Document

中性子
T0 チョッパーの開発
大久保隆治、下ヶ橋秀典、上野健治、伊藤晋一、舟橋義聖
(高エネルギー加速器研究機構)
1.
はじめに
空容器内に伝えるのに磁気シールユニットを用いてい
る。開発仕様で重要なことは、100Hz定常回転時
高エネルギー加速器研究機構(KEK)では、J-PARC
の回転揺らぎが±5μs以下であることと、連続10
の中性子分光器におけるバックグラウンドノイズを減
00時間、年間4000時間の運転に耐えうる耐久性
少させるため、中性子発生と同時にビーム孔をふさぎ
を有することである。
中性子ビームを遮蔽するチョッパーの研究開発を20
3.
02年度から行っている。中性子発生時(時刻0)に
回転制御計測システム
同期しているので「T0 チョッパー」と呼ばれている。
中性子ビームを正確に遮蔽するには、遮蔽体を回転さ
J-PARC のマスタークロックが12MHz なので、
せビームとの同期運転制御を行う必要がある。そのた
ファンクションジェネレータを用いて12MHz を作
めには、回転揺らぎ(回転ムラ)と振動をできる限り
成し、パルスジェネレータにてマスタークロックに同
抑えることが不可欠であり、現在プロトタイプにて、
期したパルス列を作成しサーボモータに与えている。
データの採取と検証を行っている。
ロータにはフォトインターラプタが取り付けてあり、
1回転で1パルス出力される。この出力パルスとファ
2.
装置概要
ンクションジェネレータより作成した基準用100
Hz パルスとを比較することにより、ロータの回転揺ら
T0 チョッパーは、使用するビームラインにより回転
速度の異なる100Hz、50Hz、25Hz の3タイプが
ぎを観測している。図2に回転制御計測システムを示
す。
あり、さらにその中で遮蔽体が2箇所ある両刃タイプ
と1箇所の片刃タイプがある。遮蔽体は1Pa 程度の真
空中にて回転する。100Hz 片刃タイプの遮蔽体
(ロータ)を用いたプロトタイプ1号機を図1に示す。
図2:回転制御計測システムのブロック図
4.
装置の検証
4. 1 連続運転
図1:プロトタイプ1号機の3次元モデル
性能と部品の耐久性を確認するために100Hz で
の連続運転を行った。運転時間は連続1000時間、
装置は下部に基礎ベースがあり、その上に、ロータ
累積4000時間以上を目標としたが、4000時間
を収めた真空チェンバーとモータが載っている。駆動
達成前に磁気シールユニットからリークが発生した。
は、50Hz仕様のサーボモータをタイミングベルト
リーク対策を施したユニットに交換後、運転を再開し
で増速させ100Hzにしており、モータの回転を真
たが、4000時間達成後に再度、磁気シールユニッ
トよりリークが発生した。運転結果を表1に示す。こ
あったことが確認できた。今回の対策としては、次の
の運転により、磁気シールユニット以外の部品の耐久
3点が挙げられる。1)磁性流体の変更。2)充填量
性は確認できたが、磁気シールユニットに問題がある
の最適化。3)マグネットの追加。
ころが明らかになった。揺らぎ精度に関しては、略仕
様を満足する結果が得られた。
この3点を実行した際の予想対策効果として、現状
の300%up が見込まれている。実際には耐久試験を
行う必要があるが、メーカの多大なる協力により、寿
表1:連続運転結果
命改善の目途が立ったと考えている。
・累積運転時間:4648時間
・最長連続運転時間:1529時間
5.
