15F-4 照射相関法の高度化に関する研究 - 金属材料の照射下組織変化のモデル化と表面改質 研究テーマ代表者 (東大・工) 研究参加者 - 関村直人 (東大・原総センター) 岩井岳夫、阿部弘亨 (東大・工) Shepelyev Oleksandr、田所忠泰 1. 背景 高経年化に伴う長時間材料照射劣化は未知のデータであり、その予測には損傷速度の大きい高速中性子 炉やイオン加速器による加速照射試験を用いるのが有効とされる。しかし、損傷速度の相違は材料のミクロ 組織発達に影響を及ぼす。このため、加速照射試験データ基づいて、強度や破壊靱性の変化、照射下クリー プ、照射誘起偏析と照射誘起応力腐食割れ、さらにはこれらによる破壊モードの変化にかかわる長時間材料 照射劣化を予測するには、単純に積算線量ではなく、損傷速度の相違が及ぼす影響を実験的に評価し、それ に基づいてミクロ組織発達モデルを構築する必要がある。 損傷速度の相違がミクロ組織発達に及ぼす影響は転位ループに関しては実験とモデルから評価されている[1]。 しかし、ネットワーク転位組織やキャビティ形成などの発達過程、また、点欠陥の再結合を促す格子間原子集 合体の 1 次元運動などに関してはモデル化不十分であり、実験的評価が必要である。 2. 研究目的 転位ループ、ネットワーク転位、及びキャビティ組織発達に及ぼす損傷速度の影響を評価する。そのため、 高速中性子炉及び、照射温度と損傷速度を広い範囲で設定できるイオン加速器を用いて、それぞれ異なる損 傷速度で照射し、ミクロ組織発達の評価を行う。 また、点欠陥の消滅がランダム拡散による再結合であるイオン照射で Net Vacancy Flux (FNV)を実験的に 導出し、点欠陥の消滅メカニズムを解明する。 さらに、中性子照射の損傷速度領域において主要な点欠陥の再結合メカニズムであることが発見された格子 間原子集合体の 1 次元運動とこれに対する不純物原子の影響をイオン照射により評価し、これを取り入れたモ デルを構築する。 3. 実験評価可能なミクロ組織発達のモデル 3.1. 一般速度論モデル 点欠陥濃度変化は点欠陥生成率からランダム拡散で再結合消滅する率とシンクで消滅する率を引いたもの であるモデルでは次の関係式が成り立つ。 ∂Ci, v = K − RCvCi − Si, v ⋅ Di, v ⋅ Ci, v ∂t (1); ここで K は損傷速度に比例する点欠陥生成率、R は再結合体積、Ci,v は格子間原子(i)、空孔(v)濃度、S はシ ンク強度、Di,v は拡散係数を示す。 式(1)からシンク強度が一定の場合の点欠陥濃度に対する損傷速度の影響を評価する。損傷速度が大きく、 点欠陥の消滅はランダム拡散による再結合が支配的で、シンク吸収が無視できる領域では、点欠陥濃度は損 傷速度の 1/2 乗に比例する。一方、損傷速度が小さく、点欠陥消失がシンクによる吸収が支配的な領域では、 再結合消失が無視できるため、点欠陥濃度は損傷速度の1乗に比例する[2]。しかし、点欠陥濃度は実験的に 評価することはできない。 3.2. Net Vacancy Flux のモデル FNV(Net Vacancy Flux)とはキャビティ表面における空孔と格子間原子との流束差であり、FNV =ZvvDvCv -ZviDiCi と定義される[3][4]。ここで Zvv,i はキャビティに対するバイアスである。 キャビティの成長率と点欠陥の流入量は次の関係式が成り立ち、FNV はキャビティの半径(r)と成長率 (dr/dt)の積で表される。 dr 1 = ⋅ ( ZvvDvCv − ZviDiCi ) dt r (2); FNV に対する損傷速度の影響は、FNV が点欠陥濃度と同じ依存性をとることから、シンク強度が一定の場合 には、再結合が支配的な領域では FNV は 1/2 乗に、シンク消滅が支配的な領域では 1 乗に比例することがわ かる。 3.3. キャビティ径測定による FNV 評価 同一損傷速度で積算線量の異なる 2 つの試料のキャビティ径を測定して導出することによって、FNV は実 験的に評価することができる。