めっき排水からの有価金属回収と再資源化

福岡県工業技術センター
研究報告 No.25 (2015)
めっき排水からの有価金属回収と再資源化に関する研究
古賀 弘毅 *1
山田 登三雄 *2
御舩 隆裕 *2
吉玉 和生 *3
森 浩一 *4
砂場 徹 *5
Development of Recovery and Recycle Technology of Valuable Metals
in Plating Waste Water
Hiroki Koga *1, Tomio Yamada *2, Takahiro Mifune *2, Kazuo Yoshitama *3, Koichi Mori *4 and Toru Sunaba *5
めっき排水からの有価金属回収技術について検討し,製錬原料へのリサイクル可能性を評価した。本研究では亜
鉛,錫,ニッケルの三種類の金属について検討した。金属の回収は,めっき排水を系統分離し,他の金属の混入を
できる限り排除した排水について,水酸化ナトリウム溶液で中和沈殿することにより行った。それぞれの金属は水
酸化物として回収され,いずれの回収物もドライベースで目的金属を50%以上含有しており,製錬原料として求め
られる品位を満足した。また,ニッケルについては回収物を硫酸溶解することで再びめっき液原料として工場内リ
サイクルできることがわかった。
1 はじめに
2-2 分別する排水の選定
めっき工程で生じる金属成分を含んだ排水はそのま
試験に用いためっき排水及び廃液を表1に示す。め
ま敷地外へ放出できないため,多くのめっき事業者は
っきラインから排出される排水及び廃液を全て分析し,
排水から重金属を除去して敷地外へ放出するための排
回収金属を多く含有し,その他の金属成分の混入が少
水施設を設置するか,排水の貯蔵設備を設置して対応
な い も の を 選 定 し た 。 分 析 に は ICP 発 光 分 析 装 置
している。いずれの場合も最終的には産廃業者へ廃棄
((株)堀場製作所製,ULTIMA2C型)を用いた。
物の処理を委託することとなる。海洋汚染防止に関す
るロンドン条約の 1996 年議定書の批准により,我が
表1 選定しためっき排水・廃液
金属
国においても 2007 年より産業廃棄物の海洋投棄が全
面禁止され,めっき廃棄物の処理は産廃処分場への埋
目的金属濃度
めっき後第一水洗水
1.04 g/ℓ
硝酸活性廃液
4.39 g/ℓ
Zn
め立てが中心となっている。めっき排水の処理には多
くのコストが掛かるうえ,ここから生じる廃棄物には
多くの有用な金属を含んでいることから,これらの金
硝酸活性水洗水
0.36 g/ℓ
めっき後第一水洗水
0.78 g/ℓ
剥離槽廃液
2.76 g/ℓ
めっき後第一水洗水
0.10 g/ℓ
Sn
属リサイクルに関して,これまで多くの取組が行われ
てきた
排水
Ni
1-14)
。本研究では,電気めっき排水の分別と中
和沈殿処理を活用しためっき排水からの有価金属の回
2-3 金属の回収方法
収について検討したので報告する。
分別した排水に含まれる金属を中和沈殿法により水
酸化物として回収した。中和剤には沈殿物に混入しに
2 実験方法
くい硫酸及び水酸化ナトリウムを使用した。中和条件
2-1 回収金属の選定
を表2に示す。ニッケルについては,回収した水酸化
亜鉛めっきジンケート浴ライン,ニッケルめっきワ
ット浴ライン,錫めっき硫酸錫浴ラインから,それぞ
表2 試験した中和条件
れ亜鉛,ニッケル,錫を回収することとした。
*1
*2
*3
*4
*5
機械電子研究所
九州めっき工業組合
吉玉精鍍(株)
アスカコーポレーション(株)
九州エンジニアリング(株)
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金属
目標pH
中和剤
高分子凝集剤
Zn
10.5
H2SO4, NaOH
アニオン系
Sn
6.0
NaOH, H 2SO4
アニオン系
Ni
9.0
NaOH, H 2SO4
―
福岡県工業技術センター
研究報告 No.25 (2015)
ニッケルを工場内でめっき原料にリサイクルすること
県内亜鉛めっき専業者のジンケート浴バレルライン
を検討するため,高分子凝集剤は使用しなかった。
をモデルとした。めっきラインのフロー図を図2(a)
また,めっきラインから連続的に金属を回収するた
に示す。このうち亜鉛濃度が高く,その他の成分の混
め,図1に示す連続中和処理装置を製作した。水洗排
入が少ない「③めっき後水洗排水」,「④硝酸活性老廃
水及び廃液は受槽に貯めて金属濃度を平準化し,ポン
液」及び「⑤硝酸活性後水洗排水」を分別し,これら
プにより毎分5 L程度の流速で装置へ導入した。沈降