2号機の製作と運転結果
・磁気シールユニット累積運転時間:2551時間
・平均回転揺らぎ:±1.5μs
・±5μs以上の揺らぎ回数:46回
5. 1 2号機の製作
これまでの試験結果から、性能的には略仕様を満足
する装置に仕上がってきたが、装置形状が大き過ぎる
ので、ビーム軸方向にコンパクト化することを目的に
4. 2 回転揺らぎ特性
2号機の製作を行った。しかしながら、モータ、磁気
揺らぎは図3に示すように大きく分けて 2 種類ある
シール、ロータ等の主要部品の寸法は変更できないの
のが確認された。1つが左図にある我々が発振系と呼
で、部品配置を変更することにより、コンパクト化を
んでいる揺らぎである。これは、振動したかのように
試みた。具体的には、モータと磁気シールを真空チェ
揺らぎだして、1 分ほどで収束する揺らぎで原因は不
ンバーの底に配置し、
1号機に比べ500㎜短縮させた。
明である。もう1つは、突発揺らぎと呼ぶ揺らぎで、
プロトタイプ2号機を図4に示す。
右図のように突然、飛び跳ねるように大きく揺らぎで
原因は、軸受のグリースであることが、軸受メーカの
助言により判明している。グリースを用いる以上この
揺らぎをゼロにすることはできないというのが軸受
メーカの見解である。±5μsを超えた46回の揺らぎ
は突発揺らぎであった。この揺らぎをゼロに抑えるこ
とが理想ではあるが、発生頻度が極めて少ないので現
状の精度でも使用可能と考えている。
図4:プロトタイプ2号機の3次元モデル
5.2 運転結果
1号機と2号機の運転結果を図5、図6に示す。
図3:揺らぎの種類
4. 3 磁気シールユニットの寿命改善
磁気シールユニットのリーク原因をメーカにて分解
調査をしたところ、一回目のトラブルは高速回転によ
り、噴霧状に拡散した軸受のグリースの油分が磁性流
体に混じり磁性流体が変質したことが原因と判明した。
そこで、軸受を油分が拡散し難いシールタイプに変更
した。二回目のトラブルは、磁性流体の量が異常に減っ
ていることが確認された。これは、高速回転による発
熱により、磁性流体の蒸発/乾燥が予想以上に促進さ
れたものと考えられる。なお、軸受グリースに関して
は異常が見られないことから、前回の処置は効果的で
図5:1号機の回転揺らぎとモータ電流値
図6:2号機の回転揺らぎとモータ電流値
両図とも緑色が回転揺らぎを表しており、黄色が
解明や着脱機構の評価試験を早急に行い、その結果を
フードバックする必要がある。
モータ電流値を表している。縦軸が揺らぎの振幅と電
流値の増減であり、横軸が時間である。図を比較する
と、明らかに図6(2 号機)の揺らぎ幅が大きいこと
が確認でき最大揺らぎは±6μsに達している。揺らぎ
増大の原因として、ベルト長の変更やアイドラーの追
加などが考えられるが、現在調査中である。
6.
着脱機構の検討
装置運転に用いられる電源及び冷却水は下部の基礎
ベースより真空チェンバーに供給されている。メンテ
ナンスは、真空チェンバーを基礎ベースと分離して実
験エリア外に搬出し行う必要があるので、容易に配
線・配管を着脱する装置と搬出の際に真空ダクトとの
接触を回避するためのガイド機構が必要となる。
プロトタイプによる、配線・配管の単体での評価試
験を実施し、機能的には問題なく動作することを確認
できたが、チョッパーに設置するには大き過ぎたので、
再検討を行い、コネクター等部品の見直しを行った結
図8:検討中の3号機3次元モデル
図に示す紫色の部分がチョッパーの前後に設置され
るビームラインとの干渉を避けるためのガイド板と
ビーム軸に合わせるための位置決めピンで、青色が真
空チェンバーと基礎ベース部をネジ固定するための
ボックスレンチである。赤色の部分が電源ケーブルや
センサーケーブル用の配線着脱ユニットで、緑色が冷
却水と真空の配管着脱ユニットになっている。
果、設置面積を 63%減少させた。
7.
低速ロータの設計・製作
高速(100Hz)ロータは高速回転による遠心力
9.
おわりに
表2に今後の課題を示す。今年度中に3号機の開発
を完成したいと考えている。
に耐える強度を有する必要上、遮蔽部、軸部、胴体部
表2:今後の課題
を Inconel X-750 による一体加工としたが、本来、イ
ンコネルは遮蔽材であり、遮蔽目的以外で用いるのは
・2 号機の精度低下の原因解明。
経済的ではない。そこで、低速(50Hz、25Hz)ロー
・2 号機を使用した低速ロータの実証。
タは遮蔽部のみに Inconel X-750 を用いることとし、
・放射線損傷の検討。
軸部に SCM440、胴部
に A7075-T6、カウンタ
ウエイト部に S45C を
γ線を照射した部品の評価試験。
・位相位置制御の自動化。
手動制御に関しては本年度、検証済み。
使用した。各部材の接合
・着脱機構の実証。
は、チタン合金製のピン
・3 号機の開発
を用い冷やし嵌めにて
固定している。設計した
低速ロータ(片刃タイ
プ)を図7に示す。
図7:低速ロータの3次元モデル
8.
3号機の検討
検討中の3号機を図8に示す。
3号機とは、
T0チョッ
パーの最終版であり、実機として使用可能な装置であ
る。現在は2号機をベースに着脱機構を備えた形状と
なっているが、今後、2号機の回転揺らぎ増大の原因