問題で終わらないことも多々ある。経験された方
シデント対応にあたる企業の多くで、問題解決まで時間がかかっ
がいるかもしれないが、一例として、不正アクセスやウイルスによ
たり、根本的な解決策を立案できなかったりするのである。一方
る情報漏洩が発生し、漏洩した情報に顧客や取引先の情報が含ま
CSIRTは、経営層の意思決定に基づいた全社的な対応を行うため
れるケースが挙げられる。この場合、影響の大きさから、単に情報
RMFOCUS Vol.52 26
CSIRT
一般的に個人情報漏洩のような危機的事態の管理には、社長やリ
ント対応にあたれるため、インシデント対応を効果的かつ迅速に行
うことができる。もちろん、自社のインシデント対応が終了した後、
CSIRTコミュニティに対応結果等をフィードバックすることも重要
な活動である。
⑶組織間連携に際しての統一された窓口としての役割
CSIRTが組織され、
(1)で述べたように社内の情報を集約し分
析したところで、自組織のCSIRTだけでは問題を解決できないと
判断されることもある。例えば問題が広範囲にわたり、その規模
も大きい場合は外部の専門チームと連携して対応にあたることが
必要という判断がなされる。また、組織をまたがって問題の対応
にあたっている際、相手組織にCSIRTが組織されている場合は双
【図2】CSIRT間連携、情報交換 (出典:参考文献3)
)
方のCSIRTが協力することもある。外部組織や外部CSIRTと連携
する場合、連携に際して自社CSIRTが組織されていれば、外部と
CSIRTを通じて情報のやりとりを行うことにより情報が整理され、
を管理していた部門だけでなく、組織全体への影響を見据えての
CSIRTが組織されておらず各部門が各々バラバラに外部と連携し
対応が求められる。その際、CSIRTが組織されていれば、インシデ
た場合と比べて、組織として統制のとれた対応がCSIRT主導で迅
ント関連の情報管理がCSIRTに集約されることにより組織全体と
速に行える。緊急時には様々な情報が入り乱れ、情報が錯綜しやす
しての対応を迅速かつ適切に行うことが可能になる。これこそが
いため、外部との窓口を一本化し、情報の流れをCSIRTが管理する
CSIRTの第一の効果である。
ことは極めて重要になる(図3)。
⑵外部組織とのインシデント共有と効果的な対応
CSIRTは、彼ら同士のコミュニティが存在しており、コミュニティ
5 CSIRT構築のポイント
で相互にインシデントやインシデントへの対応に関する技術情報
の交換を行い、社内に展開・還元している(図2)。
企業のインシデント情報はほとんど公開されないため、CSIRT
が組織されていない場合、自社で起こったインシデントが、他社で
CSIRTの概要、効果などについて論じてきたが、CSIRTが設置
されていない組織にCSIRTを設置しようとする際のポイントとし
て、
「スモールスタート」がある。
も起こっているのか、また他社ではどのように対応したのかなどの
CSIRTは、
「その組織が存在し、情報が集約されること」そのも
情報を知ることができない。CSIRTが組織されていれば、自社でイ
のにメリットがある、と前記した。
「スモールスタート」、つまり小さ
ンシデントが発生した場合に、過去の他社事例を参考にインシデ
く始めて大きく育てる、とはいろいろな組織の立ち上げでいわれる
【図3】CSIRTの設置によって組織内の統一された窓口が確立する (出典:参考文献4)
を基にインターリスク総研作成)
27 RMFOCUS Vol.52
CSIRT
ことであるが、CSIRTも例外ではない。まず運用を開始し、組織と
任が混在する形で構わない。平時の監視は専任が、緊急時の対応
しての窓口を一本化、外部との連携を強化するだけでもインシデン
は兼任も含めたフルメンバーで行う、といった形も現実的である。
ト対応力は強化される。
ただしスモールスタートとはいっても、要員に必要なスキルが備
わっていることは絶対条件である。以下に、JPCERT/CCが定義
初動対応を迅速に行えるような体制、人数は組織の大きさ、風
土などにより異なるため、まずは小さくスタートし、随時、人数や体
制を調整していくことをお勧めする。
(参考文献5))したCSIRTメンバーに必要なスキルを示す。
⑴ヒューマンスキル
⃝明確な指示や取り決めなどがなく、時間的制約がある状況下
でも、必要なことを受け入れ、判断できること
⃝業務内容の異なる部署や、外部組織との対話を円滑にできる
こと
6 おわりに
CSIRTの役割などについてこれまで述べてきたが、日本の代表
的なCSIRTであるJPCERT/CCにより、
「CSIRTマテリアル」とい
う文書群 5)が発行され、
「構想」、
「構築」、
「運用」の三つのフェー
⃝規則や取り決めなどに従うことができること
ズについて詳細な資料が提供されている。これらを参考にしなが
⃝強いストレスのある状況下で業務を遂行できること
らCSIRTの構築に取りかかるとよい。情報セキュリティインシデン
⃝チームの評判を守る大局的な視点と行動ができること
トのリスクは、今後上がることはあっても下がることはない。情報セ
⃝勉強を続ける姿勢があること
キュリティインシデントへの迅速な対応と被害の最小化のために、
⃝問題解決能力
CSIRTの構築を検討してみてはいかがだろうか。
⃝他のメンバーとの連携能力
⃝時間管理能力
⑵テクニカルスキル
◦ネットワークプロトコル(IPv4、IPv6、ICMP、TCP、UDP)
◦ネットワークインフラ(ルーター、スイッチ、DNS、メール
サーバー)
◦ ネットワー ク上 のサ ービスおよび その 実 装プロトコル
(SMTP、HTTP、HTTPS、FTP、Telnet、SSH、IMAP、
POP3)
⃝セキュリティの基本原則(3原則:機密性・完全性・可用性、多
層防御など)
⃝コンピューター、ネットワークに対する脅威
⃝攻撃手法(IPスプーフィング、DoS、ウイルス、ワーム等)
⃝暗 号 化技術(3 DES、A ES、IDE A 、RSA 、DSA 、M D5 、
SHA)
⃝運用上の問題(バックアップ、
セキュリティパッチ、
アップデート)
このようなスキルを身につけている者をまずCSIRTに少数任命
し、スタートしてみるのがよいだろう。場合によっては、社内システ
ム部門の要員と兼務することも考えられる。例えば社内システム部
門のメンバーは、上記のうちテクニカルスキルを満たす人材である
可能性が高い。CSIRTのスタートの仕方として、情報システム部の
メンバー数名と、ヒューマンスキル(特に部門間の調整、連携能力)
を備える他部門のメンバーを任命し、協調しながら業務にあたるこ
とは、現実的な方法である。
もちろんCSIRTの形は組織によってまちまちであり、インシデン
ト対応を定常的に専業で行っている場合もあれば、インシデントが
起こった際に特別に結成される場合もある。メンバーも、専任と兼
参考文献
1)日本シーサート協議会「What’s CSIRT? 〜CSIRTのススメ〜」
<http://www.nca.gr.jp/imgs/CSIRT.pdf>(最終アクセス
2014年12月7日)
2)JPCERT コーディネーションセンター(2007)
「組織内CSIRT
の構築プロセス」<https://www.jpcert.or.jp/csirt_material/
files/06_development_process.pdf>(最終アクセス2014年12
月7日)
3)JPCERT コーディネーションセンター(2008)「CSIRTガイ
ド」<https://www.jpcert.or.jp/csirt_material/files/guide_
ver1.0.pdf>(最終アクセス2014年12月7日)
4)JPCERT コーディネーションセンター(2007)
「組織内CSIRTの
必要性」<http://www.jpcert.or.jp/csirt_material/files/01_
necessity_of_csirt.pdf>(最終アクセス2014年12月18日)
5)JPCERT コーディネーションセンター(2007)
「組織内CSIRT
の要員」<https://www.jpcert.or.jp/csirt_material/files/04_
staff_of_csirt.pdf>(最終アクセス2014年12月7日)
注)
1)重大な事故に至る可能性がある出来事。例として、普段と異なるロ
グの発生、システムへの侵入、マルウェアの感染、サービスの妨害
などが挙げられる
2)コンピューターウイルス、ワーム、スパイウェアなど、悪意のあるソ
フトウェアの総称
3)脆弱性の修正プログラムなどが配布される前に行われる攻撃のこと
4)日本の代表的なCSIRT。主に日本国内におけるセキュリティイン
シデントの対応支援、国内外の情報セキュリティ対策活動のコー
ディネートを行っている
5)JPCERT コーディネーションセンターHPトップ>CSIRTマテリアル
<https://www.jpcert.or.jp/csirt_material/>
RMFOCUS Vol.52 28
CSIRT
⃝インターネットに関する知識
以上
地 震リスク
関西の地震リスク
株式会社インターリスク総研
大阪支店
災害・事業RMグループ
に っ と う
主任コンサルタント 日 塔
1 はじめに
1.はじめに
て つ ひ ろ
哲広
陸地震などは活断層型地震に該当する。文部科学省の地震調
査研究推進本部によると、全国の主要活断層帯のうち、関西地
域に影響のある活断層帯の数の割合は約20%となっている。関
1995年1月17日の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)から
西2府4県の国土面積が日本全体の約7%であることと比較する
20年がたつ。当時、テレビに映された倒壊した建物や高速道
と、関西地域周辺に潜在する活断層帯は決して少ないとはいえ
路、住宅火災の様子はこの世の出来事とは思えないほど衝撃的
ない。
なものであった。現在、筆者は関西地域の企業を中心にリスク
マネジメントサービスを提供しているが、関西地域の地震リスク
は多様であり、地震対策を進めていく上で自社が置かれている
⑵過去に発生した地震
状況を適切に把握する必要があると感じている。本稿では、関
南海トラフでの地震は過去に繰り返し発生しており、マグニ
西2府4県(大阪府、京都府、兵庫県、滋賀県、奈良県、和歌山
チュード(以降、Mと表記する)8クラスの巨大地震の発生頻
県)の地震リスクを整理する。
度は100〜200年に一度である。1707年の「宝永地震(M8.6)」
は、東海沖から四国沖までの広大な領域が震源域となった
2 関西に大きな影響を与える地震
巨大地震であり、南海トラフでの過去最大クラスの地震とい
われている。この地震によって、高知県や和歌山県で高さ10m
を超える津波が襲来したほか、千葉県から長崎県にかけての
広範囲で津波が観測されている。1854年には「安政東海地震
⑴震源
(M8.4)」から約31時間後に「安政南海地震(M8.4)」が発生
しており、異なる震源域の巨大地震が短い時間差で出現して
関西地域に大きな影響を与える地震は、①太平洋沖で発生
いる。既に前回の南海トラフ地震(1946年昭和南海地震)から
する「海溝型地震」、および②内陸部で発生する「活断層型地
約70年が経過しているほか、今後M8〜9クラスの南海トラフ地
震」に大別できる。
震が発生する確率は、30年以内に70%、50年以内に90%程度
①海溝型地震とは、海洋プレートと大陸プレートの境界上で
発生する地震であり、海洋プレートの潜り込みによって蓄積さ
以上と想定されているなど、いつ地震が発生してもおかしくな
い時期にきている。
れた歪み(ひずみ)エネルギーの開放に伴って、広範囲に強い揺
また、南海トラフ地震の前兆として、西日本地域の活断層型
れとともに大津波をもたらす可能性がある。東海地方から紀伊
地震が活発化する傾向がある。近年では1995年兵庫県南部地
4
4
4
半島、四国にかけての海底に南海トラフ(=海溝)が広がってい
震(M7.3)に続き、2000年鳥取県西部地震(M7.3)や2001年芸
る。また、2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は海
予地震(M6.7)が発生しており、地震活動期に入ったとする議
溝型地震に該当する。
論もある。次の南海トラフ地震が切迫しているが、活断層型地
②活断層型地震とは、プレート内に潜在する活断層(割れ
目)の破壊によって発生するものであり、震源付近で強い縦揺
れに襲われる可能性がある。1995年兵庫県南部地震や2004年
新潟県中越地震、2007年能登半島地震、2008年岩手・宮城内
29 RMFOCUS Vol.52
震にも備えておく必要がある。
地震リスク
地表震度
7
6強
6弱
5強
5弱
4
3以下
【図1】
マグニチュード9クラスの南海トラフ地震
(陸側ケース)
が発生した場合の想定震度分布
(出典:南海トラフの巨大地震モデル検討会
(第二次報告)
追加資料<http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku/pdf/20120905_10.pdf>、最終アクセス
2014年12月3日)
⑶地震により想定される被害
①地震動による被害
【南海トラフ地震】------------------------------------------------
【活断層型地震】------------------------------------------------関西地方の各府県庁は自区内に影響を与える地震の被害想
ラス(M9程度)の南海トラフ地震の検討結果を2012年3月に公
定を公表しており、各府県で被害が最も大きくなる活断層型地
表した。この地震によって、西日本の広域に強い揺れがもたらさ
震の想定震度分布は次頁以降の図2〜7のとおりである。各地
れ、日本経済に大きな損失が発生することが懸念される。ここ
震はM7〜8クラスであり、M9の南海トラフ地震と比較すれば、
では、関西地域に強い揺れをもたらすケース(震源を南海トラフ
強い地震動の発生範囲は小さくなるが、震源に近い場所では震
の陸側に設定)の震度分布を図1に示す。和歌山県の沿岸部や
度7となることが想定されており、南海トラフ地震以上の被害と
淡路島で震度6強〜7のエリアが広がっているほか、関西地域の
なることも懸念される。なお、ここで取り上げた地震は各府県
広範囲で震度6弱以上になると想定されている。
の代表的なものであり、他の活断層帯の被害想定についても確
また、
「長周期地震動」の存在も忘れてはいけない。南海トラフ
認いただきたい。
地震のような海溝型かつマグニチュードが大きい地震は、地震波
に長周期の成分が多く含まれる傾向がある。この長周期地震動
は、減衰しにくく遠方まで届くほか、堆積層で増幅する、長時間
揺れが継続する、高層ビルや石油タンクなどで被害が発生する、
などの特徴がある。これらを踏まえると、関西地域では大阪府
の高層ビル群が長周期地震動の影響を大きく受けると考えられ
る。東北地方太平洋沖地震においても、震源から数百㎞離れた
大阪府の高層ビルでエレベータ停止などの被害が発生したが、こ
れはまさに長周期地震動によるものである。なお、長周期地震動
の詳細については本誌の第34、36、37号を参照願いたい。
RMFOCUS Vol.52 30
地震リスク
内閣府の「南海トラフの巨大地震モデル検討会」は、最大ク
計測震度
震度7
震度6強
震度6弱
震度5強
震度5弱
震度4以下
【図2】大阪府による上町断層帯地震の想定震度分布
(出典:大阪府「大阪府地震被害想定」<http://www.pref.osaka.lg.jp/
attach/3667/00000000/11-5.doc>、最終アクセス2014年12月3日)
震度3以下
震度4
震度5弱
震度5強
震度6弱
震度6強
震度7
【図3】京都府による花折断層帯の想定震度分布
(出典:京都府「京都府地震被害想定調査」<http://www.pref.kyoto.jp/kikikanri/
documents/1219984426914.pdf>、最終アクセス2014年12月3日)
地震震度
7
6強
6弱
5強
5弱
4
3以下
※評価単位:250mメッシュ
凡例:震度
7
6強
6弱
5強
5弱
4以下
地震動解析対象
外区域
(推本)
【図4】兵庫県による山崎断層帯地震の想定震度分布
(出典:兵庫県「兵庫県の地震被害想定」<https://web.pref.hyogo.lg.jp/
kk38/documents/1yamazakidannsou.pdf>、最終アクセス2014年12月3日)
31 RMFOCUS Vol.52
【図5】滋賀県による琵琶湖西岸断層帯地震の想定震度分布
(出典:滋賀県「滋賀県地震被害想定(訂正版)」<http://www.pref.shiga.lg.jp/
bousai/files/higaisouteiteiseiban.pdf>、最終アクセス2014年12月3日)
地震リスク
震度
震度
震度7
震度6強
震度6弱
震度5強
震度5弱
震度4以下
【図6】奈良県による奈良盆地東縁断層帯の想定震度分布
(出典:奈良県「第2次奈良県地震被害想定調査」<http://www.pref.