から亜鉛を回収することとした(図2(b)参照)。亜
槽に沈殿した水酸化物はフィルタープレスにより脱水
鉛は中和沈殿処理により水酸化物とし,フィルタープ
し回収スラッジとした。
レスにより固液分離して回収した。
3-1-2 回収した亜鉛スラッジの組成
回収した亜鉛スラッジの組成分析結果を表3に示す。
ドライベースで亜鉛含有量が50%を超え,かつクロム
が微量であった。この亜鉛スラッジについて製錬業者
へ評価を依頼したところ,有価買取基準を満足した。
表3 亜鉛スラッジの組成分析結果(単位:質量%)
成分
Ca
Cr
Fe
Mg
Si
Zn
others
含有量
1.95
0.03
0.18
0.80
4.37
57.8
34.9
3-1-3 亜鉛回収による産廃スラッジ削減効果
図1 試験用に製作した連続中和処理装置の概略図
排水から亜鉛が回収できれば総合排水に流れる金属
の総量を減らすことができ,廃棄するめっきスラッジ
2-4 回収スラッジの分析評価
回収スラッジの分析は,強熱減量試験(850℃,1時
を減量することができる。本手法を導入した亜鉛めっ
間)及び蛍光X線分析装置((株)リガク製,RIX3001
き専業者の亜鉛回収前後での廃棄スラッジ量の変化を
型)を用いて行った。一般に金属スラッジは目的金属
図 3 に示す。装置導入前は年間約 180 トンであったが,
が50%以上含有され,禁忌成分が少なければ有価資源
導入後は約 110 トンに減少した。廃棄コストをトン当
として取り扱われることが多い。そこで回収スラッジ
たり 3 万円と想定すると,年間約 200 万円のコストダ
がこの基準を満足するか否かを評価した。
ウンにつながると考えられる。
3 結果
3-1 亜鉛回収
3-1-1 亜鉛排水の分別方法
図 3 亜鉛回収前後の廃棄スラッジ量変化
3-1-4 亜鉛回収による総合排水処理負荷の低減効果
本手法導入により,総合排水原水槽に流入する排水
の亜鉛濃度が減少することから,総合排水処理の負荷
図2 モデルライン(a)と分別後(b)のめっき排水の流れ
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研究報告 No.25 (2015)
が低減し,最終放流水に含まれる亜鉛濃度も大きく低
の買取基準を満足した。錫は比較的高価な金属である
下した。本手法導入前後の最終放流水中の亜鉛分析結
ことから製錬原料として売却できればめっき事業者の
果を図 4 に示す。本手法導入前は亜鉛濃度が排水基準
メリットとなる。
である 2 ppm を超えることもあったが,本手法導入後
は平均亜鉛濃度が 0.10 ppm となり,概ね 1 ppm を下
表4 錫スラッジの組成分析結果(単位:質量%)
回った。このことから亜鉛排水規制対策としても本手
法が有効であることが示唆された。
成分
Sn
Cu
Fe
Ni
S
Others
含有量
67.0
0.40
0.70
1.41
0.60
29.6
3-3 ニッケル回収
3-3-1 ニッケル排水の分別方法
モデルめっきラインはワット浴のバレルラインとし,
めっき後の水洗排水のみを分別し,中和沈殿法により
ニッケルを水酸化物として回収した。回収スラッジを
再びめっき原料とするには不純物の混入を低減する必
要があるため,高分子凝集剤等は使用しなかった。
3-3-2 回収したニッケルスラッジの組成
図4 亜鉛回収前後の最終放流水中亜鉛濃度の推移
回収したニッケルスラッジの組成分析結果を表5に
示す。中和時のpHを適切に制御することにより,水由
3-2 錫回収
来のミネラル分の混入を大きく低減することができた。
3-2-1 錫排水の分別方法
Ni含有量は55%以上であり,非鉄製錬原料としての買
モデルとした錫めっきラインのフローを図5に示
取基準を満足した。
す。このめっきラインではバレル内の導電性及び撹
拌力を高めるためにダミーボール(メディア)が使
表5 ニッケルスラッジの組成分析結果(単位:質量%)
用されており,めっき時にメディアに付着した錫を
除去する剥離槽がある。本めっき工程から排出され
る排水及び廃液のうち高濃度に錫を含有する「めっ
成分
Ni
Si
Ca
Cu
Fe
Others
含有量
55.6
3.27
0.21
0.40
0.28
38.9
き後水洗排水」及び「剥離槽廃液」を分別処理する
こととした。
3-3-3 ニッケルスラッジのめっき液への再生
ニッケルスラッジに硫酸を添加して溶解し,硫酸ニ
ッケル溶液を調製した。溶解時のpHを制御し最終的に
pH4.5とした。硫酸ニッケル六水和物換算で280 g・dm 3
に調製した場合の調製液の組成分析結果を表6に示す。
現行めっき液と比較して不純物濃度は低かった。これ