キャビティ半径rを照射中のキャビティ平均半径rave に、キャビティ成長率 は照射中一定であると近似して次式で導出する[3][4]。 rave = rHigherDose + rLowerDose (3); 2 dr rHigherDose − rLowerDose = dt T (4); rHigherDose、rLowerDose はそれぞれ高積算線量、低積算線量照射後のキャビティ半径、T は2つの照射時間の差 である。これより FNV は次式で導出できる。 FNV = rave ⋅ dr dt (5); 4. 実験概要 照射用試料には Fe-15Cr-16Ni オーステナイト鋼モデル合金を、圧延・機械研磨・電解研磨により、表 面を鏡面加工した直径 3.0mm 厚さ 0.25mm の TEM ディスクを用いる。また、照射前には 1050℃で 30 分 間、高真空中で溶体化処理を行い、転位密度を 3.0x1013m-2 以下とした。 中性子照射試験は、米国実験炉 FFTF/MOTA の炉心、上部コア、下部コアの 7 つのキャンスターにおいて、 異なる損傷速度で 1 サイクル、2 サイクルの照射を行った。一方、イオン照射試験は東京大学原子力研究総 合センター重照射研究設備(HIT)のタンデトロン加速器を用いて4MeV の Ni3+イオン照射を行った。照射条 件を表1に示す。 照射後試験には透過型電子顕微鏡(TEM)を用いてミクロ組織の観察を行う。様々なミクロ組織下での転 位・キャビティ組織発達への損傷速度の影響を評価する。また、キャビティ径より FNV を導出し、温度・損傷 速度依存性を評価する。 表1 照射条件 4MeV Ni3+イオン 高速中性子 Dose Rate(dpa/sec) Dose(dpa) Temperature(℃) 2A 2B 2A 2A&2B 2A 2B 1.7x10-6 1.6x10-6 43.8 67.8 427 408 7.8x10-7 7.4x10-7 20.0 32.4 390 387 5.4x10-7 6.6x10-7 14.0 28.8 430 424 3.1x10-7 2.5x10-7 8.05 11.1 411 410 9.1x10-8 1.8x10-7 2.36 6.36 430 431 2.7x10-8 4.3x10-7 0.71 1.87 434 437 8.9x10-9 1.4x10-8 0.23 0.61 436 444 照射温度 積算線量 損傷速度 (˚C) (dpa) (dpa/sec) 1.0x10-3 ~0.1 300 4.0x10-4 1.0x10-4 400 1.0x10-3 500 ~1.0 600 4.0x10-4 1.0x10-4 4.0x10-4 ~10 5. 実験結果 5.1. 中性子照射試験 全ての試料でキャビティが観察された。図1にキャビティ数密度の損傷量依存性を示す。ほぼ同一の損傷 速度では、キャビティ数密度は損傷量と共に増加する。しかし、絶対値で比較すると、低損傷速度では、キ 成が促進されていることがわかる。同様に、キャビテ ィ径の成長に関しても、低損傷速度で大きくなること がわかった。 図2にキャビティ成長率から導出した FNV の損傷 速度依存性を示す。破線に示すように、従来のモデル では点欠陥消滅はシンクへの吸収が支配的であると予 測される低損傷速度の中性子照射領域においても、FNV Cavity Density (x1022m3) ャビティ数密度も高く、増加率も高く、キャビティ形 2.0 0.5 3.1 1.0 0.9 5.4 0.5 0 0.27 0.089 7.8 0 10 20 30 40 50 60 70 Cumulative Dose(dpa) は損傷速度の 1/2 乗に比例し、点欠陥消滅は再結合が支 配的であることがわかった。これにより、ランダム拡散 -7 1.7x10 dpa/sec 図 1 キャビティ数密度の損傷量依存性 による再結合以外にも別のメカニズムによる再結合が あることが示された。この場合、点欠陥の再結合を促進させた原因として 1 次元運動を考えるのが適当であると 考えられる。