nara.jp/bosai/tokatsu/bosai1/higaisotei/pdf/06-1_shizen.pdf>、
最終
アクセス2014年12月3日)
震度4以下
震度5弱
震度5強
震度6弱
震度6強
震度7
【図7】和歌山県による中央構造線断層帯の想定震度分布
(出典:和歌山県「 地震被害想定 」<http://www.pref.wakayama.lg.jp/
prefg/011400/bousai/plan/2t001.pdf>、最終アクセス2014年12月3日)
地震リスク
②津波による被害
和歌山県や大阪府、兵庫県は海に面しており、南海トラフ地
震に伴って沿岸部に津波が襲来する可能性がある。震源域に近
○大阪駅
い和歌山県では、M9クラスの巨大地震が発生した場合、多くの
○大阪市役所
○大阪城
市町村に高さ10mを超える津波が襲来し、南部の串本町などで
は地震から数分で津波が到達する可能性がある。これらの地
域では一刻も早い避難が極めて重要となる。大阪府や兵庫県
○難波駅
の沿岸部では津波到達までに1〜2時間の猶予があると想定さ
れていることから、地震後の施設の安全対策を講じた上で確実
に避難することが望まれる。
津波の浸水エリアの例として、大阪府の「南海トラフ巨大地
震災害対策等検討部会」の想定を図8に示す。大阪市沿岸部に
到達する津波の高さは、和歌山県と比べると低くなるといえる
が、大阪市の西部には「海抜ゼロメートル地帯」と呼ばれる地
盤高が低いエリアが広がっており、防潮施設が機能しなかった
場合には、津波が流れ込む危険性が潜在している。また、淀川
や神崎川などの河川も多く、津波が遡上(そじょう)して内陸部
○堺駅
に浸入することも想定されている。大阪市を中心とする都市域
には地下鉄網が広がっており、地下階などの低層エリアが浸水
した場合には、交通機能の復旧が長期化し、物的・経済的な被
害が甚大になることが懸念される。
【図8】南海トラフ地震の津波による想定浸水深
(大阪府「南海トラフ巨大地震災害対策等検討部会」の公表資料を基にインター
リスク総研作成<http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/20357/00000000/74tun
amizentai3.doc>、最終アクセス2014年12月3日)
RMFOCUS Vol.52 32
地震リスク
③液状化現象による被害
⑤土砂災害
液状化現象とは、地下水位が高い砂地盤が地震動の揺れに
大雨だけではなく大規模な地震が引き金となって山岳部や丘
よって液体状になり、地表面に水が噴き出す現象をいう。地盤
陵地でがけ崩れ、地すべりなどの土砂災害が発生することがあ
沈下や地中内のタンクやマンホールの浮き上がり、建築物の傾
る。1995年兵庫県南部地震、2004年新潟県中越地震、2008年
き・転倒などの被害が発生する。また、地盤は沈下するだけで
岩手・宮城内陸地震でも大きな土砂災害が発生している。土砂
はなく、水平方向にも大きく移動するため、港湾の岸壁や護岸
災害危険の予測に関わる情報についても把握しておくことが望
構造物、埋設管が損壊する可能性がある。兵庫県南部地震の際
まれる。
にも大阪湾沿岸部の埋立地で液状化現象が確認されている。
なお、各府県の液状化危険の想定によると、大阪湾沿岸部のほ
か京都府の南部、琵琶湖沿岸部、奈良県北西部などの内陸部に
も液状化危険が大きいエリアが存在しており、概してこれらのエ
3 おわりに
リアには人口や企業が集中している。また、地盤が軟弱であり
地震動が増幅する危険性も潜在している。
関西地域においては南海トラフの巨大地震や活断層型地震
によって、強い揺れや津波などに襲われる可能性があり、企業
④地震後の火災による被害
は従業員の安全確保を最優先に対策を進めていくことが極め
地震後に火気や電気系統のトラブルに起因して火災が発生
て重要と考える。まずは、施設の耐震性の確保が大前提となる
する可能性があり、耐震性が不十分な木造建物が密集している
が、コストなどを考慮すると一度に十分なハード対策を実施す
エリアでは、周辺の建物に延焼して大きな火災となるおそれが
ることは容易ではない。したがって、対策に優先順位を設けた
ある。2007年の内閣府「東南海、南海地震等に関する専門調査
上で、できることから計画的に取り組んでいくことをお願いした
会」の公表資料によると、関西地域では活断層型地震に伴って
い。物品の移動・破損防止措置や危険物の漏洩防止措置など
火災となる危険性が高いことが指摘されている。特に上町断層
は比較的導入しやすい対策と考えられ、津波襲来が想定される
帯や生駒断層帯、花折断層帯、奈良盆地東縁断層帯、京都西山
場合には、避難場所にたどり着くまでの安全性の確保がポイン
断層帯の地震によって火災の被害が大きくなると想定されてい
トとなるだろう。インターリスク総研の「地震リスク調査」サー
る。大規模な地震の場合には、被害の広域化、交通網の寸断な
ビスでは、事業所に潜在する地震危険を洗い出し、危険性を評
どが予想されることから、公設消防の来援を期待できるとはい
価した上で対策を提案している。次に起こるかもしれない地震
い難い。なお、文化財建造物が多く所在している京都市では、
に備えて、企業の皆様が自社の地震対策をより一層推進される
消火設備を含む施設の耐震化や消火用の水源の確保などの対
ことを切に願う。
策が推進されている。
以上
33 RMFOCUS Vol.52
Gマーク認定
貨物運送事業者にとっての
「Gマーク認定」
株式会社インターリスク総研
交通リスクマネジメント部
交通リスク第二グループ
む ら か み
シニアアドバイザー 村 上
1 はじめに
昨今の貨物運送事業をめぐる状況は、若干回復の兆しがみられ
てはいるものの依然として運賃の低迷が続いている。また、燃料
油の高騰や乗務員の不足といった問題もあり、各事業者は非常に
みつる
充
本稿では、制度の概要とともに認定のポイント、インターリスク
総研のGマーク認定支援業務について紹介する。
2 制度の概要
厳しい環境に置かれている。
一方、一般的に荷主は原材料や商品等を必要最小限の在庫に抑
えつつ業務運営をはかる傾向にある。そのなかで、滞りなく業務を
⑴認定内容と認定基準
すすめるためには原材料や商品等の輸送トラブルを避けることが
Gマーク認定制度は、安全性の認定を希望する事業者が全ト協
必然となり、したがって、荷主は安全性の高い貨物運送事業者(以
に申請して認定される制度だが、申請には資格要件があり、1事業
下、
「事業者」)による輸送を望んでいるといえる。
所5台以上の配置と3年以上の運行実績があることが基本となって
今回紹介する「安全性優良事業所」認定制度(以下、
「Gマーク1)
いる。申請は会社毎ではなく事業所(営業所)単位で行い、事業
認定制度」)は「公益社団法人全日本トラック協会」
(全ト協)が平
所単位で認定を受ける。その他、申請資格や認定後の再評価など
成15年からスタートさせた制度であり、安全輸送を望む荷主にとっ
詳細な規定があるがここでは省略する。
この制度は、安全性の視点から優良な事業者を荷主が選択しや
認定を受けるための評価項目は、
すくするため、事業者の安全性を正しく評価、認定するとともに公
⃝
「安全性に対する法令の遵守状況」
(法令遵守状況)
表を行うものである。認定された事業者のトラックには認定のシン
⃝
「事故
(法で定める重大事故2))
や違反
(行政処分)
の状況」
ボルマークであるGマークが貼られているが、
このマークが車体に
貼られたトラックを見かけた方も少なくないであろう
(図1、2)。
【図1】
Gマーク1)
(事故違反状況)
⃝
「安全性に対する取り組みの積極性」
(安全に対する取り組み)
【図2】
Gマーク貼付の様子 (筆者にて撮影)
RMFOCUS Vol.52 34
G マーク認定
て、事業者を選定する際の重要なポイントとして定着してきた。
の3項目に大別され、それぞれに配点および基準点数(最低基準)
は認定を受けていない事業者に比べ、安全で優良な運送業者であ
が設定されている。
ると評価されることから、荷主から選ばれやすくなる。
審査受け付けは年1回(例年7月初旬の2週間のみ)で、審査結果
その結果、業容拡大や経営の安定につながる可能性が高くなる
は当該年の12月末に公表される。申請時には、役職員名簿や申請
というメリットがあり、加えて、様々なインセンティブも与えられる
書のほか、
「法令遵守状況」のうち運輸安全マネジメントに関する
(表1)。
取り組み状況、および「安全に対する取り組み」に関する項目につ
いては自認書ならびに関連資料を提出して書類審査を受ける。
運輸安全マネジメント以外の「法令遵守状況」については、各都
道府県のトラック協会の適正化事業部(以下、
「地方実施機関」)
国土交通省からは保安監査等で処分を受けた際の処分履歴が
1年早く消去される、また「IT(アイティ)点呼」の導入が認められ
るなどの優遇措置が得られる(IT点呼:表1「国土交通省」IT点
呼の導入参照)。
が行う「巡回指導」の結果を全ト協が確認するが、なかでも事故
全ト協からもドライバーに対する研修費用やIT点呼で使用する
(重大事故)の有無については過去3年間の実態が国土交通省か
アルコール検知器の導入補助などの助成が受けられる(ただし、
ら提供されるデータと照合され、また違反(行政処分)については
助成の対象は会員事業者に限られる)。
全ト協がリストアップした事業者の処分記録を国土交通省に照会
し確認される。
こういったインセンティブは認定費用がほとんどかからない制
度としては魅力的であり、とりわけ管理コストの軽減につながる点
これらすべてについて評価が行われ、各項目の基準点をクリアし
て合計点数が一定以上(100満点中80点以上)となった事業所が、
「安全性優良事業所」として認定される。
呼に関する優遇措置が認定を受けようとする事業者の意欲を増幅
させていることは否めない。
しかし、結果的にGマークの認定がドライバーの安全意識を高
めていることも少なくない。前述のとおり、認定をうける要件の一
⑵認定期間と認定期間中の資格喪失
つに過去3年間に重大事故を起こしていないことがあるが、認定後
であっても認定期間中に事故が発生すると認定の取り消しにつな
事業所の認定期間は、初回2年間、再認定(初回更新)3年間、
がるためである。
再々認定以降(更新2回目以降)は4年間となっている。ただし、認
そのため、Gマーク認定の申請にあたってはドライバーにその旨
定期間内に重大事故が発生したり、行政処分を受けたことにより
を伝えて、さらなる安全運行を求める事業者が珍しくなく、また、
認定要件を満たさなくなった場合は、認定期間中であっても再評
心あるドライバーはそれに応え安全運行を心がける。なぜならばト
価を経て認定を取り消される。
ラックはその重量ゆえに低速で事故が発生しても重大事故につな
取り消された場合は全ト協のホームページに公表されて衆目の
がることが多いからである。また、認定後はGマーク認定をキープ
知るところとなるが、認定事業者は自主的に「認定の返納」を申し
するため、多くのドライバーが安全運行を意識してそれを継続する
出ることができる(自主返納した場合は、認定要件を満たさなく
ケースをよく見受ける。つまり、Gマーク認定を受けることで安全な
なった事実を公表されない)。
事業所がより安全になるという効果も生んでいる。
もちろん、Gマーク認定を受けたすべての事業者の安全性が
⑶認定を受けるメリット
より高くなる、というわけではないが、インターリスク総研がG
マーク認定を支援している意義がここにある、といっても過言で
この制度の趣旨を考えれば当然であるが、認定を受けた事業者
はない。
【表1】安全性優良事業所にかかるインセンティブ
違反点数の消去
行政処分による違反点数は通常3年間で消去されるが、条件を満たせば2年で消去される
IT点呼の導入
法で定める「対面点呼」を、条件を満たした環境下において機器を使用して(隔たった)営業所間で
点呼することが可能となる
点呼の優遇
一定条件のもとで、グループ企業間での点呼が承認される
補助条件の緩和
CNGトラック(Compressed Natural Gas(圧縮天然ガス)を燃料としたトラック:有毒ガスの
排出量が少なく、環境性能が高いとされる)の導入に対する最低条件が緩和される
安全性優良事業所表彰
10年以上連続でGマーク認定しているなど、高レベルの事業所が表彰される
全日本トラック協会
助成の優遇
ドライバーに対する研修受講料の助成や、携帯型アルコール検知器の導入に対する助成など各種助
成事業について優遇措置が受けられる(会員事業者に限られる)
損保協会
保険料の割り引き
一部保険会社が、Gマーク認定事業者に対し独自の保険料割り引きを適用している
国土交通省
(出典:
「平成26年度貨物自動車運送事業安全性評価事業申請案内」
を基にインターリスク総研作成)
35 RMFOCUS Vol.52
Gマーク認定
3 認定の現状
したがって、
「法令遵守状況」判定をクリアするためのポイント
は、常日頃の法令遵守はもちろん、とりわけ申請前年12月以前から
問題の有無を確認して、書類の不備や記載内容の不備がある場合
この制度が始まった平成15年の認定事業所数はわずか2,030事
は改善のために必要な措置をとることが肝要である。
業所だったが、平成25年度(平成26年3月末)には19,238事業所と
約10倍となり、国内の全事業所の約23%を占めるまでに増加した
(次頁図3)。
⑵「事故違反」は日常指導の徹底から
事業者数では9,074社と運送会社の14.4%が、また国内を走るす
事故や違反は起きてしまえば取り消すことができない。また、過
べてのトラックの約4割(38.1%)がGマークのステッカーをつけて
去3年間の実績が問われるため、1件の事故のために2〜3年の間、
走っているのが現状である。
申請を見送らざるを得ないケースもある。
平成26年度の申請状況をみると、平成26年7月1〜14日の間に
ここをクリアするためには、まずは事故防止のための教育の実
各都道府県のトラック協会で受け付けが行われ、申請資格をクリ
施や事故防止のための取り組みの周知、徹底をはかることが重要
アした7,878事業所の申請書が受理された。そのうち更新申請は
である。特にトラックは事故が発生した場合の損害・被害が大きい
5,095事業所、新規申請は2,783事業所であり、なかでも新規申請
ため、自動車事故報告規則に規定する重大事故に発展する可能性
は平成25年度の1,924事業所から859事業所の増加と大幅に増加し
が高い。
ている(次頁図4)。
ここで問題になるのは申請事業者の運行するトラックが事故
増加の理由は、大手事業者が積極的に認定取得に動いたことが
の主たる原因をつくったケースであり、逆に事故に巻き込まれた
大きな要因だが、インターリスク総研で認定支援を行った事業者
場合はたとえ死亡事故にからんでも認定に支障はない。事業用ト
を振りかえると、比較的台数規模の少ない事業者や、これまで「認
ラックの人身事故の約5割は「追突」であり、一般の自動車と比べ
定されないのでは…」と考えていた事業者による申請が増加してい
ると約1.5倍も多いことから、特に追突防止のための取り組みは欠
ることも要因の一つではないかと考える。
かせない。
4 認定のポイント
「違反」は国土交通省によって行われる各種監査で不法行為が
発覚した際に下される処分のことだが、仮に重大事故が発生した
ために監査が行われた場合であっても、法令が遵守されており、
まったく不法行為がなければ処分されることはない。
⑴「法令遵守」は運送事業の基本
⑶「安全性に対する取り組み」は計画的にすすめる
や「労働基準法」であり、事業者はこれらに定められている安全
「安全に対する取り組み」は11項目に分かれるが、いずれも安全
確保や事故防止のために必要な対応を実行していることを求め
確保のための法で定める業務とは異なる。取り組みの有無は自認
られる。
形式だが、判断材料のための資料提出が求められるため、実施さ
そのため、Gマーク認定の申請にかかわらず、地方実施機関によ
る「巡回指導」は逐次実施されている。具体的には巡回指導員が
れた取り組み等が第三者に判断できるだけの記録等資料が保存さ
れていなければならない。
各事業所を定期的に巡回訪問し、適正・適法に業務運営が行なわ
また、安全確保のための会議などは「3年にわたって1年に1回以
れているか否か実態を確認する。改善の必要がある場合は適宜指
上」
「1年に2回以上」などの基準があり、申請直前のいわば一夜漬
