理系のゴルフ――スイング編 「もう少し遠くまで飛ばしてみましょう」 ―――パラメトリック加速ができるクラブとできないクラブ 原 均 ゴルフは上がってなんぼと言いながらも、遠くへかっ飛ばす誘惑には勝てません。ほんの少しセカンド・ ショットの距離が短くなるだけなんですけどね。 現状ですら目いっぱい力を込めて打っている。これ以上力を入れようにも入れる力を持ち合わせていない。 しかも力むとろくなことがない。ちょっと遠くに飛ばしたいと思っただけで力が入るのか、ボールはスライ スして大きく右にそれてしまう。かえって飛距離が落ちることの方が多いのが現状です。 ところが、ほんの少しですけれども飛距離を伸ばす手立てがないわけではありません。シミュレーション を使ってその方法を考え、どの程度効果が出るのか試算してみましょう。 シミュレーションの詳細に関しては、「書斎のゴルフ」Web.版「よりよいスコアを出すためのシミュレー ションを用いたゴルフ・スイング解析」を参照してください。 図1.スイング・モデルのインパクト y軸 x軸 スイングのモデルは、スイング平面上に置かれた肩と頭の絵のついた円盤がスイング軸の周りを回転し、 グリップの位置でシャフトは円盤にちょうつがいで固定されています。点線で描いた円盤を回転させるトル クと、グリップのコックをリリースするように働くトルクによってクラブは振られます。インパクトの一瞬 でその様子を捉えたのが図1.です。それら二種類のトルクをボディー・ターン・トルク(τ1)とコック・ リリース・トルク(τ2)と呼ぶことにします。 この二種類のトルクがうまくつりあったときにインパクトでクラブ・フェイスがスクエアーにボールを捉 えます。コック・リリース・トルクが小さすぎると振り遅れになって、フェイスが開いたままボールを捉え、 その場合にはヘッドの最下点はボールより左によりすぎた位置になります(右利きの場合) 。ひどい場合には ドライバーの場合には天ぷらになります。一方τ2が大きすぎると、リリースが速すぎるのでボールの右側 で最下点を迎え、インパクトではヘッド位置が高くなりすぎてトップします。なんとかボールを捉えてもフ ェイスはすでに閉じて左を向いていますので、低い球筋のフックになってしまいます。 このミスはボディー・ターン・トルクがインパクト前で緩んでしまっても同じような現象になって現れま すから、混同しやすく注意を要します。 さて、いずれにしても現状での最大飛距離ですから余力はないはずです。二つのトルクのうちどちらかは 1 それ以上大きくできない限界値に達しています。 すでに限界に達しているのですから、打つ手はないと考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、 断じてそんなことはありません。限界に達していない方のトルクをさらに強く発揮させてやればよいのです。 そんな馬鹿な。バランスが崩れるとさっき言ったばっかりじゃないですか。そんな声が聞こえてきます。で も、そうではないのです。 その前にちょっと横道にそれます。クラブは長くなるほど遠くまで飛ばせるクラブになっています。だか ら、クラブのシャフトが長いほどボールを遠くまで飛ばせると多くの人が思いこんでいます。クラブ設計者 でもそうなので、無理もないことなのですが。 でも、それは真実ではありません。スライサーがシャフトを長くするとますますスライスがひどくなって 飛距離が落ちてしまいます。振り遅れる人が、より振り遅れやすいクラブを使うとそうなるしかありません。 ところが短くすると振り遅れが解消してスライスはおさまり、もっと短くすると前より強くボディー・ター ン・トルクを働かすことができるようになってさらに飛距離を伸ばすことがます。 クラブの特性が変われば最適状態での二つトルクの比率が変わります。同じτ2に対してもっと大きなτ 1でバランスするクラブを見つけることができるのです。たった今イカサマクラブを売りつける魂胆じゃな いかと警戒心を持ったあなた、もっと素直な性格になりなさい。救われないですよ。 クラブの特性と言っても単にシャフトを短く持って慣性モーメントを小さくしてやるだけなのです。慣性 モーメントが小さくなると、より小さなコック・リリース・トルクで最適条件を見つけることができるよう になります。逆に同じコック・リリース・トルクならば、より大きなボディ・ターン・トルクでバランスを とることができるようになるのです。 コック・リリース・トルクが限界に達している人の多くは、過剰なボディ・ターン・トルクを抑制するた めにインパクト前にボディの回転を緩めて帳尻を合わせています。そうやって振り遅れを調節してスライス を避けているのです。体の回転を緩めてフックを打っている人さえいます。これらの人たちには確実に効果 があるはずです。 ボディの回転を緩めたりしたら、ブランコ効果で遠心力を強め、さらにヘッドを加速するもっとも効果的 な飛距離向上の手法が全く使えていない状態になっています。三浦公亮東大名誉教授がこのヘッド加速方法 をパラメトリック加速*と命名して推奨されています。詳しくは最後の注で説明しています。 