これはカスケードで生じる格子間原子集合 ーを持つことが評価されており、高速で1方向に移動す ること(1 次元運動)で、空孔との再結合が促進される現 象である。 低損傷速度における長期間の材楼挙動予測には、格子 間原子集合体の拡散運動による再結合機構を取り入れ たモデル化が必要であることが評価できた。 10-22 Net Vacancy Flux (m 2 /sec) 体が分子動力学計算によって0.1eV 以下の移動エネルギ Recombination by cascade effects ∝ (dpa/sec) 1/2 10-23 Recombination by random diffusion ∝ (dpa/sec) 1/2 10-24 10-25 10 -8 Sink annihilation ∝ (dpa/sec) 1 10-7 10 -6 10-5 10 -4 Dose Rate (dpa/sec) 5.2. イオン照射試験 高損傷速度のイオン照射では、点欠陥消滅がランダ ム拡散による再結合が支配的である。この条件におい 図 2 FNV の損傷速度依存性。 破線は速度論モデルによる値。 行った。図 3 に 500℃、600℃で 0.1dpa、1.0dpa 照射した Fe-15Cr-16Ni より導出した FNV の損傷速度依存性を示す。 4x10-4dpa/sec については、1.0dpa、10dpa 間でも評価した。 600℃では FNV は損傷速度の 1/2 乗に比例した。これにより、 点欠陥消滅はランダム拡散による再結合が支配的な損傷速度 領域では FNV は損傷速度の 1/2 乗に比例するというモデルの Net Vacancy Flux (m 2/sec) て、FNV の損傷速度依存性を測定することで、モデルの評価を 正当性が示され、低損傷速度の中性子照射では点欠陥の消滅 は再結合が支配的であることがわかった。 10-19 10 0.1~1.0dpa 1.0~10dpa 600℃ -20 10-21 ∝(dpa/sec) 1/2 10-22 10-23 -5 10 図6 500℃ 10 -4 10-3 Dose Rate (dpa/sec) 10-2 FNV の損傷速度依存性。 一方、500℃では再結合消滅領域であるにもかかわらず、FNV は 1/2 乗より高い損傷速度依存性を持つ。500℃では 600℃と比較して格子間原子と空孔の移動度の差が大き く格子間原子の方が移動しやすいため、照射損傷に深さ分布があるイオン照射では、格子間原子のみが損傷 領域から逃れやすくなる。これは、格子間原子がシンクに吸収されるのと同等であり、点欠陥消滅は再結合 支配領域からはずれ、1/2 乗に比例しなかったと考えられる。これより、10-6dpa/sec 以下の損傷速度の低い 中性子照射においては、408~431℃の範囲で同様のイオン照射でモデルの評価を行うには 600℃が最適であ ることがわかった。 参考文献 [1] N.Sekimura, T.Okita, T.Kamada, S.Nakamura, T.Sato, T.Iwai and Y.Arai, International Workshop on Dose Rate Effects in Reactor Pressure Vessel Materials, 2001 [2] 石野栞、照射損傷、東京大学出版会、1979 [3] T. Okita, N. Sekimura, T. Sato, F. A. Garner and L. R. Greenwood, printing, Journal of Nuclear Materials (2002) [4] F. A. Garner, M. L. Hamilton, T. Okita, N. Sekimura, D. L. Porter and T. R. Allen, Proceedings of PRICM-4 2002, in press
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