導が行われている(会員会社以外の事業者も対象となる)。
けの対応では評価されない可能性がある項目も少なくない。一般
巡回指導は国土交通省が実施する「保安監査」と異なり、
「違
診断(法で義務付けられていない運転適性診断)の実施など一部
反発見、即処分」ということではなく、文字通り「改善に向けた指
項目には保険会社の協力を得てクリアできるものもあるが、例年、
導」がなされるが、Gマーク認定では前述のとおりこの巡回指導の
申請直前の対応を求められたものの時間切れで申請に間に合わな
結果が「法令遵守状況」の判定に用いられる。
いケースも見受けられる。
また、
「申請前年の12月1日から申請年の10月30日」に実施され
た巡回指導の結果が「法令遵守状況」判定に用いられるため、申
したがって、申請を検討する際は計画を立て時間をかけて取り
組みを積み上げていくことが求められる。
請時点までに巡回指導が実施されていない場合は申請年の10月末
までに必ず行われる。
なお、指導を受けた場合は後日書面をもって改善状況を報告
すれば特に問題は生じないが、評価そのものは修正されること
はない。
RMFOCUS Vol.52 36
G マーク認定
事業者に適用される法令とは主に「貨物自動車運送事業法」
平成25年度貨物自動車運送事業安全性評価事業に係る認定の状況
申請件数
(A)
取下げ件数
(B)
審査件数
(A−B)=
(C)
認定件数
(D)
認定率
(D/C)
新規申請
1,924
22
1,902
1,724
90.6%
初回更新申請
2,501
15
2,486
2,429
97.7%
2回目更新申請
1,557
7
1,550
1,465
94.5%
合計
5,982
44
5,938
5,618
94.6%
認定事業所数の推移
25,000
20.4%
認定数
20,000
23.0%
21.6%
20.0%
18.1%
認定率
25.0%
15.2%
15.0%
12.9%
11.3%
9.6%
10,000
7.9%
5.6%
5,000
0
2.5%
2,030
4,632
6,669
8,205
9,712
11,276
13,136
15,197
17,115 18,107
19,257
認定率
認定数
15,000
10.0%
5.0%
H15年 H16年 H17年 H18年 H19年 H20年 H21年 H22年 H23年 H24年 H25年
0.0%
【図3】平成25年度貨物自動車運送事業安全性評価事業に係る認定の状況
(出典:平成25年12月20日発行「全日本トラック協会ニュース」<http://www.jta.or.jp/gmark/2014/25nintei_
release.pdf>、最終アクセス日:2014年12月5日)
平成26年度貨物自動車運送事業安全性評価事業に係る申請の状況
新規申請
申請件数
前年度比
更新申請
2,783
+859
初回
5,095
+1,037
2回目
1,864
▲635
合計
3回目
1,853
1,378
7,878
+294
+1,378
(前年なし)
+1,896
申請件数の推移
10,000
9,000
8,132 8,118
8,000
7,000
6,629
5,979 6,072
6,000
5,000
4,375 4,418
7,878
5,982
4,540
4,000
3,000
2,786 3,001
2,000
1,000
0
15年度 16年度 17年度 18年度 19年度 20年度 21年度 22年度 23年度 24年度 25年度 26年度
【図4】平成26年度貨物自動車運送事業安全性評価事業に係る申請の状況
(出典:平成26年7月22日発行「全日本トラック協会ニュース」<http://www.jta.or.jp/gmark/gmark_shinsei2014/
uketsuke201407.pdf>、最終アクセス日:2014年12月5日)
37 RMFOCUS Vol.52
Gマーク認定
5 認定にむけた対応
あるということである。したがって、
「法令遵守状況」については
多岐にわたって一定以上の高い水準をクリアしておくことが重要
である。
⑴事業者としての構え
Gマーク認定を受けようという事業者の目的は様々である。
インターリスク総研では、上記コンサルティングサービスの実施
のほか、法定帳票類や記載状況のチェックも行い、必要に応じて
アドバイスを行う等幅広い対応を行っている。
これまで、筆者が認定支援をした事業者には必ず認定の目的を
確認しているが、よく聞かれるのは、
「競争条件としてとりたい…」
「点呼の優遇措置を享受したい…」
6 おわりに
「IT点呼にして人件費を軽減したい…」
「荷主(あるいは元請業者)から求められている…」
といった内容である。
こういった目的を否定するつもりはないが、やはりGマーク認定
を取得する目的は「安全性の確保・向上」を第一義におくことが重
要だと考える。
静岡県の事業者は、1事業所で140台もの大型貨物を有し長距離
輸送に従事しながらも長年にわたって重大事故を発生させること
なく、Gマーク認定も継続している。
事業所で使用するトラックはその台数が多ければ多いほど、ま
た走行距離が長ければ長いほど事故が発生する確率は増大する。
認定取得そのものを目的としてしまい、形ばかりの取り組みに
統計をみても、事業用トラックの人身事故の発生頻度は3.94%弱と
終始するのでは、たとえ認定されても安全性の向上は多くを望め
一般の自動車の約4倍にのぼることを斟酌すると、この事業者の事
ない。むしろ、認定されたものの認定期間中に自主返上することに
故防止のための努力は並大抵ではない。
つながりやすいとも考える。
今後も、Gマーク認定の申請や認定事業者はさらに増加すると
数年前、九州の某社社長からは「知り合いの同業者が認定を受
予想されるが、本当に安全性の高い、あるいは安全性を高める事
けたら、そこのドライバーの運転が格段によく(安全に)なった。認
業者が認定されていくことが望まれるし、このような事業者の認定
定を受けてわが社のドライバーの運転も変えていきたい」というご
支援を積極的にすすめていきたい。
意見をいただいたことがある。その会社は97点の評価を得て文句
なしの認定を受けたが、おそらく安全性は高まったであろうと想像
以上
できる。
事業者にとって求められるのは、なによりも「安全性の向上をは
かり、その取り組みを評価してもらうこと」という基本スタンスであ
G マーク認定
ろう。
つぎに大切なのは、計画的にかつ時間をかけて準備し取り組み
を積み上げ、記録することである。申請書類の作成は相当ロードを
要するが、申請時期を勘案して各種取り組みを計画的にすすめ、記
録さえしておけば申請直前になってあわてる必要はない。
⑵インターリスク総研の認定支援業務
Gマーク認定の申請は事業者自ら行うものだが、制度の内容は
多岐にわたっており、事業者が理解に苦しむことも少なくない。
インターリスク総研では、
認定を希望する事業者の要請に応じ、
⃝当該事業者の現状の評価
⃝課題の整理と取り組みにむけてのアドバイス
⃝申請書類作成アドバイス
等を実施しており、都度専門スタッフを派遣してきた。
これまで実施した認定支援コンサルティングを通じて感じられ
るのは、巡回指導は地方実施機関によって、また同じ地方実施機
注)
1)
「Gマーク」とは、
「安全性優良事業所」認定のシンボルマークで、
全日本トラック協会が安全性について高く評価した事業所にの
み与えられる安全性の証。
「G」は「Good」
(よい)
「Glory」
(繁
栄)の頭文字をとったもの
2)貨物自動車運送事業法第24条に基づく「自動車事故報告規則」
関の巡回指導員によっても指導の視点や要求水準に多少違いが
RMFOCUS Vol.52 38
再生医療
再生医療の実用化・普及
に向けて
株式会社インターリスク総研
総合企画部
市場創生チーム
〜細胞培養の委託加工に伴う
工程上のリスクを考える〜
1 はじめに
は
せ
が
わ
上席コンサルタント 長 谷川
やすし
泰
移植(投与)
するものである。
この場合の細胞培養加工は、
テーラーメ
イド医療であり、受注生産のスタイルに近い。生物製剤などの医薬品
における細胞培養とは異なり、
「自己細胞由来製品の製造では、一つ
1)
2014年11月に再生医療等安全性確保法 と医薬品医療機器等法
の製造ラインを占有して細胞培養を実施すると製造コストがかさむ
(旧薬事法)2)が施行され、関連する政省令施行とともに再生医療は
ことが予想され、患者負担が大きくなる。一方で一つの製造ラインを
実用化に向けて新たな段階を迎えた。再生医療等安全性確保法は、
複数のバッチで共有しようとすれば取り違えと交差汚染のリスクを抱
臨床研究や自由診療の分野において、医療機関から外部の事業者に
え、煩雑な運用が要求される」
(参考文献2))。安全性を確保したまま
対して細胞培養加工の事業を委託することを可能にする。医薬品医
効率化、低コスト化を実現することは、再生医療が一般に普及するた
療機器等法では、安全性が確認でき、有効性が推定できれば、再生
めの技術的課題である。
医療等製品の製造販売について条件・期限を付して早期に承認が得
られる。再生医療の実用化加速が期待されるこれら再生医療関連の
法整備は、
国内に限らず法案成立の当初から海外の注目も集めている
(参考文献1)
)
。
3
再生医療関連法の施行と再生医療普
及の道筋
技術の進展とともに再生医療の実用化・産業化が進むと、細胞バン
クによる細胞の保管、長期にわたる自家細胞の培養加工、医療機関と
11月施行の再生医療等安全性確保法は、再生医療実施の際に厚
外部加工事業者を結ぶ細胞の搬送などのプロセスとともに、複数の
生労働大臣等への提供計画の届け出を医療機関に義務付けるなど、
事業者が関与する再生医療の事業モデルが近い将来に一般化する
臨床研究や自由診療の再生医療を規制する一方で、治療を目的とす
かもしれない。最先端の再生医療技術が社会に還元する恩恵は計り
る細胞培養加工の工程を、医療機関以外の事業者(特定細胞加工物
知れないが、
一方でリスクへの備えも忘れてはならない。
製造業者)
に外部委託することを可能にした。
本稿では、再生医療等安全性確保法で新たに規制される
「再生医
医薬品医療機器等法では、医薬品や医療機器とは別に、細胞組織
療の提供」
を一つのプロセスとみて、
そこに関与するプレーヤー、
すな
加工製品や遺伝子治療製品を対象とする
「再生医療等製品」
という新
わち医療機関、細胞加工機関、輸送機関等を横断するリスク管理のあ
しい製品カテゴリーが設けられ、治験において安全性が確認され有
り方について考察する。
効性が推定された段階において条件・期限付きで製造販売を早期承
認することが可能になる。法律では、
その施行に合わせて公布された
2
健康・医療戦略としての再生医療と実
用化に向けた課題
政省令とともに、特定細胞加工物の製造許可や細胞培養加工施設の
構造設備の基準、培養加工事業者が遵守すべき製造管理・品質管理
にかかる事項について規定する。
患者に再生医療が提供される道筋は、
再生医療等安全性確保法に
再生医療の実用化は、従来の医療では治療が難しかった慢性疾患
基づく医療と、
医薬品医療機器等法下で承認を受けた再生医療製品
の根治を可能にし、健康寿命の延伸や医療費削減等に資するものと
を用いる医療の二つのトラックが並ぶことになる。
前者の法律は、
法施
される。
さらに日本が得意とする高度な工業分野の要素技術を医療
行前から
「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」
に基づいて医
分野へ活用するニーズも高まり、新たな周辺産業の創出につながるこ
師法の下で行われていた臨床研究と、規制外であった自由診療を対
とへの期待も大きい。
象としている。
同法の下で細胞の培養加工は、
委託を受けた外部の事
一方で、広く一般に再生医療が普及するには技術的な課題が多く
業者が実施するとしても、
医師の責任下で実施される
「医療」
サービス
残されている。現在国内で既に実施されている再生医療は、主として
の一部を構成するものといえる。
これに対し、医薬品医療機器等法で
患者自身の組織から採取した細胞を体外で培養加工し、再び体内に
早期承認を受けて市販される
「再生医療等製品」
は、
「医療」
よりむしろ
39 RMFOCUS Vol.52
再生医療
る、
臨床とは別に、
専門の事業者による細胞の
「製造」
「
、保管」
「搬送」
、
という新たなプロセスを含むモデルである。
細胞培養加工自体が高度
な専門技術を要し、
高いレベルの品質管理・工程管理が求められるこ
とはいうまでもないが、
それに加えて保存・搬送という工程にも、
細胞の
「安定性」
を確保するために高度な技術が求められる。
保管・搬送は、
【図1】再生医療普及のイメージ
〜テーラーメイド型医療から再生医療製品を使う保険診療へ (インターリスク総研作成)
幹細胞医療技術の中でも
「新しい概念であり、
現状では適切な規制・
基準は存在しない
(参考文献5)
)
」
。
つまり、
「医療行為に用いる薬剤、
医
療機器等が承認される前提として、
製造過程にあってはGMP
(Good
3)
Manufacturing Practice)
、
治験過程にあってはGCP
(Good
「医薬品」
や
「医療機器」
に近い。細胞培養加工のプロセスを伴う再生
医療は、
「医療」
と
「医薬品」/「医療機器」
の中間に位置するととらえ
れば理解しやすい。
一部の患者を対象とする先進医療から、
一般向け
の保険医療へと展開するイメージを描くと図1のようになる。
4)
Clinical Practice)
が定められ厳格に運用されているのに対して、
製造
現場と医療現場をつなぐ輸送過程においてGDP
(Good Distribution
5)
Practice)
といった基準すら定まっていない
(参考文献6)
)
」
。
図2をみて分かるように、専門の事業者による細胞培養加工施設の
運営を軸に展開する再生医療のモデルには、医療機関から採取した
細胞の細胞加工施設への輸送、細胞加工物(製品)
の細胞加工施設
4 再生医療をバリューチェーンでとらえる
⑴再生医療の実用化・産業化の進展とともに顕在
化する課題
再生医療が一般に広く行われるようになるのはまだ先のことであ
り、新法で細胞の受託加工が可能になったからといって、体外で培養
した細胞をもとに組織や臓器が作られて人体に戻されるという夢のよ
うな再生医療がすぐに実現するわけではない。
ヒトの細胞が治療用と
して大量に培養加工されて流通するようになるまでには、技術的に多
くのハードルがある。
一方で欧米における医師主導の臨床試験においては、
「病院内施設
での細胞培養加工コストを大幅に下回る大手企業への外部委託を行
うケースも増加して
(参考文献3))」
おり、
日本においても、今般の再生
医療等安全性確保法・医薬品医療機器等法の施行とともに、医療、薬
から医療機関への輸送をはじめ、搬送・輸送プロセスが広範囲に存在
する
(図2)
。
図上の実線矢印はすべて生きた細胞の移動
(搬送)
を示し
ている。
⑵再生医療のバリューチェーンという視点
身体の一部である細胞が治療を必要としている患者(もしくは提供
者(ドナー))の身体から離れて、搬出・輸送、受け入れ検査、播種(は
しゅ)、培養、回収、品質検査、保管、
出荷試験、輸送・搬入という工程
で、多数の事業主体の管理下を経由して身体に戻る。通常、輸送過程
では移動とともに変化する温度や気圧などの外部環境とともに、振動
などの衝撃も不可避的に加わる。
そのような中で、振動を防ぎ、温度・
湿度・気圧を一定に保ち、細胞の経時的な劣化を防ぐために時間管
理も必要になる。
さらに微生物汚染を防ぐための輸送形態における無
菌性の確保等も重要な管理項目である。
これらの全工程を再生医療のバリューチェーンとしてとらえ、その
事いずれのトラックであれ、将来的には細胞培養加工事業者がより集
約した形で大学病院および中堅企業・他のベンチャーから業務を受
資材・原料製造所
資材・原料調達
そこで、再生医療の普及とともに現実化する可能性が高い集約化
された形での細胞培養加工の事業モデルを想定し、
オペレーション上
の課題について考えてみる。
先進医療としての再生医療は、患者を治療する施設とともに細胞
培養施設(CPC:Cell Processing Center)
を同一構内に備えてい
る大学病院などで実施されることが多く、細胞の搬送は病院構内に
限られる。
この場合でも施設内搬送の細胞安定性確保のため、技術的
行が始まっている
