6. 微小に屈曲しながら伝播する疲労亀裂先端の再圧縮塑性域の算出

6. 微小に屈曲しながら伝播する疲労亀裂先端の再圧縮塑性域の算出精度向上について
35411009 小原 貴也
1.
緒言
2.
疲労亀裂伝播試験の概要
従来,各種構造物は弾塑性設計されることもあったが,設
疲労亀裂伝播試験に用いた供試鋼板は,同じ軟鋼用スラブ
計を効率化するため,弾性設計で留めることを目的に,高強
材の圧延条件を変え,結晶組織の寸法を変化させた 3 種類で
度材を多用するようになってきた。しかし,設計応力が降伏
ある。供試鋼板から,試験片板厚貫通亀裂が鋼板板厚方向に
応力以下であっても,構造的不連続部や溶接部に存在する局
伝播するように試験片を切り出し,長さ 200mm,板幅 20mm,
部的応力集中部には,塑性ひずみが生じることから 1),荷重
板厚 1.5mm に加工した。試験片中央には,幅 0.1mm,長さ
が繰返し作用すると,そこに疲労亀裂が発生して進展し,そ
1.0mm の初期切欠きを導入した。疲労亀裂先端近傍のヒステ
の後,延性破壊や脆性破壊に至る可能性がある。局部的応力
リシスループを計測するため,ゲージ長 2mm の 5 連ゲージ
集中部は構造物に多数存在し,変動する荷重が作用するため
を試験片表面の疲労亀裂伝播経路に沿って貼付した。また,
疲労亀裂の発生は避けることができない。さらに,高強度鋼
動画を撮影する側の試験片表面は,結晶組織と亀裂の位置を
は伸び性能が低いため疲労亀裂伝播性能が低く,伝播寿命が
把握するため 10%硝酸アルコールでエッチングしてある。
短くなること 2)が本研究室の研究により明らかになっている。
疲労亀裂伝播試験は,降伏応力が異なる鋼材であるため,
したがって,高強度鋼の疲労亀裂伝播特性を向上させ,伝播
3 鋼種それぞれの亀裂先端近傍の引張塑性域が同程度となる
寿命を長くすることが重要となり,また,精度よく疲労亀裂
ように荷重範囲を設定し,引張り sin 波形の一定振幅荷重を,
伝播特性を評価する方法が必要となる。
載荷速度 10Hz,応力比(R) 0.1 で載荷した。供試鋼板の 0.2%
第Ⅱ領域での疲労亀裂伝播特性の評価には,荷重条件と亀
耐力,荷重条件及び結晶粒寸法の平均値を,表 1 に示す。
裂 長 さ の み が 考 慮 さ れ て い た が , FLARP(Fatigue Life
撮影に用いた機材は,動き解析マイクロスコープ VW-9000
Assessment by RPG load)解析法が開発され,この評価法に
である。撮影条件は,解像度 640×480pixel,撮影倍率 300 倍,
よって,疲労亀裂先端の再圧縮塑性域寸法(ω)が,疲労亀裂
500 倍,及び 700 倍,撮影速度 1,000fps に設定した。
~
~
伝播に大きく影響することが明らかにされた 1)。現在,ωを
精度よく求める方法は,亀裂先端近傍に貼付したひずみゲー
3.