一方ボディ・ターン・トルクが限界に達している真正のフッカーの場合では、逆にシャフトをほんの少し 長くしてヘッドを遅らせてストレートからせいぜい軽いフェードでとどめたならば飛距離は確実に伸びます。 問題はどちらのケースも、一体どれだけ伸びるのかということです。シミュレーションを実行して、変化を 確認してみましょう。 図2.スイング軌道 ヘッド軌道 1.5 1 φ1、τ1 0.5 y 軸 -2 ( m ) 0 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 -0.5 グリップ軌 -1 -1.5 φ2、τ2 -2 x軸(m) インパクト 2 図2.には0.002秒ごとにスイング平面上でのグリップの位置とヘッドの位置を計算した結果を示 します。使用したクラブはわたしが愛用している43インチ短尺ドライバーです。インパクトの瞬間にスイ ング軸とグリップを結ぶ直線(赤い線)とクラブ・シャフトは一直線になり、ちょうどその時にクラブ・ヘ ッドがスクエアーになるようにグリップをしています。xスイング軸とグリップを結ぶ赤い線がx軸となす 角度(ボディ角度)をφ1、赤い線とシャフトがなす角度(コック角度)をφ2と名付けます。 図3.二つの角度の推移 350.0 300.0 250.0 φ1 200.0 角 150.0 度 100.0 度 ) 50.0 ( インパクト@φ2=0 0.0 -50.0 1 21 41 61 81 101 121 141 -100.0 161 φ2 -150.0 時間 (*0.002秒) 図3.から、トップからダウンスイングを初めて0.3秒後にインパクトを迎えていることが見て取れま す。ボールをスイング軸から20cm飛球線方向に置いていますから、そのちょっと手前でクラブ・フェー スはスクエアー(φ2=0)になります。ほんの少しドロー気味の飛球軌道を描くインパクトです。 このときのヘッド軌道をもっと詳細にみたのが図4.です。ヘッドは上昇しながらボールを捉えます。 図4.ヘッド軌道 y -0.4 軸 ( m ) インパクト位置 -1.55 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4 -1.6 x軸(m) 次にヘッドのx方向の位置とφ2の関係を図5.に示します。 図5.ヘッド位置(x)とφ2 φ 2 -0.3 -0.2 15.0 10.0 5.0 0.0 -0.1 -5.0 0 -10.0 -15.0 インパクト位置 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 x軸(m) ダウン・スイングでクラブが下りてきて地面と平行になります。次にインパクをを迎え、フォローする― でもう一度地面と平行になります。シャフトはこの間に180度回転しています。この間はコックが高速に 3 リリースされるので左腕が反時計回りに回転するような動きになります。この間にクラブ・フェイスも18 0度回転します。したがって、ここではスイング軸とグリップを結ぶ直線とシャフトのなす角度は、クラブ・ フェイスのスクエアーからのずれ角に等しいと考えてもよさそうです。 次に図6.に示すのは、φ2とヘッドスピードの関係です。φ2=0のときのヘッド・スピードを求める ことができます。 図6.ヘッド・スピード 42.4 ヘ ッ ド ・ ス ピ ー ド 42.2 42 41.8 41.6 41.4 ( m / s ) -15.0 41.2 41 40.8 -10.0 -5.0 0.0 5.0 10.0 15.0 φ2 φ2=0では、ヘッド・スピードは41.74m/sになっています。 ここまでは正常なスイングの復習みたいなものです。どこにも問題はありません。これがもし、あなたの 出せる最高のヘッド・スピードだったとしたら、ボディ・ターン・トルク(τ1)かコック・リリース・ト ルク(τ2)のどちらかか、双方が限界値に達しているはずです。もちろん双方がすでに限界値ならばすでに打 つ手はありません。でも、どちらか一方はまだ余裕があるとすれば何らかの手立てを考えることができるか もしれません。 τ1か、それともτ2を一方だけ5%強くしたらどうなるでしょう。その場合のφ2のx軸の位置での変 化を比べてみましょう。 図7.φ2の変化 20.0 15.0 10.0 φ 2 -0.4 -0.2 5.0 基準 0.0 τ1+5% -5.0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 τ2+5% -10.0 -15.0 x軸(m) ボディ・ターン・トルク(τ1)を5%強めた場合には、コックのリリースが遅れてインパクトではフェ イスは5度くらい開いています。逆にコック・リリース・トルク(τ2)を5%強めた場合には、フェイス は6度くらい閉じてしまっています。τ1とτ2のバランスには5%の余裕すらありません。 このフェイスの向きが変わらないように、トルクを強める方法を見いだせれば答えになります。 同じヘッドでシャフトを長くすると、クラブの慣性モーメントが大きくなってコックのリリースが遅れま す。