(参考文献4))
。
細胞の院内搬送は、
施設内の限られ
た距離を人が搬送することを想定しているが、敷地外部に向けた一般
の交通機関による輸送では、院内とは別次元の事故も想定しなけれ
ばならず、
条件はさらに厳しくなる。
本稿で焦点を当てるのは、
細胞培養加工の工程を医療機関から独
立した外部の事業者に委託するモデルが普及するとともに確立され
自家細胞 搬送
医療機関
細胞加工機関
ドナー
同種細胞
搬送
細胞バンク
検討は必要であり、水平位維持機能を有するジャイロ
(角速度・角度
変化検出)構造を備えた臨床試験用搬送容器が開発されるなど、試
搬送
資材・原料
保管
再生医療
託する方向で展開するのは欧米と変わらないであろう。
同種細胞
搬送
医療機関
細胞加工
患者
搬送 自家細胞
搬送 同種細胞
医療機関
患者
【図2】細胞培養を医療機関以外で行う場合に想定されるモデル
青色の実線矢印は自家細胞の搬送、黄色の実線は他家
(同種)
細胞で、
ドナーか
ら細胞バンクでの保管を経由する搬送を表している
(インターリスク総研作成)
RMFOCUS Vol.52 40
間に生じうるあらゆるリスクに適切に対処することは、治療の有効性、
影響(Effects)に、Criticality( 致命度、重大性)
を加えて分析する
患者の安全性確保のために必須であろう。再生医療というサービス
ものである。致命度の尺度として、危険順位数(RPN:Risk Priority
が患者の治療で一つの価値として実現するまでに、複数の事業活動
Number)
が一般によく使われる。FMECAをFMEAと区別せずに致
が介在するという付加価値連鎖があり、
その間のあらゆる工程は、最
命度の分析を含んでいるものをFMEAと呼ぶこともあり、本稿では
終的なサービスの品質、
つまり治療に影響を与える要素(危険性)
を
便宜上FMEAと呼ぶ(事例が報告されている文献(参考文献9))
では
潜在的に持っている。
その前提でリスクマネジメントのあり方を考える
FMECAと表記している)。
と、個々の事業主体が個別に管理するのではなく、業務の透明性を確
保しつつ、適切な連携とともに一貫した品質マネジメントとリスクマネ
危険順位数(RPN)= 重症度(S)× 発生頻度(O)× 検出可能性(D)
(S)
:Severity,(O):Occurrence,(D):Detectability
ジメントが行われる仕組みが必要ではなかろうか。
5 細胞培養加工・搬送・治療のFMEA分析
前述のとおり、本稿で検討する工程は近い将来に実現する可能性
がある集約化された細胞培養加工の事業モデルであり、実際のオペ
レーションを対象としたリスク分析の取り組み事例はまだない。
そこ
で、
幹細胞を採取、
加工、
投与するという点でプロセスが類似している
造血幹細胞移植を、
病院内で実施するケースのリスク分析を、
海外の
事例で紹介し、
日本における再生医療の業務プロセスに当てはめて考
えたい。本件事例では、信頼性工学の手法で近年医療安全の分野で
も適用されるようになっているFMEA/FMECA
(故障モード影響度分
析/故障モード影響度致命度分析)
を使ってリスクを分析している。
⑴造血幹細胞移植について
一般的な造血幹細胞移植は、白血病など正常な血液を作ること
が困難な疾患に対して、提供者(ドナー)の造血幹細胞を患者に移
植する治療である。末梢血幹細胞移植は造血幹細胞移植方法の一
FMEAによる分析手順は、適用対象によって様々に表現されるが、
プロセスの改善と効果検証までの活動を含む例を図3に示す。
1)
危険の高い過程を選択し、
チームを編成する
2)
過程を図解する
3)
潜在的失敗様式についてブレイン・ストーミングを行い、その影響を
決定する
4)
失敗様式の優先順位をつける
5)
失敗様式の根本原因を把握する
6)
過程を再設計する
7)
新しい過程を分析、試行する
8)
再設計した過程を実行、監視する
【図3】米国JCAHO(保健医療機関認証連合委員会)
「 Failure Mode and
Effects Analysis in Health Care〜Proactive Risk Reduction」
(2002年)
(出典(邦訳書)
:久繁哲徳 車谷典男 監訳「医療事故の予見的対策-医療の
FMEA実践ガイド-」
(2004年 p.19 じほう社)
)
⑶事例紹介(参考文献9))〜造血幹細胞移植(院内輸
血)の工程におけるFMEAリスク分析
つで、
ドナーから採取した末梢血幹細胞を、パックで凍結保存し、移
イタリアのマイヤー大学病院の輸血部における造血幹細胞移植の
植当日に37度に戻して点滴で患者に輸注される。採取は、血液成分
工程(採取・加工・配送)
をFMEA(FMECA)
の手法で分析したケース
連続分離装置を用い、血液から幹細胞を含んでいる部分だけを集
である。同病院の輸血部の品質管理担当とフィレンツェ大学の電子・
め、その他の成分体に戻す。採取時間は約3〜4時間で、最終的な採
通信学科の講師が中心になって計画され、医薬品医療機器分野のコ
取量は約200〜300ml、採取した細胞は移植時まで凍結保存される
ンサル会社の協力の下で実施された。
(参考文献7))。
⑵FMEA/FMECAの概要
①事例において工程ごとに洗い出された不具合様式とその評価
造血幹細胞移植は、健常者のドナーが関わり、複雑な機器も使用
する上、
やり直しのきかない治療である。
そのような性格から、本件事
FMEA(Failure Mode and Effects Analysis:故障モード影響
例の分析対象の業務プロセスでは、多くの重要ポイントが洗い出さ
解析)は、
リスク分析/評価手法の一つで、
システムの各構成の潜在
れた。
それらの重要ポイントは関与するヒト
(ドナー、患者、医療スタッ
的な失敗(故障・エラー)
を洗い出して、
その影響を評価するものであ
フ)
と工程の二つの視点から吟味されている。業務フローチャートに
る。IEC/ISO31010(リスクマネジメント-リスクアセスメント技法)
で
よって採取・加工・配送の全工程をチェックしたが、
その全工程を時系
紹介されている31の技法のうちの一つであり、ICH(日米EU医薬品
列で以下の六つのフェーズに分けて整理している。
規制調和国際会議)
のQ9(品質リスクマネジメントに関するガイドラ
1)
ドナーの選択と適合性
イン)付属書I(リスクマネジメントの方法と手法)でも手法の一つと
2)幹細胞動員
(骨髄から血液中へ流出させる工程)
して挙げられている
(参考文献8))。部品・製品など機器の故障だけ
3)採取(採血)
でなく、
ヒューマンエラーなど作業や業務にも適用でき、医療機関に
4)調整加工と検証 →(表1)
おけるオペレーションの品質管理や、製造業等サプライチェーンに
5)凍結と保存
おけるリスク分析にも広く使われている。FMECAは、故障モードの
6)解凍と配送
41 RMFOCUS Vol.52
再生医療
表1は、上記の六つのフェーズのうち4)
の研究室(Laboratory)等
また、FMECAの手法は臨床的評価など医療スタッフ固有の判断ミ
における調整加工(Manipulation)
と検証(Validation)
の工程につ
スを防止できるものではないが、医療スタッフの教育訓練など基本的
いて分析した結果を示したワークシートである。
この事例では、業務プ
な事故防止策の立案を助けることにより、
ヒューマンエラーに対する
ロセスに関係する人材の職種(医師・看護師・細胞加工技術者等)
だ
リスク管理に間接的に資する効果がある、
としている
(参考文献11))。
けでなく、機器やソフトウェア、実行場所(施設)
なども工程ごとに記載
し、不具合の様式が影響する客体も、患者、
ドナー、医療スタッフに分
けて考えている。洗い出された事象(=不具合の様式)
は、
それ自体が
患者に重大な有害事象を及ぼす危険性のあるものから、単純な組織
6
再生医療における細胞培養加工プロセス
へのリスク分析ツールの適用について
内の不便で終わる軽微な事象まで網羅的に挙げられている。
例えば、安全キャビネット
(Laminar Flow Hood)
の不適切な使
前項で紹介した海外の事例は、大学病院の輸血部門における造血
用は、滅菌されていない細胞が患者に投与されるという有害事象(影
幹細胞移植業務(採取、凍結・保管、配送)
のプロセスをFMEAの手法
響)につながる点で、影響度(S)
のスコアが高く
(9ランク)、
また検知
により分析した例である。
(D)
も難しい(5ランク)
こと、
これらが中程度の発生確率(O)
で生起
再生医療は、培養技術の発展、臨床研究・治験の進展とともに、
する
(3ランク)ので、RPN値が135と高くなっている。
また、凍結方式
自家細胞のみならず同種(他家)細胞の臨床利用が一般化し、必要
についてドナーのデータを登録する際に、誤ったデータを医師が登
な細胞を低コストで大量培養する細胞培養加工施設の集約化・専
録した場合の評価は、
トレーサビリティの保証喪失という影響につな
門化が進むことにより実用化が加速する。細胞培養加工のプロセス
がり、RPN値(=60)
は安全キャビネットの不適切使用よりは低いもの
は、委託による集約化とともに医療機関の外部へと展開する。
そこで
の、事後の原因究明を困難にする要因であり、看過できない事象とし
は複数の事業主体(医療機関・細胞培養加工事業者・細胞搬送事
て目を引く。
業者・保管事業者等)
によって細胞のバリューチェーンが形成される
(次頁図4)。
「 細胞等の採取(ドナー適格性の判定を含む)から、患
②本事例におけるまとめ
者への使用までのすべての段階で、品質に影響するリスクが存在す
FMECAの活動により、1)製品(造血幹細胞)
の汚染対策、2)
ドナー
る
(参考文献12))」、
という事実に、
「 患者安全」の視点から着目した
からのインフォームドコンセントの取り付け、3)超低温装置の管理な
い。そうすることで一つの再生医療提供プロセスとして一貫したリス
ど、以前からその重要性が指摘されてきたポイントに改めて焦点が当
ク分析と、
すべての工程・品質を管理対象とする仕組みづくりの重要
たるとともに、情報システム
(ソフトウェアとハードウェア)
に関連する
性が浮き彫りになる。
リスク管理の重要性も浮き彫りになった
(参考文献10)
)
。
医療機関や事業主は、委託契約の内容を吟味して責任の所在、
【表1】
マクロフェーズ4
(調整加工と検証)
の分析に使われたワークシートの一部
(サンプル)
再生医療
(出典:参考文献9)のFigure.1
(p.8)
を基にインターリスク総研和訳)
RMFOCUS Vol.52 42
再生医療
FMEA等の手法を検討し、③院内FMEA分析の事例等を参考に、各
A.院内造血幹細胞加工のフロー
業務を輸送や保管も含めた再生医療の供給体制全体にあてはめて、
医療機関
ドナー
自家細胞
手術室
細胞培養加工施設
患者
院内搬送
切れ目のない分析作業と未然防止策の検討を関係者と連携して実施
すること、
このようなリスクマネジメントの必要性を強調したい。将来
の再生医療の実用化・産業化をにらみ、
本稿で紹介した事例や方法論
が、
工程上のリスク管理を考える一助になれば幸いである。
造血幹細胞
B.院外で培養加工するフロー
医療機関
以上
輸送事業者
細胞培養加工事業者
自家細胞
手術室
患者
外部搬送
他家細胞
培養加工施設
自家細胞
医療機関・輸送事業者・加工事業者の連携による一貫したリスクマネジメントの必要性
【図4】再生医療にかかわる事業者が複数になる場合のイメージ比較
(インターリスク総研作成)
業務範囲を明確にすることはもちろん、全業務プロセスのリスク分析
と効果的なリスク低減策の実施について適切な連携が不可欠であ
る。
つまり個々の事業主が行うリスクマネジメントでは不十分であり、
想定されるリスクを関係者が相互に理解し、
いかに適切に連携しコン
トロールするか、医療提供に関与する全事業者を横断するリスクマネ
ジメントが課題となるであろう。
FMEAは、機器故障にもヒューマンエラーにも適用できる手法で
あり、
システムの信頼性を確保する分析手法として多くの業界や企業
で用いられている。一方で、個々の不具合の様式(故障)
は独立してい
るものと仮定しているため、複数のエラーが連鎖して起きる事象を表
現しにくいなど、限界もある。それを補完するものとしてFTA(Fault
Tree Analysis、故障の木解析)、RCA(Root Cause Analysis、根
本原因解析)
など、他の手法を併用することも多い。
そのような分析手
法の特徴を理解した上で活用すれば、FMEAは再生医療の全プロセ
スを横断してリスクを考えるツールとして有用であろう。
7 おわりに
本稿では、複数事業主の関与する再生医療を、従来の医薬品・医
療機器よりも、
より
「医療」
に近い性質をもつ細胞加工物・製品の供給
体制≒サプライチェーン全体でとらえ、
そのリスクマネジメントの重要
性を指摘した。
また参考として再生医療に近い工程を院内で一貫して
行う造血幹細胞移植についてFMEAを用いてリスクを分析する海外
の事例を紹介した。
将来の再生医療は、
この院内工程と類似する工程
に複数事業主が関与し、規制や専門性が異なるプレーヤーが分業・
連携する、
いわば高度かつ複雑化したバリューチェーンとなる。
一方で
「患者安全」
の視点からみれば、院内と変わらないリスク分析と品質
管理・工程管理が一貫して求められるのは当然である。
そのために医
療機関も含めた全事業主/プレーヤーが、
①再生医療提供側の一工
程として自らの業務を位置づけ、②工程リスク分析の共通基盤として
43 RMFOCUS Vol.52
参考文献
1)The Economist, Health care in Japan Regenerative medicine
“The best market in the world right now” Feb 23rd 2013
<http://www.economist.com/news/business/21572235-bestmarket-world-right-now-regenerative-medicine,>(最終アクセ
ス 2014年11月13日)
2)水谷 学「細胞培養の役割」
(「再生医療の細胞培養技術と産業展開」
2014年、第2章 p.9、シーエムシー出版)
3)江上美芽「幹細胞医療の産業化動向 1.産業全体図、規制・標準化・ビ
ジネスモデルの世界動向」
(「幹細胞医療の実用化技術と産業展望」
2013年、第1章1、シーエムシ—出版)
4)青山朋樹「再生医療に用いる幹細胞搬送容器を開発」
(2014、 京都
大学ホームページ)<http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_
data/h/h1/news6/2013_1/140224_1.htm>(最終アクセス 2014年11
月20日)
5)畠 賢一郎「保存・搬送の実用化課題とニーズ」
(「幹細胞医療の実用
化技術と産業展望」2013年、第6章 細胞の保存・搬送6 p.241、シー
エムシー出版)
6)信濃宏樹「細胞搬送・輸送」
(「再生医療の細胞培養技術と産業展開」
2014年、第2編培地・添加剤・輸送 第13章 p.119、シーエムシー出版)
7)独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターホーム
ページ「造血幹細胞の採取方法>2.末梢血幹細胞採取」<http://
ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCI/collection_HSC.
html>(最終アクセス2014年11月17日)
8)日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)
「ICH Q9(品質リスクマネ
ジメントに関するガイドライン)」<http://www.pmda.go.jp/ich/q/
q9_06_9_1.pdf>(最終アクセス2014年11月20日)
9)Franco Bambi, et al. Analysis and management of the risks
related to the collection, processing and distribution of
peripheral blood haematopoietic stem cells Blood Transfus.