ジで計測した,ひずみと荷重で表されるヒステリシスループ
3.1 PIV 法の概要
から得られる再引張塑性域形成荷重による応力拡大係数範
~
PIV 法を用いた再圧縮塑性域算出の精度向上
本研究では,PIV 法は,相関法を用いている。相関法は,
囲を用いた算出式で,間接的にωを求める手法のみである。
連続する 2 つの画像を任意の大きさのサブエリアに分割し,
しかし,ヒステリシスループの計測は,ひずみゲージ貼付技
サブエリア内では,速度は一定と仮定して,相互の画像から
能や試験冶具の精度の問題で,常に分析可能なループが得ら
最も相関性の高いサブエリアを求める方法により,移動ベク
れるわけではなく,また,疲労亀裂伝播測による換算式で算
トルを算出し,画像中各点の変形量を測定する手法である。
出しており,ωを直接計測しているわけでもない。
この方法を用いて疲労亀裂先端近傍における変位を求め,疲
~
そこで本研究室では,ヒステリシスループ計測に依存しな
労亀裂先端近傍の変形量を算出した。
い疲労亀裂先端の開閉口挙動の評価法を検討してきた。それ
は,高速カメラで撮影した疲労亀裂伝播試験中の亀裂先端近
3.2
動画の撮影条件の変更
傍の動画に PIV(Particle Image Velocimetry)法を適用して,疲
載荷速度 10Hz で疲労亀裂伝播試験中の疲労亀裂先端近傍
労亀裂先端近傍における変位を算出し,これを積算し,ひず
の開閉口挙動を撮影する際,従来の撮影機材では,最大解像
みに換算することで,亀裂先端の開閉口挙動によって形成さ
度を得るため,撮影速度を 250fps に設定せざるを得ず,1cycle
れる繰返し塑性域を可視化する方法である。しかし,従来,
当り 25 枚の画像しか取得できなかった。今回の撮影機材は,
用いていた高速カメラは,最大解像度に設定するには,撮影
最大解像度で,撮影速度を 4,000fps まで設定可能である。
速度を抑えての撮影をせざるを得ず,ひずみの計測時点と画
荷重や亀裂先端のひずみの計測速度は 1msec であり,載荷
像の撮影時点を同期できず,ひずみの計測結果と撮影したデ
速度 10Hz の疲労亀裂伝播試験中は 1cycle 当り 100 点の計測
ジタル画像を比較できないという問題点があった。
結果が得られる。そこで,カメラの撮影速度を 1,000fps に設
本研究では,画像の撮影時点とひずみの計測点を同期させ
定し,疲労亀裂先端近傍の画像を 1cycle 当り 100 枚撮影し,
ても最大解像度で撮影可能な高速カメラを導入することに
ひずみの計測時点と画像の撮影時点の対比を可能にした。こ
より,ひずみの計測結果とデジタル画像を直接比較できるよ
れにより再引張塑性域形成時における,ひずみの計測結果と
うに同期させ,計測精度を調査した。このことにより,ヒス
デジタル画像を比較でき,PIV 法を用いた繰返し塑性域の算
テリシスループに微分法を用いる手法と PIV 法を用いた画
出結果が検証可能になる。
像処理により,それぞれ決定した再引張塑性域形成荷重を比
較した。さらに,このシステムを用いて,微小に屈曲する亀
裂先端の再圧縮塑性域の形状から,疲労亀裂伝播経路の推定
を行うことの可能性を探ることを目的とした。
表1
供試鋼板の 0.2%耐力,荷重条件,及び結晶粒寸法の平均値
鋼種
B鋼
A鋼
G鋼
0.2%耐力
356.0MPa
287.0MPa
189.5MPa
Pmax
6.8kN
5.5kN
3.6kN
Pmin
パーライト組織 フェライト組織
0.68kN
5.3μ m
14.2μ m
0.55kN
11.3μ m
20.2μ m
0.36kN
34.8μ m
56.8μ m
3.3
PIV 法による繰返し塑性域の算出
手法と同等な結果を得ることができた。したがって,PIV 法
撮影時に接触アタッチメントを使用して動画のぶれを軽
を用いた画像処理によって,ヒステリシスループを用いた手
減した画像に用いた PIV 法は,試験片全体の移動補完,サブ
法と同等な精度で疲労亀裂伝播特性が評価可能であるもの
エリア寸法と探査範囲の決定,相関点ベクトルの高精度化,
と考えられる。
などの工夫
3)
を行った。それにより,疲労亀裂先端の変形挙
次に,微小に屈曲する亀裂先端の再圧縮塑性域の形状より,
動の解析に適応させ,画像間の疲労亀裂先端の変位を求めた。
疲労亀裂伝播経路の推定を行うことの可能性を探った。PIV
その結果を用いて,載荷過程の変位を積算して再引張塑性域
法を用いた画像処理によって可視化した,亀裂先端の再圧縮
を,除荷過程の変位を積算して再圧縮塑性域を求めた。
塑性域の形状から,亀裂は進展前の画像における再圧縮塑性
域の分布がより大きく分布している方向に伝播しているこ
4.