逆に短くなれば慣性モーメントが小さくなってリリースは速くなります。 つまり、τ2に限界がある場合にはシャフトを短くしながらボディ・ターン・トルクを強め、あるいはτ 4 1に限界がある場合にはシャフトを長くしながらコック・リリース・トルクを強めてやれば、フェイスの向 きをスクエアーに保ちながら飛距離を伸ばすことができるはずです。 上記のアイデアを実際にシミュレーションでやってみた結果が、図8.と図9.です。 図8.ヘッドスピード ヘ ッ ド ・ ス ピ ー ド ( m / s ) (シャフトを短くする場合) 42.8 42.6 42.4 42.2 Vh 42 線形 (Vh) 41.8 41.6 8.8 9 9.2 9.4 9.6 9.8 ボディ・ターン・トルク 図8.では標準の43インチ・シャフトに対して0.5インチづつシャフトを切り詰めてそれに見合うだ けボディ・ターン・トルクを強めたときのヘッド・スピードの推移を示します。 図9.ヘッド・スピード ヘ ッ ド ・ ス ピ ー ド ( m / s ) (シャフトを長くする場合) 42.3 42.2 42.1 42 41.9 Vh 41.8 線形 (Vh) 41.7 41.6 1.95 2 2.05 2.1 2.15 2.2 コック・リリース・トルク 図9.では、同じくシャフトを0.5インチづつ長くしながらそれに見合っただけコック・リリース・ト ルクを強めたときのヘッド・スピードの変化を示します。 方向性を犠牲にすることなく飛距離を伸ばす手立てはありましたが、効果は大きくはありません。短くす る方では2インチ変化させることで1m/秒だけ速くなり、長くする方でも2インチ長くすることで0.5m /秒だけ速くなっています。1m/秒当たり飛距離が8ヤード変化するとすると、それぞれ8ヤードと4ヤード という結果です。 藁をもつかむ思いで二度にわたってゴルフ・コースで実験してみました。 すると結果は予想を超えて良好でした。いつも10から20ヤードオーバード・ライブされていた仲間を 10ヤードくらいコンスタントにオーバー・ドライブできたのです。芯を食うようになたからだと考える方 が多いと思いますが、わたしの解釈は異なっています。 どうやらわたしの場合には、ボディ・ターン・トルクが勝ちすぎているために、ヘッドの遅れを待つよう にボディのターンを途中で緩めているらしいのです。 5 図10.τ2と慣性モーメント 2.5 7W 5W 3W D 2 1.5 τ 2 9I 7I 限界トルク 5I ウッド 1 アイアン 0.5 0 0.0350 0.0400 0.0450 0.0500 慣性モーメント 図10.に「よりよいスコアを出すためのシミュレーションを用いたゴルフ・スイング解析」での図25. に再登場してもらいます。 わたしのτ2は最大で1.65あたりにあるようで、それよりも大きいトルクが必要な5I、7W、5W、 3Wのようなクラブはダフリとトップが交互に出て使い物になりません。最近シャフトを短く握って使うよ うにしてからは、なんとか実用に耐えるレベルになりました。 そこから判断すれば、限界値よりもはるかに大きなコック・リリース・トルクを必要とするドライバーを 扱うことができているのが不思議でなりませんでした。 しかしながら、ティー・アップしているのでダフリとトップに対する余裕があることを考慮すると、ボデ ィ・ターンを緩めてコック・リリースの遅れを補っていると考えることによって辻褄があいます。 ただし、緩めるタイミングが早すぎればコックのリリースが速くなりすぎてクラブ・ヘッド軌道の最下点 が右にずれ、クラブ・ヘッドのフェースの下部で閉じた状態でボールを捉えることになってしまいます。こ のときには低いフックボールになります。また逆に遅すぎると最下点が左にずれて、フェイスの上部で開き 気味にボールを捉えます。このときには天ぷらぎみのボールになります。確かに両方とも私のお得意のミス・ ショットです。ボディ・ターンを途中で緩めて帳尻を合わせているのは間違いないようです。 シャフトを短く握ることによってボディ・ターンを抑制する必要がなくなり、勢いよく振り切れるように なり、結果としては三浦公亮東大名誉教授が提唱されているパラメトリック加速*が十分に使えるようにな ったようです。そのおかげで20-30ヤードの飛距離の改善が実現できたと、わたしは理解しています。 パラメトリック・スイングはテクニックで実現するのではなくて、最大飛距離が出るようにクラブ特性を 選ぶことで実現します。プロや、上級アマにそんなスイングの持ち主が多いのは、真剣なクラブ選びの結果 と言えそうです。 終わり。 *注 パラメトリック加速:コックのリリースが始まり、左腕とシャフトが直線に近づくとヘッドの遠心力 で腕が引っ張られます。ところがボディ・ターンが継続すると、左肩が斜め上に突き上げられて、遠心力に 逆らってクラブ・シャフトを引き上げます。すると遠心力が増してその分ヘッドスピードが増します。これ はブランコで最下点で立ち上がって遠心力を強めてやると前に進む勢いが増すのと同じ原理です。 6
© Copyright 2024 ExpyDoc