Jan 2009; 7(1)<http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/
PMC2652230/>(最終アクセス 2014年11月20日)
10)Franco Bambi, et al. 前掲論文 p.14
11)Franco Bambi, et al. 前掲論文 p.16
12)
鳴瀬 諒子「我が国の再生医療等製品に適した製造管理及び品質
管理の在り方に関する提言」(2014、武蔵野大学大学院薬科学研
究科 博士学位論文)<http://www.musashino-u.ac.jp/guide/
information/pdf/doctoral_dissertation_2013_020.pdf>(最終ア
クセス 2014年11月20日)
注)
1)再生医療等安全性確保法:「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」
2)医薬品医療機器法:「医療品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確
保等に関する法律」
(〜薬事法改正に合わせ法律名称も変更)
3)GCP(Good Clinical Practice):医薬品の臨床試験の実施の基準で、厚
生労働省が省令で定める
4)GMP(Good Manufacturing Practice)
:医薬品及び医薬部外品の製造
管理及び品質管理の基準で、厚生労働省が省令で定める
5)GDP(Good Distribution Practice):医薬品流通に関する規制は、国
内では各企業の社内規定や卸業者の自主管理規定のみがある
〈連載全4回〉アグリビジネス
続・いま、注目されるアグリビジネス
農の問題に取り組む
~
株式会社インターリスク総研
事業リスクマネジメント部
事業継続マネジメントグループ
第3回 【農業の活性化】
「農業用ロボット」の開発・活用と関連するリスク~
1 はじめに
本シリーズでは、農業分野が抱える様々な課題解決をミッションと
したアグリビジネスの実態と関連するリスクについて紹介している。
第1回
(前々号)
:
「植物工場」
の設置・運営
第2回
(前号)
:アグリビジネス、産学連携の最前線
第3回
(今号)
:
「農業用ロボット」
の開発・活用
第4回 :今後のアグリビジネスの展望(第1回〜3回の
まとめとして)
今号では、
「農業用ロボット」に求められる機能を明らかにしたう
えで、特に「安全機能」に焦点をあて、リスクの特性や対策のあり方等
について解説する。
よ
だ
主任コンサルタント 依 田
ま
い
こ
麻 衣子
【表1】
スマート農業とは
(参考)
定義
ロボット技術やICT等の先端技術を活用し、超省力化や高
品質生産等を可能にする農業
主な効果
◦機械の作業能力を補強することによって、超省力・大規模
生産を実現する
◦これまでの技術やデータに基づいて作物の能力を最大限
に引き出し、多収・高品質を実現する
◦重労働であった作業の軽労化・機械化を実現する
◦ノウハウのデータ化によって、経験の少ない労働者が高度
な技術を利用することを実現する
◦生産情報の提供等を行うことによって、生産者と実需者・
消費者との距離を近づけることを実現する
(出典:経済産業省「技術戦略マップ2010(ロボット分野)
」)
②作業の効率化を図る(機械の自動化)
具体例:作業の省略・複合や作業速度の見直し、箱詰め作業の
自動化 等
③高品質な食べ物を提供する
2 農業用ロボットとは
⑴定義
本稿においては、農業用ロボットを「収穫物の積み下ろしなどの重
ことを目的とした農作業支援ロボット」とする。
⑵農業用ロボット活用の効果
農業用ロボットを活用すると以下①〜③が可能になり、農業用ロ
ボットは「スマート農業」
(表1)実現の具体的手段として位置付けら
れる。
①高負荷作業をロボットが担うことによって作業者にとって負担の
重い作業を減らす(作業者への負荷軽減)
具体例:重量の大きいものの運搬や収穫時の搬送 等
3 農業用ロボットに求められる機能
前記①〜③の三つの効果は、以下の三つの環境下で農業用ロボッ
トが問題なく機能することが条件である。そこで、このような環境に
対応するためにロボットに求められる機能を同時に整理する。
①屋外作業など厳しい環境が前提となること
「移動」や「パワーマネジメント」が特に求められる。まず「移動」
について、農業用ロボットが使用される作業は屋外での作業が中心
となるし、天候や土・埃(ほこり)の影響を強く受けることが関係す
る。ほ場1)面を網羅的に走行できるようにするためには、高い走行精
度が必要である。そこで、ロボットが障害物を認識できること、自分
の位置を測ることができること、使用者やまわりの作業者にとって安
全であること、軽量であること、重量物を運搬できることなどが求め
られる。さらに、屋外作業においては天候・土壌等の影響を強くうけ
るため、塵(ちり)・水等にも耐えられるものでないといけない。次に
RMFOCUS Vol.52 44
アグリビジネス
労働をアシストスーツ等で軽労化する、または農作業を自動化できる
具体例:土壌管理、温度・湿度等の環境管理、出荷管理 等
「パワーマネジメント」であるが、屋内とは異なり、ほ場1)には電源を
継続的に確保できる場所はあまり存在しない。そのため、電源コード
4 農業用ロボットに求められる安全性
が不要であり、かつ長寿命・省電力化することが必要である。
②対象物となる農作物が規格品ではないこと
⑴安全確保の必要性
ここでは、
「マニピュレーション(人と同じような作業を行うこと)」
図1に示す農業用ロボットに求められる七つの機能のうち、特に安
が求められる。農作物は工業製品とは違い、一律の規格品というも
全機能(図1「F.安全技術」に該当する機能)については留意が必要
のが存在しづらい。大きさ・硬さなどが多種多様であるため、農作物
である。農業ロボットの活用においては、以下の理由から高度の安
の判定(位置、形状、色合いなど)機能が必須であるし、ロボットは
全性を担保できないリスク(使用する側から見れば、傷害を負うリス
柔軟な判断をしなければならない。また、傷がついた農作物の価格
ク)は大きいと認識すべきである。
は下落し市場価値が低下することから、農作物を傷つけない機能も
必要である。さらに、重さに関係なく安全にいろいろな形状のものを
⃝「重労働」を想定したものが多い(かつ身体への装着を前提とした
つかむことができること、道具を使った作業ができることなども必要
ロボット(アシストスーツ)も存在する)
な機能である。
—ロボットのトラブルが発生した際にケガをする可能性がある
⃝前記七つの機能を盛り込んだ「新技術」が前提となる
③作業者や管理者がロボットの技術者ではないこと
作業者(ロボットを使用する人)は、機械操作が不得手の者が多
く、専門的な技術や知識を有していない。農作業中の事故は毎年多く
発生しているし(就業中のケガや機械操作時のトラブルについては後
述する)、ロボット自体が非常に複雑な操作を要するものであると、
実際に産地では使用することが難しくなる。そのような点を想定した
うえで、操作の容易性、安全性について留意しなければならない。
—これまでに予期しえなかったトラブルが発生する可能性がある
⃝屋外の様々な環境下で使用する
—屋内のみで使用するものと比べて相対的にトラブルが発生する
可能性が高い
⃝使用者に機械操作に不慣れな人や高齢者が多い
—ベテランかつ専門の技術者が操作する製造業よりも、農業分野
は相対的にみて操作ミス等ヒューマンエラーによるトラブル発
【図1】農業ロボットに求められる七つの機能
(まとめ)
(出典:経済産業省「技術戦略マップ2010各分野ファイル」
ロボット分野)
45 RMFOCUS Vol.52
アグリビジネス
生の可能性が高い。また、既存の農業機械でも操作ミスによる
もわかっている(図2-3)。
死亡事故が頻発している(図2-1)ことからも、操作が複雑にな
このような事情も背景に、経済産業省は「次世代ロボット安全性
る農業用ロボットでは相対的にみて、よりリスクが高いというこ
確保ガイドライン」において農業用ロボットを「次世代ロボット」に含
とがいえる。
めたうえで、以下のような高いレベルの安全確保を求めている。
①安全性の目標
既存農業機械の機械種別ごとに、事故件数の年度推移を図2-1に
次世代ロボットの使用等に係る死亡事故等の重大事故を生じさせ
示す。また、農業機械作業については、機械種別ごとに事故原因に
てはならず、その他の事故の頻度も可能な限り低減すること
特徴がある。例えば、最も発生件数の多い乗用型トラクターによる
事故原因としては、
「機械の転落・転倒」が最も多く(67.9%,72件)、
②多重安全の考え方
歩行型トラクターでは「機械への挟まれ」が多い(55.0%,22件)。そ
次世代ロボットの安全性の確保に当たっては、一つの保護方策が
して、農用運搬車では、
「機械の転落・転倒(47.5%,19件)」、
「ひかれ
十分機能しなかった場合でも事故防止が図られるようにする多重安
(25.0%,10件)」という順になっている(図2-2)。
全の考え方に基づき、多重的で余裕のある保護方策を講じること
一方、年代別に見た場合、年齢層が高いほど、事故件数が多いこと
(単位:件、%)
15 年
事故発生件数
16 年
398
17 年
413
18 年
395
19 年
391
397
20 年
374
21 年
408
22 年
23 年
398
24 年
366
350
282
(70.9)
295
(71.4)
263
(66.6)
242
(61.9)
259
(65.2)
260
(69.5)
270
(66.2)
278
(69.8)
247
(67.5)
256
(73.1)
乗用型トラクター
132
(33.2)
135
(32.7)
124
(31.4)
115
(29.4)
115
(29.0)
129
(34.5)
122
(29.9)
114
(28.6)
123
(33.6)
106
(30.3)
歩行型トラクター
43
(10.8)
54
(13.1)
55
(13.9)
26
(6.6)
35
(8.8)
35
(9.4)
36
(8.8)
50
(12.6)
40
(10.9)
40
(11.4)
農用運搬車
37
(9.3)
39
(9.4)
30
(7.6)
53
(13.6)
45
(11.3)
35
(9.4)
30
(7.4)
46
(11.6)
31
(8.5)
40
(11.4)
自脱型コンバイン
13
(3.3)
11
(2.7)
10
(2.5)
6
(1.5)
10
(2.5)
9
(2.4)
17
(4.2)
15
(3.8)
9
(2.5)
17
(4.9)
動力防除機
4
(1.0)
5
(1.2)
4
(1.0)
3
(0.8)
4
(1.0)
5
(1.3)
9
(2.2)
8
(2.0)
4
(1.1)
7
(2.0)
動力刈払機
8
(2.0)
11
(2.7)
3
(0.8)
1
(0.3)
6
(1.5)
3
(0.8)
11
(2.7)
7
(1.8)
5
(1.4)
8
(2.3)
45
(11.3)
40
(9.7)
37
(9.4)
38
(9.7)
44
(11.1)
44
(11.8)
45
(11.0)
38
(9.5)
35
(9.6)
38
(10.9)
24
(6.0)
24
(5.8)
23
(5.8)
26
(6.6)
21
(5.3)
17
(4.5)
18
(4.4)
14
(3.5)
20
(5.5)
19
(5.4)
92
(23.1)
94
(22.8)
109
(27.6)
123
(31.5)
117
(29.5)
97
(25.9)
120
(29.4)
106
(26.6)
99
(27.0)
75
(21.4)
農業機械作業に係る事故
その他
農業用施設作業に係る事故
機械・施設以外の作業に係る事故
【図2-1】既存農業機械による死亡事故件数 (出典:農林水産省「平成24年の農作業死亡事故について」)
■機械の転落・転倒 ■挟まれ ■ひかれ ■その他
20%
乗用型トラクター
(n=106)
歩行型トラクター
(n=40)
農用運搬車
(n=40)
40%
60%
67.9%
80%
5.7%
100%
21.7%
4.7%
20.0%
55.0%
15.0%
25.0%
25.0%
80%
70%
60%
50%
0.0%
47.5%
90%
323
358
348
314
311
■60歳以上
■50代
40%
■50歳未満
30%
20%
12.5%
【図2-2】農業機械作業に係る死亡事故の機種別・原因別件数
(出典:農林水産省「平成24年の農作業死亡事故について」
を基にインターリスク総研
作成)
10%
0%
33
18
2008年
(n=374)
37
13
2009年
(n=408)
38
12
2010年
(n=398)
29
23
2011年
(n=366)
22
17
2012年
(n=350)
【図2-3】既存農業機械による死亡者年齢分布
(出典:農林水産省「平成24年の農作業死亡事故について」
を基にインターリス
ク総研作成)
RMFOCUS Vol.52 46
アグリビジネス
0%
100%
アグリビジネス
⑵安全確保の方策
②多重安全確認対策
⃝介護ロボットの「ロボットの開発・運用フェーズ」の農業用への転用
前述のとおり、農業用ロボットは天候や土壌等の環境変化、対象
現在、産業用ロボットを普及させるための試みの一つとして、
物が一律ではなく多種多様であること、技術者ではない作業者が使
介護分野にロボットを導入して実用化し普及させる動きが活発に
用することなどの農業分野特有の厳しい使用環境に置かれることか
なっている。介護ロボットは作業対象が「ヒト」であるために、高い
ら、一層の安全性が求められる。農業用ロボットにおいて安全を確
レベルでの安全確保が求められており、ロボットの開発・運用プロ
保する方策は多岐にわたるが、本稿では以下2点を例示する。
セスとして、厚生労働省によって図3に示すような実証試験フェー
①ヒューマンエラー対策
同様にリスクの高い農業用ロボットにおいても、介護ロボットに活
ズが定められている。介護ロボットほどではないかもしれないが、
⃝ハード面
—センサー、非常停止装置、警報装置を取り付けることで異常な状
用されているプロセスを転用して、繰り返し安全確認をすることを
推奨する。
態を発見しやすくし、危険回避行動を容易にする
—安全装置や防護装置を設置することで、危険な状態を早期に検
出して遮断することを可能にする
⃝ソフト面
5 おわりに
—運用マニュアルを策定し、作業者(使用者)への教育を行うこと
により、リスクの予防・低減を行う
—定期的な保守点検や評価試験を行うことにより、リスクを低減
する
—取り扱い説明や注意銘板、防護柵や標識等を設置することによ
り、リスクを予防する
今号では、農業用ロボットに求められる機能を明らかにしたうえ
で、特に「安全機能」に焦点をあててリスクの特性と対策のあり方に
ついて解説をしてきた。今後の農業用ロボットを開発・運用していく
うえで参考になれば幸甚である。
次号は、本シリーズ最後と位置付け、今後のアグリビジネスの展望
をお伝えしていく予定である。
以上
開発準備段階