にホウ酸及び光沢剤等を添加してめっき浴を建浴し,
図5 モデル錫めっきラインフローと錫回収排水
表6
3-2-2 回収した錫スラッジの組成
再生めっき液と現行めっき液の組成比較
g・dm-3
mg・dm-3
成分
分別後の排水から中和沈殿法により回収した錫スラ
ッジの分析結果を表4に示す。排水中に含まれる錫は
Ni
SO4
Si
Ca
Mg
Fe
Cu
再生液
62.7
70.3
37.0
77.0
16.0
1.0
0.4
現行液
62.7
78.8
86.7
177.9
27.8
8.0
< 0.1
大半が二価であり,中和により容易に水酸化物となっ
て沈降した。錫濃度は67%に達し,錫製錬原料として
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研究報告 No.25 (2015)
ハルセル試験等を行い,めっき性能を評価した。結果
2)古賀弘毅:福岡県工業技術センター研 究報告,
を表7に示す。めっき性能は現行品と遜色なく同等の
NO.17,pp.58-61(2007)
評価を得たことから,回収したニッケルスラッジをめ
3)経済産業省:めっきスラッジのリサイクルに関す
っき原料として再利用することが可能と判断された。
る実態調査(2004)
4)野村記生,阿部裕士,福田正,柳下幸一;表面技
4 まとめ
術,Vol.62,NO.11,pp.541-545(2011)
めっき排水に含まれる有価金属を,排水の分別と簡
5)古賀弘毅,御舩隆裕,吉玉和生:表面技術協会講
便な中和沈殿法を用いて回収する技術について検討し
演要旨集(第 128 回),p.47(2013)
た。
6)古賀弘毅,御舩隆裕,吉玉和生:福岡県工業技術
亜鉛めっき排水中の亜鉛は,pH10.5で良好に回収さ
センター研究報告,NO.23,pp.35-38(2013)
れ,亜鉛含有量57.8%の回収物が得られた。回収物の
7)大西彬聰:表面技術,Vol.62,NO.11,pp.546-548
品位は精錬業者の有価買取基準を満足した。また,亜
(2011)
鉛めっき専業者では,亜鉛回収により総合排水処理の
8 ) 馬 飼 野 信 一 : 表 面 技 術 , 51 , 増 刊 号 , pp.77-83
負荷が軽減され,廃棄スラッジが大きく減少するとと
(2000)
もに最終放流水中の亜鉛濃度も低減することがわかっ
9 ) 斎 藤 囲 : 表 面 技 術 , Vol.53 , NO.10 , p.652-658
た。
(2002)
錫めっき排水中の錫は,pH6.0で良好に回収され,
10)森浩 一,砂 場徹, 古賀 弘毅 :財 団法人 福岡県 産
錫含有量67.0%の回収物が得られた。回収物の品位は
業・科学技術振興財団産学官共同研究開発事業報告
精錬業者の有価買取基準を満足した。
書
ニッケルめっき排水中のニッケルは,pH9.0で良好
(2011)
11 ) 堀 川 健 , 平 沢 泉 : 表 面 技 術 , Vol.52 , NO.1 ,
に回収され,ニッケル含有量55.6%の回収物が得られ
pp.62-63(2001)
た。回収したニッケルスラッジを硫酸溶解して硫酸ニ
12)堀川健,三田宗雄,笹岡正伸,中尾英弘:表面技
ッケル溶液とし,不純物除去などを行うことで再生め
術,Vol.53,NO.2,pp.149-153(2002)
っき原料として使用してめっきを行ったところ,現行
13)田中幹也,長縄弘親,渡辺純貴,熊野英明:表面
めっき液と遜色ないめっきが可能であった。このこと
技術,Vol.62,NO.11,pp.554-558(2011)
からニッケルめっき排水から回収したニッケルスラッ
14)高上豪倫,大藪剛,川上浩,福室直樹,八重真治,
ジを工場内リサイクルできる可能性が示唆された。
松 田 均 : 表 面 技 術 , Vol.62 , NO.12 , pp.712-716
(2011)
5 参考文献
1)九州経済産業局:めっきスラッジのリサイクルに
※本報文の一部は一般社団法人表面技術協会誌「表面
伴うモデル循環システムの調査研究,(2005)
表7
技術」2015 年 3 月号第 66 巻 3 号に掲載されている。
再生めっき液より作製しためっき皮膜の性能評価結果
評価項目
試験名
基準
評価
塩水噴霧試験
現行品と同等
良
恒温恒湿試験
48 時間腐食なし
良
密着性
曲げ試験
剥離なし
良
濡れ性試験
マーキングテスト
ハジキなし
良
成分分析
現行めっき液と同等
良
ハルセルテスト
現行品と同等
良
目視
変色なし
良
耐食性
めっき液中の不純物
外観
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