画像処理による繰返し塑性域算出の精度検証
PIV 法を用いた画像処理で求めた繰返し塑性域算出の精
とが確認できた。この結果より,疲労亀裂の伝播経路の選択
を再圧縮塑性域の形状で推定可能であると考えられる。また,
度を検証するため,ヒステリシスループから微分法により求
撮影された画像では,疲労亀裂伝播と結晶組織の関係を十分
めた再引張塑性域形成荷重と PIV 法を用いた画像処理によ
に明らかにできず,より倍率が高く,鮮明な画像を得るため
り決定した再引張塑性域形成荷重を比較した。
ヒステリシスループに微分法を用いる手法における再引
の改善が必要であることも明らかになった。
張塑性域形成荷重の算出では,ヒステリシスループの載荷過
ノイズ
程に最小二乗法を適用し,7 次の多項式関数に近似した。求
めた関数を二階微分し,コンプライアンス変化率(d2ε/dP2)
再引張塑性域
形成過程
18μm
の変曲点を求めた。この変曲点を弾性域から塑性域への移行
亀裂
点であるとし,再引張塑性域形成荷重を決定した。
PIV 法を用いた画像処理における再引張塑性域形成荷重
37μm
の算出では,載荷過程における亀裂先端近傍の変位を算出し,
これを積算し,ひずみに換算する。そして,再引張塑性域を
算出して,再引張塑性域形成過程を可視化した。積算した変
図1
位量から,再引張塑性域形成荷重を決定した。
PIV 法を用いた画像処理により,再引張塑性域の形成過程
再引張塑性域形成時における亀裂先端のひずみ分布
PIV 法・・□ 微分法・・■
Pmax・・・▼ Pmin・・・▲
を算出する際には,同時に可視化されるノイズを考慮する必
PIV 法・・○ 微分法・・●
Pmax・・・▼ Pmin・・・▲
要がある。再引張塑性域の形成過程は,ノイズに比べて相互
再引張塑性域形成時までの変位を積算し,ひずみに換算して
P (kN)
4
Load
ヒステリシスループの載荷過程における最小荷重時から
P (kN)
程と定義した。
Load
上のひずみ分布の変化が生じた時を再引張塑性域の形成過
6
6
の画像間のひずみ分布の変化量が大きいことから,20μm 以
2
4
2
可視化したひずみ分布を黒色の細線で,亀裂を黒色の太線で,
一時刻前のひずみ分布を灰色の細線で,図 1 に示す。両手法
0
0
2
4
Fatigue crack length
A鋼
により算出した再引張塑性域形成荷重の比較を,図 2 に示す。
図2
5.
0
0
a (mm)
2
4
Fatigue crack length
a (mm)
B鋼
再引張塑性域形成荷重の比較
微小に屈曲しながら伝播する亀裂先端の再圧縮塑性域
亀裂進展後
ある亀裂長さにおける進展前の亀裂先端近傍の画像及び,
進展後の亀裂の拡大画像を図 3,図 4 に示す。進展前の画像
には, PIV 法を用いた画像処理により可視化した再圧縮塑
性域を白い細線で,亀裂を白い太線で示してある。図 3 の再
圧縮塑性域は,画像左上に向かって分布が広がっていること
がわかる。図 4 では,進展前の画像において再圧縮塑性域の
分布がより大きく広がっている方向に向かって亀裂が伝播
していることがわかる。これらの結果より,再圧縮塑性域の
形状が疲労亀裂伝播経路の選択に影響を及ぼしていること
が推察される。
6.
結言
PIV 法における繰返し塑性域の算出精度向上及び,算出精
度の検証を行った。PIV 法を用いた画像処理で求めた再引張
塑性域形成荷重は,確立されたヒステリシスループを用いる
30μm
250μm
図3
進展前の亀裂先端近傍
図4
亀裂進展前
進展後の亀裂の拡大画像
参考文献
1)
豊貞雅宏,丹羽敏男:鋼構造物の疲労寿命予測,共立出版,
(2001)
2)
宮崎大地,勝田順一:780 級高張力鋼板の疲労亀裂伝播と新し
い伝播性能評価について,日本船舶海洋工学会講演会論文集,
第 19 号,pp269-270,(2014)
3)
西村和也,和田眞禎,森山雅雄,勝田順一:PIV 法を用いた疲
労亀裂先端の再圧縮塑性域寸法の算出について,日本船舶海
洋工学会講演会論文集,第 19 号,pp267-268,(2014)