⃝利用者の特性データやニーズに基づいて、開発する機器の機
能や開発計画を検討する
開発段階
⃝プロトタイプ機の開発を開始し、要求機能や開発計画を見直
しながら開発を進める
安全性評価段階
⃝プロトタイプ機が完成し、その安全性を確認する
⃝健康成人を対象として安全性を検証する
有効性評価段階
⃝安全性が確認されたプロトタイプ機(あるいは改良機)につい
て、有効性の確認、適応・適用要件を確認する
実用性評価段階
⃝安全性およびメインターゲットとする利用者層に対する有効
性が確認されたプロトタイプ機(あるいは改良機)について、
より幅広い層や実際の利用環境に即した実用性を評価する
上市2)段階
⃝一連の評価と改良を終え、製品として市場に投入、販売を開
始する
普及段階
⃝製品が量産され、広く一般に普及する
【図3】介護ロボットの開発・運用フェーズ (出典:厚生労働省「平成25年度福祉用具・介護ロボット実用化支援事業報告書」
を基にインターリスク総研作成)
47 RMFOCUS Vol.52
参考ホームページ
1)農林水産省>報道・広報 > 報道発表資料 > 平成24年の農作業
死亡事故について<http://www.maff.go.jp/j/press/seisan/
sizai/140408.html>(最終アクセス2014年11月30日)
2)経済産業省>政策一覧>経済産業>技術革新の促進・環境整備
>研究開発>技術戦略マップ>2010>ロボット分野
<ht tp: //w w w.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu _
kakushin/kenkyu_kaihatu/str2010/a3_1.pdf>(最終アクセス
2014年11月30日)
3)経済産業省>事業者のみなさまへ > リスクアセスメントのハ
ンドブック<http://www.meti.go.jp/product_safety/recall/
risk_assessment.html>(最終アクセス2014年11月30日)
4)厚生労働省>平成25年度福祉用具・介護ロボット実用化支援事
業報告書<http://www.techno-aids.or.jp/research/robo_
mhlw_140714.pdf>(最終アクセス2014年11月30日)
注)
1)圃場(ほじょう):作物を栽培する田畑。農園。菜園
2)上市(じょうし):新製品の発売を開始し、市場の反応をみる
企業リスク
日経225企業のリスク情報開示
状況レポート
(2014年3月期)
株式会社インターリスク総研
事業リスクマネジメント部
事業継続マネジメントグループ ほ
ん
ま
マネジャー・上席コンサルタント 本 間
本稿は有価証券報告書で公表される「事業等のリスク」の記載
も と み つ
基照
ものと考える。
内容(以下「開示リスク」)を2014年3月期までの6年間にわたって
開示リスク数を表1の13のリスク分類ごとにみると、8リスクが過
集計、分析したものである。分析対象は日経225(日本経済新聞社
去6年間で最高となった。
が算出、公表している、東京証券取引所の第1部上場企業225社で
最も多く増加したリスク分類が「政治」で対前年差+44件、次い
構成された株価指数)に採用されている企業のうち、3月決算で、
で「社会・経済」と「雇用」の+30件、
「自然現象」の+17件となっ
かつ2011年3月期の決算短信に「事業等のリスク」の記載があった
た。一方で、
「環境」は対前年差−16件と過去6年間で初めて減少
65社である。
に転じた(次頁表3)。
次に、これらの五つのリスク分類に着目して増減の項目を分析
1
する。
開示リスク数と顕在化リスク数の年次
推移
⑴リスク分類「政治」
2014年3月期(以下「今年度」)の開示リスクの総数は1,126件と
リスク分類「政治」の開示数の増加には、
「税制の変更(対前年
過去6年間で最高となった(表1)。顕在化したリスクが2012年、
差+13)」、
「暴動・テロ(同+11)」
「戦争(同+10)」が大きく寄与
2013年と2年連続で増加(表2)したため、企業の危機感が現れた
している。
【表1】開示リスクの年度推移
(開示数)
リスク分類
2010年3月期
取引および法的問題
82
社会・経済
2011年3月期
83
2012年3月期
108
2013年3月期
76
2014年3月期
69
235
250
255
253
283 ★
政治
90
93
117
104
148 ★
経営および内部統制
70
76
86
85
100 ★
42
46
60
情報セキュリティ
49
51
労働安全衛生
20
22
832
915
自然現象
76
技術
101
42
財務
46
35
製品・サービス
雇用
37
17
47
施設・設備
55
27
合計
35
38
39
98
35
22
115 ★
44
32
52
55
61
75
84 ★
29
26
29 ★
17
75
34
1,019
19
91
35
971
49 ★
75
企業リスク
環境問題
20
100
43 ★
1,126
※ ★は過去6年間で開示件数が過去最高のリスク分類 (各社の有価証券報告書を基にインターリスク総研作成)
【表2】顕在化リスクの年間推移
合計
2009年
377
(暦年)
2010年
334
2011年
309
2012年
310
2013年
337
2014年※
224
※2014年は1〜10月分の集計 (日本経済新聞の記事を基にインターリスク総研作成)
RMFOCUS Vol.52 48
【表3】開示リスクの年度推移
(対前年差)
リスク分類
取引および法的問題
社会・経済
自然現象
政治
技術
経営および内部統制
財務
製品・サービス
雇用
情報セキュリティ
環境問題
労働安全衛生
施設・設備
合計
2010年3月期
3
2011年3月期
8
1
15
-3
25
0
4
5
2
4
0
0
0
6
3
1
29
3
6
2
4
3
2
2012年3月期
25
2013年3月期
5
-32
30
24
-13
44
10
-1
15
-1
-8
-2
17
-3
9
2
-17
10
-3
2
30
-16
14
10
-8
14
20
16
8
-1
1
83
-7
-2
8
2
2014年3月期
7
104
-3
-48
3
9
3
8
155
(各社の有価証券報告書を基にインターリスク総研作成)
「税制の変更」の増加は2014年4月の5%から8%への消費税増
税によるものである。その後も時期は定まってはいないが10%へ
⑸リスク分類「環境」
の増税が予定されている。それに伴い景気動向、関連税制も変更
リスク分類「環境」の開示数の減少には、
「土壌汚染」
「大気汚
を想定する必要があり、企業戦略を立てるうえで、増税の時期の
染」
「水質汚染」の、前年から各10件の減少が大きく寄与してい
想定も含めて考慮しなければならないリスクの一つとなった。
る。一方で、
「環境関連規制の遵守」という項目が前年から16件増
「暴動・テロ」
「戦争」の増加は、特に海外展開している企業に
加している。環境汚染そのものの対策は一巡し、組織の次の課題
懸念が多い。2013年1月のアルジェリアでのテロ事件、2013年3月
としてPDCAのマネジメントサイクルにより環境対応に取り組もう
の韓国でのサイバー攻撃による銀行の機能停止、2013年4月のボ
という意識変化の現れと考える。
ストンマラソンでのテロ事件、2013年8月のエジプトでの非常事態
宣言、2014年1月のタイでの非常事態宣言など、
「暴動・テロ」
「戦
なっている。
2 開示リスクと顕在化リスクのギャップ
⑵リスク分類「社会・経済」
今年度の開示リスク数を全145種類のリスク事象でみると、6位
争」は、これまで以上に意識しなければならないリスクの一つに
に「暴動・テロ」が新たに入ったほかには、1位「地震、津波」、2位
リスク分類「社会・経済」の開示数の増加には、
「製品市況の変
「為替変動」、3位「景気変動」、4位「金利変動」、5位「規制強化」
化(対前年差+7)」、
「為替変動(同+5)」が大きく寄与している。
など、昨年度からの順位に大きな変動はなかった。これまで同様、
両者ともに、
(1)で述べた消費税増税と直接的、間接的に関連し
外部要因型リスクが中心となった(次頁表4)。
た増加である。
一方で実際に顕在化したリスク(以下「顕在化リスク」)は内
部要因型リスクが多く、開示リスク数と顕在化リスク数の傾向に
⑶リスク分類「雇用」
ギャップがあることが明らかになっている。具体的には顕在化リ
スクの中で件数が多いリスク事象は、1位「設計の欠陥・瑕疵」、2
リスク分類「雇用」の開示数の増加には、
「スキャンダル(対前年
位「輸送中の事故」、3位「製品検査・試験のミス」、4位「景気変
差+16)」、
「キーマン、有能な人材の流出(同+5)」が大きく寄与し
動」、5位「事業戦略の失敗」とあり、
「景気変動」以外、10位まで
ている。消費税増税前の景気回復基調を背景に高まった雇用環境
すべてが内部要因型となった(次頁表5)。
の逼迫感から、雇用リスクへの懸念が高まったものと考える。
景気動向、政治動向を考えると、確かに外部要因型リスクへの
対応が企業の今後を決める大きな要因にもなりえるが、内部要因
⑷リスク分類「自然現象」
リスク分類「自然現象」の開示数の増加には、
「天候不順(対前
年差+10)」、
「台風(同+7)」が大きく寄与している。夏季の猛暑
や大型台風接近の増加などが背景にある。なお地震については増
減がなかった。
49 RMFOCUS Vol.52
型リスクへの対応が不十分であることも大きな問題である。
企業リスク
【表4】2012年3月期〜2014年3月期の上位リスク事象
(開示リスク)
2012年3月期
件数
2013年3月期
件数
2014年3月期
件数
1
地震、津波
外
55
1
地震、津波
外
55
1
地震、津波
外
55 →
2
為替変動
外
51
2
為替変動
外
48
2
為替変動
外
53 →
3
景気変動
外
39
3
景気変動
外
40
3
景気変動
外
43 →
4
原材料市況の変化
外
37
4
金利変動
外
38
4
金利変動
外
41 →
5
金利変動
外
36
5
規制強化
外
35
5
規制強化
外
37 →
6
規制強化
外
33
機密情報の漏洩
内
35
6
暴動・テロ
外
35 新
7
立法、法令改正
外
32
他社による知的財産権侵害
外
32
機密情報の漏洩
内
35 ↓
他社による知的財産権侵害
内
32
他社の知的財産権の侵害
内
32
他社による知的財産権侵害
外
33 ↓
他社の知的財産権の侵害
内
32
設計の欠陥・瑕疵
内
32
他社の知的財産権の侵害
内
33 ↓
国際法・慣習の未遵守
内
30
水質汚染
内
31
株価変動
外
31 新
現地法令・商慣習の未遵守
内
30
設計の欠陥・瑕疵
内
31 ↓
10
7
10
8
10
注)
外:外部要因型リスク、
内:内部要因型リスク/→:件数推移が横ばい、↓:件数推移が減少、新:10位以内の新たなリスク事象
(各社の有価証券報告書を基にインターリスク総研作成)
【表5】2012年3月期〜2014年3月期の上位リスク事象
(顕在化リスク)
2012年3月期
件数
2013年3月期
件数
2014年3月期
件数
1
景気変動
外
38
1
設計の欠陥・瑕疵
内
31
1
設計の欠陥・瑕疵
内
51 →
2
地震、津波
外
36
2
景気変動
外
23
2
輸送中の事故
内
27 ↑
3
設計の欠陥・瑕疵
内
35
事業戦略の失敗
内
23
3
製品検査・試験のミス
内
22 ↑
4
製造プロセスの欠陥・瑕疵
内
15
脱税・過小申告
内
17
4
景気変動
外
20 ↓
5
輸送中の事故
内
14
製造プロセスの欠陥・瑕疵
内
17
5
事業戦略の失敗
内
19 ↓
6
談合、カルテル
内
13
6
輸送中の事故
内
13
6
機密情報の漏洩
内
13 新
7
事業戦略の失敗
内
9
7
談合、カルテル
内
11
メンテナンスの不良・失敗
内
13 新
8
横領
内
8
横領
内
11
8
製造プロセスの欠陥・瑕疵
内
12 ↓
製品検査・試験のミス
内
8
製品検査・試験のミス
内
11
9
脱税・過少申告
内
10 ↓
強盗
外
8
労働災害
内
9
談合、カルテル
内
10 ↓
不正アクセス
内
10 新
4
10
注)
外:外部要因型リスク、
内:内部要因型リスク/→:件数推移が横ばい、↓:件数推移が減少、新:10位以内の新たなリスク事象
(日本経済新聞の記事を基にインターリスク総研作成)
3 次年度以降、検討すべき開示リスク
開示リスクを検討するうえで、最新の開示リスクや顕在化リスクを
参考にするとよい。次年度以降、検討すべき開示リスクのキーワー
ドは、海外危機管理、製品安全、情報漏洩の三つであると考える。
事例も増えてきている。同じ情報漏洩でも、その形態は常に変容し
ていることを認識しなければならない。
4 おわりに(まとめ)
海外危機管理は表4の開示リスクの6位に新たにランクされている。
また製品安全は表5の顕在化リスクの1、3、6、8位にランクされてい
るほか、情報漏洩は、同じく表5の6位に新たにランクされている。
海外危機管理については、先に述べた開示リスクの増加にも現
望ましい開示リスクを行うポイントは二つ、
「開示リスクと顕在
化リスクのギャップを埋めること」、
「最新の開示リスクや顕在化リ
スクを参考にすること」である。
れているとおり、これまで以上に重視すべきリスクの一つである。
前者については、網羅的なリスクの洗い出しを行ったうえで、外
国によって法令、慣習などが日本と大きく異なっていることに加
部要因型リスクに偏ることなく、内部要因型リスクについても対象
え、テロや政情不安なども日本と比較すると発生の頻度は高い。
に盛り込むことで、開示リスクと顕在化リスクのギャップの解消に
努めなければならない。また後者については、最新の顕在化リスク
を随時把握するのはもちろんのこと、同業他社の開示リスクも参
スクの詳細を見ると、
「設計の欠陥・瑕疵」が2年連続で1位となっ
考にすべきである。
たほか、
「製品の検査・試験のミス」が前年の7位から3位に上昇、
「メンテナンスの不良・失敗」が新たに6位に入った。また「製造プ
このような取り組みが、投資家に対する説明責任を果たすとと
もに、リスクに強い企業体質の構築につながるものと考える。
ロセスの欠陥・瑕疵」も8位と上位にある。これは企業の安全に対
する意識が低下している証拠とみてとることもできる。
以上
情報漏洩については、USBの紛失、誤送信などの形態が多かっ
たが、最近ではネットワークを介して第三者により情報を盗まれる
RMFOCUS Vol.52 50
企業リスク
製品安全について、部品の共通化などを背景に、特に自動車関
連で大規模なリコールが頻発するようになってきた。顕在化したリ
国連防災世界会議
第3回 国連防災世界会議
〜ポスト「兵庫行動枠組」に向けて〜
株式会社インターリスク総研
総合企画部
市場創生チーム
ほ ん
だ
特別研究員 本 田
し げ
き
茂樹
1 はじめに
⑵第2回国連防災世界会議
(2005年1月18日〜22日)
第3回国連防災世界会議が、2015年3月に仙台市で開催される予
浜戦略」
の見直しが決定され、2005年に第2回国連防災世界会議が
定である。各国首脳、閣僚、国際機関代表や認証NGOなど5,000
人、全体では4万人以上が参加するものと想定されている。
2001年の国連総会において、新しい防災戦略の策定に向けて
「横
神戸市で開催された。
この会議では2001年以降、
それまで行われてきた
「横浜戦略」
の見
この会議では、現行の「兵庫行動枠組(HFA:Hyogo Frame-
直しを完結させるとともに、
「兵庫行動枠組2005-2015」
を採択し、今
work for Action)」
の後継枠組みを策定するとともに、我が国に
後10年間にとるべき五つの優先行動を示すなど、
より実践的に戦略
とっては東日本大震災の被災地の復興の現状や防災に関する日本
を推し進めることで一致した
(次頁表1)
。
の経験・知見を世界に発信し、
国際貢献を行う重要な機会となる。
本稿では国連防災会議とは何か、
そしてその会議で何を目指して
いるかについて概説する。
2 国連防災世界会議とは
国連防災世界会議は、国連が主催する国際的な防災戦略につ
3
第3回国連防災世界会議
(2015年3月14日〜18日)
⑴開催の意義
①新たな国際防災の取り組み指針
第2回国連防災世界会議において採択された
「兵庫行動枠組」
は、
いて議論する会議である。過去2回はともに日本で開催されており、
2005年から2015年までの国際的な防災に関する取り組み指針であ
2015年に仙台で行われる会議は第3回国連防災世界会議となる。
るが、
この後継となる枠組みの策定が求められている。
さらに、同じく2 0 1 5 年 に策 定される「ミレニアム開 発目標 」
⑴第1回国連防災世界会議
(1994年5月23日〜27日)
(MDGs:Millennium Development Goals)1)の後継枠組みに
おいて、
防災を明確に位置付けることも目指している。
1987年の国連総会において、1990年代を
「国連防災の10年」
とす
ることが決定したことを受け、1994年に第1回国連防災世界会議が
横浜市で開催された。
②世界会議開催の機会を活かした我が国知見の発信
東日本大震災の発生から約4年後に被災地で開催される本会議は、
この会議では、
「より安全な世界に向けての横浜戦略」
( 以下「横
震災時に世界各国から受けた支援への謝意を世界に向けて発信す
浜戦略」)
を採択し、そこでは災害被害の軽減による持続可能な経
るとともに、
我が国の防災技術や防災体制の仕組みを、
開発途上国に
済成長という考え方を初めて示すとともに、各国の防災体制の確
とっても受け入れやすい形で積極的にアピールする重要な機会となる。
立、
そして地域レベルの協力体制の確立も目指すこととした。
また、
アジア地域における成果として、1998年7月、神戸市にアジア
防災センターが設立されている。
③東日本大震災からの復興の発信および被災地の振興
世界会議には国内外から全体で4万人以上が参加する見込みで
あり、
それらの参加者に東日本大震災から復興の取り組みや現状を
発信し、正確に理解してもらうことで、風評被害対策や観光客の増
加も目指す。
51 RMFOCUS Vol.52
国連防災世界会議
【表1】
「兵庫行動枠組2005-2015 〜災害に強い国・地域の構築〜」
兵庫行動枠組2005-2015 〜災害に強い国・地域の構築〜
Hyogo Framework for Action 2005-2015
Building the Resilience for Nations and Communities to Disasters
【3つの戦略目標】
①持続可能な開発の取組みに減災の観点をより効果的に取り入れる
②全てのレベル、特にコミュニティレベルで防災体制を整備し、能力を向上する
③緊急対応や復旧・復興段階においてリスク軽減の手法を体系的に取り入れる
【2005年〜2015年に取るべき5つの優先行動】
①防災を国、地方の優先課題に位置づけ、実行のための強力な制度基盤を確保する
国レベルの制度的、法的枠組の整備など
②災害リスクを特定、評価、観測し、早期警報を向上する
国及び地方レベルの災害リスク評価(リスクマップの整備・普及、災害リスクの脆弱性の評価指標の体系整備等)など
③全てのレベルで防災文化を構築するため、知識、技術革新、教育を活用する
情報交換、研究、意識啓発(防災教育やメディアの取組み促進)など
④潜在的なリスク要因を軽減する
重要な公共施設・インフラの耐震性の向上など
⑤効果的な応急対応のための事前準備を全てのレベルで強化する
全てのレベルにおける緊急事態対応計画の準備、防災訓練など
(出展:第3回国連防災世界会議に係る国内準備会合(第1回)
:
「資料3」
内閣府防災情報のページ>会議・報告>第3回国連防災世界会議に係る国内準備会合
<http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/sekaikaigi/01/pdf/siryo_3.pdf>、最終アクセス2014年12月7日)
⑵会議の構成
4
おわりに
〜「兵庫行動枠組」の後継枠組みの方向性〜
①本体会議
各国首脳・閣僚級など各国政府、国際機関、認証NGOなどが
「兵庫行動枠組」
の実施状況については、
国連が
「兵庫行動枠組の
参加する会議であり、
「 兵庫行動枠組」
の後継となる枠組み策定の
実施状況に係る評価報告書」
(2013年4月)
で次の通り評価している。
議論が行われるほか、閣僚級セッションや様々なテーマを取り扱う
⃝国レベルの防災制度・組織の整備(優先行動1)
や、災害応急対応
ワーキングセッションなどが開催される。
準備体制の強化
(優先行動5)
は比較的進展している
⃝一方、経済的な被害は増加しており、潜在的なリスクを軽減させ
②関連事業
るためのインフラ整備等
(優先行動4)
は比較的遅れている
本体会議に加えて、本体会議参加者や一般市民などが参加する
多くのフォーラム、
シンポジウム、
セミナーなどが開催され、防災・復
興に関するより個別具体的なテーマが取り上げられる。
あわせて、防災関連企業による、最新の防災関連技術・機材など
「兵庫行動枠組」
は防災対策の指針として認知されつつあることから、
第3回国連防災世界会議においては、
その基本的な要素は維持しつつ
新たな課題に対応する形で後継枠組みを策定することになろう。
の展示や説明会、
さらにはスタディ・ツアーやエクスカーション
(体験
型見学会)
の形で、被災地の復興状況、東北の魅力ある観光資源の
以上
視察プログラムが提供される。
参考資料
「第3回国連防災世界会議に係る国内準備会合
(第1回〜第4回)
」
における配布資料
1)
「ミレニアム開発目標」
(MDGs)
:
2000年9月に開催された国連ミレニアム・サミットにおける国連ミレ
ニアム宣言と、1990年代に開催された主要な国際会議やサミットで
採択された国際開発目標を統合し、一つの共通の枠組みとしてま
とめたものをミレニアム開発目標と呼ぶ
RMFOCUS Vol.52 52
国連防災世界会議
注)
Disasters & Accidents information
災害・事故 情報
対象期間:2014年9月〜11月
RMFOCUS 編集部
本情報はマスメディアでの報道等をベースに編集しています。
火災・爆発
●愛知、製鉄所で爆発、15人重軽傷
9月3日午後0時35分ごろ、愛知県東海市の大手鉄鋼(高炉)メーカーA
社のB製鉄所で小規模の爆発があった。この事故で、A社と協力会社の
男性社員計15人が顔などにやけどをし、うち5人が重傷となった。A社に
よると、コークス炉に石炭を入れる装置で異常燃焼が発生したが、原因
は不明。異常燃焼の後、製鉄所内のベルトコンベヤーに延焼した。B製
鉄所では、今年1月に2回、6月に1回、7月に1回、黒煙が噴出するトラブル
が発生している。いずれも、製鉄所内で停電が発生したため、石炭から
コークス燃料を作る炉内で処理できなくなった一酸化炭素などの有毒
ガスを燃やし、無害化する作業に伴うものだった。ただし、今回は過去4
回とは異なり、停電は起きていないという。
同日午前10時半ごろ、炉に入れる石炭を貯蔵する石炭塔の温度が
上昇し、発煙。119番したが、発煙のみだったため、消火活動は行わな
かった。その後、社員らが石炭を取り除く作業をしていて、爆発が起き
たという。同社では、事故は温度が上昇した石炭塔内の石炭をコーク
ス炉へ落とす作業中に起きたとし、
「石炭の温度が上昇していたところ
に塔のゲートを開けたことで空気が流入し、一気に燃焼した」と説明し
ている。
爆発から続いていた火災は、出火から約15時間後の4日午前3時半ご
ろ、消し止められた。6日、事故を起こしたコークス炉を除き、高炉など
の上工程はすべて再開。8日には原料から製品までの一貫生産体制が
整った。B製鉄所で生産する鋼材の約半分が周辺に立地する自動車
メーカー向け。操業を開始したことで、これら自動車メーカーへの供給
不安も順次、解消に向かった。
株式会社インターリスク総研
避難所には一時、約450人以上が自主的に避難した。土砂崩れや路面の
陥没が相次ぎ、複数の国道や県道が通行止めになった。水道管の破裂
も複数あり、長野市や白馬村などで一時断水した。また、一時、1,760戸
が停電した。
●御嶽山噴火、死者・不明者63人、戦後最悪の火山災害
9月27日午前11時52分ごろ、長野県と岐阜県にまたがる御嶽山(おん
たけさん、標高3,067m)が噴火した。この噴火は地下水がマグマに触
れ、蒸発した水蒸気が圧縮されたことによる水蒸気爆発とみられる。こ
れはマグマ噴火などと比べ兆候が少なく、予測が難しいという。日本国
内において噴火災害で死者を出したのは、1991年6月3日の雲仙・普賢岳
(うんぜん・ふげんだけ)の火砕流による事故以来となり、死者数も雲
仙・普賢岳の43人を超え、戦後最悪の57人(不明者6人)となった。死亡
した57人はいずれも火口から半径1kmの範囲で見つかった。うち55人が
噴石の直撃などによる損傷死。山頂付近にいた多くの登山者に噴石が
雨のように降り注いだ。噴石は火口から約500mの範囲に集中し、噴石
の速さは時速300kmにも達したと推測される。御嶽山は標高3,000m超
ながら、7合目まで車やロープウェーで入ることができるなど手軽に登れ
る。特に紅葉シーズンは登山者が多く、晴天の土曜で、お昼時に噴火し
たため被害が広がった。山頂付近には約250人がいたとみられる。山頂
で昼食をとったり、
「お鉢巡り」
(おはちめぐり、火口の周りを一周するこ
と)をしたりする人が多かった。
風水雪災・豪雨・竜巻
●長野北部で地震、震度6弱、負傷者46人
11月22日午後10時8分ごろ、長野県北部で震度6弱の揺れを観測する地
震が発生した。気象庁によると、震源は同県北部、北安曇郡(きたあづ
みぐん)白馬村付近で、震源の深さは約5km。地震の規模を示すマグニ
チュード(M)は6.7(暫定値)だった。同日午後10時37分ごろには、同県小
谷村(おたりむら)で震度5弱を観測する最大の余震(M4.5)があった。
政府の地震調査委員会によると、この地震は活断層の「神城(かみし
ろ)断層」の一部が動いて発生した可能性が高い。神城断層は日本列島
のほぼ中央部を通る「糸魚川(いといがわ)—静岡構造線断層帯」
(全
長140〜150km)の一部で、北側に位置する。余震の震源は長野県小谷
村から白馬村にかけての南北約20kmに分布。ほぼ神城断層の位置と一
致していた。今回の地震は、北西と南東からの圧力で断層の片側がのし
上がるように隆起する「逆断層」タイプ。余震の震源分布の分析では、
断層の東側が隆起する逆断層の特徴があった。信州大などによる現地
●2週続けて日本列島台風直撃、台風18号、19号
大型で非常に勢力の強い台風18号は、勢力を保ったまま10月5日朝に
鹿児島県奄美地方に近づいた後、本州南岸を北東方向に進んだ。6日朝
には速度を上げて午前8時過ぎに静岡県浜松市に上陸。その後、東海
地方から東京23区を直撃する形で関東地方を横断した。茨城県から再
び太平洋へ抜け、6日午後9時に三陸沖で温帯低気圧に変わった。大雨
による河川氾濫や土砂災害のおそれがあるとして茨城県から高知県ま
での1都11県で約356万人に避難勧告、約5万9千人に避難指示が出た。
東海地方などを中心に猛烈な雨が降り、鉄道や空の便など交通が大き
く乱れ、首都圏の通勤・通学に影響が出た。また東海・関東地方では6
日午前、従業員の安全に配慮して自動車工場が操業を見合わせるなど
企業活動に影響が出た。消防庁によると、土砂崩れや強風による転倒
などによる死者6名(茨木県、千葉県、神奈川県で各2名)、行方不明者1
名、重軽傷者72名。住宅の全壊2棟、半壊4棟、一部破損251棟、床上・床
下浸水合わせて2,540棟などとなった(11月5日時点)。
台風19号は10月12日に沖縄本島付近を通過した後、13日午前8時半ご
ろに鹿児島県枕崎市付近に上陸。その後、同日午後2時半ごろに高知県
宿毛市(すくもし)付近に再上陸して、四国を横断。午後8時半ごろに大
調査では、東側の地表が最大で90cm隆起していることも確認された。
長野県によると12月5日時点で、白馬村など県内の負傷者は46人で、
うち10人が重傷だった。住宅倒壊や土砂崩れが相次いだが、死者はな
かった。重傷者は長野市2人、白馬村4人、小谷村3人、松川村1人。住宅
は白馬村27棟、小谷村6棟など計39棟が全壊し、71棟が半壊した。白馬
村では複数の住民が倒壊家屋の下敷きになったが、全員救出された。
阪府岸和田市付近に再々上陸。14日朝にかけて東海、関東から東北に
進み、列島を縦断して太平洋上に抜けたのち、同日午前9時に三陸沖で
温帯低気圧に変わった。この台風により、沖縄・奄美と西日本から北日
本にかけての太平洋側を中心に大雨や暴風となり、海上は猛烈なしけ
となった。消防庁によると、死者3名、重軽傷者96名。住宅被害は半壊6
棟、一部破損128棟、床上・床下浸水836棟となった(11月5日時点)。岩
地震・噴火・津波
53 RMFOCUS Vol.52
手県から沖縄県までの2府20県で64世帯(109人)に避難指示が、753,111
世帯(1,811,163人)に避難勧告が出た。3連休の交通機関は大幅に乱れ
た。ただし、自動車や電機など製造業の工場への影響は限定的にとど
まった。
10月に二つの台風が上陸したのは過去に1955年と、台風が集中上陸
した2004年だけだった。今年の上陸も計4個で、年間の上陸数は2004年
(10個)以降では最多となった。
施設・設備安全、業務遂行中の事故
●韓国ライブ場、換気口のふた崩落、16人死亡
10月17日午後5時50分(現地時間)ごろ、ソウル郊外の城南市で行われ
ていたアイドルグループの野外コンサート中、観客の一部が乗っていた
換気口のふたが崩落した。地元消防当局によると、25人が約19m下のコ
ンクリートの上に転落し、16人が死亡、9人が重軽傷を負った。
換気口は縦約6.5m、横約3.5mで、金属製の格子状のふた6枚で覆われ
ており、うち複数枚が落下した。地上から約1m高い位置にあり、ふたの
上でコンサートを見ていた27人のうち25人が地下駐車場に落ちた。女性
2人は間一髪で転落を免れた。イベントには複数のアーティストが出演し
ていたが、人気女性アイドルグループの出番となり、観客がよく見ようと
換気口の上に集まり、ふたが重さに耐えきれずに一気に崩落した。観客
は歓声を上げながらリズムに合わせ飛び跳ねていた。イベントの司会者
が公演開始前からふたに乗っている人に下りるよう注意していたが、徹
底されなかった。現場の換気口の周りにはフェンスや警備員が配置され
column
コ・ラ・ム
ていなかったことがわかり、韓国警察は、安全管理に問題があったとみ
て関係者10人以上から聴取した。
●米民間宇宙船、事故相次ぐ、2人死傷
米民間宇宙企業A社が10月28日、国際宇宙ステーション(ISS)への
食糧などの物資輸送のために打ち上げた無人ロケットが爆発した。ス
ペースシャトルの退役後、物資輸送を民間委託してから初の大事故と
なった。ロケットは日本製の実験装置も搭載していた。爆発したのは
ISSへの物資を運ぶ無人補給船Bを積んだロケットC。米バージニア州
ワロップス島の米航空宇宙局(NASA)の施設から発射後、約10秒後に
墜落して燃料に引火し、炎上した。主エンジンに何らかの異常が起きた
とみられる。
英宇宙旅行会社D社の宇宙船Eが10月31日、試験飛行中に米カリフォ
ルニア州のモハーベ砂漠に墜落した。テストパイロットの1人が死亡、1人
が重体となった。事故の原因は不明。米国では宇宙関連の事故が1週間
に2件起きた形で、安全性への懸念が高まった。宇宙旅行ビジネスの先
行きにも影響が大きいとみられる。
宇宙船Eは6人乗りで、高度15km程度の上空で子機が母機から分か
れ、ロケット噴射により音速で高度100kmを超えて宇宙空間に到達する
仕組み。今回の事故では子機が切り離されて2分後に制御不能になり、
墜落した。母機はそのまま無事に着陸した。今回の飛行では配合割合
を変えた新たな燃料を試していたという。数時間の宇宙飛行の価格は
25万ドル(約2,800万円)で富豪や芸能人など既に700人以上が登録して
いる。日本でも予約を受け付けている。
「感染症について思うこと」
ここ数カ月、感染症の話題がのぼらない日はなかったのではな
いでしょうか。この夏は日本国内でのデング熱、そしてここ数カ月
は海外でのエボラ出血熱と、従来とは異なる聞き慣れない感染症
を耳にする機会が増えました。
そもそも感染症とは、
「ウイルスや細菌などの病原体が身体に入
り、引き起こされる病気」ともいえます。
また、感染力の強さや病状などによって、一類から五類および指
定感染症に分類されています。一類感染症がエボラ出血熱、ペス
トなど、二類感染症が結核、鳥インフルエンザなど、三類感染症が
コレラ、腸チフスなど、四類感染症が狂犬病、デング熱など、五類
感染症が梅毒など、そして新型インフルエンザ等感染症に分類さ
れています。
感染症で、もっとも身近なのはインフルエンザではないかと思
いますが、これは冬期のイメージが強く、今回のデング熱のような
聞き慣れない熱帯の感染症が日本でも発症したことに多くの人は
ショックを受けたのではないでしょうか。また、エボラ出血熱のよ
うに極めて危険なウイルスが西アフリカで大流行し、米国および
スペインでも感染者が出るなど従来と違った感覚で感染症を意
識せざるを得なくなりました。
感染症は人類に甚大な被害を与えてきました。人類の歴史は感
染症との闘い、といっても過言ではないと思います。しかし、病原
体が発見されたり治療法が確立できたのは、ここ2〜3世紀のこと
です。
そもそも病原体自体、17世紀以降の光学顕微鏡の発明を待たね
ばなりませんでした。しかも、多くの細菌は19世紀以降に発見され
ています。治療法についても、細菌については20世紀にペニシリン
が発見されるまで根本的なものはありませんでしたし、ウイルスに
よる感染症に至っては、いまだに患者自身の免疫に頼らざるを得
ません。
古代より人類は感染症に多大な犠牲を払ってきましたが、原因や
治療法については、まだまだわかっていないことも多いようです。
こうした感染症ですが、大流行となる下地には、民族の移動、畜
産や都市の発達など社会の変革に伴うものも少なくなかったよう
です。感染症は単なるヒトの病気ではなく、
「社会の病」ともいえ
るのではないでしょうか。
また、感染症を予防するために、公衆衛生学が発達し上下水道
の整備が進むなど、衛生的な近代都市が生まれていったことも事
実です。
現代では、最も発達した都市の一つといえるパリやロンドンも
感染症による幾多の犠牲を払って衛生的な都市に生まれ変わりま
した。
人類が感染症を克服するには、まだまだ時間を要すると思いま
す。天然痘を根絶した後、感染症を撲滅する日も遠くないと思われ
ましたが、エイズ、SARS、そして前述のエボラ出血熱などの新興感
染症の登場や、結核、マラリアなどの流行、そして薬剤耐性菌の出
現など、新たな局面を迎えています。
今後も私たち人類と感染症の闘いは続きますが、予防接種、手
洗い、うがい、食事、休養など、個人でできることから、しっかりと
対応していくことが大切だと思います。 (S.M.)
RMFOCUS Vol.52 54
Information
産学協同による「被災者生活再建支援システム」がグッドデザイン賞を受賞
被災者生活再建支援システムとは、
自治体が災害時に行う
「り災証明書発行」
等の被災者生活再建支援業務を総合的に支援するシステムです。
本システムは京都大学、新潟大学を中心に産学協同で開発されたもので、災害
の発生から被災者が生活再建を果たすまで、各段階での被災者と行政とのやり
とりを一貫してサポートするシステムのデザインが評価され、公益財団法人日本
デザイン振興会が主催する
「グッドデザイン賞」
を受賞しました。
インターリスク総研は自治体の
「り災証明書発行」業務に必要となる建物被害
調査のための調査票のデザインを行いました。
また、災害対応に必要な知識・技
術を短時間で効果的に習得するための研修プログラムや教材の設計についても
担当しました。
このシステムにより、被災者の方々が自立した生活をいち早く取り戻すことが
できる社会の実現に貢献します。
第9回レピュテーショナル・リスクセミナー(レピュテーショナル・リスクのグローバル展開)開催
レピュテーションは、企業活動の実態としての
「リアリティ」
を、企業を
取り巻くステークホルダーに対しどのようなコミュニケーションで、
どの
程度適切に伝えるかによって変動します。近年、国内市場にとどまらず海
外市場を視野に入れて事業を展開する企業も多いことから、
グローバル
な視点でのレピュテーションの構築に苦心されている企業も多いのでは
ないでしょうか。本セミナーでは、
グローバルに事業を展開し、
ステーク
ホルダーとの対話に取り組んでいる企業、企業のブランド価値評価を専
門とされている企業の方々に講演いただきます。
日 時
会 場
1月20日
(火)13:00∼16:15(受付開始12:30)
損保会館 2F大会議室
(東京都千代田区神田淡路町2-9)
主 催 レピュテーショナル・リスク研究会
株式会社インターリスク総研(事務局)
(協力:The World Intellectual Capital Initiative Japan)
定 員 200名(申し込み先着順)
参 加 費 無料
プログラム
●PART1 「味の素グループにおけるステークホルダーとの対話」
講演者:味の素株式会社 CSR部 専任部長 中尾 洋三氏
●PART2 「グローバルにおけるブランド価値評価手法とその実際」
講演者:株式会社インターブランド ストラテジー ディレクター 畠山 寛光氏
●PART3 「2015年ソーシャル・イシュー」
講演者:株式会社インターリスク総研 事業リスクマネジメント部
統合リスクマネジメントグループリーダー 江尻 明隆
お問い合わせ
株式会社インターリスク総研 事業リスクマネジメント部 統合リスクマネジメントグループ セミナー事務局
(鍵村、西村、太田)
TEL:03-5296-8914
地震対策セミナー2015 『国土強靭化の推進と企業の地震対策』開催
2011年の東日本大震災を受け、南海トラフ巨大地震等による被害想
定が公表されており、企業活動にも大きな影響が生じることが懸念され
ています。
一方で、2013年12月11日に公布・施行された
「国土強靭化基本法」
で
は、人命の保護を最大限図るとともに、社会の重要な機能が致命的な障
害を受けずに維持されること等を目的として、国土の強靭化を推進する
方針が決定されました。
本セミナーでは、国土強靭化や企業の地震対策に関する有益な情報
をご紹介しますので、
ぜひご参加下さい。
日 時
会 場
主 催
定 員
参 加 費
申し込み方法
2月19日
(木)13:30∼16:40(受付開始13:00)
三井住友海上 駿河台ビル 1階大ホール
(東京都千代田区神田駿河台3-9)
三井住友海上火災保険株式会社
株式会社インターリスク総研
120名(申し込み先着順)
無料
web上の申し込み画面より手続き
55 RMFOCUS Vol.52
プログラム
●
【基調講演】「臨海コンビナートの地震・津波に対する強靭化(仮)」
講演者:早稲田大学
名誉教授 濱田 政則氏
● 第1部
「国土強靭化アクションプランの最新動向(仮)」
講演者:内閣官房 国土強靱化推進室 企画官 服部 司氏
● 第2部
「南海トラフ巨大地震、首都直下地震の被害想定と
企業の地震対策」
講演者:株式会社インターリスク総研
災害リスクマネジメント部
上席コンサルタント 佐藤 公紀
お問い合わせ
株式会社インターリスク総研 災害リスクマネジメント部 災害リスクグループ
セミナー事務局
(佐藤、長谷川)
TEL:03-5296-8917
セミナー・書籍・その他
第3回国連防災世界会議・パブリックフォーラム 企業防災体験コーナー∼BCP(みやぎモデル)を体験しよう∼ 出展
2015年3月14日∼18日、第3回国連防災世界会議が仙台市で開催されま
プログラム
(予定)
す。同会議は国連総会に準じるハイレベルな国際会議ですが、会期中は政
以下の企業防災に関わるメニューをカフェテリア方式でご体験いただけます。
府間協議が行われる
「本体会議」
に加え、
どなたでも参加できるセミナー・シ
(住所の提示によりハザードマップを作成)
ンポジウム等の
「パブリック・フォーラム
(関連事業)」
が同時開催されます。 ①拠点リスク評価
今般、MS&ADインシュアランスグループは、宮城県と共同で、
この「パブ ②地震メカニズム体験(模型・機器・映像等を使った地震メカニズムの体験学習)
ワークショップ
(BCP策定のワークショップ)
リック・フォーラム」
に右記内容で出展いたします。企業防災を
「体感」
いただ ③「みやぎモデル」
…予約者優先(定員40名)
くことに主眼を置いた内容となっておりますので、
ぜひともご参加願います。
④災害対策よろず相談(防災・保険・BCP等に関する相談を受け付け) ⑤防災アプリ体験会(無償アプリやシステムの体験) 日 時 3月17日(火)10:00∼19:00(開場9:50)
⑥「みやぎモデル」訓練体験会
(災害時の初動訓練)
会 場 仙台市シルバーセンター 第一研修室
…予約者優先(定員45名)
(宮城県仙台市青葉区花京院1丁目3-2)
主 催 MS&ADインシュアランスグループ、
宮城県
定 員 なし
(一部予約者優先メニュー※あり)
参 加 費 無料
申し込み方法 なし
(一部予約者優先メニュー※あり)
※予約者優先メニューに関しては、
HP等で予約を受け付ける予定
お問い合わせ
インターリスク総研
事業リスクマネジメント部 事業継続マネジメントグループ TEL:03-5296-8918
Vol.
〈本号に寄稿していただいた方
(敬称略)〉
近藤 元博
(こんどう もとひろ)
トヨタ自動車株式会社 総合企画部長
1987年3月名古屋大学工学研究科卒業(分子化学工学専攻)。同年4月
トヨタ自動車入社。プラントエンジニアリング部、
グローバル生産企画部を
経て、2011年より総合企画部着任。その間 、名古屋大学大学院工学研
究科にて博士号取得。
2012年1月から企画室長を務め、2014年1月から現職。
グローバル競争を勝ち抜くためのトヨタの経営戦略、
トヨタの中期経営計
画や各種経営会議体を統括。
52
2015
winter
編集後記
あけましておめでとうございます。
本年も引き続き小誌をご愛読いただき、
ありがとうございます。
昨年の11月にスキージャンプワールドカップで葛西選手が優勝し、
自身が
持つ最年長記録を更新しました。
プロ野球やJリーグでもそうですが、
近年で
は40歳を超えてもなお、
第一線で活躍しているプロスポーツ選手が増えて
います。彼ら
(彼女ら)
のような活躍は、
一昔前ではほとんど見ることができな
道家 哲平
(どうけ てっぺい)
かったのではないでしょうか。
公益財団法人 日本自然保護協会 保護研究部国際担当/国際自然保護連合日本委員会事務局長
当たり前に存在しています。新型インフルエンザや個人情報漏えい、
ソーシ
1 9 8 0 年 東 京 生まれ、千 葉 大 学 大 学 院 修 士 課 程 修 了・人 文 科 学( 哲 学 )
専攻。
2003年より、日本自然保護協会(NACS‐
J)に所属。NACS‐
Jが事務局
を務めるIUCN
(国際自然保護連合)
日本委員会の事務局担当職員とし
て経験をつみ、2014年9月IUCN日本委員会事務局長に就任。
IUCNや生物多様性条約(CBD)に関係する国際会議に出席するほか、
海外NGOと連絡を取り合い、国際的な情報収集・分析を行い、日本の生
物 多 様 性 保 全の底 上げに取り組んでいる。
IUCN日本 委員会 事務 局 長
として、生 物 多 様 性に関する国 際 動 向を紹 介するIUCNセミナーの企 画
運営や、
IUCNの活動の普及啓発などに携わってきた。2010年愛知県で
開 催された生 物 多 様 性 条 約 第 1 0 回 締 約 国 会 議(COP1 0 )においては、
CBD市民ネットの東京事務局コーディネータとしてNGOグループの全体
運営に関わった。
現 在は、
COP1 0の成 果を受けて、日本での愛 知ターゲット実 現に向けた
事業や団体のネットワーク構築に携わっている。
一方、
リスクにおいても一昔前では想像もできなかったものが、
現在では
ャルメディアの炎上などは、
恐らく30年前には言葉すら無かったと思われま
す。
また、
リスクが顕在化してしまった場合でも過去であれば復活が可能な
ケースが多く見られましたが、
現在は
「トーナメント戦」
もしくは
「ノックダウン方
式」
ともいわれるとおり、
一度大きなリスクが顕在化するとその影響の大きさ
のあまり、
即、
市場から退場を余儀なくされるケースも少なくありません。
このように、
リスクの多様化と影響の深刻化が進んでいる現在において
は、
常にアンテナを張って感度を高めておく必要があると言えるでしょう。
本年も読者の皆様のお役にたてるよう、
最先端のRM情報を発信してま
いります。引き続きよろしくお願いいたします。
(K.
N)
RMFOCUS
(第52号)
/2015年1月1日発行
【照会先】TEL:03-5296-8911
(代表)
/FAX:03-5296-8940
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RMFOCUS Vol.52 56
RMFOCUS
01376 9,000 2015.1
(新)318